「ブルー! 聞いて下さい、ブルー!」
またヒルマンやエラたちが無茶な注文を…、とジョミーが走り込んで行った青の間。ソルジャー候補として長老たちにシゴキをされる毎日、安らぎの場所は其処しか無かった。
ついでに言うなら、ブルーはソルジャー。
このシャングリラで一番偉いのだから、長老たちにも睨みが利いた。此処でグチグチと愚痴り倒せば、場合によってはブルーの助け船。「それは酷すぎるんじゃないのかい?」と。
体育会系もかくやと言わんばかりのシゴキに遭ったら、ブルーにチクれば何とかなる。そういう風に学習したから、ジョミーが駆け込む先は青の間。
アルテメシアを脱出した後も、何度駆け込んだか分からない。今日も今日とて、サイオン訓練のメニューがキツ過ぎたから泣きに来た。ブルーに助けて貰おうと。
けれど…。
「…ブルー?」
どうしたんです、と覗き込んだベッドの住人は答えなかった。目を閉じたままで。
(…無視された?)
たまにそういうこともあるから、後で出直すことにした。ちょっと駆け込むのが早すぎたかと、思わないでもなかったから。
(ブルー、厳しい時もあるしね…)
もっと我慢が出来ないのか、と叱る代わりに無視という日も多かった。今日もそれだ、と判断したから、戻った訓練用の部屋。「すみませんでした」と頭を下げて、長老たちのシゴキを受けた。さっきトンズラこいた分まで、みっちりと。夕食の時間まで、ギッチリと。
これだけシゴキを受けて来たからいいだろう、と夕食の後で青の間に愚痴りに行ったら。
(あれ…?)
ブルーの枕元に手つかずの夕食、とっくに冷めた料理のトレイ。
(寝てるのかな?)
明日にしようかとも思ったけれども、今日のシゴキが泣けたから。ブルーが一言、長老たちに言ってくれなければ、シゴキに拍車がかかるから。
(…夕食も食べて貰わないと…)
栄養不足になるもんね、と心に掲げた大義名分。よし、とブルーを起こしにかかった。「夕食が冷めてしまってますよ」と、「食べないと身体に悪いですから」と。
なのに、一向に起きないブルー。何かがおかしい、と無礼を承知で揺さぶったけれど、返らない返事。思念の揺れさえ起こらないような…。
(えーっと…?)
こういう時には、と心を覗こうとして気が付いた。ブルーの心を読めるレベルなら、とっくの昔に長老たちのシゴキなんかは卒業の筈。悲しいかな、そんな力は未だに持ってはいない。
だから大慌てで飛び出して行って、引っ掴んだのがナキネズミ。これの力を借りれば読めるし、ガン無視なのか、寝ているだけなのかを調べようと。
そうしたら…。
「なんだって!?」
そんな馬鹿な、と引っくり返ったジョミーの声。
ナキネズミはとうにお役御免で、青の間にはドクター・ノルディが来ていた。何故かと言うに、ジョミーが自分で呼んだから。ナキネズミが「ブルー、変。何も感じない」と言ったから。
体調不良で深く眠ってしまったのでは、とノルディを呼びに走ったけれども、その結果は…。
「ですから、昏睡状態だと…。いえ、それよりも深い眠りかもしれません」
ソルジャーの眠りは深すぎます、とノルディは診断してくれた。これは当分目覚めはしないと、下手をしたなら数ヶ月は、と。
「……数ヶ月……」
それは困る、と愕然としたジョミー。もしもブルーが目覚めなかったら…。
(毎日がシゴキ…)
長老たちにシゴキ倒された末に、自分は過労死するかもしれない。そうでなければ、いびられた末に心の病になるだとか。
(…どっちにしたって、ミュウの危機だよ…)
ブルーは昏睡状態で不在も同然、其処で自分が過労死したら。生きていたって、心の病で部屋に引きこもりになったなら。
エライことになった、と泣きそうなキモチのジョミーを他所に、本当に目覚めないブルー。次の日に泣き付きに走り込んでも、その次の日に駆け込んでも。
(ゼルたちのシゴキは前より酷くなったし…)
何かと言えば「ソルジャーがあの状態なんじゃ。頑張らんかい!」と怒鳴られる日々。このままブルーが目覚めなかったら、もう確実に過労死のフラグ。
なんとかブルーが目覚めないか、と泣きの涙で考えていたら、浮かんだ名案。まだアタラクシアで両親と一緒に暮らしていた頃、お伽話で読んだことがある。
(確か、オーロラ姫だっけ?)
魔女の呪いで眠り続けるお姫様。王子のキスで目覚めた筈だし、白雪姫だって似たようなもの。毒リンゴを食べて死んでいたのが、王子のキスで生き返るから…。
(うん、これだってば!)
ブルーもきっと、と考えた。
誰が王子か分からないけれど、募集したなら見付かるだろう。ブルーにかかった眠りの呪いか、昏睡状態の呪いだか。それを打ち破れる運命の誰か。
(とりあえず…)
ぼくだったら話は早いんだけど、と早速、出掛けて行った青の間。
自分のキスで目覚めてくれたら、誰にも御礼は言わなくていい。それにブルーも感謝の言葉をくれるだろうし、今まで以上に庇ってくれるに違いない。長老たちの鬼のシゴキから。
(…ぼくが王子でありますように…)
神様お願い、とキスをしたのに、ブルーは動きもしなかった。念のためにと引っ掴んで来ていたナキネズミだって、ブルーの思念を読み取るどころか…。
『ジョミー、キスした! ブルーにキスした!』
男同士でキスするのは変、と騒ぎ始めたから、一発お見舞いしたゲンコツ。
「いいんだ、今は非常事態だから!」
『ヒジョウジタイ?』
「そうなんだ! ブルーを起こすには、運命の誰かが必要なんだ!」
キスをしたら目覚めさせられる誰かが、と睨み付けたら、ナキネズミは「フィシス?」と言ってくれたから、それだとピンと閃いた。フィシスはブルーの女神らしいし、きっといけると。
そう思ったのに…。
フィシスを「お願いします」と拝み倒して、ブルーに贈って貰ったキス。これまた空振り、全く目覚めないブルー。女神だったら、起きてくれそうなものなのに。
「…フィシスでも駄目って…」
どうしたら、と涙目になったら、フィシスも本当に困り顔で。
「私も占ってはみたのですけど…。いずれ、お目覚めになるとしか…」
誰かがブルーを起こす筈です、と答えたフィシス。それが誰かは分かりませんが、と。
そんなわけだから、ジョミーは慌ててチラシを作った。ブルーを目覚めさせられる人材を募集中だと、「我こそは」と思う仲間たちよ、青の間に来たれ、と。
もちろん青の間にはデカいポスター、「運命の人を募集中」の文字。こういった時には、大いに煽って煽りまくらないと、と「君こそブルーの王子様だ!」とも書き込んだ。
もっとも、文句は煽りだけのことで、事情は船の誰もが承知。
たとえブルーが目覚めたとしても、せいぜい、ジョミーから御礼の言葉、と。ブルーの王子様になれるわけなどはなくて、恩人といった所なのだと。
それでも、船の仲間たちにすれば、ソルジャー・ブルーは大切だから。
眠ったままでは自分たちだって困るわけだから、王子は次々とやって来た。長老たちも来たし、船を指揮するキャプテンだって。
ブリッジクルーも、機関部の輩も、養育部門の女性たちだって、我こそはと。
船中の者たちが挑みまくって、ついには子供たちまで呼ばれたけれども、目覚めないブルー。
(…もう駄目かも…)
ぼくは過労死しそうです、とジョミーは半殺しの日々を送り続けて、気付けばシゴキは終わっていた。納得のレベルに到達したから、もういいだろうと。
そうなった途端に、舞い上がったのが失敗だった。調子をこいて人類に送ったメッセージ。
上手く運ぶと考えたのに、見事に裏目に出てしまったから、シャングリラは人類軍に追われまくる日々で、針の筵の毎日で。
(…こんな時にブルーが起きてくれたら…)
王子様さえいてくれたら、と青の間に今も貼りっ放しの例のポスターが恨めしい。
「運命の人を募集中」だとか、「君こそブルーの王子様だ!」とか。
そうこうする内に過ぎた年月、いつの間にやら、船はナスカに着いていた。人類の世界では別の名前があったけれども、とにかくナスカ。
安住の地が見付かった、と若者たちは大喜びで、長老たちも文句を言いつつ、まあ、落ち着いてきてはいるようで。
トォニィという自然出産児なども生まれて、築き始めた次期ソルジャーとしてのポジション。
まだまだブルーには及ばないけれど、その内、なんとかなるだろう。
(…この調子なら…)
なんとかなるさ、と思うジョミーは、もはやすっかり忘れ果てていた。ブルーを目覚めさせられる人材を募集したことも、そのためのポスターが今も青の間にあることも。
「君こそブルーの王子様だ!」と青の間の壁に貼られっ放しで、其処で色褪せつつあることも。
ブルーが眠りっ放しのままでも、もうヒッキーではない自分。
立派に自信がついて来たから、ものの見事に忘れ去ったままで時は流れて…。
(…私を目覚めさせる者。お前は誰だ)
ブルーの目覚めは、やがて唐突にやって来た。事故調査のために来たメンバーズ・エリート、捕虜にされていたキース・アニアン。
彼を殺そうとしたトォニィがしくじり、それを感知したカリナが起こしたサイオン・バースト、大混乱に陥った船。その騒動で目覚めたブルーが目にしたものは…。
(…運命の人を募集中…?)
青の間にデカデカと貼られたポスター、どうやら自分を目覚めさせた者は…。
(ぼくの王子様になるというのか…!?)
よりにもよってアレがそうか、とブルーが把握していたキース。地球の男、と。
ポスターにはジョミーの思念がしっかり残っていたから、このままではマズイ。地球の男を始末しないと、自分を待っている運命は…。
(…あの男の嫁…)
そんな結末は御免蒙る、とフラフラの身体で歩き出したブルー。あいつを倒す、と。
地球の男を倒さない限り、それはドえらいハッピーエンドになってしまう、と。
かくして格納庫を目指したブルーが、果敢にキースに立ち向かったことは言うまでもない。
派手に勘違いをしていたとはいえ、未来がかかっていたのだから。
地球の男を、キース・アニアンを倒さなければ、嫁に行かされてしまうのだから。
ミュウの未来がどうこう以前に、このまま行ったら、遠い昔の政略結婚とやらも真っ青。
物騒な地球の男と自分がウェディングベルで、ハッピーエンドだかバッドエンドだか、泣くに泣けない結末が待っているのだから…。
眠れる船の美女・了
※シャルル・ペロー生誕388周年、と某グーグルに出ていたロゴを眺めた管理人。
「ふうん…」とお出掛け、家に帰ったら、こういう話が出来てしまったオチ。本当です。