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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

(船は立派に出来たんじゃが…)
 どうもイマイチ、とゼル機関長は感じていた。
 元はコンスティテューションとかいう、人類の船だったシャングリラ。長い年月、そいつで宇宙を旅する間に、培ったミュウの技術力。
 それを生かして改造した船、元の船とは比較にならない巨大な船が出来上がった。白い鯨のような船体、人類の船には備わっていないシールドとステルス・デバイスもつけて。
(これで総員、一致団結…)
 地球を目指したい所だけれども、生憎と地球の座標は謎。
 さりとて大気圏内を長く航行できる性能、それを生かさない手は無いだろう。人類のレーダーに捕捉されないステルス・デバイス、そっちだって。
 というわけで、雲海の星、アルテメシアにやって来た。雲海の中なら更に安全、人類の育英都市があるから最新情報もゲット出来そうだ、と。
(じゃがなあ…)
 どうにも士気が高まらんのじゃ、と考えるゼルの理想の船。
 皆が朝からシャキッとしていて、希望が溢れて、やる気満々。そんな船がいい、と思うのに…。
(なまじ面子が固定じゃからのう…)
 遠い昔にアルタミラから脱出したミュウ、その顔ぶれは今も変わらない。
 ソルジャーにキャプテン、機関長だの航海長だの、役職がついていっただけ。今更やる気満々も何も、と心機一転とはいかなかった。
 せっかく船が出来たのに。
 人類軍だって持っていないような、シールドまで備えた船なのに。


 なんとも悲しいキモチになるゼル、彼が改造の最高責任者だった。博識な友のヒルマンと検討を重ね、船を造った。
 現場で働いた者は他の面子で、改造案にゴーサインを出したのもソルジャーとキャプテン、つまりはゼルは「縁の下の力持ち」という立ち位置になる。
 脚光を浴びる立場ではないから、船の現状に不満があっても、どうこう言える権限は無い。
 皆が「これでいい」と現状維持なら、ソルジャーとキャプテンも同じなら。
(もうちょっと、こう…)
 このカッコイイ船に相応しく、と士気の高まりを願ってみたって、どうにも出来ない。やる気を出そうと発破をかけるには、やはり材料が要るのだから。
(地球の座標も分からんのでは…)
 仕方ないのう、と入った船のライブラリー。
 SD体制以前のデータも豊富に揃った、紙の本から映像までがギッシリある場所。これまた船の自慢の施設で、大いに誇りたいのだけれども…。
(利用者がイマイチ増えんのじゃ…)
 面子が固定のままじゃからのう、と零れる溜息。新しい船が出来ただけでは、新しい風は吹かないらしい。いくら自慢の新造船とも呼びたい船でも。


(こういう時には…)
 腐っていたって仕方ないわい、と何か観ようと考えた。
 同じ観るなら、馬鹿々々しいのがいいだろう。うんと笑えて、楽しい気分になれるモノ。憧れの地球が絡めばもっといいが、と気まぐれに打ち込んでいった文字。
 そうしたら…。
(釣りバカ日誌?)
 見るだに馬鹿っぽい雰囲気のタイトル、遠い昔に人気を博した笑える映画らしいから。
(とにかく釣りをするんじゃな?)
 それならば青い地球の自然が溢れまくっているだろう。水の星、地球の本領発揮で、そこで釣りをして、おまけにお笑い。
 これに決めた、と呼び出してみたら、「釣りバカ日誌」はシリーズだった。幾つもあるから、どれを観ようか悩ましい所。
 タイトルを端から順に眺めて、目に留まったのがシリーズ16、「浜崎は今日もダメだった」。
 のっけから笑わせてくれるというから、それで様子見してみよう。
 本当に笑える映画なのかどうか、冒頭で判断可能だから。時間を無駄にしないから。


 よし、と観賞し始めた映画、いきなり高らかなファンファーレ。
 何事なのか、と仰け反っていたら、たちまち歌が始まった。それは陽気に、能天気に。
(社歌じゃと?)
 主人公が勤める鈴木建設、そこで毎朝、歌われる社歌。いわば会社のテーマソングで、社員が歌うものらしい。
(ほほう…)
 なるほど、と眺めた社歌を歌っている登場人物。会社で働く関係者は皆、もれなく楽しく歌いまくっていた。受付嬢から、重役まで。デスクワークの社員はもちろん、現場でガテンな面々も。
(掃除係も歌うんじゃな?)
 トイレ掃除をしているオバチャンも歌いまくる社歌は素晴らしかった。
 社内はもちろん、ツルハシを担いで建設現場なガテン系まで歌うのだから。経営者の社長を除く面子は、一人残らず。
(素晴らしい会社じゃ…!)
 わしの理想じゃ、と惚れ込んでしまった鈴木建設、其処の社歌。
 朝一番には皆で歌って、ついでに踊って、やる気満々。
 シャングリラもこういう船だったら、と心の底から湧き上がる思い。社歌を歌って始まる一日、きっと最高の船になる。
 希望もやる気も溢れまくりの、誰もが元気一杯の船。そうあって欲しい、シャングリラに。


 思い立ったが吉日とばかり、コピーしたデータ。鈴木建設の社歌のシーンを。
 そして長老会議を開いた、ソルジャーとキャプテンも出席するヤツを。
「社歌だって…?」
 それはどういう、とブルーが訊くから、「社歌じゃ」と胸を張って答えた。「これを見てくれ」と会議室の大きなモニターで再生、流れ始めた例の社歌。ファンファーレで始まって、景気よく。
「「「…………」」」
 誰もが唖然としたのだけれども、歌は確かに見ものではあった。偉そうな重役からヒラ社員までが揃って歌って、掃除係も現場なガテンの兄ちゃんたちも。
「どうじゃ、シャングリラにもこんな歌をじゃな…」
 作ればいいのではなかろうか、と提案したゼル。朝から歌えば一致団結、やる気もきっと、と。
「ちょいとお待ちよ、誰が作曲するんだい?」
 ブラウの疑問はもっともだった。作曲の才能を持った仲間は一人もいない。
「何かをパクればいいじゃろうが!」
 名曲は幾つもある筈じゃから、と自信満々、曲はパクッて替え歌で良し、と。
「替え歌か…。その手があるか…」
 それも悪くはないかもしれん、と頷いたのがキャプテン・ハーレイ。彼も薄々、今の船では駄目だと思っていたらしい。変える切っ掛けでもあれば、と。
「なるほどねえ…。それもいいんじゃないのかい?」
 こういう陽気な船もいいし、とブラウも乗り気になってくれた。ヒルマンもエラも。


 この流れなら社歌が作れそうだ、と思ったゼル。
 社歌というわけではないけれど。シャングリラという船の歌だし、何と呼ぶやら。
 けれど出来ると、何をパクろうかと、ヒルマンたちと検討し始めていたら…。
「…ぼくはこのままでいいと思うよ」
 下手にパクるより、とブルーが口を開いた。歌詞もそっくりそのままでいいと、鈴木建設の社歌で充分だと。
「なんじゃと!? しかし、ソルジャー…!」
 それでは鈴木建設になってしまいますぞ、とゼルはもちろん、誰もが慌て始めたけれど。
「でもね…。歌の見本は此処にあるんだし、歌詞も素敵だと思うから…」
 聴いてみたまえ、というブルーの言葉。
 改めて社歌をよく聴いてみれば、歌詞はなかなかのものだった。
 「悩みは無用、光を胸に」だとか、「大きな理想、挫けぬ心。時代を築く礎よ」だとか。
 そう、「鈴木建設」と歌うくだりをスルーしたなら、立派にミュウのための歌で通る歌。
 「躍進する」だの「邁進する」だの、「あなたの町の明るい明日を」だのと、前向きだから。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」も、船の精神にはピッタリだから。
「…で、では、ソルジャー…」
 このままですか、と尋ねたキャプテンの声に、ブルーは重々しく頷いた。「これでいこう」と。


 かくして決まってしまった社歌。
 シャングリラには毎朝、鈴木建設の社歌が景気よく流れて、皆が歌って踊ることになった。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「鈴木建設」と。
 ゼルの狙いは見事に当たって、一気に高まった団結力。朝一番には皆で歌おうと、今日も一日、元気にいこうと。
(…あの歌にしようと言って良かった…)
 皆がここまでノリノリでは、と青の間でホッと息をつく一人。ソルジャー・ブルー。
 「鈴木建設の社歌でいい」と推した理由は、メロディと歌詞にもあったのだけれど…。
(…替え歌にされたら、ぼくの立場がマズイんだ…)
 なにしろ、自分がソルジャーだから。
 鈴木建設が邁進する分には気にしないけれど、シャングリラが躍進したって気にしないけれど。
 下手に弄られたら、歌詞に「ソルジャー・ブルー」と入る恐れが大。
 毎朝、毎朝、自分の名前を皆が連呼し、士気を高めるなどとんでもない。歌う方は良くても、歌われる方の身になって欲しい、それは激しく恥ずかしすぎる。
 こうも誰もがノリノリでは。朝一番から「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」では。
(鈴木で、鈴木建設だから…)
 高みの見物を決め込めるけれど、「ソルジャー・ブルー」と歌われたのでは堪らない。ウッカリ外を歩けもしなくて、歩きたいとも思わない。…歌が流れる時間帯には。


 そういう事情があったとは誰も気付かないままで、鈴木建設の社歌は定着した。
 アルテメシアの育英都市から救出されたミュウの子たちも、船に来るなり覚えて歌った。新しい世代は「そういうものだ」と思っているから、それは素直に。
 シドもリオもヤエも元気に歌って、ブルーが連れて来たフィシスも歌った。シャングリラの朝は歌で始まると、今日も一日、元気にいこうと。
 そんな調子だから、ジョミーが船に来た時も…。
「…鈴木建設?」
 なにそれ、と変な顔をしたジョミーは、キムたちにフルボッコにされてしまった。
 「俺たちの歌に文句があるか」と、「嫌なら船から出て行け」と。
 それくらいに愛された歌が「鈴木建設の社歌」で、後にはジョミーも歌うようになった。よく聴いてみたら前向きな歌で、やる気が出て来る歌だから。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と歌いながらだと、頑張れるような気がするから。
 なんと言っても、元はガテンな兄ちゃんたちまでもがツルハシ担いで歌った社歌。
 それでやる気が出ないわけがない、やたらと元気で、「歌って踊れる」社歌なのだから。


 アルテメシアを離れた後にも、鈴木建設の社歌は毎朝、船に流れた。
 人類軍に追われまくって、誰もが疲れ果てていた時にだって、朝一番だけは溢れた気力。今日もやるぞと、今日こそはと。
 たとえ行き先が見えない船でも、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と。
 そうやって歌ってナスカまで行って、相も変わらず鈴木建設。ナスカに入植した若い者たちも、この歌で育っていたものだから。
 船を離れて古い世代と対立しようが、赤い大地を開拓するには、歌の精神がピッタリだから。
 「大きな理想、挫けぬ心」で、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」。
 「明日へ築く、木槌の音よ」で、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」。
 シャングリラの中でも歌い続けられて、毎朝、流れ続ける社歌。揃って歌って、踊ったりして。


 そんなわけだから、ナスカで捕虜にされたメンバーズのキース、彼も朝から聞く羽目になった。
 彼が押し込まれた部屋の周りにも、高らかに響き渡る社歌。朝一番には、朗々と。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「鈴木建設」と。
(…この船は、いったい…)
 どうなっているのだ、とキースの優れた頭脳をもってしても分からない。
 何ゆえに鈴木建設なのかと、ミュウの長の名は「鈴木」だっただろうかと。ミュウどもは何処で建設業をと、請け負う仕事は無い筈だが、と。
 いくら考えても出て来ない答え、仕方ないからジョミーに訊いた。
 少々、間抜けになったけれども、「一つ訊きたい」とキメる代わりに…。
「待て、二つ訊きたい。…星の自転を止めることが出来るか?」
「…さあ? やってみなければ分からないが」
「残念だったな。その力がある限り、人間とミュウは相容れない」
 それと、もう一つ。鈴木建設というのは何だ?
 お前たちのことか、と投げた質問、ジョミーの答えは…。
「さあ…? 多分、そうなんだろう。相容れないなら、残念だ」
 言い捨てて去ってしまったジョミー。
 鈴木建設の謎は残って、とうとう解けないままだったから…。


「パンドラの箱を開けてしまったな…。良かったのだろうか」
 グランド・マザーが崩壊した後、地球の地の底で、致命傷を負った者同士。
 ジョミーと暗闇で語り合う中、「お前に出会えて良かった」と口にしてみたら…。
 「ぼくもだ」と返って来た言葉。
 やっと友が、という気がした。遅きに失した気はするけれども、友が出来たと。
「キース…。箱の最後には希望が残ったんだ」
 ジョミーに言われて、ふと思い出した。遠い昔に聞かされた歌を。ミュウの船の中で毎朝々々、流れまくっていた前向きな歌を。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「大きな理想、挫けぬ心」と。
 あれは希望の歌だったのか、と今頃になって合点がいった。
 ミュウの長の名が鈴木かどうかは、関係無く。本当に鈴木建設かどうか、細かいことはサラッと抜きで。ひたすら前へと躍進、邁進、そういう歌を歌っていたか、と。
「分かったぞ、ジョミー。お前たちは…」
 鈴木建設をやっていたのではなくて、あの歌が大切だったのだな、と言おうとしたのに。
 「今もあの歌を歌っているか?」と、「いい歌だな」と褒めたかったのに…。
 ジョミーの声は返らなかった。先に命が潰えてしまって、その魂は飛び去ったから。


(…最後まで、私は一人か…)
 けれど、キースの唇に浮かんだ笑み。
 ミュウの船で毎朝流れていた歌、あの歌は本当にいい歌だった、と。
 ジョミーの跡を継ぐ青年だって、きっとあの歌を歌うだろうと。
 何処までも生きて進んでくれと、この世界を、地球を、未来を頼むと。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」の精神で。
 「悩みは無用、光を胸に」で、「大きな理想、挫けぬ心」で…。

 

        ミュウたちの社歌・了

※真面目なんだか、ふざけてるのか、悩ましい話になったオチ。…キースのせいで。
 作中の社歌は嘘ついてません、youtubeで「鈴木建設 社歌」と検索すると本物が出ます。





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(ソルジャー・ジョミー…)
 どうも据わりが今一つ、とハーレイがついた大きな溜息。
 アルテメシアを後にしてから、これが頭痛の種だった。ソルジャー・ブルーは日に日に弱って、世代交代の日が近そうで。
(お亡くなりになるとは思わないが…)
 近い将来、陣頭指揮は執れなくなってしまうだろう。青の間から一歩も出られない上に、思念も細くなっているから。
 そうなれば跡を継ぐのはジョミーで、ソルジャー候補からソルジャーになる。その時、彼をどう呼ぶのかが大いに問題、慣例で行けば「ソルジャー・ジョミー」。
 慣例も何も、初代はソルジャー・ブルーなのだし、二代目だけれど。
 大袈裟に騒ぎ立てなくても良さそうだけれど、「ソルジャー・ジョミー」は据わりが悪い。
 前々からゼルたちも指摘していた、その件について。
(呼びにくいわい、と言われても…)
 ジョミーの名前はジョミー・マーキス・シン、ファーストネームは「ジョミー」でしかない。
 それを「ソルジャー」の後につけたら、どう転がっても「ソルジャー・ジョミー」。
 どんなに据わりが悪かろうとも、これより他に道は無いわけで…。
(……弱ったな……)
 いっそ改名して貰おうか、とまで思うくらいに悩ましい問題、「ソルジャー・ジョミー」。
 ジョミーの名前がジョーだったなら、悩まないのに。
 「ソルジャー・ジョー」と呼べるのだったら、何処からも苦情は来ないのに。


 なんとも困った、と悩みまくっても、どうにもならないジョミーの名前。
 刻一刻と近付く世代交代、その時が来た時、どうしたものか。
 悩み続けていたら、「ハーレイ」とゼルに呼び止められた。ブリッジから部屋へと帰る途中で、「ジョミーの件じゃが」と。
 とうとう来たな、と振り返ったら、エラもブラウも、ヒルマンもいた。
(…敵全逃亡は不可能か…)
 仕方ない、と溜息交じりに皆を引き連れ、帰った部屋。場の雰囲気を和らげようと出した秘蔵の合成ラムは、「結構」とゼルに跳ね付けられた。
「分かっておろう。…ジョミーの名前をどうするんじゃ」
「ソルジャー・ジョミーって呼べってかい?」
 あたしは勘弁願いたいね、とブラウもまるで遠慮が無い。エラもヒルマンも頷いているし、案を出すしかないだろう。
「…改名して貰うのが一番かと…」
「ほほう…。それはいいかもしれないね」
 うん、とヒルマンの顔が綻んだ。ジョミーだったらジョーだろうかと、他にも何か、と。
「ジョーじゃな、それが据わりが良さそうじゃ」
 それに「ミ」を抜くだけで済むし、とゼルも乗り気な「ソルジャー・ジョー」。
 やはり改名しかないのだな、と思ったものの、ジョミーになんと切り出したものか。


(無理やりソルジャーに仕立て上げた上に、名前まで…)
 変えろと言っていいのだろうか、と眉間に皺を寄せていたら…。
『その件で、ぼくも話がある』
 いきなり飛んで来た思念。
「ソルジャー・ブルー?」
「ソルジャー?!」
 今のを全部聞かれていたか、と慌てふためき、それでも急いで取った礼。
 思念波の主は「続きは後で」と、青の間に来るよう指定した。思念を飛ばすのは疲れるからと、会って話すなら問題無いが、と。
「…ソルジャーがお呼びじゃ。行くしかないのう…」
「ソルジャー・ジョミーにしておくように、と仰るのでしょうか?」
 エラが不安そうな顔をしているけれども、恐らく、そういうことだろう。次期ソルジャーに改名させるとは何事か、と叱られた上に、「ソルジャー・ジョミー」で確定な呼び名。
 ソルジャー・ブルーが出て来た以上は、他に考えられないから。
(…喜ばしくはあるのだが…)
 ジョミーのためにはソルジャー・ジョミー、と思うけれども、呼びにくい。船の者たちも苦労をするだろうな、と溜息は深くなるばかり。
 それでも長老の四人と一緒に青の間に向かい、「遅くなりました」と入ったら…。


「ハーレイ。…君の名前は何だった?」
 ベッドに横たわったままのブルーに向けられた視線。「君の名前は?」と。
「は、はい? …ハーレイですが」
「違うだろう? 君はウィリアムの筈だ。ウィリアム・ハーレイ」
 それがどうしてハーレイなんだい、と見上げてくる瞳。何故そうなった、と。
「…キャプテン・ウィリアムは呼びにくい、と…」
 そう答えながら、「何処かでこういう話を聞いた」と気が付いた。ジョミーのことだ、と。他の四人も気付いたようで、「そういえば…」と上がった声。
「ゼルが言ったんじゃなかったかねえ、あの時もさ」
「わしだけではないぞ、エラもヒルマンもじゃ!」
 お前だ、いやいや、あんただ、お前だ、と揉め始めたけれど、確かに昔、起こった事件。
 キャプテン・ウィリアムは据わりが悪い、とキャプテン・ハーレイになったのだった。
(…私もすっかり忘れ果てていたが…)
 似たような話が前もあったか、と遠い昔を振り返っていたら、「分かったかい?」とブルーが皆を見回した。
「…ジョミーも、あの時と同じでいい。ソルジャー・シンでいいだろう」
「ソルジャー・シンですか?」
 訊き返したら、「そうだ」とブルーは頷いた。これで文句は無いだろう、と。


「そうじゃな、ソルジャー・シンならマシじゃ」
 それにジョミーも納得するじゃろ、とゼルが引っ張った髭。「ハーレイの例があったわい」と。
「ええ、前例はありますね。…ソルジャーではなくて、キャプテンですが」
 よろしいでしょう、とエラも賛成。ヒルマンもブラウも文句は無くて、ソルジャー・シンという呼び名が決まった。
 いつかジョミーが跡を継いだら、ソルジャー・シン。それでいこうと、前例もある、と。
 なにより、ソルジャー・ブルーの指示。
 誰からも苦情は出ないだろうし、ジョミーも素直に従う筈。改名させるわけではないし、ファーストネームか、ファミリーネームかの違いだけだから。
(これで私も肩の荷が…)
 下りた、とホッとしていたら、「もう一つある」と聞こえた声。ベッドの方から。
「…ソルジャー?」
 今度は何を、と思った途端に、「遺言だ」という物騒な台詞。
 まさか寿命が尽きるのか、と誰もが愕然、神妙な顔でベッドの周りに立ったのに…。


「真に受けないでくれたまえ。…まだ死なない」
 だが、遺言だと思って聞いて欲しい、と赤い瞳がゆっくり瞬いた。
 「地球は遠い」と始まった言葉。ジョミーの代で辿り着けるとは限らない、と。
 次のソルジャーが呼びにくい名前だったなら。…どうしようもないケースだったら、と。
「…どうしようもないケースとは?」
 どのような、とハーレイが問い返したら、「一つ挙げよう」とクスッと笑ったブルー。
「アルフレートがいるだろう。彼がソルジャーだったなら…?」
「「「アルフレート!?」」」
 それは難しい、と誰もが思った。ソルジャー・ジョミーどころではない名前。アルフレートが次のソルジャーなら、「ソルジャー・アルフレート」にしかならない。
「…無理じゃ、わしには呼べんわい!」
 舌を噛みそうじゃ、とゼルが騒ぐのも分かる。ソルジャー・アルフレートは無理すぎ。
「分かったかい? だから遺言だと言ったんだ」
 そういう場合は、改名も仕方ないだろう。…呼ぼうとしても呼べない名前では。
 けれど、そこまで難しくないなら、愛称という手を使うといい。
 たとえば、ソルジャー・ゼルだとしよう。
 ソルジャー・ゼリーになったとしたって、改名よりかはマシだろうね。…愛称だから。


 ぼくの遺言だ、とソルジャー・ブルーが語った言葉は、正式な文書となって残った。
 ジョミーがソルジャー・シンになった後にも、しっかりと。
 「へえ…。こういう決まりになったんだ?」と、ジョミーも興味津々で見ていた文書。
 ソルジャー・シンで済んで良かったと、でも愛称なら許容範囲かも、などと。
 そういう文書がキッチリ残ったものだから…。
 ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィの代で文書は生きた。
 ソルジャー・トォニィは少し呼びにくかったし、ファミリーネームの方もイマイチ。こういう時こそ、あの文書だと。
 偉大なるミュウの初代ソルジャー、ソルジャー・ブルーの御遺言だ、と。
「ソルジャー・トニー! スタージョン中尉から通信です!」
「分かった。…繋いでくれ」
「ご無沙汰しております、ソルジャー・トニー」
 こんな具合で、ソルジャー・トニーになってしまったソルジャー・トォニィ。
 初代のソルジャーが残した遺言、それは正式なものだったから。呼びにくい名前のソルジャーが来たら、改名、あるいは愛称で行けと、文書が残っていたものだから。
 ソルジャー・シンの次の代にはソルジャー・トニー。
 トォニィではなくてソルジャー・トニーで、呼びやすいのが一番だから…。

 

        ソルジャーの名前・了

※ソルジャー・ジョミーではなくて、ソルジャー・シン。舞台裏はきっとこうだな、と。
 連載当時にあったんですよね、「ソルジャー・ジョミー」。第一部の終わりで。
 総集編が出る時、直されてしまった幻のキャプテン・ハーレイの台詞。いや、マジで。
 流石にリアルタイムじゃ読んでないです、古書店バンザイ。





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 ナキネズミ。
 どの辺がどうネズミなのか、と尋ねられた人が悩んでしまいそうな生き物。何処から見たってリスの親戚、フサフサの尻尾と首の周りの襟巻みたいな毛。
 ついでに思念波で喋れたりもする、ミュウが作った生き物だから。「宇宙の珍獣」という立派な触れ込み、それだってミュウの捏造だから。
 早い話が、ミュウの世界にしかいない生き物。
 ミュウたちを乗せたシャングリラにだけ、コッソリ生きているらしいモノ。


 此処に一匹、ちょいと有名なのがいた。
 ナキネズミは船に何匹もいるのだけれども、別格と言えるナキネズミ。
 何故なら、ミュウを束ねるソルジャー、ジョミーのペットだったから。ソルジャー・シンを船に迎えた時から、そういう立場になっていたから。
(でも、名無し…)
 長いこと名無しだったんだ、と一気に広がってしまった評判。ミュウはもちろん、ナキネズミたちの世界でも。
 ソルジャー・シンのペットで別格、けれども「名無し」だったそうだ、と不名誉すぎる評判が。
 ずっと「お前」と呼ばれていただけ、それを自分の名前と勘違いしていたのだと。
(…ぼく、お前…)
 そうだと信じ込んでいたのに、違うと思い知らされたあの日。
 ジョミーは慌てて「レイン」と名前をくれたけれども、赤っ恥な噂も広まった。レインという名を貰う前には名無しだったと、それで納得していた間抜け、と。


 ミュウたちに笑われるだけならいい。まだマシな方で、我慢は出来る。
 けれども、同じナキネズミ。その連中が注ぐ視線が痛くて、いたたまれないのが現実なるもの。
 今更「レイン」と名乗ってみたって、後付けだから。
 「元は名無しだ」と言われた時には、まるで反論出来ないから。
(ぼく、名無し…)
 名無しなことにも気付かなかった馬鹿だなんて、とナイーブな心が傷つく毎日。
 本当だったらソルジャー・シンのペットで、「キング・オブ・ナキネズミ」という立場なのに。
 他のナキネズミとは一味、いやいや百味も違うナキネズミなのに。
 そうは思っても、拭い去れない「名無し」だった事実。
 ミュウの世界では忘れられても、ナキネズミの世界ではキッチリ記憶されたまま。
 「いくらソルジャー・シンのペットでも、名無しでは」と。
 「レインという名は後付けなんだ」と、「十二年ほど名無しだった」と。


 酷い評判は消えないままで、今も「名無し」と呼ばれる毎日。
 ミュウたちは「レイン」と呼んでくれても、同じナキネズミが呼ぶ時は「名無し」。もしくは、もっと強烈な「お前」、そういう名前。
 シャングリラの中を歩いていたなら、「名無しが来た」と囁く思念波。「お前が来たぞ」と。
 あちこちでキュウキュウと鳴いている仲間、それが交わしている思念。
 「名無しが通る」と、「あれが「お前」だ」と。
 ナスカで生まれた自然出産児、トォニィたちにも可愛がられる自分なのに。
 きっと最高のナキネズミなのに、「名無し」で「お前」。
 もうグサグサと刺さりまくりで、よっぽどのことをしないと消えてくれない評価。
 「凄いナキネズミだ」と認められる何か、それを自分がやってのけないと。
 仲間たちからの尊敬の眼差し、そういったものを勝ち取らないと。
 でも、どうしたら…、と悩んでいたら。


 ある日、シャングリラに来た人類の男。
 キース・アニアンというメンバーズ・エリート、それが問題になっているらしい。
(…ジョミーの敵…)
 だったら、自分にとっても敵。
 そいつと互角に渡り合えたら、ナキネズミ仲間も認めるだろう。「あいつは凄い」と。
 「名無し」で「お前」な日々にお別れ、きっと「キング・オブ・ナキネズミ」。
 ちょっと出掛けて、キースなるものを見てみよう、と思い立ったが吉日だから。
(…キース・アニアン…)
 あれがキース、と捕虜を閉じ込めたガラス張りのドームに近付いた。
 まずはドームを開けることから、そして中へと入ってみる。
(…拘束されてないけど…)
 その方がきっと好都合、と思うレインは何も考えてはいなかった。
 どうやってキースと渡り合うのか、互角に何をするのかさえも。
 なにしろ、元が動物だから。思念波で話すことは出来ても、人間とは別の生き物だから。


 単純なオツムが叩き出した考え、それは「キースに会う」ことだけ。
 だから小さな足でカタカタ、ドームを開けて中へ入った。自分が通れる隙間の分だけ。
「なんだ、こいつは!?」
 何処から湧いた、と睨み付けているキースだけれども、渡り合うことが大切だから。
 「キュウ!」と鳴いて近付いて行ったら、意外なことに…。
「ほほう…? ナキネズミか?」
 これが本物のナキネズミなのか、とニュッとキースの手が伸びて来た。頭を、首周りのフサフサの毛を撫で回し始めたのがキース。
(…元気でチューか?)
 そういう心の声が聞こえて、嬉しそうな顔。
 昔、サムという友達とやっていたらしい。ナキネズミのぬいぐるみを持って。キュッと握って、それをペコリとさせたりしながら、「元気でチューか?」と。
 他にも色々、沢山のこと。キースの心の声が聞こえる、「懐かしいな」とか、「一つ違ったら、シロエもマツカも、この船に乗っていたかもな」などと。
(…シロエにマツカ?)
 誰だろうか、と考えなくても分かった答え。シロエはキースが殺してしまった友達のミュウで、マツカは出会ったばかりのミュウだ、と。


(シロエで、マツカで…)
 元気でチューか、と毛皮を撫でてくれているキース。
 ジョミーの敵だと聞いたけれども、けっこう友達多めな男。サムは人類らしいけれども、シロエとマツカはミュウなのだから…。
『元気でチューか?』
 とりあえず、そう挨拶してみた。ナキネズミお得意の思念波で。そうしたら…。
「何故、それを…!?」
 私の心を読んだのか、と愕然とされても、こっちが困る。キースの心は筒抜けだったし、向こうが勝手に「元気でチューか?」とやったのだから。「懐かしいな」と笑みまで浮かべて。
 シロエとマツカなミュウの友達、それだってキースが自分で披露したのだから。
『えっと、友達…。シロエとマツカ』
 どっちもミュウ、と送った思念。キースはと言えば顔面蒼白、「読める筈がない」と大慌てだけれど、そういう心の動きまで分かる。パニックなんだ、と。
 だから重ねてこう訊いた。「キースの心、読める筈がない?」と。
 全部見えるのに、それは変だと。丸見えなのに、読めるも何も、と。
「そんな馬鹿な…。私の心理防壁は…」
 眠っていたって完璧な筈で、とパニックなキース、そういう訓練を受けているらしい。けれども読めるものは読めるし、今も変わらず筒抜けなわけで…。


 変な男だ、と見詰めていたら、いきなり尻尾を掴まれた。「そうか、分かったぞ」と。
「貴様、ミュウとは違うからな…。ナキネズミだからな?」
 同じ思念波でも仕組みが違うというわけか、と睨み付けて来るアイスブルーの瞳。
 どうしてくれようと、私の心を読んだからにはタダではおかん、と。
 普通だったら、此処でビビって逃げるけれども、ナキネズミだけにズレている思考。人間の枠に囚われないから、それは真面目に訊き返した。「捕虜なのに?」と。
『キース、出られない。ジョミーの敵』
「貴様、ジョミーに喋るつもりか!」
 それこそタダでは済まさんぞ、とキースはギリリと歯軋りをして。
 「舐めるなよ?」と尻尾を鷲掴んだままで、「丸刈りにするぞ」と言い放った。
 捕虜だけれども、身づくろいのためのシェーバーくらいは持っていると。あれを使えば貴様の毛皮を一気に毛刈りで、綺麗サッパリ丸刈りなのだ、と。
(毛刈り…!?)
 それに丸刈り、と覚えた恐怖。
 ナキネズミにとって、毛皮は命だったから。フサフサの尻尾も首周りの毛も、フサフサと生えていてこそだから。


(…前に、丸刈り…)
 そういう仲間がいたことがあった。何かのはずみで罹った皮膚病、それの治療で見事に丸刈り。
 いわゆる獣医にあたる人物、それがバリカンでバリバリと刈った。バリバリ、ウイーンと。
(毛皮、刈られたら…)
 尻尾も身体も貧相になって、おまけに、つるり、ぬるりと見えるものだから…。
(名前、丸禿げ…)
 毛刈りをされてしまった仲間は、元の名では二度と呼ばれなかった。「丸禿げ」だとか、「ぬるり」に「つるり」で、世を儚んで…。
(…ずっと、引きこもり…)
 もう恥ずかしくて生きてゆけない、とヒッキーになって、愛する彼女にも捨てられた筈。丸刈りになった段階で。毛皮を刈られてしまった時点で。
(……名無しで、お前……)
 それが自分の評価だけれども、丸刈りはその上を行く。
 ナキネズミとしての人生、丸刈りにされたら終わったも同じ。ソルジャー・シンのペットでも。
 毛皮が無ければ、もう間違いなく、未来の「み」の字も無いものだから…。


『しゃ、喋らない…!』
 死んでも言わない、とキースに伝えて、うるうる泣いた。
 丸刈りにされたら人生終わりで、後が残っていないから、と。「キング・オブ・ナキネズミ」になれはしなくて、もう引きこもるしかないんだから、と。
「そうか、利害は一致したな」
 貴様が黙っているのだったら、私も丸刈りはやめてやろう、と尊大なキース。
 立場はまるっと逆転した。
 「心を読んだことは、決して誰にも喋りはしない」と誓わされた上で放り出された。喋ったら毛皮は無いと思えと、私が此処から出られた時には丸刈りにする、と。
(キース、怖すぎ…)
 名無しでお前な人生どころか、丸刈りにされておしまいだから、と後をも見ずに逃げたオチ。
 仲間たちに自慢をしに行けもせずに、もちろんジョミーに喋れもせずに。
(喋ったら、丸刈り…)
 人生おしまい、と怯えまくりのナキネズミ。
 なにしろ、毛皮が命だから。丸刈りにされたら、「名無し」よりも酷いことになるから。


 そんなこんなで、ナキネズミは喋りはしなかった。
 キースの所に出掛けたことも、心の中身を読みまくったことも。
 「元気でチューか?」とやった男がキースで、ミュウの友達のシロエとマツカがいたことも。
 ちょっと冷静に考えたならば、「喋った方がお得なのだ」と分かるのに。
 いくらキースが丸刈りの危機を突き付けていても、所詮は捕虜だと気付くのに。
(…丸刈り、怖い…)
 あれは危険、としか思わないのがナキネズミ。
 どう転がっても、動物だから。人間とは思考回路が違って、考え方もズレているから。
 こうして勝負はついてしまった、天はキースに味方した。
 彼がシェーバーを持っていたから。
 「髭くらいは自分で剃れ」とばかりに、ちゃんと突っ込んであったから。
 歴史なんぞは、つまらないことで変わるもの。
 たかがシェーバーくらいでも。
 もしもキースが持っていなかったら、きっと何もかもコロッと変わって、違う未来があった筈。
 けれど、シェーバーはバリバリと刈った、ミュウと人類にあった別の未来を。
 もっと早くに和解できる未来、それをすっかり、綺麗サッパリ…。

 

        ナキネズミの価値観・了

※ナキネズミ相手ならキースも油断するかも、とチラと思ったのがネタの始まり。
 気付けば毛刈りになっていたオチ、「動物のお医者さん」、好きだったなあ。毛刈り万歳。





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(…これくらいしか無いんだよね…)
 変化ってヤツは、とジョミーが大きくついた溜息。
 アルテメシアを離れて早くも十二年。いつの間にやら、ソルジャー・シンになっていた。候補というのが取れてしまって、ソルジャー・シン。
 けれども、見られない進歩。八年ほど前にやった失敗、あれ以来。
(ぼくなりに、頑張ったつもりだったのに…)
 人類に向けての思念波通信、ミュウの未来を賭けてみようと。
 ソルジャー・ブルーは眠ってしまって、日々、重苦しくなっていたのが船の中。こういう時こそ新しいことを始めなければ、と張り切った。新しい時代のソルジャーらしく、と。
 なのに、ガッツリ裏目に出たのが思念波通信。
 交渉の道が開けるどころか、追われる道が待っていた。人類軍にしっかりロックオンされて、行く先々で追撃されるわ、思考機雷の群れはあるわで、逃げ回るだけで精一杯。
 それでも地球へ、と恒星系を回り続けて、そっちの成果も出ないまま。踏んだり蹴ったりの日々だけれども…。
(…また身長は伸びたんだし…)
 ちょっとは進歩が、と眺める手足。
 いつも着ているソルジャーの制服、それがちょっぴりキツくなった、と出掛けて行った制服などを扱う部門。其処であれこれ測って貰って、近日中に…。
(新しい制服、出来てくるしね?)
 百七十五センチに伸びた身長、ソルジャー・ブルーより五センチも高い。
 たかが身長、されど身長、ちゃんと成長している証拠、とジョミーは思っていたのだけれど…。


「ちょいと、ハーレイ」
 この間、ジョミーを見たんだけどね、とブラウ航海長に声を掛けられたキャプテン。通路を歩いていた時だから、「なんだ?」と後ろを振り返りつつ…。
「ジョミーではなくて、ソルジャー・シンだ」
 間違えるな、と注意をしたら、「ああ、そうかい」と気のない返事。
「今はジョミーでいいんだよ。ブリッジにも来ないようなヤツはさ」
「…それで?」
「だからさ、見たって言っただろ。ジョミーをさ。…あんた、あたしよりは見ている筈だよ」
 キャプテンなんだし、会う回数も多いだろ。
 …あいつ、育っていないかい?
 背も伸びているし、顔付きだってもう子供じゃないよ。
「…何か問題でもあるのか、それに?」
「大アリだよ! あいつ、自覚はゼロだと見たね」
 少なくとも、八年前までは…。思念波通信に失敗するまでは、あいつ、育っていなかったんだ。
 前のまんまさ、ソルジャー・ブルーが連れて来た時と変わらないまま。
 それが今ではあの有様だよ、育っちまった他の子供たちと何処が違うんだい?
 ぐんぐん育って、このまま行ったらオッサンだろうと思うんだけどね?
 そうさ、アンタのようなオッサン。
 そいつは困る、とブラウ航海長は腰に両手を当てた。
 ジョミーがこのまま育って行ったら、もう間違いなく「ただのオッサン」。
 カリスマ性も何もありはしないと、ただのオッサンでは困るじゃないか、と。


(…ただのオッサン…)
 私もオッサンの内なのだが、と秘かに傷ついたキャプテン・ハーレイ。名指しでオッサン扱いされたし、「アンタのような」とキッチリ言われた。
(…私にだって、ナイーブなハートというものが…)
 あるとブラウは気付かないのか、とグッサリ刺さった「オッサン」なる言葉。それが頭の中でエンドレス、延々と「オッサン、オッサン」とリフレインする中、自分の部屋へと戻ったけれど。
(…ジョミーがオッサン…)
 それも「ただのオッサン」、まるで考えてもみなかった。
 彼も成長しているのだな、と暖かく見守り続けていたから。四面楚歌の中、それでもジョミーは日々成長を遂げているのだ、と。…身体だけでも。
(しかしだな…)
 言われてみれば、これは危険な賭けだった。
 今の所は、ジョミーはイケメン、好青年。彼が来た頃には、ほんの子供だったカリナやニナも、王子様よろしくジョミーに夢中。顔がイケてるソルジャーだから。
 ただ、問題はこれから先で、ジョミーがどんどん育って行ったら…。
(身長の方は、そろそろ止まるのだろうし…)
 後は顔だけ、そちらが年を重ねてゆく。今はイケメンでも、いつまでイケメンでいられるか。
 顔もそうだし、髪の毛の方も大いに問題。
(…ゼルという例があるからな…)
 あそこまで見事に禿げはしなくても、早めに禿げるタイプというのは存在する。生え際の方からジワジワと来たり、頭頂部から一気に禿げて来たりと、ハゲのパターンは実に色々。


(イケメンから、ただのオッサンになって…)
 その上、若ハゲ、それではキツイ。そんなソルジャーでも、ついて行けるかと言われたら…。
(私はともかく…)
 若い連中は駄目だろうな、と考えずとも出て来る答え。古参の方も駄目だろう。なにしろ、先の指導者だったソルジャー・ブルー。彼は超絶美形だったし、その美貌は今も保たれている。青の間で深く眠ったままでも、まるで損なわれない美しさ。
(…あれに比べたら、残念ながら…)
 ジョミーの方には、欠けているのがカリスマ性。現時点で既に負けている顔。
 もしも子供のままでいたなら、いくらか救いはあっただろう。好青年な今のジョミーより、船に来たばかりの頃のジョミー。
(そっちだったら…)
 もう少しばかり、弱かっただろう風当たり。同じようにヒッキーしていても。ブリッジに来ない日が続いたとしても、「子供だからね」で入った補正。仕方ないな、と。
(ソルジャー・ブルーに顔で勝てない分は、若さでカバー…)
 最初の頃のジョミーは確かにそうだった。思念波通信の失敗を責められ、引きこもるまでは。
 彼に自覚があったかどうかは、ともかくとして。
(それが今では、順調に育っているわけで…)
 他の子供たちと同じに育って、このまま行ったら「ただのオッサン」になる可能性アリ。かてて加えて読めない頭髪、ある日、いきなり来るかもしれない。頭頂部にハゲが。
 そうなってからでは遅すぎる、と遅まきながら気付いた現実。
 今の間にジョミーに説教、年を取るのをやめるようにと自分が言ってやらなければ。
 自覚ゼロなら、自覚をさせて。言いにくいことも、遠慮しないでズケズケと。


 そうとも知らないのがジョミー。呼ばれたから、とキャプテンの部屋を訪ねてみれば…。
「ソルジャー、一杯、如何ですか?」
 合成ですが、とグラスに注がれたラム。「ぼくも大人の仲間入りだ」と弾んだ胸。
「ありがとう、キャプテン!」
 頂きます、と格好をつけてグイと呷ったら、激しくゲホゲホやる羽目になった。合成とはいえ、アルコール度数は本物のラムと変わらないから。
(…き、キツイよ、これ…)
 だけど大人の嗜みだしね、と更にグラスを傾けようとしたら、ひたと見据えられた。
「ソルジャー。…どうして酒をお勧めしたのか、お分かりですか?」
「えっ? ぼくが成長したからだよね?」
 もう大人だよ、と指差した顔。また背が伸びたし、制服だって新しく採寸して貰ったし、と。
 得意満面で報告したのに、「そうですか…」とハーレイが零した大きな溜息。
「…またオッサンに一歩近付かれた、と…」
「オッサン?」
「はい。…こうして成長を続けられたら、いずれオッサンになられるかと…」
 いわゆる、ただのオッサンです。
 私のような「ただのオッサン」、こうならないという保証は何処にもありませんが…。
 オッサンだけなら、まだいいのですが…。頭頂部に来たらどうなさいます?
 此処にハゲが、とハーレイがつついて見せる頭頂部。「禿げない自信はおありですか」と。
「ハゲだって!?」
「そうです、顔が残念になるというだけではなくて…」
 ハゲの危機も伴うわけですが、と言われてジョミーは青ざめた。
 進歩なのだと思った成長、それは両刃の剣だったと。ただのオッサンやハゲな末路も、このまま行ったら充分にある、と。


(…ただのオッサンで、おまけに若ハゲ…)
 危なすぎる、と今頃になって自覚した。若い女の子たちにモテるイケメン、それは今だけかもしれないと。次に進歩を自覚する時は…。
(…残念な顔になってしまって、ただのオッサンとか…)
 そうでなければ、頭頂部が薄くなるだとか。生え際から来て、どんどんヤバくなるだとか。
 もしもそうなったら、自分の立場は…。
(ブルーの時代の方が良かった、って、今よりも、もっと…)
 言われまくって、もう振り向いても貰えない。今は自分にぞっこんの筈のニナやカリナにも。
 残念な顔の「ただのオッサン」、若ハゲまでついて来たのでは。
 カリスマそのものなソルジャー・ブルーに、顔も頭髪も惨めに負けてしまったのでは。
(身長だけ、ブルーに勝っていたって…)
 誰もついては来てくれないし、陰口だって今以上だろう。残念な顔のオッサンでは。頭頂部から禿げたソルジャーでは。
(……もっと早くに……)
 気付くべきだった、その危機に。進歩していると思ったりせずに、子供の姿でいれば良かった。誰でも子供には甘いものだし、十四歳の姿のままでいたなら…。
(同じことをやっても、今ほど叱られなかったんだよ…!)
 そう思っても、もう戻れない過去。此処でガッチリ年を取るのを止めないと…。
(……ぼくの人生、お先真っ暗……)
 本気でヤバイ、と自覚したから、進歩をやめてかけたブレーキ。「此処で止めねば」と。
 そして進歩は止まったけれども…。


(自覚して止めた甲斐があったよ…!)
 ぼくの人生、上向いて来た、と嬉しくなったナスカとの出会い。
 きっと神様がくれた御褒美、「本当の進歩を与えてやろう」と、命を作れる惑星を。
 此処で新たなミュウの子供を育てるがいい、と。
(…その子供にも…)
 教えなくちゃね、とジョミーは部屋で鏡を見詰める。
 生まれた子供が育ち始めたら、年頃になったら、「迂闊に年を重ねるな」と。
 残念な顔になってしまってからでは遅いと、ただのオッサンとハゲは避けろと。
 そう思ったのに、急成長したのがトォニィやナスカの子供たちだから…。


(…今は言うべきタイミングじゃない…)
 でも言わないと、とジョミーの頭を悩ませる問題。
 トォニィたちは日に日に育って行くから、「ただのオッサン」になる危機が近いから。
 けれど言えない、青い地球に辿り着くまでは。ミュウの未来を掴み取るまでは。
(…ただのオッサンだなんてことを、言える余裕は…)
 ありもしないし、今の自分はそういうキャラでもないのだから、と言葉をグッと飲むけれど。
 言っては駄目だと思うけれども、気になるトォニィの長すぎる髪。
(…あれで頭頂部からイッてしまったら…)
 どうしようか、と消えない心配。
 地球に着いたら早く言わねばと、「ただのオッサン」で若ハゲの危機、と。
 それだけは避けて通って欲しいと、どうか自分で気付いて欲しいと、ソルジャー・シンが捧げる祈りは切実だった。
 血も涙も無い、鬼軍曹の貌の裏側で。冷たく凍り付いた表情、凍てた緑の瞳の奥で。
 禿げてくれるなと、残念な顔にはなってくれるなと。
 今は言えないから自分で気付けと、「ただのオッサン」になった後では遅いのだから、と…。

 

        少年の末路・了

※いや、ジョミーが育ったの、いつなんだろう、と考えていたらこうなったオチ。
 サムが「昔のままの姿」だったと言ってたんだし、あれよりは後、と。オッサンの危機。





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「ブルー…。地球へ行って来ましたよ…」
 あなたの選んだジョミーが、立派に皆を導いて…。
 青の間で祈るフィシスだけれども、その心はかなり複雑だった。
 ハッピーエンドの未来どころか、辿り着いた地球は青くもなかった有様。
 挙句にジョミーも、長老たちも皆、死んでしまって、地球は燃え上がってズタボロで…。
(…あんな筈ではなかったのに…)
 もっと幸せな未来があると信じて行ったのに、と涙を零して祈っていたら。
「マザー?」
「…女神様?」
 あのね、と現れたカナリヤの子供たち。「お祈りの邪魔して、ごめんなさい」と。
「いいのよ、何か用事でしょう?」
「えっとね…。これ、女神様の?」
 落ちていたから、と差し出された物は古ぼけたランプ。金色でエキゾチックな形の。
「私のじゃないわ。でも、何処に…?」
「公園。…それに、みんな知らないって」
「誰も見たことないって言ってた、此処では。だから…」
 女神様と一緒に来たんでしょ、と子供たちはランプを残していった。
 「きっと地球から来たランプだよ」と、「地震で落ちて来たんだと思う」と。


(これが地球から…?)
 置いてゆかれても困るのだけど、と手に取ったランプ。
 けれども、地球から来たと言うなら、皆の形見でもあるわけだから…。
(忘れないように、持っているべきかしら…?)
 地球に行って来た思い出に、と眺めたランプは、少し汚れているようで。
 サイオンの目で見ても分かるほどだし、綺麗にせねば、と袖で汚れを拭っていたら…。
「お呼びですか、ご主人様?」
 ボワンと昇った白い煙と、いきなり出て来た妙な衣装の人間と。
 曰く、ランプの精だとか。
 長い年月、地球の地の底に埋まっていたらしい魔法のランプ。やっと出られたということで…。
「願い事を三つ…?」
「はい、どのようなことでも叶えますが」
 ランプの精がそう言うのだから、思わず知らず尋ねてしまった。
 「人生、丸ごとやり直せますか?」と。
「丸ごと…ですか?」
「そうです。…あまりに酷すぎたので…」
 せめて地球だけでも青かったなら、と零れた涙。「ブルーのためにもやり直したい」と。

「なるほど…。出来ないことはないですが…」
 人生、別物になりますよ、と刺された釘。それでもやり直したいですか、と。
「もちろんです。…ブルーが夢見た青い地球があると言うのなら…」
 そのためなら私は耐えてみせます、とフィシスの覚悟は天晴れだった。
 どんな人生になっても受け入れましょう、と。
「分かりました。…それが一つ目の願いですね?」
「ええ」
「では、どうぞ。青い地球のある人生です」
 やり直して下さい、とボワンと煙が昇って、ハッと気付いたら…。


「また占いかい?」
 懐かしい声が聞こえたけれども、何かおかしい。
(…ブルーの声…?)
 こういう響きだったかしら、とタロットカードを繰る手を止めて、振り返ってみると。
「ソルジャー・ブルー!?」
 あなたですか、と思い切り引っくり返った声。
 其処にいたブルーは、ブルーだったけれど、まるでブルーではなかったから。
 別人なのかと思うくらいに立派すぎるガタイ、儚いどころか立派に美丈夫。あまつさえ、髪まで銀色ではなくて、無理やり銀だと言えば言えるような…。
(……水色ですって!?)
 この人は誰、と叫び出したい気分だけれども、目の前にいるのはソルジャー・ブルー。
 もう間違いなくソルジャー・ブルーで、自分の方でも「ソルジャー・ブルー」と呼んでいて。
(…人生、別物って、こういうことなの!?)
 ブルーまで、まるっと別物じゃないの、と苦情を言おうとしたのだけれど。
(……出て来ない……?)
 ランプの精はいなかった。二つ目の願いで取り消したくても、いないのでは…。


 仕方ないから、そのまま生きた。
 ガタイのいいブルーはアッと言う間に死んでしまって、ナスカまで持ちはしなかった。
 おまけに、これまた素敵にガタイがいいのがジョミーで、ガタイの良さにモノを言わせて…。
(ジョミーがカリナと結婚ですって!?)
 そんな、と悲鳴を上げたけれども、本当に結婚したジョミー。
 ついでに生まれた子供がトォニィ、グラン・パどころか、パパなのがジョミー。
 そうこうする間に、やっぱり壊れてしまったナスカ。
 ジョミーはと言えば、その時のショックでヒッキーになって、トォニィが仕切り始めた船。それでもなんとか辿り着いた地球は、青かったけれど…。
(…やっぱりこういう結末なんだわ…)
 ジョミーは死んで、トォニィたちは青い地球を捨てて旅立って行った。シャングリラとは似ても似つかない、サザエの壺焼きみたいな船で。


(こんなのは望んでいないのだけれど…!)
 青い地球なのに、どうして上手くいかないの、と座り込んでいたら、目の前にランプ。
(やり直さないと…)
 まだ願い事は二つあるから、と袖で擦ると、ボワンと出て来たランプの精。「如何ですか?」と自信満々、やり遂げたつもりでいるようだから。
「何かが違うわ、違い過ぎるわ!」
 何もかもよ、と絶叫したら、「そうですか…」と返った声。
「劇場版の世界は駄目でしたか…」
「…劇場版?」
「そうです、これもあなたの人生ですが…。もちろん、他の皆さんもです」
 ソルジャー・ブルーも、ジョミーも、トォニィもです、と言い切られたから、ブチ切れた。
「いいえ、あんなのはブルーじゃないわ! ブルーを返して!」
「…それが二つ目の願い事ですか、青い地球つきで?」
「そうよ、人生は別物でいいから!」
 綺麗だったブルーを返して頂戴、と叫んだ途端に、ボワンと煙。そして…。


「また占いかい?」
 今度は違和感が無かった声。
 「ソルジャー・ブルー?」と振り返ったら、儚げなブルー、ちゃんと銀髪の。ただ、瞳が…。
(…緑色なの?)
 ちょっと違うわ、と思ったけれども、サイオンを使う時には赤くなるから、良しとした。それに何度も着替えてくれるし、とても素敵だと思っていたのに…。
(そんな…!)
 さっきの人生と同じじゃないの、と愕然とさせられたブルーの寿命。
 アッと言う間に逝ってしまった、全てを若いジョミーに託して。沢山の薔薇の花に囲まれて。
(酷すぎるわ…)
 ナスカまで一緒にいてくれるのではなかったの、と涙を流しても戻らないブルー。
 それにランプの精も来てくれないから、そのまま生きた。
 酷い人生になるのでは、とガクブルしながら、今度はいったいどうなるのかと。


 今度のジョミーは、カリナと結婚しなかったけれど、子供の姿のままだった。十四歳の姿を保ち続けて、そのままナスカに行ったのだけれど…。
(…やっぱりナスカは…)
 燃えてしまって、ジョミーがショックで失くしてしまった視力と聴力、話す力も。
 とはいえ、ヒッキーになりはしなくて、青い地球まで皆を指揮して頑張ったジョミー。
(…ブルーの命は短かったけれど…)
 さっきよりかはマシかしら、と考えていたら、とんでもない結末が待っていた。激しい地震に、火山の噴火。揺れ動く地球は鎮まる気配も見せないままで…。
(私以外は、死んでしまったの…!?)
 誰もいないわ、と呆然と座り込んでいるのに、その手に、次から次へと縋り付く人類。
 「その手を下され」と、「女神様」と。
 どうやら心が安らぐらしくて、それ自体はかまわないけれど…。


 これも違う、と悲しんでいたら、いつの間にやら現れたランプ。
(やり直せるわ…!)
 願い事は一つ残っているから、元の世界に戻ればいい。
 地球は青くはなかったけれども、ブルーの寿命は長かったから。眠ったままでも、ナスカまで生きていてくれたから、と擦ったランプ。
 …ボロボロになった袖で、「元に戻して」と。
 ボワンと煙で、ランプの精が出て来て、困り顔で。
「原作の世界も駄目でしたか…」
「…原作ですって?」
「そうです、この世界が本来の世界なのですよ」
 これを元にして、劇場版とアニテラというのがありましてね…、という説明。
 魔法のランプがあった世界はアニテラの世界、其処へ戻せばいいのですか、と。
「あそこでいいわ! 今やった二つの人生よりかはマシよ!」
 ブルーの寿命は長かったのだし、変なブルーでもなかったし、と「私を元の世界に戻して」と、三度目の願いを口にしたのに。


「…お待ち下さい」
 世界は三つだけではありませんよ、とランプの精は親切だった。
 青い地球が待っている世界もあれば、ブルーが死なない世界もある、と。
「それは本当なの?」
「ご主人様に嘘をついたりしませんよ。ただ…」
 本家本元は三つなんです、と解説してくれたランプの精。それを元にして構築された二次創作とかいう世界があって、其処にだったら何でもある、と。
「だったら、ブルーが死なない世界がいいわ」
 三つ目の願いで其処に行くわ、と意気込んだフィシスだったのだけれど。
「…ソルジャー・ブルーの恋人が男でも、耐えられますか?」
「恋人…?」
「そう、恋人です。ジョミーだったり、ハーレイだったり、それは色々と」
 もちろん、中には、そうでないのもありますが…。


 生憎と二次創作の中から私が選べば、それが三つ目の願いでして、と顔を曇らせたランプの精。選んだ時点で願いはおしまい、其処に連れては行けないのだ、と。
「…それじゃ、私はどうすればいいの…?」
「元の世界に戻すことなら出来ますよ。けれど、ハッピーエンドをお望みならば…」
 一つ選んで御指定下さい、という声を残してランプの精は消えていた。
 気付けばフィシスは、図書室のような部屋にいて…。
(…この本は…?)
 ギッシリと詰まった、薄い背表紙ばかりの本。
 一つ取り出したら、「R-18」という意味不明の文字、けれど表紙にブルーとジョミー。
(これも世界の一つなのね?)
 どんなのかしら、と開いた本では、ブルーがジョミーの恋人だった。ジョミーにキスされ、それだけでは終わってくれなくて…。
(……………)
 とんでもないわ、と唖然呆然、けれどブルーは死なないらしい。地球に着くまで。


(…ランプの精が言っていたのは…)
 これだったんだわ、と思わず最後まで読んでいた本。いわゆるBL、ジョミブルという括りの同人誌の一冊、他にも色々あるようだから。
 ブルーの恋人はジョミーだったり、ハーレイだったり、キースだったりするようだから。
(…端から読んだら、一冊くらいは…)
 私の望み通りの世界が見付かるかしら、とフィシスは挑む決意を固めた。
 ランプの精がドカンと山ほど出してくれた本、それを読破して、ハッピーエンドを探そうと。
(ブルーが死ななくて、青い地球があって…)
 それでブルーにヘンテコな恋人がいない話がいいわ、と額にキリリと締めた鉢巻、どれか一つを選ぼうと。ハッピーエンドを見付け出そうと。
(頑張らなくちゃ…)
 元の世界よりも素晴らしい世界がきっとある筈、とフィシスはページをめくってゆく。
 R-18と書かれた文字にも負けないで。「ブルー総受け」にも、へこたれないで。
 きっといつかは辿り着けると、ブルーのためにも見付けなければ、と。
 青い地球がある結末を。
 ブルーが死なずに地球を見られる、ハッピーエンドの素晴らしい世界。
 それを見付けたら願い事だと、きっとある筈、と同人誌を山と積み上げながら…。

 

         三つの世界・了

※フィシス、同人誌に挑むの巻。いや、劇場版は色々と違い過ぎた、と思っていたら…。
 こういう話が浮かんで来たオチ、三つの願いがあれば色々出来るよね、と!
 2月2日の貴腐人様に捧ぐ。





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