(すまない、って言ったよね…?)
確かに言った、とジョミーが捉えたソルジャー・ブルーの言葉尻。
あの時、ぼくは聞いたんだから、と。
アルテメシアの遥か上空、其処から落下して行ったブルー。力が尽きて、意識を失くして。
けれど意識が消えるよりも前に、彼が自分に残した言葉。思念と呼ぶのが正しいけれど。
「ジョミー、すまない…。君を選んで…」
心から…すまなく…思って…いる…。
そう言い残して落ちて行ったのがブルー、懸命に追い掛けて彼を救った。
服が燃えるのもかまわずに。なんとか彼を助けなければと、「ソルジャー、生きて!」と。
頑張った甲斐はあったけれども、ブルーの命は救えたけれど…。
(…針の筵で、四面楚歌で…)
此処の居心地、真面目に最悪、と愚痴りたい気分。
自業自得だからと諦めていても、やっぱり零れてしまう溜息、毎日が辛くてたまらない。
おまけにソルジャー候補とやらで、サイオンの訓練メニューがガンガン。長老たちのシゴキが半端ない日々、過労死しそうな雰囲気の船、シャングリラ。
いくら頑張っても、残業手当も出ないから。居残り上等、もっと頑張れとしごかれるから。
ブラック企業も真っ青な勢い、かてて加えて…。
(…ヤケ食いしたくても、何も無いんだよ…!)
せめてヤケ食い出来たならば、と溢れる涙。アタラクシアの家にいた頃だったら、ヤケ食いは当たり前だったから。
学校で教師に叱られた時は、食べて食べまくっていたものだから。
(ポテトチップスに、ハンバーガーに…)
なんで無いわけ、と怒鳴りたい船がシャングリラ。
それっぽいブツはあるのだけれども、何処から見たってパチモノばかり。同じポテチでもこうも違うかと、ハンバーガーはこうじゃないんだ、と。
ヤケ食いだって出来やしない、と今夜も怒っていたけれど。
ベッドの上で膝を抱えて、昔だったら食べまくれた物を思い出しては、今の自分の境遇を嘆いていたのだけれど…。
(心からすまなく思ってるんなら…)
ちょっと何とかして欲しいよね、と逸れた矛先。
なんと言ってもソルジャー・ブルーは、ソルジャーだから。船で一番偉いのだから。
(ヤケ食い用のポテチくらいは…)
用立ててくれてもいいじゃないか、という気がして来た。このシャングリラにはパチモノが溢れているのだけれども、船の外なら本物のポテチがある世界。アタラクシアも、エネルゲイアも。
(リオが普通に自転車で走っていたんだし…)
この船の制服でもなかったし、とアタラクシアに帰った日の光景が鮮明に蘇る。
ダテ眼鏡までかけていたのがリオだし、チャリンコだって持っていた。つまりは船の外の世界で色々調達できるということ。
(眼鏡とか、自転車に比べたら…)
ポテチくらいは楽勝だよね、と考えてみるポテトチップスの値段。眼鏡一つで幾つ買えるか、自転車だったら、どのくらい…、と。
(きっと山ほど…)
ベッドの上にドッサリ並べられそうなポテチ。自転車一台分の値段で、眼鏡一つの分の値段で。
ハンバーガーだって買えるだろうし、他にも色々手に入る筈。
実際、自転車はあったのだから。リオのダテ眼鏡も、普通の服も、靴も。
(ああいう予算を決めているのも…)
ソルジャー・ブルーに違いない。今回の作戦用にこれだけ、と決めて渡すのだろう小遣い。予算と呼ぶかもしれないけれど。
だったら、自分もちょっぴり優遇して欲しい。
なにしろソルジャー候補なのだし、連れて来たのもソルジャー・ブルーなのだから。
心からすまなく思っているなら、ヤケ食い用に予算ちょっぴり、ポテチに、それに…。
ハンバーガーだっていける筈だ、と思い立ったが吉日のジョミー。
来る日も来る日も、ブラック企業な船でエライ目に遭っているから。残業手当も出ない船だし、居残り上等でシゴキ三昧の毎日だから。
「ソルジャー・ブルー!!」
起きてますか、と突撃したのがソルジャーの部屋。いわゆる青の間、普通のミュウなら、恐れ多くて入れない部屋。其処へドカドカ踏み込んで行って、スロープも一気に駆け上って。
「…ジョミー?」
どうしたんだい、とベッドに寝ていたブルーが目を開けたものだから…。
「お小遣い、出して欲しいんだけど!」
「…お小遣い?」
オウム返しに訊き返したブルー、怪訝そうな顔に向かって言い放った。
「言ったよね、すまなく思っているって!!」
「…は?」
寝起きだからか、イマイチ分かっていないらしいブルー。確かに「すまない」と言ったくせに。
「だーかーらー! ブルー、言ったと思うんだけど!」
心からすまなく思っている、と言った筈だ、と繰り返したら。
「ああ、あの時…。それで?」
どうお小遣いに繋がるんだい、と物分かりが悪いのがソルジャー・ブルー。こんなブラック企業の船に、自分が連れて来たくせに。
「お小遣いだよ、ぼくの分の!」
ビタ一文だって貰っていない、とブチまけた。来る日も来る日も苦労ばかりで、残業だって当たり前だと。なのに残業手当は出ないし、居残ったってタダ働きだ、と。
「…なるほどね…。ぼくが連れて来たせいで、そうなったと…」
すまなく思っているのだったら、お小遣いをくれということなのか、と理解したらしい、船で一番偉い人。予算を出せと言うことか、と。
「そうだよ! 今のままだと、ヤケ食いだって出来ないんだから!」
ポテチも、それにハンバーガーも、と叫んだら。
「…どちらも船にあると思うが?」
「この船のヤツは、ぼくから見たらパチモノだから!」
なんちゃってポテチでハンバーガーだ、と怒鳴ってやった。本物のポテチはもっと美味しいと、人類の世界のハンバーガー最高と、ホットドッグもピザも外の世界のヤツに限ると。
「すまない…。船ではあれが限界で…」
君は知らないかもしれないが…。この船では酒も合成なんだよ、だからどうしても…。
味が落ちるのは仕方ない、と言って貰っても納得出来ない。リオはダテ眼鏡をかけていた上、自転車にだって乗っていたから。普通の服も着ていたから。
「やればなんとか出来る筈だよ!」
ソルジャー候補のお小遣いくらい、と食い下がってゴネて、頑張って…。
「…分かった。いくら欲しい?」
「えーっと…。家にいた時のお小遣いがアレだから…」
働いてる分と残業代と…、と破格の金額を請求した。家にいた頃なら一年分に相当する額、それが一ヶ月分のお小遣い、と。
ソルジャー候補なら危険手当もつくのだろうし、他にも色々、と思い付く限り。
危険物取扱者に爆発物処理資格はまだいいとしても、勢いに乗って、フグの調理師免許まで。
「……フグねえ……」
まあ、危険ではあるだろう、と重々しく頷いたソルジャー・ブルー。
それなら予算を出してやるから、お小遣いの額に相応しい働きをしてくれたまえ、と。
かくしてジョミーは凄い予算を勝ち取った。
教育ステーションを卒業したての新人だったら、貰える筈もない額を。下手をしたなら、もう少し後に出会うキースの初任給より高かったかもしれないお小遣いを。
(これから毎月…)
こんなに沢山貰えるわけで、とホクホクのジョミー。
読みの通りに、ソルジャー・ブルーは船の金庫を握っていたから。青の間の奥にドッサリ置いてあった現ナマ、そこから束で貰えたから。
(もう明日からは…)
好きなだけポテチ食べ放題で、ハンバーガーにピザにホットドッグ、とスキップしながら青の間を後にしたジョミー。
「頑張ります」とブルーに約束をして。「一筆入れろ」と睨まれたから、サインもして。
明日からヤケ食いし放題だし、サインくらいはお安い御用。
(どんなにシゴキが凄くったって…)
残業に居残り上等だって、と弾む足取り、本物のポテチが待っているから。ハンバーガーだって食べられるわけで、これだけあったら食べ放題の日々だから。
けれど…。
(…フグの調理師免許を取りたいと…)
他のはともかく、フグを何処から調達しようか、とソルジャー・ブルーが浮かべている笑み。
シャングリラにフグはいないわけだし、誰かを派遣しなければ、と。
市場までフグを買いに行くために、シャングリラの外の世界まで。人類が暮らす育英都市へ。
(…ジョミーの頭は、そこまで回っていなかったしね?)
本物のポテチを買いに行けるのはいつのことやら、とクスクスと笑うソルジャー・ブルーは、ダテに長生きしていなかった。
予算はサラッと出したけれども、それに見合った働きに期待。
いつかジョミーが自分の力で、ポテチやハンバーガーをサクッと買いに出掛けるくらいの腕前、瞬間移動その他を頑張るようにと。
テラズ・ナンバー・ファイブの監視もサラッとくぐって買い食いを、と。
(危険物取扱者に、爆発物処理…)
その辺はハードル高めだからして、まずは調理師免許から。…フグの。
ジョミーは一筆入れて行ったし、この先は文句は言わせない。爆発物処理も、他の訓練だって。
(心からすまなく思っているから…)
あれだけ出してやったんだ、とソルジャー・ブルーは明日の朝イチでリオを呼ぶつもりだった。
「すまないが、フグを買って来てくれたまえ」と。
ジョミーはこれから頑張るらしいし、とにかく最初はフグなんだよ、と…。
勝ち取った予算・了
※ブラック企業なシャングリラ。お小遣いを貰っても、使える場所が無いんですけど…。
読み間違えたらしい、ジョミーの悲劇。明日からフグを捌くようです、頑張れとしか…。