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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

(第一段階は、計算通り…)
 上手くいった、とマザー・イライザが眺めるキース。
 グランド・マザーの期待通りに、キースと接触してくれたサム。何の手段も講じなくても。
(…なんとも冴えない候補生だけれど…)
 それがイマイチ不満だけれども、グランド・マザーの絶対命令。
 エリートとしてのサムの才能など、最初から夢を持ってはいない。落ちこぼれない程度について行けたら、上等だと思うべきだろう。
 サムがE-1077にやって来たのは、単なる人脈だったから。
 人脈と言っても、裏口だとか、誰かの口利きなどではない。もう本当にサムの人脈、彼の故郷での友が問題。グランド・マザーの読みが当たっていれば…。
(ミュウの次の長は、ジョミー・マーキス・シン…)
 アタラクシアでのサムの親友、それが後釜に座る筈。
 長い年月、忌々しいミュウを纏めていた長、ソルジャー・ブルーがいなくなったら。
 ミュウの次の長を友に持つサム、誰よりもキースに相応しい友。
 なにしろキースは特別なのだし、その友人にも選りすぐりを。
 才能の有無とは関係なく。人脈や特性、そういったものが非常に大切。もう少ししたら、サムと同じにジョミーの友人だった人間。それがもう一人…。
(やって来る筈…)
 今度は女性で、名前はスウェナ。
 到着する時には、乗っている船を事故らせて…、と尽きない計算。
 いずれはミュウの因子を持った少年、そういう人材も必要になる。理想の指導者、キースの才能を華麗に開花させるためには。


 まずは第一段階クリア、と大満足なマザー・イライザ。
 何もせずとも、サムはキースと握手したから。人がいいらしいサムの性格、この先もきっと計算通り。キースとすっかり友達になって、いずれは其処にスウェナが加わる。
(私の子…)
 素晴らしいキース、と自画自賛してしまう、作り上げた子供。
 三十億もの塩基対を繋いで、DNAから紡いだキース。今日、水槽から出したばかりで、この先はキースが自分で歩く。
 あらかじめ敷かれたレールの上を。
 サムという友も、近く来る予定のスウェナも、その時に起こる事故だって。
 キースがもっと成長したなら、ミュウの因子を持った下級生を迎え入れて…、と先の先まで敷いてあるレール、キースは其処を走ってゆくだけ。
 完全無欠なエリートとして、完璧な指導者への道を。メンバーズへ、そして国家主席へと。
 その日が来るのが待ち遠しい、とマザー・イライザの夢は大きいのだけれど…。


(サム・ヒューストンか…)
 知り合いが出来た、と認識したキース。何故だか妙に肌が合うな、と。
 まるで前から知っていたように。さっき出会って、握手したばかりとは思えないほどに。
(多分、故郷で…)
 似たような知り合いがいたのだろう、と考えるキースは気付いていない。自分に過去の記憶が無いとは、何も覚えていないとは。
 なのに「故郷」だとか「知り合い」と思う、その原因は新入生ガイダンス。
 誰もがこういう風に育った、と映し出された映像、それを自分に当て嵌めただけ。自分では全く意識しないで、自分の過去もこんな具合、と。
(…サムか…)
 知り合いに似ている人間だったら、違和感も感じないだろう。初対面でも、初めて耳にした名前でも。そういうものだ、と弾き出した答え、過去の記憶は無いままで。
 それから後は、マザー・イライザの計算通り。
 サムに誘われた食事が切っ掛け、一気に仲のいい「友達」。
 宇宙船の事故が起こった時にも、サムが一緒に来てくれたほど。ますますもって深まる友情、親しみが増す一方だけれど。
 キース的には嬉しい出来事、マザー・イライザにしても、オールオッケー。
 これで順調、と機械に親指があれば、グッと立てたいほどだけれども…。


 実はキースとサムの友情、それには凄い伏線があった。
 マザー・イライザも気付いていない伏線、何故なら、キースは「人間」だから。
 無から作った存在とはいえ、何処から見たって人間の筈。身体も頭脳も、何もかもが。
(私の理想の子、キース…)
 悦に入っているマザー・イライザ、その報告を聞いて喜ぶグランド・マザー。
 どちらも気付いていなかった。
 強化ガラスで出来た水槽、その中だけで育った人間がどうなるか。
 ずっと昔にミュウが攫った、キースを作る基本になった女性体。そちらのデータは、追跡不可能だったから。ミュウが攫って行った時点で、行方不明になっていたから。
(どうせ、あちらは処分予定で…)
 その直前にミュウが攫っただけだし、と考えているマザー・イライザ、それはグランド・マザーも同じ。後のことなど知ったことか、と。
 けれど、問題は「その後」にあった。
 ミュウが掻っ攫った女性、フィシスの「その後」が分かれば、せめて攫われる直前までデータを取っていたなら、あるいは分かっていたかもしれない。
 水槽育ちの無から生まれた人間の場合、普通とは事情が異なるのだと。
 人間では起こらない筈の「刷り込み」、それが発動するのだと。


 刷り込みと言ったら、カモが有名。
 卵から孵って最初に見たもの、それを親だと思う現象。
 「水槽育ちの人間」で起こると、刷り込みは少し違ってくる。水槽で育つ間に目にした人間、中でも一番フレンドリーな者。そういう人間に懐く仕組みで、水槽から出した途端に起動。
 本人も、気付かない内に。
 懐く対象になりそうな人間、それに出会ったら入るスイッチ。
 ミュウが攫ったフィシスの場合は、実験室へと通い詰めていたブルーに懐いた。ブルーが研究所時代の記憶をスッパリ消してしまっても、刷り込みで。
 「この人が一番、フレンドリーだった」と、「この顔の人に何度も会った」と。


 それと同じに、キースの方でも起こった刷り込み。
 マザー・イライザは人間をデータで判断するから、まるで気付いていなかっただけ。
 水槽時代のキースを世話した人間、研究者の中でも一番の古株だった初老の男性。彼の雰囲気がサムに似ていたことに。
 顔のパーツも体格も全く似てはいないのに、「人間」が見たなら「似ている」と思う、そういう人種。何処がどうとは言えなくても。
 年恰好も何もかも別物なのに、「ああ、似ているな」と人間だったら気付くこと。
 そう、後にサムがシロエを目にして、「ジョミーに似ている」と評したように。
 あんな具合に、キースを世話した研究者の男性はサムに似ていて、起こった刷り込み。
 マザー・イライザの計算以上に、グランド・マザーの思惑以上に、キースはサムにしっかりすっかり懐いてしまった。
 フィシスがブルーに懐いたように。無条件に信頼していたように。
 キースも同じに、サムに懐いたものだから…。


 上手い具合に運んだ筈の、キースにサムを近付けること。
 ジョミー・マーキス・シンの存在をキースに知らしめることも、シナリオ以上の成果を上げた筈だったのに。
 ミュウが計画した思念波通信、それのお蔭で劇的な効果があったと、機械は頭から信じて疑いもしなかったのに…。
(……サム……)
 どうして、とキースが噛んだ唇。
 E-1077を離れて十二年が経った後、サムの病院を訪れて。子供に戻ったサムに出会って。
 其処から狂い始めたシナリオ、元は刷り込みだったから。
 キースにとっては、サムは「友達」以上の存在だったのだから。


(ミュウどもめ…)
 よくもサムを、と今は仇討ちに燃えるキースだけれども、これがグランド・マザーの破滅に繋がるカウントダウン。
 友達以上の存在だったサムを失くしてしまって、キースの感情は激しく揺り起こされたから。
 「人間らしい」キースが目覚めて、その後はずっと、それに従って動くから。
 手始めにミュウだったマツカを見逃がし、次から次へと狂う歯車。
 もはや機械には、どうしようもない方向へ。
 刷り込みのお蔭で生まれた友情、それはブルーとフィシスの絆と同じに、キースにとっては大切すぎるものだったから…。

 

         刷り込みの誤算・了

※キースとサムの出会いはマザー・イライザの計算通り、というのがアニテラ設定。
 仲良くなるよう刷り込んだのかも、と考えていたらこういうネタに。水槽育ちですもんねv





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(…おや?)
 どうなったんだ、とソルジャー・ブルーが見開いた瞳。
 ちゃんと両目で見えているから驚いた。右目はキースに撃たれて砕けてしまった筈で…。
(回復力が凄かったとか…?)
 自分の力に全く気付いていなかったとか、と覚えた感動。ジョミーの「生きて」という強い願いで生き延びたのだと、頭から信じていたのだけれど…。
(実は、実力…)
 それに半端ない回復力、と見回した身体。撃たれた痛みはまるっと消えたし、メギドの爆発に巻き込まれた割に無傷なのだし、これまた凄い。
(シールドを張ったつもりは無かったんだが…)
 生存本能というヤツなのか、と納得した。
 撃たれた傷を全部治せるほどだし、死んでたまるかと身体が勝手に頑張ったのに違いない。全く意識しなくても。「みんなを頼む」とジョミーに叫んで、意識がブラックアウトでも。
(…しかし、困った…)
 こんな所で生き残っても、と本気で困る。周りは漆黒の宇宙空間、ついでにメギドの残骸らしきモノだらけ。人類軍の船もとうにいないし、この状態では…。
(シャングリラが何処に行ったのかも…)
 思いっ切り謎で、知る方法も無い有様。
 せめて人類の船がいたなら、ちょっと入り込んでデータを失敬できるのに。シャングリラは多分ワープした筈、そのタイミングが分かりさえすれば…。
(手掛かりくらいにはなる筈で…)
 人類が見たって行き先不明のワープだけれども、同じミュウなら勘で何とか。
 あの辺りかも、と当たりをつけて追い掛けることも出来なくはない。ダテに長年、ソルジャーをやっていないから。ワープの指示を出したハーレイ、彼の発想なら大体分かる。
(…人類軍は何処に行ったんだ?)
 何処かに一隻、出遅れたのがウロウロしていないかと目を凝らしていたら…。


「自分を信じることから道は開ける」
 ポンと頭に浮かんだ言葉で、そう言えば昔、ジョミーに言った。アルテメシアから命からがら逃げ出した後で、酷く落ち込んでいた時に。
 シロエという名のミュウの少年を救い損ねた、とベッドの側で暗くなっていたから…。
(事の善し悪しは、全てが終わってみなければ…)
 分からないさ、と励ましてやったのが自分。
 つまりは今とて同じ状況、あるいはもっと凄いかも。死んだ筈なのに生きていた上、無傷だという素晴らしさ。自分の実力は思った以上で、それを信じれば今だって…。
(道は開けるというわけで…)
 とにかく前へ進むことだ、と考えた。
 全てが終わった筈だというのに、こうしてキッチリ生きているから。おまけに死んだと思う前よりも、遥かに健康な状態で。
(とはいえ、どっちが前なんだか…)
 こんな宇宙では上も下も、と途方に暮れてしまいそうな感じ。ナスカの方へ行けばいいのか、この星系を離れる方か。
 悩んでいたって答えは出ないし、「頑張れ、自分」と思うしかない。
 きっと闇雲に飛んでいたって、何処かで会う筈の人類の船。軍の船なら大いにラッキー、それのデータからキースの艦隊を追えばいい。そしてシャングリラのデータをゲット。
(運が良ければ、まだ追い掛けている真っ最中かもしれないし…)
 それに賭けた、と決めた方針。人類軍の船がいそうな方向だったら、ナスカとは逆。


(自分を信じることから道は開ける…)
 事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ、と繰り返しながらジルベスター星系の外を目指していたら。
(えっ…?)
 いきなりグイと引っ張られた。凄い速さで飛んでいるのに、知ったことかと言わんばかりに。
 第一宇宙速度なんかはとっくに突破しているのだから、こんな所で引っ張られたら…。
(空間が…!)
 歪んでしまって亜空間ジャンプになってしまう、と逃げる間もなく引き摺り込まれた。どう考えてもそういう空間、ワープの時にはお約束だった緑の亜空間に。
(巻き込まれたか…!?)
 気付かない間に、ワープインしようとしていた人類の船か何かに。側を通過中の自分もセットで亜空間送りで、ナスカどころか、それはとんでもなく…。
(違う所に飛ばされるのか…!?)
 なんてことだ、と慌てたけれども、既に手遅れ。こうなったら腹を括るしかない。ワープアウトした先で、巻き込んだ船のデータにアクセス。
(現在位置を特定してから、キースの船がいそうな場所を…)
 探してみるしかないだろう。それに、考えようによってはラッキー。人類の船を探し出す手間が省けたのだから。
(ナスカから離れてしまった分だけ、回り道かもしれないが…)
 事の善し悪しは、全てが終わってみないと分からないもの。結果オーライということもある。
 自分に巻き添えを食らわせた船が、キースの艦隊に所属していた船だったとか。そこまで上手く運ばなくても、民間船ではなくて軍の船だとか。


 事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないのだし、と流れに任せることにした。
 ワープアウトしたらチャンス到来、其処で人類の船に潜り込む。瞬間移動で入り込んだら、まずバレないから、目指すはブリッジ。
(…乗組員の意識を奪って、それからデータを…)
 頂戴しよう、と作戦計画、ワープアウトの瞬間が勝負。乗組員たちがホッと一息ついている所、其処が狙い目だろうから。きっと油断をしているから。
(よし…!)
 そろそろだ、と構えて待った。経験からして、ワープアウトが近い。これを抜けたら…。
(一気に勝負だ…!)
 キースのような生え抜きの軍人、それが相手でも頂くデータ。貰ってやる、と身構えたのに。
 これでもソルジャーと呼ばれた男、と自分に気合を入れたのに。
(…シャングリラ…!?)
 なんでまた、と仰天する羽目に陥った。
 人類の船に飛び込むつもりが、其処は青の間だったから。嫌というほど見慣れた景色で、間違えようもなかったから。
(それでは、ぼくを巻き込んだ船は…)
 身内だったか、と呆れた自分の馬鹿さ加減。
 いくらシャングリラがステルス・デバイスで姿を消していたって、まるで気付かなかったとは。
 ミュウの仲間を乗せている船、それが直ぐ側にいたというのに、知らずに通過しかけたとは。
(短距離ワープで逃げていたのか…)
 きっとそうだったのだろう。いきなり長距離ワープをするより、まずは短距離。其処で隠れて、人類軍の艦隊をやり過ごす。ほとぼりが冷めたら、改めてワープ。


 如何にもハーレイらしい手だな、と浮かべた笑み。ワープしたって、運が悪いと追われるから。長距離ワープで追跡されたら、咄嗟に取れない回避行動。
 その点、短距離ワープだったら小回りが利く。追って来ている、と気付いた時点で打つ手は幾らでもあるわけだから…。
(それで、何処までワープしたんだ?)
 ジルベスター星系からは相当離れたことだろう。かなりに運が良かった自分。本当に道が開けてしまった。何もしなくても戻れた青の間、皆に生還を告げに行かなければ、と考えたのに。
(…フィシス?)
 どうしてフィシスが此処にいるんだ、と目を丸くして、「今、戻った」と言おうとしたら。
「ソルジャー・シン…」
 そう呼ばれたから絶句した。フィシスは視力を持たないけれども、その分、サイオンの瞳で見るのに優れている筈。自分とジョミーを見間違うなど有り得ない、と愕然として…。
(…何故、フィシスが…)
 ぼくとジョミーを間違えるんだ、と思った所で気が付いた。自分の両手が触れている物、それは頭に着けた補聴器。フィシスに託した記憶装置を兼ねていた物で、それが頭にあるのなら…。
(…この身体は…)
 ジョミーなのか、と視線を下にやったら、ジョミーの衣装。自分のではなくて。
 そして、よくよく意識を研ぎ澄ましてみれば、ジョミーは只今、滂沱の涙。どうやらフィシスが渡した補聴器、その中に残った記憶を辿っていたらしく…。
(…自分を信じることから道は開ける…)
 その言葉をジョミーが再び聞いた瞬間、其処で空間が繋がったらしい。同じ言葉を思い返して、自分が飛んでいたものだから。…シャングリラからは遠く離れた所で。


(ぼくは、ワープをしたんじゃなくて…)
 巻き込まれたということでもなくて、ジョミーの意識に引っ張られただけ。とうに死んでいて、魂だけになっていたのを。
 本当だったら天国か何処か、そういう世界に行くべき所を、何か勘違いをしていた内に。
(…ジョミーの中に入ってしまったのか…)
 思念体と呼ぶには、ちょっと頼りない状態で。きっとジョミーにも、存在自体を分かって貰えそうにもない状況で。
(…とはいえ、これも考えようで…)
 ジョミーにまるで自覚が無くても、自分の方からアプローチするのが不可能でも…。
(…このままジョミーの中にいたなら、地球に行けるし…)
 人生、捨てたものではないな、と開き直ってみることにした。
 ジョミーの身体は健康だったし、居心地はとても良さそうだから。死にかけだった自分の身体に比べたらずっと、軽くてピンピンしているから。
(死んだ自覚がゼロというのが良かったんだな…)
 生きているのだと勘違いしたから、死後の世界に行かずに済んだ。その上、ジョミーが補聴器を着けて再生してくれた言葉、それを励みに宇宙を飛んでいたのがラッキー。
 上手い具合にジョミーとシンクロしたから、キッチリ戻れたシャングリラ。
 いくら自分は死んでいるにせよ、これは人生丸儲け。頑張らなくても地球に行けるし、楽隠居の日々でいいのだろう。ジョミーは自分が入り込んだことに、全く気付いていないのだから。
(これでは、アドバイスのしようもないし…)
 ジョミーの中にいるというだけ、たったそれだけ。ヤドカリと言うか、間借り人と言うか…。


 そんな所だ、と自分の立場を把握したのがソルジャー・ブルー。
 これから先はジョミーの身体に住ませて貰って、憧れの地球を目指す旅。ジョミーは自覚ゼロなわけだし、悠々自適の日々の始まり。
(事の善し悪しは、全てが終わってみなければ…)
 分からないさ、とは言い得て妙だ、と感動しまくり、儲けた命。死んだ自覚が無かったお蔭で、どうやら地球まで行けそうだから。
(ぼくにも運が向いて来た…)
 人生ツイてる、とスキップしそうなブルーの人生、本当は終わっているのだけれど。
 運が向くも何も無いのだけれども、終わり良ければ全てよし。
 たとえジョミーの身体でも。自分の身体は消えてしまって、ヤドカリな間借り人生でも。


 こうしてブルーが入り込んだから、青の間を出たジョミーがフィシスを従え、皆を鼓舞しに足を踏み入れた天体の間では…。
「俯くな、仲間たち!」
 そうブチ上げたジョミーの顔には、見事なまでにブルーの顔立ちが重なっていた。
 なにしろミュウは精神の生き物、微妙な違いを嗅ぎ分けたから。
 今まで見ていたジョミーと違うと、ソルジャー・ブルーだとピンと来たから。
「ソルジャー・ブルー?」
「…ソルジャー・ブルー…?」
 さざ波のように広がってゆく声、けれど「グラン・パ!」と叫んだトォニィ。
 途端に「間違えたかな」と思い直すのがミュウの仲間たちで、一瞬の内に消えた幻影。ブルーの代わりにジョミーがいるだけ、「アルテメシアへ向かう」と始まった未来に向けての大演説。
(…地球へ向かうか…)
 行ってくれるか、とブルーは充分、満足だった。
 自分の存在に一度は気付いてくれた仲間たち、彼らに綺麗にスルーされても。
 ジョミーの中には自分がいるのだと、もう気付いては貰えなくても。


(事の善し悪しは…)
 全てが終わってみなければ分からないさ、と拾った人生、後は地球まで楽隠居。
 自分を信じて道が開けて、ちゃんとシャングリラに戻れたから。
 ヤドカリな間借り人生にしても、人生、生きてなんぼだから。
 とっくに死んでいるけれど。
 それでもやっぱり生きているから、憧れの地球まで行けそうだから…。

 

        拾った人生・了

※原作だったら、ジョミーの中にいるブルー。きっと同じだと思ったのがアニテラなのに…。
 そんな描写は皆無だったオチ、だったらジョミーに重なったアレは何だったんだ、と。





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「よく、御無事で…!」
 その上、この度の敵本拠地発見。
 やはり少佐にかかれば、ただの事故調査では終わりませんね。
 流石です、と勢い込んでキースに挨拶したセルジュ・スタージョン上級中尉。
 グランド・マザー直々の選抜でキースの補佐官を拝命したのだけれども…。
「貴様は?」
 誰だ、と言わんばかりに返したキース。せっかく張り切って駆け寄ったのに。
(…こういう教官だったんだ…)
 想定内だ、と自分に気合で、自己紹介をすることにした。
「少佐の補佐官を拝命しました、セルジュ・スタージョン上級中尉であります」
 マザー直々の選抜により、少佐のお迎えと…。
 ミュウ殲滅を命じられました、とハキハキと言って、「よし!」と自分に及第点。そしたら後ろから来たのがパスカル、なんだかんだで腐れ縁な男。
「以後、スローターハウス作戦の指揮権は少佐に。御無沙汰しております、教官」
「ヴォグ少尉か。マザーには選りすぐりを、と上申したが…」
 見た顔も多いな、と見回すキースは、パスカルの名前を覚えていた。顔とセットで。
(どうして、あいつが…!)
 こっちは忘れ去られていたんだよ、と叫びたいのに、いけしゃあしゃあと続けるパスカル。
「皆、アニアン教官の教え子です。当然の結果かと」
 残りの者も、打てば響くツワモノばかりです、と補佐官をスルーで続いてゆく喋り。
「期待しよう。メギドはどうか」
 キースはこちらを向きもしないで、パスカルの方に訊いているから…。


(あの野郎…!)
 補佐官はパスカルじゃなくてこっちなんだ、と強引に割って入ってやった。
「作戦ポイントでの合流に向け、三光年先で調整中です」
 運用の際、有効射程を考慮して…、と顔を向けたキースに説明しようとしているのに。不要、とキースが上げた右手に遮られてしまった言葉の続き。
「最短の時間で、最大の効果を上げろ。以上だ」
 こう言われたら仕方ないから、総員、敬礼。
 キースはその場を歩き去りながら、振り返りもせずにこう言った。
 「マツカ、着替えを調達して来い」と。
 補佐官の自分を見事にスルーで、宇宙海軍から転属して来たばかりの青年に。有能そうな者ならともかく、どう見ても弱そうなヘタレ野郎に。
 「は、はいっ…!」と答えて走ってゆくヘタレ、果たして用事が果たせるやら…。
(…どいつも、こいつも…)
 なんだってこうも続くんだか、と顰めた眉。パスカルの次はヘタレ野郎か、と。
 けれども、此処は任務が大切。
 いくらキースにスルーされまくりでも、補佐官は自分なのだから。
「各自、持ち場へ戻り、第一種戦闘配置!」
 解散! とやって、解散させたパスカルその他の部下の面々。
 誰もがキリッと自分に敬礼、つまりは自分がキースの次に偉い立場の筈なのに…。


 なんだってこうなるんだか、と部屋に戻った後も収まらない苛立ち。
(ヘタレ野郎が道に迷うかと思ったら…)
 初めて来た筈の船の中でも、ヘタレは道に迷わなかった。ヘタレにはヘタレのスキルというのがあるらしい。なまじヘタレに出来ているから、最初から無いのがプライドなるもの。
(誰にでも道を訊けるよな…!)
 警備兵どころか、清掃係のオッサンでもな、と叩きたい愚痴。
 誰に訊いたか確かめる気も起きないけれども、ヘタレは立派に任務を果たした。それが証拠に、さっき報告があったから。「アニアン少佐は…」とキースの現状について。
 グランド・マザーとの通信用の部屋に行ったなら、着替えは済んだ筈だから。
(…あんなヘタレを使わなくても…!)
 ちょっと一声掛けてくれれば、着替えは自分が調達したのに。「行け」と誰かを顎で使って。
 なのにアッサリ持って行かれた、補佐官な筈の自分の仕事。
 ヘタレなマツカも不快だけれども、もっと頭に来るのがパスカル。
(…ぼくの顔は忘れていたくせに…!)
 パスカルは忘れていなかったんだな、とギリギリと噛みたくなる奥歯。
 しかも「ヴォグ少尉」と階級までスラスラ出て来たからには、キースは何処かで見たのだろう。軍が発行している冊子か何かで、パスカルの顔を。
(そして、覚えて…)
 ぼくを無視してパスカルとばかり喋っていたし、と思い出すだにムカつく光景。
 まるで昔と変わっていないと、嫌な予感はしていたんだと。
 そう、この作戦に選抜されての顔合わせがあった段階で。揃ってこの船に乗った時点で。


 ずっと昔からこうだったよな、と蘇ってくるキースの教官時代。
 「見た顔も多いな」と言われた面子は、全員、同期の者ばかりだった。パスカルも込みで。
 因縁とも呼べる腐れ縁な面子、顔合わせで思わず仰け反ったほど。「こいつらかよ!」と。
 「よりにもよって、この面子かよ」と、「この連中を纏めて行けってか?」と。
 補佐官なのだと聞いた時には、最高の気分だったのに。
 アニアン少佐の下で力を発揮できると、ミュウ殲滅が上手くいったら昇進だって、と。
 ところがどっこい、エンデュミオンに乗り込む前に集まってみたら…。
(…あいつらが揃っていやがったんだ…)
 その瞬間から嫌な予感がヒシヒシ、案の定、パスカルに持って行かれた喋り。
 かてて加えて、自分の顔も名前もキースにスッパリ忘れ去られて、「貴様は?」と訊かれていたというオチ。
 パスカルの方は「ヴォグ少尉か」と即レスな上に、階級まで把握されていたのに。
(…本当に昔から、何も変わっちゃいないんだ…!)
 いつもババばかり引かされていて、と予感的中で覚える頭痛。
 この作戦でもきっと自分がババだと、貧乏クジを引きまくりだと。
 キースが教官だった頃から、そうだったから。
 今の面子が全員教え子だった頃から、あの頃から自分がババだったから。


(アニアン少佐…)
 あの人も昔からああいう人で…、と溜息しか出ない教官時代。
 自分たちがヒヨコでペーペーだった頃、キースは腕こそ立ったけれども、教官の中では孤立していたし、好んで群がる生徒も少なめ。
 さっき自分に「貴様は?」とやったほどなのだから、対人スキルが低めな男。頭はいいのに、同僚や生徒の顔はスルーで、まるで覚える気も無かったから。
(…普通は誰も入らないよな、アニアン・ゼミ…)
 メンバーズ・エリートが自ら仕切るのがゼミなるもの。
 顔を売っておいて損は無いから、人気のゼミには人が集まる。人当たりのいい教官のゼミとか、出世街道まっしぐらな教官が教えるゼミだとか。
 けれど、サッパリ人気が無いのがキースのゼミ。年によっては誰もいないとか、二人もいたなら上等だとか。
(その二人だって、途中でトンズラ…)
 他のゼミへと逃亡すると噂が高かったアニアン・ゼミ。他のゼミの方が人気だから。どうしても肌の合わない教官、そういう場合は途中で移籍出来るから。


(ぼくたちの年は、どういうわけだか…)
 今から思えば、多分、不幸な事故というヤツ。
 ゼミを選ぶための参考資料に書かれていたゼミの紹介文。それが他所のと入れ替わるというミスが起こって、集まった生徒。「此処にしよう」と。
 「ゼミの生徒との交流がメイン、親睦旅行やコンパも多数開催」と書いてあったから。
 自分もコロリと騙されたクチで、よく確かめもしないで入った。先輩たちの口コミを聞いたら、きっと入りはしなかったゼミ。もちろんパスカルや他の面子も。
 その年のアニアン・ゼミは豊作、お蔭で事は上手く運んだ。入ってみたら教官はアレで、旅行やコンパを開催したがるような人では全くなかったけれど…。
(なまじ人数が多かったから…)
 教官にその気が無いのだったら、自分たちの力で行け行けゴーゴー。
 コンパも旅行もやってなんぼだと、教官だって一緒に連れて行ったらオッケーだよな、と。
(親睦旅行も、コンパも、全部…)
 幹事をやらされていたのが自分。「細かいことによく気が付くから」と祭り上げられて、毎回、毎回、旅行の手配に会場の手配。
(でもって、美味しい所だけを…)
 持って行きやがったのがパスカルなんだ、と今でも忘れられない恨み。
 コンパや旅行の予定が立ったら、パスカルがいそいそ出掛けて行った。キースの所へ。
 「アニアン教官も如何ですか?」と、「今回も楽しくなりそうですよ」と。
 元が喋りの上手い男で、言葉巧みに誘うものだから…。


(アニアン教官だって、その気になるんだ…!)
 コンパも旅行も、まるでキャラではない筈なのに。
 どちらかと言えば苦手なタイプで、参加したって楽しめる筈もなさそうなのに…。
(パスカルの座持ちが上手すぎるから…)
 キースもそれなりに飲んでいたのがコンパで、旅行も途中で「帰る」と言いはしなかった。その旅行だのコンパだのでも、自分は幹事だったから…。
(アニアン教官と喋っている暇は殆ど無くて…)
 幹事の役目に追われる始末で、パスカルにすっかり持って行かれた美味しい所。
 それが今日まで尾を引いたとしか思えない。
 キースは会うなり「貴様は?」と言ってくれたわけだし、パスカルの方には「ヴォグ少尉か」と一拍さえも置かずに即レス、あまつさえ今の階級つきで。


(パスカルの野郎…!)
 この作戦でも美味しい所を持って行くんじゃないだろうな、と嫌な予感しかして来ない。
 作戦の肝になる筈のメギド、それの操作はパスカルの担当だったから。
(…ぼくはあくまで補佐官で…)
 ああしろ、こうしろと指示を出すだけ、実務担当はパスカルになる。メギドが首尾よくミュウを焼き払えば、褒められるのはパスカルの手腕。
(…最悪だ…)
 しかもキースはパスカルの顔を覚えていたし、と泣きたいキモチ。
 かてて加えて、他の災難まで降って来た。宇宙海軍から国家騎士団に転属して来たヘタレ青年。
 あれが新たな災いの種になりそうで…。
(…アニアン教官が直々に…)
 転属させたと聞いているから、もう間違いなくアニアン教官のお気に入り。ヘタレなスキルしか持っていないのに、きっとヨイショが上手いのだろう。…パスカルのように。
(…パスカルに、さっきのヘタレ野郎に…)
 今日は厄日か、と言いたい気分だけれども、この先、ずっと厄日な毎日。
 スローターハウス作戦はまだ始まったばかりで、厄日な面子でやって行くしか無いわけだから。
 どう転がっても、面子が変わりはしないから。


(……ツイていないぞ……)
 最悪なことにならなきゃいいが、と思うけれども、逃げられないのが補佐官な立場。
 たとえ今度もババを引きまくりで、美味しい所をパスカルに持って行かれても。
 マツカとかいうヘタレ野郎に、まるっと美味しい思いをされても。
(……昔から、こういう役回りで……)
 コンパも旅行もこうだったんだ、とスタージョン中尉の嘆きは尽きない。
 どうして人生こうなるんだと、今の面子が揃った時点で死亡フラグが立っていたよな、と。
 アニアン教官のゼミ時代からの腐れ縁。
 それが自分の運の尽きだと、其処へマツカまで来やがるなんて、と…。

 

         補佐官の厄日・了

※いや、ツッコミどころが満載だよな、と思うのがコレの冒頭のシーンのアニテラ。
 なんでセルジュの名前は覚えていなくてパスカルなんだ、と。ネタで書くならこうなるオチ。





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「この色がいいと思うけれどね?」
 ジョミーには、とブルーが示したデザイン画。
 今はソルジャー候補のジョミーが着る服、それのマントの色が今日の話題で。
「確かに目立つ色ではあるのう…」
 何処におっても目を引きそうじゃ、とゼルも頷く真っ赤なマント。これでいいじゃろ、と。
「あたしも赤に賛成だよ。やっぱり目立つのが一番じゃないか」
 地味な色だとイマイチだし…、とブラウが眺めるハーレイの背中。其処には地味な緑のマント。こういう色より、派手に真っ赤に、と。
「私も赤だと思います。赤は王者の色ですから」
 紫と並ぶ高貴な色です、とエラも乗り気の真紅のマント。目立って、おまけに王者の色だと。
「王者の色ねえ…」
 赤もそういう色だったとは、とブルーが漏らした大きな溜息。何故なら、ブルーの紫のマント。それも同じに押し付けられた色だったから。
 ずっと昔に、高貴な色だと。ソルジャーに相応しい色は紫、皇帝の色、と。
「…その件はもう、水に流して欲しいのだがね…」
 時効が成立している筈だ、と逃げの姿勢が見えるヒルマン。彼は、いわゆる戦犯だった。皇帝の紫を推した戦犯、ブルーに着せた張本人。
 かなり長いこと、ヒルマンはブルーに恨まれていた。
 「皇帝の色の紫だなんて、仰々しいマントにしなくても」と。
 キャプテンのマントみたいに地味なのでいいと、よくも紫をプッシュしたな、と。


 紫のマントで悪目立ちをした嫌な思い出。それがブルーの心の傷で、いわゆるトラウマ。
 なにしろ、着せたヒルマンと来たら、当時に宣伝しまくったから。
 じっと黙っていたならともかく、「紫は皇帝の色だ」と喋りまくって、偉い色だと持ち上げた。紫はソルジャーに相応しいのだと、ブルーこそシャングリラの帝王なのだ、と。
(あれのお蔭で…)
 雲の上の人にされてしまった、と今でも悲しい紫のマント。同じマントでも地味な色なら、他の色なら人生違っていたのかも、と。
(もっと、みんなとフレンドリーに…)
 ワイワイやりたかったのがブルーの本音で、只今、会議中の青の間。この部屋だって楽しく使いたかった。これだけの広さがあるのだから。仲間を集めてドンチャン騒ぎも出来そうだから。
(なのに、宝の持ち腐れで…)
 お偉方な長老の四人とキャプテン、その程度しか自由に出入りしない部屋。
 雲の上の人にされたお蔭で、紫のマントを背負ったせいで。
(ジョミーには、ぼくのような思いを…)
 して欲しくない、と考えてしまう。
 ソルジャーの肩書きを継いだ時点で、充分、雲の上だけど。
 雲の上の人にされた自分の後継者ならば、そういうコースで当然だけれど。
(…そうなるのだから、せめてマントは…)
 普通の色にしてやりたい。自分の二の舞にならないように、王者の色は避けるのが吉。
 赤がいいな、と思った考え、それは彼方へブン投げて。
 ジョミーが祭り上げられないよう、もっと普通の色を選んで。


 そう思ったから、しげしげ眺めたデザイン画。赤いマントは却下だ、と。
(…赤が駄目だと…)
 ハーレイのマントと被るけれども、緑とか。こっちの青もけっこういいな、と見ていたら…。
「ソルジャー。…赤に決まったじゃろうが」
 わしらは赤と言っておるぞ、とゼルが揚げ足を取りにかかった。ハーレイも赤に賛成だし、と。
「はい。特に異存はございませんが…。赤のマントでよろしいのでは?」
 それにソルジャーが赤だと仰いましたが、とハーレイに突かれた痛い所。言い出しっぺは確かに自分で、他の誰でもなかったから。「この色がいい」と最初に言った記憶は鮮明だから。
「……赤ということになるのかい?」
 そしてジョミーも、雲の上の人にされてしまうというわけかい、と見詰めた遠い昔の戦犯。
 紫のマントを背負わせてくれて、皇帝の色だの、シャングリラの帝王だのと言ったヒルマン。
「…しかし、ソルジャー…。その件は、もう…」
 とうに時効で、とヒルマンは逃走する気だけれども、ジョミーの今後が目に見えるよう。
 赤いマントを纏った時には、またもヒルマンが旗振り役をするのだろう。今回はエラが加担する可能性も大、「王者の色です」とヒルマンよりも先に言ったのだから。
 きっとジョミーも、自分と同じコースを辿るに違いない。
 赤いマントは王者の色で、シャングリラで一番偉いのだ、と妙な設定がついて来て。
 皇帝の紫にも負けていないと、赤のマントはシャングリラの王者の証だと。
(…それではジョミーが…)
 可哀相すぎる、と経験者だからこそ分かる、マントの色の大切さ。
 それが人生を左右するのだと、ジョミーの今後の運命だってマントで決まる、と。
 だから…。


「…赤だけは駄目だ。どうしても赤を推したいのなら…」
 然るべき理由を考えたまえ、とジロリと睨み回した、四人の長老たちの顔。キャプテンの顔も。
 王者の色よりマシな理由を考えて来いと、皆に親しまれる理由がいいと。
 それが無いなら、赤い色は却下。
 さっきの言葉は撤回すると、青か緑のマントを選ぶと。
「…ソルジャー、それは御命令ですか?」
 そういうことなら従わざるを得ませんが、とハーレイが訊くから、「そうだ」と答えた。
 赤にしたいなら他に理由をと、王者の色なら赤は駄目だ、と。
 今でも微妙な立ち位置のジョミー、勝手に船から出て行った上に、えらい騒ぎを起こしたから。船の仲間たちは忘れていなくて、まだ陰口も消えないから。
(…皆に親しまれるソルジャーになって欲しいのに…)
 王者の色のマントを着せたら、更に開いてしまう距離。仲間たちとの間がグンと。
 赤いマントは意地でも避けるか、他に理由を見付けるか。
 「雲の上の人だ」と崇められる代わりに、誰もが気軽に名前を呼んでくれるソルジャー。
 マントの色には、邪魔されないで。
 むしろ歓迎される赤色、それを纏ったソルジャーになってくれれば、と。


 こうして青の間から叩き出された長老たち。キャプテンも含めて、一人残らず。
 ゼルやブラウは「駄目だと言うなら仕方ないねえ…」と投げてしまって、ハーレイも同じ。赤が駄目なら別に青でもいいじゃないか、という程度。青でも緑でも、何でもオッケー。
 けれど、違ったのがエラとヒルマン。
「…赤で決まりだと思いましたのに…」
「まったくだよ。…まだ根に持っていたとはねえ…」
 何年経ったと思うんだね、とヒルマンがぼやく紫のマント。
 そうは言っても、それを纏って雲の上の人になったのがブルー、彼の意向には逆らえない。赤いマントを選びたいなら、理由を捻り出すしかない。
 ちなみに皇帝の色の紫、それは染料が高かったから。遠い昔は小さな貝から採れる染料、それを大量に使って染めていたから、べらぼうな値段で、皇帝くらいしか買えなかったオチ。
 王者の赤もそれと同じで、貝を使った紫の染め方が失われた後、カイガラムシなる小さな虫から採った染料で染めていた。やっぱり同じにべらぼうな値段、ゆえに王者の色は赤色。
「由緒正しい赤ですのに…」
「私だって、あれを諦めたくはないのだが…」
 何かいい手は無いだろうか、とエラとヒルマンは踏ん張った。何かある筈、と。
 そして…。


「ソルジャー、先日のジョミーのマントの件ですが…」
 如何でしょうか、とエラが披露した赤についての話。青の間に長老とキャプテンを集めて。
 曰く、今年は申年とやらで、その年の赤は非常に縁起がいいらしい。それも赤い服が。
「なるほど、今年は赤色がいい、と…」
 それは全く知らなかった、とブルーは先を促した。申年というのは初耳だけれど、遠い昔には、こだわる人たちも多かったらしい。申年を含む十二の干支に。
「申年に赤い服を誂えると、無病息災なのだそうです。それに…」
 その赤い服を誂えた人が、赤い下着を着ていた場合。周りの人にも幸運が及んで、それは幸せな最高の年になるのだとか。しかも、申年から赤い下着を着け始めると…。
 無病息災も、周りの人への幸運のお裾分けパワーも一生モノに、と言い切ったエラ。
 実際、デッチ上げではなかった。
 遠い昔の申年の話、赤い下着が売れた時代の言い伝え。それが何処かで曲がってしまって、この時代にはこうなっていた。シャングリラが誇る、データベースの情報では。
「赤い服を誂えて、赤い下着か…。すると最高の年になる上に、今、始めると…」
 幸運が持続するのだね、と確認したブルーは、とうに赤へと傾いていた。
 王者の色なら却下だけれども、幸運の色なら大歓迎。
 それにジョミーも、皆に好かれることだろう。申年に誂えた赤いマントとセットで、赤い下着を着け始めたなら。
(ジョミーが赤いパンツを履いたら…)
 これから先も履き続けたなら、一生の間、周りに幸運のお裾分け。
 申年に初めて身に着け始めた、赤いマントと赤いパンツのパワーとやらで。


「いいだろう。そういう赤なら、ジョミーの立場もきっと良くなるだろうから」
 マントの色は赤にしよう、とブルーが出したゴーサイン。
 赤いマントが出来上がったら、ちゃんと宣伝するように、と付け加えることも忘れなかった。
 申年に誂えた赤いマントは縁起がいいと、赤いパンツで周りの運気も一気にアップ、と。
 それを皆にも伝えて欲しいと、王者の赤より、申年の赤いマントと赤いパンツ、と。
(これでジョミーも、皆に親しまれるソルジャーに…)
 なる筈だから、というブルーの読みは見事に当たった。
 ソルジャー候補ながらも赤いマントで赤いパンツになったジョミーは、縁起の良さで人気上昇。
 誰もが幸運のお裾分けをと狙っているから、仲良くしておいて損は無いから。
(…ぼくの二の舞にならなくて良かった…)
 本当に、とホッと息をつくブルーは、まるで知らない。
 赤いパンツを履く羽目になったジョミーの、「なんで、ぼくが」という嘆きの声を。
 「一生、赤いパンツなんて」と、涙目になっていることを。
 これから一生、ジョミーのパンツは赤で決まりで、泣けど叫べど赤一択。
 幸運の赤いパンツだから。
 申年に誂えた赤いマントとセットものだから、赤いパンツは運気上昇の縁起物だから…。

 

       幸運の赤いマント・了

※今年は申年だったっけな、と考えていたら降って来たネタ。赤いマントだよね、と。
 一生、赤いパンツを履くらしいジョミー。気の毒すぎる運命かも…。ブルー、酷すぎ。





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「トォニィ。お前が次のソルジャーだ」
 ミュウを、人類を…導け、とジョミーがトォニィに渡した補聴器。
「グランパ…」
 ぼくはまだ子供だ、と繰り返したいのに、ジョミーがいない世界なんて嫌なのに。
 ジョミーは真っ直ぐ見詰めて来るから、どうしようもない今の状況。
(…グランパ…)
 補聴器を着けろ、と促すジョミーの瞳。いくら泣いてみても、もう無駄らしい。ジョミーは命を捨てているから、助かるつもりも無いらしいから。
(…メギドなんて…。こんな星なんて…)
 どうでもいい、と叫びたくても、それがジョミーの最期の望み。地球を破壊しようとしている、六基のメギドを止めること。ジョミーを救うことではなくて。
 それにソルジャーを継げとも言われた。「ぼくの自慢の強い子だ」とも。
(……グランパの自慢の……)
 強くなんかないのに、と思うけれども、ジョミーの期待は裏切れない。望みを叶えないわけにもいかない、選べる道はただ一つだけ。
 こうすることだ、とトォニィが仕方なく着けた補聴器。それは嬉しそうに微笑むジョミー。
(…これでいいんだ…)
 ぼくにはこれしか、と溢れた涙に重なったもの。
 ジョミーの顔が滲むようにぼやけて、その彼方から…。


「ウゼエんだよ、ジジイ!」
 とんでもない罵声が聞こえて来たから驚いた。いったい何処にジジイが、と。
 あえてジジイと呼べそうな者は、さっきジョミーが「共に戦った仲間だ」と言っていたキース。通信機の向こうの自分の部下に、メギドを止めろと伝えていたようだけれど…。
(……ジジイ?)
 ウザいジジイとはアレのことか、と思う間もなく、今度は聞こえた「クソババア!」の声。
 ジジイはともかく、ババアはいそうにない空間。いや、さっきまではいたのかも…。
(…グランド・マザー…?)
 とうに瓦礫と化していたけれど、キースがジジイなら、クソババアはアレ。なるほど、と合点はいったけれども、誰が叫んでいたかが問題。
(此処には、ぼくたち三人だけ…)
 だったら誰が叫ぶんだ、と見回そうとしてハタと気付いた。今の罵声の正体に。
(…この補聴器……)
 それに入っていたジョミーの記憶。
 ナスカで生まれた初めての自然出産児だった、自分たち。急成長していった七人の子供、従来の育児書の類は役に立たない。「目覚めの日」だの、成人検査だのというシステムの方の情報も。
(…グランパ……)
 ジョミーは懸命に勉強していた。戦いのことしか考えていないように見えたのに。
 その裏側で、遠い昔の、子供が自然に生まれて育った時代のことを、あれこれ調べて。
(…反抗期があって、それに中二病…)
 遥かな昔の子育ての脅威、それが反抗期に中二病。世の親たちが手を焼いたらしい、その現象。
 実の父親に「ウゼエんだよ、ジジイ!」と怒鳴って、母親に向かって「クソババア!」。
 ついでに色々ややこしい上に、こじれまくるのが中二病。


 そうだったんだ、と改めて気付いたジョミーの愛情。
 育児についても気を配ってくれた、優しいジョミー。置いてゆくなんて、とても出来ない。
 こんな記憶を見せられたら。知ってしまったら、もう無理なのに…。
(…でも、行くしか…)
 ないんだから、とグイと涙を拭った瞬間、不意に閃いた解決策。これならいける、と湧き上がる自信、ジョミーを置いて行かなくてもいい。ジョミーの戦友だというキースの方も。
(軌道上のメギドは、全部で六基…)
 キースの部下たちも攻撃に向かう筈なのだから、全部を一人で止めなくてもいい。それに応援も呼べる筈だし、メギドの方は何とかなる。
 「行け」と促すジョミーの方だって、ガチでやったら勝てないけども…。
(…今は死にかけてて、ぼくの方が…)
 絶対強いに決まっているから、やるぞ、とスックと立ち上がった。ジョミーはといえば、もう本当に孫を見る目で「ありがとう」と別れの言葉を口にしたけれど…。
「グランパ、ぼくは今、反抗期だから!」
「…え?」
 なんだ、と見開かれたジョミーの瞳。キースも唖然としているけれども、此処で言わねば。
「もう反抗期で中二病だから、思いっ切り、ぼくの好きにするから!」
「トォニィ…?」
 待て、と声を絞り出そうとしたジョミーに向かって言い放った。「ウゼエんだよ!」と。
「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」
 ブッ殺す、と言い捨てて放ったサイオン、もろに食らったジョミーは気絶。
「な、何をする…!」
 狂ったのか、と慌てるキースにも「ウゼエ!」と怒鳴って、同じに一発食らわせたから、止める者はもはやいなかった。ジョミーとキースが見事に気絶しているだけ。


(やった…!)
 反抗期で中二病の子供は無敵なんだ、と感謝してしまったジョミーの記憶。これが無かったら、ジョミーの言いなりになっていた。「ぼくの自慢の強い子」のままで。
(反抗期だったら何でもアリで、中二病だとこじれてて…)
 ぼくにもそういう時期があったって、と開き直った無敵のトォニィ。
 とにかくジョミーとキースの救助を最優先で、と凍らせて仮死状態にした。かつてキースに胸をグッサリ刺された時に使った手だから、今回だって有効な筈。
(シャングリラに二人を連れて帰って、それから手術…)
 でもって、その前にメギドだったな、と確認してから、二人を抱えて飛び出した。地球の地の底から地上へ一気に、其処から更にジャンプで宇宙へ。
 もちろん、ジョミーとキースにはキッチリ、シールドをかけて。
(先にメギドで…)
 この辺でいいか、と二人を軌道上に仮置き、思念で呼び掛けたシャングリラ。
「タキオン、ツェーレン、ペスタチオ、手を貸せ!」
 メギドを撃つ、と飛んでゆく間に、キースの部下たちもやって来たから、いける筈。ジョミーの望み通りにメギドを破壊出来る、と頑張ったのに…。
「残弾ゼロだ…! 残るメギドはあと一つなのに…!」
 そういう人類の声が届いて、発射体制に入っているメギド。
「駄目か…!」
「間に合わない…!」
 もう駄目だ、と覚悟した時、「どけーい、ヒヨッコどもーっ!!」と突っ込んで来たのが人類の船で、旗艦ゼウスとかいうヤツで。


(…マードック大佐…!)
 ヤバイ、と悟った自分の危機。メギドの炎は地球の地表を掠めただけで済んだけれども、それをやったのは人類が「マードック大佐!」と呼び掛けた男。
 そのマードック大佐が乗っている船は、メギドと一緒に燃え盛りながら落下中で。
(…これがジョミーとキースにバレたら…)
 怒鳴られまくりの叱られまくりで、もう確実に後が無い。「だから置いて行けと言ったのに」と二人がかりでネチネチ言われて、どうにもこうにもならないから…。
「ツェーレン、ちょっと行ってくる!」
 メギドを止めるのは無理だったけれど、一人助けるくらいなら、と大慌てで追った地球へと落下してゆくメギド。追い掛けて中へ飛び込んで…。
(間に合った…!)
 やった、と躍り上がったけれども、同時に「え?」と仰天もした。爆風を食らって倒れた人類、一人だけだと思っていたのに、なんと二人もいたものだから。
(…女もいたんだ…)
 でもまあ、誤差の範囲内、と抱えて飛び出した人類が二人。マードック大佐と、パイパー少尉。
 当然、きちんとシールドをかけて、さっき仮置きしたジョミーとキースも回収して…。


 これでオッケー、と戻って行ったシャングリラ。
「ソルジャー・シン!?」
 船はたちまち上を下への大騒ぎになり、何故にキースが、と半ばパニック状態だけれど。
「どうでもいいから、さっさと手術だ!」
 ノルディを呼ぶんだ、と凄んでやった。手術の順番はジョミーが最初で、次がキースで、と仕切りまくって。残る二人もしっかりキッチリ治療しろ、と。
(…反抗期と中二病の話は…)
 此処ではしないのが吉だ、と判断したから、ジョミーが意識を取り戻すまではソルジャー代理。
 幸か不幸か補聴器もあるし、皆は素直に納得した。ソルジャー代理、大いに結構、と。
 キースとマードック大佐とパイパー少尉は、人類の船に移せるような状態ではなくて、当分の間はシャングリラで治療に専念するという方向になって…。


「…ジョミー。一つ訊いていいか?」
 包帯グルグルで点滴つきのキースが眺めた隣のベッド。個室もあるのに、意識が戻ったら相部屋希望と言い出した二人。ジョミーとキース。
「…なんだ?」
 ジョミーも同じに包帯グルグル、腕には点滴。
「いや、トォニィが言っていた、あの…」
 反抗期とか中二病とかいうのは何だ、と訊かれたジョミーが「ああ…」と浮かべた苦笑い。
「多分、ああいうのを言うんだろう。…まさか今頃、反抗期なんて…」
「お前に向かって、ウゼエと怒鳴っていたようだが…」
 おまけにジジイと、とキースには解せないトォニィの豹変、けれども、それが反抗期だから。
 中二病の方も、そういったものだと学んで記憶したのがジョミーだったから…。
「トォニィは反抗期に入ったらしい。…初めてぼくに反抗したよ」
「そうなのか…。お前もこれから苦労しそうだな」
「君の方こそ、大変なんじゃないのかい…?」
 復帰したらきっと仕事が山積み、とジョミーは言ってやったのだけれど、「お前の方こそ苦労しそうだぞ」と返された。「ウザいジジイと言われたろうが」と。
「…あいつがソルジャー代理だそうだが、ソルジャー復帰はウザがられないか?」
「その時は、隠居するまでだよ。トォニィが本当に反抗期で中二病ならね」


 口で言ってるだけじゃないかと思う、と答えるジョミーは、ダテに勉強していなかった。本物の反抗期で中二病なら、ああいうことにはならないと。
(…やっぱりトォニィは、ぼくの自慢の…)
 後継者なんだ、と誇らしい気持ちもするのだけれども、ソルジャーに復帰した暁には、おしおきから始めるべきだろう。
(…ぼくの最期の頼みを無視して…)
 勝手に暴走したんだから、とガッツリお灸をすえるつもりでいるジョミー。
 そしてトォニィの方は、ちょっぴり後悔し始めていた。
(……やり過ぎたかな……)
 反抗期なんだと叫ぶだけにしておけば良かったかな、と。
 いくら助けるためだとはいえ、大好きなグランパに向かって「ウゼエんだよ!」と叫んだから。
 「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」と、思い切り怒鳴ってしまったから…。

 

        恐るべき後継者・了

※アニテラのラスト、トォニィだったらジョミーもキースも助けられたのでは、という可能性。
 同じツッコミをなさった貴腐人のコメントで降って来たネタ、謹んで献上させて頂きます~v





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