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彼方からの声
「先輩らしくないですよね」
 ハハッ、と笑う声が聞こえたような気がした。
 遠く遥かな時の彼方の、もう戻れない遠い過去から。
 キースを「先輩」と呼んだシロエは、もういないのに。
(…私らしくない、か…)
 シロエなら、そう評するだろうな、とキースは苦い笑みを浮かべる。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、ただ一人きりで。
 とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせたから、此処にはキースだけしかいない。
 だから「苦い笑み」を湛えるけれども、普段だったら「それさえもしない」。
 かつてシロエが「お人形さんだ」と言った通りに、ずっと「そのように」生きて来た。
 表情も感情も全て押し殺して、機械仕掛けの人形のように、無感動に見える人生を。
(…しかし、シロエは…)
 全て見抜いて、「全て、お見通しで」今だって「側にいる」のだろう。
 シロエが存在している世界が「違っている」から、キースの目には「見えない」だけで。
(…きっと、そうだな…)
 そうなのだろう、とキースが実感していることさえ、シロエなら笑うに違いない。
 「先輩らしくないですよね」と、それは可笑しそうに、楽しげな顔で。
(…だが、私には、その生き方しか…)
 出来ないのだ、とコーヒーを喉に落とし込む。
 まだ少し温かい「それ」を淹れたマツカが「側近」なことも、シロエなら笑い転げるだろう。
 「何故、先輩の側近なんです?」と、「先輩らしくないですよね」と。
(…まあ、そうだろうな…)
 私らしくなどないことだしな、と自分でも思う。
 何故なら、マツカは人類ではなくて、抹殺すべき「ミュウ」なのだから。
 国家騎士団総司令として、何度命じたことだろう。
 「ミュウを殺せ」と、「一匹たりとも生かしておくな」と厳しい口調で言い放って。
(そう言っておいて、その一方で…)
 側に控えたマツカに向かって、「コーヒーを頼む」と平然と告げているのが「キース」。
 そのコーヒーを「淹れて来る」のは、ミュウなのに。
 マツカがコーヒーを淹れる間に、何人ものミュウが消され、殺されてゆくというのに。
 なんとも矛盾しているけれども、これが「キース」の生き方だから仕方ない。
 心の内側と、外に見せる顔が、まるで全く異なっていても。
 今も側にいるらしい「シロエ」が笑って、「先輩らしくないですよね」と評しても。


 そう、そのように生きて来た。
 自分でもすっかり慣れてしまって、奇妙だとさえ思わない。
 周りが見ている「キース」は機械のように冷徹な上に、血も涙も無いと言われるほど。
 そう「演じる」のが常になっていて、「本当は違う」ことを知る者の数は少ない。
(…サムとマツカと…)
 生きてはいないが、シロエだけだな、と浮かべる苦笑も、誰一人として「見ない」だろう。
 外で感情など見せはしないし、表情を変えることさえも無い。
 どれほど腹を立てていようが、怒りでさえも押し殺す。
 もっとも、「怒り」の表情の方は、見せる場面も幾らかはある。
 人間は「叱り付けられる」ことで、ようやく自分のミスに気付きもするから、怒りは見せる。
 「これくらいのことも分からないのか!」と、拳で机を叩きもする。
 けれども、個人的な「怒り」は、押し殺すのが「キース」の生き方だった。
 システムに反感を抱いていても、ずっと怒りを見せることなく、今日まで生きて来たほどに。
 どんなに理不尽と思えることでも、そうは言わずに従い、実行し続けて来た。
 「ミュウは殺せ」という指示にしても、「マツカ」以外のミュウに対しては忠実に守る。
 どう考えても、それは「正しくない」のだけれども、グランド・マザーに逆らわずに。
(…そちらの私が、シロエの言う「先輩らしい」私で…)
 さっき笑われた方の私が、「本物の私」だというのがな、と自分でも可笑しくなって来る。
 「どうして、私はこうなのだろう」と。
 自分らしく生きることも出来ずに、「違う自分」を演じ続けて生きるのだろう、と思いもする。
 それさえも「表に出しはしないで」、この先も生きてゆくのだろう。
 「らしくない」ことを何かする度、シロエに「らしくないですね」と笑われて。
 時の彼方で笑うシロエの、楽しげな声を聞き続けて。
(…サムの見舞いに行っただけでも、この有様で…)
 シロエに笑われてしまうのがな、と情けなくても、「本当の自分」を出せる日は来ない。
 「キース」が本当に「自分らしく」生きてしまったならば、人類の未来は「無くなる」だろう。
 自らの心に従って生きて、システムに異を唱えたならば。
(…グランド・マザーが、それを許すかどうか…)
 恐らく、その前に「消される」だろう、という気がするから、今は「慎重に」振舞っている。
 「本当の心」を全て押し殺して、機械の申し子「キース・アニアン」として。


(…しかし、そうやって生きる私を…)
 シロエが笑って評するのだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 さっきも聞こえた「先輩らしくないですよね」という、あの笑い声を何度、耳にしたろう。
 シロエは、いつも、そうやって笑う。
 「キース」の正体を知っているから、シロエは今も笑い続ける。
 「先輩らしくないですよね」と、「キースらしからぬ」ことをする度、さも可笑しそうに。
(…私の生まれも、生き方も、全て承知しているからこその…)
 シロエの笑い声だけれども、あれをいつまで聞くことだろう。
 自分の心に素直に従い、密かに何か行動した日は、シロエが笑う。
 「キースらしくない」振舞いをした、と鬼の首でも取ったかのように、得意げな顔で。
(…私がサムの見舞いに行くのが、そんなに楽しくて面白いのか?)
 確かに見ものではあるだろうがな、という自覚ならある。
 サムの病院へ見舞いに行くのは、決して義務でも任務でも無い。
 激務が続く日々の合間に、ほんの少しでも「余暇」が出来たら、出掛けてゆく。
 ノアにいる時の「空いた時間」は、殆どをサムの見舞いに費やしていると言ってもいい。
 余暇など滅多に出来はしないし、今日のように夜が更けるまで「自分の時間」などは無い。
(…なのに、貴重な余暇を使って…)
 サムの見舞いに出掛ける「キース」は、どう見ても「らしくない」だろう。
 現に部下たちは「仕事の一つ」だと勘違いしている部分がある。
 サムは「ジルベスター・セブン」周辺で起きた、ミュウによる事故の被害者の一人。
 そのサムが「ステーション時代の友人だった」という偶然を、役に立てたいのだろう、と。
(…サムの友人だった私なら、他の者には聞き出せないような情報を…)
 サムから引き出せるかもしれないからな、とキースは肩を竦めて小さな笑いを零す。
 そう、この「笑い」も、聞いた者など「いはしない」。
 キースが自分の心のままに、感情を表した笑い声など、知る者はいない。
(…そしてシロエが、また笑うのだ…)
 こうやって笑う私のことを、と情けなくても、そのようにしか「生きてゆけない」。
 「キース」は「機械に作られた者」で、「人類を導いてゆくべき者」。
 システムに忠実に生きて生き続けて、人類の未来に奉仕してゆくより他はない。
 「人類に、果たして未来はあるのか」と、疑問が心に山積みでも。
 この先、歴史が味方するのは「ミュウの方では」という気がして来ていても。


 そんな思いを押し殺しながら生きる「キース」を、シロエは今日も評して笑う。
 「先輩らしくないですよね」と、キースが自らの心に従い、正直に動き、振舞う度に。
(…お前こそが、知っているくせに…)
 どちらが「私らしいのか」をな、と言い返したい気分だけれども、まだ「しない」。
 言い返せる日が来るかどうかも、まだ「分からない」。
(これが本当の私なのだ、とシロエに向かって叫べる時が来るとしたなら…)
 その時は「キース」の命が消える時かもしれない。
 グランド・マザーに逆らった末に、命を奪われ、死んでゆく時、初めて言えるのかもしれない。
 「らしくなくても、これが私だ」と、誇らしげに。
 「お前に散々、笑われてきたが、これで文句は無いだろうが」と。
(…きっと、そうだな…)
 今のように「自分を殺し続けて」生きる間は、シロエは笑い続けるのだろう。
 「先輩らしくないですよね」と、楽しげに、とても可笑しそうに。
 「どちらが本当のキースなのか」を、誰よりも「知っている」くせに。
 「シロエを殺した」その瞬間から、ずっと後悔の淵に沈んで、浮かび上がれずにいることも。
(…何もかも、全て知っているから…)
 シロエは笑い続けるのだ、と苦いコーヒーを一息に喉に流し込む。
 まだまだ、シロエは笑うだろうし、言い返すことも出来ないだろう。
 心のままに振舞える時は、来る気配さえも見えないから。
 もしかしたなら、そう出来る時は訪れないまま、終わりを迎えるのだろうか。
 機械に、システムに縛り付けられ、人形のように生き続けて。
 「先輩らしくないですよね」とシロエに評され続けて、ついに一度も言い返せないままで。
 恐ろしい予感を覚えるけれども、こうして「恐れを抱く」キースも、きっとシロエなら笑う。
 「先輩らしくないですよね」と、いつもの声で。
 「怖がるだなんて、そんな気持ちは、先輩は持っていないでしょう?」と。
 機械の申し子の方の「キース」に、それは確かにありはしないし、あるわけもない。
 本当の「キース」は違うのに。
 機械に縛られて生きるしかなくて、そういう未来に恐ろしささえも覚えるのに…。



            彼方からの声・了


※マツカや、今のサムに対する時のキースを、シロエなら、どう評するかな、と思ったわけで。
 そこから生まれて来たお話です。シロエの評価は、きっとこんな風。真実を知っているだけに。






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