忍者ブログ

負けられない顔

「どう考えてもヤバイぞ、おい…」
 そうだろうが、とゼルが見回した面子。ちょっと狭苦しい部屋の中で。
 ゼルと言っても若き日のゼルで、他の面子も若かった。飲み友達のハーレイとヒルマン、揃って青年といった面差し。そういう三人。
 場所はシャングリラの中の一室、ただし名ばかりのシャングリラ。後の立派な船と違って、まだ改造の兆しすらも無いといった有様。人類から奪った船に名前をつけただけ。
 早い話が「名前負け」をしている船で、それぞれの部屋も狭かった。ベッドと机と椅子を一脚、もうそれだけでギュウギュウな感じ。
 そのギュウギュウな部屋に詰まった三人、ゼルの部屋だから椅子に座っているのがゼル。残りの二人はベッドが椅子で、小さな机の上に酒瓶。
 幸い、酒は本物だった。人類の船からブルーが奪った物資の一つで、言わば配給。大いに飲んで陽気にやるのが飲み友達の三人だけども、今日は少々、違った事情。
 なにしろ「秘密会議」だから。…そういう名目、それを掲げて集まったから。
 「まあ、飲め」とゼルが注いだ酒。グラスは各自が持ち寄ったもので、つまみもショボイ。要は夕食の残りもの。厨房の者に「何か無いか」と頼んで分けて貰っただけ。


 そういうシケた宴席だけれど、議題の方は深刻だった。秘密会議の名に相応しく。
「…確かにヤバイな、間違いなく」
 我々に危機が迫っている、とハーレイが眉間に寄せた皺。まだ若いのに、やりがちな癖。
 その隣では、ヒルマンも頭を振っていた。「まったく、実にその通りだよ」と。
「…まさか、こんな日がやって来るとは…。今日まで愉快にやって来たのに」
「普通、思いもしないよな。…イケメン三人組と言ったら、俺たち三人だったんだから」
 ずっとそうだと思っていたぜ、とゼルが一息に呷った酒。
 シャングリラのイケメン三人組なら、俺とお前らだったのに、と。
「…単にイケメン四人組になるなら、それで問題ないんだが…」
 面子が増えるのは喜ばしいし、と唸るハーレイ。「しかし、上手くはいかないようだ」と。
「其処なのだよ。…我々だったら、イケメン三人組なのだがね…」
 イケメントリオでやって行けるのに、四人になってもカルテットは…、とヒルマンも濁している言葉。四人目の面子がマズすぎる、と。


 そう、シャングリラのイケメン三人組。
 ゼルにヒルマン、ハーレイの三人、長らくそれで通って来た。アルタミラから脱出した船、名前だけは立派なシャングリラ。
 其処でイケてる顔の男は、この三人しかいなかったから。他の男たちは残念な顔で、女性たちは騒ぎもしなかったから。「なんだ、アレか」と眺める程度で。
 けれど、イケメン三人組だと違った待遇。
 食堂に行けばテーブルの下で肘をつつき合う女性、頬を染めている者だって。
 「隣、いいか?」と訊こうものなら、「は、はいっ!」とパアッと顔を輝かせるのが女性たち。
 頼まなくても、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。「お水、取って来ますね!」と届くコップに、食事の後のトレイの返却だって「返しておきます」と嬉しい言葉。
 ちやほやとされて暮らして来たのに、これからだって我が世の春が続くものだと呑気に過ごして来たというのに…。


「…ダークホースってのは、まさしくアレのことだな」
 此処じゃ競馬は無いんだが、とゼルの笑いは乾いていた。競馬も馬券も無いような船に、ダークホースがいたなんて、と。
「まさにソレだな、大外から走って来やがったからな」
 そしてこのままでは抜かれるぞ、とハーレイも露わにしている危機感。ヒルマンも同じに嘆きは深くて、秘密会議の原因はソレ。
 長い年月、このシャングリラに君臨して来たイケメン三人、この部屋に集っている面子。それを激しく追い上げて来る馬が一頭、もうとびきりの…。
「…我々はただの競走馬なのだが、あちらはサラブレッドだからねえ…」
 サイオン・タイプからして違うじゃないかね、とヒルマンがついた大きな溜息。サラブレッドに勝つのは無理だと、ただの馬では、と。
「…イケてる馬だと思ってたのにな…」
 それなりにだが、とゼルが指差す自分の顔。他のヤツらは荷役用でも、俺たち三人は競走馬だと思っていたが、と。
「俺だってそう思ってたさ。だがなあ…」
 競走馬ってだけじゃ、サラブレッドには勝てないぞ、とハーレイも溜息しか出ない。既に血統で負けているのがサラブレッドで、ただ足が速いだけの馬では抜かれて終わりなのだから。


 アルタミラ脱出以来の年月、このシャングリラに君臨して来たイケメン三人。
 彼らを追い上げるサラブレッドは、想定外の代物だった。名前はブルーで、名前の通りに唯一のタイプ・ブルーというヤツ。他の仲間とは比較にならない強力なサイオン、それを持つ者。
 けれども、たったそれだけのことで、他に売りなど何も無かった。
 大人ばかりが揃っていた船、なのにブルーはチビだったから。年齢だけは「マジか?」と誰もが思ったくらいに上だったけれど、姿は子供。成人検査を終えたばかりの。
 おまけにガリ痩せ、みすぼらしいといった感じが漂っていたブルー。「馬子にも衣裳」といった言葉も、まるで当て嵌まりはしなかった。
 「これを着てみな」とブラウが服を見立ててやっても、「これはどう?」とエラが色々と選んで着せても、カバー出来ないのが「みすぼらしさ」。
 あれじゃ駄目だな、と鼻で嗤ったシャングリラのイケメン三人組。
 どう転んでも脅威になりはしないと、我々は楽しくやろうじゃないか、と。
 そして長年、この船で陽気に暮らして来たというのに…。


「化けやがって…」
 あれは醜いアヒルの子かよ、とゼルがぼやいたサラブレッド。
 いつの間にやらブルーはガリ痩せのチビを卒業、気付けばスラリと長い手足にしなやかな身体。遠い昔の童話さながら、白鳥に化ける日も近い。それは美しくて気高い鳥に。
 ついこの間まで、みすぼらしくて醜いアヒルの子だったのに。
 サラブレッドに育つなどとは、誰も思っていなかったのに。
「…化けるからこそ、醜いアヒルの子なのだがね…」
 化ける前には醜いわけで、とヒルマンが呷っているグラス。我々の時代の終わりが来そうだと、大外から抜かれる日は目前に迫っていると。
「だからこその秘密会議だぞ?」
 だが、どうする、と呻いたハーレイ。問題のサラブレッドを蹴落とそうにも、ただの競走馬では勝てないから。大外から抜かれると分かっていたって、もうスピードは出せないのだから。


「……それなんだがな……」
 方法は無いこともないだろう、とゼルが声を潜め、他の二人に告げた言葉は…。
「「進化だって!?」」
 なんだそれは、とハモッてしまったヒルマンとハーレイ。
 今、大外から追い上げて来るのはサラブレッドで、最強のタイプ・ブルーというヤツ。その上、醜いアヒルの子という生まれの白鳥なのだし、どう転んでも無いのが勝ち目。
 ただでも勝ち目が無いというのに、サラブレッドだの白鳥だのをぶっこ抜けるような進化の道。あると言うならお目にかかりたいし、もう絶対に無理っぽい。
 だからハーレイも、それにヒルマンも、「正気なのか?」と繰り返したけれど。
「…俺は正気だ。いいか、ブルーが大外から追って来るんなら…」
 俺たちも先へ逃げればいいんだ、とゼルはニヤリと笑みを浮かべた。
 サラブレッドが抜き去れないよう、イケメンも進化すべきだと。ただのイケメンでは、負けしか残っていないから…。


「「ロマンスグレー!?」」
 年を取るのか、と驚いたハーレイとヒルマンだけれど、一理ある。今日まで止めて来た、外見の年。それを先へと進めていったら、いい感じの男になるかもしれない。
 ただのイケメンから、渋い感じのロマンスグレー。
 ちょっと哀愁が漂ったりして、さながら往年のスターのよう。その線で行けば、サラブレッドが追い上げて来ても…。
「恐るるに足らんと俺は思うぞ?」
 ブルーには足止めを食らわせればいい、とゼルの作戦に抜かりは無かった。ブルーは一人きりのタイプ・ブルーなのだし、「頂点の時で年を止めろ」と言えば素直に成長を止める筈だ、と。
「なるほどな…。船を守るには若さが要るというわけか」
 策士だな、とハーレイが嘆息、ヒルマンも「その考えは使えるよ」と頷いた。
「そういうことなら、ブルーには強く言い聞かせるという方向でいこう」
 私に任せておきたまえ、と説得に必要な資料などはヒルマンが揃えることに。ロマンスグレーな世界を目指して、サラブレッドが走り出さないように、と。


 かくして秘密会議は終わって、イケメン三人組はロマンスグレーの道へと走って行った。
 これからも船で目立っていたいし、皆にちやほやされたいから。
 醜いアヒルの子だったブルーが白鳥に変身したって、別のベクトルなら勝機がありそうだから。
 せっせと年を重ね始めて、まだまだいけると、まだこれからだと頑張ったけれど…。
「…すまん、俺はそろそろヤバイようだ」
 最近、抜け毛が増えた気がして、と最初に脱落したのがハーレイ。禿げたらブルーに勝つよりも前に、呆気なく勝負がつくだろうから、と。
「なんだ、あいつは…。付き合いが悪いな」
 スキンヘッドも出来んのか、と悪態をついたゼルも生え際がヤバかったけれど、夢はイケていた時代再び。ロマンスグレーな紳士を極めて、船でちやほやされることだし…。
「まったくだよ。…あれではただの中年だ」
 オッサンというだけじゃないかね、と呆れ顔のヒルマン。私はハーレイを見損なったね、と。
 あんなオッサンは放ってロマンスグレーを極めてゆこうと、我々の時代はこれからだと。


 そうやって出来上がったのが後のゼルとヒルマン、シャングリラでは破格に老けていた二人。
 けれども彼らは、内心、自信たっぷりだった。
 オッサンと化したハーレイはともかく、自分たち二人は、貫禄だったらブルーに勝てるから。
 どんなにブルーが頑張ってみても、「年寄りだから」と主張してみても、勝てない本物。
 「年を重ねた男の魅力というものはだね…」だとか、「男の皺には渋さが滲み出るからのう…」だとか、理屈をつけては語りまくりな年寄りの持ち味。
 それにブルーは勝てはしなくて、どう転がっても大外から抜けはしないから。
 シャングリラの年寄り二人組には、イケてる老人の魅力が満載、輝きまくっているのだから…。

 

         負けられない顔・了

※ミュウは若さを保てる筈なのに、無駄に年を取ってる人がいるよな、と思ったのが始まり。
 ハレブルな聖痕シリーズでは「真っ当な理由」があるんですけど、こっちはネタでv





拍手[1回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]