「…これは…。何なんだ、此処は?」
シロエを驚かせたフロア001。シークレットゾーンの中だけれども。
幾つも並んだガラスケースに、何体もの胎児や子供の標本、もっと成長したものも。
(…キース…)
この顔はキースだ、と一目で分かる男性の方。女性は謎。ステーションでは見掛けない顔。
男性も女性も、何処から見ても機械ではなくて、人間にしか見えないから。
(何か特別な人間だとか…?)
調べなくては、とコントロールユニットに繋いだケーブル。幸いなことに、パスワードは此処のと同じだったから、簡単に突破出来てしまって…。
(無から作った…?)
これが、と眺めた男性と女性。キースと、それから別の誰かと。
女性の方にさほど興味は無かったけれども、もっと調べていかなくては。
(キースの方をね…)
覗かせて貰うよ、と探り始めたデータ。
それから間もなく、フロア001に響き渡りそうな勢いで笑い出したシロエ。あまりにもデータが凄すぎたから。
(お人形さんだ…)
マザー・イライザが作った可愛い人形そのものだった、と止まらない笑い。
まさか此処までやらかしたとは、と笑い転げるより他になかった。
(ぼくにゲームで勝てたくらいは、当たり前だよね)
こんなにスキルが高いのでは、と引き出したデータを見ては吹き出す。半端なかった、マザー・イライザの申し子、キースのデータ。彼はまさしく…。
此処で時間を過去に戻そう、五十年ほど。…多分、そのくらい。
E-1077とは違った所で、とある実験が行われていた。無から生命を生み出す実験。
三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。そうやって、まずは女性を作った。上手く出来たからガラスケースから出した途端に、ミュウが失敬して行ったけれど。
それがフィシスで、シロエが「知らない顔だ」と思った女性の方。
(ミュウに攫われるとは、ケチがついたものだ)
忌々しい、と舌打ちしたのがグランド・マザー。機械に舌があるかどうかは、ともかくとして。
フィシスは処分の予定だったから、ミュウが攫おうとも実験の方に支障は無い。
そうは言っても、掻っ攫われたら、如何なグランド・マザーもムカつく。
(あそこのセキュリティーは、ザルだったか…)
場所を移せ、と命令した。
今後の実験は宇宙で行うと、E-1077が良かろうと。
エリート育成のために設けた教育ステーションだけに、今後のためにも良さそうだから、と。
こうして実験の続きを任されたのが、マザー・イライザ。
女性の方はもう完成に至っていたから、その遺伝子データを元にして男性を作る。それがマザー・イライザに与えられた使命。
(最高傑作を作らなければ…)
グランド・マザーの期待に応えて、とマザー・イライザは張り切った。同じ作るならイケメンがいいに決まっているから、それが一番最初の課題。
やがてイケメンは出来たけれども、少々困った問題が一つ。
(此処では子供を育てられない…)
フィシスのような年頃の子供は、E-1077の範疇外。研究者だって手を焼くだろう。もっと大きく育ってから、とガラスケースで十四歳まで成長させたら…。
(筋力、それに体力不足…)
そういうブツが出来てしまった、ガラスケースの中に浮いていただけだから。
これでは即戦力にならない、教育ステーションに出してやっても使えはしない。フィシス並みの動きが可能になるまでに必要なリハビリ、それの期間が長すぎた。
駄目だ、とマザー・イライザがついた溜息。フィシスと同じに育てるだけでは、此処では上手くいかないらしい。
(成長過程で、もっと工夫を…)
筋力や体力が落ちないように、と凝らした工夫。幾つも幾つも作る間に、ようやっとコツが掴めて来た。これをアレンジしていったなら…。
(身体能力は、私の思いのまま…)
そうなる筈だ、と繰り返した実験、ハイクオリティのが出来ると確信したものだから。
(今度こそ、私の最高傑作を…)
素晴らしいのを作り出そう、とグランド・マザーに立てたお伺い。「どんな風にも作れます」と伝え、理想のエリート像を尋ねてみたら。
「ご苦労だった。イケメンで秀才、運動が出来れば言うことはない」
他は任せる、という鷹揚な返事。
趣味に走ってもいいであろうと、理想の子供を産み出すがいいと。
(私の理想…)
それから趣味、とマザー・イライザは考えた。グランド・マザーのお許しも出たし、もう本当に趣味に走ってもいいのだろう。イケメンで秀才で、運動能力が高ければ。
だったら、もっと付加価値を。自分の趣味で突っ走って。
(…歌って踊れるのがアイドルスター…)
そういう人種が社会では人気、と知っていたのがマザー・イライザ。
ダテに長年、教育ステーションのマザーをやってはいない。世間の流行りは必須の知識で、俗なことにも通じている。
理想の子供を作るからには、アイドルスターの人気も欲しい。歌って踊れる人材がいい、と確信したから、そのプログラムを組み込んだ。キースを作ってゆくにあたって。
(披露する場所が、あっても無くても…)
アイドルスター並みの歌唱力とダンス、とキースを育てることにした。育て始めたら、軌道に乗ったら、どんどん欲が出て来るから。
(フィギュアスケートも出来た方が…)
もちろん四回転ジャンプは軽々と、とフィギュアスケーターの能力も追加、それをやったら次に目に付いたのがバレエダンサー。
(スポーツの腕はプロ並みに仕込んであるのだし…)
芸術性の方も素晴らしく、と今をときめくバレエの主役も務まるような能力をプラス。
歌って踊れるアイドルスターな、理想の子供。
どうせやるなら徹底的に、とフィギュアスケートもバレエも仕込んで、もうワクワクで。
(持ち歌の方も…)
色々とあった方がいい、と知識を与えて、ギターも弾けるようにした。アコースティックギターも、エレキギターも。どちらもプロのミュージシャン並みに。
歌の方だって、もうガンガンと叩き込んだ。オペラはもとより、ジャズにロックにと。
そうこうする内に、マザー・イライザにも贔屓が出来た。この国の歌がイケている、と遠い昔の日本の歌に惹かれてしまったマザー・イライザ。
それも昭和から平成辺りの歌にハマッたものだから…。
ゲラゲラと笑い続けるシロエ。いくら笑っても、もう可笑しくて涙が出そうで。
(何なんだ、これ…!)
ハッキングしたデータを見れば見るほど、キースが人形だと分かる。マザー・イライザが作った可愛い人形、歌って踊れるアイドルスター。それがキースの正体だった。
(スポーツや戦闘能力だったら、まだ分かるけどね…)
どうしてバレエにフィギュアスケート、と笑うしかないマザー・イライザの趣味。
おまけにギターも弾けるのがキース、アコースティックギターもエレキギターも。ついでに歌って踊れるのだから、もう最高の人形で…。
(この芸、何処で披露するんだか…)
ぼくだって一度も見ていないのに、とケタケタ笑って、笑い転げて、それから始めたガラスケースや部屋の撮影。
「見てますか?」と始めながらも、必死に笑いを噛み殺す有様。
「キース。…ぼくはあなたを人形だと言った」
そのぼくも驚きましたよ、とシリアスにキメてやろうとしたって、どうしても顔から消えてくれない笑い。傑作すぎると、予想以上の収穫だったと。
吹き出したくなるのを堪えて撮影しているシロエだけれども、彼の頭の中にあることは…。
(部屋に戻ったら、調べてみないと…)
マザー・イライザが趣味で仕込んだ、キースの持ち歌。ハマってしまって、昭和から平成辺りに絞って、キースに教えた日本のヒットソングの数々。
(SMAPの「世界に一つだけの花」…)
どんな曲なんだ、とグルグル回るタイトル、うっかりすると意識がそっちに行きそうなくらい。
(坂本九の「上を向いて歩こう」っていうのも…)
知らない曲だから、探さなければ。キースは熱唱出来るのだから。
(藤山一郎の「青い山脈」に、さだまさしの「関白宣言」に…)
いったい何曲歌えるんだか、と思いながらも、早く聴きたくてたまらない。キースが歌える曲というヤツを、マザー・イライザのお気に入りを。
(北島三郎に、それから嵐…)
フィギュアスケートの腕前も知りたいですね、とニヤニヤ笑いが止まってくれない。キースは本当に、文字通りの「人形」だったから。
マザー・イライザが作った可愛い人形、歌って踊れるアイドルスター。そんな芸など、キースも気付いていないだろうに。
(本当にお人形さんだ…)
よく出来ている、と続ける撮影。
早くキースに見せてやりたいと、マザー・イライザの可愛いお人形さんに、と…。
イライザの人形・了
※先日、派手に騒がれていた某SMAPが解散するとか、しないとか。
賑やかなことだ、と思っていたら、何故だか出来てしまった話。歌って踊れるキースです。