(…これくらいしか無いんだよね…)
変化ってヤツは、とジョミーが大きくついた溜息。
アルテメシアを離れて早くも十二年。いつの間にやら、ソルジャー・シンになっていた。候補というのが取れてしまって、ソルジャー・シン。
けれども、見られない進歩。八年ほど前にやった失敗、あれ以来。
(ぼくなりに、頑張ったつもりだったのに…)
人類に向けての思念波通信、ミュウの未来を賭けてみようと。
ソルジャー・ブルーは眠ってしまって、日々、重苦しくなっていたのが船の中。こういう時こそ新しいことを始めなければ、と張り切った。新しい時代のソルジャーらしく、と。
なのに、ガッツリ裏目に出たのが思念波通信。
交渉の道が開けるどころか、追われる道が待っていた。人類軍にしっかりロックオンされて、行く先々で追撃されるわ、思考機雷の群れはあるわで、逃げ回るだけで精一杯。
それでも地球へ、と恒星系を回り続けて、そっちの成果も出ないまま。踏んだり蹴ったりの日々だけれども…。
(…また身長は伸びたんだし…)
ちょっとは進歩が、と眺める手足。
いつも着ているソルジャーの制服、それがちょっぴりキツくなった、と出掛けて行った制服などを扱う部門。其処であれこれ測って貰って、近日中に…。
(新しい制服、出来てくるしね?)
百七十五センチに伸びた身長、ソルジャー・ブルーより五センチも高い。
たかが身長、されど身長、ちゃんと成長している証拠、とジョミーは思っていたのだけれど…。
「ちょいと、ハーレイ」
この間、ジョミーを見たんだけどね、とブラウ航海長に声を掛けられたキャプテン。通路を歩いていた時だから、「なんだ?」と後ろを振り返りつつ…。
「ジョミーではなくて、ソルジャー・シンだ」
間違えるな、と注意をしたら、「ああ、そうかい」と気のない返事。
「今はジョミーでいいんだよ。ブリッジにも来ないようなヤツはさ」
「…それで?」
「だからさ、見たって言っただろ。ジョミーをさ。…あんた、あたしよりは見ている筈だよ」
キャプテンなんだし、会う回数も多いだろ。
…あいつ、育っていないかい?
背も伸びているし、顔付きだってもう子供じゃないよ。
「…何か問題でもあるのか、それに?」
「大アリだよ! あいつ、自覚はゼロだと見たね」
少なくとも、八年前までは…。思念波通信に失敗するまでは、あいつ、育っていなかったんだ。
前のまんまさ、ソルジャー・ブルーが連れて来た時と変わらないまま。
それが今ではあの有様だよ、育っちまった他の子供たちと何処が違うんだい?
ぐんぐん育って、このまま行ったらオッサンだろうと思うんだけどね?
そうさ、アンタのようなオッサン。
そいつは困る、とブラウ航海長は腰に両手を当てた。
ジョミーがこのまま育って行ったら、もう間違いなく「ただのオッサン」。
カリスマ性も何もありはしないと、ただのオッサンでは困るじゃないか、と。
(…ただのオッサン…)
私もオッサンの内なのだが、と秘かに傷ついたキャプテン・ハーレイ。名指しでオッサン扱いされたし、「アンタのような」とキッチリ言われた。
(…私にだって、ナイーブなハートというものが…)
あるとブラウは気付かないのか、とグッサリ刺さった「オッサン」なる言葉。それが頭の中でエンドレス、延々と「オッサン、オッサン」とリフレインする中、自分の部屋へと戻ったけれど。
(…ジョミーがオッサン…)
それも「ただのオッサン」、まるで考えてもみなかった。
彼も成長しているのだな、と暖かく見守り続けていたから。四面楚歌の中、それでもジョミーは日々成長を遂げているのだ、と。…身体だけでも。
(しかしだな…)
言われてみれば、これは危険な賭けだった。
今の所は、ジョミーはイケメン、好青年。彼が来た頃には、ほんの子供だったカリナやニナも、王子様よろしくジョミーに夢中。顔がイケてるソルジャーだから。
ただ、問題はこれから先で、ジョミーがどんどん育って行ったら…。
(身長の方は、そろそろ止まるのだろうし…)
後は顔だけ、そちらが年を重ねてゆく。今はイケメンでも、いつまでイケメンでいられるか。
顔もそうだし、髪の毛の方も大いに問題。
(…ゼルという例があるからな…)
あそこまで見事に禿げはしなくても、早めに禿げるタイプというのは存在する。生え際の方からジワジワと来たり、頭頂部から一気に禿げて来たりと、ハゲのパターンは実に色々。
(イケメンから、ただのオッサンになって…)
その上、若ハゲ、それではキツイ。そんなソルジャーでも、ついて行けるかと言われたら…。
(私はともかく…)
若い連中は駄目だろうな、と考えずとも出て来る答え。古参の方も駄目だろう。なにしろ、先の指導者だったソルジャー・ブルー。彼は超絶美形だったし、その美貌は今も保たれている。青の間で深く眠ったままでも、まるで損なわれない美しさ。
(…あれに比べたら、残念ながら…)
ジョミーの方には、欠けているのがカリスマ性。現時点で既に負けている顔。
もしも子供のままでいたなら、いくらか救いはあっただろう。好青年な今のジョミーより、船に来たばかりの頃のジョミー。
(そっちだったら…)
もう少しばかり、弱かっただろう風当たり。同じようにヒッキーしていても。ブリッジに来ない日が続いたとしても、「子供だからね」で入った補正。仕方ないな、と。
(ソルジャー・ブルーに顔で勝てない分は、若さでカバー…)
最初の頃のジョミーは確かにそうだった。思念波通信の失敗を責められ、引きこもるまでは。
彼に自覚があったかどうかは、ともかくとして。
(それが今では、順調に育っているわけで…)
他の子供たちと同じに育って、このまま行ったら「ただのオッサン」になる可能性アリ。かてて加えて読めない頭髪、ある日、いきなり来るかもしれない。頭頂部にハゲが。
そうなってからでは遅すぎる、と遅まきながら気付いた現実。
今の間にジョミーに説教、年を取るのをやめるようにと自分が言ってやらなければ。
自覚ゼロなら、自覚をさせて。言いにくいことも、遠慮しないでズケズケと。
そうとも知らないのがジョミー。呼ばれたから、とキャプテンの部屋を訪ねてみれば…。
「ソルジャー、一杯、如何ですか?」
合成ですが、とグラスに注がれたラム。「ぼくも大人の仲間入りだ」と弾んだ胸。
「ありがとう、キャプテン!」
頂きます、と格好をつけてグイと呷ったら、激しくゲホゲホやる羽目になった。合成とはいえ、アルコール度数は本物のラムと変わらないから。
(…き、キツイよ、これ…)
だけど大人の嗜みだしね、と更にグラスを傾けようとしたら、ひたと見据えられた。
「ソルジャー。…どうして酒をお勧めしたのか、お分かりですか?」
「えっ? ぼくが成長したからだよね?」
もう大人だよ、と指差した顔。また背が伸びたし、制服だって新しく採寸して貰ったし、と。
得意満面で報告したのに、「そうですか…」とハーレイが零した大きな溜息。
「…またオッサンに一歩近付かれた、と…」
「オッサン?」
「はい。…こうして成長を続けられたら、いずれオッサンになられるかと…」
いわゆる、ただのオッサンです。
私のような「ただのオッサン」、こうならないという保証は何処にもありませんが…。
オッサンだけなら、まだいいのですが…。頭頂部に来たらどうなさいます?
此処にハゲが、とハーレイがつついて見せる頭頂部。「禿げない自信はおありですか」と。
「ハゲだって!?」
「そうです、顔が残念になるというだけではなくて…」
ハゲの危機も伴うわけですが、と言われてジョミーは青ざめた。
進歩なのだと思った成長、それは両刃の剣だったと。ただのオッサンやハゲな末路も、このまま行ったら充分にある、と。
(…ただのオッサンで、おまけに若ハゲ…)
危なすぎる、と今頃になって自覚した。若い女の子たちにモテるイケメン、それは今だけかもしれないと。次に進歩を自覚する時は…。
(…残念な顔になってしまって、ただのオッサンとか…)
そうでなければ、頭頂部が薄くなるだとか。生え際から来て、どんどんヤバくなるだとか。
もしもそうなったら、自分の立場は…。
(ブルーの時代の方が良かった、って、今よりも、もっと…)
言われまくって、もう振り向いても貰えない。今は自分にぞっこんの筈のニナやカリナにも。
残念な顔の「ただのオッサン」、若ハゲまでついて来たのでは。
カリスマそのものなソルジャー・ブルーに、顔も頭髪も惨めに負けてしまったのでは。
(身長だけ、ブルーに勝っていたって…)
誰もついては来てくれないし、陰口だって今以上だろう。残念な顔のオッサンでは。頭頂部から禿げたソルジャーでは。
(……もっと早くに……)
気付くべきだった、その危機に。進歩していると思ったりせずに、子供の姿でいれば良かった。誰でも子供には甘いものだし、十四歳の姿のままでいたなら…。
(同じことをやっても、今ほど叱られなかったんだよ…!)
そう思っても、もう戻れない過去。此処でガッチリ年を取るのを止めないと…。
(……ぼくの人生、お先真っ暗……)
本気でヤバイ、と自覚したから、進歩をやめてかけたブレーキ。「此処で止めねば」と。
そして進歩は止まったけれども…。
(自覚して止めた甲斐があったよ…!)
ぼくの人生、上向いて来た、と嬉しくなったナスカとの出会い。
きっと神様がくれた御褒美、「本当の進歩を与えてやろう」と、命を作れる惑星を。
此処で新たなミュウの子供を育てるがいい、と。
(…その子供にも…)
教えなくちゃね、とジョミーは部屋で鏡を見詰める。
生まれた子供が育ち始めたら、年頃になったら、「迂闊に年を重ねるな」と。
残念な顔になってしまってからでは遅いと、ただのオッサンとハゲは避けろと。
そう思ったのに、急成長したのがトォニィやナスカの子供たちだから…。
(…今は言うべきタイミングじゃない…)
でも言わないと、とジョミーの頭を悩ませる問題。
トォニィたちは日に日に育って行くから、「ただのオッサン」になる危機が近いから。
けれど言えない、青い地球に辿り着くまでは。ミュウの未来を掴み取るまでは。
(…ただのオッサンだなんてことを、言える余裕は…)
ありもしないし、今の自分はそういうキャラでもないのだから、と言葉をグッと飲むけれど。
言っては駄目だと思うけれども、気になるトォニィの長すぎる髪。
(…あれで頭頂部からイッてしまったら…)
どうしようか、と消えない心配。
地球に着いたら早く言わねばと、「ただのオッサン」で若ハゲの危機、と。
それだけは避けて通って欲しいと、どうか自分で気付いて欲しいと、ソルジャー・シンが捧げる祈りは切実だった。
血も涙も無い、鬼軍曹の貌の裏側で。冷たく凍り付いた表情、凍てた緑の瞳の奥で。
禿げてくれるなと、残念な顔にはなってくれるなと。
今は言えないから自分で気付けと、「ただのオッサン」になった後では遅いのだから、と…。
少年の末路・了
※いや、ジョミーが育ったの、いつなんだろう、と考えていたらこうなったオチ。
サムが「昔のままの姿」だったと言ってたんだし、あれよりは後、と。オッサンの危機。