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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

(……シロエ……)
 もう誰も覚えていないのだな、とキースが零した深い溜息。
 自分が殺してしまった少年。
 「撃ちなさい」という、マザー・イライザの命令で。
 忘れなければ、と思うけれども、でなければ前へ進めないけれど。
 こんなことではエリート失格、罪の意識に囚われていては駄目なのだけれど…。
(…それが出来たら…)
 苦労はしないな、と思ってしまう。
 シロエが「あなたには無い」と嗤った、「人間らしい感情」というもの。
 どうやら、それに捕まったから。
 皮肉にもシロエが呼び覚ましたから、その感情を。
 シロエが乗った船を撃ち落とした後、涙が溢れて止まらなかった。
 初めて覚えた深い悲しみ、それに喪失感、何よりも犯した罪への嫌悪。
 自分は人を殺したのだと、銃を向けても来ない相手を。
 ただ逃げてゆくだけで武器も持たない、脅威ですらない下級生を。
 しかもシロエは知り合いだった。
 追われているのを承知で部屋に匿ったほどに、他人とは思えなかった人間。
 一つピースが違っていたなら、友だったかもしれないのに。


 だから余計に辛くなる。
 いったい自分は何をしたのかと、どうしてシロエを殺したのかと。
(…せめてシロエを憎めたら…)
 憎くて嫌いでたまらなかったら、きっと心も軽いだろうに。
 罪悪感にも囚われないのに、どうしても嫌えないシロエ。
(あいつを殴ったことはあっても…)
 感情を制御し切れなかった自分が悪い、と分かっている。
 シロエが憎くて殴ったわけではなかったから。
 あの時、シロエに向けられた言葉、それにカッとしただけなのだから。
(…あれと同じに…)
 シロエに怒りを覚えられたら、少しは心が軽いのに。
 もういないシロエ、彼を一発殴りたいほど、腹が立つことがあったなら。
 けれどシロエは死んでしまって、それをしたのは自分だから。
 シロエを殺してしまった悲しみや怒り、それが心に湧き上がるだけ。
 「ぼくのせいだ」と、「ぼくが殺した」と。
 シロエは何もしなかったのに。
 自分に銃を向けはしなくて、殺そうとしてもいなかったのに。


 E-1077から消えてしまった、シロエの存在。
 もういないから、嫌えはしない。
 憎むことだって出来はしなくて、思い出しては悔やむばかりで…。
(…せめてシロエが…)
 此処に出て来て、憎まれ口の一つでも叩いてくれたなら、と眺めたベッド。
 追われていたシロエを寝かせたベッドで、シロエは其処で…。
(保安部隊の連中に…)
 意識を奪われ、逮捕されて消えた。自分の前から。
 ステーションからもシロエの存在は消されて、誰も覚えていなかった。
 シロエのことを。
 それに驚き、走り回ったステーションの中。
 次にシロエと出会った時には、彼の船が前を飛んでいた。
 「停船しろ」と言っても止まらないまま、飛び去ったシロエ。
 もう声さえも届かない場所へ、レーザー砲の光に溶けて。
 一言でも声が返っていたなら、罪の意識は減っただろうに。
 皮肉な口調で、笑いを含んだあの声で。
 「機械の申し子」とでも、「マザー・イライザの人形」とでも。
 けれどシロエは何も言わずに、暗い宇宙に消えていったから…。


 駄目だ、と軽くならない心。
 憎まれていたら、嫌われていたら、心はもっと楽なのに。
 「あいつが悪い」と思えるのに。
 シロエが何か言っていたなら…、と溜息がまた零れたけれど。
(…待てよ…?)
 ふと思い出した、シロエの言葉。
 この部屋でシロエが目を覚ました時、さも嫌そうに口にした言葉。
(…ぼくの服は、と…)
 訊かれたのだった、すっかり忘れていたけれど。
 その後に色々あったものだから、綺麗サッパリ、頭から消えていたけれど。
 「ぼくの服は?」と尋ねたシロエ。
 彼のシャツは汗や埃で汚れていたから、自分のを着せてやったのだった。
 それをシロエは引っ張って言った、「これ、あなたのでしょう?」と。
(あなたの匂いがする、と…)
 「嫌だ」と言われてしまったシャツ。
 好意で着せてやったのに。
 シロエが着ていたシャツよりも余程、綺麗で洗い立てだったのに。
(…匂いがする、と言われても…)
 そんな筈は、とクンと嗅いでみた自分の袖。
 臭うわけなどない筈だが、と。


 そうは思っても、「嫌だ」とシロエに嫌われたシャツ。
 もしかしたら自分は臭うのだろうか、まるで気付いていなかったけれど。
 他人が嗅いだら不快になる匂い、それを放っているのだろうか…?
(…まさかな…)
 まさか、と俄かに覚えた不安。
 自分では気付いていない悪臭、シロエは遠慮なく物を言うのが常だったから…。
(他の人間なら、言いにくいことも…)
 ズバリと指摘したかもしれない、「あなたは臭い」と。
 着替えさせるために触れただけのシャツ、それにまで臭いが移るくらいに、と。
(……シロエだったら……)
 言うだろうな、と頭から冷水を浴びせられたよう。
 自分の身体は臭うのだろうかと、他人を不快にさせるくらいに、と。
(…だからと言って…)
 シロエを憎めはしないけれども、少しは逸れた思考の迷路。
 引き摺り込まれた負の意識からは、違う方へと心が向いた。
 もしもシロエが言っていた通り、嫌な臭いがするのなら。
 自分が臭いというのだったら、それを消さねばならないから。
 これから先へと進むためには、きっと必要なことだから。
(…メンバーズたるもの…)
 他人よりも優れているべきなのだし、規範となるべき人間の一人。
 不快感を与える悪臭つきでは、出世など出来はしないから。


 けれども、誰に訊くべきだろう?
 誰が正直に本当のことを、自分に教えてくれるのだろう?
(…サムだったら…)
 言ってくれるかと思ったけれども、あまりにも付き合いが長いサム。
 出会った頃なら、「ああ、その匂いだったら…」原因はコレだろ、と言いそうだけれど。
 正直に話してくれそうだけれど、四年も一緒にいたものだから…。
(…慣れてしまって、平気になって…)
 きっと分からないに違いない。
 自分と同じにキョトンとしながら、「えっ、匂うか?」と返されるのがオチだろう。
 サムでも分かりそうにないから、誰に訊いても多分、無駄。
 自分の身体は何故臭いのか、シロエが「嫌だ」と言ったくらいに臭うのか。
(……臭いとしたら……)
 原因は、と頼れるのはデータベースだけ。
 人間の身体が臭うのは何故か、悪臭を放つのは何故なのか。
 キーワードを打ち込み、調べてみたら…。
(……自覚が無いなら……)
 ワキガ、と出て来た体臭の原因。
 とても臭いのに、本人には自覚が無いという。
 それだろうか、と受けた衝撃。
 だからシロエは「嫌だ」とハッキリ言っただろうかと、シャツに臭いが移っていたかと。
 ワキガだったら、臭いらしいから。
 誰が嗅いでも悪臭だけれど、本人は気付かないらしいから。


(……これはマズイな……)
 手術などで治せるらしいけれども、マザー・イライザから指示は出ていない。
 「治しなさい」とも、「その臭いをなんとかしなさい」とも。
 よく考えたら、マザー・イライザは人間ではなくて、機械だから。
 ワキガだろうが、芳香だろうが、全部纏めて「匂い」なだけ。
 臭いと気付いてくれるわけがなくて、「治せ」と言って来る筈もない。
 マザー・イライザが言わない以上は、教官たちだって何も言うわけがない。
(……シロエだけか……)
 本当のことを言ったのは、と気付いたワキガらしきもの。
 治したくても、アドバイスは何も来ないのだから…。
(…自分で注意しなくては…)
 臭くないよう、臭わないよう。
 シロエが「嫌だ」と言ったお蔭で、卒業間近のギリギリの所で知ったのだから。


 こうして逸れたキースの思考。
 罪の意識はシロエへの深い感謝に変わって、翌日から励んだワキガ対策。
 消臭スプレーは必須アイテム、他にも色々、気配りの日々。
 臭くないよう気を付けねばと、シロエが教えてくれたのだから、と。
(…ワキガは自覚が無いものなのだし…)
 とにかく自分で対策を、と始めた努力は終生、続いた。
 パルテノン入りを果たす頃には、意識していた加齢臭。
 きっとそっちも臭う筈だと、そろそろ自分もそういう歳だ、と。
 日々の努力を怠らないまま、キースは最後までクソ真面目だった。
(…ワキガで、おまけに加齢臭だしな…)
 国家主席たるもの、それでは駄目だ、と重ねた努力。
 あの日、シロエが口にしたのは、皮肉だったとも知らないで。
 本当はシャツは臭くなどはなくて、シロエならではの憎まれ口だったとも気付かないままで…。

 

        気になる匂い・了

※「あなたの匂いがする。…嫌だ」。シロエがそう言っていたっけな、と思っただけ。
 次の瞬間、頭に浮かんだファブリーズ。商品名つきでバンと来ちゃったら、ネタにするのみ。





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(…マツカが来なかったら、死んでいたな…)
 危うく心中になる所だった、とキースがフウとついた溜息。
 ジルベスター星系を後にする船、エンデュミオンの中の一室で。
 本当にヤバイ所だった、と今だから分かる命の危機。
 もしもマツカが来ていなかったら、今頃は…。
(死んで二階級特進か…)
 いわゆる殉職、少佐から大佐に二階級もの昇進を遂げるのだけれど。
 自分はとっくに死んでいるから、少佐だろうが大佐だろうが、全く意味が無い有様。
 そういう流れになる所だった、もう少し運が悪ければ。
(……ソルジャー・ブルー……)
 狩ろうとしていた獲物がガバッと剥いた牙。
 まさに窮鼠猫を噛むといった所で、どう考えても死亡フラグが立っていたのがあの時の自分。
 メギドの制御室を狙った自爆テロのようなサイオン・バースト、それに巻き込まれかけたから。
 何処から見たってリーチな状況、生きているのが不思議なくらい。
 あそこにマツカが来ていなかったら…。
(…あいつと心中…)
 伝説のタイプ・ブルーと心中、しかも頭に「無理」とつく。
 こっちに死ぬ気は無いわけなのだし、無理心中でしか有り得ない。
 ソルジャー・ブルーの方は死ぬ気満々、その気でやって来たのだから。
(…無理心中は御免蒙りたいぞ)
 私にはまだまだやるべきことが、と頭に浮かべた「任務」の文字。
 ジルベスターから戻ったら直ぐに、グランド・マザーから次の任務が下される筈。
 なにしろ「出来る人間」だから。
 冷徹無比な破壊兵器と言われるくらいに、仕事の鬼で有能だから。


(それに、シロエのメッセージもだ…)
 戻ったらスウェナが自分に渡してくれる筈。
 そういう約束、連絡したなら、いそいそとやって来るだろうスウェナ。
 シロエが自分に宛てたメッセージ、それが何かは知らないけれど…。
(死んだら、それも見られないからな…)
 なのに、なんだって自分は、死亡フラグを幾つも立てていたのだろう?
 もう真剣に危なかった、と背筋にタラリ流れた冷や汗。
 どうしてあんなに高揚したのか、ヤバイ場所へと自分で出掛けて行ったのか。
 獲物を狩ろうと、ハンティングだと、猟銃ならぬ拳銃を持って。
(しかも、相手はタイプ・ブルーで…)
 よく考えたら、拳銃なんぞで倒せるようなモノではなかった。
 メギドの炎も止めるくらいの力を持つのがタイプ・ブルーで、メギドと拳銃を比べてみれば…。
(レーザー砲に素手で向かって行くようなものか?)
 盾も持たずに素っ裸で。
 船にも乗らずに、この身一つで。


 そんな所だ、と気付いてゾッとさせられた。
 ソルジャー・ブルーがその気だったら、先に自分が殺されていても文句は言えない。
 拳銃片手に、「やはりお前か!」と格好をつけたその瞬間に。
 いくら対サイオンの訓練を積んでいると言っても、相手の力は桁外れだから。
(…しかし、向こうも…)
 攻撃しては来なかったな、と捻った首。
 椅子に腰掛け、顎に手を当てて、思い出してみるメギドの制御室。
 自分が撃った最初の三発、それは見事にソルジャー・ブルーに当たった筈。
 血が噴き出すのをこの目で見たから、間違いはない。
(だが、あの後は…)
 シールドを張って、弾を防いだソルジャー・ブルー。
 つまり余力は持っていたわけで、最初からシールドしていれば…。
(あいつは無傷でいられた筈だぞ?)
 よく分からん、と思い浮かべた、ソルジャー・ブルーの血まみれの姿。
 自分も大概、無茶だったけれど、あっちも相当に無茶だったんだが、と。


 無理心中の危機から生きて戻れたのは、マツカのお蔭。
 マツカは未だに意識不明で、医務室のベッドの上だけれども。
(…助けに来たのがマツカで良かった…)
 これがスタージョン中尉だったら、まるでシャレにもならない話。
 自分ともどもソルジャー・ブルーと心中を遂げて、船の指揮官さえもいなくなる始末。
 そうなっていたら、エンデュミオンまで沈んだという結果も有り得る。
 メギドから離れる機会を逸して、爆発と共に宇宙の藻屑で。
(…よほど悪運が強いらしいな、この私も)
 運も才能の内だからな、と思ったけれども、運はともかく、そうなった理由。
 無理心中をさせられそうになった理由は、どう考えても、百パーセント、自分にあった。
 ギリギリまで粘っていたのだから。
 ソルジャー・ブルーが放った最後のサイオン、それが来るまでいたのだから。
 逃げる代わりに近付いて行って、ヤバすぎる距離に。
 それに…。


(タイプ・ブルー相手に拳銃一丁…)
 この段階で既に、相当にヤバイ。
 自分で自分に死亡フラグで、レーザー砲に素手で向かって行くようなもの。
 出会い頭に即死していても不思議ではなくて、三発もお見舞い出来たのが奇跡。
 相手は凄すぎる化け物なのに。
(先手必勝とは言うんだが…)
 銃を向けてから発射するまでに、嫌というほどあった筈の「間」。
 「まさしく化け物だ」などと詰っていた間に、ブチ殺されたって自業自得としか言えない。
 よくぞ見逃して貰えたと思う、サイオンの一つも食らわずに。
 「死ねや、ボケ!」と、頭を粉々に吹っ飛ばされずに。
 なにしろ相手は、伝説のタイプ・ブルーな上に…。
(…モビー・ディックで会った時には…)
 食らったのだった、彼の攻撃を。
 一撃必殺のパンチとも言っていいかもしれない、ヤバかったから。
 ミュウの女が庇わなかったら、多分、終わっていただろう命。
 それをケロリと忘れたのが自分、ノコノコ出掛けて行ってしまった。
 綺麗サッパリ忘れたままで。
 ソルジャー・ブルーがその気だったら、会った途端に命は無いということを。
 拳銃なんかはただのお飾り、一瞬の内に自分の命が消し飛ぶことを。


(いったい、私は何をしたんだ?)
 考えるほどに謎な自分の行動、どう間違えたら拳銃なんかでタイプ・ブルーを狩れるのか。
 逆に狩られて殺される方で、死亡フラグを立てていたとしか思えない。
「伝説の獲物が飛び込んで来たのだ。出迎えて仕留めてやるのが…」
 狩る者の「狩られる者」に対する礼儀だ、と格好をつけていたけれど。
 アレを狩るのだと思ったけれども、ヤバすぎた自分。
 そういえば、マツカに止められた。
 「行っては駄目です」と。
 同じミュウなだけに、マツカには分かっていたのだろう。
 自分がどれほど無謀だったか、無茶をしようとしていたのかが。
 立ちまくりだった死亡フラグが。
 だからコッソリついて来たわけで、無理心中の危機から自分を救えたわけで…。
(…マツカ様様だが…)
 無茶をやらかした自分の方は、もう馬鹿としか言いようがない。
 馬鹿でなければ間抜けかトンマで、阿呆などとも言うかもしれない。


(…メンバーズともあろうものが……)
 それに私としたことが、と自分の頬を張りたいくらい。
 どうしてあれほど、狩りに夢中になったのか。
 ソルジャー・ブルーを狩ろうと思って燃えていたのか。
 拳銃一丁で出掛けただけでも危険すぎるのに、無理心中の危機が迫るまで。
 マツカの到着がコンマ一秒遅れていたなら、命が消し飛ぶ寸前まで。
(…とても冷静とは言えないが…)
 私らしくもないのだが、と自分の行動を振り返っていたら分かったこと。
 要はソルジャー・ブルーが問題、どうしてもアレが欲しかった。
 狩って殺して、自分のものに。
 極上の獲物でまたと無いから、粘りまくって、撃ち続けて…。
(…スカッとしたんだ…)
 「これで終わりだ」と撃った一発、それがシールドを突き抜けた時に。
 赤い瞳を砕いた時に。
 ついに仕留めたと、私の勝ちだと。
 もう最高の気分だったけれど、勝ったと嬉しかったのだけれど…。


 あの時、ハイになっていた自分。
 ソルジャー・ブルーが床に叩き付けたサイオン、それが広がるのが爽快だった。
 青い焔が噴き上がるように、自分に迫って来た壁が。
 これで終わりだと、とても気分が良かったけれど。
 やっと獲物を仕留めたのだと、私のものだと青い光に酔っていたけれど。
(自分も終わりだと、何故気付かない!?)
 サイオンの青い壁に飲まれたら、其処で終わりな自分の命。
 気付かないとは何事なのだ、と激しく自分を叱咤した。
 馬鹿めと、何をしていたのだと。
 其処でポロリと、目から鱗が落っこちた。
 「私はアレが欲しかったんだ」と。


(…ソルジャー・ブルー…)
 拳銃一丁で出掛けたくらいに、狩ろうと思った最強のミュウ。
 伝説とも言われたタイプ・ブルー・オリジン、彼に自分が固執したのは…。
(…私の心に入り込んだ男…)
 モビー・ディックで、一瞬の内に読まれた心。
 読まれた衝撃もさることながら、今にして思えば、その力。
 誰にも破ることなど出来ない心理防壁、それを易々と突破した男。
 初めて出会った強大な敵で、好敵手とも言えるけれども…。
(…私と対等に戦える者など、ただの一人も…)
 今までに出会ったことがない。
 だから惹かれた、あの男に。
 自分と互角に戦える者に。
 彼と戦い、勝利を収めてみたかった。仕切り直しをしたかった。
 モビー・ディックでは負け戦な上、自分はトンズラしたわけだから。
 今度は逃げてたまるものかと、アレが欲しいと挑んだ狩り。
 私のものだと、極上の獲物を手に入れようと。


 それで出掛けて行ったんだ、と気付いた狩り。
 自分の命の心配もせずに、拳銃一丁という無茶すぎる武器で。
(あいつはミュウで、敵だったから…)
 狩る方へと思考が向かったけれども、アレが敵ではなかったら。
 自分と同じに強いと噂の、人類軍か国家騎士団の兵士だったなら…。
(…殴り合いで始まる友情というのが…)
 この世にはある、と何処かで聞いた。…何かで読んだのかもしれない。
 拳と拳で始まる友情、何度も激しく殴り合った末に。
 互いの力が尽きる所まで、死力を尽くして戦った末に。
(もしかしたら、私は…)
 良き敵にして、良き友というのに出会ったろうか。
 自分と互角に戦える友に、拳と拳で語れる友に。ソルジャー・ブルーという名の友に。
 それを思い切り間違えたろうか、友ではなくて敵なのだと。
 獲物なのだと、狩るべきだと。


(……間違えたのか……?)
 だとしたら、嵌まってゆくピース。
 一つ一つがカチリ、カチリと。
 本気で殺すつもりだったら、もっと用心して行ったろう。
 拳銃一丁で出掛ける代わりに、盾になりそうな部下を大勢引き連れて。
 無能な部下でも、盾くらいなら身体一つで務まるのだから。
(それに、あいつを撃った後もだ…)
 反撃してみせろ、と煽った自分。
 ソルジャー・ブルーの戦意を掻き立てるように、闘争心に火を点けるかのように。
 さっさとトドメを刺せばいいのに、いったい何をやっていたのか。
 第一、無駄に放った三発。ソルジャー・ブルーに撃ち込んだ弾。
 三発もあれば余裕で急所を狙えるだろうに、どうして外して撃ったのか。
(私の腕なら、最初の一発…)
 それで息の根を止められていた。
 もちろんメギドは沈みはしないし、無理心中の危機にも陥らなかった。
 武器が拳銃一丁でも。
 相手が最強のタイプ・ブルーでも。
 なんとも理解に苦しむけれども、自分でも謎な行動だけれど。
(…あいつに何かを期待したのなら…)
 殴り合いで始まる友情とやらを望んでいたなら、その展開でもおかしくはない。
 わざと急所を外していたのも、反撃するのを待っていたのも。
 無理心中を図ったソルジャー・ブルーの最期の攻撃、それを爽快に感じていたのも。


(……無理心中から生まれる友情……)
 いくらなんでも、それは、やりすぎ。
 心中したら全てが終わりで、自分は殉職扱いだけれど。
 ソルジャー・ブルーも死んでしまって、何も始まらないと思うけれども…。
(…相手はソルジャー・ブルーなのだし…)
 勘違いしていた自分の心に、とうに気付いていたかもしれない。
 「友達になりたいなら、そう言えばいいのに」と、「なんだって、銃を向けるんだ」と。
 それならば分かる、出会い頭に攻撃されなかったのも。
 何か言いたげな顔で見ていたけれども、一言も発しなかったのも。
(…向こうも呆れ果てていて…)
 なんという馬鹿がやって来たのだ、とポカンと見ていただけなのだろう。
 「ちょっと待て」とも言えないくらいに、呆れてしまって、面食らって。
 そうしている間に、撃たれてしまったものだから…。
(…元々、死ぬ気でやって来たのだし…)
 受けて立とう、と無理心中を決意したのに違いない。
 喧嘩上等、共に死のうと。
 あの世で仲良く喧嘩しようと、殴り合いの後には友情なのだと。


(……ソルジャー・ブルー……)
 そうだったのか、と今頃、ようやく理解した。
 自分は彼と仲良くしたかったらしいと、それで執着したのだと。
 初めて出会った強すぎる男、彼の力に惹かれたのだと。
 なのに根っから軍人なだけに、ソルジャー・ブルーがミュウで敵だっただけに…。
 何か色々と間違えた末に、一方的に撃って撃ちまくって、その結果。
(…無理心中の危機で、しかも心中の生き残り…)
 し損なった、と気付いた心中。
 あいつだけが死んでしまったんだ、と呆然としても、もう遅い。
 ソルジャー・ブルーは逝ってしまって、自分はマツカに救われて今も生きている。
 せっかく心中出来るチャンスを、むざむざ逃してしまったのが自分。
 なんとも汚い命根性、心中しないで生き残ったとは。


(…いや、心中にはこだわらないが…)
 出来れば生きて友情をだな、と取り返しのつかないミスを嘆くけれども、既に手遅れ。
 死に損なった自分は、ポツンと船に乗っているから。
 心中したってかまわないくらいに惚れ込んだ相手は、メギドと共に消えたから。
 そう、あの男に惚れ込んだ。
 自分と互角に戦える男に、伝説のタイプ・ブルーに惚れた。
 だから無茶までやらかしたんだ、と考えた所で引っ掛かった言葉。
(…惚れ込んだ…?)
 惚れた、と思ったソルジャー・ブルー。
 あいつに惚れたと、アレが欲しかったということは…。
 もしや恋では、と自分にツッコミ、「そうかもしれない」と愕然とした。
 狩りをしてまで欲しかった獲物、それは独占欲とも言える。
 もしかしなくても、自分は、ソルジャー・ブルーに…。
 あの最強のタイプ・ブルーに、友情どころか恋をしていて、独占したくて、手に入れたくて…。


(…その方法を間違えたんだ…)
 生け捕りにして口説く代わりに、何発も撃って仕留めようとした。
 ソルジャー・ブルーがブチ切れるまで。
 無理心中を決意するまで、サイオンをバーストさせるまで。
 なにしろ今まで恋の一つもしたことが無くて、その手のことには疎かったから。
 まさか恋だと思いもしなくて、敵だとばかり思い込んでいて…。
 アレが欲しいと、狩りをしようと、間違えたままで突っ走っていた。
 欲しかった獲物はソルジャー・ブルーで、恋だったのに。
 殺すのではなくて、この手に掴みたかったのに。


(恋だったのなら、あいつの方も…)
 きっと呆れたことだろう。
 どうして男が男に恋をと、自分はゲイに惚れられたのか、と。
 こんな所までやって来るほど、とことん自分に惚れているのかと。
 しかも片想いなゲイはと言えば、自覚ゼロのまま殺す気満々。
 口説く代わりに撃ち殺そうという、勘違いの塊なのだから。
(…あいつにしてみれば、とんだ迷惑…)
 一方的に想いを寄せられた上に、自分のものにしようと撃ってくる男。
 殺せば自分のものになるのだと、派手に勘違いをしている男。
 迷惑極まりなかっただろうに、文句の一つも言いもしないで…。
(…私と心中してやろうとまで…)
 私の想いを買ってくれたのか、と感謝したくなるソルジャー・ブルーの懐の広さ。
 なんと素晴らしい男だろうかと、惚れて良かったと思うけれども、心中し損なったのが自分。
 最後の力で、無理心中を図ってくれたのに。
 勘違い野郎の恋心を買って、恋の道行きのルートを開いてくれたのに…。
(…私だけが生き残ってしまったのか……!)
 なんということだ、と泣きたい気持ちになったけれども、どうにもならない恋の結末。
 ソルジャー・ブルーは死んでしまって、自分は置き去りなのだから。
 後を追おうにも、「出来る人間」には任務が山積み、それを捨てては行けないから。


(……ソルジャー・ブルー……)
 こんな私でも許してくれるか、と零れた涙。
 鈍い男で申し訳ないと、後も追えない甲斐性なしで、と。
 どうか私を許して欲しいと、本当に惚れていたんだと。
 頬を伝い落ちる滂沱の涙。
 シロエの船を撃った時から、一度も流していなかった涙。
 それが止まらずに溢れ出してゆく、アイスブルーの瞳から。
 恋していたのに間違えたらしいと、何もかもがもう手遅れなのだ、と。


(…もう少しで心中だったのに…)
 あいつと逝ける筈だったのに、と涙するキースは気付いていない。
 恋するも何も、自分自身はノーマルなのだということに。けしてゲイではないことに。
 まるで気付いていないものだから、溢れ出す涙は止まらない。
 恋をしたのに手遅れだったと、全て終わってしまったと。
 私の恋はメギドで散ったと、恋した人にも置いてゆかれたと。
(……ソルジャー・ブルー……)
 好きだったんだ、とキースの勘違いは終わらない。
 任務だけに生きて来た軍人だから。
 とことん人の心に疎くて、自分の心や感情などにも疎すぎるのがキースだから…。

 

        心中メギドの草紙・了

※本気で分からなくなって来たのが自分の頭。ブルーのファンだった筈なんだけど、と。
 しかしアニテラのキースの行動、こう書き並べたら、「そうか!」と納得しませんか?





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(わあっ…!)
 懐かしいなあ、とジョミーが目を留めたもの。たまたま入った倉庫の奥で。
 今日も今日とて、長老たちから大目玉。訓練に身が入っていないとか、集中力がどうだとか。
 なんとも腹が立って仕方ないから、午後はサボリを決め込んだ。正確に言えば、午後のお茶にと出掛けた長老、その間に逃亡したわけで…。
 此処なら見付かるまでに多少は時間が、と身を隠したのが備品倉庫の一つ。シャングリラの中に幾つもあるから、こういう時に隠れる定番。
 さて、と伸びをして見回していたら、目に入ったそれ。
(スピードウィル…)
 早い話がローラーブレード、昔の言葉で言うならば。
 シャングリラに連れて来られる前には、よく使っていた。学校へ急いでいる時に。目覚めの日の前日もそれで走った、お蔭で朝から食らった呼び出し。
(あの日は二回も…)
 カウンセリングルームに呼び出されたっけ、と今はそれさえ懐かしい。口うるさかった担任教師のお小言だって、サッカーの最中に「オフサイド」と繰り返した憎い審判ロボットだって。


(…もう、あの頃には戻れないよね…)
 ミュウの船まで来てしまったから、どうしようもない今の状況。
 自分はソルジャー候補とやらで、このシャングリラをいずれは一人で…。
(背負って行けって?)
 酷い話だ、と思うけれども、これまたどうしようもない。明らかにミュウだと分かった以上は、もう帰れないアタラクシア。両親と暮らしていた家にも。
(どうせ、帰れはしないんだけどね…)
 ミュウでなくても、成人検査が終わったら。記憶を消されて教育ステーション行きで、やっぱり家には帰れない。分かっているから余計に悔しい、「どうして、ぼくが」と。
 ソルジャー候補にされるくらいなら、成人検査をパスした方が…。
(人生、平和だった気がする…)
 きっとなんにも知らないままで、今頃は教育ステーション。
 もしかしたら、こういうスピードウィルを履いて、元気に走っていたかもしれない。ルール違反だと叱られながらも、「早ければいい」と。
 サッカーの試合で「オフサイド」と言われて、審判ロボットを壊すとか。


 そっちだったら良かったのに、と思わないでもない人生。たとえ記憶を消されていたって、社会ではそれが普通だから。両親もそうだし、サムやスウェナも、いずれその道を行くのだから。
(ブルーだって、偉そうなことを言うけど…)
 成人検査を妨害しに来たソルジャー・ブルー。自分をソルジャー候補に決めてしまったミュウの長。彼は自分に「根無し草になるな」と言ったけれども、その彼だって…。
(記憶、すっかり無いくせに…)
 成人検査よりも前の記憶はスッパリ無いのがソルジャー・ブルー。
 それでも立派にソルジャーなんぞをやっているから、過去の記憶がまるで無くても、きっと人生なんとかなる。そう思うからこそ、腹が立つわけで…。
(ホントだったら、ぼくは今頃…)
 スピードウィルで走ってたんだよ、と脱ぎ捨てたブーツ。こんな靴よりスピードウィル、と。
 幸い、足にピタリと合ったスピードウィル。丁度サイズが良かったらしい。
(うん、この感じ!)
 懐かしいよね、と倉庫の中を走り始めた。シャーッ、シャーッと、風を切って。
 積み上げられた荷物を避けつつ、気持ち良く。こんな風にぼくは走ってたんだと、本当だったら今だってきっと、と。
 そうしたら…。


「ジョミー・マーキス・シン!!」
 フルネームで呼ばれてしまった名前。怒鳴った声は怒れるブラウ航海長で、彼女の声が聞こえるからには、他の長老たちもいるわけで…。
(見付かった…!)
 サボリどころかスピードウィル。膝を抱えて蹲っていたなら、情状酌量の余地はあっても、この姿では言い訳不可能。もう間違いなく吊るし上げになって、ブルーの所にも報告が行って…。
 激しくヤバイ、と頭はパニック、アッと思ったら迫っていた壁。
「うわぁぁぁーっ!!?」
 日頃のトレーニングの成果は出なかった。サイオンでピタリと止まれもしなくて、瞬間移動など出来もしなくて、そのまま真っ直ぐ…。
 バァン!!! と派手に突っ込んで行って、目から飛び散ったお星様。
(……お星様だ……)
 アルテメシアの成層圏まで駆け上がった時も、星だけは綺麗だったよね、と遠ざかる意識。何もかもあそこから始まったよねと、あんなことさえしなかったなら、と。
 もしもシャングリラから「家に帰せ」と言わなかったら、少なくとも今よりマシだった筈。
 不本意ながらもミュウだと認めて、船で大人しくしていたら…。


 あの時、ぼくは間違えたんだ、と痛む額に手をやった。ズキンズキンと痛む頭に。
(…ぼくって、馬鹿だ…)
 最初の選択肢を誤った上に、今度は訓練のサボリがバレた。部屋の天井が見えるけれども、この後はきっと説教だろう。スピードウィルで激突した壁、そのまま気絶したのだから。
(…ゼルに、ブラウに…)
 ヒルマンにエラ、と訪ねて来るだろう面子を思うと、更に激しくなる頭痛。おまけにブルーにも報告が行くし、夜には青の間で説教を食らう。この件について。
(……ホントに最悪……)
 ツイていない、と痛む頭を押さえている間に開いた扉。
(来た、来た…)
 もう早速にやって来たぞ、と覚悟したのに。
『ジョミー。…よく眠れましたか?』
 声ではなくてリオの思念波。ちょっとラッキー、と思ってしまった。リオは何かと庇ってくれる兄貴分だし、心強い気分。このままリオに、長老たちの所へしょっ引かれるとしても。
 助かった、と顔を上げたら、「キュウ!」とナキネズミまでが飛んで来たから、嬉しい気持ちは更にアップで。
「あっ、お前…!」
 一緒に叱られてくれるんだ、と肩に纏わりつくナキネズミに頬が緩んだ所へ。
『あなたを恋しがって鳴くので』
(えっ!?)
 なんだか変だ、と目を見開いた。…この台詞、ずっと昔に聞いた…?


 ナキネズミが背中などを駆け回るから、「くすぐったい!」と笑いながら、ふと気付いたこと。
(ぼくの服…)
 それはとっくに無い筈の服で、目覚めの日に初めて袖を通した服。アルテメシアの成層圏から落下するブルーを追ってゆく時、燃えて無くなってしまった服。
(…なんで、この服が…?)
 まさか、と見回す自分をリオが連れて行った先には、柔和な顔のヒルマンがいた。どう考えても怒り狂っている筈のヒルマン、さっきのサボリとスピードウィルで。
 なのに…。
「待っていたよ、ジョミー。まあ、座りたまえ」
 君はミュウについてどれほど知っているかな、と質問されたから、慌てて答えた。
「えっと…。人類に追われる新人種…です、サイオンを持った」
「ほう…。たった一日で其処まで理解してくれたのかね」
 嬉しいね、と笑顔のヒルマン。飲み込みが早くて助かるよ、と。
(…たった一日って…?)
 どうなってるんだ、と途惑っていたら、「それでは、聞いてくれたまえ」と始まった講義。この船に来て直ぐに受けた講義と全く同じ。
 講義の後のリオの話も。「この船は…」という、シャングリラについての説明。


(もしかしなくても…)
 時を飛び越えちゃったんだ、と分かった現実。
 スピードウィルで激突した壁、目からお星様が散った瞬間、タイムリープをしたらしい。そうとなったら、この先は…。
(船から出ようとしたら駄目なわけで…)
 大人しくするのが一番なんだ、と決意した。
 どうせだったら、成人検査の前まで戻りたかった気もするけれど。ソルジャー・ブルーがやって来たって、知らないふりしてパスしたかった気もするのだけれども…。
(贅沢を言ったらキリがないよね…)
 これでもマシになった状況、船の雰囲気はきっと和らぐ。同じソルジャー候補にしたって、長老たちの覚えも目出度くなる筈だから。
(よーし、明日から…!)
 ぼくの周りを変えて行こう、と積極的に打って出たジョミー。時を飛び越えて戻ったとはいえ、能力はついて来てくれたから。思念波もサイオンも、それなりに。
 だからキムたちとも喧嘩は起こらず、すっかりマブダチ。
 さっさと青の間に出掛けたお蔭で、ソルジャー・ブルー直々に皆に紹介して貰えたし…。
(ぼくの人生、まるで違うよ…!)
 同じミュウでもこうも違うか、と人生薔薇色、そんなこんなで過ぎて行った日。


 ソルジャー・ブルーは健在だったから、皆に親しまれるソルジャー候補になれた。うまい具合に行っているよね、と思っていたのに、失敗してしまったシロエというミュウの子供の救出。
「やはり、ぼくは無力です…」
 アルテメシアからも逃げる羽目になって、すっかり落ち込んでいたのだけれど。
(…ひょっとして…?)
 もう一度、時を飛び越えられるかも、と急いだ備品倉庫の奥。スピードウィルが仕舞われていて、あの時と同じだったから…。
(これを履いて、壁に思いっ切り…)
 もちろんスピードはMAXで、と突っ込んだ壁に頭をぶつけて、目から飛び散ったお星様。
(えーっと…?)
 何処だ、と見れば直ぐ前にシロエ、「嫌だ、ぼくは行かない」と言っているから。
(喋っている間に、シロエのお母さんが戻る筈だし…)
 それでシロエがブチ切れるんだ、と思い出した流れ。けれどもシロエの説得は無理で、そのまま置き去りにしたわけだから…。
「ごめんよ、シロエ…!」
 とにかくネバーランドに行こう、とシロエを攫って飛び出した。窓の向こうで光った空。それにシロエが気を取られた隙に、強引に。
 そうして戻ったシャングリラはといえば、衛星兵器で攻撃されている真っ最中だったから…。
 シロエは納得してくれた。「あそこにいたら殺されていた」という説明に。


(スピードウィル…)
 あれは凄すぎ、と考えたから、備品倉庫の係に頼んだ。アタラクシアで履いていたから、あれを譲ってくれないかと。もちろん「駄目だ」と言われはしなくて、貰えてしまって。
 それから後は、失敗したらタイムリープで戻って行った。スピードウィルがいつでも足にピタリと合うよう、サイズを調整して貰いながら。
 キースの脱出騒ぎが起きた時にも、上手い具合に修正出来た。キースは逃げて行ったけれども、船に被害は出なかったから。
(トォニィは無傷で、カリナも無事で…)
 よくやった、と思っている間に、今度はメギドが来たのだけれど。
(此処でナスカから、全員、脱出…)
 逆らってシェルターに残ろうとした連中、それが出来ないようシェルターの鍵を壊しておいた。入れないのでは残留不可能、全員が船に戻ったから。
「キャプテン、ワープ!」
 メギドの第一波が飛んで来る寸前、シャングリラはナスカを後にしていた。つまり人的被害などゼロで、ソルジャー・ブルーも乗っけたままで。


 そんな具合で、スピードウィルで壁に向かって何度も激突、ついに地球まで辿り着いた。地球に降りる時にもスピードウィルを持参で、カッコ良く肩に掛けていたから。
「なんだ、それは?」
 グランド・マザーに会うというのに、妙な靴など持って行くな、と睨んだキース。秘密兵器だと知るわけがないし、当然と言えば当然のことで…。
「後で分かってくれる……かもしれない。分からなかったら、その方がいい」
 とにかく、ぼくはこのスタイルで、と地の底まで運んだスピードウィル。それはやっぱり…。
「その傷でそれを履いてどうする…」
 死ぬぞ、とキースが止めにかかるから、「放っておいても死ぬじゃないか」と真顔で返した。
 キースは剣でグッサリやられて致命傷だし、自分も同じ。
 此処は走って軌道修正、壁に当たって目からお星様でも死ぬよりはマシで…。
(何がなんでも、やり直してみせる…!)
 瓦礫の中でも当たって砕けろ、とサイオンも乗せてスピードウィルで真っ直ぐ走った。何処かに当たれば目からお星様、またやり直しが出来るから。
 どうすればベストな道を行けるか、答えはとっくに出ていたから。
 そして…。


 グランド・マザーはキースが止めた。「言い直せ!」と叱ってやったから。
 「何故、私が」と仏頂面だから、「その台詞は誤解されるから」と言葉でガンガン攻めて。
 「人類は我を必要や否や」、それの答えは「要りません」だと。
 元からキースはそういうつもりで、不幸なミスが重なった挙句に悲惨な結末になっただけ。
 ゆえに「あなたは不要だ」というキースの一言、グランド・マザーはアッサリ止まった。宇宙に広がるマザー・ネットワークも、ついでに停止してしまったから…。
「…終わったようだな。ところで、お前が持っているソレは…」
 いったい何の役に立つんだ、とキースが指差したスピードウィル。相も変わらず、肩から掛けたままだったから。
「ああ、これかい? 分からなかったら、その方がいいと言ったじゃないか」
 ぼくのラッキーアイテムでね、と返してやったら、呆れ顔のキース。「それだけのことか」と、「そういうことなら早く言え」と。
 何か誤解をされているけれど、あえて訂正する気もしない。
(本当にラッキーアイテムだしね?)
 これから先もよろしく頼むよ、とポンと叩いたスピードウィル。
 自分一人が痛い目を見たら、全ては丸く収まるから。目からお星様、それだけだから。


 最強の相棒はスピードウィルだと、タイムマシンだとジョミーは信じているのだけれど。
 今も疑いもしないのだけれど、本当は少し違ったらしい。
 スピードウィルは単なる切っ掛け、壁に激突した途端にショックで発動するサイオン。
 実はジョミーは、タイムリープの能力を持ったミュウだった。
 誰も気付いていないけれども、本人も知らないままだけど。
 そしてジョミーは今日も突っ走る、平和になった世界のシャングリラの中を。
 最強の相棒のスピードウィルを履いて、鼻歌交じりで、ぐんぐん走るスピードを上げて。
 平和な世界では、ただのスピードウィルだから。
 アタラクシアで走っていたのと同じで、何処までも楽しく走れるのだから…。

 

        時をかける少年・了

※キムタクのタイムリープ説が話題になった時、「なんでもアリだな」と思った管理人。
 昔、その手のSF好きだったけどさ、自分が書くとは思わなかったよ、タイムリープを…。





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(……シロエ……)
 ぼくが殺した、とキースが机に叩き付けた拳。
 マザー・イライザからの撃墜命令、それに従うしかなかった自分。
 シロエを乗せた練習艇を撃ち落とした後、戻ったE-1077。
 まだMの思念波攻撃の余波が残っていたから、誰にも声を掛けられることなく、自分の部屋まで戻れたけれど。
(…此処にいたんだ…)
 昨日、シロエはこの部屋にいた、と入った途端に気付かされた部屋。
 シロエを匿い、手当てしていた。シロエはこの部屋で、保安部隊に逮捕されて…。
(…誰も覚えていなかった…)
 昨日の練習飛行のことも、Mの思念波攻撃のことも。…シロエのことも。
 練習飛行のことを皆に尋ねて回れば、「勉強のしすぎか?」と言われる始末。下級生にシロエのことを訊いたら、「そんな子、知りませんけど」と途惑うような声が返った。
 誰一人覚えていなかったシロエ。
 同じクラスだった筈の下級生たちも、「幼馴染に似ている」と言っていた筈のサムも。
(……マザー・イライザ……)
 シロエが存在したという事実は消されてしまった。ステーションE-1077から。
 誰もシロエを覚えていなくて、きっとこの先も思い出さない。
(…ぼくしか覚えていないのか…)
 シロエを殺した自分だけしか。
 ステーションの何処にもシロエの記録は無いのだろう。何もかも全部、消されてしまって。
 命どころか、存在すらも消されたシロエ。
 彼が生きていた証ですらも。


 もう残ってはいないのだ、とアクセスしてゆくステーションの記録。
 何処を捜しても、出て来はしないシロエのデータ。
 「セキ・レイ・シロエ」という存在自体が、無かったことになっているから。
 名簿ごと消されて、何処にも無いから。
(…此処も駄目なのか…)
 此処も、此処も、と端から調べてゆくのだけれども、データも写真の一つも無くて。
 何度目の溜息を吐き出したことか、「此処も駄目だ」と。
 そして、ふと気付いた監視カメラが捉えた画像。
(カメラだったら…)
 もしかしたら、とアクセスしてみた。
 膨大な画像がある筈なのだし、シロエを捉えているかもしれない。
(レクリエーション・ルーム…)
 あそこでシロエと腕を競って、それからシロエを殴ってしまって…、と心当たりのある日付けを開いてみたけれど。
(……マザー・イライザ……!)
 監視カメラが捉えた画像は、自分一人が映っているだけ。淡々と的を射てゆく姿が。
 隣にいた筈のシロエはいなくて、ゲームを終えた後の自分は…。
(…此処までやるのか…!)
 サムと一緒に帰ってゆく姿。
 腕を引っ張られてゆくのではなくて、何事も無かったかのように肩を並べて。


 監視カメラの画像までが処理されているなら、もう手も足も出ないのだろう。
 シロエは本当に消えてしまって、命も、彼の存在すらも…。
(無かったことにされているんだ…)
 今はもう、記憶の中にいるだけ。この自分の。
 彼を殺した自分しか覚えていないだなんて、世界はどれほど残酷なのか。
 マザー・システムは何処まで酷いことをするのか、と噛んだ唇。
 何もかも消してしまうなんて、と。
(…確かに昨日、此処にいたのに…)
 この部屋にいた筈なんだ、とアクセスした監視カメラの映像。
 昨日の自分の部屋のデータを覗いてみても…。
(……いない……)
 早送りしてみても、巻き戻してみても、シロエは映っていなかった。
 自分は一人で部屋に入って、普通の一日を送っていただけ。
(…何も残っていないんだな…)
 本当に何も、と眺めた映像。
(キース・アニアン…)
 お前がシロエを殺したんだ、と心で呟いた自分の名前。
 ついでにその名を打ち込んだ。
 シロエを殺した男のデータを、罪深い自分を眺めてやろうと。
(父、フル…。母、ヘルマ…)
 何も覚えていないんだが、とデータを表示させていったら…。


(シロエ…!)
 いた、と食い入るように見詰めた画面。
 カメラが捉えたこの部屋の映像、其処にシロエが映っていた。
 「マザー・イライザが作った人形なんだ」と笑っていた時の、あのシロエが。
 着せてやったシャツを「あなたの匂いがする」と嫌った、シロエの姿が。
(…消去ミスか…?)
 きっとそうだ、と直ぐに気付いた。
 個人データの中にあるから、消去した係が見落としたデータ。
 けれど、自分が見付けたからには…。
(処理されてしまう…)
 もう間違いなく、マザー・イライザに知れているから。
 明日か、早ければ次の瞬間、このデータは…。
(今しかない…!)
 シロエの姿を残すなら。
 彼が確かに生きた証を、存在した証を残したいなら。
 シロエを殺した自分がやるとは、なんとも皮肉な話だけれど。
 皮肉どころか残酷だけれど、シロエがこのまま消えてしまうのは…。
(…許せない…!)
 マザー・イライザも、その命令に逆らえなかった自分の罪も。
 シロエの存在、それが消えるのを黙って見過ごすということも。
 だから迷いはしなかった。
 見付けたシロエを、彼の姿を引き出して残しておくことを。


 引き出した後に、もう一度アクセスしてみたデータ。
(……やっぱり……)
 消えてしまっていたシロエ。
 部屋には自分だけしかいなくて、シロエの影も形も無かった。
 それでも残せた、と見詰めた写真。
 監視カメラが捉えたシロエの映像、その一瞬をプリントアウトしたもの。
 ベッドの上から、こちらを見ている鋭い視線。
(…こういう目だった…)
 シロエはこんな瞳をしていた、と写真をノートに挟み込んだ。
 いつも講義に持ってゆくノート、この中に入れておきさえすれば…。
(誰も手出しは出来ない筈で…)
 シロエの写真が消え去ることは無いだろう。
 きっと残しておけるのだろう、これから先も。
(マザー・イライザが気付いたとしても…)
 まさか、これまでは消しに来るまい。
 其処までしようと言うのだったら、自分の記憶はとうに無いから。
 シロエの船を撃ったことさえ、綺麗に忘れているだろうから。
(紙媒体が最強の筈なんだ…)
 アナログの極みと言えるけれども、これは機械が消せないデータ。
 機械の力でこれを消すには、シュレッダーにかける以外に無い。
 でなければ焼却、どちらにしても…。
(マザー・イライザの手では、処分出来ない…)
 何処にでも姿を現すけれども、あれは幻影に過ぎないから。
 誰かに命令しない限りは、紙に刷られた写真を消すことは不可能だから。


 そうして残った、シロエの写真。
 たった一枚きりの写真を、マザー・イライザは消しに来なかった。
 わざとだったのか、そうでないのか、それはキースにも分からないまま。
 写真を無事に手にしたままで、E-1077を卒業出来た。
 メンバーズ・エリートになった後にも、シロエを忘れはしなかった。
 機械は此処までやるのだから、と何度も肝に銘じるために。
 シロエが残したメッセージに出会い、E-1077を処分した後も。
(私はシロエを忘れまい…)
 国家主席に昇り詰めても、やはり持ち続けたシロエの写真。
 生涯、誰にも見せることなく、自分だけが手に取れる場所に隠し続けて。
 けれども、ミュウとの交渉で地球に降りる前、旗艦ゼウスにキースはそれを残した。
 置き忘れたのか、意図があったかは分からないけれど。
 地球に降りて、戻って来なかったキース。
 彼の命は地球の地の底で尽きたから。
 グランド・マザーに翻した反旗、ミュウの側へと与した末に。
 キースの名前は伝説となった。
 偉大な国家主席がいたと。


 旗艦ゼウスはメギドと共に消えたけれども、キースの遺品は持ち出された。
 マードック大佐が下した退艦命令、国家主席の私物も運び出しておけ、と伝えられたから。
 無傷だったキースの遺品を整理した部下、彼らが見付けたシロエの写真。
 誰もその顔を知らない少年。
「誰なんだ…?」
「さあ…? ずいぶん古い写真らしいが…」
 閣下の大切な人だろうか、と語り合った部下たち。
 キースのシャツを羽織ったシロエは、薄暗い部屋のベッドの上。
 幾つか外れたシャツのボタンと、覗いた胸元。
 何の予備知識も持たずに見たなら、どう考えても怪しかったから。
 恋人だろう、と部下たちは噂し合った。
 「そう言えば閣下にはマツカがいた」と、「閣下の愛人だったのか」と。
 この少年がいなくなったから、代わりにマツカを、と。
 マツカよりも前にキースが愛した、最期まで写真を持ち続けた少年。
 それが誰かも分からないまま、恋人なのだと思い込んだ部下たち。
 「閣下はロマンチストだった」と、「遺品の中に恋人の写真が」と。


 特に口止めもされなかったから、口から口へと伝わった噂。
 じきにスウェナの耳に入って、取材に出て来た凄腕ジャーナリスト。
 キースの最後のメッセージを流した、自由アルテメシア放送のトップが彼女だったから…。
「この写真ですが」
 スタージョン中尉が差し出した写真、スウェナは見るなりシロエと見抜いた。
 彼女は記憶を消されないまま、E-1077を出て行ったから。
「セキ・レイ・シロエ…!?」
「誰ですか、それは?」
「E-1077…。キースの下級生だった子よ」
 でも、存在を消されちゃったの、と寂しげな笑みを浮かべたスウェナ。
 「彼のことは誰も覚えていないわ」と。


 其処から先はスウェナの出番で、彼女にもあった心当たり。
(どおりで、私に冷たかった筈ね。…キース)
 振られるわけだわ、と今頃になって彼女は知った。
 キースに振り向いて貰えなかったから、結婚するために逃げるように去ったE-1077。
(…女に興味が無かったんだわ)
 私の一人相撲だったのね、と納得したスウェナだったけれども。
(シロエのことは、スキャンダルと言うより…)
 美談だわね、と考えた。
 存在も消されてしまった少年、シロエを忘れず愛し続けたキースだから。
 最期まで写真を持ち続けたまま、誰にも話さず逝ったのだから。
(…この話はきっと売れるわよ…)
 出来ればシロエの養父母も見付けて、生きているなら是非とも取材してみたい。
 そして全力で出版しよう。
 若かりし日の国家主席のロマンスを。
 マザー・システムに消された少年、シロエを愛したキースの優しい横顔を。


 スウェナはシロエの養父母を見付け、子供時代の話を聞けた。
 養父母は忘れずに覚えていたから、シロエのことを。
 「頭のいい子だったけれども、夢見がちだった」と、「ネバーランドを夢見ていた」と。
(それで、ピーターパンだったんだわ…)
 あの本は、とスウェナが思い出す本。
 キースに渡したシロエの遺品。
(あの本は、どうなったのかしら…)
 そちらも調べて回ったけれども、出なかった答え。
(きっとキースは、シロエに返してあげたんだわ)
 E-1077の処分に向かった記録は、今も消えずに残っていたから。
 キースがシロエを愛していたなら、本を返しに行きそうな場所。
 ステーションにあった、シロエの部屋へと。
(…いい話だわね…)
 そういう風に書いておきましょ、とスウェナは本を書き進めてゆく。
 ロマンチストな国家主席には、その展開が相応しいから。


 それから間もなく、売り出された本。
 『国家主席が愛した少年』、その本はベストセラーとなった。
 若き日のキースとシロエのロマンス、悲恋に終わってしまった恋。
 読んだ誰もが涙を流して、キースを、それにシロエを思った。
 なんと悲しい恋だろうかと、切なくて泣ける話だと。
 国家主席は実は優しい人だったのだと、生涯、シロエを忘れなかったと。
「あの本、読んだ?」
「読んだわよ…。SD体制のロミオとジュリエットでしょ?」
 シロエはミュウだったらしいものね、と話題の一冊。
 帯には本当にそう刷られていた、「悲しきロミオとジュリエット」と。
 誤解から生まれた本だけれども、感動を呼んだベストセラー。
 『国家主席が愛した少年』、訂正する人は誰もいなかったから。
 皆がまるっと信じてしまって、ロミオとジュリエットの恋に涙したから…。

 

       主席が愛した少年・了

※前半だけで止めておいたら、立派にシリアス路線な話。きっと真っ当なショートが1話。
 それにせっせと砂をかけてゆく話、だって後半が先に降って来たから仕方ないんだ…!





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(ジョミー、すまない…。君を選んで…)
 心からすまなく思って…いる…。
「ブルー! ソルジャー・ブルー!!」
 アルテメシアの遥か上空、落下してゆくブルーの身体。
 もちろんジョミーは追ったけれども…。
(追い付けない…!)
 ブルーの落下速度を追い掛けたら死ぬ。
 絶対に死ねる、そういう予感。
 なにしろ力に目覚めたばかりで、ジョミーにはコントロールが出来ない。
 自由落下で追うにしたって、追い付く頃には…。
(ぼくの力じゃ止まれないんだ…!)
 もう間違いなく二人揃って地上に激突、そういうコース。
 分かっているから自然と踏んでしまったブレーキ、いや、自動車ではないけれど。
 自転車やバイクでもないのだけれども、人間にだってブレーキはある。
 サイオンは心のパワーだから。
 精神の力で操るのだから、ヤバイと思えばかかるブレーキ、それも無意識に。


「ソルジャー・ブルー!!!」
 追わなきゃいけない、それは分かっているけれど。
 自分が行かねば誰が行くのか、それも重々、承知なのだけれど。
(追い付けない…!)
 ガッツリと踏んでしまったブレーキ、速度は全然出なかった。
 追い付くどころか、ぐんぐん間が開いてしまって…。
(……嘘……)
 見失った、と愕然とした時には、既に手遅れ。
 先に落ちて行ったブルーの姿はまるで見えなくて、ジョミーの方はゆっくり降下中で。
(もしかして、場所もズレちゃってるとか…?)
 どうやら、そういう雰囲気っぽい。
 ブルーが「周りをよく見たまえ」と言った時には、見下ろした星は平和そのもの。
 雲海が広がる平穏な星で、「ちょっと地球みたい」と思ったくらい。
 ところが今では、遥か下の方で…。


(なんかドンパチやってるし…)
 自分を追って来ていた爆撃機が大量にいる感じ。
 次第に近付いてくるそれは、どう見ても…。
(ヤバすぎだって…!)
 集中攻撃を受けているのはシャングリラだった。
 ミュウの母船で、ソルジャー・ブルーに任されたばかりのミュウたちが乗っているわけで。
(あそこに帰れって!?)
 でもって事態を収拾なわけ、と泣きそうだけれど、どうにもならない。
 戻ってゆくしかなさそうだから。
 其処に戻って、まずは止めねばならないドンパチ。
 それが済んだら、「すみませんでした」とお詫び行脚しか無さそうだから。
(ぼくに、どうしろと…!)
 落ちて行ったブルーに訊きたいけれども、肝心のブルーは見失った後。
(降りる場所、ズレていないよね…?)
 ズレていたなら針の筵で、もう間違いなくミュウの連中に…。
(殺されるかも…)
 もしもブルーが戻らないまま、ノコノコ帰って行ったなら。
 行方不明のままだったなら。


 それだけは嫌だ、と叫びたい気持ちで、泣きたい気持ち。
 もう確実に殺される、とパニックになったジョミー、心のタガが吹っ飛んだ。
 「誰か助けて」と、「死にたくないし!」という絶叫と共に。
 途端に弾けた強力なサイオン、タイプ・ブルーだけに半端ないから。
「高熱源体、上空より急速接近中!」
「新手か!?」
「いえ、攻撃機より更に上からです!」
 大慌てなのがシャングリラの中で、キャプテン・ハーレイが叫ぶ羽目になった。
 「操舵士、面舵いっぱーい!」と。
 シャングリラを攻撃していた爆撃機だって、上へとミサイルを放ったけれども…。
(誰か、助けてーーーっ!!!)
 大爆発したジョミーのサイオン、一瞬の内に蒸発したのが爆撃機の群れ。
 シャングリラはポツンと取り残されて、何が起こったかと呆然としたのがミュウたちで。
「あっ、あれは!」
「ジョミー…?」
 フワフワと宙に浮いているジョミー、ブルーの姿は無かったけれど。
「すぐにジョミーを収容! その後、救助艇とのランデブーポイントに向かう!」
 そう命令したキャプテン・ハーレイ。
 ジョミーがいるなら、きっとブルーもその辺にいると思ったから。
 他のミュウたちも、信じて疑わなかったから。
 けれど、その頃…。


 ブルーが落ちて行った真下の辺り。
 高層ビルが立ち並んでいるエネルゲイアで、子供が空を見上げていた。
 ビルの一つのベランダに立って、夜空の星を観察中で。
(いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るんだよ)
 だから、いつでもネバーランドへ行けるように準備しておくこと。
 それが子供のポリシーだった。
 名前はセキ・レイ・シロエと言う。
 夢見る年頃で無垢な十歳、ピーターパンが飛んで来ないかと見ていたら…。
(何か光った?)
 青い光が、と見詰めた雲。あの中で青く光ったよ、と。


 雲の中では、意識を失くしたブルーが落下中だった。
 誰も止めに来てくれないわけだし、速度は上がる一方だったけれど。
 そのまま落ちたら地面に当たって即死だけれども、なんと言ってもタイプ・ブルー。
 おまけに三百年以上も生きただけあって、生存本能も桁外れだった。
 「このままでは死ぬ」と判断した身体、意識はなくてもかかったブレーキ。
 その瞬間に光ったサイオン、青い光が身体を包んで…。
 落下速度は一気に低下で、後はフワフワ落ちてゆくだけ。
 地面に落ちても死なないように。
 骨の一本も折れないようにと、それはゆっくりと。
 例えて言うなら…。


「親方、空から女の子が!」
 この名台詞を知らない人がいたら、「ラピュタ」を調べて頂きたい。
 ツイッターの「バルス祭り」で有名なアニメ、まず一発で出るだろうから。
 それの冒頭、空から降って来る女の子。
 飛行石とやらの力で夜空から降りて来るのだけれども、そういう感じ。
 ブルーの落下は、まさにラピュタの名シーンだった。
 あまつさえ、彼がそうやって落ちて行った先は…。


「ママ、パパ、空からピーターパンが!」
 落ちて来ちゃった、とベランダで大騒ぎしているシロエ。
 空を見ていたら、ピーターパンが落ちて来たから。
 紫のマントのピーターパンが、フワフワと。
 「ピーターパンだ!」と、ベランダからちょっと手を伸ばしてみたら…。
 上手い具合に、受け止められたピーターパン。
 サイオンでフワフワ落下中だから、小さな子供の力でも。
 そんなわけで、シロエはブルーを拾って…。


「なんだと、ソルジャー・ブルーを見失ったぁ!?」
 死んで詫びろや、という状態のシャングリラ。
 ジョミーのサイオンに救われたことなど、誰もがまるっと忘れていた。
 「テメエのせいだ」と、長老からヒラまでがジョミーを囲んでフルボッコ。
 ソルジャーは何処に行かれたのかと、この始末をどうつけるのかと。
「す、すみません…!」
 泣きの涙で土下座したって、「すみませんで済んだら、警察は要らんわ」状態な周り。
 もうこのままでは殺される、とジョミーが命の危機を感じていたら…。


『すまない、みんな迷惑をかけた』
 ぼくなら無事だ、と聞こえた思念波。
 それは間違いなくソルジャー・ブルーで、彼の思念波が言う所では…。
「車でこっちに向かっておるじゃと!?」
「シロエというのは誰なのです?」
「さ、さあ…?」
 私にも分からん、と言いつつ、キャプテン・ハーレイが指示した航路。
 ソルジャー・ブルーはシロエという子と一緒らしいから。
 シロエの父親が運転する車、それで郊外へ向かっているという話だから。


「ピーターパン、ぼくたち何処へ行くの?」
「ネバーランドだよ」
「パパとママも一緒に行けるんだね?」
「うん。お父さんたちが、ぼくを助けてくれたからね」
 ネバーランド行きの船に乗れるよ、とシロエに説明しているソルジャー・ブルー。
 車を運転しているシロエの父は…。
「こうなるとは思いませんでしたよ。サイオニック研究所には辞表を出して来ましたが…」
「いいじゃないの、あなた。シロエのためよ」
 ミュウの船でも、何処でも行きましょ、とシロエの母は肝っ玉母ちゃんだった。


 かくして、エネルゲイアから思い切り離れた郊外、ソルジャー・ブルーは船に戻った。
 ミュウの子供と、その養父母とを引き連れて。
 ソルジャー・ブルーを拾ったミュウの子供は、船の中では小さな英雄扱いで…。
「聞いたよ、ソルジャー・ブルーを助けたんだって?」
「小さいのに凄いミュウなんだねえ!」
 あのジョミーとは全然違うよ、とシロエの人気は急上昇。
 だから人類なシロエの両親も、船のミュウたちは大歓迎で好待遇。
 一方、ブルーを見失って船に戻ったジョミーは…。


「何をぐずぐずしとるんじゃ! それでも次のソルジャー候補か!」
 ちっとはシロエを見習わんかい、とシゴキな毎日、仲間たちからは陰口の日々。
 「ヘタレなジョミーが歩いてるぞ」と、「あいつ、ソルジャーも守れないでさ…」と。
 ジョミーとしては、ソルジャー候補の名前をシロエに譲りたいけれど…。
(なんでシロエは、タイプ・ブルーじゃないんだよーーーっ!!!)
 ぼくの人生、この先メチャクチャになりそうだけど、と泣けど叫べど、どうにもならない。
 シロエにバトンを渡したくても、サイオン・タイプが違うから。
 いくら人生、針の筵でも、ソルジャー候補をやって行くしか道は無いから。


(誰か、助けてーーー!!!)
 お願い、と今日も泣き叫ぶジョミー。
 どうしてこうなっちゃったんだろうと、ぼくの所にもピーターパンが来ればいいのに、と。
 けれど人生、そう簡単には、「親方、空から女の子が!」とはいかないもの。
 だからジョミーは頑張るしかない、船の英雄はシロエでも。
 ソルジャー・ブルーを救った小さな英雄、彼が絶大な人気を誇っていようとも…。

 

        空からの帰還・了

※2016年1月24日の記録的な寒波。鹿児島で13センチを記録した大雪、その最中。
 「鹿児島で雨と灰以外が降って来るなんて、空から女の子が降って来るより確率が低い」。
 そうツイートしたのが鹿児島市民で、「面白すぎる」と吹き出したのが管理人。
 気付けばこういう話になっていたオチ、まさか寒波がネタになるとは…。





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