「ソルジャー。…ジョミーのパワーは強大ですが…」
集中力が持続しません、とヒルマンが今日も嘆く青の間。他の長老たちも同じで、ブルーの所で愚痴る毎日。愚痴った所で、アレしかいないと彼らも分かっているけれど。
「パワーだけでは駄目なんじゃ! 集中力じゃ!」
じゃが、あやつにはソレが無いわい、とゼルが怒るのも何度目だろうか。
毎日こうなるわけだからして、ブルーの方でも考えはする。早くジョミーが使える人材になって欲しいのは、彼とても同じことだから。
(…集中力…)
どうしたものか、と悩むけれども、こればかりは本人の気持ちが大切。やるぞ、とジョミーが思わない限り、いい結果などは出ないだろう。
無いと困るのが集中力とはいえ、当のジョミーはパワーはあるから、行け行けゴーゴー。
押して駄目なら引いてみるどころか、当たって砕けて押し通れるのが困った所。
(もっと繊細なコントロールというヤツが…)
必要な場面に出くわさない限り、学習してはくれないだろう。
けれど、人類にシャングリラの存在がバレている今、悠長に構えてはいられない。ジョミーが学習するよりも先に、シャングリラが沈められたら元も子もない。
(こう、切実に…)
集中力が必要だ、とジョミーが自覚しそうなこと。それがあれば、と考えていて…。
アレだ、と不意に閃いた案。
如何なジョミーでも、これなら真面目にやるだろう。長老たちに「どう思う?」と提案したら、皆、盛大に吹き出した。散々笑って笑い転げて…。
「いいんじゃないかね、それに賛成だよ」
あの坊やも性根を入れ替えるさ、とブラウがケタケタと笑い、エラだって。
「少し可哀相な気もしますが…。嘘も方便と言いますから」
「そうじゃ、そうじゃ。薬はちょいと効きすぎるくらいが丁度いいんじゃ」
お灸をすえてやるが良かろう、とゼルもニンマリ。
「実にいい案だと言えますな。まさにソルジャーならではです」
現場におられた方は違いますな、とヒルマンが絶賛したアイデア。それは本当にブルーしか思い付かない代物、ついでにジョミーが必死に訓練しそうな名案。
「では、この方向で進めてみよう。君たちの方もよろしく頼むよ」
訓練の件で質問されたら、口裏を合わせてくれたまえ、とブルーが念を押すまでもない。長老たちは「承知しております」と揃って青の間を出て行った。
いつになく軽い足取りで。通路に出た途端にスキップしそうな、晴れ晴れとした顔で。
そんなこととも知らないジョミーは、今日も今日とて愚痴りに来た。長老たちとは鉢合わせないよう、キッチリ時間をずらして夜に。
「聞いて下さい、ブルー!」
ヒルマンたちときたら、と始まった愚痴を、「待ちたまえ」と制したブルー。
「君の訓練の成果については、ぼくも報告を聞いている。結果は出せているようだね」
「そうなんです! なのに、集中力が足りないだとか、持続しないとか!」
いざとなったら出来るんです、がジョミーの持論で、実際、そうかもしれないけれど。
もしもの時に「駄目でした」では済まされないのが実戦なるもの、その前にきちんと身につけておいて欲しいものだから…。
「君の成績は認めよう。今のレベルなら、君は充分、戦える。ただ…」
それ以外の時が問題で…、とブルーは顔を曇らせた。この先、上手くやって行けるか、と。
「何ですか、それ? 戦闘の他に何があるんです?」
戦って倒せばいいんでしょうが、とジョミーが言うから、「戦いならね」と返してやった。
「人類が相手なら、それでいい。でも、君のようなミュウの仲間はどうするんだい?」
「仲間?」
「そう、仲間。ぼくが君の成人検査を妨害したように、新しい仲間を助けに行くとか…」
でなければ思念体で抜け出す時だとか、と例を挙げたブルー。
集中力が無いとマズイことになると、今の君だと非常にマズイ、と。
「マズイって…。どうマズイんですか?」
その訓練ならやっています、とジョミーは心外そうだけれども、此処からが勝負。ブルーは息をスウッと吸い込み、「思い出してみたまえ」と切り出した。
「成人検査の時だよ、ジョミー。…あの時、君は服をきちんと着ていたかい?」
「服…?」
そういえば、とジョミーが見回した身体。テラズ・ナンバー・ファイブの前では、スッポンポンになっていたのがジョミー。
「思い出したようだね、あの姿が君の実力だ。注意していないと、君は裸だ」
思念体になって抜け出した時は、と指摘されたジョミーはムッとした顔で。
「そんなことないです! ぼくはいつだって、服を着てます!」
訓練中に裸だったことはありません、とムキになるから、「そうだろうね」と頷いた。
「分かるよ、君が言いたいことは。君は確かに服を着ているとは思う」
でもそれは、君の願望が入っているからで…。着ていると思い込んでいるだけだ。
傍から見たなら、君の身体に服などは無い。「裸の王様」みたいなものだね、誰も君には注意しないだけだ。言っても無駄だし、放っておこうと。
ヒルマンたちは匙を投げているから…、と溜息をついたら、ジョミーはサーッと青ざめた。
「本当ですか、ブルー!?」
訓練中のぼくを見たんですか、と慌てているから、「少しだけね」と浮かべてみせた苦笑い。本当はまるっと嘘だけれども、嘘も方便。
「裸の王様の話の方だと、正直者は子供だけれど…。一番の年寄りが正直者でもいいだろう」
思念体になっている時の君は、見事なまでに素っ裸だ。服を着たつもりでいるだけなんだ。
今のままだと、思念体はずっと裸のままだね。それに…。
思念体だけならいいけれど、と零してみせた溜息、「まだあるんですか?」とジョミーの悲鳴。
「他にも何か問題があるって言うんですか、ブルー!?」
「思念体と同じで、集中していないと服を置き去りにしかねないのが瞬間移動で…」
君は短距離しかやっていないから、今の所は服もマントもついて来てくれる。
それが長距離を飛ぶとなったら、いったいどれを落として行くやら…。
最悪、君が飛び立った後には、全部残っているかもしれない。服もマントも、ブーツだってね。
そして目的地に着いた君は…、と最後まで言う必要は無かった。
ジョミーはブルブルと震え始めて、顔面蒼白というヤツで。
「つまり、瞬間移動をしたって、素っ裸で行ってしまうんですか!?」
「そうなるね…。集中力の有無は大きいんだよ」
よく聞きたまえ、とジョミーの顔をまじっと見詰めた。ぼくと君との能力の差を、と。
「いいかい、ジョミー。…君のサイオンが爆発した時、君は衛星軌道まで飛んで昇って…」
連れ戻しに行ったぼくは意識を失くして、君が助けてくれたことは認める。
ただ、そうやって戻って来た時、君の服は殆ど燃えてしまっていたそうじゃないか。
ぼくの服は少しも焦げていないのに、君の服だけが。
あれもね、君が完全に目覚めていたなら、服は残った筈なんだ。ぼくの服と同じに。
ぼくは意識を失っていても、無意識の内に「服を着た自分」を守れるだけの能力がある。だから服をそのまま着て戻れた。
君の場合は、服がすっかり燃えてしまって、素っ裸でもおかしくなかったけれど…。
火事場の馬鹿力と言うだろう?
あの時だけは、集中力が高くなっていた。それで辛うじて燃え残ったんだよ、君の服は。
大事な部分だけが焼け残ってはいなかったかい、と突っ込んでやったら、ジョミーは今にも倒れそうな顔で。
「…じゃ、じゃあ…。今のぼくだと、下手に瞬間移動をしたら…」
パンツだけでも履いていられたら上等ですか、と震えている声。してやったり、と思いながらも、顔には出さずに「そうだ」と答えた。
「正直な所、パンツも危うい。訓練の距離が倍になったら、パンツは無いと思いたまえ」
その時になって後悔しても、もう遅い、と溜息を一つ。長老たちがパンツを届けに来てくれるまでは素っ裸だろうと、移動先が公園などでなければいが、と。
ガタガタと震えまくっているジョミー。思念体の時は裸の王様、瞬間移動も距離が伸びたら、服もパンツも置き去りなどと言われて平気なわけがない。
「そ、そんな…。だったら、ぼくはどうしたら…!」
このままではシャングリラ中の笑い物です、と焦っているから、「集中力だと言っただろう」と瞳をゆっくり瞬かせた。「それだけだよ」と。
「ヒルマンたちがうるさく言うのも、このままでは君が赤っ恥だからだ」
君ばかりじゃない、教育係の彼らも笑われることになる。次のソルジャーは裸のソルジャーだ、と船中に噂が流れてね。
君に注意をしたいけれども、言っても君は聞きはしないし…。匙を投げたくもなるだろう?
ただ、それでは君が可哀相だし、後継者が裸のソルジャーなのでは、ぼくも悲しい。
だからハッキリ言わせて貰った。今のままでは駄目なんだ、とね。
それでも集中力は要らないのかい、と見詰めてやったら、ジョミーは半分泣きそうな顔で。
「いいえ、要ります! 裸のソルジャーなんて嫌です!」
頑張りますから、これからも本当のことを教えて下さい、とガバッと頭を下げたジョミー。
長老たちが黙っていたって、裸だった時は隠さずに言って下さい、と。
「頑張ろうという気になったかい?」
それなら、ぼくも遠慮なく言おう。此処から訓練を見せて貰って、本当のことを。
約束するよ、とブルーはジョミーを送り出して…。
次の日からは、今までの日々が嘘だったように、ジョミーの集中力が上がり始めた。長老たちも思わず褒めたくなるほど、急カーブを描いて急上昇で。
「ブルー! どうでしたか、今日の訓練は?」
裸のソルジャーは卒業でしょうか、と息を弾ませるジョミーに、「まだまだ」とブルーは笑ってみせた。「途中からマントが脱げていったよ」と、「最後はやっぱり…」と。
「分かりました…。もっと頑張ります!」
瞬間移動で裸になったら悲惨ですから、と努力を誓うソルジャー候補。
かくして訓練はガンガン続いて、集中力もアップしていったけれど、及第点には遠いから。
(また叱られた…)
へこんでても何も変わらないよな、とジョミーは今日も自主トレに励む。
(今日は思念の導く所まで行ってみよう)
思念体になって身体を離れて、服があるかどうかを指差し確認。マント良し、服良し、ブーツも良し、と。
そうやって飛んで出掛けた先で、ジョミーはシロエに出会うのだけれど。
(うん、大丈夫だ…!)
幼いシロエは、窓の外を指差して「あそこに誰かいる」と不思議がっただけで、ピーターパンだと勘違いをしてくれたから。「裸だった」とは言わなかったから。
(裸の王様の話でも、子供は正直…)
訓練を頑張った甲斐があった、と快哉を叫ぶジョミーはまだ知らない。
裸のソルジャーがどうのこうのは、ブルーが嘘をついただけだと。いい感じに危機感を煽るだろうと、嘘八百を並べたことを。
本当の所は全部偶然、ブルーの服だけ燃えなかったのも、素材のせいだということを。
とはいえ、訓練は結果が全て。
裸のソルジャーは今日も頑張る、「合格だよ」という言葉を目指して。アルテメシアから宇宙へ逃げ出した後も、「裸のソルジャー」と呼ばれないよう、日々、根性で…。
裸のソルジャー・了
※ギャグ担当がキースばかりだよな、と思っていたら空から落ちて来たネタ。雪と一緒に。
ブルーが大嘘ついてますけど、実際、裸のジョミーが存在したから仕方ないっす!