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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

「ソルジャー。…ジョミーのパワーは強大ですが…」
 集中力が持続しません、とヒルマンが今日も嘆く青の間。他の長老たちも同じで、ブルーの所で愚痴る毎日。愚痴った所で、アレしかいないと彼らも分かっているけれど。
「パワーだけでは駄目なんじゃ! 集中力じゃ!」
 じゃが、あやつにはソレが無いわい、とゼルが怒るのも何度目だろうか。
 毎日こうなるわけだからして、ブルーの方でも考えはする。早くジョミーが使える人材になって欲しいのは、彼とても同じことだから。
(…集中力…)
 どうしたものか、と悩むけれども、こればかりは本人の気持ちが大切。やるぞ、とジョミーが思わない限り、いい結果などは出ないだろう。
 無いと困るのが集中力とはいえ、当のジョミーはパワーはあるから、行け行けゴーゴー。
 押して駄目なら引いてみるどころか、当たって砕けて押し通れるのが困った所。
(もっと繊細なコントロールというヤツが…)
 必要な場面に出くわさない限り、学習してはくれないだろう。
 けれど、人類にシャングリラの存在がバレている今、悠長に構えてはいられない。ジョミーが学習するよりも先に、シャングリラが沈められたら元も子もない。
(こう、切実に…)
 集中力が必要だ、とジョミーが自覚しそうなこと。それがあれば、と考えていて…。


 アレだ、と不意に閃いた案。
 如何なジョミーでも、これなら真面目にやるだろう。長老たちに「どう思う?」と提案したら、皆、盛大に吹き出した。散々笑って笑い転げて…。
「いいんじゃないかね、それに賛成だよ」
 あの坊やも性根を入れ替えるさ、とブラウがケタケタと笑い、エラだって。
「少し可哀相な気もしますが…。嘘も方便と言いますから」
「そうじゃ、そうじゃ。薬はちょいと効きすぎるくらいが丁度いいんじゃ」
 お灸をすえてやるが良かろう、とゼルもニンマリ。
「実にいい案だと言えますな。まさにソルジャーならではです」
 現場におられた方は違いますな、とヒルマンが絶賛したアイデア。それは本当にブルーしか思い付かない代物、ついでにジョミーが必死に訓練しそうな名案。
「では、この方向で進めてみよう。君たちの方もよろしく頼むよ」
 訓練の件で質問されたら、口裏を合わせてくれたまえ、とブルーが念を押すまでもない。長老たちは「承知しております」と揃って青の間を出て行った。
 いつになく軽い足取りで。通路に出た途端にスキップしそうな、晴れ晴れとした顔で。


 そんなこととも知らないジョミーは、今日も今日とて愚痴りに来た。長老たちとは鉢合わせないよう、キッチリ時間をずらして夜に。
「聞いて下さい、ブルー!」
 ヒルマンたちときたら、と始まった愚痴を、「待ちたまえ」と制したブルー。
「君の訓練の成果については、ぼくも報告を聞いている。結果は出せているようだね」
「そうなんです! なのに、集中力が足りないだとか、持続しないとか!」
 いざとなったら出来るんです、がジョミーの持論で、実際、そうかもしれないけれど。
 もしもの時に「駄目でした」では済まされないのが実戦なるもの、その前にきちんと身につけておいて欲しいものだから…。
「君の成績は認めよう。今のレベルなら、君は充分、戦える。ただ…」
 それ以外の時が問題で…、とブルーは顔を曇らせた。この先、上手くやって行けるか、と。
「何ですか、それ? 戦闘の他に何があるんです?」
 戦って倒せばいいんでしょうが、とジョミーが言うから、「戦いならね」と返してやった。
「人類が相手なら、それでいい。でも、君のようなミュウの仲間はどうするんだい?」
「仲間?」
「そう、仲間。ぼくが君の成人検査を妨害したように、新しい仲間を助けに行くとか…」
 でなければ思念体で抜け出す時だとか、と例を挙げたブルー。
 集中力が無いとマズイことになると、今の君だと非常にマズイ、と。


「マズイって…。どうマズイんですか?」
 その訓練ならやっています、とジョミーは心外そうだけれども、此処からが勝負。ブルーは息をスウッと吸い込み、「思い出してみたまえ」と切り出した。
「成人検査の時だよ、ジョミー。…あの時、君は服をきちんと着ていたかい?」
「服…?」
 そういえば、とジョミーが見回した身体。テラズ・ナンバー・ファイブの前では、スッポンポンになっていたのがジョミー。
「思い出したようだね、あの姿が君の実力だ。注意していないと、君は裸だ」
 思念体になって抜け出した時は、と指摘されたジョミーはムッとした顔で。
「そんなことないです! ぼくはいつだって、服を着てます!」
 訓練中に裸だったことはありません、とムキになるから、「そうだろうね」と頷いた。
「分かるよ、君が言いたいことは。君は確かに服を着ているとは思う」
 でもそれは、君の願望が入っているからで…。着ていると思い込んでいるだけだ。
 傍から見たなら、君の身体に服などは無い。「裸の王様」みたいなものだね、誰も君には注意しないだけだ。言っても無駄だし、放っておこうと。


 ヒルマンたちは匙を投げているから…、と溜息をついたら、ジョミーはサーッと青ざめた。
「本当ですか、ブルー!?」
 訓練中のぼくを見たんですか、と慌てているから、「少しだけね」と浮かべてみせた苦笑い。本当はまるっと嘘だけれども、嘘も方便。
「裸の王様の話の方だと、正直者は子供だけれど…。一番の年寄りが正直者でもいいだろう」
 思念体になっている時の君は、見事なまでに素っ裸だ。服を着たつもりでいるだけなんだ。
 今のままだと、思念体はずっと裸のままだね。それに…。
 思念体だけならいいけれど、と零してみせた溜息、「まだあるんですか?」とジョミーの悲鳴。
「他にも何か問題があるって言うんですか、ブルー!?」
「思念体と同じで、集中していないと服を置き去りにしかねないのが瞬間移動で…」
 君は短距離しかやっていないから、今の所は服もマントもついて来てくれる。
 それが長距離を飛ぶとなったら、いったいどれを落として行くやら…。
 最悪、君が飛び立った後には、全部残っているかもしれない。服もマントも、ブーツだってね。
 そして目的地に着いた君は…、と最後まで言う必要は無かった。
 ジョミーはブルブルと震え始めて、顔面蒼白というヤツで。
「つまり、瞬間移動をしたって、素っ裸で行ってしまうんですか!?」
「そうなるね…。集中力の有無は大きいんだよ」
 よく聞きたまえ、とジョミーの顔をまじっと見詰めた。ぼくと君との能力の差を、と。


「いいかい、ジョミー。…君のサイオンが爆発した時、君は衛星軌道まで飛んで昇って…」
 連れ戻しに行ったぼくは意識を失くして、君が助けてくれたことは認める。
 ただ、そうやって戻って来た時、君の服は殆ど燃えてしまっていたそうじゃないか。
 ぼくの服は少しも焦げていないのに、君の服だけが。
 あれもね、君が完全に目覚めていたなら、服は残った筈なんだ。ぼくの服と同じに。
 ぼくは意識を失っていても、無意識の内に「服を着た自分」を守れるだけの能力がある。だから服をそのまま着て戻れた。
 君の場合は、服がすっかり燃えてしまって、素っ裸でもおかしくなかったけれど…。
 火事場の馬鹿力と言うだろう?
 あの時だけは、集中力が高くなっていた。それで辛うじて燃え残ったんだよ、君の服は。
 大事な部分だけが焼け残ってはいなかったかい、と突っ込んでやったら、ジョミーは今にも倒れそうな顔で。
「…じゃ、じゃあ…。今のぼくだと、下手に瞬間移動をしたら…」
 パンツだけでも履いていられたら上等ですか、と震えている声。してやったり、と思いながらも、顔には出さずに「そうだ」と答えた。
「正直な所、パンツも危うい。訓練の距離が倍になったら、パンツは無いと思いたまえ」
 その時になって後悔しても、もう遅い、と溜息を一つ。長老たちがパンツを届けに来てくれるまでは素っ裸だろうと、移動先が公園などでなければいが、と。


 ガタガタと震えまくっているジョミー。思念体の時は裸の王様、瞬間移動も距離が伸びたら、服もパンツも置き去りなどと言われて平気なわけがない。
「そ、そんな…。だったら、ぼくはどうしたら…!」
 このままではシャングリラ中の笑い物です、と焦っているから、「集中力だと言っただろう」と瞳をゆっくり瞬かせた。「それだけだよ」と。
「ヒルマンたちがうるさく言うのも、このままでは君が赤っ恥だからだ」
 君ばかりじゃない、教育係の彼らも笑われることになる。次のソルジャーは裸のソルジャーだ、と船中に噂が流れてね。
 君に注意をしたいけれども、言っても君は聞きはしないし…。匙を投げたくもなるだろう?
 ただ、それでは君が可哀相だし、後継者が裸のソルジャーなのでは、ぼくも悲しい。
 だからハッキリ言わせて貰った。今のままでは駄目なんだ、とね。
 それでも集中力は要らないのかい、と見詰めてやったら、ジョミーは半分泣きそうな顔で。
「いいえ、要ります! 裸のソルジャーなんて嫌です!」
 頑張りますから、これからも本当のことを教えて下さい、とガバッと頭を下げたジョミー。
 長老たちが黙っていたって、裸だった時は隠さずに言って下さい、と。
「頑張ろうという気になったかい?」
 それなら、ぼくも遠慮なく言おう。此処から訓練を見せて貰って、本当のことを。
 約束するよ、とブルーはジョミーを送り出して…。


 次の日からは、今までの日々が嘘だったように、ジョミーの集中力が上がり始めた。長老たちも思わず褒めたくなるほど、急カーブを描いて急上昇で。
「ブルー! どうでしたか、今日の訓練は?」
 裸のソルジャーは卒業でしょうか、と息を弾ませるジョミーに、「まだまだ」とブルーは笑ってみせた。「途中からマントが脱げていったよ」と、「最後はやっぱり…」と。
「分かりました…。もっと頑張ります!」
 瞬間移動で裸になったら悲惨ですから、と努力を誓うソルジャー候補。
 かくして訓練はガンガン続いて、集中力もアップしていったけれど、及第点には遠いから。
(また叱られた…)
 へこんでても何も変わらないよな、とジョミーは今日も自主トレに励む。
(今日は思念の導く所まで行ってみよう)
 思念体になって身体を離れて、服があるかどうかを指差し確認。マント良し、服良し、ブーツも良し、と。


 そうやって飛んで出掛けた先で、ジョミーはシロエに出会うのだけれど。
(うん、大丈夫だ…!)
 幼いシロエは、窓の外を指差して「あそこに誰かいる」と不思議がっただけで、ピーターパンだと勘違いをしてくれたから。「裸だった」とは言わなかったから。
(裸の王様の話でも、子供は正直…)
 訓練を頑張った甲斐があった、と快哉を叫ぶジョミーはまだ知らない。
 裸のソルジャーがどうのこうのは、ブルーが嘘をついただけだと。いい感じに危機感を煽るだろうと、嘘八百を並べたことを。
 本当の所は全部偶然、ブルーの服だけ燃えなかったのも、素材のせいだということを。
 とはいえ、訓練は結果が全て。
 裸のソルジャーは今日も頑張る、「合格だよ」という言葉を目指して。アルテメシアから宇宙へ逃げ出した後も、「裸のソルジャー」と呼ばれないよう、日々、根性で…。

 

         裸のソルジャー・了

※ギャグ担当がキースばかりだよな、と思っていたら空から落ちて来たネタ。雪と一緒に。
 ブルーが大嘘ついてますけど、実際、裸のジョミーが存在したから仕方ないっす!





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(くだらんな…)
 皆の真似をして出て来てはみたが、とキースがついた溜息。
 メンバーズ・エリートとして歩み出してから、まだ日は浅くて。
 たまの休暇をどう過ごすべきか、それさえ思い付かない有様。
 他の者たちは、ここぞとばかりに羽を伸ばしに出掛けてゆくのに。
(…一人の食事は慣れてるんだが…)
 周りの雑音が鬱陶しい。
 なまじ普通の街の中だけに、どのテーブルにも一般人ばかり。
 どうでもいいような話題ばかりで、聞いていたって役に立たない。
 軍人ばかりが集まる場所なら、得ることだって多いのに。
 耳に挟んだほんの一言、其処からヒントを得られる時もあるというのに。
(飯が美味いだの、これから何処に行くかだの…)
 ロクな話をしない奴らばかりだ、と黙々とランチを頬張っていたら。


「好きな子ってさあ、妙に苛めたくならなかったか?」
 ずっと昔な、と聞こえて来た声。
 自分よりも幾らか年上だろうか、そういう男性たちのグループ。
 仕事仲間か、昔馴染みか、趣味で知り合った者同士なのかは知らないけれど。
(女の話か…)
 ありがちだな、と聞くともなしに耳を傾けたものの。
(なんだって…?)
 自分は持たない、成人検査を受ける前の記憶。
 故郷も両親も友人の顔も、まるで覚えていないのだけれど。
 どうやら覚えているのが普通で、彼らの話は思い出話。
 故郷にいた頃、好きな女の子をついつい苛めていたのだという。
 「好きだ」と言えずに、髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせたり。
 それをやる度に教師に呼ばれて、何度も叱られたものだった、と。


 妙なことをする、と最初は思った。
 好きなのだったら、素直に口にすればいいのに。
 そうすれば相手も応えてくれる筈だから。
 運が良ければ、いわゆる「彼女」。
 以前、シロエに言われた時には首を傾げたものだったけれど、今なら分かる。
 あの後、ちゃんと調べたから。「彼女」とは何か、どういうものか。
(スウェナは違ったんだがな…)
 彼女なんかは今もいないな、と頬張るランチ。
 これから先もいないだろうと、女などには興味も無いし、と。
 だから余計に不思議な行動。
 好きな女性がいたのだったら、苛めたのでは意味が無いから。
 嫌われるだけで、側に寄れさえしないのだから。
(…謎だな…)
 なんとも謎だ、と腑に落ちないから、聴き続けた。彼らの話を。
 どういう理由で苛めていたのか、サッパリ謎だ、と。
 そうしたら…。


(あれなのか!?)
 あれがそうか、とドキリと跳ねた心臓。
 似たようなことが自分にもあったと、確かに苛めてしまったと。
(…足を引っ掛けて転ばせるどころか…)
 殴り飛ばしたんだ、と唖然とした。
 「機械仕掛けの操り人形」と罵倒されたから、思わず殴ってしまったシロエ。
 今から思えば、欠けてしまっていた冷静さ。
 自分らしくもなく覚えた苛立ち、それが高まった挙句に一発殴ってしまったけれど。
(…子供ではなくて、あの年だったから…)
 シロエを殴り飛ばしたらしい。
 髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせてみたりする代わりに。
(何故あんなことをしたのか、今でも分からないんだが…)
 別のテーブルで話をしている男性グループ、彼らの話を聞いたら分かった。
(あいつのことを思い出すと、気持ちが乱れて…)
 イライラしたんだ、と今もハッキリ覚えている。
 シロエの船を撃墜するために追っていた時も、心の中で考え続けていたから。


 恋だったのか、と今頃、気付いた。
 自分はシロエに恋をしていて、そのせいで乱れていた感情。
 シロエを殴り飛ばしたのだって、「好きな女の子を苛めたくなる」のと似たようなもの。
 迂闊に年を重ねていたから、子供よりも派手にやっただけ。
 髪を引っ張る代わりに殴った。
 足を引っ掛けて転ばせる代わりに、思い切りシロエを殴り飛ばした。
(…それなら分かる…)
 やたらシロエが気にかかったのも、部屋に匿ったことだって。
 恋していたなら、マザー・イライザの怒りを買ったとしたって匿ったろう。
(好きな子が出来たら、近付きたくなるもので…)
 けれど素直になれない子供は、髪を引っ張ったり苛めたりする。
 自分もそれと同じレベルで、シロエが指摘していた通りに、人の心に疎いものだから…。


(…恋をしたんだと気付かないままで…)
 シロエを殴って、部屋に匿った時も口説く代わりに…。
(マザー・システムの話なんかを…)
 滔々とやって、そうしている間に逮捕されたシロエ。
 フロア001がどうとか、マザー・イライザの人形だとか、激しく侮辱はされたけれども…。
(あそこで素直になっていたなら…)
 好きだと一言打ち明けていたら、後の流れは変わっただろうか。
 シロエが同じに逃亡したって、連れ戻すことが出来ただろうか。
(…お前が好きだ、と叫んでいたら…)
 「停船せよ」と告げる代わりに、好きだと絶叫していたら。
 そしたらシロエは止まっただろうか、船ごと連行出来たのだろうか。
(……止まったのかもしれないな……)
 シロエに「好きだ」と打ち明けていたら。
 練習艇を追ってゆく時、「お前が好きだ」と絶叫したら。


 なんてことだ、と愕然とした。
 恋した相手を苛めるどころか、船ごと撃って殺してしまった。
 なまじっか年を重ねていたから、やり過ぎて。
 「好きな女の子を苛めたくなる」らしい感情とやらが、暴走しすぎて。
(…やはりシロエが言っていた通り…)
 自分には欠けていたのだろう。
 大切な感情というものが。
 人間だったら持っているらしい、とても大切な心の一部が。
(…その報いがこれか…)
 初恋の相手を苛めるどころか、殺してしまった愚かしい自分。
 きっとシロエが好きだったのに。
 シロエに恋をしていたのに。
(…すまない、シロエ…)
 許してくれ、と詫びてもシロエは戻って来ない。
 初恋の人は死んでしまって、それをやったのは自分だから。
 気になるシロエを苛めすぎてしまって、殴った挙句に船ごと撃って殺したから。


(…あれが初恋だったんだ…)
 シロエのことは忘れまい、と心に誓った。
 苛めすぎたばかりに、失くしてしまった初恋の人。
 自分は決して忘れはしないと、これに懲りたら恋はすまいと。
 人の心に疎い自分は、きっと学習しないから。
 恋をしたって失敗するから、けして女性には近付くまいと。
 固く誓ったキースだけれども、彼は此処でも間違えていた。
 シロエは決して「女の子」などではなかったから。
 普通に男で、ライバル意識の塊だっただけなのだから。


(……シロエ……)
 好きだったんだ、と派手に勘違いしているキース。
 けしてゲイではない筈なのに。
 そんな趣味など持っていないのに、今も「女性に近付くまい」と誓うくらいにノーマルなのに。
 けれどもキースは間違えたままで、呆然と座り続けるテーブル。
 あれが自分の初恋だったと、シロエのことが好きだったんだ、と。
 なのに殺してしまったと。
 子供よりも大きくなっていたせいで、苛めすぎてシロエを殺したんだ、と…。

 

       エリートの初恋・了

※シロエの船を追って行く時のキースの独白、聞けば聞くほど入れたくなってしまうツッコミ。
 「それって恋だよ」と、「いや、マジで」と。だって、こういうネタになるから…。





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「…これは…。何なんだ、此処は?」
 シロエを驚かせたフロア001。シークレットゾーンの中だけれども。
 幾つも並んだガラスケースに、何体もの胎児や子供の標本、もっと成長したものも。
(…キース…)
 この顔はキースだ、と一目で分かる男性の方。女性は謎。ステーションでは見掛けない顔。
 男性も女性も、何処から見ても機械ではなくて、人間にしか見えないから。
(何か特別な人間だとか…?)
 調べなくては、とコントロールユニットに繋いだケーブル。幸いなことに、パスワードは此処のと同じだったから、簡単に突破出来てしまって…。
(無から作った…?)
 これが、と眺めた男性と女性。キースと、それから別の誰かと。
 女性の方にさほど興味は無かったけれども、もっと調べていかなくては。
(キースの方をね…)
 覗かせて貰うよ、と探り始めたデータ。
 それから間もなく、フロア001に響き渡りそうな勢いで笑い出したシロエ。あまりにもデータが凄すぎたから。
(お人形さんだ…)
 マザー・イライザが作った可愛い人形そのものだった、と止まらない笑い。
 まさか此処までやらかしたとは、と笑い転げるより他になかった。
(ぼくにゲームで勝てたくらいは、当たり前だよね)
 こんなにスキルが高いのでは、と引き出したデータを見ては吹き出す。半端なかった、マザー・イライザの申し子、キースのデータ。彼はまさしく…。


 此処で時間を過去に戻そう、五十年ほど。…多分、そのくらい。
 E-1077とは違った所で、とある実験が行われていた。無から生命を生み出す実験。
 三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。そうやって、まずは女性を作った。上手く出来たからガラスケースから出した途端に、ミュウが失敬して行ったけれど。
 それがフィシスで、シロエが「知らない顔だ」と思った女性の方。
(ミュウに攫われるとは、ケチがついたものだ)
 忌々しい、と舌打ちしたのがグランド・マザー。機械に舌があるかどうかは、ともかくとして。
 フィシスは処分の予定だったから、ミュウが攫おうとも実験の方に支障は無い。
 そうは言っても、掻っ攫われたら、如何なグランド・マザーもムカつく。
(あそこのセキュリティーは、ザルだったか…)
 場所を移せ、と命令した。
 今後の実験は宇宙で行うと、E-1077が良かろうと。
 エリート育成のために設けた教育ステーションだけに、今後のためにも良さそうだから、と。


 こうして実験の続きを任されたのが、マザー・イライザ。
 女性の方はもう完成に至っていたから、その遺伝子データを元にして男性を作る。それがマザー・イライザに与えられた使命。
(最高傑作を作らなければ…)
 グランド・マザーの期待に応えて、とマザー・イライザは張り切った。同じ作るならイケメンがいいに決まっているから、それが一番最初の課題。
 やがてイケメンは出来たけれども、少々困った問題が一つ。
(此処では子供を育てられない…)
 フィシスのような年頃の子供は、E-1077の範疇外。研究者だって手を焼くだろう。もっと大きく育ってから、とガラスケースで十四歳まで成長させたら…。
(筋力、それに体力不足…)
 そういうブツが出来てしまった、ガラスケースの中に浮いていただけだから。
 これでは即戦力にならない、教育ステーションに出してやっても使えはしない。フィシス並みの動きが可能になるまでに必要なリハビリ、それの期間が長すぎた。


 駄目だ、とマザー・イライザがついた溜息。フィシスと同じに育てるだけでは、此処では上手くいかないらしい。
(成長過程で、もっと工夫を…)
 筋力や体力が落ちないように、と凝らした工夫。幾つも幾つも作る間に、ようやっとコツが掴めて来た。これをアレンジしていったなら…。
(身体能力は、私の思いのまま…)
 そうなる筈だ、と繰り返した実験、ハイクオリティのが出来ると確信したものだから。
(今度こそ、私の最高傑作を…)
 素晴らしいのを作り出そう、とグランド・マザーに立てたお伺い。「どんな風にも作れます」と伝え、理想のエリート像を尋ねてみたら。
「ご苦労だった。イケメンで秀才、運動が出来れば言うことはない」
 他は任せる、という鷹揚な返事。
 趣味に走ってもいいであろうと、理想の子供を産み出すがいいと。


(私の理想…)
 それから趣味、とマザー・イライザは考えた。グランド・マザーのお許しも出たし、もう本当に趣味に走ってもいいのだろう。イケメンで秀才で、運動能力が高ければ。
 だったら、もっと付加価値を。自分の趣味で突っ走って。
(…歌って踊れるのがアイドルスター…)
 そういう人種が社会では人気、と知っていたのがマザー・イライザ。
 ダテに長年、教育ステーションのマザーをやってはいない。世間の流行りは必須の知識で、俗なことにも通じている。
 理想の子供を作るからには、アイドルスターの人気も欲しい。歌って踊れる人材がいい、と確信したから、そのプログラムを組み込んだ。キースを作ってゆくにあたって。
(披露する場所が、あっても無くても…)
 アイドルスター並みの歌唱力とダンス、とキースを育てることにした。育て始めたら、軌道に乗ったら、どんどん欲が出て来るから。


(フィギュアスケートも出来た方が…)
 もちろん四回転ジャンプは軽々と、とフィギュアスケーターの能力も追加、それをやったら次に目に付いたのがバレエダンサー。
(スポーツの腕はプロ並みに仕込んであるのだし…)
 芸術性の方も素晴らしく、と今をときめくバレエの主役も務まるような能力をプラス。
 歌って踊れるアイドルスターな、理想の子供。
 どうせやるなら徹底的に、とフィギュアスケートもバレエも仕込んで、もうワクワクで。
(持ち歌の方も…)
 色々とあった方がいい、と知識を与えて、ギターも弾けるようにした。アコースティックギターも、エレキギターも。どちらもプロのミュージシャン並みに。
 歌の方だって、もうガンガンと叩き込んだ。オペラはもとより、ジャズにロックにと。
 そうこうする内に、マザー・イライザにも贔屓が出来た。この国の歌がイケている、と遠い昔の日本の歌に惹かれてしまったマザー・イライザ。
 それも昭和から平成辺りの歌にハマッたものだから…。


 ゲラゲラと笑い続けるシロエ。いくら笑っても、もう可笑しくて涙が出そうで。
(何なんだ、これ…!)
 ハッキングしたデータを見れば見るほど、キースが人形だと分かる。マザー・イライザが作った可愛い人形、歌って踊れるアイドルスター。それがキースの正体だった。
(スポーツや戦闘能力だったら、まだ分かるけどね…)
 どうしてバレエにフィギュアスケート、と笑うしかないマザー・イライザの趣味。
 おまけにギターも弾けるのがキース、アコースティックギターもエレキギターも。ついでに歌って踊れるのだから、もう最高の人形で…。
(この芸、何処で披露するんだか…)
 ぼくだって一度も見ていないのに、とケタケタ笑って、笑い転げて、それから始めたガラスケースや部屋の撮影。
 「見てますか?」と始めながらも、必死に笑いを噛み殺す有様。
「キース。…ぼくはあなたを人形だと言った」
 そのぼくも驚きましたよ、とシリアスにキメてやろうとしたって、どうしても顔から消えてくれない笑い。傑作すぎると、予想以上の収穫だったと。


 吹き出したくなるのを堪えて撮影しているシロエだけれども、彼の頭の中にあることは…。
(部屋に戻ったら、調べてみないと…)
 マザー・イライザが趣味で仕込んだ、キースの持ち歌。ハマってしまって、昭和から平成辺りに絞って、キースに教えた日本のヒットソングの数々。
(SMAPの「世界に一つだけの花」…)
 どんな曲なんだ、とグルグル回るタイトル、うっかりすると意識がそっちに行きそうなくらい。
(坂本九の「上を向いて歩こう」っていうのも…)
 知らない曲だから、探さなければ。キースは熱唱出来るのだから。
(藤山一郎の「青い山脈」に、さだまさしの「関白宣言」に…)
 いったい何曲歌えるんだか、と思いながらも、早く聴きたくてたまらない。キースが歌える曲というヤツを、マザー・イライザのお気に入りを。
(北島三郎に、それから嵐…)
 フィギュアスケートの腕前も知りたいですね、とニヤニヤ笑いが止まってくれない。キースは本当に、文字通りの「人形」だったから。
 マザー・イライザが作った可愛い人形、歌って踊れるアイドルスター。そんな芸など、キースも気付いていないだろうに。
(本当にお人形さんだ…)
 よく出来ている、と続ける撮影。
 早くキースに見せてやりたいと、マザー・イライザの可愛いお人形さんに、と…。

 

          イライザの人形・了

※先日、派手に騒がれていた某SMAPが解散するとか、しないとか。
 賑やかなことだ、と思っていたら、何故だか出来てしまった話。歌って踊れるキースです。





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「…一つだけ教えて頂きたいことがあります」
 キースの足元、紫に輝く巨大な瞳。グランド・マザーの。「なんだ」と応えた、その瞳。瞬きもせずに。だからキースは、そのまま続けた。
「SD体制の管理出産において、何故、ミュウ因子を取り除かなかったのです」
 それがキースの積年の疑問。ミュウ因子を取り除きさえすれば、ミュウは生まれない筈だから。
「今になって何故、知りたい」
「今だから、です」
 スウッと細められた紫の瞳。無視されるかと思ったけれど。
「…いいだろう」
 そしてグランド・マザーが語り始めた真実。それは…。


「マザー・システムに、ミュウ因子を排除するプログラムは存在しない」
 其処までは予想していた通り。生まれ続けるミュウの数を見れば、簡単に予測出来ること。
(やはりな…)
 SD体制が始まる前から、ミュウ因子が特定されていたことも。
 なんら驚くに値しない、と聴き続けたキース。やはり人類はミュウに敗れるか、と。
 彼らは進化の必然だから。いずれ人類を駆逐してゆく新人種。全てにおいて優れたミュウ。特殊能力を持っていることも、とてつもない長寿であることも。
 けれど…。
「お前は何か勘違いをしているようだ。…ミュウ因子について」
 人間の身では無理もないが、と紫の瞳が湛えた光。
 ミュウ因子はとうに、この宇宙に偏在しているものであると。
「馬鹿な…! 私は彼らを流入させぬようにと、厳重なサイオン検査などを…!」
「それが勘違いだと言っているのだ」
 サイオンだけだと思っていたのか、とグランド・マザーは重々しく一つ瞬きをした。それはお前の勘違いだと、ミュウが持つ力はサイオンだけではないと。
「では、他に何が…!」
「彼らを見たのに分からないのか?」
 特にあいつだ、と嘲るような声。タイプ・ブルー・オリジンと呼ばれたソルジャー・ブルー。
 あれに会ったのに分からないかと、お前でも無理かと。


 ソルジャー・ブルー。…ジルベスター星系で対峙した伝説のミュウ。
 三百年以上も生きて来た彼に、メギドを沈められてしまった。その屈辱は今も忘れてはいない。あの忌々しいミュウにこの上、何があるのか、と訝しんだら。
「…若かっただろう? 奴は」
 今のお前よりも、よほど若い姿だった筈だが、と尋ねられて思わず手をやった顔。
 あれから随分、時が流れた。年相応に刻まれた皺が、目元に、それに口元に。特に目立つのが、顎の下の皺。私も老けた、と思わざるを得ない。
 けれども、それが何だと言うのか。
「奴は化け物です。あの姿のままで生きていたなど、まさに化け物の証拠」
「そうだ。…ミュウは老けてゆくのが遅い。それもまた、ミュウの特徴の一つ。だが…」
 気付かないか、と紫の瞳がまた瞬いた。
 お前の周りの人間はどうだと、彼らもお前と同じように老けているのか、と。


(私の周り…?)
 マツカは最後まで老けなかった。ソレイドで出会った時と変わりないまま、懸命に自分に仕え続けて、先日、死んだ。ミュウだったのだから当然のこと。老けなくても。しかし…。
(…待てよ?)
 ジルベスター以来の自分の部下たち。スタージョン中尉や、パスカルなど。彼らも少しも老けていなくて、マツカと同じに若々しいまま。だからマツカも全く変だと思われなかった。
(だが、彼らは…)
 自分よりも若いし、老けるような年でもないのだろう、と考えた所で思い浮かんだ年上の男。
(グレイブ…!)
 旗艦ゼウスの艦長を務める男は、ステーションでの先輩だった。彼の副官、パイパー少尉も自分よりかは年上の筈。その二人だって、ジルベスターで会った時から…。
(…老けていないぞ…!)
 グレイブの顎の皺なら、若干深くなったかもしれない。とはいえ、よくよく見ないと気付かない程度。それも激務が続いて疲れ気味の日だけで、普段なら…。
(前と全く変わらない顔…)
 年月が顔に刻まれていない、と今頃になって思い至った。副官の方は女性なのだし、美容整形の手術を受けたということだって、と顎に手を当ててみたけれど。
(女性といえば…)
 自由アルテメシア放送を始めたスウェナ・ダールトン。彼女もジルベスターの頃から変わらないままで、美容整形などはしていない筈。そんなタイプとも思えないから。


 まさか、とゴクリと飲み込んだ唾。…ミュウであるマツカを誰も変だと思わなかったほど、不思議に老けない周りの者たち。自分一人だけが目元に皺で、最近は顎にもクッキリ出ている皺。
(…老けたのは、私だけなのか?)
 激務の日々だし、そういうことも…、と思いたいけれど、グレイブ・マードック大佐の場合は、疲れた時だけ目立つ顎の皺。いつもはさほど分かりはしないし、まるで皺が無い時だって。
 副官のミシェル・パイパー少尉は今も美女だし、同い年のスウェナもやはり衰えない容貌。
 自分だけが老けているのだろうか、と無意識の内に両手で顔を触っていたら。
「気付いたか? 老けたのはお前だけなのだと」
 やっと分かったか、と紫の瞳が見上げてくる。足の下から。
「…グランド・マザー…?」
 これはどういうことなのです、と自分の顔を指差した。「何故、私だけが」と。
「まだ分からないか? …ミュウ因子についての話だろうが」
 彼らは老けない。タイプ・ブルー・オリジンが若い姿のままだったようにな。
 それもミュウ因子の働きの内だ、と紫の瞳がギョロリと動いた。
 サイオンだけがミュウの要素ではないと。老けないのもまた、ミュウの要素だと。


 そして語られた、恐るべき事実。
 SD体制が始まって以来、絶えず行われて来た管理出産のための交配システム。ミュウの因子はサイオン以外の形でも出たと、広範囲に広がっているのだと。
 一番分かりやすい例が「老けにくい」こと。
 長寿ではなくても、老けにくい人間は宇宙に広く存在する。今では殆どがそうだと言ってもいいほど、人類といえども長く若さを保ってゆくもの。…一定の年齢に達した後は。
「お前の周りの者が老けないのも、そのせいだ」
 誰も老けてはいないだろうが。ミュウ因子の優れた側面の一つだ、これは。
 しかし、お前は彼らとは違う。我々が無から作り上げた以上、ミュウの因子は排除せねばな。
 人類を導く者は、純血種の人類でなくてはならない。ゆえに、その因子は合成されなかった。
 だから、お前だけが老けてゆくのだ。…周りの者たちは老けなくてもな。
「…そんなことが…」
 あるわけがない、と言いたいけれども、実際、老けない周りの者たち。マツカが浮かずに済んだくらいに、「老けない」という噂が立たなかったほどに。
 それでは、これから先も自分一人が老いてゆくのか。周りの者たちよりも早く皺だらけの老人になって、髪もすっかり白くなるのか…。
「何か問題でもあるか? キース・アニアン」
 名誉だろうが、とグランド・マザーの瞳が瞬く。純血種の人類はもはや少ないと、エリートともなれば皆無なのだと。その純血種として生まれたことを誇るがいいと、ミュウの処分は任せると。


(……私だけが……)
 ミュウ因子を持っていなかったのか、とフラリと崩れそうになった足元。
 サイオン検査の義務付けまでをも決めていたのに、ミュウの因子は排除不可能。そればかりか、とうに宇宙に散らばり、大抵の者が持っているらしいミュウ因子。サイオンの有無とは無関係に。
(やはり、我々はミュウに敗れるのか…)
 それよりも前に、宇宙はとっくにミュウのものだったのか、と打ちのめされた気分。
 ミュウ殲滅のために結集している一大艦隊、その乗員の殆どがミュウの因子を持った者。直属の部下も、旗艦ゼウスの艦長と彼の副官も。
 ミュウ因子は排除不可能どころか、とっくに入り込んでいた。社会のありとあらゆる所に。
 純血種ゆえに老けるのが早い自分を除けば、大部分の者たちが持つミュウ因子。
(なんということだ…)
 戦わずして既に負けていたのか、と呻くしかない。ミュウ因子は優れた面を持つから、老化さえ防ぐものらしい。自分はこんなに老けたのに。…激務のせいだと思っていたのに。
(私は優れているどころか…)
 時代遅れの古い人種か、と受けた衝撃はあまりに大きい。ミュウを焼き払って、この戦争に勝利したとしても、自分だけが老けてゆくらしい。時代遅れの存在だから。老けない因子を組み込まれないで生まれて来たから。


 グランド・マザーは「行け」と命じたけれど。「お前は答えを得たのだろう?」と紫の瞳が見ていたけれども、その部屋から通路へ踏み出した途端によろめいた。
「閣下…!」
 控えていたセルジュの腕を振り払う。彼もまた老けない一人だから。
「リーヴスラシルの発動まで、私の部屋には誰も近付けるな…!」
「はっ…。かしこまりました!」
 忠実な部下の返事さえもが不快に聞こえる。此処にもミュウがと、ミュウの因子を持った人間が人類の顔をして立っているのかと。
 壁に手をつき、よろめきながら戻った部屋。椅子に背を預けて、大きな溜息をついて。
「…コーヒーを頼む、マツカ」
 そう言ってから、「いない」と気付いた。マツカは死んだ、と。見遣った先に、見たと思ったマツカの面影。聞こえたように思えた声。
「キース。…人間とミュウは、本当に相容れないのでしょうか?」
 ハッと息を飲み、自分自身に言い聞かせる。人間は愚かな生き物だと。ミュウの因子が何であろうと、人類の中に深く食い込み、進化の過程を今も歩んでいるのだとしても…。
(…人の心を読む化け物どもは、決して存在すべきではない…)
 私は人の理性が生み出した、最後の砦。現SD体制を守り抜かねばならない。
 そのためには、ミュウの主張は断じて受け入れられないのだ。…マツカ。


 奴らが老けないというのだったら、と固めた決意。
 周りの者たちが若いままでも、グレイブが、セルジュたちが若さを保ったままでも。
(私だけでも、人類らしく老いてゆくしかないではないか…!)
 これは私怨かもしれないがな、と顎に刻まれた皺を確かめ、伸ばした腕。机の方へと。
 手をかざして呼び出したモニターの画面、若い姿の部下の名を呼ぶ。
「セルジュ!」
「はっ! 何か?」
「ミュウに交渉を受諾と連絡しろ。会見場所は地球」
 今度こそミュウどもを滅ぼしてやる、と見据えたセルジュの顔。
「ミュウと交渉を持たれるのですか?」
「グレイブにオペレーション・リーヴスラシルの発動を伝えろ」
 焼き払ってやろう、と決めた老けないミュウたち。化け物の存在を許すわけにはいかない。
(…私だけが一人で老いてゆくなど…!)
 老いさらばえた姿を晒して生きてゆくしかないのも、彼らが出て来たせいだから。サイオンという突出しすぎた能力、それを彼らが使うせいだから。


(老けないだけにしておいてくれれば…)
 いずれ平和にミュウの時代になっただろうに、と思うけれども、これが現実。
 彼らがサイオンを持っているせいで、こうして自分が作り出された。周りの者たちは殆ど老けない世界で、一人醜く老いる者として。時代遅れの存在として。
(この目元の皺も、顎の皺が妙に目立ち始めたのも…)
 奴らのせいだ、と拳を握るしかない。自分は老けない因子を持たずに生まれたから。そのように作り出されたのだから、これからも老ける。きっと醜く、たった一人で。
(化け物どもめ…!)
 許し難い、とキースの感情がどす黒く渦を巻いてゆく。
 ジルベスターから戻った頃には、アイドルスター並みの人気を誇った自分だったのに。画面に姿が映っただけでも黄色い悲鳴が上がっていたのに、今やすっかり老け顔だから。
 部下たちもグレイブも、ジルベスターの頃から変わらないのに、自分一人が老けたから。
 そしてこれからも老けてゆくから、そんな醜い運命を自分に寄越してくれたミュウどもは…。
(一人残らず、焼き払ってやる…!)
 これが私の復讐なのだ、とキースが唇に浮かべた笑み。
 自分一人が老けてゆく世界は、キツすぎるから。それでも耐えてゆくしかないから、ミュウたちに弁償して貰おう。
 彼らの命で、この老け顔を。これからも増えてゆくだろう皺を、迫りくる老いを…。

 

         老けない人類・了

※いや、本当にキース以外は老けてないよな、と気が付いたのが気の毒すぎるオチの始まり。
 そりゃあ、キースがよろめきながら出て来るわけだよ、と。自分だけ老けていくなんて…。





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「ブルー! 聞いて下さい、ブルー!」
 またヒルマンやエラたちが無茶な注文を…、とジョミーが走り込んで行った青の間。ソルジャー候補として長老たちにシゴキをされる毎日、安らぎの場所は其処しか無かった。
 ついでに言うなら、ブルーはソルジャー。
 このシャングリラで一番偉いのだから、長老たちにも睨みが利いた。此処でグチグチと愚痴り倒せば、場合によってはブルーの助け船。「それは酷すぎるんじゃないのかい?」と。
 体育会系もかくやと言わんばかりのシゴキに遭ったら、ブルーにチクれば何とかなる。そういう風に学習したから、ジョミーが駆け込む先は青の間。
 アルテメシアを脱出した後も、何度駆け込んだか分からない。今日も今日とて、サイオン訓練のメニューがキツ過ぎたから泣きに来た。ブルーに助けて貰おうと。
 けれど…。
「…ブルー?」
 どうしたんです、と覗き込んだベッドの住人は答えなかった。目を閉じたままで。
(…無視された?)
 たまにそういうこともあるから、後で出直すことにした。ちょっと駆け込むのが早すぎたかと、思わないでもなかったから。
(ブルー、厳しい時もあるしね…)
 もっと我慢が出来ないのか、と叱る代わりに無視という日も多かった。今日もそれだ、と判断したから、戻った訓練用の部屋。「すみませんでした」と頭を下げて、長老たちのシゴキを受けた。さっきトンズラこいた分まで、みっちりと。夕食の時間まで、ギッチリと。


 これだけシゴキを受けて来たからいいだろう、と夕食の後で青の間に愚痴りに行ったら。
(あれ…?)
 ブルーの枕元に手つかずの夕食、とっくに冷めた料理のトレイ。
(寝てるのかな?)
 明日にしようかとも思ったけれども、今日のシゴキが泣けたから。ブルーが一言、長老たちに言ってくれなければ、シゴキに拍車がかかるから。
(…夕食も食べて貰わないと…)
 栄養不足になるもんね、と心に掲げた大義名分。よし、とブルーを起こしにかかった。「夕食が冷めてしまってますよ」と、「食べないと身体に悪いですから」と。
 なのに、一向に起きないブルー。何かがおかしい、と無礼を承知で揺さぶったけれど、返らない返事。思念の揺れさえ起こらないような…。
(えーっと…?)
 こういう時には、と心を覗こうとして気が付いた。ブルーの心を読めるレベルなら、とっくの昔に長老たちのシゴキなんかは卒業の筈。悲しいかな、そんな力は未だに持ってはいない。
 だから大慌てで飛び出して行って、引っ掴んだのがナキネズミ。これの力を借りれば読めるし、ガン無視なのか、寝ているだけなのかを調べようと。
 そうしたら…。


「なんだって!?」
 そんな馬鹿な、と引っくり返ったジョミーの声。
 ナキネズミはとうにお役御免で、青の間にはドクター・ノルディが来ていた。何故かと言うに、ジョミーが自分で呼んだから。ナキネズミが「ブルー、変。何も感じない」と言ったから。
 体調不良で深く眠ってしまったのでは、とノルディを呼びに走ったけれども、その結果は…。
「ですから、昏睡状態だと…。いえ、それよりも深い眠りかもしれません」
 ソルジャーの眠りは深すぎます、とノルディは診断してくれた。これは当分目覚めはしないと、下手をしたなら数ヶ月は、と。
「……数ヶ月……」
 それは困る、と愕然としたジョミー。もしもブルーが目覚めなかったら…。
(毎日がシゴキ…)
 長老たちにシゴキ倒された末に、自分は過労死するかもしれない。そうでなければ、いびられた末に心の病になるだとか。
(…どっちにしたって、ミュウの危機だよ…)
 ブルーは昏睡状態で不在も同然、其処で自分が過労死したら。生きていたって、心の病で部屋に引きこもりになったなら。


 エライことになった、と泣きそうなキモチのジョミーを他所に、本当に目覚めないブルー。次の日に泣き付きに走り込んでも、その次の日に駆け込んでも。
(ゼルたちのシゴキは前より酷くなったし…)
 何かと言えば「ソルジャーがあの状態なんじゃ。頑張らんかい!」と怒鳴られる日々。このままブルーが目覚めなかったら、もう確実に過労死のフラグ。
 なんとかブルーが目覚めないか、と泣きの涙で考えていたら、浮かんだ名案。まだアタラクシアで両親と一緒に暮らしていた頃、お伽話で読んだことがある。
(確か、オーロラ姫だっけ?)
 魔女の呪いで眠り続けるお姫様。王子のキスで目覚めた筈だし、白雪姫だって似たようなもの。毒リンゴを食べて死んでいたのが、王子のキスで生き返るから…。
(うん、これだってば!)
 ブルーもきっと、と考えた。
 誰が王子か分からないけれど、募集したなら見付かるだろう。ブルーにかかった眠りの呪いか、昏睡状態の呪いだか。それを打ち破れる運命の誰か。


(とりあえず…)
 ぼくだったら話は早いんだけど、と早速、出掛けて行った青の間。
 自分のキスで目覚めてくれたら、誰にも御礼は言わなくていい。それにブルーも感謝の言葉をくれるだろうし、今まで以上に庇ってくれるに違いない。長老たちの鬼のシゴキから。
(…ぼくが王子でありますように…)
 神様お願い、とキスをしたのに、ブルーは動きもしなかった。念のためにと引っ掴んで来ていたナキネズミだって、ブルーの思念を読み取るどころか…。
『ジョミー、キスした! ブルーにキスした!』
 男同士でキスするのは変、と騒ぎ始めたから、一発お見舞いしたゲンコツ。
「いいんだ、今は非常事態だから!」
『ヒジョウジタイ?』
「そうなんだ! ブルーを起こすには、運命の誰かが必要なんだ!」
 キスをしたら目覚めさせられる誰かが、と睨み付けたら、ナキネズミは「フィシス?」と言ってくれたから、それだとピンと閃いた。フィシスはブルーの女神らしいし、きっといけると。
 そう思ったのに…。


 フィシスを「お願いします」と拝み倒して、ブルーに贈って貰ったキス。これまた空振り、全く目覚めないブルー。女神だったら、起きてくれそうなものなのに。
「…フィシスでも駄目って…」
 どうしたら、と涙目になったら、フィシスも本当に困り顔で。
「私も占ってはみたのですけど…。いずれ、お目覚めになるとしか…」
 誰かがブルーを起こす筈です、と答えたフィシス。それが誰かは分かりませんが、と。
 そんなわけだから、ジョミーは慌ててチラシを作った。ブルーを目覚めさせられる人材を募集中だと、「我こそは」と思う仲間たちよ、青の間に来たれ、と。
 もちろん青の間にはデカいポスター、「運命の人を募集中」の文字。こういった時には、大いに煽って煽りまくらないと、と「君こそブルーの王子様だ!」とも書き込んだ。
 もっとも、文句は煽りだけのことで、事情は船の誰もが承知。
 たとえブルーが目覚めたとしても、せいぜい、ジョミーから御礼の言葉、と。ブルーの王子様になれるわけなどはなくて、恩人といった所なのだと。


 それでも、船の仲間たちにすれば、ソルジャー・ブルーは大切だから。
 眠ったままでは自分たちだって困るわけだから、王子は次々とやって来た。長老たちも来たし、船を指揮するキャプテンだって。
 ブリッジクルーも、機関部の輩も、養育部門の女性たちだって、我こそはと。
 船中の者たちが挑みまくって、ついには子供たちまで呼ばれたけれども、目覚めないブルー。
(…もう駄目かも…)
 ぼくは過労死しそうです、とジョミーは半殺しの日々を送り続けて、気付けばシゴキは終わっていた。納得のレベルに到達したから、もういいだろうと。
 そうなった途端に、舞い上がったのが失敗だった。調子をこいて人類に送ったメッセージ。
 上手く運ぶと考えたのに、見事に裏目に出てしまったから、シャングリラは人類軍に追われまくる日々で、針の筵の毎日で。
(…こんな時にブルーが起きてくれたら…)
 王子様さえいてくれたら、と青の間に今も貼りっ放しの例のポスターが恨めしい。
 「運命の人を募集中」だとか、「君こそブルーの王子様だ!」とか。


 そうこうする内に過ぎた年月、いつの間にやら、船はナスカに着いていた。人類の世界では別の名前があったけれども、とにかくナスカ。
 安住の地が見付かった、と若者たちは大喜びで、長老たちも文句を言いつつ、まあ、落ち着いてきてはいるようで。
 トォニィという自然出産児なども生まれて、築き始めた次期ソルジャーとしてのポジション。
 まだまだブルーには及ばないけれど、その内、なんとかなるだろう。
(…この調子なら…)
 なんとかなるさ、と思うジョミーは、もはやすっかり忘れ果てていた。ブルーを目覚めさせられる人材を募集したことも、そのためのポスターが今も青の間にあることも。
 「君こそブルーの王子様だ!」と青の間の壁に貼られっ放しで、其処で色褪せつつあることも。
 ブルーが眠りっ放しのままでも、もうヒッキーではない自分。
 立派に自信がついて来たから、ものの見事に忘れ去ったままで時は流れて…。


(…私を目覚めさせる者。お前は誰だ)
 ブルーの目覚めは、やがて唐突にやって来た。事故調査のために来たメンバーズ・エリート、捕虜にされていたキース・アニアン。
 彼を殺そうとしたトォニィがしくじり、それを感知したカリナが起こしたサイオン・バースト、大混乱に陥った船。その騒動で目覚めたブルーが目にしたものは…。
(…運命の人を募集中…?)
 青の間にデカデカと貼られたポスター、どうやら自分を目覚めさせた者は…。
(ぼくの王子様になるというのか…!?)
 よりにもよってアレがそうか、とブルーが把握していたキース。地球の男、と。
 ポスターにはジョミーの思念がしっかり残っていたから、このままではマズイ。地球の男を始末しないと、自分を待っている運命は…。
(…あの男の嫁…)
 そんな結末は御免蒙る、とフラフラの身体で歩き出したブルー。あいつを倒す、と。
 地球の男を倒さない限り、それはドえらいハッピーエンドになってしまう、と。


 かくして格納庫を目指したブルーが、果敢にキースに立ち向かったことは言うまでもない。
 派手に勘違いをしていたとはいえ、未来がかかっていたのだから。
 地球の男を、キース・アニアンを倒さなければ、嫁に行かされてしまうのだから。
 ミュウの未来がどうこう以前に、このまま行ったら、遠い昔の政略結婚とやらも真っ青。
 物騒な地球の男と自分がウェディングベルで、ハッピーエンドだかバッドエンドだか、泣くに泣けない結末が待っているのだから…。

 

         眠れる船の美女・了

※シャルル・ペロー生誕388周年、と某グーグルに出ていたロゴを眺めた管理人。
 「ふうん…」とお出掛け、家に帰ったら、こういう話が出来てしまったオチ。本当です。






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