(…まだだ。まだ倒れるわけにはいかない…!)
制御室に辿り着くまでは、と立ち上がったブルー。よろめきながらも、根性で。
そうやって着いた、青い光が溢れるメギドの制御室。
再点火まではもう五十秒を切っているらしいから、なんともヤバイ。一刻も早く破壊しないと、ナスカが、ミュウの未来が危うい。
(コントロールユニット…)
あれか、と見付けて歩み寄ろうとしていたら。
「やはりお前か、ソルジャー・ブルー!」
嫌すぎる声が聞こえて来たから、振り返った。この声は地球の男だな、と。
なんとも厄介な展開だけれど、そっちの相手もするしかない。でないとメギドは止まらない上、自分の命もヤバイ状況。此処で死んだら後が無いから…。
(先手必勝…!)
振り向きざまにブチ殺すまで、と考えた上で振り向いたのに。
(……なんだ?)
こいつは何を、とポカンと開けてしまいそうになった口。
なんとか堪えて踏みとどまったけれど、この場合、いったいどう言うべきか。
(…こいつ、思い切り馬鹿だったのか…?)
まさか、と呆れて眺めたキースの姿。拳銃をこちらに向けているけれど…。
いくらなんでも撃つわけがない、と思った拳銃。
ダテにソルジャーを長年やってはいないから。十五年ほど眠りっ放しでも、寝起きでも。
(こんな所で発砲したら…)
メギドシステムが壊れかねないんだが、というブルーの読みは正しい。
なにしろメギドの制御室には、精密機器がギッシリ詰まっているから。自分が破壊しようとしているコントロールユニット、それなどは極め付けだから。
(弾の一発でも当たろうものなら…)
もうバチバチと出るのが火花で、オシャカになるのがメギドシステム。
たった一発の銃弾で。たかがキースの拳銃一丁、そいつが放った弾の一つで。
(…こういう所では発砲するなと…)
教えられていないか、と思うけれども、そのキース。
「まったく驚きだな…。此処まで生身でやって来るとは。…まさしく化け物だ」
本気で向けているらしい銃口、その辺りからして馬鹿っぽい。制御室で発砲しようという段階で既に激しく馬鹿だけれども、それよりも前に…。
(…タイプ・ブルーを相手に拳銃一丁…)
死亡フラグというヤツだから、と入れたいツッコミ。
メギドの炎も受け止められるのがタイプ・ブルーで、さっきナスカでやったばかりだから…。
(充分、学習するだけの余地は…)
あった筈だし時間もあった、と言いたい気分。マジで馬鹿か、と。
(下手に撃ったらメギドは終わりで、こいつの命も綺麗サッパリ…)
宇宙の藻屑になるわけなんだが、と開いた口が塞がらない状態。辛うじて口は閉じたけれども、言葉も無いとはこのことで…。
(脅しにしたって、タイプ・ブルーに拳銃は…)
効きはしないと習わなかったか、と心でツッコミ、地球の男は馬鹿かもしれない。メンバーズな上に、フィシスと同じ生まれでも。機械が無から創ったというエリートでも。
(…これで撃ったら、真面目に馬鹿だが…)
さて、どう出る、とキッと睨んだ。メギドの再点火までは秒読み、時間が惜しい。馬鹿の相手はしていられないし、馬鹿でないなら、それなりに…。
(死んで貰うか、意識を奪って転がしておくか…)
どっちにしたってメギドと一緒に命は終わり、と考えていたら。
「だが、此処までだ。…残念だが、メギドはもう止められない!」
(…へ?)
思わず間抜けな声が頭の中で上がった、まるでキャラではないけれど。
ソルジャー・ブルーが「へ?」などと口に出そうものなら、ミュウの仲間は絶句だけれど。
なのに「へ?」としか出なかったわけで、そうなったのも…。
(…馬鹿だ、この男…)
でなければ阿呆、と凄い速さで回転した頭脳、人類ではなくてミュウだから。
宇宙空間を生身で飛ぶ上、ナスカから此処まで来たほどなのだし、瞳に映ったキースの動きは、もう亀のようにトロイもの。例えて言うならスローモーション、そんな感じで超がつくトロさ。
だから見切った、キースが引き金を引いたのを。
発砲禁止の筈の制御室、弾が当たればパアになる場所で撃ったのを。
そうとなったら、使わなければ損なのが弾。
自分が根性で破壊するより早いから。ほんの一発ブチ当たったなら、コントロールユニットの心臓とも言える精密機械はパアだから。
(まさに渡りに船…!)
貰った、と見詰めたキースの銃弾、ちょっと加えた自分のサイオン。弾の軌道は見事に狂って、真っ直ぐに…。
(行って来い…!)
あそこだ、と命じたコントロールユニットの心臓部。当たればバチッと出るのが火花で、自分が何も手を加えずとも…。
(これで終わりだ!)
馬鹿が自分で壊すわけで、と嗤っているのに、残念なことにキースは人類。
ミュウな自分の速度に全くついて来られなくて置き去り状態、笑みなどに気付く筈がない。弾がどっちに向かっているかも、まるで見えてはいないのだから。その上に…。
(有難い…!)
まだ撃つのか、と頂戴した弾、二発ほど。そいつもコントロールユニットに向けて送ってやったから。念には念をと、トドメを刺せる場所にブチ当ててやったから…。
「な、なんだ!?」
何が起こった、と慌てたのがキース、自分が発砲したくせに。
制御室とは初対面なミュウでも、此処で撃ったら馬鹿だと分かっていたというのに。
キースの弾を三発食らって、火を噴いているのがメギドの心臓。コントロールユニットは派手に壊れて、断末魔の叫びを上げる有様。この状態で発射したって…。
「…壊れるだろうな、このメギドは」
お前が自分でやったんだろうが、と勝ち誇った笑みを浮かべてやった。
残り時間は少ないけれども、嫌味を言うには充分すぎる。ついでに自分が生き残るにも。
(こいつは放置で、何処かから船…)
それを貰って逃げるとするか、と瞬間移動をしかけた所へ二人目の男が飛び込んで来た。
「少佐! 此処は危険です!」
(…こいつの方が優秀らしいな)
発射直前のメギドシステム、制御室からは離れるに限る。たとえ壊れていなくても。
そういう意味でも地球の男は「ド」のつく阿呆、とトンズラしかけて気が付いた。優秀な部下は自分と同じでミュウらしいと。
それなら事情は少し異なる、自分にとっても美味しい話。
このまま普通にトンズラするより、楽で楽しい方がいい。チョイスメニューで選べるならば。
(…ぼくが自力で逃げ出した場合…)
船を奪って自分で操縦、何処へ向かったかも謎なシャングリラを追って宇宙で流離いの旅。
けれども、キースを利用したなら、これまた何もしなくても…。
(…ちゃんとシャングリラを見付けて貰って、お土産も込みで…)
悠々と凱旋できるじゃないか、と弾いたソロバン、この時代にソロバンは無いけれど。
カシオミニだって無いのだけれども、サクサク計算、パチンと弾き出した解答。
よし、とキースを見据えて言った。
「取引をしよう、キース・アニアン」
「…取引だと!?」
いったい何を、と顔に焦りが見えているから、「落ち着きたまえ」と手で制した。
「どう考えても、このまま行ったら君の命は無いと思うが」
「やかましい! 私には、このマツカがだな…!」
こいつが私の秘密兵器だ、とマツカと呼ばれたミュウに助けて貰うつもりのようだから…。
「なるほどね…。そのマツカが、ぼくに歯が立つとでも?」
ぼくだけが逃げて、君とマツカは放置という手も打てるんだが、とニヤリと笑ってみせた。
「さあ、選べ」と。
此処でマツカと心中するのか、土下座して自分に助けて貰うか。
選べる道は二つに一つで、急がないと自分はトンズラすると。
火を噴きまくりのコントロールユニット、この状態でメギドが発射されたら終わりだな、と。
「ま、待ってくれ…!」
キースが叫んだ所でジ・エンド、メギドシステムはエネルギー区画を爆発させて炎を吐いた。
辛うじてナスカを壊せる程度に落ちてしまった照射率。
当然のようにシステムダウンで、メギド本体の爆発も拡大中で…。
「…それで、どうすると?」
助かりたいようだから助けてやったが、とブルーは腰に両手を当てた。
瞬間移動で制御室から飛び移った先のエンデュミオンで。…キースが指揮官な船の通路で。
キースとマツカは腰が抜けたといった状態、通路にへたり込んでいるものだから…。
「…う、うう…」
唸るしかないのがキースなわけで、それを見下ろして仁王立ち。
「…取引は成立したようだが? 君とマツカは助かったのだし」
この代償は払って貰おう、君のエリート生命を賭けて。
ぼくが逃げるための船の用意と、シャングリラの居場所を探し当てて、その近くでぼくを逃がすこと。もちろん、追ったら君の命はパアになる。…取引は其処で終わりだから。
それから、ぼくが無事にシャングリラに帰れる時まで、賓客待遇して欲しい。
とりあえず、三食昼寝付きは確約、午前と午後にはお茶の時間もよろしく頼む。
これだけのことをしてくれるのなら、君の命を助けよう。嫌だと言ったら…。
其処の宇宙に放り出すまで、と通路の壁を指差した。
マツカとセットで宇宙の藻屑になりたくないなら、この条件を飲むがいいと。
「承諾するなら、メギドの件は引き受けよう」
これは出血大サービスだ、と恩着せがましく浮かべたスマイル、多分、スマイル無料な感じ。
キースが条件を全て飲むなら、メギドの爆発は自分のせいだということでいい、と。
大爆発して沈んだメギドは、ミュウの元長が捨て身で破壊活動した結果。
けしてキースが撃った銃弾、それのせいでは全くないと。
キースは制御室で発砲してはいないし、ミュウの元長が大暴れをしただけなのだ、と。
「…お前のせいにするというのか…」
そしてお前は死んだということになるのだろうか、と馬鹿なりに理解したようだから。
「…そうなるが? その方が、ぼくも何かと好都合だし…」
三食昼寝付きの日々と、お茶の時間と、シャングリラに帰るための船の用意、と凄んでやった。
全部飲むなら、泥を被ってやってもいい。
答えがノーなら、ちょっと宇宙に出て貰おうか、と。
「…わ、分かった…! さ、三食昼寝付きなのだな…!」
お茶の時間に船の用意だな、と慌てふためくキース・アニアン、かくして成立した取引。
その日からキースの指揮官室には、ミュウがふてぶてしく居座る結末。
キースが迂闊に撃ったばかりに、勝利を収めたミュウの元長、ソルジャー・ブルーが。
何かといったら「下手に喋ったら、命は無いと思いたまえ」と決め台詞を吐いて我儘放題、傍若無人な伝説のタイプ・ブルー・オリジンが。
けれど全ては身から出た錆、キースには何も出来ないから。
グランド・マザーにバレようものなら、本気で後が無いわけだから…。
(…明日のおやつは、うんと豪華に…)
マツカに頼んでクレープシュゼット、とソルジャー・ブルーの優雅な日々。
まだシャングリラは見付からないから、当分は三食昼寝付き。
午前と午後のお茶は必須で、キースとマツカにかしずかれる日々、二人の命の恩人だから。
メギドを壊したキースの罪状、それを代わりに引っ被ってやって、恩をたっぷり売ったから。
(…人類の船でも、住めば都で…)
食事もおやつも実に美味しい、とソルジャー・ブルーは御機嫌だった。
いつかシャングリラに帰る時には、お土産も貰う予定だから。
憧れの地球の座標をゲットで、悠々と帰るシャングリラ。
地球の座標をジョミーに伝えて引き継ぎをしたら、楽隠居の日々が待っているから…。
逆転した立場・了
※いや、制御室で発砲するのはマズイんじゃないか、と思ったわけで…。こうなるから。
そして本当にこうなったわけで、キースは二階級特進したって、ブルーに顎で使われる日々。