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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

「ママもブルーも…優しい人だった」
 ジョミーまで殺させはしない!
 そう言ってキースを攻撃したのがトォニィ、瞳がキラリと光ったけれど。
 容赦なくサイオンでキースの首を絞め上げながら、「苦しいか?」などと凄んでいるけれど。
 「お前は、簡単には死なせない」と決め台詞よろしくやっているのだけれども、ちょっと考えて頂きたい。
 いや、トォニィが考えるわけではなくて。
 もちろんキースの方でもなくって、考えるのはそう、其処の「あなた」で…。


 トォニィのママはカリナだからして、「優しい」はデフォ。
 SD体制始まって以来の自然出産児、トォニィを産んだくらいなのだし、優しくて当然。それに看護師だってやっていたから、「優しい人」で間違いはない。
 たまに「このクソガキャー!」とキレることが仮にあったとしたって、基本は優しいのが母親。
 我が子に向かって「クソガキ」だろうが、「ボケ!」だろうが。
 子供を小脇にガバッと抱えて、お仕置きにお尻パンパンだろうが。
 母親はそういうものだから。
 我が子可愛さで叱るものだし、時には手だって上げたりもする。
 言うことを聞かないクソガキだったら、「このクソガキャー!」と。
 そのクソガキがオンオン泣こうが、躾とばかりにお尻パンパン、それが母親。
 思い切り叱って叱り倒したら、「いい子ね」と涙を拭いたりして。「もうしないのよ?」と頭を撫でてやったりもして、ギュッと愛情たっぷりのハグ。


 ゆえに、カリナは優しいだろう。
 トォニィがキースに言った通りに、「優しい人」で合っている。
 幼かった日のトォニィがお尻を叩かれていても、「このクソガキャー!」とやられていても。
 その件については、誰も入れられないツッコミ。
 母親というのは優しいものだし、トォニィもそう感じて大きくなっただろうから。
 ところが此処に問題が一つ、カリナとセットで挙がったブルー。
 「ママもブルーも」とトォニィは言って、「優しい人」だと言い切ったわけで。
 つまりは、ブルーもカリナとどっこい、そのくらいにトォニィにとっては「優しかった人」。
 わざわざ仇を取りに行くくらい、「殺させはしない」と叫んだジョミーと並ぶくらいに、大切な人で「優しい人」。
 それがトォニィにとってのブルーで、注意すべきは其処だったりする。
 どうしてブルーが、カリナと肩を並べるくらいに「優しい人」になっているのか。
 グランパなジョミーに負けない勢い、それほど大事に思われているか。


 よく考えたら、誰もが気付く。
 「いったい、何処でトォニィは、ブルーに可愛がって貰いましたっけ?」と。
 誰もが突っ込む、「ブルーは優しい人かもですけど、トォニィに優しくしてましたっけ?」と。
 もちろん、接点だったら幾つか。
 キースの脱走騒ぎの時には、身体を張ってトォニィをキャッチしたのがブルー。
 お次はナスカがメギドの炎に襲われた時で、最初にシールドしたのがブルー。そのシールドを強化したのがトォニィたちで、共に戦った戦友ではある。
 最後は「この子たちを連れて行くのか?」と、「ぼくが時間を作る」と、ブルーが単身、メギドに向かって飛び去った時。
 その三つだけで、他には全く無いのがブルーとの接点なるもの。
 たったの三つで、それ以上でも以下でもないのが、トォニィにとってのブルーの筈で。
 三つだけしか無かった接点、どう転がったら「優しい人」が出来上がるのか。
 母親のカリナと並ぶくらいに、グランパなジョミーと同等に扱われるような人物に。


 どう考えても、「無いでしょ?」なのに。
 ブルーはトォニィを育てていないし、ジョミーよろしく懐かれてもいない。
 本当だったら、此処でトォニィが言うべき台詞は…。
 「ママは優しい人だった」なわけで、ブルーの名前は出て来ない筈。
 「優しい人」という括りでは。
 なんとしてでも、名前を出そうと言うのだったら、「強い人」とか、そういった感じ。
 ミュウの未来を守って散ったし、その言い方なら、多分、変ではないだろう。
 それとも「大いなる愛」でミュウを守って散ったからして、「優しい人」で押し通すか。
 もうゴリゴリと押し通すならば、それでなんとか通りはする。
 ミュウを守った優しい人だと、さながら聖母のような人だ、と。
 聖母だったら、実の母親ともガチで勝負が出来るから。
 ガチンコ勝負で負けはしないし、場合によっては母親に勝つ。


 けれど、本当にそれでいいのか、その論法で正解なのか。
 「ママもブルーも…優しい人だった」というトォニィの言葉、それを正しく読み解くには。
 カリナとガチでやっても負けない、「優しい人」というブルー。
 トォニィの大切なグランパのジョミー、彼ともタイマンを張れるほど大切に思われるブルー。
 「ミュウの未来を守った」聖母だったら、カリナと並んで立てるのか。
 トォニィを産んだ実の母親、「このクソガキャー!」とお尻パンパン、そんなカリナとブルーが同等の地位に就けるのか。
 「優しい人だった」と仇を討ちにゆくほど。
 ジョミーを同じに殺させはしないと、キースの首をジワジワと締めにかかるほど。


(…ブルーは優しい人だったんだ…!)
 なのに優しいブルーもママも、とキースの首を締めているトォニィ。
 こいつが殺してしまったんだと、ママも、ブルーも、と。
 未だに「ブルー」を連呼なわけで、ママと並んでブルーの名前。
 まるで接点は無い筈なのに。
 せいぜい三回、それだけしか会っていないのに…、と考えた「あなた」は間違っている。
 大切なことをサラッと忘れて、ケロリと忘れてしまったオチ。
 あれから八年以上経ったし、それも仕方がないけれど。
 毎日の萌えにリアルの生活、色々なことがあるのだからして、忘れても仕方ないけれど。


 DVDをお持ちだったら、最終話を観て頂きたい。
 それの終盤、お絵描きをするトォニィを。
 ソルジャーを継いだらしいトォニィ、彼が回想しているシーン。
 まだ幼かった頃のトォニィ、呼び掛ける「優しい母親」のカリナ。
「トォニィ、トォニィ…」
「ん?」
 トォニィは其処で振り返るわけで、「何やってるの?」とカリナの声。
「まあ…。上手に描けたわね」
 「パパ、ママ、ぼく…」と、順に絵を指してゆくトォニィ。
「グランパ!」
 そう得意そうに差し出した絵には、ジョミーが大きく描かれていて…。
 ジョミーの左側、後ろに「有り得ない」人物。
 どう見ても「笑顔」で寝ているのがブルー、恐らくは青の間のベッド。そこ以外には、ブルーのベッドは無いのだから。
 でもって、ブルーは「笑顔」で寝ていて、トォニィにとっては…。


(本当に優しかったんだ…!)
 ママもブルーも、と絶賛キースの首締め中のトォニィ、本当に優しかったのがブルー。
 まだ幼かったトォニィを連れて、ジョミーが青の間に出掛けた時に。
 「ブルー、この子が分かりますか?」と。
 昏々と眠り続けるブルーに、「母親のお腹から生まれた子供ですよ」と。
 そうやってジョミーが抱いていたトォニィ、ようやく「おむつ」が外れたばかり。
 「こんなに大きくなったんですよ」と、ジョミーはトォニィを差し出したわけで。
 「見えますか?」と両腕で抱いて近付けたブルーの胸元、悲劇は其処で起こってしまった。
 なんと言っても、子供だから。
 先日「おむつ」が取れたばかりの、本物の幼児だったから。
 ジョバーッとやってしまった「お漏らし」、それもブルーの胸元で。
 慌てたジョミーが引き戻す前に、もうジョバジョバと。
 ブルーの顔にもかかる勢い、上掛けだって、華々しく濡れてしまったわけで…。


(あの時、ブルーは…!)
 ママと同じに優しく許してくれたんだ、とトォニィは忘れていなかった。
 幼かった日の大失態を、その時に感じたブルーの思念を。
 ほんの微かなものだったけれど、「泣かないで」と。
 「子供なんだし、仕方ないよ」と、「ぼくは怒っていないから」と。
 ジョミーはオロオロしていたけれども、ブルーの思念に気付いてさえもいなかったけれど…。
(ぼくは確かに聞いたんだ…!)
 深い眠りの底にいたブルー、その人が紡いだ優しい声を。
 まるで母親のカリナさながら、それは優しく心に届いた思念波を。
 ブルーの思念は「いい子だね」と微笑んでいた。
 「このクソガキャー!」と怒鳴る代わりに、「泣かないで」と。


 それを確かに耳にしたから、感じたのだから、忘れない。
 「ブルーは優しい人だった」と。
 顔にかかるほど激しい「お漏らし」、上掛けどころか、ブルーの服まで濡れたのに。
 あの後、係が着替えさせるのを、泣きじゃくりながら見ていたのに。
(…あんなに優しかったブルーを…)
 こいつが殺した、とギリギリと締めるキースの首。
 ママもブルーも優しかったと、大切な人たちを殺した男、と。
 ジョミーまで同じ目に遭わせはしないと、その前にぼくが殺してやる、と。
 カリナもブルーも、誰よりも優しかったから。
 幼かった自分が「お漏らし」したって、二人とも怒りはしなかったから…。

 

        優しかった人・了

※いや、トォニィに「優しい人だった」と、言われるようなブルーでしたっけ、と。
 こっちの方が自然だよな、と浮かんで来たのが「お漏らし」事件。青の間に行ったならね!



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「捕まるな、ジョミー!」
 記憶を手放すな、とジョミーの前に降って現れたイケメン。まるで見覚えがないものだから…。
「君は?」
 そう尋ねたら「ブルー」と返った答え。「ソルジャー・ブルー」と。
 一方、記憶を消そうとしていた、テラズ・ナンバー・ファイブというヤツ。そっちは怒り心頭な様子、「消えなさい」と喚いているけれど。
「お前は邪魔です、消えなさい!」
「離れるなよ!」
 そう叫ぶなり攻撃を始めたのがブルー、ジョミーにはついていけない速度で。なんかスゲエ、と見ている間に…。
「あぁぁぁぁーっ!!!」
 その声を最後にズッコケていったテラズ・ナンバー・ファイブ、姿が消えたと思ったら。
「…やりすぎた…。脱出するぞ、ジョミー!」
「え?」
 なんだって、と訊き返したら…。
「想定外だ。ウッカリ気合を入れ過ぎたらしい。それじゃ!」
 後はよろしく、とブルーも消滅、気付けば前に迫っていた壁。もうぶつかるという勢いで。よく考えたら、アンダーグラウンド・コースターに乗っていたわけだから、たまらない。
「うわぁぁぁーーーっ!!!」
 さっき誰かも似たような声を上げていたよね、と思う間もなく突っ込んでいって…。


「う、うう…」
 アレが成人検査なのか、と取り戻した意識。壊れてしまったコースターの乗り物。
 どうにもヤバイ気配だからして、行くアテもなくトボトボと。あのブルーは夢の人だった、と。何度も夢で見ていた人間、けれども何が「やりすぎ」で「想定外」なのか。
 よく分からない、と歩いている間に、ナキネズミを見付けてケースを触ろうとしたら…。
 パリンと割れてしまったのがケースのガラスで、中から飛び出したナキネズミ。
(宇宙の珍獣…)
 まあ、儲けたと思っておくか、と抱き締めていると、「ジョミー・マーキス・シン」という声。
 振り返ったら物騒な男どもの集団、「君を不適格者として処分する」と。
 いきなり処分と言われても困る、銃をこっちに向けられても。
「不適格者って…。処分って、なんだよ!!!」
 殺す気かよ、と叫んだ所で、男たちの方の動きが変わった。「それは本当か!?」と、なんだか慌てている感じ。銃を向けたままで、あちこち連絡を取りまくった末に…。
「…すみませんでした。失礼しました」
 そう詫びるなり銃は仕舞われ、妙に低姿勢な男たち。「上からの命令でしたんで」と。


「え? ええ…?」
 どうなってるんだ、とキョロキョロしていたら、現れたのが一人の青年。
『お待たせしました、ジョミー。…リオと言います』
 はじめまして、と挨拶された。ついでにリオは、物騒すぎた武装集団を一瞥すると、「行け」とばかりに顎をしゃくった。「さっさと消えろ」と、「仕事して来い」と。
「…仕事? それに君、言葉が…?」
 喋れないのか、と訊いたら「はい」という返事。なんでもリオはミュウだとか。
『これは思念波です。…そして、この星は我々ミュウが制圧しました』
「制圧!?」
『はい。…お恥ずかしい話ですが…。ソルジャーが、ちょっとやり過ぎまして…』
 久しぶり過ぎて力加減を間違えたそうです、と説明された。テラズ・ナンバー・ファイブを脅すつもりが、思い切り破壊したらしい。木っ端微塵に。
「破壊したぁ!?」
『そうなんです。…なので、このアルテメシアは今日からミュウの勢力下に…』
 というわけですから、今日からよろしく、と小型艇で出掛けてゆくことになった。ミュウたちは計算を間違えたらしい。ソルジャー・ブルーの後継者として自分を迎え入れるつもりが…。
(…現役の間に倒しちゃったわけね…)
 ソルジャー・ブルーがテラズ・ナンバー・ファイブとやらを、と零れた溜息。
 こんな調子で大丈夫だろうか、自分の未来。ウッカリと敵を片付けるような、強烈すぎる人物の後継者などで。


 ガクブルしながら連れて行かれた船、シャングリラ。さながら巨大な白い鯨で、大勢のミュウが乗っている母船。
 よく分からない、と着いた格納庫では、横断幕が待っていた。「シャングリラにようこそ」と。
 偉そうな面子が並んでいる上、進み出たのがガタイのいいオッサン。
「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン。…私はこのシャングリラの船長、ハーレイ」
 我々は、ソルジャー・ブルーが選んだ新しい仲間を、心から歓迎する。
 そんな具合で、本当に歓迎されてしまった船。「凄いミュウなんだって!?」と。まるで自覚が無いというのに、「凄い」ということになっていた。
(…この星は、ミュウが制圧したって言ってたし…)
 逆らったらマジでヤバイよね、と粛々として従った。ウッカリ者らしいソルジャー・ブルーに、後継者なのだと皆に紹介されても。サイオンとやらの猛特訓に駆り出されても。
 そうこうする内に、なんとか身についた「凄い」という前評判だったサイオン。
 これで立派に後継者だって出来たから、とソルジャー・ブルーが言い出したのが…。


「地球へ向かうですって!?」
 本気ですか、と焦ったけれども、ソルジャー・ブルーも、船の仲間もマジだった。知らない間に出来ていたのが協力者。地球の座標を引き出す過程で、世話になったのが縁とやらで。
「…はじめまして、セキです。こちらは息子のシロエ、皆さんと同じミュウだとか…」
 私は前はサイオニック研究所におりまして…、と出て来たオッサン、ミスター・セキ。やたらと恰幅のいい人だけれど、頭の方も切れるらしくて。
 彼が言うには、地球に向かう前に落とすべき拠点がE-1077というヤツ。教育ステーションだけれども、並みの場所ではないらしい。エリート育成用だからして、落とせばお得。
「なるほどね…。若くて優秀な人材が山ほど手に入るのか」
 それは是非とも頂かなくては、とブルーは乗り気で、ミスター・セキの一家も仲間に加えて船は宇宙へ飛び立った。目指すは地球。


 母なる地球へと向かう前にと、まずはE-1077。
 あっさりサックリ陥落したわけで、人材ゲットに入って行ったら、ミスター・セキと幼い息子がサクサク調べたメモリーバンク。
「隠し部屋があると?」
 そんなものが…、と首を捻ったブルー。なんでまた、と。
 けれども隠し部屋と聞いたら、お宝の匂いがプンプンするもの。「行ってきたまえ」と言われてしまって、シロエをお供に出掛けた先がフロア001だった。
「……これは……」
 シャングリラの女神、フィシスそっくりの女性の標本がズラリズラズラ。それとセットで男性がズラリ、その中の一つは生きているようで。
「えっと…。これ、あと少しで此処から出せるみたいだよ」
 三日ほどかな、とシロエがデータを眺めて言うから、急いで取って返した船。とにかくブルーの指示を仰ごうと。
 そうしたら…。


(…フィシスって、実はミュウじゃなくって…)
 機械が無から創ったんだ、と知ってしまった凄すぎる秘密。自分もシロエも、「黙っていろ」と緘口令を敷かれてしまった。ブルー直々に、「これは極秘だ」と。
 その上、ブルーが「行ってくる」と出掛けたフロア001。
 何をするのかと訝しんでいたら、三日後に「待たせた」とブルーが連れて来たのが、謎の少年。何処かで見たような顔だけれど、とガン見していると…。
「よろしく。…キース・アニアンだ」
 君より数ヶ月くらい年下だと思う、と自己紹介をやった少年。はて、と眺めて…。
「あーーーっ!!!」
 フロア001で見たアレじゃないか、と気が付いた。長かった黒髪をバッサリ切っていたから、印象が違って見えただけ。要はフィシスとセットだった彼で…。
「ジョミー、キースもミュウなんだ。…そういうことにしておいてくれ」
 ちゃんとサイオンを持っているから、とブルーの解説。確かにキースはミュウだった。シロエと同じに思念波も使うし、文句なしにミュウ。


(…だけど、アレって…)
 最初はミュウとは違ったんじゃあ…、と思うけれども、ブルーが正義。そういう船だし、疑問を持つだけ無駄というもの。この際、ミュウでいいだろう。
(…何か秘訣があるんだよね?)
 ただの人間をミュウにする方法、と考えながらも受け入れた現実。機械が無から創ったらしい、未来の超絶エリート候補。それがキースで、ミュウは物凄い人材をゲットしたわけで…。
「…キースは実に使えるねえ…」
 力技は君で、頭脳はキースで安心だね、と御満悦なのがソルジャー・ブルー。
 おまけにミスター・セキとシロエもいるから、地球を目指して、行け行けゴーゴー。
 「次はあそこだ」「その次はアレだ」と落としまくった人類の拠点、首都惑星ノアも戦わずして落ちる有様。無条件降伏と言うかもしれない。
 幾多の船を従えて宇宙を行くシャングリラは、とっくに無敵艦隊だから。
 「シャングリラが来る」と耳にしただけで、人類軍も国家騎士団も逃げてゆくから。


 そんなこんなで辿り着いた地球、残念なことに青い星ではなかったオチで。
「…いったい何の冗談なんだい?」
 こんなモノのために戦い続けて来ただなんて、とソルジャー・ブルーに言われても…。
「えっとですね…。ぼくもキースも、こんなモノのために…」
「…戦い続けて来たのだと思うが、違うだろうか?」
 それも巻き込まれてしまったわけで、とキースが見事に纏めてくれた。流石はエリート、それも機械が無から創った「ド」のつく秀才、いや天才。
 シロエもコクコク頷いているし、巻き込まれたのは誰もが同じ。
 そうは言っても、せっかく此処まで来たのだし…。
「…グランド・マザーは始末しますか?」
 やっときますか、とブルーに訊いたら、「やっておきたまえ」と鷹揚な返事。「地球は青い」と今日まで騙して来たのだからして、相応の報いを与えて来い、と。
 キースが言うには、宇宙に広がるマザー・ネットワークの破壊も必要。そっちはシロエと二人で片を付けておくから、もう遠慮なくやって来い、ということだから…。


「ぼくの人生、よくもメチャクチャにしやがってーーーっ!!!」
 気が付いたらミュウでソルジャー候補で、未だに候補のままなんだよーっ! と私怨を抱えて、殴り込みをかけた地球の地の底。
 怒りのパワーは半端ないから、もう一撃でブチ壊したのがグランド・マザー。
(…あれ?)
 もっと時間をかけてネチネチいたぶってやるつもりが…、と呆然となってしまった瓦礫の山。
 グランド・マザーは壊れてしまって、もうこれ以上は壊せないから。ウンともスンとも言わないガラクタ、ただのスクラップになっていたから。
(…ついウッカリ…)
 勢いだけでやってしまった、とタラリ冷汗、その瞬間に気が付いた。前に誰かが同じことをと、ぼくと同じについウッカリ、と。
(……ソルジャー・ブルー……)
 あの人がテラズ・ナンバー・ファイブを相手についウッカリ、と気付いたオチ。
 それでは自分も同じだったかと、「ついウッカリ」はミュウのお家芸だったのか、と。


(……ついウッカリで……)
 ラスボスを倒すのがミュウの伝統、知らない間に自分も染まっていたらしい。ミュウたちの船で暮らす間に、「ついウッカリ」なソルジャー・ブルーの後継者として頑張る内に。
(…なんか、色々、情けなさすぎ…)
 あんまりだよーーーっ!!! と怒鳴ったはずみに、爆発したのがサイオンで…。
「……本当にすみませんでした……」
 地球には当分、誰も近付けそうにないです、と謝る羽目に陥った。
 何も棲めない死の星だった地球は、今や火の星だったから。もうバキバキとあちこち地割れで、火山も噴火しまくりだから。
「…仕方ないだろう。もう、ぼくたちに出来ることは何も無い」
 百八十度回頭、とブルーが命じて、シャングリラは地球を後にした。手の付けようもない状態になったけれども、運が良ければ…。
「落ち込むな、ジョミー。ぼくとシロエの計算では…」
 いずれは昔のような青い地球に戻る可能性もゼロじゃない、と慰めてくれたのがキース。それに望みをかけることしか出来ないだろう。…今となっては。


(…ぼくが一番、酷かったわけ…?)
 ついウッカリが、と泣けるけれども、「ついウッカリ」は、お家芸だから。
 ブルーが「君には話しておこうかな」と思念でコッソリ、それを聞いたら、フィシスがミュウに変化したのも「ついウッカリ」だったらしいから。
(…フィシスの地球が見たい、と思って通い続けて、ガン見で…)
 ついウッカリと「この子が欲しい」と考えたらミュウになっていた次第。
 同じ手を使ってキースもミュウにしたというわけで、「ついウッカリ」は最強だった。
(…それで地球までブッ壊したわけね…)
 ついウッカリと、このぼくが…、と嘆くしかない破壊力。まさかの地球をウッカリ破壊。
 けれども地球には行って来たから、このまま行くしかないだろう。
 宇宙はすっかりミュウのものだし、グランド・マザーもマザー・システムも、とっくの昔に…。
(ついウッカリと壊しましたよ…!)
 ミュウの伝統でお家芸ですから、と開き直りのソルジャー候補。
 そう、あまりにも早く地球に行ったから、未だにソルジャー候補のまま。ソルジャー・ブルーも健在なままで、シャングリラは今日も旅してゆく。
 地球を後にして、ジョミーを乗せて。キースもシロエも、みんな纏めて乗っけたままで。
 「ついウッカリ」なミュウの母船だから。
 ついついウッカリ地球まで壊した、そんなジョミーが乗る船だから…。

 

         勢いで地球へ・了

※テラズ・ナンバー・ファイブ戦のブルーは元気すぎたよな、と思い返していたアニテラ。
 「1話の感想はそれに尽きる」と。…そしたらこういうネタになったオチ、勢いで地球へ。





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(えーっと…?)
 ぼくの席は、とジョミーが見回したブリッジの中。そう、シャングリラの。
 ソルジャー候補に指名された後、アッと言う間に出来上がって来たのがマントもセットになった制服。それは御大層で、何処から見たってブルーとお揃い。色違いで。
 名実ともに立派なソルジャー候補だからして、今日、お披露目と相成った。
 ブルーはベッドで伏せっているから、キャプテン・ハーレイの先導で。
 広いシャングリラの中をあちこち回って、行く先々で浴びた厳しい視線。「あいつが悪い」と。
 ソルジャー・ブルーが瀕死の状態なのも、先日食らった人類軍の攻撃だって。
 それは反論出来ないのだから、忍の一字で耐え忍んだ。「仕方ないや」と。
 冷たい視線や思念にも耐えて、もう文字通りに「お詫び行脚」といった様相。お披露目どころか「お詫び行脚」で、土下座しなくて済んだというのが不思議なくらい。
 だから何度もハーレイに「よく分かったか」と念を押された。
 「二度と同じ轍を踏んではならん」と、「考えて行動するように」と。
 そういう「お詫び行脚」なお披露目、フィナーレを飾るのがブリッジなる場所。
 シャングリラの心臓部とも言える場所だし、足を踏み入れるのは今日が初めて。公園からなら、何度も見上げていたけれど。
 キムと喧嘩になった時にも、公園の端にブリッジは浮いていたのだけれど。


 なんとも奇妙な構造のブリッジ、「方舟」という通称らしい。公園の上に浮いているから。
 方舟、すなわち箱舟とも言う。
 キャプテン・ハーレイが纏めている場所、ゼル機関長やブラウ航海長も詰める重要な所。此処で全ての指揮を執るから、部外者は当然、立ち入り禁止。たとえソルジャー候補でも。
 ようやっと「お披露目」、これで今日からブリッジにも出入り自由になる。
 それだけに、密かに期待していた。「ブリッジの面子は優しいだろう」と。
 何故なら自分はソルジャー候補で、お披露目が済めば、そこそこの地位。…多分。
 「お詫び行脚」で回った所の仲間たちはカンカンだったけれども、ブリッジクルーならば事情は違う。食堂だとか、農場だとか、そういった部署とは違うから。
 シャングリラの航行から防御に攻撃、全部を一手に引き受けるのがブリッジなる場所。其処での叩き上げとなったら、きっと冷静なエリートばかり。感情で動きはしないだろうから。
(…でも…)
 なんだか違う、と感じたブリッジ。
 ソルジャー候補の自分が姿を見せたというのに、「どうぞ」と勧められない椅子。
 只今、ソルジャー・ブルーは不在なのだし、彼のための席に座らせてくれても良さそうなのに。
 朝から散々「お詫び行脚」で、流石に疲れて来ているのに…。


 ちょっとくらい、と見回してみても、誰も「どうぞ」と言ってくれない。
 「ソルジャーの席は此処ですから」とも言ってくれない、誰一人として。操舵士以外は、全員、椅子に座っているのに。
 キャプテンの席らしい場所だけが空席、他はガッツリ満員御礼。
(…どうなってるわけ?)
 座りたいのに、と思いながらも我慢した。お披露目が済めばきっと座れるだろうと。
 なのに…。
「というわけだ、ジョミー。…明日からはマメに通うように」
 皆にも顔を覚えて貰わないと、締め括ったのがキャプテン・ハーレイ、それでおしまい。説明を終えた彼まで座った、空いていた席に。予想通りのキャプテンの席に。
(…ぼくの席は?)
 なんで無いわけ、と周りをキョロキョロ、もしかして、これは苛めだろうか?
 なまじエリートが集う場所だけに、苛めも捻って来たのだろうか?
 冷たい視線やヒソヒソ思念でいびる代わりに、「アンタの席はありませんよ」という苛め。
 頭を冷やして来やがれだとか、「顔を洗って出直せや、ボケ!」と。
 そんな罵声を浴びせられるより、この方がよほど堪えるから。…自分の居場所が無いという方がキツイに決まっているのだから。


(そういうことかあ…)
 お詫び百回というわけね、と遅まきながら理解した。
 きっと彼らが許さない限り、自分の席は無いのだろう。今日も、これから先だって。
 何度ブリッジに通って来たって、華麗にスルーされるのだろう。
 いくらソルジャー候補でも。…お披露目も済んで、赤いマントや白い上着を纏っていても。
(…けっこうヒドイ…)
 エリートだけに容赦ないや、と思うけれども、自業自得というものだから。
 勝手に船から出て行った上に、ソルジャー・ブルーを瀕死の状態に追い込み、このシャングリラだって派手に爆撃されてメチャクチャ。
 何もかも自分がやったことだし、こういう苛めも充分、有り得る。
 お詫び百回、あるいは千回。
 ブリッジクルーが、キャプテンが、それに機関長たちが自分を許してくれない限りは…。
(…ずっと席は無し…)
 分かりましたよ、と背中で泣いて、肩を落としてブリッジを出た。「すみませんでした」と。
 「明日からきちんと通って来ます」と、「色々教えて下さい」と。


 そんな次第で、翌日から真面目に通うことにした。
 船の心臓部たる大事なブリッジ、其処で総スカンを食らい続けては堪らないから。
 これがブルーの耳に入れば、きっと叱られるだろうから。「君の反省が足りないからだ」と。
 だから毎日通っているのに、せっせと顔を出し続けるのに…。
(…今日も「どうぞ」って言ってくれない…)
 駄目だ、と俯くしかない状態。今日も今日とて立ちっ放しで、ただ見学しか無いのだろう。誰も教えてくれないから。「習うより慣れろ」らしいから。
(…此処も針の筵…)
 何処もキツイよ、と涙ぐんでいたら、立ち上がったのがハロルドで。
(あそこ、譲ってくれるわけ?)
 ひょっとしたら、と嬉しくなった。ソルジャー・ブルーの席でなくても、この際、無いよりマシだから。コアブリッジと呼ばれる部分の席でなくても、無いよりはマシ。
 そう、ソルジャー・ブルーの席というのは…。
(…ヤエかキムかが座ってるトコ…)
 どっちかなんだ、と分かっている。ブリッジの中央、キャプテンなどの席がある円形の場所。
 其処に設けられたシートのどれかが、ソルジャー・ブルーの席というヤツ。
 今は苛めで別の誰かが座って封鎖で、ヤエかキムかが「余計な面子」。
 残念なことに、ハロルドの席はコアブリッジではないけれど…。


(譲ってくれる人が出て来ただけマシ…)
 雰囲気がちょっと和らぐよね、と考えたのに。「どうぞ」の言葉を待ち受けたのに。
「…すみません。高野山に行って来ます」
「ああ、分かった」
 それがハロルドとキャプテンの会話、姿を消してしまったハロルド。彼の持ち場は空席のまま。
(…コウヤサン?)
 なんだそれ、と不思議だけれども、きっと教えて貰えない。現に説明は無いわけだから。
(こうやさん…???)
 聞いたこともない言葉だよね、と悩む間に戻ったハロルド。元の席へとストンと座って、綺麗に無視を食らってしまった。立ち上がった時と同じように。
(やっぱり駄目かあ…)
 そう簡単にいくわけないか、と心底ガッカリ、おまけに謎の言葉も増えた。「コウヤサン」と。
 次の日からも椅子は貰えないままで、突っ立っていると、たまに聞こえる「コウヤサン」。
 「行って来ます」と立ってゆく面々、シドが行った時は操舵を別の者が代わった。
 きっと重大な何かだろうと予想はついても、分からない場所が「コウヤサン」。
 なんとも謎だ、と思い続けて、椅子無しの日々も続いていって…。


 ある日、同じに立ちっ放しでブリッジにいたら、急に行きたくなったのがトイレ。
(…ヤバイ、ジュースを飲み過ぎたかな…)
 訓練の後に喉が渇いたから、食堂でガブ飲みして来たジュース。それの報いがトイレなわけで、さりとて離れられないブリッジ。来てから半時間も経っていないわけだし、まだ帰れない。
(帰ったら、心象最悪だよね…)
 此処で行くしかないだろう。誰もトイレに立たないけれども、逃げるよりかはマシなのだから。
 でも…。
(…何処がトイレなわけ?)
 困った、と其処で躓いた。ブリッジに詰めて長いというのに、教わっていないトイレの場所。
 今日まで誰も行っていないし、「習うより慣れろ」も役に立たない。
(…それっぽい場所が無いんだけど…)
 どう見回しても見当たらないのが個室へのドアで、トイレの扉。
 そうこうする間も迫り来る危機、真面目にトイレがピンチだから。もう行きたくて堪らない上、誰も助けてくれないから。
(…どうせ、無視されまくりなんだし…)
 今でも苛められてるんだし、と腹を括った。訊くは一時の恥と言うから、もうヤケクソで。
 恥の上塗りになってしまおうが、トイレに間に合わないよりはマシ、と。


 どうとでもなれ、と叫んだ一声。もう思い切り、腹を括って大声で。
「トイレ、行きたいんだけど!!」
 途端に凍り付いたブリッジ、誰もが「えっ」と目を剥いた。「なんということを」という顔で。
「ジョミー、それは…」
 いけません、とエラが眉を顰めるけれども、問答している暇は無いから。
「トイレだってば、何処にあるわけ!?」
 もう持たないよ、と絶叫したら、「仕方ないな…」と立ち上がったのがハーレイで。
「来たまえ、ジョミー。…こっちだ」
 これもキャプテンの仕事だろう、と連れてゆかれたブリッジの外。通路を少し進んだ所で、顎で促された扉が一つ。「入って右が男性用だ」と。
「ありがとう、キャプテン!!」
 真面目にピンチ、と走り込んだトイレ、すっきりしてから「フウ…」と通路に出て来たら。
「…ジョミー。あれだけブリッジに通っていたのに、何も学ばなかったのか?」
 まったく、と腕を組んでいるのがハーレイ、眉間の皺がバッチリ深め。
「え、えっと…? トイレが此処にあることとか…?」
 すみません、と頭を下げたら、「それだけじゃない!」と叱られた。
「何がトイレだ、場を弁えろ!!」
 高野山と言え、と睨んだハーレイ、いや、キャプテン。謎の「コウヤサン」は、どうもトイレのことらしい。どうしてトイレが高野山なのか、まるで全く分からないけれど。


 「夜に私の部屋まで来るように」と言い渡されたのが通路でのことで、ハーレイと戻って行ったブリッジは、文字通りに雰囲気最悪だった。「信じられない」と。
 あっちでヒソヒソ、こっちでコソコソ、飛び交う思念とチラチラ目線。
 「神聖なブリッジでトイレだなんて」と、「高野山も知らなかったのか」と。
(…なんでトイレが高野山なわけ?)
 それにトイレが無いってどうして、と思うけれども、言う度胸ゼロ。
 此処はシャングリラの心臓なのだし、トイレがあっても良さそうなのに。むしろ無い方が変だと思うし、トイレの度に外に出るのは非効率的だと思うのに。
(…真面目に謎だよ…)
 なんか色々、とグルグル悩み続けて、なんとか終えた本日のブリッジ。立ちっ放しの刑のこと。
 トイレ騒ぎで、また一歩、椅子が遠のいた。…ソルジャー・ブルーの席に座れる日が。
(ヤエかキムかの、どっちかの席…)
 その辺なんだと思うけどな、と考えたって仕方ない。「どうぞ」と言ってくれない内は。
 トイレの件で更にイメージ悪化で、きっと当分、座れはしない。
 口うるさいエラはカンカンだったし、ブリッジクルーも露骨に呆れていたのだから。


(……ぼくの印象、最悪だよ……)
 今日までに稼いだポイントはパアで、またゼロからのやり直し。下手をしたなら、ゼロより下のマイナスからになるだろう。
 キャプテンの部屋に呼び出しなのだし、マイナスかも…、と項垂れながら訪ねた部屋。扉の横のチャイムを押したら、「入れ」と声が返ったから…。
「昼間はすみませんでした…!」
 とにかく詫びろ、と入るなり謝罪、「ごめんなさい」を連呼しまくった。泣きの涙で押した方がいいと考えたから。まだ駆け出しのソルジャー候補、とアピールするのが良さそうだから。
 作戦は上手くいったらしくて、「座りたまえ」と勧められた椅子。此処は座ってもいいらしい。
 助かった、と腰を下ろしたら、「いいか、ブリッジはシャングリラの顔だ」と見据えられた。
「あそこが船の中枢だ。イメージは守らねばならん」
「…え?」
 イメージって、とキョトンとしたのだけれども、ハーレイは真顔。
「…イメージだ。船の顔であるカッコイイ場所、そんな所にトイレは作れん」
 だからブリッジにトイレなど無い、というのが解説、ブリッジクルーもトイレに立たないという話。誰一人トイレに行きはしないし、ブリッジにトイレは存在しない。
 船の仲間たちの憧れの職場、ブリッジクルーがトイレの代わりに行く場所は…。
「……こうやさん……?」
 それって何、と訊き返したら、「高野山だ」という返事。遠い昔の地球の島国、日本で使われたトイレを指す言葉。ブリッジクルーだけが使う言葉で、他の仲間は意味を知らない、と。


「…そ、そんな…」
 そこまでなわけ、とポカンと瞳を見開いていたら、「当然だろう」と答えたハーレイ。
 同じ理屈で、ソルジャーの席もブリッジには存在しないのだ、と。
「よく聞け、ジョミー。…ブリッジですらも、トイレは無いという扱いだ」
 船の顔のブリッジにトイレが無いなら、船を導くソルジャーともなれば尚更だろう。
 高野山という言葉を使っていたって、ブリッジクルーには意味が通じる。
 もしもソルジャーが「高野山に行ってくる」と席を立たれたら、どうなるか…。
 ソルジャーがトイレに行かれるなどは、有り得ない。…美形はトイレに行かないものだ。
 ブリッジにソルジャーの席が無ければ、滞在時間は当然、短い。
 …今日の君のように「トイレ!」と叫んで飛び出さなくても、余裕たっぷりというわけだ。
 ソルジャーはブリッジに長居をなさらないからな、と畳み掛けられたトイレ事情。
 つまりは、やたら麗しい超絶美形な、ソルジャー・ブルーのイメージを守るためにだけ…。
「…ブリッジに席は無いっていうわけ、ソルジャー用の!?」
「そうなるな。…君の代でイメージを崩したいなら、また、その時に考えよう」
 高野山に行く度胸があるなら、ソルジャーの席を新設してもいい。
 ただし、よくよく考えるんだな、船の仲間やブリッジクルーが君のイメージをどう捉えるか。
 「ソルジャー・ブルーはトイレにも行かれなかったが、今度のソルジャーは…」と嘆く者たちも出ることだろう。…其処までは私も責任は持てん。


 いいな、と念を押されたジョミーは、船の恐ろしさを思い知った。
 言われてみれば、青の間にしても、目立たない所に隠されているのがバスルーム。あの部屋には存在しないとばかりに、青の間の奥の暗がりに。…言われなければ気付かない場所に。
(…美形はトイレに行かないんだ…)
 だからブリッジにソルジャー用の席は無くて…、と自分の部屋で折ってゆく指。
 ソルジャーはトイレに行かないどころか、ブリッジは船の顔なのだから…。
(…ブリッジクルーも、トイレなんかは行かなくて…)
 あのカッコイイ、公園の上に浮いた方舟、其処にトイレは備わっていない。
 トイレに行くならブリッジから出て、その時にトイレだと知らせるための言葉が…。
(……高野山……)
 恐ろしすぎだ、と思うけれども、船のルールは社会のルール。船だけが全てのミュウだから。
 自分の代でルールを変えたら、きっと陰口満載だから…。


(…ブリッジにソルジャーの席は無いんだ…)
 これから先も作っちゃ駄目だ、とブルッたジョミー。
 後に宇宙を流離った時に、彼がブリッジに顔を出さなかったのも無理はない。
 「美形はトイレに行かないものだ」と食らった上に、「ブリッジは船の顔だ」と、強烈な言葉。
 イメージ戦略が第一な船で、迂闊に行ったら血を見そうだから。
 そうでなくてもソルジャー専用の席は無いから、それがシャングリラの鉄則だから…。

 

        ソルジャーの席・了

※アニテラ放映当時から気になっていたのが、ブリッジにソルジャーの席が無い件。
 いったいどういう理由なんだか、と思った途端に「高野山」。美形にトイレは不要だとか。





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(すまない、って言ったよね…?)
 確かに言った、とジョミーが捉えたソルジャー・ブルーの言葉尻。
 あの時、ぼくは聞いたんだから、と。
 アルテメシアの遥か上空、其処から落下して行ったブルー。力が尽きて、意識を失くして。
 けれど意識が消えるよりも前に、彼が自分に残した言葉。思念と呼ぶのが正しいけれど。
「ジョミー、すまない…。君を選んで…」
 心から…すまなく…思って…いる…。
 そう言い残して落ちて行ったのがブルー、懸命に追い掛けて彼を救った。
 服が燃えるのもかまわずに。なんとか彼を助けなければと、「ソルジャー、生きて!」と。
 頑張った甲斐はあったけれども、ブルーの命は救えたけれど…。
(…針の筵で、四面楚歌で…)
 此処の居心地、真面目に最悪、と愚痴りたい気分。
 自業自得だからと諦めていても、やっぱり零れてしまう溜息、毎日が辛くてたまらない。
 おまけにソルジャー候補とやらで、サイオンの訓練メニューがガンガン。長老たちのシゴキが半端ない日々、過労死しそうな雰囲気の船、シャングリラ。
 いくら頑張っても、残業手当も出ないから。居残り上等、もっと頑張れとしごかれるから。
 ブラック企業も真っ青な勢い、かてて加えて…。
(…ヤケ食いしたくても、何も無いんだよ…!)
 せめてヤケ食い出来たならば、と溢れる涙。アタラクシアの家にいた頃だったら、ヤケ食いは当たり前だったから。
 学校で教師に叱られた時は、食べて食べまくっていたものだから。
(ポテトチップスに、ハンバーガーに…)
 なんで無いわけ、と怒鳴りたい船がシャングリラ。
 それっぽいブツはあるのだけれども、何処から見たってパチモノばかり。同じポテチでもこうも違うかと、ハンバーガーはこうじゃないんだ、と。


 ヤケ食いだって出来やしない、と今夜も怒っていたけれど。
 ベッドの上で膝を抱えて、昔だったら食べまくれた物を思い出しては、今の自分の境遇を嘆いていたのだけれど…。
(心からすまなく思ってるんなら…)
 ちょっと何とかして欲しいよね、と逸れた矛先。
 なんと言ってもソルジャー・ブルーは、ソルジャーだから。船で一番偉いのだから。
(ヤケ食い用のポテチくらいは…)
 用立ててくれてもいいじゃないか、という気がして来た。このシャングリラにはパチモノが溢れているのだけれども、船の外なら本物のポテチがある世界。アタラクシアも、エネルゲイアも。
(リオが普通に自転車で走っていたんだし…)
 この船の制服でもなかったし、とアタラクシアに帰った日の光景が鮮明に蘇る。
 ダテ眼鏡までかけていたのがリオだし、チャリンコだって持っていた。つまりは船の外の世界で色々調達できるということ。
(眼鏡とか、自転車に比べたら…)
 ポテチくらいは楽勝だよね、と考えてみるポテトチップスの値段。眼鏡一つで幾つ買えるか、自転車だったら、どのくらい…、と。
(きっと山ほど…)
 ベッドの上にドッサリ並べられそうなポテチ。自転車一台分の値段で、眼鏡一つの分の値段で。
 ハンバーガーだって買えるだろうし、他にも色々手に入る筈。
 実際、自転車はあったのだから。リオのダテ眼鏡も、普通の服も、靴も。
(ああいう予算を決めているのも…)
 ソルジャー・ブルーに違いない。今回の作戦用にこれだけ、と決めて渡すのだろう小遣い。予算と呼ぶかもしれないけれど。
 だったら、自分もちょっぴり優遇して欲しい。
 なにしろソルジャー候補なのだし、連れて来たのもソルジャー・ブルーなのだから。
 心からすまなく思っているなら、ヤケ食い用に予算ちょっぴり、ポテチに、それに…。


 ハンバーガーだっていける筈だ、と思い立ったが吉日のジョミー。
 来る日も来る日も、ブラック企業な船でエライ目に遭っているから。残業手当も出ない船だし、居残り上等でシゴキ三昧の毎日だから。
「ソルジャー・ブルー!!」
 起きてますか、と突撃したのがソルジャーの部屋。いわゆる青の間、普通のミュウなら、恐れ多くて入れない部屋。其処へドカドカ踏み込んで行って、スロープも一気に駆け上って。
「…ジョミー?」
 どうしたんだい、とベッドに寝ていたブルーが目を開けたものだから…。
「お小遣い、出して欲しいんだけど!」
「…お小遣い?」
 オウム返しに訊き返したブルー、怪訝そうな顔に向かって言い放った。
「言ったよね、すまなく思っているって!!」
「…は?」
 寝起きだからか、イマイチ分かっていないらしいブルー。確かに「すまない」と言ったくせに。
「だーかーらー! ブルー、言ったと思うんだけど!」
 心からすまなく思っている、と言った筈だ、と繰り返したら。
「ああ、あの時…。それで?」
 どうお小遣いに繋がるんだい、と物分かりが悪いのがソルジャー・ブルー。こんなブラック企業の船に、自分が連れて来たくせに。
「お小遣いだよ、ぼくの分の!」
 ビタ一文だって貰っていない、とブチまけた。来る日も来る日も苦労ばかりで、残業だって当たり前だと。なのに残業手当は出ないし、居残ったってタダ働きだ、と。


「…なるほどね…。ぼくが連れて来たせいで、そうなったと…」
 すまなく思っているのだったら、お小遣いをくれということなのか、と理解したらしい、船で一番偉い人。予算を出せと言うことか、と。
「そうだよ! 今のままだと、ヤケ食いだって出来ないんだから!」
 ポテチも、それにハンバーガーも、と叫んだら。
「…どちらも船にあると思うが?」
「この船のヤツは、ぼくから見たらパチモノだから!」
 なんちゃってポテチでハンバーガーだ、と怒鳴ってやった。本物のポテチはもっと美味しいと、人類の世界のハンバーガー最高と、ホットドッグもピザも外の世界のヤツに限ると。
「すまない…。船ではあれが限界で…」
 君は知らないかもしれないが…。この船では酒も合成なんだよ、だからどうしても…。
 味が落ちるのは仕方ない、と言って貰っても納得出来ない。リオはダテ眼鏡をかけていた上、自転車にだって乗っていたから。普通の服も着ていたから。
「やればなんとか出来る筈だよ!」
 ソルジャー候補のお小遣いくらい、と食い下がってゴネて、頑張って…。
「…分かった。いくら欲しい?」
「えーっと…。家にいた時のお小遣いがアレだから…」
 働いてる分と残業代と…、と破格の金額を請求した。家にいた頃なら一年分に相当する額、それが一ヶ月分のお小遣い、と。
 ソルジャー候補なら危険手当もつくのだろうし、他にも色々、と思い付く限り。
 危険物取扱者に爆発物処理資格はまだいいとしても、勢いに乗って、フグの調理師免許まで。
「……フグねえ……」
 まあ、危険ではあるだろう、と重々しく頷いたソルジャー・ブルー。
 それなら予算を出してやるから、お小遣いの額に相応しい働きをしてくれたまえ、と。


 かくしてジョミーは凄い予算を勝ち取った。
 教育ステーションを卒業したての新人だったら、貰える筈もない額を。下手をしたなら、もう少し後に出会うキースの初任給より高かったかもしれないお小遣いを。
(これから毎月…)
 こんなに沢山貰えるわけで、とホクホクのジョミー。
 読みの通りに、ソルジャー・ブルーは船の金庫を握っていたから。青の間の奥にドッサリ置いてあった現ナマ、そこから束で貰えたから。
(もう明日からは…)
 好きなだけポテチ食べ放題で、ハンバーガーにピザにホットドッグ、とスキップしながら青の間を後にしたジョミー。
 「頑張ります」とブルーに約束をして。「一筆入れろ」と睨まれたから、サインもして。
 明日からヤケ食いし放題だし、サインくらいはお安い御用。
(どんなにシゴキが凄くったって…)
 残業に居残り上等だって、と弾む足取り、本物のポテチが待っているから。ハンバーガーだって食べられるわけで、これだけあったら食べ放題の日々だから。
 けれど…。


(…フグの調理師免許を取りたいと…)
 他のはともかく、フグを何処から調達しようか、とソルジャー・ブルーが浮かべている笑み。
 シャングリラにフグはいないわけだし、誰かを派遣しなければ、と。
 市場までフグを買いに行くために、シャングリラの外の世界まで。人類が暮らす育英都市へ。
(…ジョミーの頭は、そこまで回っていなかったしね?)
 本物のポテチを買いに行けるのはいつのことやら、とクスクスと笑うソルジャー・ブルーは、ダテに長生きしていなかった。
 予算はサラッと出したけれども、それに見合った働きに期待。
 いつかジョミーが自分の力で、ポテチやハンバーガーをサクッと買いに出掛けるくらいの腕前、瞬間移動その他を頑張るようにと。
 テラズ・ナンバー・ファイブの監視もサラッとくぐって買い食いを、と。
(危険物取扱者に、爆発物処理…)
 その辺はハードル高めだからして、まずは調理師免許から。…フグの。
 ジョミーは一筆入れて行ったし、この先は文句は言わせない。爆発物処理も、他の訓練だって。
(心からすまなく思っているから…)
 あれだけ出してやったんだ、とソルジャー・ブルーは明日の朝イチでリオを呼ぶつもりだった。
 「すまないが、フグを買って来てくれたまえ」と。
 ジョミーはこれから頑張るらしいし、とにかく最初はフグなんだよ、と…。

 

        勝ち取った予算・了

※ブラック企業なシャングリラ。お小遣いを貰っても、使える場所が無いんですけど…。
 読み間違えたらしい、ジョミーの悲劇。明日からフグを捌くようです、頑張れとしか…。





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(…嘘だ…)
 どうしてこんなことに、とシロエが呆然と見詰めるもの。
 膝の上に一冊、大切なピーターパンの本。幼かった頃に両親がくれた宝物だけれど。
 今もこうして持っているけれど、問題は…。
(…パパもママも…)
 ぼくの家も、と眺めた暗い窓の外。漆黒の宇宙。瞬かない星が散らばるだけの。
 強化ガラスの窓に映った自分の顔。気付けば宇宙船の中。
 故郷の星は何処へ行ったのか、アルテメシアをいつ離れたのか。自分が育ったエネルゲイアも、後にしたという記憶が無い。
 気付けば船の中にいただけ。他の子供たちと一緒に座って、運ばれる途中だっただけ。
 ピーターパンの本だけを持って。…他には何も持たないままで。
(…ぼくの記憶…)
 忘れなさい、と命じた機械。「捨てなさい」と冷たく言い放った機械。
 テラズ・ナンバー・ファイブと名乗った異形のコンピューター。
 それが何もかも奪ってしまった、大切なものを。
 目覚めの日までの人生の全て、子供時代の何もかもを。
(思い出せないよ…)
 何度試みても、何度挑んでも。
 掴もうと何度探ってみたって、まるで取り戻せない沢山の記憶。
 大好きだった両親の顔も、育った家も。
 自分の家が何処にあったか、そんな基本のことでさえも。


 何もかも全部奪われたんだ、と見詰めるピーターパンの本。
 「ぼくにはこれしか残らなかった」と、「全部失くした」と。
 ぱらりとページをめくってみたって、戻っては来ない失くした記憶。
 機械が奪ってしまった記憶。
(二つ目の角を右に曲がって…)
 後は朝までずうっと真っ直ぐ、そうすれば行けるネバーランド。
 行き方は本に書いてあるけれど、自分の家への帰り方は何処にも載っていなくて。
(…パパ、ママ…)
 家に帰りたいよ、と零れそうな涙を指で拭ったら。
 「食事ですよ」
 何にしますか、と笑顔で覗き込まれた。
 船の乗員らしい女性に、制服を着た若い一人に。
 肉料理がいいか、魚料理にするか。それとも肉や魚は抜きか。
「えっと…」
 今はそういう場合では、と途惑いながら顔を上げたら、微笑んだ女性。
「あらまあ…。ピーターパンの本ね、昔、読んだわ」
 にこやかに語り掛けられた。
 成人検査を終えたばかりで不安だろうと、けれども、誰でもそんなものだと。
 そして親切に見せて貰えた、「特別よ?」と。
 肉料理はこれで、魚料理はこれ。肉も魚も抜きの食事はこれになるの、と。
 「どれでもいいわよ」と言って貰えたから、「これ…」と指差したトレイの一つ。
 女性はテーブルをセットしてくれて、「どうぞ」とトレイを上に乗せてくれた。
 「本を汚さないように気を付けてね」と、「はい」と膝の上にナプキンだって。
 とても優しくしてくれた女性。
 「船にいる間は何でも言ってね」と、「困った時には呼んで頂戴」と。


 ホッと一息つけた瞬間。
 優しい人だって乗っているのだと、誰もが悪人ばかりではないと。
 悪いのは機械、記憶を奪った憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブ。
 けれど…。
(…E-1077…)
 この宇宙船が向かってゆく先。エリートを育てる最高学府。
 其処に着いたら、何もかもが変わってしまうのだろう。
 さっきの優しかった女性は、ただの客船の乗務員。エリートなどではない人種。
(…そんな人だから、優しいんだ…)
 足の引っ張り合いなどは無いし、トップ争いをする世界でもない。
 失くしてしまった父や母がいた、あの懐かしい故郷と同じ。穏やかに時が流れる世界。
(…船を降りたら…)
 きっと全く違う世界があるのだろう。
 両親や故郷の記憶さえをも、消し去ってまでも馴染むべき世界。
 毎日がエリート同士の戦い、ライバル同士で蹴り落としたり、引き摺り落としたり。
(……嫌だ……)
 そんな所には行きたくないよ、と思うけれども、決められた進路。
 機械が勝手に決めてしまって、もう引き返せはしない道。
 どんなに嫌だと泣き叫んだって、この船で泣いて暴れてみたって。
(…ネバーランドに行きたかったのに…)
 ネバーランドよりも素敵な地球へ、と今も覚えている自分の夢。
 それはすっかり狂ってしまって、気付けば独り、宇宙船の中。
 他に乗っている子供たちも皆、ぼんやりとした様子だけれど。
 言葉も交わさず、黙々と食事の最中だけれど…。
(…みんな、ライバル…)
 この船がステーションに着いたら。
 E-1077に着いて降りたら、誰もがライバル。
 其処はそういう場所だから。エリートのための教育ステーションだから。


 エリートになるより、あのまま故郷に、エネルゲイアにいたかった。
 父と母のいる家でずっと過ごして、いつかはネバーランドへも。
(ぼくの本…)
 この本だけは持って来られた、とピーターパンの本を抱き締めたけれど。
 食事の途中で抱き締めていたら、さっきの女性が通路を通って行ったけれども。
 「とても大切な本なのね?」と、「汚さないように気を付けてね」と。
 優しい言葉に「うん!」と大きく頷いたけれど、考えてみれば。
(…E-1077…)
 エリートが足を引っ張り合う場所、そんな所でピーターパンの本を大事にしていたら。
 大切に抱えて持っていたなら、いったい何を言われることか。
(きっと、馬鹿にされて…)
 この本をくれた両親のことも、嘲笑われるに違いない。
 「そんなの、子供が読む本なんだぜ」と、「見ろよ、こんなの持ってやがる」と。
 甘やかされて育ったんだと、だから子供の本なんか、と。
 とてもエリートに見えはしないと、こんな子供を育てた親も愚かな親に違いない、と。
(ぼくのパパは…)
 凄いパパだったのに、と思うけれども、思い出せない父の職業。
 研究者だったか、技術者だったか、その区別さえも。
 優しかった母も思い出せない、顔立ちも、瞳の色でさえも。
(…パパ、ママ…)
 ぼくは怖い所に連れて行かれる、と抱き締めたピーターパンの本。
 優しい人なんか誰もいなくて、怖い人ばかりに違いないよ、と。
 友達だって出来はしなくて、誰もかも、皆、ライバルばかり。
 何かと言ったら競い合いで喧嘩、そんな所に行かされるんだ、と。
(…どうしたらいいの?)
 怖いよ、と唇を噛んでみたって、降りることは出来ない宇宙船。
 エネルゲイアに帰れはしなくて、船の乗務員の優しい女性ともお別れで…。


 記憶を失くしてしまったことも悲しいけれども、これから先の自分の運命。
 それが怖くてたまらない。
 きっと自分は上手くやってはゆけないから。
 父と母が大好きで、ピーターパンの本が宝物の子は、苛められて酷い目に遭うだろうから。
 「お前なんか」と、「なんだよ、まるで子供じゃねえか」と。
 「パパとママの家に帰ったら?」だとか、「子供はとっくに寝る時間だぜ?」だとか。
 帰れるものなら帰りたいのに。
 両親の家に帰りたいのに、子供のままでいたかったのに。
(だけど、ステーションじゃ…)
 そんな子供は苛められる、と本を抱き締める間に、「食事はいいの?」と尋ねられた。
 「殆ど食べていないわよ?」と、さっきの女性に。
 「…大丈夫…。ぼく、あんまり…」
 食べたい気分にならないから、と彼女に返した食事のトレイ。
 暫く経ったら、籠を手にして来てくれた女性。
 「ほら、キャンディー」と、「後でお腹が空くだろうから、好きなだけ取って」と。
 その優しさがとても嬉しくて、「ありがとう!」と沢山貰ったキャンディー。
 ストロベリーやら、レモン味やら、他にも色々。
 包み紙を剥がして、一つ口に入れて。
(…あの人とだって、じきにお別れ…)
 そしてとっても怖い所へ、と震わせた肩。
 父と母が好きな子供は苛められる世界、ピーターパンの本が馬鹿にされる世界。
 其処へ自分は連れてゆかれると、どうすれば生きてゆけるのかと。
(パパもママもいなくて…)
 ピーターパンの本も、持っているだけで馬鹿にされて…、と震える間に閃いたこと。
 馬鹿にされるなら、そうならなければいいのだと。
 揚げ足を取られなければいいと、自分が隙さえ見せなければ、と。


(…攻撃は最大の防御だっけ…?)
 そういう言葉を何処で聞いたか、あるいは本で読んだのだろうか。
 とにかく先に攻撃すること、それが自分を守ることになる。
 E-1077が怖い場所なら、自分から打って出ればいい。
 誰も自分を襲えないよう、自分が強くなればいい。
(…ぼくの中身は弱いままでも…)
 父と母が好きで、ピーターパンの本が宝物でも、それがバレなければオールオッケー。
 噛み付かれる前にガブリと噛んだら、蹴られる前に蹴り飛ばしたら。
(…そういうヤツだ、って思われたなら…)
 誰も自分に寄って来ないし、バレるリスクが低くなる筈。
 話し掛けようとする者が減ったら、減った分だけ。
 会話の数が減っていったら、その分だけ。
(…嫌がられるヤツになればいいんだ…)
 何かといったら皮肉ばかりで、憎まれ口を叩くキャラ。
 そういう自分を作り上げたら、誰も近付いては来ない筈。
 ピーターパンの本を持っていたって、指摘されたら、「ああ、これ?」とフンと鼻で嗤って。
 「ちょっとした事故で、ぼくの持ち物になっちゃってさ」と、「捨てるのもね?」と。
 「ゴミに出すより、持っていたならプレミアがつくかもしれないから」と。
 いつか高値がついた時には、売り飛ばして儲けるんだから、と。
(君たちには真似が出来ないだろ、って…)
 持っていない物は売れないもんね、と唇に浮かべた微かな笑み。
 嫌な人間になってやろうと、攻撃は最大の防御だから、と。
(…この船を降りたら…)
 とても嫌がられる生意気なヤツになってやる、と固めた決意。
 ついでに機械にも嫌われてやると、生意気なシロエに手を焼くがいい、と。


 かくして出来上がったのが、皮肉屋で嫌味を飛ばしまくりのシロエ。
 乗って来た船を降りる時には、例の女性に「ありがとう」と御礼を言っていたのに。
 とても素直な子だったのに。
 新入生ガイダンスの時にホールにいたのは、とびきり「嫌なヤツ」だった。
「さあ、手を取り合いたまえ。共に地球を構成する仲間たちよ」
 そう促したのがガイダンスで流れた映像だったけれども、それに応えて伸ばされた手。
 隣の男子が「よろしく」と差し出した手を、「触らないでくれる?」と払いのけたシロエ。
 「君の手、なんだか汗っぽいから」と、「気持ち悪いね」と。
 それがシロエの第一声。
 周りの新入生たちはドン引き、誰も怖くて近寄れなかった。「なんてヤツだ」と。
 ガイダンスでそうやってのけたら、後は闇雲に突っ走るだけ。
 誰もに憎まれ口を叩いて、皮肉と嫌味をガンガン飛ばして。
(…ぼくに触ると…)
 火傷するって覚えておけよ、とシロエのキャラは見事に変わった。
 ただし外面、中身は今でも…。
(…パパ、ママ…)
 帰りたいよ、と部屋で抱き締める大切なピーターパンの本。
 けれども部屋から一歩出たなら嫌味MAX、誰もに喧嘩を売ってばかりの嫌なヤツ。
 攻撃は最大の防御だから、と頑張りまくって、嫌われまくり。
 それがシロエの狙いなのだし、思い切り成功しているけれど…。


(高校デビュー…)
 あれは死語だと思っていたのに、と溜息をつくマザー・イライザ。
 ミュウ因子を持つシロエを此処まで連れて来たけれど、まさか高校デビューするとは、と。
 もうちょっとばかり苦労するかと、馴染めずに泣きが入ると踏んでいたのに、と。
(…この調子だと…)
 いい感じにキースに喧嘩を売りそうだけれど、帳尻は合ってくれそうだけれど。
 もう少しばかり弱いキャラかと、まさか自分のキャラを変えるとは、と。
 溜息をつくマザー・イライザ、機械にも読めなかったこと。
 SD体制の時代に高校デビュー、それを華麗に果たしたシロエ。
 高校ではなくて教育ステーションだけれど、最高学府と名高いEー1077だけれど。
 それでも果敢に高校デビュー。
 キャラを切り替えたシロエは今日も嫌味MAX、同級生に売っている喧嘩。
 「君たちなんかと組まされた、ぼくの身にもなってよ」と。
 「足を引っ張って欲しくないね」と、寄るな触るなと嫌われ者オーラ全開で…。

 

      反逆のシロエ・了

※子供時代は可愛かったシロエ。どう転がったら、あのクソ生意気なキャラになるやら…。
 ふと思い出した言葉が「高校デビュー」、そういうことなら仕方ない、うん。





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