(ソルジャー・ジョミー…)
どうも据わりが今一つ、とハーレイがついた大きな溜息。
アルテメシアを後にしてから、これが頭痛の種だった。ソルジャー・ブルーは日に日に弱って、世代交代の日が近そうで。
(お亡くなりになるとは思わないが…)
近い将来、陣頭指揮は執れなくなってしまうだろう。青の間から一歩も出られない上に、思念も細くなっているから。
そうなれば跡を継ぐのはジョミーで、ソルジャー候補からソルジャーになる。その時、彼をどう呼ぶのかが大いに問題、慣例で行けば「ソルジャー・ジョミー」。
慣例も何も、初代はソルジャー・ブルーなのだし、二代目だけれど。
大袈裟に騒ぎ立てなくても良さそうだけれど、「ソルジャー・ジョミー」は据わりが悪い。
前々からゼルたちも指摘していた、その件について。
(呼びにくいわい、と言われても…)
ジョミーの名前はジョミー・マーキス・シン、ファーストネームは「ジョミー」でしかない。
それを「ソルジャー」の後につけたら、どう転がっても「ソルジャー・ジョミー」。
どんなに据わりが悪かろうとも、これより他に道は無いわけで…。
(……弱ったな……)
いっそ改名して貰おうか、とまで思うくらいに悩ましい問題、「ソルジャー・ジョミー」。
ジョミーの名前がジョーだったなら、悩まないのに。
「ソルジャー・ジョー」と呼べるのだったら、何処からも苦情は来ないのに。
なんとも困った、と悩みまくっても、どうにもならないジョミーの名前。
刻一刻と近付く世代交代、その時が来た時、どうしたものか。
悩み続けていたら、「ハーレイ」とゼルに呼び止められた。ブリッジから部屋へと帰る途中で、「ジョミーの件じゃが」と。
とうとう来たな、と振り返ったら、エラもブラウも、ヒルマンもいた。
(…敵全逃亡は不可能か…)
仕方ない、と溜息交じりに皆を引き連れ、帰った部屋。場の雰囲気を和らげようと出した秘蔵の合成ラムは、「結構」とゼルに跳ね付けられた。
「分かっておろう。…ジョミーの名前をどうするんじゃ」
「ソルジャー・ジョミーって呼べってかい?」
あたしは勘弁願いたいね、とブラウもまるで遠慮が無い。エラもヒルマンも頷いているし、案を出すしかないだろう。
「…改名して貰うのが一番かと…」
「ほほう…。それはいいかもしれないね」
うん、とヒルマンの顔が綻んだ。ジョミーだったらジョーだろうかと、他にも何か、と。
「ジョーじゃな、それが据わりが良さそうじゃ」
それに「ミ」を抜くだけで済むし、とゼルも乗り気な「ソルジャー・ジョー」。
やはり改名しかないのだな、と思ったものの、ジョミーになんと切り出したものか。
(無理やりソルジャーに仕立て上げた上に、名前まで…)
変えろと言っていいのだろうか、と眉間に皺を寄せていたら…。
『その件で、ぼくも話がある』
いきなり飛んで来た思念。
「ソルジャー・ブルー?」
「ソルジャー?!」
今のを全部聞かれていたか、と慌てふためき、それでも急いで取った礼。
思念波の主は「続きは後で」と、青の間に来るよう指定した。思念を飛ばすのは疲れるからと、会って話すなら問題無いが、と。
「…ソルジャーがお呼びじゃ。行くしかないのう…」
「ソルジャー・ジョミーにしておくように、と仰るのでしょうか?」
エラが不安そうな顔をしているけれども、恐らく、そういうことだろう。次期ソルジャーに改名させるとは何事か、と叱られた上に、「ソルジャー・ジョミー」で確定な呼び名。
ソルジャー・ブルーが出て来た以上は、他に考えられないから。
(…喜ばしくはあるのだが…)
ジョミーのためにはソルジャー・ジョミー、と思うけれども、呼びにくい。船の者たちも苦労をするだろうな、と溜息は深くなるばかり。
それでも長老の四人と一緒に青の間に向かい、「遅くなりました」と入ったら…。
「ハーレイ。…君の名前は何だった?」
ベッドに横たわったままのブルーに向けられた視線。「君の名前は?」と。
「は、はい? …ハーレイですが」
「違うだろう? 君はウィリアムの筈だ。ウィリアム・ハーレイ」
それがどうしてハーレイなんだい、と見上げてくる瞳。何故そうなった、と。
「…キャプテン・ウィリアムは呼びにくい、と…」
そう答えながら、「何処かでこういう話を聞いた」と気が付いた。ジョミーのことだ、と。他の四人も気付いたようで、「そういえば…」と上がった声。
「ゼルが言ったんじゃなかったかねえ、あの時もさ」
「わしだけではないぞ、エラもヒルマンもじゃ!」
お前だ、いやいや、あんただ、お前だ、と揉め始めたけれど、確かに昔、起こった事件。
キャプテン・ウィリアムは据わりが悪い、とキャプテン・ハーレイになったのだった。
(…私もすっかり忘れ果てていたが…)
似たような話が前もあったか、と遠い昔を振り返っていたら、「分かったかい?」とブルーが皆を見回した。
「…ジョミーも、あの時と同じでいい。ソルジャー・シンでいいだろう」
「ソルジャー・シンですか?」
訊き返したら、「そうだ」とブルーは頷いた。これで文句は無いだろう、と。
「そうじゃな、ソルジャー・シンならマシじゃ」
それにジョミーも納得するじゃろ、とゼルが引っ張った髭。「ハーレイの例があったわい」と。
「ええ、前例はありますね。…ソルジャーではなくて、キャプテンですが」
よろしいでしょう、とエラも賛成。ヒルマンもブラウも文句は無くて、ソルジャー・シンという呼び名が決まった。
いつかジョミーが跡を継いだら、ソルジャー・シン。それでいこうと、前例もある、と。
なにより、ソルジャー・ブルーの指示。
誰からも苦情は出ないだろうし、ジョミーも素直に従う筈。改名させるわけではないし、ファーストネームか、ファミリーネームかの違いだけだから。
(これで私も肩の荷が…)
下りた、とホッとしていたら、「もう一つある」と聞こえた声。ベッドの方から。
「…ソルジャー?」
今度は何を、と思った途端に、「遺言だ」という物騒な台詞。
まさか寿命が尽きるのか、と誰もが愕然、神妙な顔でベッドの周りに立ったのに…。
「真に受けないでくれたまえ。…まだ死なない」
だが、遺言だと思って聞いて欲しい、と赤い瞳がゆっくり瞬いた。
「地球は遠い」と始まった言葉。ジョミーの代で辿り着けるとは限らない、と。
次のソルジャーが呼びにくい名前だったなら。…どうしようもないケースだったら、と。
「…どうしようもないケースとは?」
どのような、とハーレイが問い返したら、「一つ挙げよう」とクスッと笑ったブルー。
「アルフレートがいるだろう。彼がソルジャーだったなら…?」
「「「アルフレート!?」」」
それは難しい、と誰もが思った。ソルジャー・ジョミーどころではない名前。アルフレートが次のソルジャーなら、「ソルジャー・アルフレート」にしかならない。
「…無理じゃ、わしには呼べんわい!」
舌を噛みそうじゃ、とゼルが騒ぐのも分かる。ソルジャー・アルフレートは無理すぎ。
「分かったかい? だから遺言だと言ったんだ」
そういう場合は、改名も仕方ないだろう。…呼ぼうとしても呼べない名前では。
けれど、そこまで難しくないなら、愛称という手を使うといい。
たとえば、ソルジャー・ゼルだとしよう。
ソルジャー・ゼリーになったとしたって、改名よりかはマシだろうね。…愛称だから。
ぼくの遺言だ、とソルジャー・ブルーが語った言葉は、正式な文書となって残った。
ジョミーがソルジャー・シンになった後にも、しっかりと。
「へえ…。こういう決まりになったんだ?」と、ジョミーも興味津々で見ていた文書。
ソルジャー・シンで済んで良かったと、でも愛称なら許容範囲かも、などと。
そういう文書がキッチリ残ったものだから…。
ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィの代で文書は生きた。
ソルジャー・トォニィは少し呼びにくかったし、ファミリーネームの方もイマイチ。こういう時こそ、あの文書だと。
偉大なるミュウの初代ソルジャー、ソルジャー・ブルーの御遺言だ、と。
「ソルジャー・トニー! スタージョン中尉から通信です!」
「分かった。…繋いでくれ」
「ご無沙汰しております、ソルジャー・トニー」
こんな具合で、ソルジャー・トニーになってしまったソルジャー・トォニィ。
初代のソルジャーが残した遺言、それは正式なものだったから。呼びにくい名前のソルジャーが来たら、改名、あるいは愛称で行けと、文書が残っていたものだから。
ソルジャー・シンの次の代にはソルジャー・トニー。
トォニィではなくてソルジャー・トニーで、呼びやすいのが一番だから…。
ソルジャーの名前・了
※ソルジャー・ジョミーではなくて、ソルジャー・シン。舞台裏はきっとこうだな、と。
連載当時にあったんですよね、「ソルジャー・ジョミー」。第一部の終わりで。
総集編が出る時、直されてしまった幻のキャプテン・ハーレイの台詞。いや、マジで。
流石にリアルタイムじゃ読んでないです、古書店バンザイ。
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