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羨ましい道
(……シロエ……)
 お前は何を思っていた、とキースは遠い日の出来事を思い返す。
 首都惑星ノアの国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に一人きりで。
(…あの日、シロエは船を奪って…)
 暗い宇宙に飛んで行ったが、と「シロエを処分した」時を振り返ってゆく。
 あの時、シロエが乗っていた船は練習艇で、武器を搭載してはいなかった。
(練習艇などで逃亡しても、逃げ切れるわけが無いというのに…)
 シロエに分からない筈が無いのだ、と思うけれども、他の選択肢は無かったのか。
 Eー1077で「シロエくらいの年の候補生」は、練習艇しか乗せて貰えない。
 けれど、操縦の理論は習っているから、他の船でも「初見で」操縦することは出来る。
(……船なら、他にもあったのに……)
 キースがシロエを追った船もあったし、それ以外にも「武装した」船はあったと思う。
 その気さえあれば、シロエは「武装した船」で逃げられただろう。
(…かなり衰弱していたせいで、思考が上手く働かなかったのか…?)
 練習艇しか目に入らなくて、目に付いた船で逃亡しただけなのか。
 そうだとしたなら、シロエは「普段のシロエ」とは、少し違っていたかもしれない。
 「逃げる」ことしか考えられない、常軌を逸した「半ば、狂気に近い」状態になって。
(それなら、練習艇で逃げても、おかしくはないが…)
 シロエらしくない「逃げ方」になった理由が「狂気」だったなら、哀れではある。
 ピーターパンの本だけを持って、「今のサム」のように、子供の心で逃げて行ったのなら。
(……本当に、あいつらしくもない……)
 正気であって欲しいものだな、と考えるけれど、「そうではない」という気もする。
 もしもシロエが「子供の頃の心に戻って」逃亡したなら、それは勝利とも言えるだろう。
 「狂ってしまったサム」と同じで、機械の支配を逃れたからこそ、自分の世界に入り込める。
 たとえ狂気の中であろうと、心は間違いなく「自由」そのもの。
 何処へ行こうが、何処へ飛ぼうが、誰も「シロエ」を支配出来ない。
 思うままに飛んで、飛び去った先が「破滅」だろうが、シロエは確かに「自由」だった。


 真実は誰にも分からないけれど、シロエは飛び去り、自由な翼で旅立って行った。
 「機械が支配する世界」を逃れて、焦がれ続けた「自由」を手に入れ、もう戻っては来ない。
(…勝手気ままに生きたと言えるか…)
 どんな最期を迎えようとも、と考える内に、不意に頭を掠めた思考。
 「機械が無から作った、キース」は、シロエのように生きられるのか。
 自分の心に正直に生きて、戻れない過去にこだわり続けて、死と引き換えにして自由を掴む。
 それがシロエの「人生」だったけれども、キースにも同じことが出来るか。
(…どうなのだろう…?)
 そもそも「自由に生きた」こと自体が無い、というのが正直な思い。
 マザー・イライザや、グランド・マザーの指示に従い、忠実に生きて今日まで来た。
(私の自由で決めたことと言えば…)
 ミュウのマツカを側近に据えた程度で、他に「機械に逆らった」ことなどは無い。
(…シロエの船さえ、撃ち落とした程に…)
 機械の言うままに生きて来たけれど、心の中には「疑問」が増え続けている。
 SD体制も、グランド・マザーも、システムにしても、とても「正しい」とは考えられない。
(……しかし私は、逆らえないのだ……)
 今の世界を導くように「作られた」からな、と悔しい思いは確かにある。
 ならば「シロエ」が「そうした」道を選んで、「自由」を目指して飛び去れるのか。


(…何もかも、捨ててゆけるのならば…)
 キースも「自由」になれるのだろう。
 グランド・マザーも、国家騎士団総司令の地位も、これから先の人生も捨てて行けたなら。
(…私さえ、その気になったなら…)
 その道を行くことは出来そうではある。
 側近にしている「マツカ」も、予め先に逃がしておいたら、ミュウの船に行けるに違いない。
(…私が逃亡した場合に、危険が及ぶのは、マツカだけだな…)
 他の部下には「やりよう」がある、と冷静に分析してみれば分かる。
 皆、優秀な人材なのだし、「キース」が反逆罪になっても、殺される恐れは皆無だと思う。
(…私に関する、不都合な記憶を消されるだけで…)
 それまで通りに生きられるだろう、と答えは出せるし、マツカさえ無事に逃がせたら…。
(逃げる道はある、というわけだが…)
 誰に迷惑をかけることもなく、飛び去る自由は「私」にもある、と思いはする。
 ただ、「その道」を選べるかどうか、其処の所が、まるで自信が無い。
 なにしろ「シロエ」のように、「帰りたい世界」を「キース」は持たない。
 育ててくれた養父母はいないし、故郷と呼べる星さえも無い。
 「キース」の記憶は「Eー1077」から始まっていて、「それよりも以前」は存在しない。


 飛び去ったシロエが狂気に陥っていたとしたなら、彼はサムと同じに幸せだったろう。
(…故郷の星へと飛んで行ったか、ピーターパンの本に出て来る世界へ…)
 ネバーランドに旅立ったのか、どちらにしても幸せに満ちた世界への船出で、旅立ち。
 ところが、キースは「狂気の中で、帰ってゆく」なら、水槽の中になってしまう。
 其処が「キースが生まれた世界」で、記憶に残ってさえもいない暗闇。
(…暗闇は、御免蒙りたいが…)
 狂気に陥った時に「何が見えるか」、「何処へ行くのか」、想像もつかないのが恐ろしい。
 「お前はヒトではないのだから」と残酷な宣言を受けたようにも思えてしまう。
(…正気で逃げる以外に、道は無さそうだな…)
 シロエは、どちらだったか謎なのだが、と「シロエ」の生き様が羨ましい。
 正気だろうが、狂気だろうが、シロエは「自由」な世界を目指して「飛び去ってゆけた」。
 機械の支配を振り捨てて逃げて、真の自由を手に入れたけれど、キースはどうか。
(…狂気の中では、幸せに逃げてゆけないのなら…)
 最初から「自由」ではないようだ、と深い溜息が零れて落ちる。
 最後まで自我を保っていないと、何もかも捨てて逃げられないなら、自由ではない。
(…正気さえも捨てて、それでもいいというのでなければ…)
 とても「自由」とは言えない身なのだ、と自分の生まれが情けない。
 今のサムが「子供の時代に戻っている」ように、「機械の支配」を逃れる道はキースには無い。
 シロエがそうして旅立ったように、「何もかも捨てて」飛んでゆくにも、制約がある。


(…もしも、狂気の中に逃れたならば…)
 私には「自由」が見えるのだろうか、と思う自由は持っているけれど、実行出来るか。
(…狂気に陥ること自体が、出来ないように訓練されてしまって…)
 その道も選べないように思える、と分かっているから、今夜は「シロエ」を羨んでしまう。
 狂気だろうと、正気だろうと、彼は「自由」に飛び去ったから。
 何もかも捨てて「自由」を選んで、間違いなく「自由」を手に入れて去った。
(…いつか私も、そう出来たなら…)
 自由に振る舞った先に「自由」を手にすることが出来たら、と夢を見るのは自由だろう。
 たとえ「危険な思考」だとしても。
 グランド・マザーに気付かれたとしたら、消されてしまいそうな思考でも。
(…狂気の中には、逃れられそうもないのだからな…)
 せめて「夢」くらい見させて欲しい、と「シロエ」が飛び去った「宇宙」を思い浮かべる。
 いつかは、自分も飛んでゆけたら、と。
 「機械に無から作られた」身体だろうが、心だけは自由に、思う場所へと…。



              羨ましい道・了


※キースは「何もかも捨てて逃げる」ことが出来るか、考えてみた所から出来たお話。
 無から作られて水槽で育っただけに、シロエのように「逃げてゆく」のも難しいのかも…。






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