(捕虜にしたのはいいんだが…)
何処に閉じ込めればいいんだろう、とジョミーは頭を抱えていた。シャングリラに戻る小型艇の中で、さっきから。
ナスカにやって来たメンバーズの男、キース・アニアン。階級は少佐。
そのくらいしか読み取れなかった、心の遮蔽が強すぎる男。身体能力もかなりのものだし、気を失っている今はよくても…。
(意識を取り戻したら、危険な男だ)
仲間たちに危険が及ばないよう、監禁せねばと思うけれども、問題は船の構造だった。ミュウの箱舟とも言えるシャングリラ。捕虜を監禁出来るような場所は…。
(無い筈だよな?)
あの船で誰かを閉じ込めると言ったら、ヒルマンがたまにしているお仕置き。悪戯が過ぎた子供たちを押し込む小部屋くらいで、その正体は備品倉庫で。
(外から鍵がかかるというだけ…)
なんとも心許ない牢獄。メンバーズ相手に役に立つとも思えない。
これは困った、と悩む間に、小型艇はシャングリラに滑り込んで行って…。
「なんだって!?」
ジョミーが耳を疑った言葉。格納庫で帰りを待ち受けていた長老たち。彼らが言うには…。
「じゃから、お誂え向きの部屋があるんじゃ。こやつを閉じ込めるにはピッタリじゃわい」
一度も使ったことは無かったんじゃが、とゼルが繰り返した「座敷牢」。
「座敷牢…?」
なんだそれは、と訊き返したら、「そのままの意味じゃ」という返事。座敷牢、すなわち座敷な牢獄。監禁用の部屋だと言うから驚いた。
何故、シャングリラに監禁用の部屋が必要なのか。ミュウの箱舟、名前通りの楽園なのでは、と心底仰天したのだけれども、「使っていないと言っただろう」とヒルマンがフウとついた溜息。
「今まで出番が無かったのだよ、問題を起こした仲間は一人もいなかったから」
「ええ、そうです。幸いなことに、誰もが健康でしたから…」
身体はともかく心の方は、と引き継いだエラ。
説明によると、ミュウは精神の生き物とも言える。その精神の力がサイオン。
もしも常軌を逸したならば、サイオンで船を壊しかねない。そういう状態に陥った仲間を収容するべく、座敷牢を作っておいたという。シャングリラを改造した時に。
「色々と便利に出来てるんだよ、座敷牢だから」
其処だけで全部間に合うようにね、とブラウも押した太鼓判。バストイレ完備、その上、心理探査用の設備まであるのが座敷牢。精神状態をチェックするのも欠かせないから。
一気に解決した難問。捕虜を閉じ込めるのに格好の場所が座敷牢。
(丁度良かった…)
いいものがあった、とジョミーは感謝したのだけれど。早速キースを其処に突っ込み、心理探査を始めたけれども、無かった収穫。
キースの心理防壁は堅固で、どうしても破れなかったから。下手に進めたら精神崩壊、欲しい情報を頂く前に廃人になってしまうから。
「…此処までにしよう」
仕方ない、と日を改めることに決めた尋問。何か良策が見付かるまでは、座敷牢に入れておけば充分、と。
長老たちの話によると、破壊力では定評のあるタイプ・イエローでも壊せないらしい座敷牢。
メンバーズといえども人類なのだし、サイオンは持っていないから…。
(いくら暴れても、座敷牢は絶対に壊せない)
其処で暮らしているがいい、と放置プレイを決め込んだ。座敷牢だけに、中に入らずとも外から出来る囚人の世話。食事も、それに入浴だって。
かくして決まったキースの処遇。当分は放置、世話は座敷牢のマニュアル通り。
(初使用だが…)
熟練の仲間もいないけれども、マニュアルがあれば初心者でも世話が出来るだろう。手の空いている警備の者でも使って、「これだ」とマニュアルを渡しておけば。
だから、ジョミーは目を通しさえもしなかった。座敷牢用のマニュアルには。
マニュアルを受け取った警備員の方も、相手は人類の捕虜だとあって…。
(…マニュアル通りにやればいいよな?)
それで全く問題無し、とパラリパラリとめくったページ。
精神に異常を来たした仲間だったら、色々と気を遣うけれども、所詮、相手は捕虜だから。
ミュウの敵の人類、おまけに物騒なメンバーズ。
(何も遠慮は要らないさ)
人類には散々、酷い目に遭わされて来たのだから、と考えたキースの世話係たち。マニュアル通りの世話で充分、それでも上等すぎるくらい、と。
そうとも知らない、捕虜になったキース。失っていた意識が戻って来たら…。
(何処だ、此処は!?)
見たこともないガラス張りの部屋。ドームのようになった構造。自分は椅子に座らされていて、手足を拘束されていた。そう、その椅子にガッチリと。
(…ミュウどもの仕業か…)
上等だ、と思ったけれども、ピンチはピンチ。どうやら自分は、モビー・ディックの中に囚われているらしい。逃げ出そうにも、右も左も分からない船に。
(第一、此処から出る方法が…)
あるのだろうか、と見回す間に、何故だか俄かに催して来た。いわゆる生理的欲求なるもの、そう言えば最後にトイレに行ったのは…。
(…ジルベスター・セブンに降下する前…)
着陸用の船に乗り込む直前、母船で用を足したのが最後。あれから水分さえも摂っていないし、今まで持ち堪えただけで…。
(…どうしろと?)
この部屋にトイレは見当たらないが、と流石のキースも悟った自分の危機。行きたいというのに無いトイレ。其処まで案内してくれそうな、人影さえも見えはしなくて。
(……これはマズイぞ……)
なんともマズイ、と焦っていたら、いきなりガコンと抜けた椅子の底。座面の一部が。
(待て、この椅子はトイレなのか!?)
そうだったのか、と慌てる間に、椅子から出て来たロボットアーム。それが拘束された手足の代わりに、器用に下ろしてくれたファスナー。
何も頼んでいないのに。周りはガラス張りだというのに、遠慮なく。そして…。
やられた、と呆然とするしか無かった。手足を拘束されたままでトイレ、屈辱だとしか言えない状況。なのに忌々しい椅子の方には、ウォシュレットが完備されていた。更に温風、それも適温。こういう温度だったら快適だ、と平時だったら希望するかもしれない温度。
なにしろ、ミュウの船だから。
座敷牢に入るのは精神に異常を来たした仲間、と想定していたものだから。
例の椅子に座った人間の様子を見ながら、上手い具合に世話をするように出来ていた。トイレが済んだらウォシュレットの出番で、次は温風。快適に用を足せるようにと。
すっかり終われば、ロボットアームがファスナーを上げて元に戻して、それで終了。座面の穴も閉じてしまって、椅子は元通りになったけれども…。
(…これから毎回、こうなるのか!?)
私の尊厳はどうなるのだ、と叫びたくても身分は捕虜。人類同士なら、捕虜の待遇について色々と細かく決まっているのに、相手はミュウ。人類の規則は通用しない。
(…こんな屈辱的なトイレは…)
人類の世界には存在しない、と怒鳴りたい気分。少なくとも普通の所には、と。
捕虜をこういう風に扱うのがミュウのやり方か、とキースの心に生まれた憎しみ。サムの仇もさることながら、私への待遇も最悪すぎる、と。
ガラス張りの部屋で、拘束されたままで行く全自動トイレ。
もうそれだけでもキースにとっては屈辱なのに、上には上があったというのが座敷牢。食事の方はまだマシだったけれど、ロボットアームが口に突っ込むだけだけれども。
(今度は何だ!?)
ガコーン! と椅子の前後左右に出て来た柱。それをまじまじと見ている間に、枠だけになってしまった椅子。座面ばかりか抜けた背面、辛うじて身体を支えられる程度。
(いったい何が起こるというのだ…!)
サッパリ分からん、と思っていたら、再び出て来たロボットアーム。それは甲斐甲斐しくブーツを抜き取り、お次は服を脱がせにかかった。手足を拘束しているパーツと連動しながら、まるっと裸に剥いてしまって、下着も綺麗に剥ぎ取ったからたまらない。
(なんだ、これは…!)
どうするつもりだ、と色を失ったキースの四方で、柱からバーン! と出て来たブラシ。恐らくブラシだろう代物、それがウィンウィンと回転し始め、ビシューッ! と吹き付けられた液体。
毒かと一瞬身構えたけれど、どう考えてもボディーソープとしか思えない香り。
(ま、まさか…)
私を洗おうとしているのか、という読みは間違っていなかった。ウィンウィンと回転しながら接近する柱、洗車よろしく丸洗いされた。
挙句にロボットアームに開けさせられた口、シャカシャカシャカと歯磨きまで。
全部終わったら乾燥用の温風が吹き付け、ようやく服を着せて貰えると考えたのに。
(……この状態で待機しろと!?)
脱がされた服は、床から出て来た洗濯機らしき代物の中で回っていた。多分、乾燥させている途中、そうでなければ脱水中と言った所か。
(…あれが終わるまで…)
代わりの服も貰えないのか、と見詰めるしか無かった洗濯機。メンバーズの制服も下着も纏めてガンガン洗っているから、もう素っ裸でいるしかなくて。
(せめてタオルの一枚でも…!)
頼む、と切実に願ったけれども、そのシステムは無いらしい。ただ、何らかの着衣を希望という思考が漏れていたのか、ロボットアームがやって来て…。
(ブーツだけ履かせて貰っても…!)
ますます間抜けなだけなのだが、と鉄の精神さえ崩壊しそうなミュウの連中に入れられた檻。
とりあえず椅子は元の姿に戻ったけれども、今も変わらず素っ裸だから。タオルの一枚でも前の部分に掛けてくれたら、という気持ちなのに、ブーツだけが足に戻って来たから。
(…この檻はいったい、何なのだ…!)
ミュウどもは私に何をする気だ、とズタズタにされたキースの尊厳。全自動トイレも大概だけれど、丸洗いの方も酷かったから。
せめてタオルをと願った途端に、ブーツを履かされてしまったから。
裸ブーツなど、一度も聞いたことがない。海賊どものリンチにしたって…。
(これよりはマシな扱いの筈だ…!)
拷問だったら、どんなものでも耐えられる。そういう風に訓練されたけれども、想定外すぎる全自動トイレに丸洗い。かてて加えて裸ブーツで、もう唇を噛むより無かった。
人類とミュウは違いすぎると、殲滅すべき生き物だと。
そんなこんなで、キースの憎悪は増す一方。来る日も来る日もこの扱いだし、たまに拘束が解ける時間はあっても、じきに拘束されるから。メンテナンスの間だけしか自由になれない、そういう仕様の牢だったから。
(…あのミュウの女…)
たった一度だけ、メンテナンス中に来合わせた女。マザー・イライザかと見間違えた女、それが漏らした船の構造。此処から自由になれるようなら、脱出用のルートは頭の中。どう行くべきかは分かっているから、一刻も早く逃げるに限る。
(ミュウと我々とは、決定的に違いすぎるのだ…!)
捕虜の扱いを見れば分かる、とギリギリギリと噛み締めた奥歯。よくもと、これが捕虜に対する扱いなのかと。
そしてジョミーは、今も知らないままだった。座敷牢がどういうシステムなのか、マニュアル通りに捕虜を扱ったらどうなるか。
マニュアル通りに実行している係の定時報告は、「順調です」の一言だったから。
捕虜は一向に何も吐こうとしないものだから、どうやって心を読めばいいのか悩み続けるミュウたちの長。
そうする間も、キースが憎しみを募らせているとは夢にも思わないままで。
全自動トイレと丸洗いの日々で、ガラス張りの部屋でブチ切れていることも知らないで…。
座敷牢の男・了
※キースが捕虜になっていた間、ガラス張りの部屋でお風呂だろうか、と考えただけ。
監視付きでお風呂はキツイよね、と思っていたのに、何故こうなった。ごめん、キース…。