子供だったら
(…ネバーランド…)
やっぱり、今でも行きたいよ、とシロエは深い溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ピーターパンの本を広げて、思い描く世界。
もしも、あそこへ飛んで行けたら、どんなに素敵なことだろう。
この恐ろしい牢獄から出て、自由に空を飛び回れる。
ピーターパンやティンカーベルと一緒に、青い海の上も、高い雲の上も。
(…訓練のことも、勉強のことも、全部、忘れて…)
一日、好きに遊び回って、その後は…。
(…何処へ帰ることになるんだろう?)
何処なのかな、と首を捻った。
ピーターパンは、何処へ送ってくれるのだろう。
Eー1077の部屋になるのか、それとも…。
(…ぼくが住んでた、エネルゲイアの…)
両親の家に帰ってゆくのか、其処が気になる。
(…ネバーランドに行けたってことは、子供なんだし…)
もしかしたら、此処へは戻らずに済んで、故郷に帰れるのかもしれない。
故郷の家が何処に在ったか、「シロエ」の記憶は、曖昧だけれど…。
(ピーターパンなら、知っているから…)
「ほら、着いたよ!」と、家に送り届けて、夜空を帰ってゆくのだろうか。
「また来るからね、いい子で待ってて!」と、頼もしい言葉を置いて行ってくれて。
(…ピーターパンが、また来るんなら…)
Eー1077には、二度と戻らないでいいのだと思う。
どういう仕組みか謎だけれども、「シロエ」は故郷の家に戻って、暮らしてゆける。
マザー・イライザの手から逃れて、成人検査の末に送り込まれた牢獄からも自由になって。
(……素敵だよね……)
本当にそうなってくれる日が来たら、最高だろう。
故郷の家も、両親だって、前と同じに「シロエ」のもの。
記憶があちこち欠けているのも、その内に、きっと癒えてゆくのに違いない。
手がかりは家にドッサリとあるし、両親だって、教えてくれる筈。
「あら、忘れちゃったの?」だとか、「おやおや、覚えていないのかい?」などと。
(…ママたちは、全部、覚えてるから…)
消された記憶も、元に戻せることだろう。
時間はかかりそうだけれども、何もかも、全部。
最高だよね、とシロエは笑みを浮かべて夢の翼を羽ばたかせる。
Eー1077からネバーランドへ、ネバーランドから、故郷の家へ。
(ピーターパンと飛んで行ったら、アッと言う間に…)
楽しくて長い旅は終わって、また、じきに夜がやって来る。
ピーターパンが迎えに来る夜、ティンカーベルが飛んで来る夜が。
(…Eー1077まで、ピーターパンが来てくれたなら…)
あくる日に、何が待っていようが、断りはしない。
メンバーズ・エリートに選ばれるための、最終の試験だったとしたって、捨ててゆくだろう。
ステーションには二度と戻らないから、それでいい。
(…パパやママと、ずっと暮らしてゆけるんだから…)
メンバーズとしての未来なんかは、何も要らない。
国家主席を目指す野望も、機械を止める目標だって、捨ててしまって後悔はしない。
(…だって、そうしようと思っているのは…)
いつか記憶を取り戻すためで、それ以外の意味は、ただの「後付け。
他の子たちの未来などより、自分自身の未来が大切。
(…ピーターパンが来てくれるんなら、そうだよね…?)
この牢獄から「シロエ」を自由にしてくれるのだし、後は自分の好きに出来るし…。
(…夜になったらネバーランドで、昼間は、パパやママと暮らして…)
年だって、きっと、取らないんだよ、と夢は大きく広がったけれど、ハタと気付いた。
「そういう世界」を夢に見るのは、シロエが「過去を失くした」から。
故郷の家も、両親のことも、もう、おぼろにしか覚えてはいない。
だからこそ、故郷に帰ることが夢なのだけれど、これが「子供時代のシロエ」だったら…。
(…ネバーランドに行った後には、どうしてたかな…?)
ピーターパンが「家に送るよ」と言い出した時は、どうするだろう。
いそいそと後についてゆくのか、「帰りたくないよ!」と、駄々をこねるか。
(……家には、いつでも帰れるんだし……)
駄々をこねる方を「やってしまいそう」な気がする。
「もっと遊ぶよ」と、「帰るのは、明日でもかまわないでしょ?」と我儘を言って。
(…本当に自由な子供だったら…)
「家に帰ろう」と言われた時には、逆の方へと転がるだろう。
いつでも帰れて、「其処にある家」、急いで戻る必要は無いし、帰るよりかは夢の国がいい。
ネバーランドで遊び続けて、家のことなど忘れてしまいそうなのが「本物の子供」。
(…そうなっちゃうのが、子供らしい子で…)
けれど、それでは「よろしくない」から、ピーターパンが「家に送るよ」と申し出るだけ。
「朝までに、家に帰らないと」と、「夜になったら、迎えに行くから」と教え諭して。
(…その筈なのに、今のぼくだと…)
ピーターパンの申し出を聞いて、嫌がりもせずに、むしろ進んで「帰ってゆく」。
「本当に家に帰れるの?」と目を輝かせて、大喜びして、ピーターパンと空に舞い上がって。
(……これじゃ駄目だよ……)
そんなの、子供なんかじゃない、と「シロエ」にも分かる。
Eー1077に来て以来、ずっと、機械に抵抗し続けて来た。
マザー・イライザも、SD体制も受け入れはせずに、否定しているつもりなのに…。
(…ぼくは、すっかり変わっちゃってる…)
これじゃ大人と変わらないよ、と恐ろしいけれど、「成人検査」のせいなのかどうか。
(…成人検査、って言うくらいだし…)
あのくらいの年が節目で、子供から大人になるのだろうか。
自分では意識していなくても、何かが変わってしまう年頃なのか。
(…そうだとしたら…)
ピーターパンが迎えに来た時、「家に帰れる!」と思う「シロエ」は「子供ではない」。
機械のせいでも、成人検査のせいでもなくて、シロエ自身が「そうなった」。
ピーターパンの本の中にも、そういう話は描かれている。
「子供から、大人になってゆく子」が、くっきりと描写されていて。
(…もしかしたら、ぼくはとっくに…)
子供の心を失くしてしまって、ネバーランドに行ける資格も無いのだろうか。
こんなに焦がれて、いつか行きたくて、子供の頃から夢を見たのに。
(…そんなの、酷いよ…)
絶対に違う、と機械のせいにしたいけれども、何処かで「違う」と声が聞こえる。
「家に帰りたい、と思う子供は、いやしないよ」と、幼かった日の「シロエ」の声が。
「ネバーランドに連れてって貰えて、その後、直ぐに帰りたかった?」と問い掛けて来る。
「違うでしょ?」と、「もっと遊びたいでしょ」と、「それがホントの子供なんだよ」と。
(……ぼくのせいなの……?)
自分で勝手に「大人になって」しまってるの、と愕然としても、そうでしかない。
機械に記憶を消されたせいで「家に帰りたい」のは、本当だけれど…。
(…ぼくが今でも、子供だったら…)
ろくに覚えていない「家」に帰ってゆくより、ネバーランドがいいだろう。
「もっと遊ぶよ」と、「どうせ家なんか、覚えてないし」と、アッサリと捨てて。
(…二度と家には帰れなくって…)
Eー1077にも戻れなくても、「本物の子供」は「気にも留めない」。
ネバーランドの住人になって、家も故郷も、失くしたとしても。
(ピーターパンやティンカーベルと、ずっと暮らして…)
自由気ままに遊び回って、生き生きとしていることだろう。
ピーターパンの本に書かれた世界と違って、「大人と子供は、違う世界」なのが今だから。
(…記憶が無いなら、帰らなくても…)
ピーターパンだって、「帰らないと」とは言い出さないのに違いない。
「ずっと、ネバーランドにいていいよ」と、許してくれるだけで。
(…家まで送るよ、って言われた時に…)
ぼくは間違った答えをするの、と怖いけれども、それでも家に帰りたい。
ネバーランドには「二度と行けなくなっても」、故郷の家に戻れるのならば。
両親の家で暮らしてゆけるというなら、その道でいい。
(……子供の夢ではなさそうだけど……)
帰れるのなら、それでいいよ、と「どうやら、子供ではない」シロエの心で答えを出す。
「ネバーランドか、家を選ぶか、二つに一つだったら、家の方だ」と。
夢の国だけで生きてゆくには、今の「シロエ」は、きっと、向いていない。
今も「故郷」も「両親のこと」も、どうしても「忘れられない」から。
本物の子供が選ぶようには、気ままに「家を捨てられない」から…。
子供だったら・了
※ネバーランドに行くか、故郷の家に帰るか、選べるのなら、どっちかな、というお話。
子供時代のシロエだったら、ネバーランドになりそうですけど、今のシロエは違いそう。
やっぱり、今でも行きたいよ、とシロエは深い溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ピーターパンの本を広げて、思い描く世界。
もしも、あそこへ飛んで行けたら、どんなに素敵なことだろう。
この恐ろしい牢獄から出て、自由に空を飛び回れる。
ピーターパンやティンカーベルと一緒に、青い海の上も、高い雲の上も。
(…訓練のことも、勉強のことも、全部、忘れて…)
一日、好きに遊び回って、その後は…。
(…何処へ帰ることになるんだろう?)
何処なのかな、と首を捻った。
ピーターパンは、何処へ送ってくれるのだろう。
Eー1077の部屋になるのか、それとも…。
(…ぼくが住んでた、エネルゲイアの…)
両親の家に帰ってゆくのか、其処が気になる。
(…ネバーランドに行けたってことは、子供なんだし…)
もしかしたら、此処へは戻らずに済んで、故郷に帰れるのかもしれない。
故郷の家が何処に在ったか、「シロエ」の記憶は、曖昧だけれど…。
(ピーターパンなら、知っているから…)
「ほら、着いたよ!」と、家に送り届けて、夜空を帰ってゆくのだろうか。
「また来るからね、いい子で待ってて!」と、頼もしい言葉を置いて行ってくれて。
(…ピーターパンが、また来るんなら…)
Eー1077には、二度と戻らないでいいのだと思う。
どういう仕組みか謎だけれども、「シロエ」は故郷の家に戻って、暮らしてゆける。
マザー・イライザの手から逃れて、成人検査の末に送り込まれた牢獄からも自由になって。
(……素敵だよね……)
本当にそうなってくれる日が来たら、最高だろう。
故郷の家も、両親だって、前と同じに「シロエ」のもの。
記憶があちこち欠けているのも、その内に、きっと癒えてゆくのに違いない。
手がかりは家にドッサリとあるし、両親だって、教えてくれる筈。
「あら、忘れちゃったの?」だとか、「おやおや、覚えていないのかい?」などと。
(…ママたちは、全部、覚えてるから…)
消された記憶も、元に戻せることだろう。
時間はかかりそうだけれども、何もかも、全部。
最高だよね、とシロエは笑みを浮かべて夢の翼を羽ばたかせる。
Eー1077からネバーランドへ、ネバーランドから、故郷の家へ。
(ピーターパンと飛んで行ったら、アッと言う間に…)
楽しくて長い旅は終わって、また、じきに夜がやって来る。
ピーターパンが迎えに来る夜、ティンカーベルが飛んで来る夜が。
(…Eー1077まで、ピーターパンが来てくれたなら…)
あくる日に、何が待っていようが、断りはしない。
メンバーズ・エリートに選ばれるための、最終の試験だったとしたって、捨ててゆくだろう。
ステーションには二度と戻らないから、それでいい。
(…パパやママと、ずっと暮らしてゆけるんだから…)
メンバーズとしての未来なんかは、何も要らない。
国家主席を目指す野望も、機械を止める目標だって、捨ててしまって後悔はしない。
(…だって、そうしようと思っているのは…)
いつか記憶を取り戻すためで、それ以外の意味は、ただの「後付け。
他の子たちの未来などより、自分自身の未来が大切。
(…ピーターパンが来てくれるんなら、そうだよね…?)
この牢獄から「シロエ」を自由にしてくれるのだし、後は自分の好きに出来るし…。
(…夜になったらネバーランドで、昼間は、パパやママと暮らして…)
年だって、きっと、取らないんだよ、と夢は大きく広がったけれど、ハタと気付いた。
「そういう世界」を夢に見るのは、シロエが「過去を失くした」から。
故郷の家も、両親のことも、もう、おぼろにしか覚えてはいない。
だからこそ、故郷に帰ることが夢なのだけれど、これが「子供時代のシロエ」だったら…。
(…ネバーランドに行った後には、どうしてたかな…?)
ピーターパンが「家に送るよ」と言い出した時は、どうするだろう。
いそいそと後についてゆくのか、「帰りたくないよ!」と、駄々をこねるか。
(……家には、いつでも帰れるんだし……)
駄々をこねる方を「やってしまいそう」な気がする。
「もっと遊ぶよ」と、「帰るのは、明日でもかまわないでしょ?」と我儘を言って。
(…本当に自由な子供だったら…)
「家に帰ろう」と言われた時には、逆の方へと転がるだろう。
いつでも帰れて、「其処にある家」、急いで戻る必要は無いし、帰るよりかは夢の国がいい。
ネバーランドで遊び続けて、家のことなど忘れてしまいそうなのが「本物の子供」。
(…そうなっちゃうのが、子供らしい子で…)
けれど、それでは「よろしくない」から、ピーターパンが「家に送るよ」と申し出るだけ。
「朝までに、家に帰らないと」と、「夜になったら、迎えに行くから」と教え諭して。
(…その筈なのに、今のぼくだと…)
ピーターパンの申し出を聞いて、嫌がりもせずに、むしろ進んで「帰ってゆく」。
「本当に家に帰れるの?」と目を輝かせて、大喜びして、ピーターパンと空に舞い上がって。
(……これじゃ駄目だよ……)
そんなの、子供なんかじゃない、と「シロエ」にも分かる。
Eー1077に来て以来、ずっと、機械に抵抗し続けて来た。
マザー・イライザも、SD体制も受け入れはせずに、否定しているつもりなのに…。
(…ぼくは、すっかり変わっちゃってる…)
これじゃ大人と変わらないよ、と恐ろしいけれど、「成人検査」のせいなのかどうか。
(…成人検査、って言うくらいだし…)
あのくらいの年が節目で、子供から大人になるのだろうか。
自分では意識していなくても、何かが変わってしまう年頃なのか。
(…そうだとしたら…)
ピーターパンが迎えに来た時、「家に帰れる!」と思う「シロエ」は「子供ではない」。
機械のせいでも、成人検査のせいでもなくて、シロエ自身が「そうなった」。
ピーターパンの本の中にも、そういう話は描かれている。
「子供から、大人になってゆく子」が、くっきりと描写されていて。
(…もしかしたら、ぼくはとっくに…)
子供の心を失くしてしまって、ネバーランドに行ける資格も無いのだろうか。
こんなに焦がれて、いつか行きたくて、子供の頃から夢を見たのに。
(…そんなの、酷いよ…)
絶対に違う、と機械のせいにしたいけれども、何処かで「違う」と声が聞こえる。
「家に帰りたい、と思う子供は、いやしないよ」と、幼かった日の「シロエ」の声が。
「ネバーランドに連れてって貰えて、その後、直ぐに帰りたかった?」と問い掛けて来る。
「違うでしょ?」と、「もっと遊びたいでしょ」と、「それがホントの子供なんだよ」と。
(……ぼくのせいなの……?)
自分で勝手に「大人になって」しまってるの、と愕然としても、そうでしかない。
機械に記憶を消されたせいで「家に帰りたい」のは、本当だけれど…。
(…ぼくが今でも、子供だったら…)
ろくに覚えていない「家」に帰ってゆくより、ネバーランドがいいだろう。
「もっと遊ぶよ」と、「どうせ家なんか、覚えてないし」と、アッサリと捨てて。
(…二度と家には帰れなくって…)
Eー1077にも戻れなくても、「本物の子供」は「気にも留めない」。
ネバーランドの住人になって、家も故郷も、失くしたとしても。
(ピーターパンやティンカーベルと、ずっと暮らして…)
自由気ままに遊び回って、生き生きとしていることだろう。
ピーターパンの本に書かれた世界と違って、「大人と子供は、違う世界」なのが今だから。
(…記憶が無いなら、帰らなくても…)
ピーターパンだって、「帰らないと」とは言い出さないのに違いない。
「ずっと、ネバーランドにいていいよ」と、許してくれるだけで。
(…家まで送るよ、って言われた時に…)
ぼくは間違った答えをするの、と怖いけれども、それでも家に帰りたい。
ネバーランドには「二度と行けなくなっても」、故郷の家に戻れるのならば。
両親の家で暮らしてゆけるというなら、その道でいい。
(……子供の夢ではなさそうだけど……)
帰れるのなら、それでいいよ、と「どうやら、子供ではない」シロエの心で答えを出す。
「ネバーランドか、家を選ぶか、二つに一つだったら、家の方だ」と。
夢の国だけで生きてゆくには、今の「シロエ」は、きっと、向いていない。
今も「故郷」も「両親のこと」も、どうしても「忘れられない」から。
本物の子供が選ぶようには、気ままに「家を捨てられない」から…。
子供だったら・了
※ネバーランドに行くか、故郷の家に帰るか、選べるのなら、どっちかな、というお話。
子供時代のシロエだったら、ネバーランドになりそうですけど、今のシロエは違いそう。
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