「待て! そんな子供を!」
叫んだ瞬間、張られた頬。
そして引き戻された現実、目の前にいたミュウの長。
(ジョミー・マーキス・シン…)
してやられたな、とキースが歪めた唇。
ミュウの長はもう、いないけれども。
心の中に飛び込まれてしまった動揺の原因、自然出産児だというミュウの子供も。
ガラス張りのドームのような牢獄、此処に囚われてどのくらいになるか。
助けがやって来る気配も無ければ、この牢獄から出る方法すら見付からない。
出られさえすれば、逃走可能なルートは頭の中にあるのに。
(…あのミュウの女…)
自分と同じイメージを持った、盲目らしい女。
マザー・イライザかと驚いたくらい、よく似ていた。
その女が漏らした船の構造、どう走ったら格納庫なのかは掴めたのに。
(これでは、どうにもなりはしないか…)
何度調べても、蟻の這い出る隙間さえも発見出来ない牢獄。
それでも諦めたら無いのが未来。
なんとしてでも、と脱出の機会を窺う間に、またもジョミーに心を読まれた。
一度目はジルベスター・セブンに墜落させられ、意識を取り戻した瞬間。
さっきので二度目、きっとジョミーは見ただろう。
自分自身でさえ、日頃は殺している感情。
システムに対する疑問や反感、そういったものの集大成を。
不覚だったと思うけれども、あれが真実。
自分の心の中にあるもの。
(…いくらミュウだと断定されても…)
本当に殺すべきなのかどうか、あんな子供を。
「もうしません」と泣きじゃくる子を、許す代わりに通報する教師。
社会の秩序を乱すからだ、と。
通報されれば、ミュウかどうかは直ぐ分かる。
ただの子供なら、多分、叱られて終わるのだろうに。
養父母の家へと連れ帰られて、説教程度で済むのだろうに。
(…ミュウの子供だと…)
武装した兵士に連れてゆかれて、撃ち殺される。虫けらのように。
その子が何もしていなくても。
ただ泣くことしか出来ない子でも。
(…酷いシステムだ…)
人類とミュウは相容れないけども、幼い子供を殺すのはどうか。
子供に罪があるとしたなら、ミュウに生まれたということだけ。
たったそれだけ、けれども処分されるのがミュウ。
かつて自分が、シロエの船を落としたように。
マザー・イライザに命じられるままに、撃ち落とすしかなかったように。
(しかし、シロエは…)
確固たる意志を持っていた。
このシステムには従えないと、機械の言いなりにはならないと。
明確だった反逆の意志。
それを口にすればどうなるかさえも、シロエは充分承知していた。
知っていて逆らい、消されたシロエ。
彼は自分の立場を承知で、殺されてもいいと逆らい続けて、宇宙に散った。
シロエもMのキャリアだった、と後に聞いたけれど。
処分せねばならないミュウだったけれど、幼い子供ではなかったシロエ。
(ああいうミュウなら、仕方ないのかもしれないが…)
放っておいたら、システムが綻びかねないから。
シロエの強い意志に引かれて、人類までもがシステムの矛盾に気付きそうだから。
けれど、幼い子供は違う。
単にミュウだというだけのことで、何の脅威にもならない子供。
成人検査で発覚したなら、相応の年と言えるわけだし、数ヶ月も経てばシロエのようにもなる。
システムに反抗し始めたならば厄介だから、と消すのも分かる。
処分すべきだということも。
(だが、子供は…)
ジョミーに心に入り込まれた時、自分が見た夢。
あれも一種の夢なのだろう、実際に目にした映像だから。
ミュウと戦うことを想定して、軍で訓練を受けていた時に。
(…皆は平気で見ていたのに…)
平静なふりをするのが精一杯だった自分。
あの時に叫びたかった言葉を、ジョミーに聞かれた。
「待て」と「そんな子供を」と叫んだ自分。
それはあんまりだと、幼い子供にすべきではないと。
映像の中で殺された子供は、何も分かっていなかったろうに。
どうして自分が殺されるのかも、ミュウという言葉も、まるで分からない幼い少女。
何故、殺さねばならないのか。
敵でもなければ、反逆の意志も持っていないような、泣くだけの子供。
そのやり方は間違っている、と本当に叫びそうだった。
かつてシロエを、この手で殺めた自分でさえも。
友になれたかもしれないシロエを、殺してしまった過去を持っていても。
あまりに惨いと思うシステム。
いくら相容れない人種と言っても、其処までせねばならないのかと。
自分の行動に責任を持てる年になるまで、見逃してやれはしないのかと。
ミュウは人類の敵だけれども、まだ敵とさえも呼べない子供。
幼い子供をミュウと断じて、それだけの理由で命を奪う。
本当にそれが正しいだなどと、一度も思ったことなどは無い。
あんな子供でも殺すと言うなら、何故育てたのか。
もっと早くにミュウの因子を取り除ければ、とさえ考えてしまう。
(…ミュウの因子があるならば、だがな…)
最初から生まれて来なかったならば、幼い子供は殺されないから。
泣くだけの子を撃ち殺さずとも、社会の秩序は保たれるから。
(…私が甘いのか、他の奴らが狂っているのか…)
何度も繰り返し考えたけれど、今も答えは出ないまま。
疑問を抱えて生きてゆくだけで、とうとう此処まで来てしまった。
ミュウに囚われ、その船の中へ。
逃げ出そうにも、方法が見えない牢獄の中へ。
(挙句の果てに読まれるとはな…)
ジョミー・マーキス・シンは、きっと見た筈。
「待て」と叫んでいた自分を。
「そんな子供を」と、叫んだ本音を。
だから余計に腹立たしい。
自分でも答えが出せていないのに、あっさりと読まれてしまった心。
「人類とミュウは相容れない」と言い捨てたけども、今も投げ出せない疑問。
システムを頭から信じられない、罪も無い子を殺すシステム。
他の者たちは当然のように、あの映像を見ていたのに。
見終わった後には、一刻も早くミュウを殲滅しなければ、と高揚していたくらいなのに。
手放しで賛同出来ないシステム。
けれども、ミュウは倒さなければならない敵。
現に自分も囚われの身だし、ミュウは危険な存在だろう。
(星の自転も止められるほどの…)
力を、サイオンを秘めた化け物。
だから排除する、其処までは分かる。
そのために自分が来たのだけれども、この船にはきっと…。
(幼い子供が何人も…)
さっきジョミーが連れて来た子供、幼児と呼ぶのが相応しい子供。
映像の中で撃ち殺された少女の方が、ずっと大きい。
トォニィという名の、あの子供。
他にも何人か生まれているらしい、自然出産児のミュウの子供たち。
彼らを何のためらいも無く殺せるのか、と尋ねられたら答えは否。
「待て」と叫んだ自分だから。
「そんな子供を」と、何度叫んだか知れないから。
あの映像を見せられた日から、今日までに。
夢に見た時は、いつも叫んでしまうから。
(やはり私は甘すぎるのか…?)
ジョミーは其処まで読んだだろうか、自分の心を。
ミュウといえども、幼い子供を殺すことには疑問があると。
自分にその任が回って来たなら、やり遂げる自信はあるのだけれど。
ためらわずに引き金を引くだろうけれど、きっと自分は忘れない。
罪も無い子の血で、染まった手を。
遠い昔にシロエの血で赤く染まった罪の手、その手が再び重ねた罪を。
どうしてこういうことになるのかと、きっと繰り返し見るのだろう。
この手で幼い子を殺めたと、自分はそういう宿命なのかと。
もしもジョミーに読まれていたら、と自分でも恐れる心の弱さ。
ミュウは敵だから殺すけれども、幼い子でも殺せるけれど。
(…そう訓練をされているだけのことで…)
自分の意志で動いていいなら、子供を逃がしてやるだろう。
いつかは殺さねばならないけれども、今ではないと。
もっと成長して、シロエのように逆らい始めてからで充分だ、と。
明らかに「敵」と認識出来るような存在。
そう育つまでは見逃すべきだと、子供に罪は無いのだからと。
(…さっきの子供…)
トォニィが自分に牙を剥くなら、考えを変えねばならないけれど。
幼くてもミュウは危険なのだと、殺すべきだと思うけれども、今はまだ…。
(…この船を爆破する気にはなれんな)
上手い具合に逃げられたとしても、船を丸ごと爆破できる方法があったとしても。
幼い子供も乗せている船、それを壊そうとは思わない。
それでは自分も、あの映像の兵士たちと何処も変わらないから。
幼い少女を容赦なく撃った、血も涙もない兵士と同じになってしまうから。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
何処まで私の心を読んだ、と忌まわしいミュウの長を思い浮かべる。
この考え方まで読まれていたなら、戦わずして負けだから。
「どうせ、あいつには何も出来ない」と、高笑いされるだけだから。
幼い子供がいるというだけで、船の爆破も出来ない腰抜け。
メンバーズと言ってもその程度なのかと、ならば囚われているがいいと。
(…ミュウの子供か…)
とんでもないものに出会ってしまった、と舌打ちをする。
知らなかったならば、逃げ出せたら直ぐに、艦隊を連れて戻るのに。
ミュウを星ごと殲滅するのも厭わないのに、船にいた子供。
きっと自分は殺せない。
幼い子供は、ただ泣くことしか出来ないから。
そんな子供を殺す役目が回って来たなら、逃がしてやりたくなるのだから。
(マザー・システムのお膝元なら、それは無理だが…)
此処に監視している者はいないから、自分は子供を見逃すのだろう。
泣くだけの子供、幼い子供を自分は撃てない。
いくら敵だと教えられても、子供に罪は無いのだから。
ミュウに生まれたというだけのことで、殺意などは持っていないのだから…。
殺せない子供・了
※ジョミーが心に飛び込んだ時にキースが見た夢。ミュウの少女が撃ち殺されたわけですけど。
「待て」と叫ぶんですよね、キース。こういう部分もきっとある筈、と思ったり…。
- <<心中メギドの草紙
- | HOME |
- 時をかける少年>>