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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

「マツカ。…コーヒーを頼む」
 一日の終わりに、いつもの通りにキースが出した注文。
 国家騎士団総司令のための、執務室とは違った場所で。
 首都惑星ノア、其処でキースに与えられた「家」。
 どう使うのも自分の自由で、使用人を大勢置いたっていい。
 もっとも、そんな面倒な者は置かないけれど。
 身辺警護の者も断り、側にいるのはマツカだけ。
 誰も「ミュウ」とは知らない側近、とても有能で使える部下。
 忠実な上に気配りも出来て、何よりも…。
(…マツカが淹れるコーヒーは美味い)
 上等な店で出て来るようなコーヒーよりも、と思っている。
 それはマツカが上手く淹れるからか、口にする時の気分のせいか。
 自分でも答えは分からないけれど、とにかく「マツカのコーヒー」は美味。
 だから、こうして注文をする。
 一日分の仕事を終えた後には、「コーヒーを頼む」と。
「…お待たせしました。熱いですから、気を付けて」
「ああ。…もう下がっていい」
 今日の仕事は全て終わった、と促してやれば、マツカは「失礼します」と静かに去った。
 こういう所もマツカらしくて、他の部下ではこうはいかない。
 「他に御用は?」と尋ねてくるとか、「扉の前で警護を致します」とか。
(……要らぬ世話など、してくれずとも……)
 放っておいてくれればいい、と苦々しい気持ちになるのが常のこと。
 皆とワイワイ騒ぎ立てるより、一人きりでいる方がいい。
 部下といえども、あまり側にはいて欲しくない。
(……これがサムなら、一晩でも語り明かせるのだがな……)
 生憎とそういう友もいない、とコーヒーのカップを傾ける。
 いくらマツカが気が利く部下でも、所詮は「ミュウ」。
 人類とは違う種族なのだし、きっと「友」にはなれないから。


 もしもマツカが強かったならば、違っていたかもしれないけれど。
 「Mのキャリアだった」と後に聞かされたシロエ、あのくらいに気が強かったなら。
 「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる「キース」に、歯向かう気概があったなら。
(…出会った時こそ、牙を剥いたが…)
 今では、それもしないだろう。
 ソレイドで初めて出会った時には、マツカも「必死だった」だけ。
 「キース」がどんな人間だろうが、殺さなければ「殺される」から。
 そう思い込んで、「窮鼠猫を噛む」という言葉通りに、襲い掛かって来ただけのこと。
 マツカの力で、メンバーズに勝てるわけもないのに。
 こちらが気まぐれを起こさなかったら、とうに殺されていたのだろうに。
(……まだコーヒーを飲む前だったが……)
 生かしておいて正解だった、と口に含んだコーヒーは美味い。
 マツカに「ミュウの力」が無くても、この味だけでも充分な拾い物だと思う。
 ただの平凡な一兵卒として、配属されて来ていたならば。
(…たかがコーヒーなのだがな…)
 嗜好品に過ぎないものだとはいえ、不味いよりは美味い方がいい。
 同じコーヒーを飲むのだったら、「より美味な方」を選びたいもの。
 自分の好きに選んでいいなら、「美味いのを頼む」と。
(その点、マツカのコーヒーは…)
 及第点だ、と考えている。
 言葉にすることが無いだけで。
 誰にも「美味いぞ」と言いはしないし、自慢したいとも思わない。
 美味なコーヒーを淹れるマツカに、労いの言葉をかけることさえ。
(そういったことこそ、余計なことだ)
 使用人だの、身辺警護をする者だのと変わらない次元。
 煩わしくなるだけのことだし、ただコーヒーを楽しめればいい。
 「コーヒーを頼む」と言いさえすれば、出てくる味を。
 わざわざ店まで出向かなくとも、いつでも好きに飲める自由を。


(……ふむ……)
 そういえば聞いたことも無いな、と思い至った。
 いつもマツカが淹れるコーヒー、それの名前は何と言うのか。
(…モカに、ブルマン…)
 他にも名前は幾つもある。
 一括りに「コーヒー」と呼ばれてはいても、コーヒー豆の名前によって。
(モカはモカだが、ブルマンはブルー・マウンテンだったか…)
 しかし、どちらも今では「無い」な、と頭に思い浮かべる地球。
 最高機密の一つだけれども、「青い地球」など何処にも無い。
 遠い昔に滅びたままで、今も赤茶けた星のまま。
 そんな星では、モカもブルマンも無い。
 遥かな昔に「モカ」を積み出した港、其処には毒の海があるだけ。
 コーヒー畑が広がっていた、イエメンもエチオピアも無い。
 「モカ」と言ったら、イエメンの豆が最高だったと伝わるのに。
 ブルマンが採れたブルー・マウンテン、その「青い山」も地球には無い。
 緑が豊かだったジャマイカ、其処に緑は「もう無い」から。
 何処までも砂漠に覆われた地面、荒廃した大地が広がるだけ。
 「青い山」は禿げて、岩山になってしまったろう。
 雨が降る度、空から毒素が降り注いで。
 地下を流れる水も汚染され、吸い上げた木は残らず枯れて。
(…しかし今でも、名前だけはあるな)
 コーヒーを好む者の間で、今も語られ続ける名前。
 どの豆が好きか、ブレンドするなら何がいいかと。
(…マツカもブレンドしているのか?)
 それとも「これだ」と選んで買っているのだろうか。
 まるで気にしたことが無いから、味だけで分かるわけもない。
 コーヒーは好きでも、「通」ではないから。
 「これでなければ」とこだわる豆も、ブレンドなども無いのだから。


(…訊いてみようとも思わんな…)
 これがサムなら、「おい」と気軽に訊いただろうに。
 思い立ったが吉日とばかり、今すぐにでも通信を入れて。
 「お前が淹れてくれるコーヒー、どういう豆を使ってるんだ?」と。
 夜更けであっても、気にもしないで。
 通信機の向こうで応えるサムが、「何時だと思っているんだよ?」と欠伸したって。
(……マツカでは、そうはいかんのだ……)
 所詮は部下だ、とカップを傾け、「分からない味」に首を傾げる。
 「美味いコーヒー」には違いなくても、何という名前の豆だろうか、と。
 地球が滅びてしまった後にも、モカもブルマンも残り続けた。
 栽培する場所が変わっただけで。
 恐らくは地球から持ち出された豆、それを何処かで育て続けて。
(…歴史だけは長いというわけか…)
 育つ場所が違うというだけで…、と感心させられるコーヒー豆。
 モカもブルマンも、元の産地が滅びた後にも生き続けている。
 地球がまだ青い水の星だった頃と、同じ遺伝子を受け継いで。
 違う星の土に植えられた後も、最低限の改良だけで。
(たかがコーヒー豆なのだがな…)
 大したものだ、と感心したまではいいのだけれど。
 脈々と継がれ続ける遺伝子、それに感歎したのだけれど…。
(……この豆でさえも……)
 DNAを持っているではないか、とカップを持つ手が微かに震えた。
 人類よりも長い歴史を持っているのが「コーヒーの木」。
 それが様々に枝分かれをして、モカだのブルマンだのが生まれた。
 ほんの僅かなDNAの違いが生み出す、様々なコーヒー豆の味。
 人類が地球を離れても。
 青い地球など何処にも無くても、コーヒーの木は生き続けて。
 DNAという名の鎖を、今も同じに紡ぎ続けて。
 けれど、自分はどうなのだろう。
 「無から生まれた」キース・アニアン、DNAさえも「作られた」者は。


 機械が無から作った生命。
 三十億もの塩基対を合成してから、紡ぎ上げられたDNA。
 「キース・アニアン」の元になった遺伝子データはあっても、そちらの方も…。
(…私と同じに、無から作られた者なのだ…)
 ミュウの母船に捕らわれた時に、偶然、「そちらの方」に出会った。
 盲目だったミュウの女は、「キース」を作った遺伝子データの持ち主らしい。
 E-1077のフロア001、其処で「同じ顔」を幾つも目にしたから。
 マザー・イライザに似ていたサンプル、ミュウの女にそっくりなモノ。
(…あの女も、無から作られたのなら…)
 自分が継いだ遺伝子データは、コーヒー豆の「それ」とは違う。
 種が芽吹いて木へと育って、花が咲いたら実が出来るもの。
 その実を人が集めて煎ったら、コーヒー豆。
 煎られてしまわず、芽を出したならば、コーヒーの木が育つのだろう。
 けれど、「キース」は「そうではない」。
 人工子宮から生まれはしても、「その前」が何も無いのだから。
 「キースという人間」を作り出すためのDNAは、何処からも来はしなかった。
 機械が合成しただけで。
 ミュウの女のデータを元に、「より良いものを」と組み上げただけで。
(……たった一粒のコーヒー豆にも……)
 及ばないのか、と思う自分の存在。
 SD体制の時代といえども、「普通の人間」はDNAを何処かから貰うものなのに。
 異分子として処分されるミュウさえ、「ヒトと同じに」DNAを持っているのに。
(……そんな私が、コーヒー豆の名など聞いても……)
 やはり意味など何処にも無いな、と唇に浮かんだ皮肉な笑み。
 モカであろうが、ブルマンだろうが、「キース」よりも優れた存在だけに。
 遥かな昔の青い地球から、DNAを今も受け継ぎ続けるだけに。
(…要は、コーヒーが美味ければ…)
 それでいいのだ、と冷めたコーヒーを喉に流し込む。
 こうして冷めてしまった後にも、「不味い」とは思わないコーヒー。
 それで充分満足なのだし、「もうこれ以上は、考えまい」と…。

 

         コーヒーの名前・了

※いや、キースはコーヒー党なんですけど、そのコーヒーにも種類が色々あるわけで…。
 原作で「モカ」と言ってるんですよね、ステーション時代に。
 「モカって…。地球じゃないのに?」と遥か昔に入れたツッコミ、それを活かしましたv









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(……パパ、ママ……)
 会いたいよ、とシロエは一人、膝を抱えて蹲る。
 E-1077の夜の個室で、ベッドの上で。
 本当だったら、今の時間は勉強に充てるべきだろう。
 普段の日ならそうしているし、今日もやるべき課題はある。
 けれど「明日でもいい」と思った。
 提出期限はまだ先なだけに、急いで片付けなくても、と。
(…パパとママのことを思い出すには…)
 こうして集中するしかない。
 「この場所」のことも、「勉強」のことも放り出して。
 幼かった子供時代みたいに、ベッドに座って膝を抱えて。
(……家でも、こうして座ってたから……)
 ただし、楽しい夢を見ながら。
 夜にベッドで待っていたなら、「ピーターパンが来てくれるかも」と。
 窓の向こうを眺めて待っていた日もあれば、顔を伏せていた日もあった。
 今と同じに膝に顔を埋めて、まるで「かくれんぼ」をするかのように。
(…ピーターパンが来たら、ビックリだものね?)
 いきなり声を掛けられたら。
 「迎えに来たよ」と、突然に肩を叩かれたなら。
(……だけど、ピーターパンは来なくて……)
 自分は「地獄」に連れて来られた。
 ネバーランドよりも素敵な地球へと、行けると思い込んでいた日に。
 優秀な成績で通過したなら、そうなるのだと信じた「目覚めの日」に。
 子供時代の記憶を奪われ、この牢獄に放り込まれた。
 同じ境遇の候補生たちは、そうだと思いもしないけれども。
 誰もがE-1077に馴染んで、和やかに暮らしているのだけれど。


 そうはなれずに、取り残された。
 「マザー牧場の羊」の群れには、どうしても入ってゆけないままで。
 入りたいとも思わなくても、「独りぼっちだ」ということは分かる。
 このステーションに「友」はいなくて、大好きだった両親の家にも帰れはしない。
 両親が何処に住んでいたのか、住所さえも思い出せないから。
 おまけに両親の顔さえぼやけて、もう定かではない二人の面差し。
 だから、こうして蹲る。
 「一つでも、何か思い出せたらいいのに」と。
 ベッドに座って膝を抱えて、子供時代の真似をすることで。
(…パパとママは、今はどうしているんだろう…?)
 起きているのか眠っているのか、それさえも此処では分からない。
 故郷があった星の時間は、此処でも把握できるのだけれど。
 銀河標準時間の代わりに、アルテメシアの「それ」を探せば。
 エネルゲイアで使われていた「標準時間」を掴んだら。
(……でも、調べたって……)
 とても悲しくなるだけだから、と前に調べた「標準時間」は意識していない。
 時差は分かっているのだけれども、計算しても無駄なのだから。
(…その時間には、どんな景色だったかも覚えていないよ…)
 機械が奪ってしまった記憶は、故郷の景色も曖昧にした。
 風も光も、「こうだった」とピンと来はしない。
 確かにあった筈の四季さえ、この身体はもう「覚えていない」。
 ただ漠然と「夏は暑くて」「冬は寒い」と、知識という形だけでしか。
 夏の日射しがどんなだったか、冬に木枯らしはあったのかさえも「忘れさせられた」。
 エネルゲイアのデータを見たなら、其処に「それら」は書かれていても。
(……誰が見たって、「そうなのか」って思う程度にしか……)
 今の自分は覚えていないし、故郷だという実感が無い。
 エネルゲイアの出身なのに。
 E-1077で閲覧可能な個人データにも、きちんと書かれているというのに。


 そんな具合だから、両親の「今」を考えることは諦めている。
 二人が起きて何かしていても、肝心の「故郷」が分からないから。
 眠っている時間になっていたって、家の中でも色々と違う。
 いくら空調が効いていたって、夏と冬では大違い。
 「外は寒いぞ」と父が帰るなり口にした日は、食卓には「冬の料理」が並んだ。
 夏なら冷たい飲み物が出たし、空調も冬のそれとは逆様。
 そういった故郷の季節感さえ、今の自分は「想像する」しか方法が無い。
 「冬の朝なら、こうだったよ」とか、「夏の夜にはこうなんだよ」と。
(……パパとママの今を想像したって、それと同じで……)
 きっと何処かが欠けているから、考えない。
 ピースがきちんと嵌まらなかったら、今よりもずっと悲しくなる。
 そうなるよりかは、ただ顔だけを思い浮かべている方がいい。
 あちこちが欠けてぼやけた面差し、それがどれほど悔しくても。
 両親の瞳の色でさえもが、今の記憶では分からなくても。
(……パパ、ママ……)
 ぼくを覚えてくれているの、と心の中で問い掛けてみる。
 大人に「成人検査」は無いから、両親の記憶は、きっと消えてはいないだろう。
 「目覚めの日」に送り出した息子を、忘れてしまいはしないと思う。
 きっと自分は、両親の「最後の子供」だから。
 養父母としては年配だった、けして若くはなかった両親。
(次の子供を育てようとしたら、また十四年もかかるんだから…)
 新しい子供が十四歳まで育つ頃には、二人とも、かなりの年齢になる。
 大抵の「親」は、そうなる前に引退するから、両親も引退したことだろう。
 「最後の子供を育て終えた」と、満足して。
 後は二人で過ごしてゆこうと、のんびり夫婦で暮らし始めて。
(そうだよね…?)
 ぼくが最後の子供だよね、と問い掛けたくても、届かない声。
 両親に手紙を書けはしないし、通信だって送れはしない。
 けれど自分が「最後の子供」なのだろう。
 両親にとっては思い出深い、養父母として過ごした時間の締めくくりの。


(…ぼくが最後で…)
 パパとママの思い出に残る子供、と心がじんわり温かくなる。
 「最後の子供」でなかったとしたら、両親の記憶は薄れるから。
 新しい子供を育て始めたら、たちまち起こる日々のドタバタ。
 まるで泣き止まない赤ん坊とか、よちよち歩きで一時も目を離せないとか。
(…そんな子が来たら、前の息子のことなんか…)
 ゆっくり思い返している暇は無くて、新しい子供にかかりきり。
 毎日の食事も、すっかり変わることだろう。
 新しく家族に加わった子が、食卓の「王子様」だの「王女様」だのになって。
 その子が好きなメニューが出る日が、目に見えてぐんぐん増えていって。
(…栄養バランスなんかはあるけど、でも、好きな物…)
 それを食べさせてやりたくなるのが親心。
 きっと自分も、そうだったろう。
 今では思い出せなくても。
 「マヌカ多めのシナモンミルク」が、自分の好みか、両親の好物だったかも謎のままでも。
(…パパもママも、ぼくを優先してくれて…)
 好物を並べてくれただろうから、今もそうしているのだろうか。
 「シロエはこれが好きだったよなあ?」と、父が笑顔で言ったりもして。
 母が「今日はシロエの好物なのよ」と、懐かしそうな顔で料理を出す日もあって。
(…二人とも、きっと覚えていてくれるよね?)
 養父母として最後に育てた「シロエ」のことを。
 自分たちの大事な息子なのだと、可愛がってくれた間の出来事を、全部。
 これが「最初の息子」だったら、今頃は忘れられただろうに。
 たまにチラリと思い出しても、「新しい子供」と重ねるだけで。
 「二人目の子供」だったりしたなら、もっと印象は薄いと思う。
 「最初の子供」と、「最後の子供」の間になって。
 記憶の端を掠める時にも、「あの子は、どんな子だったかな?」と思う程度で。


(……ぼくが最後の子供で良かった……)
 いつまでも覚えていて貰えるよ、と考えたけれど。
 「ぼくが忘れても、パパとママは、ぼくを忘れないよ」と思ったけれど。
(…成人検査で記憶を消されちゃっても…)
 広い宇宙の何処かの星には、きっと「兄弟」がいるのだろう。
 血が繋がってはいないけれども、自分と同じに「セキ」という姓を持つ誰か。
 両親が育て上げた子供で、「エネルゲイアの、セキ夫妻の子」。
 どう考えても、そういう子供が一人はいる。
 両親の年の頃からして。
 子育てを早く始めていたなら、二人いたっておかしくはない。
(……ぼくの兄弟……)
 兄か姉かは、分からないけれど。
 どういう仕事をやっているのか、何処にいるかも不明だけれど。
(だけど、手がかり…)
 それならば、「セキ」の姓がある。
 出身地がエネルゲイアで「セキ」なら、両親の子だという確率は…。
(…相当高いし、もしも会えたら…)
 今の自分が持ってはいない、「両親の記憶」があるかもしれない。
 機械が記憶を奪う時には、将来を考慮するようだから。
 生きてゆくのに「何が役立つか」を、選んで消してゆくのだから。
(…養父母コースに行っていたなら、ぼくよりも…)
 両親の記憶が鮮やかな可能性もある。
 子育てをする人間だったら、「自分が育てられた記憶」は大切だろう。
 そういう記憶がまるで無いより、「応用できる」方がいいから。
 養父母の顔は曖昧だろうと、エリートコースに来た「自分」よりかは…。
(…パパとママのこと、覚えていそう…)
 いつか会えたら、と「セキ」の名を持つ「両親の子供」に思いを馳せる。
 ベッドで膝を抱えたままで。
 機械が奪ってしまった記憶を、「セキ」という名の兄か姉から教われたなら、と…。

 

           両親の子供・了

※SD体制の時代でも、「同じ養父母が育てた」場合は「兄弟」なのかな、と思ったわけで…。
 アニテラだと「兄弟で育てていた」みたいですけどね、ゼルとハンスみたいに。









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(……国家主席とは、便利なものだな)
 実に便利だ、とキースが遮断してゆく回線。
 グランド・マザーに直結した「それ」、監視カメラやマイクに繋がったモノ。
 普通の者には、触れられはしない。
 国家騎士団総司令の頃でも、その権限は持っていなかった。
 「グランド・マザー」の「瞳」や「耳」を塞ぐなど。
 どう足掻いても「機械の身では覗けないよう」、部屋を完全に孤立させるなど。
 けれど、今では可能なこと。
 グランド・マザーが座している地球、人類の聖地の中心でも。
 唯一、人間が生きてゆける場所、ユグドラシルの中であっても。
(……どうせ、マザーは気付くまい……)
 「キース」が何を意図しているのか、何故、回線を遮断したのか。
 今日まで「真面目に」生きて来たから、機械は微塵も疑いはしない。
 「キース・アニアン」が裏切るなどは。
 彼らが無から作った生命、「理想の子」が反旗を翻すとは。
(…ミュウどもが、地球に降りたのだからな…)
 それに備えての考え事でもするのだろう、とマザーは思っていることだろう。
 その目や耳を塞がれても。
 「キース・アニアン」に指図するための、口さえ塞いでしまわれても。
(…これでいい…)
 完璧だな、と部屋を確認してゆく。
 残った監視カメラは無いかと、他の設備も停止させたかと。
 この瞬間から明日の朝まで、「此処」は無人でなくてはいけない。
 警備兵さえ下がらせてあるし、セルジュにも「来るな」と命じておいた。
 グランド・マザーを「黙らせた」のも、その一環。
 これからしようとしていることを、知られるわけにはいかないから。
 全て終わるまで、隠し通さねばならないから。


 フウと息をつき、執務机の前に座って考える。
 部屋の白い壁の一点を見詰め、「どう始めるのがいいのか」と。
 国家騎士団総司令として、元老として、何度もこなして来た「演説」。
 人の心を掴む術なら、幾度となく披露し続けて来た。
(…それも機械が教えたことか…)
 私自身が知らない間に…、と歪める唇。
 E-1077の水槽の中に浮かんでいた頃、流し込まれた膨大な知識。
 「人類の指導者」になるために。
 こうして国家主席となって、人類を導き続けるために。
(だが、生憎と…)
 もう導いてはゆけないのだ、と限界を思い知らされた。
 いくら「キース」が努力しようと、「歴史の流れ」に逆らえはしない。
 時代遅れのグランド・マザーは、「出来る」と考え続けていても。
 「それが正しい」と機械が思っていようと、叶わないことは存在する。
 「終わりの時」は、もう見えているから。
 グランド・マザーが気付かなくても、それは機械のプログラムのせい。
 「そう思考する」ことが無いよう、グランド・マザーは作られたから。
 どれほど矛盾を抱えていようと、「彼女」は疑問に思いもしない。
 「ミュウは宇宙から排除すべし」と唱えながらも、「ミュウ因子を排除できない」こと。
 本当に排除したいのだったら、ミュウ因子を排除すればいいのに。
 そうすればミュウは「生まれて来ない」し、いずれ自然に消え失せるのに。
(……ミュウ因子の排除は、不可能なのだと……)
 長い間、ずっと信じて来た。
 因子が特定できていないか、あるいは排除が困難なのか。
 DNAの「造り」によっては、そういったことも起こり得る。
 特定の因子を排除した場合、高いリスクを伴うだとか。
 「ミュウは生まれて来なくなっても」、「人類」という種族の衰退を招きかねない危険。
 そう、「ミュウ因子の在り処」によっては、そういうこともあるだろう。
 「生命」と密接に絡んでいるなら、リスクがあっても「残しておかざるを得ない」ケースが。


 事情はどうあれ、「グランド・マザーにも不可能なこと」がミュウ因子の排除。
 そうだとばかり思って来たのに、先日、伝えられた真実。
 「ミュウ因子の排除」は、「してはならないこと」だった。
 グランド・マザーが作られた時に、そうプログラムが施されて。
 「生まれて来るミュウ」は排除できても、「ミュウの因子」は排除できない。
 何故なら、彼らは「進化の必然」、その可能性があったから。
 「人類」の次の時代を担う種族が「ミュウ」だとしたなら、因子は排除してはならない。
 ヒトという種族を残してゆくには、「彼ら」が必要なのだから。
 宇宙から「ミュウ」を抹殺したなら、「ヒト」の未来は無くなるから。
(……SD体制に入る前から、ミュウは存在していたのだ……)
 それも実験室の中でも、何体ものミュウが生まれるほどに。
 ミュウの因子を残すか否かで、研究者や政治を担う者たちが、会議を重ねて悩んだほどに。
(…そうして彼らが悩んだ結果が、グランド・マザーだ…)
 彼らは「答え」を先延ばしにした。
 自分たちの手で答えを出さずに、遠い未来にツケを残した。
 「ミュウは排除すべし」というプログラムと、「ミュウ因子の排除は不可」なプログラム。
 相反する「二つの指令」を詰め込み、グランド・マザーを起動して去った。
 遥かに遠い未来のことなど、彼らは「生きて」見はしないから。
 そうでなくても「SD体制に入った世界」に、彼らの居場所は何処にも無い。
 生まれて間もない赤子までもが、「それまでの世界」と共に滅びていったのだから。
 彼らが去って行った先では、「滅びる」以外に道は無かった。
 「人工子宮から生まれた人間」だけが、宇宙で生きてゆくのだから。
 それ以外の者は受け入れられない、それがSD体制だから。
(…自分たちには関係ない、と先送りにして逃げたのだろうが…)
 そうやって「逃げた」結果が「これ」だ、と「自分の運命」を呪いたくなる。
 増え続けるミュウに業を煮やして、機械が作った「キース・アニアン」。
 「無から作った理想の子」ならば、人類を上手く導くだろうと。
 どんなに困難な時代だろうと、懸命に舵を取り続けて。


(……精一杯、舵を取ったのだがな……)
 それでも歴史に勝てはしない、と「ヒト」だからこそ分かること。
 機械には、「それ」が分からなくても。
 矛盾しているプログラムにさえ、自ら気付くことは無くても。
(…ミュウは結局、進化の必然だったのだ…)
 SD体制に入って以来の、六百年近い時間をかけて行われた「賭け」と「実験」。
 ミュウは進化の必然なのか、それとも、ただの異分子なのかと。
 「答え」なら、とうに出ていると思う。
 グランド・マザーが何と言おうと、「人類」がどう考えようと。
 現に「彼ら」は「地球まで来た」。
 たった一隻の母船で始めた、戦いの末に。
 「モビー・ディック」の異名そのまま、「負けを知らない」白鯨に乗って。
 こうなった以上、「幕を下ろす」しかないのだろう。
 「人類」の時代は終わりにして。
 グランド・マザーを頂点とするマザー・システム、そちらの方を「排除して」。
 「ミュウの因子」を排除できない「機械」では、もう導けはしない。
 これから先の「ヒトの時代」も、未だ蘇らないままの聖地も。
(…私が幕を下ろすというのが、なんとも皮肉な話だが…)
 そうは思っても、これも「キース」の役割だろう。
 国家主席にまで昇り詰めたから、知り得た「真実」。
 歴史は「ミュウの時代」に向かって、流れを変えてゆきつつあること。
 今ならば、まだ「間に合う」から。
 「人類」が「ミュウ」に滅ぼされる前に、共存の道を選択できる。
 上手く舵さえ取ってやったら。
 頑なに考えを変えない人類、「ミュウを敵視する」者たちを変えてやったなら。
 手遅れになってしまわない内に、「キース」はそれをせねばならない。
 「人類は、ミュウと手を取り合え」と、皆に話して。
 グランド・マザーは時代遅れの機械なのだと、筋道立てて説明して。


(…どう始める?)
 どういう言葉で始めるべきか、カメラの前で考えてみる。
 「グランド・マザーからは切り離された」カメラと、録音用のマイク。
 今から収録するメッセージは、グランド・マザーに知られはしない。
 「キース」が何を話していようと、メッセージを何処へ送ろうとも。
(……一個人、キース・アニアンとして……)
 話をしたい、と言えばいいのだろうか、と組み立ててゆく「演説」の中身。
 国家主席として話すよりかは、「キース」個人の方がいいか、と。
(…それから…)
 これもだ…、と机の端末を操作してゆく。
 メッセージの収録が終わったら直ぐに、送信準備に入れるように。
 「キース」に何かあった時にも、メッセージが宇宙に流れるように。
(……ミュウの女が、私を殺しに来るだろうしな……)
 伝説のタイプ・ブルー・オリジンの仇を、「あの女」が討ちに来ることだろう。
 殺されてやってもいいのだけれども、メッセージは送信されねばならない。
 それが「キース」の、最後の仕事になるだろうから。
 「ヒトの未来」が、それにかかっているのだから。
(……圧縮データを、スウェナ・ダールトンに送信……)
 自分の手で送信できない時には、この時間に…、と淡々と機械に出してゆく指示。
 グランド・マザーの目も耳も口も、塞がれた場所で。
 明日の朝には「キースの死体」が、其処に在るかもしれない部屋で…。

 

           ヒトの未来へ・了

※キースが収録していたメッセージ。あれは「いつ、何処で」撮ったんだ、と疑問なわけで…。
 「ユグドラシルだ」と思ってはいても、ハレブルでしか書いていなかったっけ、と。









拍手[1回]

(……また……)
 呼ばれたんだ、とシロエは溜息をついた。
 何度も此処で眠ったけれども、未だにまるで慣れないベッド。
「どうしましたか?」
「…なんでもありません」
 大丈夫です、とプイと顔を背けて、ベッドから下りた。
 こんな所に長居などしたくないのだから。
 マザー・イライザの顔も姿も、おぞましいとしか思えない。
 いくら故郷の母の姿でも、所詮は機械が作る幻影。
 これに親しみを覚える者たち、彼らの心が分からない。
 「ママにそっくり!」とか、「恋人の姿に似ているんだ」とか、誰もが喜ぶ。
 この部屋にコールされた時には、しょげていたって。
 「また失点だ」と嘆いていたって、マザー・イライザに会えば笑顔が戻る。
 部屋のベッドに横たわる内に、機械が「治療」を施すから。
 心に溜まった悩みや怒りを、解いて「平穏」へと導くから。
(……ぼくだって……)
 きっと何かで苛立ち、心が乱れたのだろう。
 だから呼ばれて「治療」を受けて、たった今、それが終わった所。
 もう心には「悩み」など無いし、激しい怒りも残ってはいない。
 けれども、それが問題だった。
(……マザー・イライザ……)
 またしても機械に弄ばれた、と憎しみの炎が噴き上げる。
 機械に心を弄られるなどは、御免なのに。
 何処も触って欲しくないのに、マザー・イライザは「それ」を施す。
 こうしてコールで呼び出してみては、「眠りなさい」と深く眠らせて。
 機械の力で意識を分離し、勝手にあちこち覗いた末に。


 「母の姿」にクルリと背を向け、ただ乱暴に歩き始めた。
 大理石の像が立つ部屋を突っ切り、扉へと。
 扉の向こうの、広い通路へと。
(…もう、こんな時間…)
 夜になってる、と腕の時計を覗き込む。
 今日の「治療」は、相当に長い時間がかかっていたのだろう。
 コールを受けた原因自体は、全く思い出せないけれど。
(……いつものことさ……)
 成績不良で呼ばれるわけじゃないんだから、と唇を噛む。
 多くの生徒が呼ばれる理由は、成績不良や「講義についてゆけない」こと。
 要は「勉強に身が入らない」のを、マザー・イライザが咎めるだけ。
 けれど「成績優秀」なのに「呼ばれる」自分の場合は違う。
 コールに繋がるのは「素行不良」で、システムにとっては「望ましくない」何か。
 SD体制そのものについての、批判だとか。
 成人検査を憎み続けて、今も許していないこととか。
(……今日も、その辺だろうけど……)
 直接の原因が何だったのかは、どう頑張っても手がかりすらも掴めない。
 これが機械のやり方だから。
 コールされる度、「大切な何か」を奪われ、消されてゆくのだから。


 今日も同じだ、と足音も荒く戻った部屋。
 マザー・イライザが何を奪ったか、どんな記憶を消し去ったのか。
 そちらの方も気になるけれども、もっと怖いのが「副作用」。
 機械がそれを意図しているのか、「副作用」かは不明だけれど。
(……また何か……)
 残っていた記憶を消されただろう、という確信。
 故郷から抱えて持って来た記憶、辛うじて残っている断片。
 コールの度に、欠片が一つ消えてゆく。
 酷い時には、二つも三つも無くなったりする。
 機械が与える「心の平穏」、それと引き換えに失う記憶。
 その「からくり」に気付いた時から、余計に機械を許せなくなった。
 E-1077で生きる間は、「コール」に対する拒否権は無い。
 無視して部屋にこもっていたなら、職員が引き摺り出しに来る。
 まだ、そこまではやっていないのだけれど。
 それほど酷く反抗したなら、きっと「ただでは済まない」から。
 「治療」が終わって目覚めた時には、一切が消えているかもしれない。
 呼ばれた理由も、故郷の記憶も、何もかもが。
 反抗心の欠片も失くして、「従順なシロエ」になるかもしれない。
 コールの前まで馬鹿にしていた、「マザー牧場の羊」になって。
 他の候補生たちと全く同じに、マザー・システムに従順になって。
(……ぼくが突然、そうなったって……)
 誰も疑問を抱くことなど無いのだろう。
 記憶処理など当たり前だし、不審に思う者などは無い。
 そして「自分」も何の疑問も抱くことなく、周囲に溶け込み、それっきり。
 両親も故郷も全て忘れて、いつか行けるだろう地球を夢見て。
 メンバーズに選ばれる時を目指して、勉強と訓練に打ち込み続けて。


(…そんな人生、御免だよ)
 ぼくは絶対に忘れない、とマザー・イライザへの怒りは消えない。
 機械が何を消したにしたって、この屈辱を忘れはしない。
 「消されたのだ」と自覚があったら、憎しみも恨みも募るだけ。
 たとえ機械が何を消そうと、「機械に対する怒り」が心に残っていたら。
(……でも……)
 今日も「大事な何か」を消されて、曖昧になっているだろう記憶。
 両親の顔が更におぼろになったか、故郷の家が霞んでいるか。
 奪われた記憶は、どう足掻いたって、けして戻っては来ないけれども…。
(…ぼくは何もかも、忘れたりしない…)
 欠片しか残っていなくたって、と開けた引き出し。
 其処には「故郷」が入っている。
 懐かしい両親も、その中にいる。
(……ピーターパン……)
 たった一つだけ、故郷から持って来られたもの。
 子供のころから大事にしていた、両親に貰ったピーターパンの本。
 それを開けば、今でも故郷へと飛べる。
 両親の顔がぼやけていたって、家の住所を忘れていたって。
 「あの家で、本を読んでいたシロエ」が「育って、此処にいる」のだから。
 今も「シロエ」は「シロエ」なのだし、ピーターパンの本も変わらない。
 機械が何を消してゆこうと、本がある限り、大丈夫。
 手にしてページを繰っていったら、両親の声が蘇るから。
 故郷の家で座った床やら、寝転がったソファも思い出すから。


 コールされたら、ピーターパンの本を読む。
 それが習慣になったけれども、何故だか、今日は見当たらない。
(あれ…?)
 引き出しに入れていなかったっけ、と慌てて周囲を見回してみる。
 広い机の端から端まで。
 部屋の書棚も目で追っていって、それから側に出掛けて捜した。
 「ピーターパン」の背表紙を。
 幼い頃から馴染んだ本だし、タイトルが無くても「見ただけで」分かる。
 それなのに、本が見付からない。
 部屋中の、何処を捜しても。
 「こんな所には、入れやしない」と思う場所まで探ってみても。
(……何故……?)
 どうして見付からないんだろう、と増してゆく焦り。
 E-1077に泥棒などはいないし、第一、個室に他の生徒は立ち入れない。
 そういう規則で、もしも踏み込む者がいたなら…。
(候補生じゃなくて、職員だとか…)
 教官やら、保安部隊の者やら、そういった「大人」だけになる。
 彼らが部屋に入ったのなら、そして「ピーターパンの本」が無いなら…。
(……処分された……?)
 まさか、と冷えてゆく背中。
 マザー・イライザが命じただろうか、「あの本を処分しなさい」と。
 「ピーターパンの本」を持ったシロエは、何処までも反抗的だから。
 何度コールを受けても懲りずに、システム批判を繰り返すから。
 そうして噛み付き続ける「シロエ」が、何を頼りにしているのか。
 心の拠り所は何になるのか、マザー・イライザなら「知っている」。
 コールの後で部屋に戻れば、広げるピーターパンの本。
 「まだ大丈夫」と、「覚えている」と、心だけを遠い故郷へ飛ばせて。
 子供時代の消された記憶にしがみついては、「忘れやしない」と誓い続けて。
 マザー・イライザは、当然、気付いているから、「ピーターパンの本」を消しただろうか。
 二度と「シロエ」が手に取れないよう、盗み出させて、処分させて。


「……嫌だ……!!」
 返して、と叫んだ自分の悲鳴で目が覚めた。
 じっとりと肌に寝汗が滲んで、薄暗がりの中で瞬きをする。
(……夢……?)
 夢だったのか、と周りを探ってみた手に、伝わって来た「本」の感触。
 そういえば、寝る前に読んだのだった。
 遠い故郷に思いを馳せて、「ピーターパン」を。
 夢の中で故郷へ飛んでゆけたら…、と枕元にそっと本を置いて寝た。
(…ぼくの本…!)
 まだ此処にある、と大切な本を抱き締める。
 この本を失くしてたまるものかと、「マザー・イライザにも奪わせない」と。
(……もし、本当に処分されたら……)
 憎い機械を許しはしないし、生涯かけて憎み続ける。
 地球の頂点に立つ日を待たずに、クーデターさえ起こすかもしれない。
 「今が勝機だ」と思ったら。
 勝算があると踏んだ時には、海賊どもを味方に引き入れてでも。
(…ぼくは、絶対に許さない…)
 これ以上、ぼくから奪わせはしない、と本を抱き締めて心に誓う。
 マザー・イライザが何をしようと、「シロエ」は「けして、従わない」と。
 大切な本を奪い去られても、けして機械に屈しはしない。
 こんな夢さえ見てしまうほどに、「過去」を大事にしているから。
 機械が何を消してゆこうと、「シロエ」そのものは「消せはしない」と思えるから…。

 

          何を消されても・了

※ピーターパンの本をシロエが持っているのも不思議ですけど、持っていられるのも不思議。
 何処かで処分されそうなのに、と思った所から出来たお話。シロエが見た悪夢。










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(……サム……)
 やはり今日も、私は「赤のおじちゃん」だったか…、とキースは深い溜息をつく。
 国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に。
 昼間は、サムの見舞いに出掛けた。
 マツカやセルジュもついて来たけれど、「此処まででいい」と人払いをして。
 サムの前では、「ただのキース」でいたい、と今も思っているから。
 けれど、分かってくれないサム。
 「赤のおじちゃん!」と懐いてくれても、「キースの友達」にはなってくれない。
 正確に言うなら、「戻ってくれない」。
 遠い昔に、サムの方から「友達」だと言ってくれたのに。
 「友達とは、大切なものなのか?」と問うた自分に、「当然だろう!」と返したのに。
 E-1077で過ごした頃には、サムが最初の「友達」だった。
 そのサムの幼馴染だった縁から、スウェナ・ダールトンという友人も出来た。
 きっと「シロエ」とも、機械が間に挟まらなければ、いい友になれていたのだろう。
 シロエが「Mのキャリア」であろうと、そんなことなど、どうでもいい。
 現に今では、「ミュウのマツカ」を側近にしているのだから。
 口では何と言っていたって、「人類もミュウも、人間なのだ」と思うから。
(……今の私を構成している、この考え方は……)
 恐らく、サムから貰ったもの。
 マザー・イライザに「その気」が無くても、サムに教えて貰った「友情」。
 「ヒトとしての心」も、サムから学んだ。
 友達というのは、どうあるべきか。
 真の友なら、友に対して見返りなど求めないことも。


 そうやって共に、四年の間をサムと過ごした。
 E-1077を卒業する時に、道が分かれてしまったけれど。
 サムはメンバーズに選抜されずに、「ただのパイロット」の道に進んで。
 メンバーズを乗せる宇宙船さえ、操縦できない「ただのパイロット」。
 それきり、交わらなかった「道」。
 サムとは出会う機会も無いまま、十二年もの時が流れた。
 けれども「サム」を忘れなかったし、「いつか会える」と思ってもいた。
 どんなに宇宙が広かろうとも、バッタリと。
 任務で出掛けた先の星だの、宇宙に散らばる中継用のステーションだので。
(……また会えるのだ、と思っていたから……)
 多忙な任務に忙殺されて、サムとの連絡は途絶えたまま。
 「便りが無いのは元気な証拠」と、遥か昔の人間たちが言った通りに思い込んで。
 実際、サムは「元気」ではいた。
 ジルベスター星系での事故に遭うまで、病気一つせずに宇宙を飛んで。
 チーフパイロットには、まだ手が届かなくても、副操縦士としては「一人前」に。
(……そのサムを、ミュウどもが壊してしまった……)
 具体的には、何があったか分からない。
 船の記録は消されていた上、ジョミー・マーキス・シンにも「尋ねてはいない」。
 あまりにも腹立たしかったから。
 「幼馴染だった、サム」を壊した輩に、尋ねたいとは思わなかった。
 何を思って「そうした」のかは。
 「サムだと知らずに」やったにしたって、サムは「キースの友達」だから。
 その昔には「ジョミーの友」でも、今では違う。
 サムが持っていた「最後の友達」、それを名乗れるのは「キース・アニアン」ただ一人だけ。
 E-1077を後にしたサムは、「いつも一緒」の「友達」は持たなかったから。
 宇宙を飛び回るパイロットの身では、友が出来ても、「ただの友達」。
 出会えば一緒に食事をしたり、酒を飲んだり、そういった程度。
 人のいいサムは、大勢の「友」に好かれていても。
 彼が属していた基地などには、多くの「知人」や「友達」がいても。


 サムの方でも、きっと「キース」を同じに思ってくれていたろう。
 「一番の友達」と言えば「キース」で、「何処かで会えれば、いいんだがな」と。
 思いやり深い人柄だけに、自ら訪ねて来なかっただけで。
(…サムと違って、私は目立っていたのだから…)
 メンバーズになった「キース」のニュースは、サムの耳にも入ったと思う。
 何処の星でどういう武勲を立てたか、どんな異名で呼ばれているか。
(……冷徹無比な破壊兵器に、「友達」が会いに現れたなら……)
 マイナスの評価になりかねない、とサムならば、きっと考える。
 「俺は会わない方がいいよな」と、「キースの評価」だけを思って。
 偶然、再会するならともかく、「会いに行ってはいけない」と。
 サムの方から来てくれていたら、心から歓迎したのだろうに。
 周りが何と考えようとも、食事に誘って、泊まるホテルも用意したろう。
 「せっかくだから、ゆっくりして行ってくれ」と。
 「今夜は、夜通し語り合おう」と、酒を片手に昔語りをしたりもして。
 サムが「シロエ」を忘れていたって、語り合える話題はいくらでもある。
 メンバーズの任務は明かせなくても、愚痴だって聞いて貰えただろう。
 なにしろ、相手は「サム」なのだから。
 「…任務のことは、俺には分からねえけど…」と苦笑しつつも、相槌を打って。
 出世のことしか考えない上司や、足の引っ張り合いばかりの世界のことも。
(……そういう話が、サムと出来ていたら……)
 どれほど豊かな人生だったか、恵まれた日々を送れたことか。
 残念なことに、「それ」に自分が気付いた時には、「サム」は何処にもいなかった。
 ジルベスターでの事故で、心が壊れてしまって。
 すっかり子供に返ってしまって、「キース」を忘れ去ってしまって。
 今のサムにとっては、「キース」は親切な「赤のおじちゃん」。
 友達だなどと思いはしないし、「ずっと年上の大人」なだけ。
 「大人ばかりの病院」で暮らす、「可哀相な子供」と遊んでくれる「優しい人」。
 もっとも「サム」には、両親がいるらしいけれども。
 いつ訪ねても、「父さんが…」「ママが」と、両親の話を聞かされるから。


(……サムが、元通りになってくれたら……)
 どんなに頼りになることだろう。
 ジョミー・マーキス・シンのことなど、抜きにして。
 「ミュウの長との、ツテが欲しい」と思いはしない。
 そんなツテなど頼らなくても、ミュウどもの始末は自分でつける。
 モビー・ディックごと焼き払うにしても、何処かの星ごと砕くにしても。
(…任務のことで、頼るつもりは無いのだが…)
 友達としての「サム」がいたなら、「マツカ」のことを明かしただろう。
 「実はな…」と、「マツカの正体」を。
 人類の形勢が不利になっても、「マツカ」は最後まで残ろうとする。
 そうなった時にどうすればいいか、サムなら一緒に考えてくれた。
 「俺の船で、何処かに逃がしてやるか?」とも、言っただろう。
 民間船なら、ミュウが陥落させた星へも、飛んでゆくことがあるのだから。
 「ついでにだったら、乗せてやれるぜ」と、「乗せるための手段」も講じてくれて。
 なんと言っても「サム」だから。
 「みんな、友達!」と笑んだサムなら、「マツカ」とも、きっと「友達」になれた。
 マツカも「サム」の言うことだったら、多分、聞き入れたのだろう。
 ミュウとの最終決戦を前に、「何処かに逃げろ」と命じても。
 「キース」の命令には従わなくても、「サム」がマツカに勧めたら。
 「そうした方が、キースも安心なんだ」と、横から言葉を添えてくれたら。
(……私も、サムが操縦してゆく船ならば……)
 安心してマツカを任せられたし、心残りは無かっただろう。
 決戦の場に一人残った「キース」に、もう「友達」はいなくても。
 サムもマツカも「安全な場所」へと飛び去って行って、一人きりでの戦いでも。
(…サムたちが、無事でいるのなら…)
 たとえ負け戦だと分かっていたって、心は自然と凪いでいた筈。
 「私は、やるべきことは、やった」と。
 人類の指導者として作られた責務を、「最後まで果たし抜くのみだ」と。


 そう、「作られた生命」なことも、「サム」ならば聞いてくれたのだろう。
 逃げ場を持たない運命のことも、歩まされるしかない人生のことも。
(…お前の記憶が無かった理由は、それなのかよ、と…)
 ただそれだけで、「サム」は済ませてくれたろう。
 「機械が無から作ったキース」を、少しも気味悪がったりはせずに。
 「俺たちとは違う人間なんだ」と、偏見の目を向けることなく。
(……お前も災難だったよな、とでも言ったのだろうな……)
 「友達だった」サムならば。
 今でもサムが、「友達」のままでいてくれたなら。
(……私は、友を失った……)
 サムは今でも「友」だけれども、一方的に「友達」なだけ。
 「キース」にとっては「友」のサムでも、サムにとってのキースは「赤のおじちゃん」。
 友情の絆は繋がっていても、本当の意味での友情ではない。
 サムの目に映る「キース」の姿は、「赤のおじちゃん」でしかないのだから。
 おまけにサムは子供に戻って、「キース」を覚えていないから。
(……サムが、思い出してさえくれたなら……)
 この先の道も、心強く歩んでゆけるのだろう。
 ただ一人きりの戦場だろうと、サムもマツカも「逃げた」後でも。
 けれど、その日は「来てくれない」から、溜息が零れてゆくばかり。
 もう戻らない友を思って。
 何度見舞いに訪ねて行っても、「語り合えない」友が「今でも、友だったなら」と…。

 

          友と話せたら・了

※サムが「壊れていなかった」ならば、キースとの友情はどうなったかな、と考えただけ。
 きっと友達のままなんだろうし、色々なことが変わっていたかも、と。そういうお話。









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