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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(……サム……)
 やはり今日も、私は「赤のおじちゃん」だったか…、とキースは深い溜息をつく。
 国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に。
 昼間は、サムの見舞いに出掛けた。
 マツカやセルジュもついて来たけれど、「此処まででいい」と人払いをして。
 サムの前では、「ただのキース」でいたい、と今も思っているから。
 けれど、分かってくれないサム。
 「赤のおじちゃん!」と懐いてくれても、「キースの友達」にはなってくれない。
 正確に言うなら、「戻ってくれない」。
 遠い昔に、サムの方から「友達」だと言ってくれたのに。
 「友達とは、大切なものなのか?」と問うた自分に、「当然だろう!」と返したのに。
 E-1077で過ごした頃には、サムが最初の「友達」だった。
 そのサムの幼馴染だった縁から、スウェナ・ダールトンという友人も出来た。
 きっと「シロエ」とも、機械が間に挟まらなければ、いい友になれていたのだろう。
 シロエが「Mのキャリア」であろうと、そんなことなど、どうでもいい。
 現に今では、「ミュウのマツカ」を側近にしているのだから。
 口では何と言っていたって、「人類もミュウも、人間なのだ」と思うから。
(……今の私を構成している、この考え方は……)
 恐らく、サムから貰ったもの。
 マザー・イライザに「その気」が無くても、サムに教えて貰った「友情」。
 「ヒトとしての心」も、サムから学んだ。
 友達というのは、どうあるべきか。
 真の友なら、友に対して見返りなど求めないことも。


 そうやって共に、四年の間をサムと過ごした。
 E-1077を卒業する時に、道が分かれてしまったけれど。
 サムはメンバーズに選抜されずに、「ただのパイロット」の道に進んで。
 メンバーズを乗せる宇宙船さえ、操縦できない「ただのパイロット」。
 それきり、交わらなかった「道」。
 サムとは出会う機会も無いまま、十二年もの時が流れた。
 けれども「サム」を忘れなかったし、「いつか会える」と思ってもいた。
 どんなに宇宙が広かろうとも、バッタリと。
 任務で出掛けた先の星だの、宇宙に散らばる中継用のステーションだので。
(……また会えるのだ、と思っていたから……)
 多忙な任務に忙殺されて、サムとの連絡は途絶えたまま。
 「便りが無いのは元気な証拠」と、遥か昔の人間たちが言った通りに思い込んで。
 実際、サムは「元気」ではいた。
 ジルベスター星系での事故に遭うまで、病気一つせずに宇宙を飛んで。
 チーフパイロットには、まだ手が届かなくても、副操縦士としては「一人前」に。
(……そのサムを、ミュウどもが壊してしまった……)
 具体的には、何があったか分からない。
 船の記録は消されていた上、ジョミー・マーキス・シンにも「尋ねてはいない」。
 あまりにも腹立たしかったから。
 「幼馴染だった、サム」を壊した輩に、尋ねたいとは思わなかった。
 何を思って「そうした」のかは。
 「サムだと知らずに」やったにしたって、サムは「キースの友達」だから。
 その昔には「ジョミーの友」でも、今では違う。
 サムが持っていた「最後の友達」、それを名乗れるのは「キース・アニアン」ただ一人だけ。
 E-1077を後にしたサムは、「いつも一緒」の「友達」は持たなかったから。
 宇宙を飛び回るパイロットの身では、友が出来ても、「ただの友達」。
 出会えば一緒に食事をしたり、酒を飲んだり、そういった程度。
 人のいいサムは、大勢の「友」に好かれていても。
 彼が属していた基地などには、多くの「知人」や「友達」がいても。


 サムの方でも、きっと「キース」を同じに思ってくれていたろう。
 「一番の友達」と言えば「キース」で、「何処かで会えれば、いいんだがな」と。
 思いやり深い人柄だけに、自ら訪ねて来なかっただけで。
(…サムと違って、私は目立っていたのだから…)
 メンバーズになった「キース」のニュースは、サムの耳にも入ったと思う。
 何処の星でどういう武勲を立てたか、どんな異名で呼ばれているか。
(……冷徹無比な破壊兵器に、「友達」が会いに現れたなら……)
 マイナスの評価になりかねない、とサムならば、きっと考える。
 「俺は会わない方がいいよな」と、「キースの評価」だけを思って。
 偶然、再会するならともかく、「会いに行ってはいけない」と。
 サムの方から来てくれていたら、心から歓迎したのだろうに。
 周りが何と考えようとも、食事に誘って、泊まるホテルも用意したろう。
 「せっかくだから、ゆっくりして行ってくれ」と。
 「今夜は、夜通し語り合おう」と、酒を片手に昔語りをしたりもして。
 サムが「シロエ」を忘れていたって、語り合える話題はいくらでもある。
 メンバーズの任務は明かせなくても、愚痴だって聞いて貰えただろう。
 なにしろ、相手は「サム」なのだから。
 「…任務のことは、俺には分からねえけど…」と苦笑しつつも、相槌を打って。
 出世のことしか考えない上司や、足の引っ張り合いばかりの世界のことも。
(……そういう話が、サムと出来ていたら……)
 どれほど豊かな人生だったか、恵まれた日々を送れたことか。
 残念なことに、「それ」に自分が気付いた時には、「サム」は何処にもいなかった。
 ジルベスターでの事故で、心が壊れてしまって。
 すっかり子供に返ってしまって、「キース」を忘れ去ってしまって。
 今のサムにとっては、「キース」は親切な「赤のおじちゃん」。
 友達だなどと思いはしないし、「ずっと年上の大人」なだけ。
 「大人ばかりの病院」で暮らす、「可哀相な子供」と遊んでくれる「優しい人」。
 もっとも「サム」には、両親がいるらしいけれども。
 いつ訪ねても、「父さんが…」「ママが」と、両親の話を聞かされるから。


(……サムが、元通りになってくれたら……)
 どんなに頼りになることだろう。
 ジョミー・マーキス・シンのことなど、抜きにして。
 「ミュウの長との、ツテが欲しい」と思いはしない。
 そんなツテなど頼らなくても、ミュウどもの始末は自分でつける。
 モビー・ディックごと焼き払うにしても、何処かの星ごと砕くにしても。
(…任務のことで、頼るつもりは無いのだが…)
 友達としての「サム」がいたなら、「マツカ」のことを明かしただろう。
 「実はな…」と、「マツカの正体」を。
 人類の形勢が不利になっても、「マツカ」は最後まで残ろうとする。
 そうなった時にどうすればいいか、サムなら一緒に考えてくれた。
 「俺の船で、何処かに逃がしてやるか?」とも、言っただろう。
 民間船なら、ミュウが陥落させた星へも、飛んでゆくことがあるのだから。
 「ついでにだったら、乗せてやれるぜ」と、「乗せるための手段」も講じてくれて。
 なんと言っても「サム」だから。
 「みんな、友達!」と笑んだサムなら、「マツカ」とも、きっと「友達」になれた。
 マツカも「サム」の言うことだったら、多分、聞き入れたのだろう。
 ミュウとの最終決戦を前に、「何処かに逃げろ」と命じても。
 「キース」の命令には従わなくても、「サム」がマツカに勧めたら。
 「そうした方が、キースも安心なんだ」と、横から言葉を添えてくれたら。
(……私も、サムが操縦してゆく船ならば……)
 安心してマツカを任せられたし、心残りは無かっただろう。
 決戦の場に一人残った「キース」に、もう「友達」はいなくても。
 サムもマツカも「安全な場所」へと飛び去って行って、一人きりでの戦いでも。
(…サムたちが、無事でいるのなら…)
 たとえ負け戦だと分かっていたって、心は自然と凪いでいた筈。
 「私は、やるべきことは、やった」と。
 人類の指導者として作られた責務を、「最後まで果たし抜くのみだ」と。


 そう、「作られた生命」なことも、「サム」ならば聞いてくれたのだろう。
 逃げ場を持たない運命のことも、歩まされるしかない人生のことも。
(…お前の記憶が無かった理由は、それなのかよ、と…)
 ただそれだけで、「サム」は済ませてくれたろう。
 「機械が無から作ったキース」を、少しも気味悪がったりはせずに。
 「俺たちとは違う人間なんだ」と、偏見の目を向けることなく。
(……お前も災難だったよな、とでも言ったのだろうな……)
 「友達だった」サムならば。
 今でもサムが、「友達」のままでいてくれたなら。
(……私は、友を失った……)
 サムは今でも「友」だけれども、一方的に「友達」なだけ。
 「キース」にとっては「友」のサムでも、サムにとってのキースは「赤のおじちゃん」。
 友情の絆は繋がっていても、本当の意味での友情ではない。
 サムの目に映る「キース」の姿は、「赤のおじちゃん」でしかないのだから。
 おまけにサムは子供に戻って、「キース」を覚えていないから。
(……サムが、思い出してさえくれたなら……)
 この先の道も、心強く歩んでゆけるのだろう。
 ただ一人きりの戦場だろうと、サムもマツカも「逃げた」後でも。
 けれど、その日は「来てくれない」から、溜息が零れてゆくばかり。
 もう戻らない友を思って。
 何度見舞いに訪ねて行っても、「語り合えない」友が「今でも、友だったなら」と…。

 

          友と話せたら・了

※サムが「壊れていなかった」ならば、キースとの友情はどうなったかな、と考えただけ。
 きっと友達のままなんだろうし、色々なことが変わっていたかも、と。そういうお話。









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(……ピーターパン……)
 思い出せないよ、とシロエの瞳から零れる涙。
 E-1077の夜の個室で、ただ一人きりで本を広げて。
 故郷から持って来た本はあるのに、忘れてしまった故郷のこと。
 この本をくれた両親の顔も、すっかりおぼろになってしまった。
 マザー・イライザにコールされる度、一つ、また一つと欠けてゆく記憶。
 ただでも消されてしまったのに。
 「目覚めの日」を迎えた、誕生日の日に。
 十四歳になった途端に、あの忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブに捕まって。
 「捨てなさい」と命じた機械の声。
 子供時代の記憶を捨てろと、それは「必要無いもの」だからと。
(…ぼくは「嫌だ」と言ったのに…)
 そんな言葉は、機械に届きはしなかった。
 抵抗する術さえ持っていなくて、無理矢理に奪い去られた全て。
 気が付いた時は、もう「故郷」にはいなかった。
 暗い宇宙を飛んでゆく船に、乗せられていて。
 膝の上にあったピーターパンの本だけを除いて、何もかも全部失って。
(……この本は此処にあるけれど……)
 それ以外に何も持ってはいない。
 子供時代に好きだった物も、懐かしい故郷の風や光も。
 大好きだった両親でさえも、会えないどころか「顔を忘れた」。
 どんなに思い出そうとしたって、あちこちが欠けてしまっていて。
 目鼻立ちさえ定かではなくて、瞳の色さえ分からなくて。
(……ピーターパンの本は、変わらないのにね……)
 記憶にあるのと、何処も違っていない本。
 表紙も挿絵も記憶そのまま、そっくり同じなピーターパンやティンカーベル。
 何処も欠け落ちたりはしないで。
 おぼろにぼやけてしまいはしないで、鮮明なままで。


 だから余計に苦しくなる。
 辛くて、たまらなくもなる。
 「この本は、此処にあるのに」と。
 ピーターパンの本が残っているなら、もっと他にも欲しかったのに、と。
(…この本も、とても大切だけど…)
 故郷のことを覚えていたなら、どれほど嬉しかっただろう。
 大好きな両親の記憶が残っていたなら、どんなにか心強かったろう。
 こうして本が残っているより、その方が余程、良かったと思う。
 ピーターパンの本は失くしても。
 目覚めの日に「家から持って出掛けて」、それきり二度と見付からなくても。
(……目覚めの日には、荷物は持って行けない決まりで……)
 学校でもそう教えられたし、両親も「その日の朝」になってから注意した。
 「荷物を持って行っては駄目だ」と、温厚だった父も、優しかった母も。
 けれど、従わなかった自分。
 「邪魔になるなら、検査の間は何処かに置くよ」と。
 成人検査とは何かも知らずに、健康チェックのようなものだと勘違いして。
(荷物は検査の邪魔になるから、持って行くな、って…)
 きっとそういう意味なのだ、と考えたから「宝物の本」を持って出掛けた。
 目覚めの日を迎えて旅立つ子供は、家には帰って来られない。
 次に両親に会える時には、四年以上経っているだろう。
 教育ステーションで学ぶ期間は、四年間。
 少なくとも「それ」を終えない間は、故郷に帰ることは出来ない。
 だから「思い出」が欲しかった。
 両親と一緒に行けないのならば、大切にして来た「ピーターパンの本」がいい。
 父が「パパも昔、読んだな」と笑顔になった本。
 母に何度も「シロエは本当に、その本ばかり読んでいるのね」と笑われた本が。
 そう思ったから、鞄に詰めて家を出た。
 「この本と一緒に行けばいいや」と、未来への夢を心に抱いて。
 ネバーランドよりも素敵な地球に行こうと、いい成績で成人検査を通過しようと。


 なのに、失くしてしまった「全て」。
 ピーターパンの本だけを残して、他はすっかり消し去られた。
 まるで「最初から無かった」ように。
 両親も故郷も、何もかもが儚い夢だったように。
(……本だけは残ってくれたけど……)
 他を覚えていないのだったら、この本も「辛い思い出」になる。
 幸せだった頃の微かな記憶は、ピーターパンとセットだから。
 「ネバーランドに行こう」と夢を見たことも、その夢が「地球」に繋がったのも。
(……パパが話してくれたんだよ……)
 地球は素敵な場所なのだ、と。
 「シロエなら行けるかもしれないぞ」と、「地球」という言葉を教えてくれて。
 憧れの「地球」には近付いたけれど、代わりに失くしてしまったもの。
 最高学府のE-1077には入学できても、「子供時代」は戻って来ない。
 四年が経って卒業したって、メンバーズの道が待っているだけ。
 故郷は思い出せないままで。
 両親の顔すら忘れ去ったままで、「次の段階」へと進むだけ。
 機械は記憶を、「けして返してくれない」から。
 いつか機械に「ぼくに返せ」と命じる時まで、記憶は戻ってくれないから。
 メンバーズに選ばれ、任務で故郷の星に行っても、家には帰れないのだろう。
 「何処にあったか」、住所も忘れてしまったから。
 残っている高層ビルの記憶も、外観などが曖昧だから。
(…ピーターパンの本にも、家の住所は…)
 何処を探しても書かれてはいない。
 ネバーランドへの行き方だったら、消えずに本の中にあるのに。
 「二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」と、記憶の中にも。
 そんな記憶より、「家の住所」が欲しかったのに。
 ピーターパンの本だけを持っているより、両親や故郷を忘れないままでいたかったのに。


(……この本があるから……)
 自分は「シロエ」でいられるけれども、それは苦しいことでもある。
 過去を手放さずに生きてゆくことは、此処では「良し」とされないから。
 成長とは「過去を捨て去ること」で、SD体制の時代のシステムの要。
 「過去にしがみつく」ような者は異端で、周りから脱落してゆくだけ。
 誰も「過去」など求めないから。
 苦しみもがいて縋り付かずに、未来へと歩むだけだから。
(…ぼくは間違えちゃったんだろうか…?)
 あの日の朝に、「ピーターパンの本」だけを持って出掛けたことで。
 禁止されていた筈の「荷物」を、一つだけ持っていたことで。
(もしも、この本が無かったら…)
 記憶はすっかり書き換えられて、別の「シロエ」がいたのだろうか。
 E-1077という場所に馴染んで、メンバーズの道を目指す「シロエ」が。
 両親も故郷も忘れてしまって、過去に執着したりはしないエリートが。
(…そうなっていたら、楽だった…?)
 きっとそうだ、と分かっているから辛くなる。
 「そんな道」など、鳥肌が立つほどおぞましくても。
 「全てを忘れてしまったシロエ」に、なりたいと思いはしなくても。
 そうなれる道は「あった」のだから。
 本を持たずに家を出たなら、きっと「忘れていた」だろうから。
(…この本を持って出てたって…)
 機械の力が強かったならば、全てを忘れ去っただろう。
 抗い、「嫌だ」と抵抗したって、テラズ・ナンバー・ファイブに負けて。
 ピーターパンの本は残っていたって、「それが何か」は分からなくて。
(…ステーションに行く、宇宙船の中で…)
 消えていた意識が戻って来たなら、自分は首を傾げたろうか。
 膝の上にある本を眺めて、「この本は、何?」と。
 『ピーターパン』と書かれたタイトルを読んで、パラパラめくってみたのだろうか。
 その本が何の役に立つのか、意味はあるのかと考えながら。


 そういうことになっていたなら、「ピーターパンの本」は、どうなったろう。
 「シロエ」の記憶に、本が残っていなかったなら。
 何度も触って確かめてみても、どうして本を持っているのか、全く覚えていなかったら。
(…きっと、みんなに訊いて回って…)
 教官や職員たちにも尋ねて、その果てに得る答えは「こう」。
 「ピーターパンの本」は、ただの『ピーターパン』というタイトルの「本」なのだ、と。
 E-1077で使う教科書でもなく、参考書でもない「子供向けの本」。
(…そうなんだ、って分かったら…)
 全てを忘れてしまった「シロエ」は、「ピーターパンの本」を捨ててしまっただろう。
 「こんな本なんか持っていたって、何の役にも立たないよ」と。
 それが自分の「宝物」だったとも知らないで。
 「これだけは持って出掛けないと」と、規則を破って持ち出したことも思い出さずに。
(……そんなこと……)
 ピーターパンの本を捨てる「シロエ」は「ぼく」じゃない、と震える肩。
 それは「シロエ」とは違うシロエで、まるで全く「別の人物」。
 そうは思っても、楽な道ではあったろう。
 今の自分がそうなったように、涙が零れる夜などは無くて。
 いつか行けるだろう「地球」を励みに、講義や訓練に打ち込み続けて。
 そうやって目指す「素敵な地球」が、「ネバーランドよりも素敵な場所」とは気付かずに。
 誰が自分に「地球」を教えたのか、それさえも微塵も考えないで。
(……そうなってしまうのと、今のぼくと……)
 どっちが良かったんだろう、と「ピーターパンの本」を見詰めて考える。
 答えは、いつも一つだけれど。
 「忘れるよりは、今の方がいい」と。
 どれほど苦しく辛い道でも、過去をすっかり失くすよりは、と…。

 

           本があるから・了

※ピーターパンの本が好きだった記憶は「残っている」のがシロエですけど。
 大事に持って来た本はあっても、肝心の記憶が無かったら…。何の本かも謎ですよね。









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(…………)
 ああ、とキースは「彼ら」を眺めた。
 今日も「その時間」がやって来たのだろう。
 強化ガラスの壁の向こうに、研究者たちの姿が見える。
 水槽を満たした大量の水と、透明なガラスの壁を通して。
 白衣を纏った一人の男が、水槽を向こう側から叩く。
 まるで何かの合図のように、拳で軽く、コツン、コツンと。
(…………)
 こちらは「見ている」ことしか出来ない。
 周りに満ちた人工羊水、それの中では話せはしない。
 口を開けても声は出せなくて、羊水が喉に、更に奥へと入り込むだけ。
 もっとも肺まで入った所で、咳き込んだりはしないけれども。
 「羊水の中で生きている」だけに、肺で呼吸はしていないから。
 我ながら奇妙な生き物だと思う。
 どういう仕組みで生きているのか、羊水の中で何故、生きられるのか。
 胎児の時代ならばともかく、本来ならば、とうに「生まれた」後の肉体。
 人工子宮から外に出されて、自分の肺で呼吸をして。
 臍の緒から栄養を得たりはしないで、口から栄養素を摂って。
(……その臍の緒も……)
 私には無いな、と改めて思う。
 あるのは自分の身体一つで、水槽の中に浮いているだけ。
 何処にも管など繋がっておらず、衣服さえも身に着けてはいない。
 「生まれ出る時」を先延ばしにされ、もう胎児ではないというのに、胎児そのもの。
 これは「そういう実験」だから。
 三十億もの塩基対を機械が合成した上、それを繋いでDNAという名の鎖を紡ぐ。
 「自分」は「無から作られた」もので、「その日が来るまで」水槽で育つ。
 外の世界とは、何の繋がりも持たないままで。
 生きてゆくための栄養も、呼吸も、知識さえも機械に与えられて。
 いつか「理想の指導者」となるよう、進められているプロジェクト。
 「キース」が立派に完成するまで、極秘の内に。


 日々は水槽の中で過ぎてゆくだけで、何の会話も感慨も無い。
 ただ、ぼんやりと浮いているだけ、こうして外を眺めているだけ。
 「…今日も、そういう時間なのか」と。
 「キース」の成長具合を見るべく、研究者たちが訪れる時間。
 何かの記録をつけている者や、水槽を見上げて話し合っている者たちもいる。
 いつも水槽を叩く男は、このプロジェクトのリーダーだろうか。
 決まったように二回、「コツン、コツン」と叩いてくる。
 「キース」の反応を見るように。
 何も答えは返らなくても、きっと「何かが分かる」のだろう。
 表情さえも変わらなくても、水槽の中で動くわけではなくても。
 何故なら「彼らが作った」から。
 機械が作った生命とはいえ、育ててゆくには人の手も要る。
 「この生命」を維持してゆくには、膨大な作業が必要な筈。
 強化ガラスの水槽にしても、マザー・イライザに「作れはしない」。
 作れたとしても、「作るために必要だった機械」は、全て人間が用意したもの。
 注文通りの部品を揃えて、必要な機材の準備もして。
 何より、欠かせない「材料」。
 水槽用の強化ガラスも、中に満ちている人工羊水も、ステーションでは調達できない。
 マザー・イライザは「注文しただけ」、それ以上のことは何も出来ない。
 E-1077を支配してはいても、所詮は機械なのだから。
 このステーションから動けはしなくて、手足のように使っているのも「機械の一部」。
 だから「キース」を作り出すには、「人の手」もまた欠かせない。
 DNAを紡ぐ以前の時点で、塩基対を合成するための素材集めに使われた「人」。
 そうして「キース」の形が出来たら、今度は生命の維持を助ける。
 マザー・イライザには、出来ない部分をサポートして。
 人工羊水の浄化システムやら、様々なものをチェックして。
 「研究者たち」も、やはり「キースを作った」者。
 最高の国家機密に関わり、E-1077に留まり続けて。
 幾つもの失敗作から学んで、「完成品」の「キース」を作り上げるために。


 なんという「生まれ」なのだろう。
 まだ「生まれてはいない」けれども、いずれ此処から「生まれる」命。
 「キース・アニアン」が成長し切った暁には。
 一日に一度、水槽を叩きに来る研究者が、「これでいい」と判断した時に。
 マザー・イライザの注文通りに、「理想の子」が出来上がったなら。
 外に出すべき時が来たなら、「キース」は水槽の外に出される。
 自分の肺で呼吸を始めて。
 栄養は口から「食べ物」で摂って、大人に成長してゆくように。
(……私は、そのように作られたから……)
 そのようにしか生きてゆけないのだな、と分かってはいる。
 研究者たちが話す声さえ、この耳で聞いたことは無い。
 彼らの名前を知りもしないし、水槽を叩く意味も知らない。
(……明日になったら、また来るのだろう)
 今日と全く同じことをしに。
 水槽をコツン、コツンと叩いて、何かのデータを記録したりして。
 いつまでそうした日が続くのか、それさえも「自分」は知らないのに。
 こうした「生まれ」が不自然なことも、まるで知らずに浮いているのに。
(……まるで知らない……?)
 違う、と聞こえた心の声。
 自分は「全てを知っている」から、こういう考え方になる。
 けれども、それを何処で聞いたか、誰が自分に教えたのか。
 ただ「浮いているだけ」の生命体には、それは不要な知識だろうに。
 水槽から出される前の「キース」に、教えても意味は無いのだろうに。
(…何故だ?)
 どうして私は知っているのだ、と冷えてゆく背筋。
 表情さえも変わっただろうか、研究者たちが騒ぎ始めた。
 水槽の方を指差して。
 色々な計器を確認しながら、まるでパニックに陥ったように。
 彼らの唇から読めた言葉は、こうだった。
 「失敗作だ」と、「直ちに処分しなければ」と。


(失敗作…!?)
 それに処分とは、と思った途端に、ゴボリと立ち昇った泡。
 水槽の中の照明が落ちて、暗闇の中で息が出来なくなった。
 そう、「人間」が溺れるように。
 水の中では、呼吸など出来る筈もないから。
(……私を処分しようというのか…!?)
 何故、と苦しむ時は長くは続かなかった。
 サンプルにしようとしたのだろうか、苦悶の表情を浮かべないよう、注入された何かの薬物。
 ただ陶然となった所で、意識は薄れて消えてしまった。
 「キース」の命は終わったから。
 新しい「キース」を作り出すべく、別の生命が用意されるから。
(……馬鹿な……!!!)
 私が「キース・アニアン」なのだ、と上げた悲鳴で目が覚めた。
 国家騎士団総司令の部屋で、夜の夜中に。
 夜明けにはまだ遠い時間に、いつもと同じベッドの上で。
(……夢だったのか……)
 ならば分かる、と思う「あれこれ」。
 水槽の中に浮いていてさえ、自分の生まれを知っていたこと。
 「キース」という自我を持っていたことも。
(…私は全てを知っているからな…)
 E-1077を処分した時、フロア001で見て来た「全て」。
 自分は何処から「作り出された」のか、どういう生命体なのか。
 それを作った目的も。
 人類の理想の指導者たるべく、様々な準備がなされたことも。
 ミュウの長との接触があった、サムやスウェナといった友人。
 それにミュウ因子を持った少年、セキ・レイ・シロエ。
 「水槽から外に出された後」にも、まだプロジェクトは続いていた。
 研究者たちは「消された」けれども、マザー・イライザが引き継いで。
 「これから先は、機械でも充分、導いてゆける」と、計算ずくで。


 そうして「生まれた」キース・アニアン。
 今は国家騎士団総司令だけれど、いつかは国家主席になる。
 マザー・イライザよりも上の機械が、そう決めたから。
 宇宙を支配するグランド・マザーが、そのためのレールを敷いているから。
(…何もかも、人類のためなのだがな…)
 その「私」が処分される夢か、と今の悪夢を思い出す。
 珍しく寝汗さえかいているから、下手な戦場よりも酷かった夢。
 「自分」が処分されるなど。
 「失敗作だ」と断言されて、サンプルにされてしまうなど。
(……なんという……)
 とびきりの悪夢というヤツだ、と額を押さえて、ふと気が付いた。
 本当に悪夢だったけれども、それが「現実」なら、どうだったかと。
 「キース」が処分されていたなら、その後は…、と考えてみて。
(…私があそこで処分されたら、次の「キース」の育成に…)
 十数年はかかるのだろうし、全ては変わっていただろう。
 サムもスウェナも「キース」に出会わず、幸せに生きていっただろうか。
 もしも「キース」に関わらなければ、サムの人生も別だった筈。
 E-1077などには来ないで、別の教育ステーションに行って。
(…養父母向けのコースに行ったら、パイロットになりはしないのだから…)
 ジルベスターでの事故に遭いはしないし、今も元気でいただろう。
 スウェナも平凡な道を歩んで、シロエも「マツカ」がそうなったように…。
(…誰にもミュウだとバレはしないで、私に撃墜されもしないで…)
 何処かの星で、エリートとして生きていたかもしれない。
 メンバーズにせよ、技術職にせよ、抜きん出た才能があったのだから。
(……さっきの夢は……)
 もしかしたら私の願望なのか、と「自分の心」に苦笑する。
 もしも「キース」が生まれなかったら、この後悔は、きっと無かった。
 失敗作として処分されていたなら、誰も巻き込みはしなかった。
 そう、「キース」さえいなかったなら。
 サンプルにされてしまっていたなら、サムもシロエも、きっと平和に生きられたのに、と…。

 

           水槽の悪夢・了

※いや、キースには水槽時代の記憶が微かにあるわけで…。こういう夢も見たかもね、と。
 もしも「処分される夢」を見たなら、その願望があったんだろう、というお話。

※pixiv 撤収後、初のUPになります。今後は、まったり。








拍手[1回]

(……パパ、ママ……)
 帰りたいよ、とシロエの瞳から零れる涙。
 E-1077の夜の個室で、ただ一人きりで机に向かって。
 其処に広げた、宝物のピーターパンの本。
 子供時代と今とを繋ぐ、唯一の絆。
 何故なら、「忘れてしまった」から。
 それを贈ってくれた両親も、本を読んでいた故郷のことも。
 何もかも機械に奪い去られて、すっかりぼやけてしまった過去。
 微かに残った記憶でさえも、「本当のもの」かどうかは怪しい。
 あの忌まわしい成人検査をやった機械は、「捨てなさい」と命じたから。
 大人の社会へ旅立つのならば、子供時代の記憶は要らない。
 それを捨て去り、代わりに「社会の仕組み」を学ぶ。
 成人検査は、「シロエ」の全てを曖昧にした。
 E-1077で、これから先に生きてゆく道で、役に立つだろうことを除いて。
 勉強のことは覚えていたって、家でのことは思い出せない。
 朝、学校へ向かう前には、どんなやり取りがあったのか。
 「ただいま」と家に帰った時には、母たちと何を話したのか。
(…少しくらいは覚えてるけど…)
 肝心の顔が、母たちの表情が抜け落ちた記憶。
 まるで焼け焦げた写真みたいに、あちこちが欠けてしまっていて。
 そうなった今も、忘れることが出来ない両親。
 大好きだった、故郷の家。
 あそこに帰ることが出来たら、と何度夢見たことだろう。
 なんとかして此処から出られないかと、様々な道を模索してもみた。
 船を奪って逃亡するとか、故郷に向かう船に密航するとか。
 けれども、どれも叶いはしない。
 このステーションを支配している、マザー・イライザ。
 至る所に目を光らせる憎い機械が、「シロエ」を監視しているのだから。


 帰りたくても、帰れない故郷。
 机に広げたピーターパンの本は、間違いなく其処からやって来たのに。
 「シロエ」と一緒に宇宙を旅して、今だって手に取れるのに。
(……ピーターパンの絵は、ずっと同じで……)
 幼い頃の記憶そのまま、何処も変わっていはしない。
 夜空を駆けるピーターパンも、背に翅を持ったティンカーベルも。
 彼らの姿は、ずっと昔から少しも変わっていないのだろう。
 SD体制が始まるよりも昔に、『ピーターパン』の本が生まれた時代から。
 ほんの少しずつ、時代に合わせて、服のデザインなどは変わっても。
 誰が挿絵や表紙を描くかで、雰囲気が変わることはあっても。
(ピーターパンは、誰が見たって、ピーターパンで…)
 直ぐに「彼だ」と分かるもの。
 それに比べて、今の自分はどうだろう。
 何処かで「父」に出会った時に、「パパだ!」と見分けられるだろうか。
 いつの日か「母」とすれ違った時、「ママだよね?」と呼び止められるだろうか。
 これほど記憶がぼやけてしまうと、その自信さえも無くなってくる。
 両親と同じような体格、それに髪型の人を見たなら、思わず声を掛けそうで。
 人違いだとは気付きもしないで、「ぼくだよ!」と駆けてゆきそうで。
(…人違いですよ、って言われたら…)
 どんなに悲しいことだろう。
 一度や二度なら「間違えちゃった」で済むだろうけれど、それを何度も繰り返したら。
 エネルゲイアに出掛けた時さえも、見分けが付かなかったら。
(……今のままだと、そうなるのかも……)
 記憶は日に日に薄れてゆくから、本当に忘れ去ってしまって。
 辛うじて覚えていた特徴さえ、いつか記憶から消えてしまって。
 「大好きだった」ことは忘れなくても、もはや欠片も浮かびはしない両親の姿。
 立ち姿さえも、シルエットで。
 そのシルエットも、誰のものとも掴めない形になってしまって。


 もし、そうなったら、何処に帰ればいいのだろう。
 いつか必ず帰りたいのに、両親を忘れてしまったら。
 「パパ、ママ!」と家へと駆けて行っても、「知らない誰か」が出て来たなら。
(……そんなこと……)
 とても耐えられやしない、と分かっているから、懸命に記憶を繋ぎ止める。
 コールされる度に、薄れて消えてゆくものを。
 機械が消そうと試みる「それ」を、ただ手探りでかき集めて。
(……大丈夫……)
 まだ幾らかは覚えているから、と両親の顔を思い浮かべる。
 「パパは、こういう人だったよ」と、「ママも、こういう感じだっけ」と。
 こうして努力を続けていたなら、きっと再会出来るのだろう。
 記憶は戻って来てくれなくても、「パパだ!」と宇宙の何処かで気付いて。
 エネルゲイアに立ち寄るような機会があったら、「ママ!」と母を呼び止めて。
(それが出来たら…)
 どんなに幸せなことだろう。
 ぼやけてしまった両親の顔は、ちゃんと戻って来てくれるから。
 それまでに流れた月日の分だけ、年齢を重ねてしまっていても。
 幼かった「シロエ」を抱き上げてくれた父の腕では、もう抱き上げては貰えなくても。
(ぼくも大きくなっちゃったから…)
 まだこれからも成長するから、父の腕では抱き上げられない。
 「ずいぶん大きくなったんだな」と、目を細めて笑ってくれるだろうか。
 「パパには、とても抱き上げることは出来ないぞ」と、困ったように。
 母も隣で笑うだろうか、「腰を傷めてしまうわよ」などと。
(…うん、頑張って忘れずにいたら…)
 夢は叶うに違いない。
 諦めないで、遠い故郷を思っていたら。
 両親に会える時を夢見て、薄れる記憶を手放さないで生き続けたら。


(…きっといつかは、帰るんだから…)
 機械に奪われた過去を取り戻せたら、帰りたい故郷。
 けれど、それには時間がかかるし、その前にも出来れば帰ってみたい。
 国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命じる前に。
 「ぼくの記憶を全部返せ」と、機械に命令するまでに。
(…ぼくの姿が、そんなに変わらない内に…)
 少年から青年に育った程度で、今の面影がある内に。
 「パパ!」と呼んだら、「シロエ?」と驚きの声と笑顔が返るよう。
 母にしたって、「まあ、シロエなの?」と、喜んで抱き締めてくれるよう。
(…パパやママに会えたら、家にも連れてって貰えるよね?)
 何処にあったかも忘れてしまった、懐かしい家に。
 高層ビルだったことしか記憶には無い、「シロエの部屋」があった所に。
 感動の再会を果たした後には、歓迎のパーティーもあるのだろうか。
 「大人になったシロエ」は酒も飲めるし、両親と乾杯なんかもして。
(家にいた頃は、ジュースで乾杯だったけど…)
 父がとっておきの酒を開けるとか、母がシャンパンを買いに出掛けるだとか。
 テーブルには御馳走がズラリと並んで、「シロエ」を迎えてくれるのだろう。
 今では思い出せない好物、それを幾つも母が作って。
 「シロエは、これが好きだったでしょ?」と、腕によりをかけて。
(…ママが料理を作ってくれたら…)
 失くした記憶も戻るだろうか、「これが大好きだったんだよ」と。
 記憶の欠片を一つ拾ったら、次々に思い出すのだろうか。
 「こっちの料理も好きだったっけ」と、「うん、ママの味!」と頬張って。
 父が「久しぶりだから、うんと沢山食べなさい」と微笑んでくれて。
 そういう日が、いつか来てくれたらいい。
 任務の途中で寄っただけなら、一晩だけで「お別れ」でも。
 楽しいパーティーが終わった後には、宿に帰るしか道が無くても。
 「ぼくは今日しか、休みじゃないから」と、後ろ髪を引かれる思いでも。
 両親に「さよなら」と手を振った後は、ホテルに戻ってゆくしかなくても。


 それでも、そういう日が来たらいい。
 両親の家で、揃ってテーブルを囲めたらいい。
 何年分かの年を重ねた両親は、いくらか老いてしまっていても。
 「シロエ」もすっかり青年になって、子供時代の服は、もう着られなくても。
(…こんなに小さい服だったっけ、って思うのかな?)
 それに机や椅子だって…、と子供部屋のことを頭に描く。
 懐かしい家に帰った時には、其処の中身は「小さくなっている」のだろうと。
 「シロエ」が大きくなった分だけ、服も、机も、椅子だって。
(…だけど、思い出の部屋だから…)
 見られるだけでも嬉しいよね、と思った所でハタと気付いた。
 その子供部屋は、今もあるのだろうかと。
 両親の家には、今も「シロエの部屋」が残っているのかと。
(……パパとママは、若い方じゃなくって……)
 養父母たちの中では、けして「若い」とは言えない年齢。
 だから「次の子」を迎えているとは思えないけれど、万一ということもある。
 そうなっていたら、「シロエの部屋」は…。
(…新しい息子か、娘が住んでて…)
 「シロエ」が其処にいた形跡は、何も残っていないのだろう。
 自分が「両親の、前の子供」を知らないように。
 そういった子供が「いたのかどうか」も、まるで考えなかったように。
(……パパ、ママ……)
 ぼくを忘れていないよね、と俄かに心が凍り付く。
 大人の世界にも「記憶の処理」があるなら、両親は「シロエ」を忘れたろうか、と。
 次の子供に、惜しみなく愛を注げるように。
 「この子を大事に育てないと」と、新しい息子か娘を迎えて。
(……そんなの、嫌だ……)
 忘れないで、と零れ落ちる涙。
 いつか故郷に帰った時には、両親に会いにゆくのだから。
 両親が「シロエ」を忘れていたなら、今の努力は、何もかも無駄になるのだから…。

 

          忘れないで・了

※シロエが忘れられない、両親のこと。けれど両親が「覚えている」とは限らないのです。
 次の子供を迎えるのならば、記憶の処理も有り得る世界。実際には無かったんですけどね。









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(……機械の申し子か……)
 本当に、その通りだったな、とキースが思い返すこと。
 国家騎士団総司令の私室で、夜が更けた頃に。
 「機械の申し子」と呼ばれた時代は、もう遠い。
 そう呼ばれていたE-1077も、とうに宇宙から消え失せた後。
 グランド・マザーの命令を受けて、この手で処分して来たから。
 惑星の大気圏に落として、木っ端微塵に。
 けれど、そうする前に見たモノ。
 候補生時代にシロエに言われた、シークレットゾーン、フロア001。
 其処に並んでいた、幾つもの「キース・アニアン」の骸。
 強化ガラスの水槽の中で、息絶えたサンプルと化した者たち。
(…どれも、機械が無から作って…)
 途中で廃棄し、「サンプル」として扱った。
 マザー・イライザは「サンプル以外は処分しました」とも語ったから…。
(もっと何体もあったのだろうな)
 どのくらいの数の「キース」が作られたのか。
 三十億もの塩基対を合成しては、それを繋いで、DNAという鎖を紡いで。
 完成体の「自分」が出来上がるまでに、何体の「キース」が作り出されたか。
(……名前がついてはいなかったろうが……)
 どれも「キース」には違いない。
 DNAの基本は同じなのだから。
 フロア001で目にしたサンプル、彼らは全て「キース」の顔。
 「キース」よりも若く、幼いとさえ言える者までもいた。
 もしも自分に子供時代の記憶があったら、「これは、私だ」と思っただろう。
 そういう記憶を持っていないから、「私か」と無感動に見ていただけ。
 「目覚めの日」までを水槽で育てられた自分は、鏡を覗きはしなかったから。
 水槽の中から見えていたのは、向かいに並べられたサンプル。
 「ミュウの女」と同じ顔をしていた、「無から作られた」女性だけ。
 だから自分は「過去」を持たない。
 シロエが憎んだ成人検査が、奪ってゆくのだと言われるモノを。


 「記憶が無い」ことに気付いた時には、さほど深刻には考えなかった。
 成人検査のショックで忘れる者もいるから、そうなのだろうと思っただけ。
 シロエに「お人形さんだ」と詰られて初めて、疑問を抱いた。
 「マザー・イライザの人形」とは、どういう意味なのか。
 自分はアンドロイドなのかと、恐れを覚えたことさえもあった。
 シロエを殴った時の拳は、「自分のもの」とは思えない力を秘めていたから。
 中途半端な一撃だったのに、ナイフのような切れ味で。
(……私がアンドロイドなら……)
 その力にも納得がゆく。
 機械に作られ、プログラムされて、力加減や技も組み込まれているのなら。
 「そうかもしれない」と背筋が冷えても、掴めないままでいた真実。
 E-1077を卒業するまで、フロア001には入れないまま。
 何度、行こうと試みてみても、邪魔が入って。
 誰かに呼び止められてしまうとか、途中の通路が工事で封鎖されているとか。
(…本当に、アンドロイドかもしれないと…)
 思わせられたくらいに、不自然だった「フロア001に行けない」こと。
 そういったことが重なったせいで、薄々、覚悟してはいた。
 「自分は、ヒトではないのだろう」と。
 マザー・イライザが作ったアンドロイドか、あるいは改造を施されたか。
 元は人間の姿であっても、臓器や筋肉などのパーツを「精密な機械」と置き換えたモノ。
 遠い昔には「サイボーグ」と呼ばれた、改造人間。
 アンドロイドか、サイボーグなのか、どちらかだろうと。
 見た目そのままの「ヒト」ではなくて、「不自然なモノ」に違いないと。


 けれど、メンバーズとして幾つもの任務をこなす間に、いつしか忘れた。
 「ヒトではないかもしれない」過去など、考えるだけ無駄というもの。
 ただ着実に歩み続けて、上を目指してゆく方がいい。
 「冷徹無比な破壊兵器」と異名を取ろうが、誰からも恐れられようが。
(…そうやって、ミュウどもを殲滅しようと…)
 惑星破壊兵器のメギドを持ち出し、ジルベスター・セブンを砕いてやった。
 ソルジャー・ブルーに邪魔されたせいで、モビー・ディックには逃げられたけれど。
 あの時、「逃げられた」ツケが祟って、ミュウの進軍が始まったけれど…。
(…私が、奴らを食い止めてみせる…)
 SD体制の秩序を守って、マザー・システムを維持するために。
 異分子のミュウを端から殺して、宇宙から脅威を取り除くために。
 そうする力が自分にはある。
 国家騎士団総司令にまで昇り詰めたほどの、優秀さ。
 他の追随を許さないのは、E-1077での候補生時代から変わらない。
 誰よりも優れたエリートなのだし、当然と言えば当然のこと。
 「そのために」自分は「作られた」から。
 人類の理想の指導者たるべく、何もかも用意されたのだから。
 サムやスウェナといった友人、それにライバルでミュウだったシロエ。
 水槽の外に出された後まで、マザー・イライザは面倒を見た。
 指導者としての資質が、花開くように。
 宇宙船の衝突事故まで起こして、「キース」の「力」を引き出していって。
(…あそこまでされて、無能に育つようではな…)
 話にも何もなりはしない、とフンと笑って、ふと気が付いた。
 自分は「無から作られた」けれど、「それだけではない」ということに。
 作られた後も、機械が育てて、様々なものを与え続けた。
 サムにスウェナに、それからシロエ。
 彼らの生き様や、死に様でさえも、「キース」を育てるための栄養。
 それらが無ければ、「ただのメンバーズ」で終わったろうか。
 特に抜きん出た所など無くて、他のメンバーズたちと肩を並べて。


(……そうかもしれんな……)
 私の実力ではないかもしれん、と思った今の自分の能力。
 機械が導き続けていたから、「今のキース」が出来上がっただけ。
(E-1077を卒業してからも、そうだったのか…?)
 与えられて来た数々の任務や、教官として過ごした数年の間。
 それらも全て、「機械のプログラム」だろうか。
 マザー・イライザの手を離れた後には、グランド・マザーが引き継いで。
 「理想の子」を立派に育て上げるために、環境や任務を用意し続けて。
(……その可能性は、大いに有り得る……)
 ジルベスター星域に向かう切っ掛けになった、事故調査。
 あれも「グランド・マザー直々の」指名ではあった。
 つまりマザーは、「仕組んで」いた。
 「キース」が「ミュウ」と出会うよう。
 ミュウの拠点を見付けて滅ぼし、更に昇進するようにと。
(…国家騎士団総司令なのも、パルテノン入りの話が出ているのも…)
 全て機械の思惑だろうか、「キース」を指導者にするための。
 最短の距離で「国家主席」の地位に就くよう、今もプログラムし続けて。
 とうに「水槽」から出されたのに。
 あの「水槽」で過ごした時より、水槽の外で過ごした時間の方が、遥かに長いのに。
(…今も機械の掌の上というわけか…)
 いいように踊らされ、導かれ続けているのだろうか。
 自分は自覚していなくても。
 「自分の意思で」任務をこなして、昇進しているつもりでも。
(……もしも、そうなら……)
 機械の導きが無かった場合は、「キース」は無能なのかもしれない。
 遠い日にシロエを殴った力も、機械が与えたものだから。
 「こうした時には、こう殴るのだ」と、「水槽の中で」教え込まれたこと。
 脳に直接流し込まれて、それを吸収していただけ。
 いつか実践する日に備えて、「教えられたこと」の意味さえ知らないままで。
 これが普通の子供だったら、友達同士の喧嘩などで覚えてゆくのだろうに。


 そういった「過去」を自分は持たない。
 機械が教育し続けたから、何一つとして持ってはいない。
(…それでも、これが私なのだと…)
 思い続けた自分の実力、それは本当に「実力」なのか。
 どれほど優秀に「作られて」いても、他の者たちと同じ条件なら、どうなったのか。
 「強化ガラスの水槽」ではなく、「外の世界」で育ったら。
 他の子たちと全く同じに、養父母に育てられたなら。
(……マザー・システムへの、忠誠心などはともかくとして……)
 優秀な頭脳や、銃器を扱う腕などの方はどうだったのか。
 「マザー・イライザ」という、「導き手」が「教育しなかった」なら。
 多岐にわたる知識を流し込まれて、体術などさえ、「知識」として吸収しなかったなら。
(…いくら優秀な人材でも…)
 どう育つのかは、環境による。
 だからこそ、機械は「自分」を「水槽の中で」育て続けた。
 水槽の外へは一歩も出さずに、フロア001だけで。
 フロア001から出された後にも、サムやスウェナやシロエを使って、レールを敷いて。
(……機械が関与しなかったなら……)
 此処まで来てはいないだろうな、と唇に浮かんだ自虐の笑み。
 同じように「無から作られていても」、「ミュウの女」は無能の極み。
 自分に脱出ルートを漏らして、人質にされたほどなのだから。
(…つまり、私の実力は…)
 自分のものではないわけだ、と「自分の生まれ」が疎ましい。
 きっと機械が育てなかったら、今の力は無いだろうから。
 自分がどれほどの器なのかさえ、「自分」には掴めないのだから…。

 

           掴めない実力・了

※いや、キースが「無から作られた者」でも、養父母に託されていたら優秀だったかどうか。
 その辺を考えていたら、出来たお話。キースの実力は、機械が与えたものなのかも…。










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