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主席の必需品

(パルテノン入りは、願ったり叶ったりではあるのだが…)
 元老も悪くはないのだが、とキースが零した大きな溜息。
 初の軍人出身の元老、国家騎士団総司令からの華麗な転身。強力な指導者を必要とする今の時代にピッタリの地位で、いずれは長年空席のままの国家主席に、とは思うけれども。
(どうにも性に合わんのだ…)
 デスクワークというヤツが、と愚痴りたくなる自分の現状。
 国家騎士団総司令の頃は、制服は軍人らしいもの。それに相応しく動き回れた、トレーニングの場所にも困らなかった。
 「少し出て来る」と言いさえすれば。
 射撃だろうが、プールで泳いでいようが、走り続けようが、筋トレだろうが。
 ところが、パルテノン入りを果たして元老の地位に就いた途端に…。
(此処にはジムの一つも無いのか…!)
 どおりでメタボが多いわけだ、と元老どもの顔と姿を思い浮かべる。ハゲのアドスはメタボそのもの、着任前の暗殺計画で拘束したのもメタボな元老。
 他にもメタボな面子は多くて、ようやっと理解した理由。
 彼らは元からデスクワークな人間ばかりで、軍人とは違う世界の住人。同じエリートでも、自分とは別の人種だと。人類とミュウが別物なように、生え抜きの元老たちと自分は違う、と。
 彼らの私服はスーツにネクタイ、トレーニングに向いてはいない。ストレッチだって。
(足を大きく広げた途端に、ズボンがビリッと裂けるのだろうな)
 あれでは蹴りも繰り出せまい、と呆れるスーツの機能性。
 よくもあんな服を着ていられるものだと、この元老の制服も大概だが、と。
(こんな格好では戦えないぞ…)
 王子様か、と言いたくなるような制服、これではロクに動けもしない。戦いの場では。
 お伽話の王子よろしく、剣を握ってのチャンバラくらいが限界だろう。そういった感じ。


 厄介な制服もさることながら、ジムが無いのが辛かった。
 同じジムでも「事務」の方なら、デスクワークなら満載だけれど。来る日も来る日も、ひたすら座業。座り仕事で終わる毎日、出勤前後に家で筋トレ、それが精一杯の運動。
(執務室で下手に運動したなら…)
 不意の来客の時に困るし、それを狙っての訪問もある。引き摺り降ろそうと企む面々、アドスや他の元老たち。「アニアン閣下は御在室かな?」と。
 其処でウッカリ運動中なら、格好の餌を与えてしまう。「これだから軍人出身の奴は」と。他の者とは不釣り合いだし、早々に降りて頂きたいと。
 ゆえに出来ない、日々の運動。
 国家騎士団総司令ならば、颯爽と走ってゆけるのに。
 「少し出て来る」と言いさえしたなら、運動も射撃も、思いのままに出来たのに。
(…まったく…)
 誰がパルテノンなぞを考え出したのだ、と溜息しか出ない座業の日々。
 思えば、あの頃が自分の頂点だった、と懐かしく思い出すジルベスター星系。
(ミュウの長どもと、派手にやり合って…)
 奴らの船では、下っ端に蹴りを山ほど食らわせたし、とアクティブだった日々に思いを馳せる。なんだって元老になったのだろうと、最前線の方が向いていたのに、と。
(…必要なことだと分かってはいるが…)
 辛いものだな、と苦痛な座業。デスクワークをやっているより、最前線、と。
 そんな具合で、心に愚痴を溜め込み続けるものだから…。


「…アニアン閣下のことなんだが…」
 お前、何か気付いていないか、とセルジュが呼び止めたキースの側近。実はミュウなマツカ。
「何かって…。どういう意味ですか?」
 振り返ったマツカが訊き返したら、「こう、何か…」と言い淀むセルジュ。普段はハキハキ、嫌味の類も遠慮なく吐くのがセルジュなのに。
(………???)
 何事だろう、と訝しむのがマツカだけれども、此処で心を読めもしないし、突っ立っていたら。
「…あえて言うなら、お身体だろうか」
 肩が凝ったとか、目が霞むだとか、そういったことを…。
 仰っておられないだろうか、と問われてハタと気付いたこと。そういえば…、と。
「何も聞いてはいませんが…。辛そうに見える時はありますね…」
 デスクワークが嫌いなのでしょう、と答えたマツカ。たまにキースの深い溜息を耳にするから。盗み聞きするつもりはなくても、聞こえる時があるものだから。
「やっぱり、そうか…」
 マズイな、と呟いているセルジュ。「パスカルも心配してるんだが」と。
「何をです?」
 まるで分からない「マズイ」の意味。キースに危険が迫っていたなら、ミュウの自分には分かる筈。暗殺計画だって阻止し続けて今に至るわけだし、どんな危機でも…、と考えたのに。
「…アニアン閣下の側近のくせに、お前、全く気付いていないな」
 閣下の危機に、とセルジュはフウと溜息をついた。「考えてもみろ」と。


 曰く、国家騎士団に在籍していた頃とは、ガラリと変わったキースの生活。ろくに運動も出来ないどころか、椅子に座りっ放しの日々。
 部下の自分たちは以前と同じに、立ち働いているけれど。呼ばれて走って、伝言を伝えに飛び出して行きもするけれど。
「…閣下はそういうわけにはいかない。元老だからな」
 トイレくらいにしか立てないだろう、と言われてみれば、そういう毎日。立っているキースをまるで見ないし、いつも机に向かって座っているわけで…。
「それが閣下のお仕事ですから…」
 当然なのでは、と口にした途端、「馬鹿野郎!」と罵声が飛んで来た。
「だから、お前は駄目なんだ。コーヒーを淹れるしか能の無い、ヘタレ野郎のままなんだよ!」
 閣下の危機にも気付かないのか、とセルジュの拳が震えている。「お前は馬鹿か」と。
「で、でも…。閣下は今は元老ですから…」
 以前のようにはいかないでしょう、と控えめながらも意見を述べたら、「役立たずめ!」と怒りゲージが更に上がった。「よく側近が務まるよな」と。
「いいか、閣下は椅子に座るのが辛いんだ!」
「そ、それは…。そうでしょうけど、元老という今の立場では…」
「分かっていないな、問題は椅子だ!」
 座り心地を良くして差し上げるのが側近だろうが、と怒鳴られても困る。元老用の椅子は執務室に備え付けの物だし、座り心地はいい筈だから。
 あれよりもいい椅子があったとしたって、ポケットマネーで買うのは厳しそうだから。
 それともセルジュやパスカルたちが、椅子代をカンパするのだろうか、とマツカはポカンと口を開けたままでいたのだけれども…。


「ヘタレに多くは期待していない。だが、買うくらいは出来るだろう!」
 サッサと出掛けて買って来ないか、とセルジュが命じるものだから。
「と、とても買えません…! ぼくには無理です!」
「当然だろうな、俺だって嫌だ。パスカルもきっと嫌がるだろう」
 喜んで買いに行くような奴はいない筈だ、と迫られても買えはしないのが椅子。元老御用達の椅子よりも立派な高級椅子など、マツカの給料ではとても買えない。
 だから…。
「それじゃ、カンパをしてくれませんか…?」
 ぼくのお金じゃ足りませんから、と頼もうとしたら、「カンパだって?」と見開かれた瞳。
「お前、そこまで金に困っているというのか、たかが円座も買えないくらいに…?」
 いったい何処で使ったんだ、と驚くのがセルジュ、それに負けない勢いで仰天したのがマツカ。
「円座…ですか?」
 なんですか、と真面目に訊いた。円座というのを知らなかったし、どうやら安い物らしいから。
「…円座も知らないヘタレ野郎じゃ、閣下の危機には気付かないよな…」
 忠告に来た甲斐があった、とセルジュは説明してくれた。珍しく、とても親切に。
 座業ばかりの日々が続くと、襲ってくるのが「痔」という病。
 痔を患うと、座るだけでも辛くなる。更に進めば歩行困難、お尻が痛い病だから。
 そんな病を患った人を称する言葉が「痔主」なるもの。
 円座は痔主の必須アイテム、ドーナツみたいに穴が開いているクッションだ、と。
 「アニアン閣下の痔が軽い内に、円座を買え」と、「閣下は自分では仰らないぞ」と。
 なにしろキースは我慢強いし、痔を患っても忍の一字で耐えるから。そうこうする内に進むのが痔で、放っておいたら手術するしか治療方法が無くなるから。


「閣下のことだし、薬だって使っておられないだろう」
 座薬や塗り薬もあるんだが…、とセルジュが眉間に寄せた皺。本当だったら、それを用意するのも側近の仕事なのだけれども、痔の薬には相性もあるようだし…、と。
「相性…ですか?」
「俺だと効いても、お前では効き目がイマイチだとか、そういうことだな」
 だから薬は閣下が自分で調達なさるしか…、とセルジュは何度目だか分からない溜息を一つ。
 薬を用立てることは無理だし、せめて円座を閣下に買って差し上げろ、と。
「分かりました。…円座ですね?」
「ああ。店に行ったら、直ぐ分かるだろう」
 俺やパスカルは、恥ずかしいから買いたくもないが…。痔主だと思われるからな。
 だが、お前なら…、と言われなくても、マツカの覚悟は出来ていた。
 ダテに長年、キースに仕えていないから。…キースに命を救われたのだし、「恥ずかしい病」の痔主なのだと勘違いされたって気にしない。それがキースのためになるなら。
「買って来ます。もう、今日にでも」
 キリッと思わず敬礼したら、「なら、行って来い」と応じたセルジュ。
「閣下の御用は、俺が代わりに伺っておく」
 お前は他の用事で出掛けている、と言っておくから、急いで円座を買って来い!
 店で一番いいヤツをな、と促されたマツカは、マッハの速さでパルテノンから飛び出した。店に出掛けて、急いで円座。キースが快適に座れるようにと、痔の進行を食い止められるように、と。


 かくしてマツカが買って来た円座、それがキースの椅子に置かれた。パルテノンの執務室の椅子はもちろん、家の椅子にも。
 マツカが出掛けた店で一番快適だという評判の円座、痔主の必須アイテムが。
(…………)
 何か勘違いをされているような、とキースは円座を眺めたけれど。
 自分は痔など患っていないし、どう考えても余計なお世話な物体だけれど。
(…あいつなりに気を回しているのか…)
 マツカの心配りは分かるし、あえて怒鳴ることもないだろう。それにいつかは…。
(…本当に痔になりかねないしな、今のままでは)
 座業の日々が続くんだ、と唸るキースは、とうに覚悟を決めていた。もう二度と最前線に戻れはしないし、ジムや運動の日々ともお別れ。国家主席になっても座業で、一生、座業、と。


 そんなわけだから、キースの椅子には行く先々で置かれる円座。それがマツカの心配りで、何処に行っても必ず円座。
 そういう日々が長く続いて、ある日、マツカは突然に逝ってしまったけれど。
 友だったサムが「あげる」とくれた大切なパズル、それも壊れてしまったけれど…。
(…円座は残っているんだな…)
 大事にせねば、とキースが見詰めた円座。これがマツカの形見になった、と。
 だからキースは地球に降りる日、忘れずに部下に円座を持たせた。「運んでおけ」と。
 わざわざキースが命令せずとも、セルジュもパスカルも、他の者たちも、痔主には円座が必要なことを充分に理解していたから…。
「諸君。…今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたい」
 そう始まった、キースがスウェナ・ダールトンに託したメッセージ。
 カメラ目線で話し続けるキースの姿は、上半身しか映っていなかったけれど。下半身は机の下になっていたけれど、彼の椅子には円座があった。
 マツカの形見になった円座が。…誰もがキースを痔主なのだと思ったばかりに、買われた品が。
 そしてキースは伝説になった、円座に座っての大演説で。
 地球の地の底でミュウの長と共に戦った末に、幾つかの円座を彼が座っていた場所に残して…。

 

         主席の必需品・了

※ウチに痔主はいないんですけど、薬局で貰った円座が一個。たまたま床に転がっていて…。
 踏んづけてバランスを崩した途端にポンと浮かんだネタ。自分の頭が真面目に謎です。





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