(…マツカが来なかったら、死んでいたな…)
危うく心中になる所だった、とキースがフウとついた溜息。
ジルベスター星系を後にする船、エンデュミオンの中の一室で。
本当にヤバイ所だった、と今だから分かる命の危機。
もしもマツカが来ていなかったら、今頃は…。
(死んで二階級特進か…)
いわゆる殉職、少佐から大佐に二階級もの昇進を遂げるのだけれど。
自分はとっくに死んでいるから、少佐だろうが大佐だろうが、全く意味が無い有様。
そういう流れになる所だった、もう少し運が悪ければ。
(……ソルジャー・ブルー……)
狩ろうとしていた獲物がガバッと剥いた牙。
まさに窮鼠猫を噛むといった所で、どう考えても死亡フラグが立っていたのがあの時の自分。
メギドの制御室を狙った自爆テロのようなサイオン・バースト、それに巻き込まれかけたから。
何処から見たってリーチな状況、生きているのが不思議なくらい。
あそこにマツカが来ていなかったら…。
(…あいつと心中…)
伝説のタイプ・ブルーと心中、しかも頭に「無理」とつく。
こっちに死ぬ気は無いわけなのだし、無理心中でしか有り得ない。
ソルジャー・ブルーの方は死ぬ気満々、その気でやって来たのだから。
(…無理心中は御免蒙りたいぞ)
私にはまだまだやるべきことが、と頭に浮かべた「任務」の文字。
ジルベスターから戻ったら直ぐに、グランド・マザーから次の任務が下される筈。
なにしろ「出来る人間」だから。
冷徹無比な破壊兵器と言われるくらいに、仕事の鬼で有能だから。
(それに、シロエのメッセージもだ…)
戻ったらスウェナが自分に渡してくれる筈。
そういう約束、連絡したなら、いそいそとやって来るだろうスウェナ。
シロエが自分に宛てたメッセージ、それが何かは知らないけれど…。
(死んだら、それも見られないからな…)
なのに、なんだって自分は、死亡フラグを幾つも立てていたのだろう?
もう真剣に危なかった、と背筋にタラリ流れた冷や汗。
どうしてあんなに高揚したのか、ヤバイ場所へと自分で出掛けて行ったのか。
獲物を狩ろうと、ハンティングだと、猟銃ならぬ拳銃を持って。
(しかも、相手はタイプ・ブルーで…)
よく考えたら、拳銃なんぞで倒せるようなモノではなかった。
メギドの炎も止めるくらいの力を持つのがタイプ・ブルーで、メギドと拳銃を比べてみれば…。
(レーザー砲に素手で向かって行くようなものか?)
盾も持たずに素っ裸で。
船にも乗らずに、この身一つで。
そんな所だ、と気付いてゾッとさせられた。
ソルジャー・ブルーがその気だったら、先に自分が殺されていても文句は言えない。
拳銃片手に、「やはりお前か!」と格好をつけたその瞬間に。
いくら対サイオンの訓練を積んでいると言っても、相手の力は桁外れだから。
(…しかし、向こうも…)
攻撃しては来なかったな、と捻った首。
椅子に腰掛け、顎に手を当てて、思い出してみるメギドの制御室。
自分が撃った最初の三発、それは見事にソルジャー・ブルーに当たった筈。
血が噴き出すのをこの目で見たから、間違いはない。
(だが、あの後は…)
シールドを張って、弾を防いだソルジャー・ブルー。
つまり余力は持っていたわけで、最初からシールドしていれば…。
(あいつは無傷でいられた筈だぞ?)
よく分からん、と思い浮かべた、ソルジャー・ブルーの血まみれの姿。
自分も大概、無茶だったけれど、あっちも相当に無茶だったんだが、と。
無理心中の危機から生きて戻れたのは、マツカのお蔭。
マツカは未だに意識不明で、医務室のベッドの上だけれども。
(…助けに来たのがマツカで良かった…)
これがスタージョン中尉だったら、まるでシャレにもならない話。
自分ともどもソルジャー・ブルーと心中を遂げて、船の指揮官さえもいなくなる始末。
そうなっていたら、エンデュミオンまで沈んだという結果も有り得る。
メギドから離れる機会を逸して、爆発と共に宇宙の藻屑で。
(…よほど悪運が強いらしいな、この私も)
運も才能の内だからな、と思ったけれども、運はともかく、そうなった理由。
無理心中をさせられそうになった理由は、どう考えても、百パーセント、自分にあった。
ギリギリまで粘っていたのだから。
ソルジャー・ブルーが放った最後のサイオン、それが来るまでいたのだから。
逃げる代わりに近付いて行って、ヤバすぎる距離に。
それに…。
(タイプ・ブルー相手に拳銃一丁…)
この段階で既に、相当にヤバイ。
自分で自分に死亡フラグで、レーザー砲に素手で向かって行くようなもの。
出会い頭に即死していても不思議ではなくて、三発もお見舞い出来たのが奇跡。
相手は凄すぎる化け物なのに。
(先手必勝とは言うんだが…)
銃を向けてから発射するまでに、嫌というほどあった筈の「間」。
「まさしく化け物だ」などと詰っていた間に、ブチ殺されたって自業自得としか言えない。
よくぞ見逃して貰えたと思う、サイオンの一つも食らわずに。
「死ねや、ボケ!」と、頭を粉々に吹っ飛ばされずに。
なにしろ相手は、伝説のタイプ・ブルーな上に…。
(…モビー・ディックで会った時には…)
食らったのだった、彼の攻撃を。
一撃必殺のパンチとも言っていいかもしれない、ヤバかったから。
ミュウの女が庇わなかったら、多分、終わっていただろう命。
それをケロリと忘れたのが自分、ノコノコ出掛けて行ってしまった。
綺麗サッパリ忘れたままで。
ソルジャー・ブルーがその気だったら、会った途端に命は無いということを。
拳銃なんかはただのお飾り、一瞬の内に自分の命が消し飛ぶことを。
(いったい、私は何をしたんだ?)
考えるほどに謎な自分の行動、どう間違えたら拳銃なんかでタイプ・ブルーを狩れるのか。
逆に狩られて殺される方で、死亡フラグを立てていたとしか思えない。
「伝説の獲物が飛び込んで来たのだ。出迎えて仕留めてやるのが…」
狩る者の「狩られる者」に対する礼儀だ、と格好をつけていたけれど。
アレを狩るのだと思ったけれども、ヤバすぎた自分。
そういえば、マツカに止められた。
「行っては駄目です」と。
同じミュウなだけに、マツカには分かっていたのだろう。
自分がどれほど無謀だったか、無茶をしようとしていたのかが。
立ちまくりだった死亡フラグが。
だからコッソリついて来たわけで、無理心中の危機から自分を救えたわけで…。
(…マツカ様様だが…)
無茶をやらかした自分の方は、もう馬鹿としか言いようがない。
馬鹿でなければ間抜けかトンマで、阿呆などとも言うかもしれない。
(…メンバーズともあろうものが……)
それに私としたことが、と自分の頬を張りたいくらい。
どうしてあれほど、狩りに夢中になったのか。
ソルジャー・ブルーを狩ろうと思って燃えていたのか。
拳銃一丁で出掛けただけでも危険すぎるのに、無理心中の危機が迫るまで。
マツカの到着がコンマ一秒遅れていたなら、命が消し飛ぶ寸前まで。
(…とても冷静とは言えないが…)
私らしくもないのだが、と自分の行動を振り返っていたら分かったこと。
要はソルジャー・ブルーが問題、どうしてもアレが欲しかった。
狩って殺して、自分のものに。
極上の獲物でまたと無いから、粘りまくって、撃ち続けて…。
(…スカッとしたんだ…)
「これで終わりだ」と撃った一発、それがシールドを突き抜けた時に。
赤い瞳を砕いた時に。
ついに仕留めたと、私の勝ちだと。
もう最高の気分だったけれど、勝ったと嬉しかったのだけれど…。
あの時、ハイになっていた自分。
ソルジャー・ブルーが床に叩き付けたサイオン、それが広がるのが爽快だった。
青い焔が噴き上がるように、自分に迫って来た壁が。
これで終わりだと、とても気分が良かったけれど。
やっと獲物を仕留めたのだと、私のものだと青い光に酔っていたけれど。
(自分も終わりだと、何故気付かない!?)
サイオンの青い壁に飲まれたら、其処で終わりな自分の命。
気付かないとは何事なのだ、と激しく自分を叱咤した。
馬鹿めと、何をしていたのだと。
其処でポロリと、目から鱗が落っこちた。
「私はアレが欲しかったんだ」と。
(…ソルジャー・ブルー…)
拳銃一丁で出掛けたくらいに、狩ろうと思った最強のミュウ。
伝説とも言われたタイプ・ブルー・オリジン、彼に自分が固執したのは…。
(…私の心に入り込んだ男…)
モビー・ディックで、一瞬の内に読まれた心。
読まれた衝撃もさることながら、今にして思えば、その力。
誰にも破ることなど出来ない心理防壁、それを易々と突破した男。
初めて出会った強大な敵で、好敵手とも言えるけれども…。
(…私と対等に戦える者など、ただの一人も…)
今までに出会ったことがない。
だから惹かれた、あの男に。
自分と互角に戦える者に。
彼と戦い、勝利を収めてみたかった。仕切り直しをしたかった。
モビー・ディックでは負け戦な上、自分はトンズラしたわけだから。
今度は逃げてたまるものかと、アレが欲しいと挑んだ狩り。
私のものだと、極上の獲物を手に入れようと。
それで出掛けて行ったんだ、と気付いた狩り。
自分の命の心配もせずに、拳銃一丁という無茶すぎる武器で。
(あいつはミュウで、敵だったから…)
狩る方へと思考が向かったけれども、アレが敵ではなかったら。
自分と同じに強いと噂の、人類軍か国家騎士団の兵士だったなら…。
(…殴り合いで始まる友情というのが…)
この世にはある、と何処かで聞いた。…何かで読んだのかもしれない。
拳と拳で始まる友情、何度も激しく殴り合った末に。
互いの力が尽きる所まで、死力を尽くして戦った末に。
(もしかしたら、私は…)
良き敵にして、良き友というのに出会ったろうか。
自分と互角に戦える友に、拳と拳で語れる友に。ソルジャー・ブルーという名の友に。
それを思い切り間違えたろうか、友ではなくて敵なのだと。
獲物なのだと、狩るべきだと。
(……間違えたのか……?)
だとしたら、嵌まってゆくピース。
一つ一つがカチリ、カチリと。
本気で殺すつもりだったら、もっと用心して行ったろう。
拳銃一丁で出掛ける代わりに、盾になりそうな部下を大勢引き連れて。
無能な部下でも、盾くらいなら身体一つで務まるのだから。
(それに、あいつを撃った後もだ…)
反撃してみせろ、と煽った自分。
ソルジャー・ブルーの戦意を掻き立てるように、闘争心に火を点けるかのように。
さっさとトドメを刺せばいいのに、いったい何をやっていたのか。
第一、無駄に放った三発。ソルジャー・ブルーに撃ち込んだ弾。
三発もあれば余裕で急所を狙えるだろうに、どうして外して撃ったのか。
(私の腕なら、最初の一発…)
それで息の根を止められていた。
もちろんメギドは沈みはしないし、無理心中の危機にも陥らなかった。
武器が拳銃一丁でも。
相手が最強のタイプ・ブルーでも。
なんとも理解に苦しむけれども、自分でも謎な行動だけれど。
(…あいつに何かを期待したのなら…)
殴り合いで始まる友情とやらを望んでいたなら、その展開でもおかしくはない。
わざと急所を外していたのも、反撃するのを待っていたのも。
無理心中を図ったソルジャー・ブルーの最期の攻撃、それを爽快に感じていたのも。
(……無理心中から生まれる友情……)
いくらなんでも、それは、やりすぎ。
心中したら全てが終わりで、自分は殉職扱いだけれど。
ソルジャー・ブルーも死んでしまって、何も始まらないと思うけれども…。
(…相手はソルジャー・ブルーなのだし…)
勘違いしていた自分の心に、とうに気付いていたかもしれない。
「友達になりたいなら、そう言えばいいのに」と、「なんだって、銃を向けるんだ」と。
それならば分かる、出会い頭に攻撃されなかったのも。
何か言いたげな顔で見ていたけれども、一言も発しなかったのも。
(…向こうも呆れ果てていて…)
なんという馬鹿がやって来たのだ、とポカンと見ていただけなのだろう。
「ちょっと待て」とも言えないくらいに、呆れてしまって、面食らって。
そうしている間に、撃たれてしまったものだから…。
(…元々、死ぬ気でやって来たのだし…)
受けて立とう、と無理心中を決意したのに違いない。
喧嘩上等、共に死のうと。
あの世で仲良く喧嘩しようと、殴り合いの後には友情なのだと。
(……ソルジャー・ブルー……)
そうだったのか、と今頃、ようやく理解した。
自分は彼と仲良くしたかったらしいと、それで執着したのだと。
初めて出会った強すぎる男、彼の力に惹かれたのだと。
なのに根っから軍人なだけに、ソルジャー・ブルーがミュウで敵だっただけに…。
何か色々と間違えた末に、一方的に撃って撃ちまくって、その結果。
(…無理心中の危機で、しかも心中の生き残り…)
し損なった、と気付いた心中。
あいつだけが死んでしまったんだ、と呆然としても、もう遅い。
ソルジャー・ブルーは逝ってしまって、自分はマツカに救われて今も生きている。
せっかく心中出来るチャンスを、むざむざ逃してしまったのが自分。
なんとも汚い命根性、心中しないで生き残ったとは。
(…いや、心中にはこだわらないが…)
出来れば生きて友情をだな、と取り返しのつかないミスを嘆くけれども、既に手遅れ。
死に損なった自分は、ポツンと船に乗っているから。
心中したってかまわないくらいに惚れ込んだ相手は、メギドと共に消えたから。
そう、あの男に惚れ込んだ。
自分と互角に戦える男に、伝説のタイプ・ブルーに惚れた。
だから無茶までやらかしたんだ、と考えた所で引っ掛かった言葉。
(…惚れ込んだ…?)
惚れた、と思ったソルジャー・ブルー。
あいつに惚れたと、アレが欲しかったということは…。
もしや恋では、と自分にツッコミ、「そうかもしれない」と愕然とした。
狩りをしてまで欲しかった獲物、それは独占欲とも言える。
もしかしなくても、自分は、ソルジャー・ブルーに…。
あの最強のタイプ・ブルーに、友情どころか恋をしていて、独占したくて、手に入れたくて…。
(…その方法を間違えたんだ…)
生け捕りにして口説く代わりに、何発も撃って仕留めようとした。
ソルジャー・ブルーがブチ切れるまで。
無理心中を決意するまで、サイオンをバーストさせるまで。
なにしろ今まで恋の一つもしたことが無くて、その手のことには疎かったから。
まさか恋だと思いもしなくて、敵だとばかり思い込んでいて…。
アレが欲しいと、狩りをしようと、間違えたままで突っ走っていた。
欲しかった獲物はソルジャー・ブルーで、恋だったのに。
殺すのではなくて、この手に掴みたかったのに。
(恋だったのなら、あいつの方も…)
きっと呆れたことだろう。
どうして男が男に恋をと、自分はゲイに惚れられたのか、と。
こんな所までやって来るほど、とことん自分に惚れているのかと。
しかも片想いなゲイはと言えば、自覚ゼロのまま殺す気満々。
口説く代わりに撃ち殺そうという、勘違いの塊なのだから。
(…あいつにしてみれば、とんだ迷惑…)
一方的に想いを寄せられた上に、自分のものにしようと撃ってくる男。
殺せば自分のものになるのだと、派手に勘違いをしている男。
迷惑極まりなかっただろうに、文句の一つも言いもしないで…。
(…私と心中してやろうとまで…)
私の想いを買ってくれたのか、と感謝したくなるソルジャー・ブルーの懐の広さ。
なんと素晴らしい男だろうかと、惚れて良かったと思うけれども、心中し損なったのが自分。
最後の力で、無理心中を図ってくれたのに。
勘違い野郎の恋心を買って、恋の道行きのルートを開いてくれたのに…。
(…私だけが生き残ってしまったのか……!)
なんということだ、と泣きたい気持ちになったけれども、どうにもならない恋の結末。
ソルジャー・ブルーは死んでしまって、自分は置き去りなのだから。
後を追おうにも、「出来る人間」には任務が山積み、それを捨てては行けないから。
(……ソルジャー・ブルー……)
こんな私でも許してくれるか、と零れた涙。
鈍い男で申し訳ないと、後も追えない甲斐性なしで、と。
どうか私を許して欲しいと、本当に惚れていたんだと。
頬を伝い落ちる滂沱の涙。
シロエの船を撃った時から、一度も流していなかった涙。
それが止まらずに溢れ出してゆく、アイスブルーの瞳から。
恋していたのに間違えたらしいと、何もかもがもう手遅れなのだ、と。
(…もう少しで心中だったのに…)
あいつと逝ける筈だったのに、と涙するキースは気付いていない。
恋するも何も、自分自身はノーマルなのだということに。けしてゲイではないことに。
まるで気付いていないものだから、溢れ出す涙は止まらない。
恋をしたのに手遅れだったと、全て終わってしまったと。
私の恋はメギドで散ったと、恋した人にも置いてゆかれたと。
(……ソルジャー・ブルー……)
好きだったんだ、とキースの勘違いは終わらない。
任務だけに生きて来た軍人だから。
とことん人の心に疎くて、自分の心や感情などにも疎すぎるのがキースだから…。
心中メギドの草紙・了
※本気で分からなくなって来たのが自分の頭。ブルーのファンだった筈なんだけど、と。
しかしアニテラのキースの行動、こう書き並べたら、「そうか!」と納得しませんか?