(危険だ、あいつは…!)
ナスカに降ろしてたまるものか、とジョミーが引き摺り落とした船。
それに乗っていた男ごと。「知っている感じ」がする人間ごと。
真横を掠めて落ちたからして、「くたばったのか?」と確認に出掛けた操縦席。覗いたら空で、後ろで聞こえた呻き声。
しぶとく生存していた人類、身元を確かめなければならない。その目的も。
『お前は、何者だ…!』
答えろ、お前は何者だ…!
そう送った思念、男の意識が戻って来たから畳み掛けた。
「何処から来た」と「目的は何だ」と、「誰に命じられた」と。その答えは…。
(メンバーズ・エリート…)
『人類統合軍の犬というわけか。マザーの勅命でミュウを倒しに…!』
この野郎、と睨み付けた犬。「テメエ、ただではおかないからな」とばかりに闘志満々で。
ガチで勝負で、負けるつもりはまるで無かったジョミーだけれど…。
「えっと…? 此処は何処ですか?」
ぼくはいったい、と起き上がったのが野犬、いやいや人類統合軍の犬。
しきりに頭を振っている上、なんともボケている雰囲気。マザーの勅命は何処へ行ったか、その欠片すらも全く無い感じ。
(えっと…?)
なんだか変だ、とジョミーの方でも訊きたい気分。「どちら様ですか?」と。
綺麗サッパリ消えている敵意、さっきまでガンガンしていたのに。船がナスカに落ちる時まで、危険も敵意も満載だった筈なのに。
(いったい何があったんだ…?)
こいつ、とポカンと犬を眺めたジョミーだったけれど…。
犬の方でも、まるで分かっていなかった。自分が置かれた状況が。
墜落した時に頭をぶつけて、飛んでしまった記憶というヤツ。それはもう綺麗にサッパリと。
教育ステーションを卒業してからの十二年分ほどが、ものの見事に。
そんなわけだから…。
「ぼくは事故に…?」
遭ったんですか、と訊かれて唖然としたジョミー。事故も何も、と。
(…ぼくが墜落させたのに…!)
何も覚えていないのか、と観察した犬、本当に記憶が無いらしい。自分は消していないのに。
(……記憶喪失……)
きっと打ち所が悪かったんだな、と把握した人類統合軍の犬の現状。
そういうことなら、色々と役に立つかもしれない。なにしろ犬は記憶を失くして、リセット状態らしいから。…メンバーズになる寸前くらいで。
だったら、まずは信頼関係。其処が大切、これが今後を左右する筈。
もうとびきりの営業スマイル、そして右手を差し出した。
「落ちるのを見たから、救助に来たんだ。…君は?」
ぼくはジョミー・マーキス・シンだ、と名乗ったら。
「ありがとうございます。…キース・アニアンです」
E-1077に所属しています、と犬は友好的だった。記憶が飛んだ後だから。
マザーの勅命もミュウを倒すことも、何も覚えていなかったから。
其処へ折よくやって来たリオ、どうやらハーレイが寄越したらしい。「様子を見て来い」と。
丁度いいから、シャングリラに連れて行くことにしたキース、犬から昇格した男。
格納庫には長老たちが、「危険じゃ」と諫めに来たけれど…。
「はじめまして。…此処が皆さんの船ですか?」
こういう船は初めて見ます、と礼儀正しいのがキース。学生時代の終盤辺りにリセットだから、少しも大きくない態度。
「なんじゃ、こいつは?」
どうなっとるんじゃ、とゼルが指差すから、思念で説明したジョミー。「記憶喪失だ」と。
『今のキースは、メンバーズだが、メンバーズだったキースじゃない』
こちら次第でどうとでもなる、とニッと笑った。「何も覚えていないから」と。
『では、ソルジャー…。彼をどうすると?』
ハーレイが訊くから、「友達から始めてみようかと…」と思念で返答、キースを皆に紹介した。
「ナスカに墜落した客人だ。E-1077所属のキース・アニアン」
「キースです。…よろしくお願いします」
お世話になります、とキースがやったものだから、一気に和んだ場の雰囲気。本当にただの学生らしいと、少なくとも中身は学生だな、と。
「ようこそ、シャングリラへ。…私が船長のハーレイだ」
「わしは機関長のゼルじゃ」
「あたしは航海長のブラウさ。まあ、家だと思って寛いでくれれば…」
歓迎するよ、と迎えられてしまった、元は犬だったキース・アニアン。なりゆきだけで。
記憶がサッパリ消えているなら、役に立つ知識が満載なだけの学生だから。
そんなこんなで拾われたキース、学生時代はサムとも仲良くやっていた男。…不器用なりに。
彼から見ればジョミーは命の恩人なのだし、年だって近いわけだから…。
「…この船だけで生きているのか、君たちは?」
大変そうだな、とキースが同情したミュウの境遇。なんとも不自由そうなのだが、と。
「いや、慣れてしまえばそれほどでも…。済めば都とも言うからね」
それにナスカも多少は使える、と応じたジョミー。「ただ、問題が幾つか…」とも。
「問題…。それはテラフォーミングの関係か?」
上手くいかないのか、とキースが尋ねるから、「そっちはまだしも…」と濁した言葉。
「野菜だったら色々育つし、長い目で見ればいけると思う。だが…」
「何かあるのか?」
「出て行け、と言わんばかりの連中がいてね…」
我々の存在が邪魔らしいんだ、と切り出した核心、キースは「何故だ?」と驚いた。
「この船の他には、あの星だけしか無いんだろう? なのに出て行けと?」
「ああ。…よほど邪魔なんだろうな、ミュウというのが」
人類は、とフウとついた溜息、「そんなことは…」と顔を曇らせたキース。
「ぼくも、その…人類だというのに、君は救助をしてくれたわけで…」
きっと誤解があるのだろう、とキースの瞳にキリッと浮かんだ使命感。
人類の世界に戻った時には、自分が誤解を解いてみせると。命の恩人には礼をせねば、と。
「…それをやったら、君も大変だと思うんだが…」
いいんだろうか、と言いつつ、内心ホクホクのジョミー、「上手くいった」と。キースの方は、もう大真面目で、「任せてくれ」と拳を握った。
「まだ学生だが、いずれはメンバーズになるわけで…。その時は、必ず」
恩を返す、とガッチリ握手。「男と男の約束だ」と。
こうしてジョミーが友好を深めている間にも、色々と入る有益な情報。
キースは学生気分だけれども、本当はメンバーズ・エリートだから。おまけに心理防壁の訓練を受ける前の状態までリセットだから…。
(……読み放題……)
サムとマブダチだったことまで読み取れた。これはなんとも美味しい話。
(…サムは、ぼくと友達だったばかりに…)
悲しい結末になったけれども、サムの犠牲は無駄にはすまい。代わりにキースと友達になって、ミュウの未来をガッツリ掴もう、と決意したジョミー。
さりげない風で振った話題がサムの話で、キースは一気に食い付いた。
「そうだったのか、何処かで聞いた名前だとは思っていたんだが…」
君がサムの、と喜んだキース。「サムとは同級生なんだ」と。
「なんだ、君もサムと知り合いだったのか…!」
奇遇だよね、と叩き合った肩、ますます深くなった友情。
キースはすっかり「ミュウと友達」、たとえ記憶が戻ったとしても…。
(…これだけしっかり叩き込んでおけば…)
もう安心だ、とジョミーが弾いたソロバン、其処へ最強のミュウがやって来た。
何のはずみか、十五年もの長い眠りから覚めた先代の長で、ひょっこりと顔を覗かせて…。
「話の途中に申し訳ない。…お邪魔するよ」
ぼくも一緒にいいだろうか、と話に入って来たジジイ、いやソルジャー・ブルー。
見た目は若いし、キースは全く気にしなかった。「友達が一人増えた」という程度の認識。
ソルジャー・ブルーは何もかも、とうにお見通しの上に、巧みな話術。
キースはミュウの迫害の歴史と苦労話に滂沱の涙で、「きっと助ける」と約束した。
「今は一介の学生の身だが、君たちのためにも努力しよう」
まずはメンバーズで、必要とあらばパルテノン入りして、国家主席も目指すから、という誓い。
そしてソルジャー・ブルーはといえば…。
(…この男だったら、出来るだろうな…)
ジョミー以上に長生きしていて知識がある分、気付いたキースの生まれというヤツ。
機械が無から創った生命、フィシスと同じ身の上だ、と。人類の指導者候補なのだ、と。
(…そうとなったら、念には念を…)
記憶を取り戻した後も、ミュウとの友情も約束のことも忘れるなよ、とサックリとかけた強力な暗示。たとえ機械が干渉したって消せないレベルとクオリティで。
ダテに長生きしてはいないと、ソルジャー・ブルーを舐めるんじゃない、と。
かくして駄目押し、人類統合軍の犬だったキースは、根っからミュウ派になってしまった。
記憶喪失が治ったとしても、忘れはしないミュウとの友情、それに約束。
其処へ「アニアン少佐、聞こえますか!」と、彼の部下らしきミュウが来たものだから…。
「…キース、迎えが来たようだ」
其処まで送ろう、と申し出たジョミー。
「ありがとう。…今日まで世話になった」
約束のことは忘れないから、とキースはジョミーとしっかり握手で、ソルジャー・ブルーや長老たちとも握手で別れた。「感謝する」と。
そんなキースを、ジョミーがマツカの船まで送ったわけだから…。
「…アニアン少佐、どうしたんですか!?」
ぼくを覚えていないんですか、と頑張ったマツカ。なんとか記憶を取り戻させようと。
「あ、ああ…。マツカ、どうした?」
私は何を…、とキースの記憶は戻ったけれども、その後のことは推して知るべし。
男と男が交わした約束と熱い友情、それは有効だったから。
ソルジャー・ブルーが駄目押ししたせいで、グランド・マザーにも手出しは出来なかったから。
人類の指導者となるべき男が、ガッツリしっかり、ミュウ派な男。
これでメギドが出るわけがないし、ミュウとの全面戦争だってあるわけがなくて…。
さほどの時を置かない間に、ミュウは地球まで行ってしまった。
グランド・マザーもキッチリ止められ、人類とミュウはアッサリ和解。
だからナスカは滅びもしないで、シャングリラは幼稚園だった。
トォニィたちの急成長が無かったからして、なんとも賑やかな船の中。
ソルジャー・ブルーの青の間にまで、遠慮なく走り込む幼児。トォニィを筆頭に、ワイワイと。
ナキネズミの尻尾を掴んで振り回しながら、「グランパ、いる!?」と叫びながら…。
落とした記憶・了
※キースの打ち所が悪かったら…、と考えてしまったナスカ墜落。ヘルメット無しだから。
記憶喪失だと案外いいヤツだろうし、本当にこういうオチになりそう。打ち所って大切かも。
(えーっと…?)
まさか此処まで仰々しいとは、とブルーが眺めてしまった衣装。ソルジャー用の。
シャングリラの改造が無事に済んだら、今度は制服の案が出て来た。言い出しっぺは誰か忘れたけれども、乗り気になったのが船の仲間たち。ついでに長老のヒルマンやエラも。
(…みんな同じデザインだと思ったから…)
いいだろう、と答えたことは覚えている。仕事の時には誰もが制服、寛ぐ時には私服だろう、と考えたから。日々の暮らしにメリハリがつくし、悪くはないと。
ところがどっこい、甘かったのがブルーの考え。
(誰も、公私の切り替えなんて…)
まるで頭に無かったらしい。船の中が世界の全てなのだし、公私のけじめは無いも同然。食事をするのも皆で食堂、休憩するなら休憩室。個人の部屋には寝に帰るだけ。
つまりは寝る時だけが個人の時間で、そういう意識もイマイチ無かった。ミュウは思念で会話が出来るし、個人の部屋に戻った後にも壁越しに話が出来る生き物。
(壁に耳あり障子に目あり…)
そんな感じで、まるっと筒抜け。「覗こう」という気になりさえすれば。覗かれる方でも、殆ど気にしていない状態。「流石にトイレは覗かないだろう」という程度の意識。
(…そのトイレだって…)
思い立ったら、個室からでも思念波で喋りまくるのがミュウ。
女性は控えているようだけれど、男性の方は遠慮が無かった。「誰か、紙をくれ!」と思念波が飛んで来るのは日常茶飯事、酷い場合は「じきに出るから、席、取っといてくれ!」。
取っておいてくれ、と個室から叫ぶ席取り、食堂だから始末が悪い。デリカシーも何も、それが個室から言うことかと。時によっては「もうちょっとかかる」だったりするのだから。
シャングリラはそういう船だったから、制服を作ると決まった途端に「楽でいい」という方向へ転がったのが仲間たち。コーディネートを気にしなくていいし、制服と寝間着でオッケーな日々。
(…寝間着でコンビニ、家ではジャージ…)
遠い昔に、地球の島国、日本とやらで、大手を振ってまかり通っていた生活。
そう聞かされても「コンビニにジャージ?」と首を傾げるしかなかったけれども、その日本では楽な生き方でライフスタイル。寝間着でコンビニ、家ではジャージが。
それと同じに楽なのがいい、とシャングリラの仲間が飛び付いたものが制服だった。昼は制服、夜は寝間着があればオッケー、と。要は制服がジャージ感覚。
なんだかサッパリ分からないままに、「そういうものか…」と頷いた自分。
仲間たちにはシャングリラが世界の全てだからして、公私のけじめがどうこう言うより、気楽な船がいいのだろうと。
「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」は謎だけれども、恐らくはアットホームな雰囲気。来る日も来る日も同じ面子で暮らす船だし、制服でピシッとキメるよりかは…。
(…アットホームに、家ではジャージ…)
このシャングリラを家だと思って、制服を着てジャージな世界。きっとそっちが素敵だろうし、船の仲間たちも喜ぶだろう、と。
かくして決まった制服なるもの、早い話がシャングリラのジャージ。それさえ着たなら、立派に通路を歩ける代物、コンビニにだって出掛けてゆける。
シャングリラにコンビニは無いけれど。…スーパーだって無いのだけれども、寝間着でも行ける場所だと言うなら、ジャージだったら無問題。
(…何処へ行くにも、きちんと正装…)
そういう扱いになるのが制服、本当の所はジャージでも。着ている仲間の感覚としては、自宅で寛ぐための服でも。
(…ジャージというのは知らなかったが…)
皆が着たいなら、反対する理由は何も無い。船での暮らしが楽になるなら、アットホームな船になるのなら。
せっかく素晴らしい船が出来たし、同じ船なら「我が家」がいいに決まっている。遠い昔から、「住めば都」とか、「狭いながらも楽しい我が家」と言うそうだから。
(…ジャージと言われても、ぼくにはサッパリ分からないから…)
任せる、と言った制服のデザイン。
素人の自分が口を出すより、プロに任せた方がいい。なまじ肩書きがソルジャーなだけに、口を出したらマズイから。ジャージが何かも分からないのに、何も言うべきではないだろうから。
(…どういう服かも謎なんだし…)
こうした方が、と言ったばかりに、「ソルジャーの御意志だ」と着心地の悪い制服が出来たら、本末転倒。楽に着られるジャージが台無し、皆もガッカリだろうから。
そう思ったから、放置プレイを決め込んだ。制服の件で何を訊かれても、「任せる」とだけ。
出来てくるのはジャージなのだし、着心地はいいに決まっているから。それさえ着たなら、船の何処でも堂々と歩いてゆけるのだから。
その内に決まったらしいデザイン、その段階でも放置した。素人なソルジャーの鶴の一声、何かウッカリ言おうものなら振り出しに戻りそうだから。「やり直しだ」と。
(…放っておいたのは、ぼくなんだが…)
自業自得と言うんだが、と溜息しか出ない届いた制服。
「ソルジャーの制服はこちらになります」と、係の者が自身たっぷりに運んで来た。ソルジャー専用の部屋になっている青の間へ。「きっとお似合いになりますよ」と。
(…あの時点で気付くべきだった…)
皆と揃いのジャージだったら、似合うも何もないということに。誰でも同じデザインだから。
「ちょっと捻ってあるのだろうか」とチラと思って、「ありがとう」と受け取っておいた制服。同じジャージでも、他の仲間とは色合いを変えてあるだとか。線が一本多いだとか。
その程度だろうと決めてかかった制服、係の者が去って行った後でケースを開けたら…。
(…マントに、ブーツに…)
おまけに手袋、どう考えてもジャージではない。「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」、その精神とはかけ離れたもの。
いくらなんでも、自宅でマントは無いだろうから。手袋だって有り得ないから。
失敗した、と悟った敗北。
ジャージな制服の仲間はともかく、自分は明らかにババを引かされたクチで、貧乏クジ。
きっとソルジャーだからだろう。口出ししたなら、ジャージのデザインも変わってしまいそうな立ち位置、それがソルジャー。なんだかんだで「船で一番偉い人」。
それに相応しくデザインされたのがマントや手袋、ブーツに仰々しい上着。
(…ぼくだけが仲間外れなのか!?)
仲間たちはジャージな制服なのに。思念で軽く船を探ったら、既に制服を着ている仲間が大勢。
「これは楽でいい」などと言いながら。「何処へ行くのも、これでオッケーなんだよな?」と。
男性はもちろん、女性も着ている揃いの制服。男性用と女性用、その二種類だけ。
(…ぼくだけがババだ…)
やられたんだ、と気付いたけれども、時既に遅し。「任せる」と言った自分が悪い。
さりとて大仰すぎる制服、何処から見たって「ジャージ」からは遠い代物なのだから…。
『ハーレイ!!』
なんでもいいからサッサと来い、という勢いで飛ばした思念。
船の責任者はキャプテンなのだし、幸か不幸か自分の右腕。当たり散らすなら妥当な人材、この際、アレに八つ当たりだと。…他の仲間を怒鳴れない分、アレに向かってブチ切れてやる、と。
そうしたら…。
「お呼びでしょうか?」
何か御用でも、と駆け付けたキャプテン、彼の制服は振るっていた。他の仲間とはデザインからして別物な感じ、色も違えば形も違う。それにマントで肩章まで。
(…同士発見…!)
こいつもババだ、と直感したから、零れた笑み。「…なんだ、君もか」と。
「君もそういう制服なのか…。ぼくだけなのかと思ったよ」
強烈なのは、と衣装ケースの中を指差したら、「お召しにならないのですか?」という返事。
「見た目はともかく、着やすいですよ。…これが意外に」
「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」とは、よく言ったもので…、と笑顔のキャプテン。肩章までがついた制服、それが案外、着やすいらしい。今までの適当な服に比べて。
「…そうなのかい?」
そんな風には見えないけれど、と上着を引っ張り出して眺めていたら。
「お手伝いしますから、お召し下さい。デザイン係の自信作だそうで…」
寝間着でコンビニも兼ねたそうです、と着せ付けられたソルジャーの制服。他の仲間たちが着ている制服、それにプラスして上着でマントで、手袋なブツ。
ついでにブーツもセットなわけで、なんとも御大層な衣装だけれど…。
(…おや?)
本当に軽い、と思った制服。これを着せられる前に着ていた服が、やたら面倒に思えるほどに。あっちの方が厄介なのでは、と感じたほどに。
「…如何ですか?」
それは着たまま寝られますよ、とハーレイは自信満々だった。「寝間着でコンビニ、その精神でデザインされた服ですから」と。
曰く、「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」が皆の制服のコンセプト。
同じ制服を作るのだったら、欲張りに。寝間着もジャージも兼ねるヤツをと、それ一着で両方に使える制服がいい、と。
「…この服のままで寝られると?」
マントにブーツに手袋付きで、と確認したら。いくらなんでも、ブーツに手袋、マントくらいは外すのだろうと思ったら…。
「ご安心下さい。全部そのままでお休みになれる仕様です」
仲間たちの制服と同じですよ、という太鼓判。ソルジャーだけに立派なデザインだけれど、服のコンセプトは同じだと。「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」の精神だと。
つまりはマントもブーツも手袋だって、着けたままで楽々と眠れるデザイン。眠って起きたら、そのまま寝起きでコンビニにだって行ける逸品。それがソルジャーの制服らしいから…。
「…なるほどねえ…」
これがそうか、とベッドにゴロンと転がってみたら、納得の出来。マントもブーツも、まるっと寝間着のような感覚。下手な寝間着より、よっぽど快適な出来だったから…。
「素晴らしい制服をありがとう」と御礼を言う羽目に陥った。八つ当たりの代わりに、真面目に御礼。「ジャージが何かは知らないけれども、いいものだね」と。
ソルジャーの制服は立派過ぎても、正体はジャージそのものだった。寝間着でコンビニ、そんなズボラな精神までをも兼ね備えたブツ。
シャングリラの制服はどれも同じで、船の中なら何処でも「我が家」なミュウの仲間たち。
そんなわけだから、誰もが愛用した制服。「もう寝間着だって要らないや」と。寝るためだけに着替えているより、制服の方がよっぽど楽だ、と。
船中がその精神なのだし、誰だって染まる。楽な方へと流れたがるのが人間だから。
「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」な制服があれば、制服一択。みんな揃って制服ライフ。
やがて船から寝間着は無くなり、頂点に立つソルジャーまでもが…。
(寝る時もこれに限るんだよ)
明日も起きたらこのままでいいし、と制服のままで寝ることになった。それが一番楽だから。
ブーツまで履いたままでいたって、下手な寝間着より楽だったから。
そんなわけだから、後にブルーが十五年もの長い眠りに就いても、寝間着が出ては来なかった。
ソルジャー・ブルーが好きな寝間着は、例の制服だったから。
マントにブーツに手袋つきでも、「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」。
どんな寝間着より楽に寝られて、リラックスできるブツだから。
いつ目覚めたって「寝間着でコンビニ」、そのまま通路を歩いてオッケーなのだから…。
ソルジャーの制服・了
※なんでブルーはソルジャーの服で寝てるんだ、と放映当時から思ってました。見る度に。
深い理由があるんだろう、と考えてたのに、こうなったオチ。…これもアリかも?
(なんだかさあ…)
凄いんだよね、とジョミーが毎回、思うこと。
ミュウの母船なシャングリラとやらに連れて来られて、今や無理やりソルジャー候補。
でもって、顔を出さねばならないブリッジ、其処に入って見回す度に。
とある人物が座っている席、それが目の端を掠める度に。
(……短すぎない?)
あのスカート丈、と眺めてしまうヤエの制服。
丸い眼鏡がトレードマークのヤエだけれども、そんなモノより気になるスカート。
ミュウの船では誰もが制服、男性も女性も制服しかお目にかからない。私服は多分、フィシスとアルフレートくらいだろう。似た服装を他に見掛けないから。
キャプテンもソルジャーも長老たちも、きっとそれなりに制服な筈。
それは納得したものの…。
(なんでヤエだけ…)
生足なんだろ、と思ってしまう、短すぎるスカートから覗く足。
他の女性は全員、タイツを着用だった。女性の服には詳しくないから、スパッツだとかレギンスなのかもしれないけれど。
とはいえ、タイツだろうがスパッツだろうが、レギンスだろうが、足は隠れる。まるっと隠れて見えないのが肌、透視でもしない限りは無理。
(…透視も出来ない仕様かもね?)
試したことは無かったけれども、なにしろミュウの船だから。
その気になったら透視が出来る人材多数で、服だって透視しかねない。スケベな男が船に紛れていたら、だけれど。
だから素材にも気を配りそうなミュウたちの制服、特に女性は。
間違っても下着を見られないよう、細心の注意を払っていそうな船なのに…。
配慮たっぷりな女性の制服、それに真っ向から挑むのがヤエ。
いつ見ても短すぎるスカート、きっと屈んだらパンツが見えるに違いない。屈まなくても何かのはずみで見えそうなパンツ、どう考えてもスレスレだから。
(…立ってるトコ、滅多に見ないけど…)
自信満々で立っているヤエ、そのスカートは非常に短い。何処から見たってスレスレなライン、あとほんの少し短かったらパンツが覗くスカート丈。
あまりにも微妙なラインだからして、当然、ブリッジで座っていたら…。
(…目のやり場ってヤツに困るんだよね…)
ウッカリ正面に回り込んだら、その時にヤエが踏ん張っていたら。…そう、両方の足を。
彼女は非常に男前な性格、何かと言ったら踏ん張る両足。おしとやかに足を揃えて斜めに座ればいいと思うのに、足をドカンと開いたままで。
彼女の前にはモニター画面もあるのだけれども、それは彼女の足を隠しはしないから…。
(……パンツ、丸見え……)
初めて現場に出くわした時は、目を剥いた。「あれは、パンツと言うんじゃあ?」と。
それは潔く見えていたパンツ、ヤエの両足の間にバンッ! と。
「このパンツ様に文句があるか」と、そうでなければ「このパンツ様が目に入らぬか」。
そういう感じで堂々とパンツ、ヤエは隠しもしなかった。
少年とはいえ、男の自分が前を通ってゆくというのに。足を広げて座っていたなら、スカートの下の「おパンツ様」が丸見えなのに。
なんて人だ、と度肝を抜かれたパンツな一撃、パンチではなくてパンツな一発。
マトモに食らって受けた衝撃、「どうしてパンツ」と、「なんで生足?」と。
ヤエがタイツを履いていたなら、パンツは見えはしないから。
スパッツだろうがレギンスだろうが、女性用の制服に足を隠すモノはあるのだから。
けれど、凄すぎた「おパンツ様」。
うっかりチラリなら、まだ分かるけれど、御開帳とも言っていいほどの「足を開いて」丸見えなパンツ。普通だったら有り得ない。
だから、一瞬、目を剥いたけれど、「勘違い」だと考えた。
育英都市とは縁が薄いものの、フィギュアスケーターという職業の女性。そういうプロの女性が華麗にリンクを滑る映像、そっちの方なら何度も見ていた。「あんな世界もあるんだな」と。
彼女たちの衣装は実に大胆、肌の露出が凄いけれども…。
(あれって、見た目だけっていうヤツなんだよね…)
厳しい規則があると言うのか、それともスケートリンクの気温が低いからだろうか。
露出が凄いと見せかけておいて、実の所は肌色の衣装だったりする。手足をまるっと覆う肌色、場合によってはスケート靴まで。
ヤエの足だって、それだと思った。
おパンツ様から覗く両足、生足に見えてホントはタイツ、と。
なのに…。
タイツだよね、と眺めた足は、思いっ切りの生足だった。
アタラクシアの家で母が履いていたような、ストッキングさえ無い有様。肌色の部分はキッパリ生肌、そういう言葉があるのなら。
足が綺麗に生足だったら、パンツも当然、本音でパンツ。…きっと。
フィギュアスケーターの女性の服なら、パンツも衣装の一部なのに。タイツとセットで。
(…あれって、パンツ…)
真面目にパンツ、と思わず見てしまったわけで、お蔭でしっかり理解した。見せパンツですらも無いことを。凝ったフリルがついているとか、レースとかではなかったから。
男前の極みな飾り無しのパンツ、実用本位としか言えないパンツ。
(……テニスの人なら、見えても可愛いパンツだから……)
ファッション用語には疎いけれども、テニス選手の女性が履くのは「見えてもオッケー」という仕様。やたらゴージャスにフリルだったり、オシャレだったり。
けれどもヤエのパンツはと言えば、そんな気配さえ無いわけだから…。
本物のパンツ、と唖然呆然、其処へ「なにか?」と射るような視線。
おパンツ様の持ち主のヤエが、眼鏡の向こうからガン見していた。目を丸くしたままで、ヤエのパンツを見ていた自分を。
「アンタ、文句があるわけ?」と。
「私のパンツに文句があるなら、アンタが消えたらいいじゃないの」と。
それは恐ろしかったのが視線、「すみませんでした!」とばかりにダッシュで逃げた。
「パンツを拝んでごめんなさい」と、「本当に、ぼくが悪かったです」と。
きっとヤエには、あのスタイルがデフォだから。
ブリッジで足を踏ん張った時は、燦然と輝く「おパンツ様」。
その光景に文句があるなら此処に来るなと、「私の前に立つんじゃねえ!」と。
もう本当に怖かったから、それ以来、ヤエの前を通る時にはガクガクブルブル。
間違ってもパンツを見ませんようにと、ヤエが両足を踏ん張っていたら、そっちを向くなと。
(…あれから長く経つんだけれど…)
ブリッジクルーは、誰も気にしていないらしい。ヤエの股間の「おパンツ様」の方はもちろん、激しく短いスカート丈も。
ヤエがキリッと立っていようが、足を踏ん張って座っていようが、挙動不審な人間はゼロ。
早い話が「普通の光景」、おパンツ様でも気に留めないのがブリッジクルー。
いつ目にしたって、ヤエの両足は生足なのに。
足をガバッと開いて踏ん張っていたら、おパンツ様が丸見えなのに。
(キムも、ハロルドも…)
やたらと口うるさそうなゼルも、厳格そうなキャプテンだって、スルーしているヤエの生足。
ついでに「おパンツ様」もスルーで、「足を閉じろ」と注意もしない。
(…あそこまで行ったら、凄すぎて…)
チラリズムも何も無いんだけどね、と思うけれども、気になるヤエの「おパンツ様」。
その原因のスカート丈だって、どうにも気になるものだから…。
「えーっと…。ブルー…?」
ちょっと訊いてもいいでしょうか、と思い切って訊いてみることにした。
青の間のベッドに横たわる人に、シャングリラのトップなソルジャー・ブルーに。
「…なんだい?」
サイオン訓練のことだろうか、と赤い瞳が瞬きするから、「すみません…」と謝った。
生憎、そんな高尚な質問ではなくて、モノが「おパンツ様」だから。ヤエのスカート丈だから。
「えっとですね…。前から気になっていたんですけど…」
どうしてヤエのスカートだけが、と単刀直入、「短いのには理由があるんですか?」と。
あるのだったら教えて欲しい、と赤い瞳を見詰めたら…。
「…ヤエのスカートねえ…」
ずいぶんと古い話になるが、とブルーは昔語りを始めた。
「これはヤエが若かった頃の話で」と、「今も姿は若いけどね」と。
まだヤエの年齢が外見と一致していた若き日、シャングリラは今より弛んでいた。
制服はきちんとあったけれども、改造が流行っていた時代。若人の間で、それは色々と。
「…長いスカートが流行る時やら、短い時やら、もうコロコロと変わってねえ…」
男の方だとそれほど目立たなかったけれどね、とブルーが瞬きしているからには、男性だって、多分、改造したのだろう。…何らかの形で、制服を。
けれども、分かりやすいのが女性。スカート丈がグンと伸びたり、縮んだりと。
その状態にキレたのが「風紀の鬼」と呼ばれたエラ女史、ついでにゼル。
二人が船中に出した通達、「制服の改造はまかりならぬ」という代物。
そしてギリギリの丈に縮めたスカート丈。今の女性の制服がソレで、強制されたタイツの着用。
丁度、短くするのが流行っていた時期だったから。
「こんなに短くしてやったのだし、文句を言うな」という姿勢。
パンツが見えては困るのだったら、タイツを履いてカバーすべし、と。
「…それでタイツが出来たんですか…」
スカートも短くなったんですね、と頷いたけれど、それならヤエの生足は…?
いったい何故、と思うまでもなく、ブルーは疑問の答えをくれた。
「ヤエは当時から男前でねえ…。今もだけれど…。だから…」
短いスカート丈も上等、履いてやろう、と颯爽と生足でデビューした次第。
他の女性たちが「タイツを履いても、見えそうよね…」と、恥じらったりもしたスカート丈を、まるで全く気にも留めずに。
「こういうスカート丈の服だし、パンツは見えて当然だから」と。
そしてブリッジでもドカンと座った、いつもの自分のポジションに。
お上品に足を揃えるどころか、大股開きで、男前に。
「…じゃ、じゃあ…。あのヤエの服は…」
本当に生足で、本物のパンツだったんですか、と震える声で確認したら、「そうだ」と重々しい返事。「ヤエはそういうスタンスだから」と、「ヤエのカラーだと思いたまえ」と。
かくして謎は解けたけれども、余計に意識するパンツ。それに生足。
(……男前なのは分かるけど……)
アレはやっぱりどうかと思う、と溜息を漏らすジョミーの考え、それは間違ってはいなかった。
惜しげもなく晒されたヤエの生足、燦然と輝く「おパンツ様」。
うっかりチラリならマシだけれども、いつでも全開、色気も何も無いものだから…。
後に人類との本格的な戦闘の最中、ヤエは格納庫で泣くことになる。
トォニィが乗る機体の調整、それをしていた時のこと。
「あいつら、青春してんじゃん…」とヤエが眺める先に、トォニィ。それにアルテラ。
トォニィにちょっかいをかけに来たアルテラ、追い払おうとするトォニィ。
何処から見たって似合いの二人で、ヤエにだって分かる「いい雰囲気」。
だからガックリ項垂れて泣いた、もう目の幅の涙を流して。
「…私だって、若さを保って八十二年…。何がいけないの、何が…」
何が、と泣きの涙のヤエには、未だに分かっていなかった。
短すぎるスカートから覗く生足、それに「おパンツ様」のせいだと。
男前は大いに結構だけれど、肝心の男はそれでドン引き、けして近付いては来ないことなど。
何かのはずみにチラリとは、まるで違うから。
「おパンツ様」では、色気も見事に飛んでしまって、目のやり場に困るだけなのだから…。
ヤエのスカート・了
※シャングリラの女性たちが着ている制服。どういうわけだか、タイツ無しのヤエ。
当時から不思議に思ってましたが、ネタになる日が来るとは予想もしませんでした…。
東北応援な大河ドラマが「八重の桜」だから、熊本応援に「ヤエのスカート」。
馬鹿ネタですけど。
(パルテノン入りは、願ったり叶ったりではあるのだが…)
元老も悪くはないのだが、とキースが零した大きな溜息。
初の軍人出身の元老、国家騎士団総司令からの華麗な転身。強力な指導者を必要とする今の時代にピッタリの地位で、いずれは長年空席のままの国家主席に、とは思うけれども。
(どうにも性に合わんのだ…)
デスクワークというヤツが、と愚痴りたくなる自分の現状。
国家騎士団総司令の頃は、制服は軍人らしいもの。それに相応しく動き回れた、トレーニングの場所にも困らなかった。
「少し出て来る」と言いさえすれば。
射撃だろうが、プールで泳いでいようが、走り続けようが、筋トレだろうが。
ところが、パルテノン入りを果たして元老の地位に就いた途端に…。
(此処にはジムの一つも無いのか…!)
どおりでメタボが多いわけだ、と元老どもの顔と姿を思い浮かべる。ハゲのアドスはメタボそのもの、着任前の暗殺計画で拘束したのもメタボな元老。
他にもメタボな面子は多くて、ようやっと理解した理由。
彼らは元からデスクワークな人間ばかりで、軍人とは違う世界の住人。同じエリートでも、自分とは別の人種だと。人類とミュウが別物なように、生え抜きの元老たちと自分は違う、と。
彼らの私服はスーツにネクタイ、トレーニングに向いてはいない。ストレッチだって。
(足を大きく広げた途端に、ズボンがビリッと裂けるのだろうな)
あれでは蹴りも繰り出せまい、と呆れるスーツの機能性。
よくもあんな服を着ていられるものだと、この元老の制服も大概だが、と。
(こんな格好では戦えないぞ…)
王子様か、と言いたくなるような制服、これではロクに動けもしない。戦いの場では。
お伽話の王子よろしく、剣を握ってのチャンバラくらいが限界だろう。そういった感じ。
厄介な制服もさることながら、ジムが無いのが辛かった。
同じジムでも「事務」の方なら、デスクワークなら満載だけれど。来る日も来る日も、ひたすら座業。座り仕事で終わる毎日、出勤前後に家で筋トレ、それが精一杯の運動。
(執務室で下手に運動したなら…)
不意の来客の時に困るし、それを狙っての訪問もある。引き摺り降ろそうと企む面々、アドスや他の元老たち。「アニアン閣下は御在室かな?」と。
其処でウッカリ運動中なら、格好の餌を与えてしまう。「これだから軍人出身の奴は」と。他の者とは不釣り合いだし、早々に降りて頂きたいと。
ゆえに出来ない、日々の運動。
国家騎士団総司令ならば、颯爽と走ってゆけるのに。
「少し出て来る」と言いさえしたなら、運動も射撃も、思いのままに出来たのに。
(…まったく…)
誰がパルテノンなぞを考え出したのだ、と溜息しか出ない座業の日々。
思えば、あの頃が自分の頂点だった、と懐かしく思い出すジルベスター星系。
(ミュウの長どもと、派手にやり合って…)
奴らの船では、下っ端に蹴りを山ほど食らわせたし、とアクティブだった日々に思いを馳せる。なんだって元老になったのだろうと、最前線の方が向いていたのに、と。
(…必要なことだと分かってはいるが…)
辛いものだな、と苦痛な座業。デスクワークをやっているより、最前線、と。
そんな具合で、心に愚痴を溜め込み続けるものだから…。
「…アニアン閣下のことなんだが…」
お前、何か気付いていないか、とセルジュが呼び止めたキースの側近。実はミュウなマツカ。
「何かって…。どういう意味ですか?」
振り返ったマツカが訊き返したら、「こう、何か…」と言い淀むセルジュ。普段はハキハキ、嫌味の類も遠慮なく吐くのがセルジュなのに。
(………???)
何事だろう、と訝しむのがマツカだけれども、此処で心を読めもしないし、突っ立っていたら。
「…あえて言うなら、お身体だろうか」
肩が凝ったとか、目が霞むだとか、そういったことを…。
仰っておられないだろうか、と問われてハタと気付いたこと。そういえば…、と。
「何も聞いてはいませんが…。辛そうに見える時はありますね…」
デスクワークが嫌いなのでしょう、と答えたマツカ。たまにキースの深い溜息を耳にするから。盗み聞きするつもりはなくても、聞こえる時があるものだから。
「やっぱり、そうか…」
マズイな、と呟いているセルジュ。「パスカルも心配してるんだが」と。
「何をです?」
まるで分からない「マズイ」の意味。キースに危険が迫っていたなら、ミュウの自分には分かる筈。暗殺計画だって阻止し続けて今に至るわけだし、どんな危機でも…、と考えたのに。
「…アニアン閣下の側近のくせに、お前、全く気付いていないな」
閣下の危機に、とセルジュはフウと溜息をついた。「考えてもみろ」と。
曰く、国家騎士団に在籍していた頃とは、ガラリと変わったキースの生活。ろくに運動も出来ないどころか、椅子に座りっ放しの日々。
部下の自分たちは以前と同じに、立ち働いているけれど。呼ばれて走って、伝言を伝えに飛び出して行きもするけれど。
「…閣下はそういうわけにはいかない。元老だからな」
トイレくらいにしか立てないだろう、と言われてみれば、そういう毎日。立っているキースをまるで見ないし、いつも机に向かって座っているわけで…。
「それが閣下のお仕事ですから…」
当然なのでは、と口にした途端、「馬鹿野郎!」と罵声が飛んで来た。
「だから、お前は駄目なんだ。コーヒーを淹れるしか能の無い、ヘタレ野郎のままなんだよ!」
閣下の危機にも気付かないのか、とセルジュの拳が震えている。「お前は馬鹿か」と。
「で、でも…。閣下は今は元老ですから…」
以前のようにはいかないでしょう、と控えめながらも意見を述べたら、「役立たずめ!」と怒りゲージが更に上がった。「よく側近が務まるよな」と。
「いいか、閣下は椅子に座るのが辛いんだ!」
「そ、それは…。そうでしょうけど、元老という今の立場では…」
「分かっていないな、問題は椅子だ!」
座り心地を良くして差し上げるのが側近だろうが、と怒鳴られても困る。元老用の椅子は執務室に備え付けの物だし、座り心地はいい筈だから。
あれよりもいい椅子があったとしたって、ポケットマネーで買うのは厳しそうだから。
それともセルジュやパスカルたちが、椅子代をカンパするのだろうか、とマツカはポカンと口を開けたままでいたのだけれども…。
「ヘタレに多くは期待していない。だが、買うくらいは出来るだろう!」
サッサと出掛けて買って来ないか、とセルジュが命じるものだから。
「と、とても買えません…! ぼくには無理です!」
「当然だろうな、俺だって嫌だ。パスカルもきっと嫌がるだろう」
喜んで買いに行くような奴はいない筈だ、と迫られても買えはしないのが椅子。元老御用達の椅子よりも立派な高級椅子など、マツカの給料ではとても買えない。
だから…。
「それじゃ、カンパをしてくれませんか…?」
ぼくのお金じゃ足りませんから、と頼もうとしたら、「カンパだって?」と見開かれた瞳。
「お前、そこまで金に困っているというのか、たかが円座も買えないくらいに…?」
いったい何処で使ったんだ、と驚くのがセルジュ、それに負けない勢いで仰天したのがマツカ。
「円座…ですか?」
なんですか、と真面目に訊いた。円座というのを知らなかったし、どうやら安い物らしいから。
「…円座も知らないヘタレ野郎じゃ、閣下の危機には気付かないよな…」
忠告に来た甲斐があった、とセルジュは説明してくれた。珍しく、とても親切に。
座業ばかりの日々が続くと、襲ってくるのが「痔」という病。
痔を患うと、座るだけでも辛くなる。更に進めば歩行困難、お尻が痛い病だから。
そんな病を患った人を称する言葉が「痔主」なるもの。
円座は痔主の必須アイテム、ドーナツみたいに穴が開いているクッションだ、と。
「アニアン閣下の痔が軽い内に、円座を買え」と、「閣下は自分では仰らないぞ」と。
なにしろキースは我慢強いし、痔を患っても忍の一字で耐えるから。そうこうする内に進むのが痔で、放っておいたら手術するしか治療方法が無くなるから。
「閣下のことだし、薬だって使っておられないだろう」
座薬や塗り薬もあるんだが…、とセルジュが眉間に寄せた皺。本当だったら、それを用意するのも側近の仕事なのだけれども、痔の薬には相性もあるようだし…、と。
「相性…ですか?」
「俺だと効いても、お前では効き目がイマイチだとか、そういうことだな」
だから薬は閣下が自分で調達なさるしか…、とセルジュは何度目だか分からない溜息を一つ。
薬を用立てることは無理だし、せめて円座を閣下に買って差し上げろ、と。
「分かりました。…円座ですね?」
「ああ。店に行ったら、直ぐ分かるだろう」
俺やパスカルは、恥ずかしいから買いたくもないが…。痔主だと思われるからな。
だが、お前なら…、と言われなくても、マツカの覚悟は出来ていた。
ダテに長年、キースに仕えていないから。…キースに命を救われたのだし、「恥ずかしい病」の痔主なのだと勘違いされたって気にしない。それがキースのためになるなら。
「買って来ます。もう、今日にでも」
キリッと思わず敬礼したら、「なら、行って来い」と応じたセルジュ。
「閣下の御用は、俺が代わりに伺っておく」
お前は他の用事で出掛けている、と言っておくから、急いで円座を買って来い!
店で一番いいヤツをな、と促されたマツカは、マッハの速さでパルテノンから飛び出した。店に出掛けて、急いで円座。キースが快適に座れるようにと、痔の進行を食い止められるように、と。
かくしてマツカが買って来た円座、それがキースの椅子に置かれた。パルテノンの執務室の椅子はもちろん、家の椅子にも。
マツカが出掛けた店で一番快適だという評判の円座、痔主の必須アイテムが。
(…………)
何か勘違いをされているような、とキースは円座を眺めたけれど。
自分は痔など患っていないし、どう考えても余計なお世話な物体だけれど。
(…あいつなりに気を回しているのか…)
マツカの心配りは分かるし、あえて怒鳴ることもないだろう。それにいつかは…。
(…本当に痔になりかねないしな、今のままでは)
座業の日々が続くんだ、と唸るキースは、とうに覚悟を決めていた。もう二度と最前線に戻れはしないし、ジムや運動の日々ともお別れ。国家主席になっても座業で、一生、座業、と。
そんなわけだから、キースの椅子には行く先々で置かれる円座。それがマツカの心配りで、何処に行っても必ず円座。
そういう日々が長く続いて、ある日、マツカは突然に逝ってしまったけれど。
友だったサムが「あげる」とくれた大切なパズル、それも壊れてしまったけれど…。
(…円座は残っているんだな…)
大事にせねば、とキースが見詰めた円座。これがマツカの形見になった、と。
だからキースは地球に降りる日、忘れずに部下に円座を持たせた。「運んでおけ」と。
わざわざキースが命令せずとも、セルジュもパスカルも、他の者たちも、痔主には円座が必要なことを充分に理解していたから…。
「諸君。…今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたい」
そう始まった、キースがスウェナ・ダールトンに託したメッセージ。
カメラ目線で話し続けるキースの姿は、上半身しか映っていなかったけれど。下半身は机の下になっていたけれど、彼の椅子には円座があった。
マツカの形見になった円座が。…誰もがキースを痔主なのだと思ったばかりに、買われた品が。
そしてキースは伝説になった、円座に座っての大演説で。
地球の地の底でミュウの長と共に戦った末に、幾つかの円座を彼が座っていた場所に残して…。
主席の必需品・了
※ウチに痔主はいないんですけど、薬局で貰った円座が一個。たまたま床に転がっていて…。
踏んづけてバランスを崩した途端にポンと浮かんだネタ。自分の頭が真面目に謎です。
「出て来い! ぼくの呼び掛けに応えろ、ソルジャー・ブルー!!」
そう叫んで闇雲に走りまくったジョミー。
何処かにいる筈の諸悪の根源、奴を倒すといった勢いで。それは乱暴な足音を立てて。
出て来やがれと、喧嘩上等だと突っ走っていたら…。
『ジョミー…』
いきなり来たのが「頭の中に声」、迷惑極まりないミュウの特徴。思念波とかいうヤツ。
しかし来たのは違いないわけで…。
(キターーー!!!)
来やがったぞ、と立ち止まったら、続きが届いた。
『今、初めて自分の意志で、ぼくの心を読んでいる。…分かるか?』
そう言われても、こっちが困る。そもそも心を読めはしないし、ミュウでもないから。
「…何処にいる!?」
訊いているのに沈黙した相手、綺麗サッパリ無視された。売った喧嘩を華麗にスルーで、何処にいるかも喋らないのがソルジャー・ブルー。
(…あの野郎…!)
真面目に上等、とガンガン走った、「多分、こっち」と思った方へ。
何故だかそういう気分がするから、野生の勘が告げているから。「こっちですよ」と。
(馬鹿にしやがって…!)
あのタコが、と走ってゆくジョミーはまるで知らない、きちんと心を読んでいることを。喧嘩の相手と目した相手の、「あのタコが」というソルジャー・ブルーの。
せっせと勘で走って行ったら、突然、踏み付けた「変な」マンホールの蓋みたいなブツ。
(え?)
なんだ、と思う暇もなくせり上がったソレ、あれよあれよという内に…。
(何処なんだ?)
真っ暗なトコに出たんだけれど、と見回した部屋は深海のよう。暗すぎる中に青い光がぼんやり灯って、妙なスロープが伸びていて…。
(…あいつなのか!?)
ソルジャー・ブルーか、とガン見したのがスロープの先に置かれたベッド。
その上に誰か寝ているからして、恐らくソルジャー・ブルーだろう。さっきフィシスと名乗った女性が言っていたから。「ソルジャーは、とてもお疲れなのです」と。
(あいつが勝手に疲れたわけで…!)
頼んでもいないのに、妨害してくれた成人検査。「助けた」も何も、余計なお世話。
もしも邪魔されなかったならば、「不適格者」にはなっていないから。今頃は成人検査を無事にパスして、大人の仲間入りだったから。
(よくも人生、メチャクチャにしてくれやがって…!)
この礼はキッチリしてやらないと、とスロープをズンズン歩いていった。「一発、殴る」と。
疲れていようが、寝込んでいようが、「このジョミー様を、舐めるんじゃねえ!」と。
そうしたら…。
(へ?)
なんて奴だ、と見開いた瞳。
ソルジャー・ブルーは、なんとブーツを履いたままでベッドに寝ていたから。それも半端な長さではない立派なブーツで。
(靴のままでベッド…)
それは無いだろ、と呆れた行儀。アタラクシアの家で、何度叱られたか分からないから。
懐かしい家で優しい母から、「靴を履いたままで、ベッドに寝ないで頂戴!」と。
ブーツではなくて、スニーカーだったのに。…目の前のタコより、よっぽど可愛かったのに。
(それも、いい年こいた大人が…)
ブーツなんか履いて寝てんじゃねえよ、と一方的に燃やした闘志。やっぱり殴る、と。
けれども、ソルジャー・ブルーと来たら、「よっこいしょ」といった調子で起き上がって来て、悪びれもしないものだから。
「…あなたが…」
殴り飛ばす前に確認しよう、と睨み付けたタコ、いやソルジャー・ブルー。
ブーツで寝るようなタコの方では、まるで気にしていないらしくて、ベッドから下りると平然とこっちに近付いて来た。キモチ年寄りっぽい足取りで。
「…こうして会うのは初めてだね。…ジョミー」
言い種からして、もう本当に「悪い」とも思っていないタコと分かるから、怒鳴ってやった。
「どうして、ぼくなんだ!」
…どうして、あんな夢を見せたりしたんだ、ぼくはミュウじゃない!!
ブチかます、と取ったファイティングポーズ、握り締めた左手の拳。
なにしろミュウは弱いそうだし、利き手はマズイだろうから。後々の自分の立場を思えば、利き手は封じて、左で殴るのが吉だから。
「どついたるねん」とばかりにグーで構えて、にっくきタコにガンを飛ばしたけれど。
どのタイミングで一発かますか、闘志満々だったのだけれど。
(…え?)
こいつ、いったい…、と「ブーツでベッド」以上に呆れた、目の前のタコの態度なるもの。
本当に真面目に信じられない、これが初対面の相手に向かってやることか、と。
(……すっげえ態度……)
ぼくのママでも怒るから、とポカンと眺めたヘッドフォン。…タコが頭に装着している、とても立派でデカイ代物。さぞや音質がいいのであろう、と容易に想像出来るブツ。
(…誰かと喋る時には、外せよ!)
何を聴いてるのか知らないけれど、とブーツを履いて寝ていた以上にムカつく光景。
いくら船では一番偉いのがソルジャーとはいえ、どう考えても舐められている。ヘッドフォンを頭にくっつけたままで、「初めてだね」も何もない。
こうしている間も、ソルジャー・ブルーは、目の前のタコは…。
(…何かガンガン聴いているんだ…)
こっちの喋りは適当に聞いて、お気に入りの曲か何かに夢中。そうでないなら、ヘッドフォンを外す筈だから。…そのままで客には会わないから。
ブーツのままで寝ていたことも大概だけれど、ヘッドフォン。もう本当に最悪すぎるのがタコ、これが長だと言うから泣ける。ミュウどもの態度が悪い理由も分かってしまった。
(…トップがこれじゃあ…)
誰の態度も右へ倣えで、礼儀も何も無いだろう。喧嘩を売って来たミュウの少年、あれも恐らく目の前のタコの日頃の言動、その薫陶を受けて育った結果。
これは仕方ない、と嫌すぎるけれど理解した。こんな長なら、ああなるよ、と。
だからMAXな怒りをぶつけた、諸悪の根源なタコ野郎に。ソルジャー・ブルーに。
「成人検査だって、あんたが邪魔しなければ、ちゃんと通過していたかもしれない!」
そうしたら…。ぼくは、こんな所に来たくはなかった…!
殴る気力も失せていたから、仰いだ天井。なんてこった、と。
この期に及んでも、ヘッドフォンを外そうともしないのがタコ、何を言っても無駄すぎる相手。
馬の耳に念仏だとか、馬耳東風だとか、それを文字通りに体現するタコ。
「聞く耳なんかは持っていない」と、今も音楽鑑賞中。でなければ落語か野球中継、お笑い番組かもしれない。…そういうコンテンツがSD体制の時代にあるかどうかは、ともかくとして。
まるで全く聞かないのがタコ、右から左へスルーどころか、「聞きませんよ」なヘッドフォン。
どんなに怒りをぶつけてみたって、タコの脳内ではBGM以下の扱いだから。
次の瞬間にもプッと吹き出し、もうケタケタと笑い出すかもしれないから。…聴いているのが、今をときめく最高の漫才とかだったなら。
どうせ聞いてはいないんだろう、と諦めの境地で見詰めたタコ。あのゴージャスなヘッドフォンから流れているのは、イケてるロックか、はたまたヘビメタ、あるいはまさかのクラシック、と。
無駄に美しすぎる顔だし、キャラ的に似合うBGMならクラシック。
そうは言っても酷すぎる態度、どちらかと言えばパンクとかだよ、とか思っていたら…。
ゆっくりと赤い瞳を瞬かせたタコ、そして静かに口を開いた。
「では…、どうしたい?」
「えっ?」
あまりにも意外すぎる展開、一応は聞いていたらしいタコ。
そういうことなら、とダメ元で大声で喚いてやった。今だってタコが聴き続けている、ロックのビートに負けないように。
「ぼくをアタラクシアに…、家に帰せ!」
でないと殴る、と再び握った左の拳。此処まで態度の悪いタコなら、殴ってしまえ、と。
そこで流れた沈黙の時間、タコが聴いているのは、やはりお笑いだっただろうか。丁度いい所に差し掛かったわけで、聴き逃せない山場なのだろうか、と睨んでいたら…。
「…分かった」
「あ?」
マジで、と見据えたタコの表情、ちゃんと話を聞いていたのか。
…時々、妙に間が開くけれど。
今もやっぱり「だんまり」だけれど。BGMだか、お笑いだかに気を取られていると、この間が語っているのだけれど。…それは雄弁に。
(……この野郎……)
こっちは人生かかってんだよ、と許せない沈黙がちょっと流れて、またタコのターン。
「…行くがいい。…リオ」
ジョミーを送ってやってくれ、というタコの呼び掛け。「はい」と奥から現れたリオ。
『行きましょう、ジョミー』
どうやら本当に帰れるらしくて、其処は非常にラッキーだけれど。
飛び跳ねたいくらいに嬉しいけれども、タコはそれでもいいのだろうか?
(えっと…?)
ぼくを無理やり連れて来たくせに、と歩きながら後ろを振り返ってみたら…。
(…ヘッドフォン…)
そっちの方に夢中なわけね、と知りたくもない現状を把握。
忌々しいタコは、ソルジャー・ブルーは、キッパリ横顔だったから。
こちらに顔を向けさえしないで、ヘッドフォンごと自分の世界にドップリ浸っている最中。
(…はいはい、ぼくよりロックか、お笑い…)
もう知るもんか、と船にオサラバすることにした。
(……ぼくは…ミュウなんかじゃない……)
ブーツを履いたままでベッドに寝ていて、客と話す時もヘッドフォン。
礼儀作法などあったモンじゃない、という最低なタコが統べているのがミュウだから。
どんなに顔がイケていたって、肝心の中身がコケまくっているタコがソルジャーなのだから。
そのタコは今もヘッドフォンを着けて、ベッドサイドで絶賛音楽鑑賞中。
ヘビメタかパンクか、音楽でなければ落語か漫才、そういった感じ。間違えたって、格調の高いクラシックの線は有り得ない。…教養講座の類だって。
勝手にしやがれ、と背を向けておいたソルジャー・ブルー。腹立たしいタコ。
(…どうして……こんなことに…)
礼儀もクソも無いようなタコに、ロックオンされて拉致られたなんて、と泣きたい気持ち。
なんとか家には帰れそうな具合になってきたけれど、最悪すぎるミュウの船。
よりにもよってタコがソルジャー、と仏頂面で歩くジョミーは、夢にも思っていなかった。
ヘッドフォンだと思い込んだブツが、本当は補聴器だったとは。
記憶装置まで兼ねているヤツで、後に自分が受け継ぐことになるモノだとは。
そしてジョミーに「行くがいい」と告げたソルジャー・ブルーも、まるで分かっていなかった。
補聴器が激しく誤解されたことも、「人の話を聞かない奴だ」と思われたことも。
礼儀知らずなタコ野郎だと、ジョミーが怒っていることも。
事の起こりは、ほんの些細な勘違い。
けれども誤解は解けなかったから、ジョミーはサックリ帰って行った。
ほんの一言、説明したなら、きっと無かったろう悲劇。
「これは補聴器なんだけれどね」と、ソルジャー・ブルーが頭を指差していたら。
ブーツでベッドの件はともかく、補聴器だけでも、ヘッドフォンとは違うと言っておいたなら。
…きっと世の中、こんなモノ。
誤解の種など落ちまくりだから、ピーナツ入りの「柿の種」にも負けないレベルなのだから…。
誤解された長・了
※アニテラで全くは説明されずに、突っ走っていたのがブルーの補聴器。かなり後まで。
補聴器なんだと気付かなかったの、視聴者だけではなかったかもよ、という話…。