「違う、ぼくは…!」
叫んだ声で目が覚めた。真っ暗な部屋で。
(夢…)
またあの夢だ、と肩を震わせたマツカ。
こちらを見詰めている瞳。
青い光の中、射すくめるように。
相手は何も言いはしないのに、その声が心を貫いてゆく。
「裏切り者」と、「恥知らずが」と。
だから「違う」と叫んでいた。ぼくは違う、と。
けれど、こうして飛び起きてみたら、心の奥から湧き上がる疑問。
本当に違うのだろうかと。
あの夢の中で聞こえた声こそ、真実なのではないだろうかと。
(…裏切り者…)
多分、本当はそうなのだろう。
キースが前に告げたこと。「お前と同じ化け物だ」と。
ジルベスター・セブンに潜んでいたもの、それは自分と同じなのだと。
(ぼくが殺した…)
そう、殺させたようなもの。
あの星からキースを救い出したから、ジルベスター・セブンは滅ぼされた。
メギドに砕かれ、あの星にいた者たちも。
自分と同じ仲間を殺した、その手伝いをしてしまった。
(……知っていたのに……)
同じものだと。自分と同じ存在なのだと。
あれから何度、夢を見たろうか。
夢の中で自分を見詰めてくるのは、いつも、いつだって赤い瞳で。
それも片方の瞳だけ。
もう片方は失われていて、閉じた瞼の下だったから。
(…ソルジャー・ブルー…)
あの時、自分は間違えたろうか。
キースを助けに駆け込んで行った、青い光が溢れていた部屋。
退避勧告が出ていたメギドの制御室。
其処で目にした、ソルジャー・ブルー。
キースの銃口の向こうにいた者、それが誰かは分かっていた。
皆が噂をしていたから。
伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ミュウの長だと。
ミュウの長なら、自分の仲間。
(…ぼくが助けるのは、キースじゃなくて…)
ソルジャー・ブルーだっただろうか、あの場に居合わせたのならば。
彼を救って、何処からか船を奪って逃げる。
それが取るべき道だったろうか、自分も同じミュウならば。
(…でも、ぼくは…)
考えさえもしなかった。
救いたかったのは、ただ一人だけ。
キースだったから、懸命に「飛んだ」。
まさか出来るとは思いもしなかった、空間を一気に飛び越えること。
そしてキースを救ったけれども、それは間違いだっただろうか。
(……分からない……)
誰もぼくには教えてくれない、と膝を抱えたベッドの上。
あの日、目にしたソルジャー・ブルー。
片方だけだった赤い瞳が、いつも自分を見詰めてくる。
青い夢の中で。
今夜のように責める日もあれば、蔑むように見ている時も。
憐れみに満ちた瞳の時も、ただ悲しみに濡れている時も。
夢に出て来た瞳に合わせて、声なき声もまた変わる。
「可哀相に」と言われる夜やら、「それでいいのか?」と問われる夜や。
だから自分でも分からない。
どれが本当の声なのか。
ソルジャー・ブルーの声は一度も聞いていないし、思念も受けていないから。
(…あの人は、ぼくに…)
何を言おうとしていただろうか、自分が見たのは驚きに満ちていた瞳。
ただそれだけで、彼が自分をミュウだと知ったか、そうでないかも分からないけれど。
(…気付かなかった筈がないんだ…)
皆が噂をしている通りの存在ならば。
たった一人でメギドを沈めた、あれだけの力の持ち主ならば。
彼は自分をミュウだと見抜いて、あの時、何を思ったろうか。
キースを救って逃げ出したミュウに、敵の船に乗っていたミュウに。
(ぼくの心を…)
読んだだろうか、ソルジャー・ブルーは。
自分自身でも気付かないほど、奥の奥まで読まれたろうか。
だとしたら、とても恐ろしいけれど。
怖くて震えが止まらないけれど、ソルジャー・ブルーが怖いけれども。
それと同時に、彼に訊きたい。
自分は裏切り者なのか。
それとも、ただの腰抜けなのか。
(…ぼくは、いったい…)
何なのだろうか、こうして此処にいるけれど。
ミュウを滅ぼす側にいるけれど、キースに仕えているのだけれど。
(…あの瞳…)
ソルジャー・ブルーは何を見たのか、自分の中に。
「可哀相に」と夢で自分を見詰めてくる時、赤い瞳の奥に見えるもの。
憐れみと同時に深い悲しみ、それから包み込むような思い。
「独りぼっちで可哀相に」と、「本当に後悔していないのか」と。
(…後悔だったら…)
何度でもした、ジルベスター・セブンが砕かれてから。
赤い瞳を夢に見る度、何度も何度も、自分を責めた。
裏切り者だと、「ぼくのせいだ」と。
仲間たちを殺す手伝いをしたと、きっと地獄に落ちるのだと。
けれど、同時に思うこと。
(…キースを助けたことだって…)
後悔などはしていない。
だから何度も夢にうなされ、こうして飛び起きる羽目になる。
自分でも答えが出せないから。
裏切り者なのか、そうでないのか、今も自分が分からないから。
あの赤い瞳、片方だけだった瞳の奥。
彼が自分に何を思ったか、それが分かればいいのにと思う。
蔑みだったか、憐れみだったか、裏切り者への強い憎しみか。
(…でも、どれも…)
違う、と心が訴えてくる。
自分が出会った瞳は違うと、夢のそれとは違っていたと。
ただ、驚いていただけだから。
「どうしてミュウが」と、彼は自分を見ていたから。
ソルジャー・ブルーは気付いていたのに、知っていたのに、黙って逝った。
「裏切り者」と責めもしないで、「逃げるな」と自分を止めもしないで。
キースの代わりに自分を救えと、命じることさえしようともせずに。
(…あの人は、ぼくに…)
何かを期待したのだろうか、と思う度にゾクリと冷えてゆく身体。
彼は自分に託したのかと、「其処にいるならミュウを頼む」と。
滅ぼす側にいるのだったら、何か手立てがあるだろうと。
滅びの道からミュウを救えと、そちら側から手を差し伸べろと。
ミュウを生かせと、ミュウの未来をと。
(……そんなこと、ぼくに……)
出来る筈がない、と思うけれども、赤い瞳に捕まったから。
夢の中まで追ってくるから、きっと一生、後悔の中で生きてゆくしかないのだろう。
(…ぼくには、ミュウをどうすることも…)
出来やしない、と零れる涙。
あの瞳でいくら見詰められても、どんな思いを託されても。
彼の思いには応えられない、ソルジャー・ブルーが、そのために自分を行かせたとしても。
キースを救って逃げる自分を見送っていても。
自分はただの腰抜けだから。
キースの後ろについてゆくだけの、臆病な裏切り者なのだから…。
夢の中の瞳・了
※マツカはブルーに会ってるんだな、と思ったばかりにこうなったオチ。
ブルーの側から書いたことならあったけれども、マツカから見たら怖いよね、ブルー…。