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縁の無い場所
(…ネバーランドか…)
 私には縁の無い場所だったな、とキースが心で呟いた地名。
 それを地名と呼ぶかはともかく、場所の名前には違いない。
 たとえ架空の場所であろうが、今は死の星になってしまった地球の上だと仮定されていようが。
 けれど、懐かしい地名ではある。
 その目で見たことは一度も無くても、まるで縁の無い場所であっても。
(……あらゆる意味で、私とは縁が無かったな……)
 ただの一つも接点が無い、とキースは深い溜息を零す。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、夜が更けた窓の外に目を遣って。
(…ピーターパンが飛んで来そうな空だ…)
 此処が地球なら、と想像せずにはいられない。
 もう側近のマツカも下がらせたから、何を思って夜空を見ようが、気付かれはしない。
 こういった時に、ふと零れがちな「心の中身」を拾われもしない。
 なんと言ってもマツカはミュウだし、いくらキースがガードしようと、完璧かどうか。
(日頃、あいつを便利に使っているからな…)
 声に出さずに指示をするなど、よくある話。
 むしろ、その方が多いとも言える。
 ミュウという種族の特性からして、「一度、接触した相手」の思考は読みやすいと聞く。
 キースの側から、一方的に命じるとはいえ、一方通行の思考だろうが…。
(接触には違いないのだし…)
 現にマツカは、キースの思惑以上に、機敏に動く。
 キースの心を読むまでもなく、意図することが「分かる」のだろう。
 つまりそれだけ、マツカにとって、「キースの思考」は読み取りやすい。
 正確に言えば、感じ取れるといったところか。
(……ピーターパンが飛んで来そうだ、などと考えていたならば……)
 いったいマツカは、どう思うだろう。
 熱でもあるかと心配するのか、違う方へと考えるのか。
(…どちらも、大いにありそうだ…)
 マツカが「ネバーランド」を知っていたなら、きっと後者になるだろう。
 とても意外だと驚きながらも、「キースも、読んでいたんですね」と、部屋に戻って微笑んで。


 そう、マツカならば、知っているかもしれない。
 ネバーランドが何処にあるかも、それが記された「ピーターパン」の本の中身も。
(…マツカが育った環境次第、ということになるか…)
 養父母が本を買い与えたとか、友達に借りて読んだとか。
 あるいは、本そのものに触れたことはなくても、内容を見聞きする可能性なら大いにある。
 マツカは育英都市で育って、大勢の同級生や友達、上級生やら下級生とも交流があった。
(…いじめられやすいタイプの子ではあったのだろうが…)
 引っ込み思案のマツカなのだし、そうしたことも無かったなどとは言い切れない。
 いくら機械が管理していても、いじめられたり、泣かされたりといったトラブルは起きる。
 もっとも、じきに機械が「それ」を察知し、教師たちが事態を収めに入る。
 それで駄目なら、加害者の子は…。
(教育ステーションで言う、いわゆる「コール」というヤツで…)
 ユニバーサル・コントロールの施設に呼ばれて、適切な「処置」を施される。
 機械が心の中を読み取り、記憶処理やら、「より良い導き」をするという仕組み。
 だから、大人の社会ほどには、マツカは「いじめられてはいなかった」だろう。
 国家騎士団でされているような、「能無し野郎」と嘲り、軽んじられるような仕打ちは。
(…そこそこ平和な子供時代で、ピーターパンも読んでいて…)
 マツカも、時には夜空を見上げて、ピーターパンの迎えを待っただろうか。
 多分、シロエが「そうだった」ように、今か、今かと待ち焦がれて。


 マツカも遠い日、故郷の星で、待ったかもしれない、ピーターパン。
 「行きたいな」とネバーランドに憧れ、夢見たことも…。
(まるで無いとは言えないな…)
 私の場合は、その機会さえも「無かった」のだが、とキースの思考が最初へと戻る。
 本当に、もう文字通りに「機会」は無かった。
 ピーターパンが迎えに来てくれる「子供時代」など、キースには「無かった」のだから。
(…私は機械に、水槽の中で育て上げられて…)
 子供時代を「知らずに」過ごした。
 キースを作る遺伝子データの「元になった」というミュウの女は、違ったのに。
(あの女は、まだ幼い内に…)
 水槽から外の世界に出されて、教育された。
 けれども、ミュウと判明したため、処分されると決まった所を、ソルジャー・ブルーが…。
(攫って行った、と記録が残っているからな…)
 実験体を「幼い間に外に出す」のは、マイナスになる、と機械は考えた。
 それ以降に「作られた」者たちは全て、水槽からは「出されていない」。
 「キース」が外に出された頃より、もっと育った「サンプル」も、キースは知っている。
 自分の生まれも、何もかも「今」は承知だけれども、まだ、それを知らなかった頃。
(シロエが告げた、フロア001には、とうとう辿り着けないままで…)
 Eー1077を卒業し、後にして来た「キース」は、ごくごく「普通」に過ごしていた。
 メンバーズ・エリートのコース通りに軍人になって、新人を指導する教官もやった。
 自分が「何か」を知らないのだから、気楽だったと言えるだろう。
 人類の未来を憂えるにしても、他の仲間たちと同列なのだし、特段、頭を悩ませはしない。
 そんな日の中、手に取ったのが「ピーターパン」の本だった。
(…Eー1077を出てから、そうは経たない頃の話で…)
 配属された先の軍での、初めての休暇だっただろうか。
 街に出た時、入った書店で、そのタイトルを偶然、目にした。
(…シロエが持っていた本とは違って、装丁は大人向けだったが…)
 コレだ、と何処かで声がしたから、買って帰った。
 シロエを個室に匿った日に、パラパラと本を捲っていたから、じっくりと読んでみたかった。
 何処がシロエを惹き付けたのか、その辺りを知りたかったから。


(…シロエの本を読んだ時には、SD体制には似合わない本だ、と…)
 思った自分を覚えている。
 ピーターパンは「大人にならない」子供で、SD体制の根幹とは逆と言えるだろう。
 SD体制の時代においては、「大人になるのを拒否する」ことは、体制批判とされるから。
 それなのに、何故、今の時代も「ピーターパン」の本があるのか。
 不思議でたまらなかったけれども、蔵書になった本を読み返す内に、少し分かった。
 体制批判な部分はあっても、全体としては、とても夢のある物語。
 育英都市で情操教育に用いるのならば、役に立つ面も多そうだ。
(なるほどな、と納得したら…)
 ネバーランドという夢の国もまた、子供たちの心を育てそうではある。
 「いつか行きたいな」と夢を見るのは、悪いこととは言い切れない。
 そうした「夢」は力になるから、成長のためのエネルギーになる。
(…あくまで適度に用いれば、だがな…)
 それが過ぎると「シロエ」のようになるわけだ、と苦笑する。
 シロエが「そうなってしまった」理由の全てが、「ピーターパン」の本ではないだろうけれど。
(…しかし、シロエは…)
 Eー1077から逃亡した時、何処を目指して飛んでいたのか。
 誰もが夢見る地球か、それともネバーランドか。
 永遠の謎になってしまったけれども、きっと、シロエは…。
(…ネバーランドに迎え入れられて、機械の支配から自由になって…)
 大空を飛んでいるのだろう。
 ピーターパンやティンカーベルと並んで、何処までも、ずっと。


 夜空に「ピーターパンが飛んでいそう」な時には、シロエの姿も見える気がする。
 子供時代のシロエは知らないけれども、幼い姿で飛んでいるのか、育った姿のままなのか。
(…シロエなら、ステーション時代の姿でも…)
 ネバーランドの住人になって、広い空を飛んでゆけそうに思う。
 「キース」と違って、幼い頃から、ピーターパンの世界に触れていたから。
 迎えが来そうな子供時代を、育英都市で過ごしたから。
(…水槽の中で育ったのでは…)
 ピーターパンなど来るわけもなくて、「ピーターパンの本」の知識も得なかった。
 機械が「不要」と判断したのか、タイトルさえも「習ってはいない」。
(その上、シロエが持っていた本を目にしても…)
 知らない本だ、と思っただけで、「何故、知らないのか」も深く考えはしなかった。
 「故郷の記憶も、養父母のことも、すっかり忘れてしまったからな」と片付けた。
 まさか、それらが「無かった」などとは、夢にも思わないままで。
(…子供向けの本のようだし、覚えていないのも当然だ、と…)
 自分で勝手に答えを出して、遥か後まで「知らないまま」。
 シロエが命懸けで暴いた「キースの生まれ」も、フロア001でシロエが見て来たモノも。
(…そんな私が、軽い気持ちで買って来た本…)
 ピーターパンの本は「大人向け」だったのに、「本物」が目の前に現れた。
 シロエが最後まで持っていた本、あちこち焼け焦げた「子供向け」の表紙の本が。
(…あの本をシロエに返しに行った日、フロア001を初めて見たというのがな…)
 何も知らずに生きていたとは、と情けないけれど、仕方ない。
 機械が「そのように」仕組んだのなら、そのようにしか「生きてゆけない」。
(……ピーターパンの迎えも来ない育ちで、これから先も……)
 ネバーランドとは無縁のようだ、と苦い笑いを浮かべながらも、窓を見ずにはいられない。
 「ピーターパンが飛んで来そうな空だ」と、其処に「飛んでゆくシロエ」を探して。
 「今は自由に飛んでいるな」と、呼び掛けたくて。
 シロエなら、きっと、ネバーランドへも、青い地球へも行っただろう。
 今は何処にも「無い筈」の星、母なる水の星の澄んだ空へも、ピーターパンと、きっと…。



           縁の無い場所・了


※いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るわけですけど、子供時代が無いのがキース。
 「ネバーランドとも、無縁だよね」と思った所から生まれたお話。






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