(ぼくは腰抜けの裏切り者なんだ…)
だから今だってこんな所に、とマツカが噛んだ自分の唇。「臆病者だ」と。
国家騎士団が開発中のAPDスーツ。
アンチ・サイオン・デバイス・スーツ。…装着者を超能力から防御するもの。
これが完成してしまったなら、今まで以上の危機に晒されるミュウ。自分と同じ力を持つ者。
(…ぼくがキースを助けたから…)
どんどん悪い方に行くんだ、と分かっているのがミュウの運命。
一番最初は、ジルベスター・セブンからキースを救い出したこと。行方不明のキースを捜して、降下中だった時に呼び掛けられた。「あなたはミュウか?」と。
(…あの時、ぼくが応えていれば…)
呼び掛けた声に応じていたなら、全ては変わっていたのだろう。
キースは生きて戻ることなく、ジルベスター・セブンも滅びなかった。あの星にいたミュウたちだって。
きっと一人も欠けたりはせずに、地球を目指していたのだろう。…今と同じに。
(…ソルジャー・ブルー…)
ミュウの前の長、彼も自分が見殺しにした。キースが撃つのを止めもしないで。
何もかも全部、自分の罪。
メギドの炎がジルベスター・セブンを滅ぼしたことも、ソルジャー・ブルーが斃れたことも。
取り返しのつかない、大きすぎる罪。
けれど詫びさえ口にしないで、人類の中で生きている自分。しかもキースを守りながら。
(…襲撃も、爆破も…)
キースを狙った暗殺計画、どれも成功したことはない。セルジュたちの存在も大きいけれども、一番役立つ化け物が自分。
…銃の弾さえ、受け止めることが出来るから。キースの食事に盛られている毒、それも察知して密かに処分してしまうから。
(…ぼくがキースを守る度に…)
消えてゆくのがミュウの命で、今だってそう。
APDスーツが完成したなら、全軍きってのゴロツキどもが集められるのだろう。命知らずで、金さえ貰えば何でもする者。…ミュウを端から残らず虐殺することだって。
(この間だって…)
キースが無表情に見ていたモニター、それの向こうで無残に撃ち殺されたミュウたち。
開発中のAPDスーツを纏った部隊に、あどけなさが残る女性までもが。
あんな調子で、子供たちも殺してゆくのだろう。ミュウの子供なら、それは敵だと。
生まれたばかりの赤ん坊さえ、銃で頭を吹き飛ばして。
(…だけど、ぼくには…)
止める術が無い、そんな力を持ってはいない。
もしも力を持っていたなら、とうの昔に逃げ出していることだろう。ミュウの船へと。
何処かから小型艇を一隻奪って、ミュウの船がいる宙域へ。
通信回線を使うことなく、思念波で彼らに呼び掛けたなら…。
(きっと迎えて貰えるんだ…)
モビー・ディックに、ミュウの母船に。
これまでに犯した罪も問われず、「よく逃げたな」と労われて。
「国家騎士団にいたなら、知っている限りの情報を頼む」と、好待遇で。
けれど出来ない、離れられないキースの側。
最初に命を助けられたから、本当のキースを知っているから。
(でも、それだって…)
ミュウたちから見れば、ただの言い訳。
腰抜けだから逃げることさえ出来ないのだと、「お前はただの臆病者だ」と。
そう言われても仕方ない…、と零れる溜息。
自分は此処から逃げる気も無いし、これからもキースを守るから。
そのつもりだから、裏切り者。
APDスーツを纏った部隊がミュウを残らず殺す日が来るのを、知っていて知らぬふりだから。
(…あれが完成したら、ミュウたちは…)
今度こそ滅ぼされるのだろう、一人残らず。
キースはそういうつもりなのだし、開発を急がせているのだから。
(ぼくには、それをどうすることも…)
出来ないんだ、と俯いた所へ、入って来たのがまだ若い兵士。国家騎士団の制服の。
「アニアン大佐のお食事をお持ちしました」
お願いします、と渡されたトレイ。側近の自分が運ぶべきもの。
受け取ってキースに持ってゆく前に…。
(…この食事は…)
安全だろうか、とサイオンで探る。
毒を察知する力は無くても、それを誰かが入れていたなら、分かるから。
人類でも思念は残るものだし、良からぬ企てをしていたのならば、それを自分が防ぐから。
これは…、と調べてゆくトレイ。載せられた皿を一つずつ。
(…これは大丈夫で、この皿も…)
何も怪しい所はないな、とチェックしていった最後の皿。其処で止まってしまった視線。
(……誰かが入れた……)
盛られたシチューに、有り得ないものを。調味料ではないものを。
おまけに毒でもなかったそれ。
使いようによっては、毒になるかもしれないけれど。…それを狙って入れたのだけれど。
(……物凄く頑固な……)
便秘用だ、と分かった下剤。
一週間どころか十日ほども出ないで困っている人、そういう人間の御用達。
入れた人間の心を感じる、「アニアン大佐なら、さぞ効くだろう」と。
日々の運動を欠かさないキース、食生活にも抜かりはない。便秘などとは無縁な人物、いつでも快食快眠な人。…ついでに快便。
そんなキースに、これほどの効き目を秘めた下剤を飲ませたら…。
(もう絶対に…)
腹を壊して、ピーピーになることだろう。下痢止めだって効きはしなくて、もはや離れられないトイレの個室。
どうしても個室を出ると言うなら、個室の前にベッドを置かねばならないくらい。
催して来たら、直ぐにトイレに駆け込めるように。ベッドを出たなら五秒でトイレ、とズボンを下ろす間に飛び込めるトイレ、そういう場所に置くべきベッド。
最高に気の利く側近ならば。
キースがトイレの個室に立てこもることを、良しとしないで出て来るのなら。
(…強烈すぎる下剤だけれど…)
このままシチューを持って行ったら、もう大惨事になるのだけれど。
恐らくキースは三日間ほどトイレと友達、APDスーツの出来を確かめるどころではない。彼の仕事は止まってしまって、チェックするキースがいないのならば…。
(…APDスーツの開発は…)
きっと遅れるに違いない。キースが指揮をしているのだから、指揮官不在になるわけだから。
ならば、と見詰めたシチューの皿。
これをキースに運んで行ったら、後は下剤の出番になる。キースは食事を残しはしないし、空になるだろうシチューの皿。…中に仕込まれた下剤ごと。
(十日も出ないで困っている人と、キースだと…)
まるで違う、と自分でも分かる。シチューに下剤を仕込んだ人物、そちらの方でも百も承知で。
(…キースの足を引っ張りたい誰か…)
それに間違いないのだけれども、毒の代わりに強力な下剤。場合によっては薬になるもの、酷い便秘に苦しむ人なら救世主と言っていいくらい。
(キースが飲んだら、とんでもないことになるだけで…)
人によっては大喜びだ、と見詰めるシチュー。
飲めば頑固な便秘が解消、スッキリするだろう辛かった腹。いきみすぎた時は、見舞われる悲劇だってある。とてもお尻が痛くなるとか、もう座るのも辛いだとか。
(そういう人には薬なんだし…)
毒とは違う、と自分に向かって言い聞かせた。これは薬で、良薬は口に苦しだから、と。
キースの場合は腹に苦しで、腸に苦しかもしれないけれど。
腸も腸粘膜もまるっとやられて、お尻さえもが悲鳴なのかもしれないけれど。
(…ぼくが届けに行ったなら…)
三日間ほどは遅れるだろう、APDスーツの開発計画。
毒ではなくて、薬のせいで。
キースがトイレに籠ってしまって、其処から出られなくなって。
(出たとしたって、きっと五分と経たない内に…)
トイレに走ってゆくだろうから、個室の前に置くべきベッド。いざという時、トイレから離れた場所にいたならマズイから。…ズボンを下ろして座る時間が無くなるから。
その状態では、もう絶対に執れない指揮。
APDスーツの完成を如何に急がせていても、キース抜きでは進まないのが開発計画。
(…ぼくは裏切り者だけど…)
ミュウを散々裏切ったけれど、これからも裏切り続けるけれど。
裏切り者でも、キースを守って生きてゆこうと決めているのが自分だけれど…。
(…三日間だけ…)
ほんの三日にしかならないけれども、ミュウたちのために時間を稼ごうか。
これが毒なら運ばないけれど、毒ではなくて薬だから。…頑固な便秘の人には福音なのだから。
一度だけだ、と決意したマツカ。
シチューに毒など入っていないし、入っているのは救世主とも呼べる良薬。
頑固な便秘は、放っておいたら手術なのだと聞いているから。下剤を飲むのが遅すぎたならば、開腹手術になるという話も耳にしたから。
(…良薬は口に苦し、だから…)
キースの場合は、ちょっと薬が効きすぎるだけで、とマツカが運んだ食事のトレイ。
APDスーツを巡る報告を見ているキースに、「食事をお持ちしました」と。
臆病な自分に喝を入れながら、「裏切り者でも、たまには役に立ちたいから」と。
三日間だけ稼げそうな時間、その間に頑張って欲しいミュウたち。
APDスーツの開発をそれだけ遅らせるから、少しでも前へ進んで欲しい。
今日まで重ね続けた裏切り。これからも重ねるだろう裏切り、その罪滅ぼしに三日だけ。
薬入りのシチューで、キースを足止めしておくから。
強力すぎる下剤を飲ませて、トイレの側から離れられないようにさせるから。
(…すみません、キース…)
ぼくが看病しますから、とキースに心で詫びたマツカは頑張った。
臆病者の裏切り者なりに、なけなしの度胸で届けたシチュー。頑固な便秘の人が飲んだら、狂喜しそうな下剤入り。
かくしてキースは、三日間ほど現場から姿を消すことになった。
APDスーツの出来具合を見に出掛けたくても、トイレから離れられないから。たったの五分も離れていたなら、脂汗どころではなかったから。
「マツカ…!」
トイレットペーパーが切れる前に運んで来ておかないか、と個室で叫んでいるキース。
もっと紙をと、ありったけ運んで来ておけと。
「私がトイレに入っている間に、ベッドも快適に整えておけ」と。
そのベッドはと言えば、個室の前にドカンと据えてあるのだけれど。ベッドから出たら、五秒でトイレな場所に置かれているのだけれど。
(…ぼくはキースを裏切ってなんか…)
いないと思う、とマツカは甲斐甲斐しく世話を続ける。
自分が此処で頑張る間に、ミュウたちにも努力して欲しいと。
APDスーツが出来つつあると気付いてくれと、これが自分の精一杯の罪滅ぼしだから、と…。
裏切り者の薬・了
※マツカはキースに「毒を盛らない」そうですけれど。…毒に気付かないふりなら可能。
本当の毒なら処分な所が、便秘薬はスルーしたらしいです。切実に欲しい人もいますしねv
(うーん…)
どうにも上手くいかないんだよね、とジョミーがついた大きな溜息。
今はソルジャー候補だけれど。
ミュウの母船なシャングリラに来て、そういう立場になったのだけれど…。
日課になったサイオンの訓練、それの成果が思わしくない。標的を順に破壊は出来ても、纏めてサクッと消すのが無理。
(…集中力が足りないだなんて言われても…)
頑張ってるつもりなんだけどな、と眺める右手。訓練の後で、自分の部屋でキュッと握って。
こういう感じ、と訓練の度に繰り出すサイオン。力を溜めて、思いっ切り。
なのに結果がついて来なくて、一個ずつしか消せない標的。
やったら出来る筈なのに。やれば出来ると思うのに。
(…ブルーの攻撃、凄かったしね?)
今もハッキリ覚えている。
成人検査を邪魔しに出て来て、派手に飛び回っていたソルジャー・ブルー。
テラズ・ナンバー・ファイブを相手に右へ左へ、上へ下へと。「離れるなよ!」と一声叫んで。
でもって最後は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発…。
(食らわせちゃって、テラズ・ナンバー・ファイブが吹っ飛んで…)
あれがブルーの実力なのだし、後継者の自分も出来ると思う。あんな具合に。
ここぞとキメてやりたい時には、それはカッコ良く。
(絶対、出来ると思うんだけどな…)
でも出来ないし、という悲しい現実。いったい自分の何処が駄目なのか、悲しいキモチ。
ソルジャー・ブルーはキメたのに。
もう一撃でぶっ飛ばしたのがテラズ・ナンバー・ファイブで、まさに必殺技だったのに。
あの技みたいに、ぼくだって…、と描いたイメージ。頭の中で。
「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発、それで纏めて消し飛ぶ標的。…訓練用の。
いけそうな気がするけれど、と思った所で気が付いた。
(えっと…?)
ブルーがかました、あの必殺技。
あれと同じに繰り出すのならば、「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫ぶのだろうか。ブルーはそういう掛け声だったし、あの掛け声が必須だろうか?
(まさかね…?)
それはなんだか違うんじゃあ…、と子供でも分かる。
幼い頃から幾つも観て来たヒーローもの。どのヒーローも必殺技を持っているのがお約束で…。
(でもって、技を繰り出す時には…)
技の名前を叫んだりもする、こう、色々と。ヒーローらしく。
だからブルーが出した技にだって、本当は名前があるのだろう。テラズ・ナンバー・ファイブに言うのが嫌だっただけで、カッコイイ名が。
(…テラズ・ナンバー・ファイブって、形からしてイケていないし…)
そんな相手に、必殺技の名前を叫んでキメるだけ無駄。
「でやあぁぁぁーーーっ!!!」で充分、それでもお釣りが来るくらい。
きっとそうだ、と考えたから…。
「ブルー! ソルジャー・ブルー…!!」
ちょっといいですか、と駆け込んで行ったブルーの居室。いわゆる青の間。
スロープを一息に走って上って、息を弾ませて立ったブルーの枕元。
「なんだい、ジョミー?」
何か用でも、とブルーが瞬かせた瞳。「訓練は上手くいっているかい?」とも。
「その訓練です! どうしても上手くいかなくて…」
集中力の問題らしいんです、と愚痴を零したら、「それで?」と見上げて来たブルー。
「…ぼくにそのコツを教えろとでも?」
コツは自分で掴まないと、とブルーは言ったけれども、コツはこの際、どうでもいい。訊きたいことは他にあるのだし、それを訊いたらコツだって掴めそうだから。
「えっとですね…。コツは自分で掴みますから、一つ教えて貰えませんか?」
「…何を知りたいと?」
ぼくたちミュウについてだろうか、とブルーのピントはズレていた。ミュウの長だけに。
「そうじゃなくって、あなたの技です!」
必殺技を教えて下さい、と切り込んだ核心、キョトンと見開かれたブルーの瞳。
「…ひっさつわざ…?」
それはどういう、と訊き返されたから、「必殺技です!」と繰り返した。
「テラズ・ナンバー・ファイブ相手に出してたでしょう! 必殺技を!」
アレの名前を教えて下さい、とガバッと下げた自分の頭。それを教えて貰いに来ました、と。
頭まで下げて頼んだのだし、教えて貰えると思ったのに。…答えが聞ける筈だったのに。
ブルーがパチクリと瞬かせた瞳、そして返って来た言葉。
「必殺技って…。ぼくのかい?」
「ええ、そうです! あの時は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」って言ってましたけど…」
本当は何かあるんですよね、と重ねて訊いた。引き下がる気など無いのだから。
必殺技の名前を訊き出せたならば、自分もかますだけだから。…訓練用の標的へと。
「なるほどね…。必殺技を繰り出すとなれば、集中力が増すというわけか…」
「そうです、そうです! だからですね…」
あの技の名前を教えて下さい、とズイと迫った。「頑張りますから」と。
そうしたら…。
「…「でやあぁぁぁーーーっ!!!」では、何か不足だとでも?」
誤魔化されてしまった必殺技の名。なんともケチなソルジャー・ブルー。
「ぼくには教えられないとでも!? 一子相伝とか言うじゃありませんか!」
今どき死語かもしれませんけど、と持ち出した「一子相伝」なる言葉。SD体制に入る前には、宇宙に存在した習慣。子供の中から一人選んで、その子にだけ伝える秘法や技術。
「…そう来たか…。だったら、ぼくに明かせと言うのか、必殺技を?」
ブルー・クラッシュとか、ブルー・アタックだとか、そんな感じで、と見上げるブルー。
「…ブルー・クラッシュ…。それからブルー・アタックですか?」
必殺技を二つも持っているんですか、と今度はこっちが驚いた。まさか二つもあったとは、と。
「そういうわけでもないんだが…。その時の気分次第かな、うん」
どっちにするかは気分で決める、とブルーの答えは奮っていた。必殺技を繰り出す時には、先に力を溜めるもの。やるぞ、と自分に気合を入れて「必殺ゥ~~~!」と高めてゆく力。
それがMAXになった瞬間、叩き出すのが必殺技。渾身の力で、技の名前も叩き付けて。
「ブルー・クラッシュ!」とやるか、「ブルー・アタック!」といくか。
どちらにするかは気分次第で、その場のノリだ、と。
(…そうだったんだ…)
ノリも大切だったのか、と青の間を後にしたジョミー。ずいぶん勉強になったよね、と。
必殺技を繰り出す時には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくもの。気合を入れて。
溜めた力がMAXになったら、其処で繰り出す必殺技。カッコ良く技の名前を叫んで、その場のノリと勢いで。
(ブルー・クラッシュに、ブルー・アタック…)
どちらも「ブルー」とついているから、其処を「ジョミー」に変えればいい。一子相伝、習ったばかりの必殺技の名、それを生かして。
とにかく練習、と部屋に戻って構えた両手。こんな感じでどうだろう、と鏡を見ながら。
「必殺ゥ~~~!」
口にしただけでも、身体に力が漲る感じ。これならいける、と高まる期待。
部屋でやったら大変だけれど、明日の訓練では上手くやれるに違いない。必殺技で、一撃で。
(ジョミー・クラッシュか、ジョミー・アタック…)
そっちも練習、と勢いをつけて叫んでみた。部屋は完全防音だから。
「ジョミー・クラーッシュ!!」
うん、いい感じ、と大満足。ついでに叫んだ「ジョミー・アターック!」だって。
言葉からして最強な響き、きっと明日から上手くいく。一子相伝の必殺技だし、出来る筈。
ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック、そう叫ぶだけで。
必殺技を繰り出す前には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくだけで。
かくして翌日、ジョミーは初の満点を取った。長老たちも文句を言えない出来栄えで。
「必殺ゥ~~~!」と取ったキメのポーズで、「ジョミー・アターック!」と。
その次の日にはジョミー・クラッシュ、もう安定の破壊力。一瞬の内に砕ける標的、先日までの集中力不足が嘘だったように。
(ぼくだって、やれば出来るんだよ…!)
これで立派なソルジャー候補、とガッツポーズのジョミーは知らない。
「よくやった」と褒めてくれる長老たち、彼らが知っている真相を。「嘘も方便じゃ」などと、ヒソヒソ語っていることを。
「ブルーもやるねえ、あんな大嘘、よくも言ったよ」
あたしだって初耳なんだけどね、とブラウも呆れる必殺技。そんな技など存在しない、と。
「それで結果が出ているのだから、問題は無いと思うがねえ…」
いいじゃないかね、とヒルマンが浮かべている苦笑。アタックだろうが、クラッシュだろうが、結果が出せればオールオッケー、と。
「ダテに三百年以上、生きてはおらんのう…」
ワシなら直ぐには思い付かんわ、とゼルも頭を振っていた。エラだって「ええ…」と。
つまりはまるっとブルーの大嘘、必殺技など最初から存在しなかった。
けれどもフルに回転した頭脳、「これは使える」と。
ヒーローものの観すぎなジョミーは、必殺技さえ教えておいたら頑張るから。ガッツリとコツを掴んだつもりで、集中力を高めてぶつけるから。
(ブルー・クラッシュねえ…)
あれはそういう名前だったのか、とブルーの顔にも苦笑い。「知らなかった」と。
テラズ・ナンバー・ファイブにかました一撃、あれは「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫んでいただけのことで、必殺技ではなかったから。
必殺技が欲しいと思ったことさえ…。
(ぼくは一度も無いんだけどね…?)
なのに生まれてしまったようだ、と青の間から眺めるジョミーの訓練。思念を使って。
今日も炸裂する、ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック。「必殺ゥ~~~!」とポーズをキメて、思いっ切り。
(…ジョミーの次のソルジャーがいたら…)
そっちにも伝わりそうなんだが、というブルーの予感は的中した。
遥か後の時代、赤いナスカで生まれたトォニィ、彼がやっぱり必殺技をかますことになる。
「必殺ゥ~~~!」と、大好きなグランパ仕込みの決めポーズで。
技を繰り出す時は「トォニィ・クラーッシュ!」と、それに「トォニィ・アターック!」と。
人類とミュウが和解した後の平和な時代に、カナリヤの子たちにせがまれて。
「ねえねえ、ソルジャー、あれをやって」と、「あれを見せて!」と、おねだりされて…。
出したい必殺技・了
※いや、せっかくだから必殺技があってもいいのに、と思っただけ。こう、カッコ良く。
そういやブルーが派手にやってたよね、と思い出したらこうなったオチ…。
(調子こいて言ったのはいいんだけどさ…)
マジでヤバイし、とジョミーがついた大きな溜息。
デッカイことを言いすぎたかなと、こうなるとは思っていなかったから、と。
赤い星ナスカ、人類が捨てた植民惑星。元はジルベスター・セブン。
其処に入植したまでは良かった、問題はその先だった。定住しようと決めたその時、切っ掛けになった今後の方針。「命を作ってゆく」ということ。
元はカリナが言い出したことで、早い話が自然出産で子孫を増やすのだけれど…。
(…教授も賛成してくれたから…)
ブリッジで大々的に宣言、そうして今に至ったわけで。
ところが自分が落ちたのがドツボ、ふとしたことが原因で。
ナスカに降りると決まったその日に、目出度く誕生したカップル。カリナとユウイ。
それに触発されたらしくて、通路で出会ったニナに言われた。「私、本気よ?」と。
いったい何の話なのか、と訊き返したら…。
(…ぼくの子供が欲しいって…)
そう言って走り去ったのがニナで、元気一杯だった後姿。まるで子供だった頃のように。
(小さな子供だったのに…)
シャングリラで初めて出会った時は。
それが大きくなったものだと、一人前の口を利くよねと、微笑ましく見送ったのだけれども…。
後で自分の部屋に帰って思い出してみたら、大胆すぎたニナのモーション。
よりにもよって欲しいのが「子供」、つまりは結婚希望な上に…。
(…ぼくの子供を産むわけで…)
凄すぎるけれど、ちょっとイイかも、と考えた。
命を作ろうと決めたからには、ソルジャー自ら最先端を突っ走るのも、と。
なかなかに悪くない考え。自然出産は非効率的だし、カップルは多い方がいい。
(下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、で…)
幸い、ニナは乗り気なのだし、参加しようかと思ったジョミー。ぼくにも出来る、と。
そうと決まれば、もう早速に…。
(明日にでもニナにプロポーズして…)
話を先に進めなくちゃね、とウキウキしながら眠ったその夜。ベッドに入って暫くしたら…。
(………え?)
何処だ、と見回した見知らぬ場所。シャングリラの中ではないらしい。それにアタラクシアでもなくて、何故だか狭いスペースにいて…。
(えーっと…?)
右側を見たら、牛が一頭。その向こうにも仕切りがあって、また牛といった具合の光景。
何事なのか、と左側を見ると、そちらにも牛で、牛の向こうに続いてゆく牛。
(……どうして牛が?)
変だ、と自分の目の前を見たら、ドカンと置かれた飼葉桶。水を満たした器もあって、どうやら自分は牛らしい。其処は牛舎で、しっかりキッチリ繋がれていて…。
暫くしたら入って来たのが飼育係といった雰囲気のオッサン、そして呼ばれた自分のID。まだ人類の世界にいた頃のヤツで、そいつが牛の識別番号。もう間違いなく牛だった自分。
かてて加えて、オッサンが言ってくれたこと。
「明日には出荷するからな」
「出荷!?」
それって何だよ、と叫んだ所で目が覚めた。ビッショリと汗をかいていたわけで、目覚めるのが少し遅かったなら…。
(…食肉加工場だったわけ?)
そうなる運命だったわけね、と悟った夢の自分の末路。あの牛舎から引っ張り出されて、多分、トラックに乗せられて。
(……あの夢は……)
夢だったけれど、夢じゃないんだ、と激しく脈を打つ心臓。あれは警告というヤツだ、と。
目覚めた途端に分かったから。ああいう夢を見てしまった理由も、何故、牛なのかも。
(……人間の道から外れちゃったら……)
次の人生は牛になるんだ、とガタガタと震え始めた身体。人間だったら、自然出産しないから。それをするのは動物だけだし、相応しい道を歩むがいい、と。
うっかりニナと結婚したなら、子供を作ってしまったら。
今の人生を終えた後には、牛になる未来が待っているらしい。それも食肉加工場行きの。
(…エラ女史が正しかったんだ…)
自然出産は倫理に反する、と唱えた彼女。倫理に外れたことだからこそ、次の人生は牛になって食肉加工場送り。神様がそう決めているから、食らった強烈すぎる警告。
(でも、カリナは…)
ユウイと結婚して幸せそうだし、警告を受けていないのだろうか?
それとも勇気溢れる女性で、将来は牛でもいいのだろうか?
(…ユウイもメチャメチャ度胸あるよね…)
子供を作ったら牛なんだけど、とガクガクブルブル、自分にはとても出来そうにない。
今はともかく、次の人生、いや牛生は破滅だなんて、食肉加工場が待っているなんて。そうなることが分かっているのに、結婚して子供を作るだなんて。
(……ぼくが言い出したことだけど……)
絶対に参加出来そうにない、と震え上がった自然出産。牛になって飼葉だけならともかく、食肉加工場だから。…ハンバーグとかは好きだけれども、自分がミンチは最悪だから。
ブルブル震えて震えまくって、「勇者だ」と思ってしまったカリナ。それにユウイも。
惚れてくれたニナには悪いけれども、チキンな自分には選べない道。
(…ニナだって、牛は平気なんだ…)
それに食肉加工場も、と頭から被ってしまった上掛け。ニナたちは強い子供だけれども、自分は臆病でチキンなんだ、と。
そうして震え続ける間に、ハタと気付いたさっきの警告。牛になるぞ、と食らった夢。
(…あれって、ホントに…?)
神様の警告だったのだろうか、神様は其処まで面倒見のいい存在だろうか?
そうだとしたなら、もう少しばかり恵まれていそうなのがミュウ。…神がこんなに身近なら。
人間の道に外れる前から、「こうなるんだぞ」と警告をくれる距離にいたなら。
(…ミュウが人類に追われる立場は変わらなくても…)
人類に処分されるよりも前に、シャングリラに知らせてくれそうなもの。殺されそうなミュウの子供が現れるぞ、と夢か何かで。
ミュウの自分にさえ、「自然出産をしたら、次の人生は牛だ」と警告するのなら。
人類に追われる立場のミュウにも、キッチリ教えてくれるのならば。
これはアヤシイ、と思った夢。神様がくれた怖すぎる警告。
(…あれって、機械が仕掛けたんじゃあ…?)
完全な管理出産のシステム、それに逆らわないように。
普段は全く意識しなくても、考えた途端に、あの夢が発動するように。
(そうだとしたら、カリナやユウイが平気なのも…)
分かる気がする、きっとそうだと解けて来た謎。カリナもユウイも、幼い時から船にいるから。
成人検査を受けていないから、機械が仕掛け損なったままのプログラム。…意識の底に。
(だから、自然出産を考えたって…)
牛になる夢など見るわけがなくて、次の人生の心配はゼロ。
心配な部分があるとしたなら、自然出産そのものだけ。人間がそれをしなくなってから、とても長い時が流れたから。…今の時代は、誰も経験していないから。
(…その部分だけが、勇者っていうことなんだ…)
カリナやユウイや、ニナたちは。
命は作れるとヒントをくれた、あの子供たちは。でも…。
(…ぼくだと、機械に刷り込まれてて…)
もはや手遅れ、どう頑張っても牛になる夢しか見ないのだろう。
ついでに「牛になるぞ」と食らった警告、あれは一度で沢山な感じ。恐ろしすぎて未だに身体が震えるわけだし、その原因が機械のせいだと分かっても…。
(あのプログラムを消去出来ない限りは…)
チキンなジョミーは治らない。
自分が自然出産に関わると考えただけで、もうガタガタと震え出す身体。牛になってしまうと、次の人生は確実に食肉加工場だと。
(…ブルーだったら消せるのかな…?)
このプログラムを、と思ったけれども、出来るのならやっているだろう。とうの昔に。
アルテメシアの上空から落下して行ったブルー、力は尽きていたけれど…。
(…あれから後も、起きてたんだし…)
成人検査絡みの有害な記憶は、取り除いてくれた筈だった。機械が無理やり押し込んだものは、ミュウとして生きるのに不向きなものは。
それでも何かが残ったのなら、ブルーにも手出しは不可能なレベルの暗示なわけで…。
駄目だ、と今日も膝を抱えてベッドの上に蹲るだけ。
ナスカではカリナが妊娠中で、他にも自然出産希望のカップルたちが現れつつある時なのに。
こういう時こそ、ソルジャーの自分も名乗りを上げるべきなのに。
(……結婚だって、もう怖くって……)
今のノリだと、結婚したなら、子供を作ってなんぼだから。
シャングリラにいる者も、ナスカに入植した仲間たちも、そういう流れで生きているから。
(…ニナでなくても、誰と結婚しちゃっても…)
きっと子供を作らされるオチで、間違いなく夜な夜なうなされる。牛になる夢に、食肉加工場に送られる牛になっている夢に。
(あの夢、何処まであるんだろう…)
もしかしたなら、トラックに乗って、食肉加工場に着いてしまうとか。
「こっちへ来い!」と引っ張ってゆかれて、肉にされる所までセットものだとか。
(…有り得るよね…)
あまりの恐怖に止まる心臓、其処まで計算しかねない機械。
管理出産のシステムを守るためなら、心臓が止まるほどの強力な暗示を仕込むことだって。
(…もしも、ソルジャーのぼくが死んじゃったら…)
みんな困るし、それを防ぐためということで許して欲しい、とガクガクブルブル。
本当はチキンで、「次の人生は牛になる」という運命が怖くて耐えられないだけの臆病者。
食肉加工場に行く人生が嫌で、それを避けたいチキンな自分。
機械の仕業だと分かっていたって、どうにも克服出来ないから。
「あれは夢だ」と自分に発破をかけてみたって、心臓が縮み上がるから。
けれど、みんなに言えはしないし、夢の話もカリナたちは知らないわけだから…。
(……絶対、言えない……)
実はチキンで、とても怖いから自然出産に関わりたくはないなんて。
次の人生は牛という暗示、機械が仕込んだプログラムに勝てないヘタレだなんて。
だから、その辺は黙っておいて…。
(…ストイックな、ぼく…)
ソルジャーたるもの、恋や結婚に浮かれていては駄目なのだ、とキリッとするのがいいだろう。
何も知らない仲間から見れば、きっとカッコ良く見えるから。
「流石はソルジャー」と、「恋よりも仕事な人なんだ」と。
演出するのは孤高のソルジャー。
そういうキャラで押し通すんだ、と思うけれども、根っこはチキン。
牛になる夢が怖いばかりに、自分で言い出した自然出産の流れに乗れないチキンだから…。
「あなたは英雄だ、カリナ!」
みんなが妊娠や出産を恐れる中で…、と身重のカリナを見舞った時の言葉は本物だった。
実は自分が「恐れまくり」の最たるもので、考えただけでガクブルだから。
自然出産に関わったら最後、次の人生は牛になった上に、食肉加工場行きにされるのだから。
もうブルブルと震える身体に、竦んで動いてくれない足。
そんな怖すぎる自然出産、それに挑んで妊娠したのが英雄のカリナなのだから…。
孤高のチキン・了
※ニナがモーションをかけていたのに、結婚しないで終わったジョミー。
成長した意味が全く無いな、と考えたら出て来たネタがコレ。案外、正解だったりして…?
「どう考えてもヤバイぞ、おい…」
そうだろうが、とゼルが見回した面子。ちょっと狭苦しい部屋の中で。
ゼルと言っても若き日のゼルで、他の面子も若かった。飲み友達のハーレイとヒルマン、揃って青年といった面差し。そういう三人。
場所はシャングリラの中の一室、ただし名ばかりのシャングリラ。後の立派な船と違って、まだ改造の兆しすらも無いといった有様。人類から奪った船に名前をつけただけ。
早い話が「名前負け」をしている船で、それぞれの部屋も狭かった。ベッドと机と椅子を一脚、もうそれだけでギュウギュウな感じ。
そのギュウギュウな部屋に詰まった三人、ゼルの部屋だから椅子に座っているのがゼル。残りの二人はベッドが椅子で、小さな机の上に酒瓶。
幸い、酒は本物だった。人類の船からブルーが奪った物資の一つで、言わば配給。大いに飲んで陽気にやるのが飲み友達の三人だけども、今日は少々、違った事情。
なにしろ「秘密会議」だから。…そういう名目、それを掲げて集まったから。
「まあ、飲め」とゼルが注いだ酒。グラスは各自が持ち寄ったもので、つまみもショボイ。要は夕食の残りもの。厨房の者に「何か無いか」と頼んで分けて貰っただけ。
そういうシケた宴席だけれど、議題の方は深刻だった。秘密会議の名に相応しく。
「…確かにヤバイな、間違いなく」
我々に危機が迫っている、とハーレイが眉間に寄せた皺。まだ若いのに、やりがちな癖。
その隣では、ヒルマンも頭を振っていた。「まったく、実にその通りだよ」と。
「…まさか、こんな日がやって来るとは…。今日まで愉快にやって来たのに」
「普通、思いもしないよな。…イケメン三人組と言ったら、俺たち三人だったんだから」
ずっとそうだと思っていたぜ、とゼルが一息に呷った酒。
シャングリラのイケメン三人組なら、俺とお前らだったのに、と。
「…単にイケメン四人組になるなら、それで問題ないんだが…」
面子が増えるのは喜ばしいし、と唸るハーレイ。「しかし、上手くはいかないようだ」と。
「其処なのだよ。…我々だったら、イケメン三人組なのだがね…」
イケメントリオでやって行けるのに、四人になってもカルテットは…、とヒルマンも濁している言葉。四人目の面子がマズすぎる、と。
そう、シャングリラのイケメン三人組。
ゼルにヒルマン、ハーレイの三人、長らくそれで通って来た。アルタミラから脱出した船、名前だけは立派なシャングリラ。
其処でイケてる顔の男は、この三人しかいなかったから。他の男たちは残念な顔で、女性たちは騒ぎもしなかったから。「なんだ、アレか」と眺める程度で。
けれど、イケメン三人組だと違った待遇。
食堂に行けばテーブルの下で肘をつつき合う女性、頬を染めている者だって。
「隣、いいか?」と訊こうものなら、「は、はいっ!」とパアッと顔を輝かせるのが女性たち。
頼まなくても、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。「お水、取って来ますね!」と届くコップに、食事の後のトレイの返却だって「返しておきます」と嬉しい言葉。
ちやほやとされて暮らして来たのに、これからだって我が世の春が続くものだと呑気に過ごして来たというのに…。
「…ダークホースってのは、まさしくアレのことだな」
此処じゃ競馬は無いんだが、とゼルの笑いは乾いていた。競馬も馬券も無いような船に、ダークホースがいたなんて、と。
「まさにソレだな、大外から走って来やがったからな」
そしてこのままでは抜かれるぞ、とハーレイも露わにしている危機感。ヒルマンも同じに嘆きは深くて、秘密会議の原因はソレ。
長い年月、このシャングリラに君臨して来たイケメン三人、この部屋に集っている面子。それを激しく追い上げて来る馬が一頭、もうとびきりの…。
「…我々はただの競走馬なのだが、あちらはサラブレッドだからねえ…」
サイオン・タイプからして違うじゃないかね、とヒルマンがついた大きな溜息。サラブレッドに勝つのは無理だと、ただの馬では、と。
「…イケてる馬だと思ってたのにな…」
それなりにだが、とゼルが指差す自分の顔。他のヤツらは荷役用でも、俺たち三人は競走馬だと思っていたが、と。
「俺だってそう思ってたさ。だがなあ…」
競走馬ってだけじゃ、サラブレッドには勝てないぞ、とハーレイも溜息しか出ない。既に血統で負けているのがサラブレッドで、ただ足が速いだけの馬では抜かれて終わりなのだから。
アルタミラ脱出以来の年月、このシャングリラに君臨して来たイケメン三人。
彼らを追い上げるサラブレッドは、想定外の代物だった。名前はブルーで、名前の通りに唯一のタイプ・ブルーというヤツ。他の仲間とは比較にならない強力なサイオン、それを持つ者。
けれども、たったそれだけのことで、他に売りなど何も無かった。
大人ばかりが揃っていた船、なのにブルーはチビだったから。年齢だけは「マジか?」と誰もが思ったくらいに上だったけれど、姿は子供。成人検査を終えたばかりの。
おまけにガリ痩せ、みすぼらしいといった感じが漂っていたブルー。「馬子にも衣裳」といった言葉も、まるで当て嵌まりはしなかった。
「これを着てみな」とブラウが服を見立ててやっても、「これはどう?」とエラが色々と選んで着せても、カバー出来ないのが「みすぼらしさ」。
あれじゃ駄目だな、と鼻で嗤ったシャングリラのイケメン三人組。
どう転んでも脅威になりはしないと、我々は楽しくやろうじゃないか、と。
そして長年、この船で陽気に暮らして来たというのに…。
「化けやがって…」
あれは醜いアヒルの子かよ、とゼルがぼやいたサラブレッド。
いつの間にやらブルーはガリ痩せのチビを卒業、気付けばスラリと長い手足にしなやかな身体。遠い昔の童話さながら、白鳥に化ける日も近い。それは美しくて気高い鳥に。
ついこの間まで、みすぼらしくて醜いアヒルの子だったのに。
サラブレッドに育つなどとは、誰も思っていなかったのに。
「…化けるからこそ、醜いアヒルの子なのだがね…」
化ける前には醜いわけで、とヒルマンが呷っているグラス。我々の時代の終わりが来そうだと、大外から抜かれる日は目前に迫っていると。
「だからこその秘密会議だぞ?」
だが、どうする、と呻いたハーレイ。問題のサラブレッドを蹴落とそうにも、ただの競走馬では勝てないから。大外から抜かれると分かっていたって、もうスピードは出せないのだから。
「……それなんだがな……」
方法は無いこともないだろう、とゼルが声を潜め、他の二人に告げた言葉は…。
「「進化だって!?」」
なんだそれは、とハモッてしまったヒルマンとハーレイ。
今、大外から追い上げて来るのはサラブレッドで、最強のタイプ・ブルーというヤツ。その上、醜いアヒルの子という生まれの白鳥なのだし、どう転んでも無いのが勝ち目。
ただでも勝ち目が無いというのに、サラブレッドだの白鳥だのをぶっこ抜けるような進化の道。あると言うならお目にかかりたいし、もう絶対に無理っぽい。
だからハーレイも、それにヒルマンも、「正気なのか?」と繰り返したけれど。
「…俺は正気だ。いいか、ブルーが大外から追って来るんなら…」
俺たちも先へ逃げればいいんだ、とゼルはニヤリと笑みを浮かべた。
サラブレッドが抜き去れないよう、イケメンも進化すべきだと。ただのイケメンでは、負けしか残っていないから…。
「「ロマンスグレー!?」」
年を取るのか、と驚いたハーレイとヒルマンだけれど、一理ある。今日まで止めて来た、外見の年。それを先へと進めていったら、いい感じの男になるかもしれない。
ただのイケメンから、渋い感じのロマンスグレー。
ちょっと哀愁が漂ったりして、さながら往年のスターのよう。その線で行けば、サラブレッドが追い上げて来ても…。
「恐るるに足らんと俺は思うぞ?」
ブルーには足止めを食らわせればいい、とゼルの作戦に抜かりは無かった。ブルーは一人きりのタイプ・ブルーなのだし、「頂点の時で年を止めろ」と言えば素直に成長を止める筈だ、と。
「なるほどな…。船を守るには若さが要るというわけか」
策士だな、とハーレイが嘆息、ヒルマンも「その考えは使えるよ」と頷いた。
「そういうことなら、ブルーには強く言い聞かせるという方向でいこう」
私に任せておきたまえ、と説得に必要な資料などはヒルマンが揃えることに。ロマンスグレーな世界を目指して、サラブレッドが走り出さないように、と。
かくして秘密会議は終わって、イケメン三人組はロマンスグレーの道へと走って行った。
これからも船で目立っていたいし、皆にちやほやされたいから。
醜いアヒルの子だったブルーが白鳥に変身したって、別のベクトルなら勝機がありそうだから。
せっせと年を重ね始めて、まだまだいけると、まだこれからだと頑張ったけれど…。
「…すまん、俺はそろそろヤバイようだ」
最近、抜け毛が増えた気がして、と最初に脱落したのがハーレイ。禿げたらブルーに勝つよりも前に、呆気なく勝負がつくだろうから、と。
「なんだ、あいつは…。付き合いが悪いな」
スキンヘッドも出来んのか、と悪態をついたゼルも生え際がヤバかったけれど、夢はイケていた時代再び。ロマンスグレーな紳士を極めて、船でちやほやされることだし…。
「まったくだよ。…あれではただの中年だ」
オッサンというだけじゃないかね、と呆れ顔のヒルマン。私はハーレイを見損なったね、と。
あんなオッサンは放ってロマンスグレーを極めてゆこうと、我々の時代はこれからだと。
そうやって出来上がったのが後のゼルとヒルマン、シャングリラでは破格に老けていた二人。
けれども彼らは、内心、自信たっぷりだった。
オッサンと化したハーレイはともかく、自分たち二人は、貫禄だったらブルーに勝てるから。
どんなにブルーが頑張ってみても、「年寄りだから」と主張してみても、勝てない本物。
「年を重ねた男の魅力というものはだね…」だとか、「男の皺には渋さが滲み出るからのう…」だとか、理屈をつけては語りまくりな年寄りの持ち味。
それにブルーは勝てはしなくて、どう転がっても大外から抜けはしないから。
シャングリラの年寄り二人組には、イケてる老人の魅力が満載、輝きまくっているのだから…。
負けられない顔・了
※ミュウは若さを保てる筈なのに、無駄に年を取ってる人がいるよな、と思ったのが始まり。
ハレブルな聖痕シリーズでは「真っ当な理由」があるんですけど、こっちはネタでv
(…まだだ。まだ倒れるわけにはいかない…!)
制御室に辿り着くまでは、と立ち上がったブルー。よろめきながらも、根性で。
そうやって着いた、青い光が溢れるメギドの制御室。
再点火まではもう五十秒を切っているらしいから、なんともヤバイ。一刻も早く破壊しないと、ナスカが、ミュウの未来が危うい。
(コントロールユニット…)
あれか、と見付けて歩み寄ろうとしていたら。
「やはりお前か、ソルジャー・ブルー!」
嫌すぎる声が聞こえて来たから、振り返った。この声は地球の男だな、と。
なんとも厄介な展開だけれど、そっちの相手もするしかない。でないとメギドは止まらない上、自分の命もヤバイ状況。此処で死んだら後が無いから…。
(先手必勝…!)
振り向きざまにブチ殺すまで、と考えた上で振り向いたのに。
(……なんだ?)
こいつは何を、とポカンと開けてしまいそうになった口。
なんとか堪えて踏みとどまったけれど、この場合、いったいどう言うべきか。
(…こいつ、思い切り馬鹿だったのか…?)
まさか、と呆れて眺めたキースの姿。拳銃をこちらに向けているけれど…。
いくらなんでも撃つわけがない、と思った拳銃。
ダテにソルジャーを長年やってはいないから。十五年ほど眠りっ放しでも、寝起きでも。
(こんな所で発砲したら…)
メギドシステムが壊れかねないんだが、というブルーの読みは正しい。
なにしろメギドの制御室には、精密機器がギッシリ詰まっているから。自分が破壊しようとしているコントロールユニット、それなどは極め付けだから。
(弾の一発でも当たろうものなら…)
もうバチバチと出るのが火花で、オシャカになるのがメギドシステム。
たった一発の銃弾で。たかがキースの拳銃一丁、そいつが放った弾の一つで。
(…こういう所では発砲するなと…)
教えられていないか、と思うけれども、そのキース。
「まったく驚きだな…。此処まで生身でやって来るとは。…まさしく化け物だ」
本気で向けているらしい銃口、その辺りからして馬鹿っぽい。制御室で発砲しようという段階で既に激しく馬鹿だけれども、それよりも前に…。
(…タイプ・ブルーを相手に拳銃一丁…)
死亡フラグというヤツだから、と入れたいツッコミ。
メギドの炎も受け止められるのがタイプ・ブルーで、さっきナスカでやったばかりだから…。
(充分、学習するだけの余地は…)
あった筈だし時間もあった、と言いたい気分。マジで馬鹿か、と。
(下手に撃ったらメギドは終わりで、こいつの命も綺麗サッパリ…)
宇宙の藻屑になるわけなんだが、と開いた口が塞がらない状態。辛うじて口は閉じたけれども、言葉も無いとはこのことで…。
(脅しにしたって、タイプ・ブルーに拳銃は…)
効きはしないと習わなかったか、と心でツッコミ、地球の男は馬鹿かもしれない。メンバーズな上に、フィシスと同じ生まれでも。機械が無から創ったというエリートでも。
(…これで撃ったら、真面目に馬鹿だが…)
さて、どう出る、とキッと睨んだ。メギドの再点火までは秒読み、時間が惜しい。馬鹿の相手はしていられないし、馬鹿でないなら、それなりに…。
(死んで貰うか、意識を奪って転がしておくか…)
どっちにしたってメギドと一緒に命は終わり、と考えていたら。
「だが、此処までだ。…残念だが、メギドはもう止められない!」
(…へ?)
思わず間抜けな声が頭の中で上がった、まるでキャラではないけれど。
ソルジャー・ブルーが「へ?」などと口に出そうものなら、ミュウの仲間は絶句だけれど。
なのに「へ?」としか出なかったわけで、そうなったのも…。
(…馬鹿だ、この男…)
でなければ阿呆、と凄い速さで回転した頭脳、人類ではなくてミュウだから。
宇宙空間を生身で飛ぶ上、ナスカから此処まで来たほどなのだし、瞳に映ったキースの動きは、もう亀のようにトロイもの。例えて言うならスローモーション、そんな感じで超がつくトロさ。
だから見切った、キースが引き金を引いたのを。
発砲禁止の筈の制御室、弾が当たればパアになる場所で撃ったのを。
そうとなったら、使わなければ損なのが弾。
自分が根性で破壊するより早いから。ほんの一発ブチ当たったなら、コントロールユニットの心臓とも言える精密機械はパアだから。
(まさに渡りに船…!)
貰った、と見詰めたキースの銃弾、ちょっと加えた自分のサイオン。弾の軌道は見事に狂って、真っ直ぐに…。
(行って来い…!)
あそこだ、と命じたコントロールユニットの心臓部。当たればバチッと出るのが火花で、自分が何も手を加えずとも…。
(これで終わりだ!)
馬鹿が自分で壊すわけで、と嗤っているのに、残念なことにキースは人類。
ミュウな自分の速度に全くついて来られなくて置き去り状態、笑みなどに気付く筈がない。弾がどっちに向かっているかも、まるで見えてはいないのだから。その上に…。
(有難い…!)
まだ撃つのか、と頂戴した弾、二発ほど。そいつもコントロールユニットに向けて送ってやったから。念には念をと、トドメを刺せる場所にブチ当ててやったから…。
「な、なんだ!?」
何が起こった、と慌てたのがキース、自分が発砲したくせに。
制御室とは初対面なミュウでも、此処で撃ったら馬鹿だと分かっていたというのに。
キースの弾を三発食らって、火を噴いているのがメギドの心臓。コントロールユニットは派手に壊れて、断末魔の叫びを上げる有様。この状態で発射したって…。
「…壊れるだろうな、このメギドは」
お前が自分でやったんだろうが、と勝ち誇った笑みを浮かべてやった。
残り時間は少ないけれども、嫌味を言うには充分すぎる。ついでに自分が生き残るにも。
(こいつは放置で、何処かから船…)
それを貰って逃げるとするか、と瞬間移動をしかけた所へ二人目の男が飛び込んで来た。
「少佐! 此処は危険です!」
(…こいつの方が優秀らしいな)
発射直前のメギドシステム、制御室からは離れるに限る。たとえ壊れていなくても。
そういう意味でも地球の男は「ド」のつく阿呆、とトンズラしかけて気が付いた。優秀な部下は自分と同じでミュウらしいと。
それなら事情は少し異なる、自分にとっても美味しい話。
このまま普通にトンズラするより、楽で楽しい方がいい。チョイスメニューで選べるならば。
(…ぼくが自力で逃げ出した場合…)
船を奪って自分で操縦、何処へ向かったかも謎なシャングリラを追って宇宙で流離いの旅。
けれども、キースを利用したなら、これまた何もしなくても…。
(…ちゃんとシャングリラを見付けて貰って、お土産も込みで…)
悠々と凱旋できるじゃないか、と弾いたソロバン、この時代にソロバンは無いけれど。
カシオミニだって無いのだけれども、サクサク計算、パチンと弾き出した解答。
よし、とキースを見据えて言った。
「取引をしよう、キース・アニアン」
「…取引だと!?」
いったい何を、と顔に焦りが見えているから、「落ち着きたまえ」と手で制した。
「どう考えても、このまま行ったら君の命は無いと思うが」
「やかましい! 私には、このマツカがだな…!」
こいつが私の秘密兵器だ、とマツカと呼ばれたミュウに助けて貰うつもりのようだから…。
「なるほどね…。そのマツカが、ぼくに歯が立つとでも?」
ぼくだけが逃げて、君とマツカは放置という手も打てるんだが、とニヤリと笑ってみせた。
「さあ、選べ」と。
此処でマツカと心中するのか、土下座して自分に助けて貰うか。
選べる道は二つに一つで、急がないと自分はトンズラすると。
火を噴きまくりのコントロールユニット、この状態でメギドが発射されたら終わりだな、と。
「ま、待ってくれ…!」
キースが叫んだ所でジ・エンド、メギドシステムはエネルギー区画を爆発させて炎を吐いた。
辛うじてナスカを壊せる程度に落ちてしまった照射率。
当然のようにシステムダウンで、メギド本体の爆発も拡大中で…。
「…それで、どうすると?」
助かりたいようだから助けてやったが、とブルーは腰に両手を当てた。
瞬間移動で制御室から飛び移った先のエンデュミオンで。…キースが指揮官な船の通路で。
キースとマツカは腰が抜けたといった状態、通路にへたり込んでいるものだから…。
「…う、うう…」
唸るしかないのがキースなわけで、それを見下ろして仁王立ち。
「…取引は成立したようだが? 君とマツカは助かったのだし」
この代償は払って貰おう、君のエリート生命を賭けて。
ぼくが逃げるための船の用意と、シャングリラの居場所を探し当てて、その近くでぼくを逃がすこと。もちろん、追ったら君の命はパアになる。…取引は其処で終わりだから。
それから、ぼくが無事にシャングリラに帰れる時まで、賓客待遇して欲しい。
とりあえず、三食昼寝付きは確約、午前と午後にはお茶の時間もよろしく頼む。
これだけのことをしてくれるのなら、君の命を助けよう。嫌だと言ったら…。
其処の宇宙に放り出すまで、と通路の壁を指差した。
マツカとセットで宇宙の藻屑になりたくないなら、この条件を飲むがいいと。
「承諾するなら、メギドの件は引き受けよう」
これは出血大サービスだ、と恩着せがましく浮かべたスマイル、多分、スマイル無料な感じ。
キースが条件を全て飲むなら、メギドの爆発は自分のせいだということでいい、と。
大爆発して沈んだメギドは、ミュウの元長が捨て身で破壊活動した結果。
けしてキースが撃った銃弾、それのせいでは全くないと。
キースは制御室で発砲してはいないし、ミュウの元長が大暴れをしただけなのだ、と。
「…お前のせいにするというのか…」
そしてお前は死んだということになるのだろうか、と馬鹿なりに理解したようだから。
「…そうなるが? その方が、ぼくも何かと好都合だし…」
三食昼寝付きの日々と、お茶の時間と、シャングリラに帰るための船の用意、と凄んでやった。
全部飲むなら、泥を被ってやってもいい。
答えがノーなら、ちょっと宇宙に出て貰おうか、と。
「…わ、分かった…! さ、三食昼寝付きなのだな…!」
お茶の時間に船の用意だな、と慌てふためくキース・アニアン、かくして成立した取引。
その日からキースの指揮官室には、ミュウがふてぶてしく居座る結末。
キースが迂闊に撃ったばかりに、勝利を収めたミュウの元長、ソルジャー・ブルーが。
何かといったら「下手に喋ったら、命は無いと思いたまえ」と決め台詞を吐いて我儘放題、傍若無人な伝説のタイプ・ブルー・オリジンが。
けれど全ては身から出た錆、キースには何も出来ないから。
グランド・マザーにバレようものなら、本気で後が無いわけだから…。
(…明日のおやつは、うんと豪華に…)
マツカに頼んでクレープシュゼット、とソルジャー・ブルーの優雅な日々。
まだシャングリラは見付からないから、当分は三食昼寝付き。
午前と午後のお茶は必須で、キースとマツカにかしずかれる日々、二人の命の恩人だから。
メギドを壊したキースの罪状、それを代わりに引っ被ってやって、恩をたっぷり売ったから。
(…人類の船でも、住めば都で…)
食事もおやつも実に美味しい、とソルジャー・ブルーは御機嫌だった。
いつかシャングリラに帰る時には、お土産も貰う予定だから。
憧れの地球の座標をゲットで、悠々と帰るシャングリラ。
地球の座標をジョミーに伝えて引き継ぎをしたら、楽隠居の日々が待っているから…。
逆転した立場・了
※いや、制御室で発砲するのはマズイんじゃないか、と思ったわけで…。こうなるから。
そして本当にこうなったわけで、キースは二階級特進したって、ブルーに顎で使われる日々。