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育てる過程で
(パパとママは、ぼくのことを…)
 どのくらい覚えているのかな、とシロエはフウと溜息を零す。
 Eー1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
 此処に来てから、何度、考えたことだろう。
 今も会いたくてたまらない、懐かしい故郷で暮らす両親のことを。
(ぼくたち、子供の場合だったら、みんな、成人検査を受けて…)
 子供時代の記憶を消されるけれども、養父母の場合はどうなるのか、と。
 自分たちが育てた子供の記憶を、消去されるか、残ったままか。
(消すにしたって、ぼくみたいに…)
 顔までおぼろになってしまっては、養父母としての役目に支障が出そうではある。
 幼い子供は、感情を言葉で上手く表せはしない。
 赤ん坊だったら、なおのことだし、その頃に見せた様々な顔を忘れたならば…。
(次の子供を育てていく時、前の知識を生かせないから…)
 きっと駄目だと思うんだよね、という気がする。
 養父母を教育するステーションでも、色々、教えはするだろうけれど、経験は違う。
 自分がその目で確かめたことは、「教えられたこと」よりも、遥かに強い。
(人は経験を重ねて、覚えていくものなんだし…)
 養父母としての子育て経験、それは貴重な知識になるから、絶対に、持っておく方がいい。
 機械に消されて「忘れ去ったら」、また最初からの「やり直し」になる。
 それでは効率が悪すぎるから、機械は「残しておく」のだと思う。
 彼らが「子育てで得た、子供の成長に関する記憶」は、消しはしないで。
(…パパとママも、ぼくを育ててたことも、ぼくの姿も…)
 残さず覚えているといいな、と心から思う。
 必要な箇所だけ残すのではなくて、そっくりそのまま、手を加えないで。
(…自然に忘れてしまう部分は、どうしようもないと思うけど…)
 それも人間には、よくあるんだし、と苦笑する。
 自分自身を振り返ってみても、機械の仕業とは明かに違う「忘却」はある。
 大きな出来事は覚えていたって、些細なことまで漏らさず覚えてはいないから。
(昨日のランチは思い出せても、三日前とかは…)
 どうだったかな、と記憶を手繰る羽目になるのは、けして珍しいことではない。
 「シロエが、その日に何を食べたか」など、機械は「どうでもいい」から、消さない。
 なのに「忘れてしまう」というのは、人間には、ありがちな現象の一つ。
 両親にしても、そうした部分はあるだろう。
 「シロエ」を育てた日々の全てを、丸ごと記憶しておくことなど、人間の脳では無理だから。


 そうした小さなことを除けば、両親は、覚えていそうではある。
 「シロエ」と名付けた子を育て上げるまでの、様々なことを。
 次の子供を育ててゆくのか、養父母の役目を終えてしまったかは、分からないけれど。
(…パパとママの年からすれば、次の子供を育てるのは…)
 難しいかな、と思いはしても、どうなったのかは全くの謎。
 育てるかどうか、決断するのは両親なのだし、もしかしたら子育て中かもしれない。
(パパもママも、優しかったから…)
 養父母としては、優秀な部類に入っていそう。
 たとえ年齢が少し高めでも、機械の方から「育ててみないか」と打診が来るだろう。
 体力的な面などはサポートするから、もう一人くらい、と。
(…いいけどね…)
 少し寂しい気はするけれども、「シロエ」を忘れていないのならば、我慢は出来る。
 両親が「シロエ」のことを忘れず、次の子供を育ててゆく時、経験を活かしてくれるなら。
(…昔だったら、そうなれば、ぼくは、お兄ちゃん、っていうヤツで…)
 SD体制が始まる前の時代には、「お兄ちゃん」は損なものだったらしい。
 「お姉ちゃん」にしても其処は同じで、弟や妹に「両親」を、すっかり盗られてしまう。
 愛情も時間も、何もかも、そっくり持ってゆかれて、貧乏クジ。
 弟や妹が生まれる前には、とても楽しみに待っていたのに、蓋を開ければ、そういう結末。
(家族で出掛けて、道でウッカリ転んでも…)
 両親は「大丈夫?」と心配してはくれても、腕に抱いている赤ん坊を離しはしない。
 その赤ん坊が泣き出したならば、当然、そちらの方が優先。
 転んで大泣きしている方は、大きな怪我でもしていない限り、もう間違いなく後回し。
(膝を擦り剥いたとか、その程度なら…)
 我慢しなさい、と絆創膏をペタリと貼られて、それでおしまい。
 弟や妹が来る前だったら、もっと心配して貰えたのに。
 「痛いよ!」とワンワン泣いていたなら、お菓子だって買って貰えそうなのに。
(…ずっと昔でも、そうだったんだし、ぼくのことがお留守になってしまっていても…)
 仕方ないよね、と諦めはつくし、構わない。
 両親が「シロエ」を思い出す日が、どんどん間遠になっていっても。
 「そういえば、シロエはどうしてるかな?」と、たまにしか気にしてくれなくても。


(…それは自然なことなんだしね?)
 機械のせいとは言い切れないし、と分別はつく。
 両親が「新しく迎えた子供」を溺愛しようが、シロエを忘れ去っていようが、気にしない。
 記憶を消されたわけではないなら、「お兄ちゃん」の心で耐えられる。
 そういう「お兄ちゃん」を育て上げた経験を、両親が、子育てに役立ててくれるのならば。
(お兄ちゃんって、そういうものなんだから…)
 我慢、我慢、と自分自身に言い聞かせていて、ハタと気付いた。
 その「お兄ちゃん」を育てた経験、それが「素晴らしいものだった」とは限らない。
 養父母の役目は、システムにとって「都合のいい子」を育てること。
 システムに疑問を抱きはしないで、素直に従い、機械の言うままに動くことが出来る人間を。
(…もしかして、ぼくを育てたことは…)
 両親にとってはプラスではなく、失点になっているのだろうか。
 「セキ・レイ・シロエ」は成績優秀だけれど、システムに対して忠実ではない。
 むしろ反抗的な子供で、今も逆らい続けている。
 ありとあらゆる場面において、機械に文句を言い続けて。
(…エネルゲイアで暮らしてた頃も、生意気な子供だったけど…)
 クラスメイトを小馬鹿にしていて、ろくに友達もいなかったことは間違いない。
 けれども、それは「周りの子供が馬鹿だった」のだし、仕方ないだろう。
 頭脳のレベルが違い過ぎたら、関心が向くものも違うし、友達など出来るわけもない。
(…その辺のことは、機械にだって分かるだろうし…)
 子供時代の「シロエ」については、マイナスの評価は無かったと思う。
 もし、マイナスな面があったら、指導が入っていただろう。
 教師に呼ばれて説教だとか、両親に「友達を作るように」と諭されるとか。
(だけど、そういう経験は無いし、無かったし…)
 無かった筈だ、と記憶している。
 機械が記憶を消していたって、何度も呼ばれる「問題児」だったら、記憶に残る。
 「今後は、心を改めるように」と、成人検査を受けた後には、心を入れ替えてゆくように。
(でも、それは無くて、ぼくが問題児になったのは…)
 このステーションに来てからなんだ、と自分でも分かる。
 「セキ・レイ・シロエ」が「失敗作」になってしまったのは、成人検査を受けた後。
 今の「シロエ」は、明らかに「失敗作の子供」で、それを育てた両親の方も…。
(子育てに失敗しましたね、って…)
 失点がついて、指導が入ってしまったろうか。
 次の子供を育ててゆくなら、そうなったということも有り得る。
 「失敗作のシロエ」を育て上げたのなら、教育方針が「良くなかった」と機械に判断されて。


(…そうなったのかな…?)
 ぼくには分からないけれど、と肩をブルッと震わせる。
 両親は「優秀な養父母だから」と、次の子育てを打診されるどころか、逆かもしれない。
 自分たちの方から「次の子供を育てたい」と願い出たなら、渋られるとか。
(…ああいう子供は困るんですよ、って…)
 ユニバーサルの担当の者に言われて、申請を却下されただろうか。
 それとも、無事に「新しい子供」を迎えられても、厳重に注意されるとか。
 次の子供は、「シロエ」のようには、ならないように。
 システムに従順な「良い子」に育って、社会に役立つ立派な人材になるように。
(…再教育、ってことはないだろうけど…)
 「シロエ」を育て上げる過程で、何処に問題があったものかは、詳細に調査されてしまいそう。
 同じ失敗を繰り返さないよう、ユニバーサルに残る記録を、片っ端から洗い出して。
(…ピーターパンの本を読ませたのが、良くなかったとか…?)
 確かに、ぼくの原点はそれ、とゾクリと背筋が冷たく冷えた。
 このステーションまで持って来られた、何よりも大切な宝物の本。
 それが「問題作」の本だなどとは思っていないし、普通に売られている本だけれど…。
(ぼくにとっては、問題作…?)
 ある種の感性を持った子供には、有害な内容だっただろうか。
 夢を見がちになってしまって、子供時代の記憶にこだわる人間になって。
(…まさか、まさかね…)
 この本がマイナスだったなんて、と恐ろしいけれど、それが正解なのかもしれない。
 ピーターパンの本に出会って、ネバーランドに憧れ始めて、其処で全てが狂ったろうか。
 システムが望む道を外れて、今の「シロエ」が作られていって。
(…だけど、そうだったとしても…)
 両親を恨む気持ちなどは無いし、この本も、ずっと離しはしない。
 これこそが「シロエ」の原点だから。
 この本が「シロエ」を生み出したのなら、それで少しも構いはしない。
 機械の言うなりに生きるよりかは、今の生き方がいいと思うから。
 システムに組み込まれて生きる道より、遥かに自由に生きられるから。
 両親にとっては「失敗作」の子育てになって、失点がついていませんようにと祈るけれども…。



              育てる過程で・了


※シロエを育てた両親の「子育て」は失敗だったのかも、と恐ろしくなってしまったシロエ。
 ピーターパンの本さえ読ませなかったら、システムに反抗的な「シロエ」は出来なかったかも。






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