(アルテメシアは制圧したけど…)
戦いはまだこれからなんだ、とジョミーは部屋で自分の拳を見詰めていた。
テラズ・ナンバー・ファイブを倒して、サムの思い出の記念パスを捨てて来たけれど。長い間、手放せなかったものを、「変わらなければ」と足元の水に投げ入れたけれど…。
(まだまだ、ぼくは甘すぎて…)
こんなことでは地球に行けない、と分かっている。
若い世代に人気の「ジョミー」のままでは、とても開けてくれない未来。ナスカの子供たちにも甘く見られるし、変えねばならない自分のキャラ。
(親しみやすいソルジャー・シンでは…)
駄目なんだ、と百も承知で、けれど、どうすれば変われるのか。
(愛されキャラでは駄目なわけだし、嫌われる方…?)
いやいや、皆に恐れられ、怖がられてこそのソルジャーだろうか。「怒らせたら怖い」と、皆がドン引きするソルジャー。そういったジョミーがいいだろうか、と。
(うーん…)
恐怖政治が一番だ、という気がしないでもない。
人類軍にも容赦しないけれど、仲間たちにも引かれるくらいの冷血漢。そういう「ジョミー」を作り上げたら、船の空気も変わるだろう。
(みんながピシッと背筋を伸ばして…)
地球を目指して戦い抜くのみ、そんな頼もしいシャングリラ。
それでこそ、人類にも勝てるというもの。血も涙もない「ソルジャー・シン」が君臨したなら、憎いキースにも負けないキャラになったなら。
(よーし…)
頑張るぞ、と固めた決意。
キースが「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれているなら、自分もそれに倣ってなんぼ。
倣うどころか、キースの奴を超えてやる、と固く決心したわけで…。
次の日、シャングリラのミュウたちは皆、目を剥いた。
船のあちこち、通路や食堂、それに憩いの公園のベンチに至るまで…。
(((欲しがりません、勝つまでは…)))
ベタベタと貼られたスローガン。夜の間にジョミーが貼って回って、食堂でも皆にブチ上げた。
「あの精神だ」と、「個人的な思いは捨てて貰うぞ!」と。
こうして始まったのが恐怖政治で、その日の内に最初の犠牲者が出た。…そう、ブリッジで。
「おい、其処の奴!」
立て! と鋭く叫んだジョミー。視察に来ていた真っ最中に。
「は、はい…?」
何でしょうか、と立ち上がった男性ブリッジクルー。シャキッとではなく、おずおずと。
そうしたら…。
「なんだ、その腰が引けた立ち方は! 弛んでるぞ!」
それだから欠伸なんかをするんだ、と睨んだジョミー。「欠伸をしようとしただろう?」と。
「い、いえ…。ちゃんと噛み殺して…!」
「噛み殺したのは分かっている! 欠伸が出るという精神が駄目なんだ!」
弛みまくっている証拠だ、とジョミーはビシバシ詰って、挙句の果てにこう言い放った。
「貴様は、機関部送りだ!」と。
「「「…機関部だって?」」」
ザワザワとブリッジに広がるどよめき。
機関部と言えば、このシャングリラの動力源。人類軍の攻撃を受けた時には、真っ先に狙われる心臓部。エンジンさえ破壊してしまったなら、シャングリラはもう飛べないから。
『マジかよ、この前も被弾してたぞ…?』
『ワープドライブが大破したのも、最近だよな…?』
あんな所へ転属になったら、命が幾つあっても足りない、と思念が飛び交っているけれど…。
「ぼくが機関部だと言ったからには、機関部だ!」
行ってこい! とジョミーは件の男を蹴り出した。「命があったら、戻れることもあるだろう」などと、それは冷たい笑みを浮かべて。
ジョミーが始めた「機関部送り」は、船中を震え上がらせた。
何が切っ掛けで「飛ばされる」かも分からない日々、ブリッジクルーなどでなくても。
ある時などは、船の通路で手を繋いでいたカップルが…。
(((この非常時に、イチャつくなどは言語道断…)))
そう断じられて、仲良く機関部送りになった。「あそこには死角も多いからな」と、鬼の笑みを浮かべたソルジャー・シンの一声で。「好きなだけイチャついてくるがいい」と。
一度機関部送りになったら、そう簡単には戻れない。
いつ被弾するかも謎の機関部、其処で毎日、汗水たらして走り回って、怒鳴り散らされて…。
(((機関部は、筆頭がゼル機関長…)))
キレやすいと評判のゼルが筆頭、それだけに部下も荒っぽい。新入りには恐ろしい洗礼もある。
(((ワープドライブ、千本ノック…)))
そう呼ばれている激しいシゴキで、その実態は誰も知らない。機関部勤務の者を除けば。
「機関部送り」になったが最後、「ワープドライブ、千本ノック」で手荒な歓迎。女性だろうと容赦されずに、ガンガン仕事を押し付けられて…。
(((人類軍の攻撃が来たら、真っ先に被弾…)))
叩き上げの機関部の連中だったら、「来やがったな!」と張れるシールド。着弾する前に、脊髄反射で自分の周りに展開して。
そうしておいたら、ドッカンドッカン被弾しようが、爆発しようが無傷だけれど…。
(((ド素人だと、逃げ遅れて…)))
機関部の猛者たちが「死ぬぞ、馬鹿!」と投げてくれるサイオン、それで辛うじて拾える命。
髪が焦げるなどは日常茶飯事、軽い火傷は御愛嬌。…制服が焦げて穴が開くのも。
(((…機関部にだけは…)))
送られたくない、と皆が思うから、たちまち引き締まった船。
ソルジャー・シンが通ろうものなら、誰もがサッと最敬礼。直立不動で、「光栄であります!」などと叫んで。
何が「光栄」なのか分からなくても、「とにかく礼を取っておけ」と。
シャングリラの空気は変わったけれども、「まだ足りない」と思うのがジョミー。
若い世代は恐怖政治の日々にガクガクブルブル、ずいぶんと気合が入ったけれど…。
(…アルタミラからいる、古い世代が問題だよね?)
いわゆるゼルとか、ハーレイだとか。雑魚も大勢いるけれど。
そうした「古い世代」の連中、彼らは今の恐怖政治を歓迎している状態だった。
「これでシャングリラは地球に行ける」と、「若い奴らも、ようやっと目を覚ましたか」と。
その上、彼らは頭が固い。船の主役は古い世代だと思い込んでいて、「ソルジャー・シン」さえ怖がらない。「若造がよく頑張っている」という目で見ているだけ。
(あの連中も、なんとかしないと…)
誰がボスかを分からせないと、とジョミーは策を巡らせ、ついにその日がやって来た。
降伏して来た人類軍の救命艇。それの爆破をトォニィたちに命令した後、長老たちから食らった呼び出し。「ソルジャー、こちらへ」と会議室まで。
「…あれは、どうかと思うがのう…」
ちと酷すぎると思わんか、と口火を切ったのがゼルで、ハーレイたちも続いたから…。
「…よく分かった。ゼル機関長、あなたは甘すぎるようだ」
その考えでは生き残れない、とテーブルにダンッ! と叩き付けた拳。
「人類がミュウに、何をしたかを忘れたのか」と。
「これまで散々、アルタミラの惨劇がどうのと言っていたのは、寝言なのか?」などと凄んで。
「そ、そういうわけでは…! ワシはじゃな…!」
降伏した者まで殺すというのは…、とゼルは慌てたけれども、時すでに遅し。
「ゼル。…君も耄碌したようだ。君の弟は、アルタミラで死んだと聞いていたが…?」
ハンスの無念も忘れるようでは、もう終わりだな、とジョミーはフッと冷笑した。
「頭を冷やしてくるがいい」と。
「今日から蟄居を申し付ける」と、「一週間ほど、部屋に籠っていて貰おうか」と。
「そ、ソルジャー…!!」
機関長のワシをどうする気じゃ、というゼルの叫びは聞き流されて、ブリッジのゼルの席は暫く空席になった。「蟄居中」という張り紙がされて。
かくしてジョミーは「若い世代」にも、「古い世代」にも恐れられる恐怖の存在となった。
「生きて地球まで行きたかったら、ソルジャー・シンには逆らうな」と。
若い世代なら機関部送りで、古い世代を待つものは「蟄居」という名の謹慎。
(((ナスカの子たちは、まだ子供だから…)))
トイレ掃除になるんだよな、と遠巻きに見詰める船の連中。
今どきレトロなモップやバケツや、雑巾を持ったトォニィたちが通路をトボトボ歩くのを。
(((お疲れ様です…)))
シャングリラの中のトイレの数は半端ないっす、と誰もがブルブル。
どの刑にしても、「明日は我が身」かもしれないから。
ソルジャー・シンに「貴様!」と怒鳴られたなら、どの刑が来てもおかしくはない。気分次第で選ばれたならば、古い世代に「機関部送り」は充分にあるし…。
(((若い世代でも謹慎だとか、トイレ掃除を一週間とか…)))
逆鱗に触れたら終わりだからな、と皆が震えて、「ソルジャー・シン」の名は不動となった。
「彼に逆らったら、後が無い」と。
生きて地球まで行きたいのならば、もう絶対の服従あるのみ。
「欲しがりません、勝つまでは」という精神で。
ミュウの時代を迎えるまでは、何を言われても「光栄であります!」と最敬礼で。
(ミュウだって、やれば出来るじゃん…)
この勢いなら地球に行ける、とジョミーは今日もニンマリと笑う。
恐怖政治は効果抜群、これならブルーに言われた通りに…。
(地球に辿り着いて、ミュウの未来をゲットで…)
それが済んだら楽隠居だ、と演じ続ける「血も涙もないソルジャー・シン」。
「こういうキャラも悪くないよね」と、「ぼくだって、やれば出来るんだよ」と…。
鬼のソルジャー・了
※常連さんから貰ったコメントの中に、「シン様が鬼畜な話、読みたい」。そう言われても…。
とても書けない人間なわけで、出来てしまったのがコレ。機関部送りにされそうです。
(………!?)
何事だ、と浮上したキースの意識。
旗艦ゼウスの指揮官室に設けられた寝室、其処で夜明けには早い時間に。
夜明けと言っても、宇宙を航行中の船では「時間」のみ。
窓の向こうは常に闇だし、銀河標準時間に従い、昼夜の別があるというだけ。
けれども、耳が音を拾った。
この寝室に直接繋がる通信回線、それが発した呼び出し音を。
(まさか、ミュウどもが…!)
直接、地球へと向かったのか、と覚えた焦り。
ソル太陽系に布陣した上で、ミュウの艦隊を迎え討とうと、軍を展開させているのに。
作戦の裏をかかれただろうか、長距離ワープで逆方向へと転移したのか。
地球の座標を彼らは既に知っているから、そうしたとしてもおかしくはない。
ただ、地球だけを目指すなら。
人類軍との戦闘を避けて、地球に降りさえすればいいなら。
もっとも、彼らがそうしたとしても、地球にはグランド・マザーがいる。
(そう簡単には…)
降りられるものか、と思うけれども、そうなったならば自分の失策。
ノアまで捨てて来たというのに、やすやすと地球に降下されたら。
グランド・マザーは不快感も露わに、「愚か者めが!」と怒るのだろう。
「何のための国家主席なのか」と、「自ら就任しておいて、それか」と冷ややかに。
あの紫の瞳で見詰めて、「キース・アニアンとも思えぬな」と。
きっと、それだと考えた。
ミュウの艦隊に出し抜かれたか、あるいは彼らが編み出した奇策。
地球には向かっていないとしても、急襲ワープでこの艦隊の…。
(真っ只中に入り込まれたら、我々には…!)
打つ手など無い、と分かっている。
あの忌々しい、モビー・ディックと呼んでいる船。
ミュウが「シャングリラ」と名付けた母船は、並ぶものなど無い巨艦。
その上、強力なシールドを装備し、レーザーもミサイルも、ほぼ役立たない。
(あの船が割り込んで来たならば…)
衝突した船は端から砕かれ、回避しようにも、急には変えられない進路。
下手に変えれば他の船との衝突となって、多くの船を失うだろう。
モビー・ディックは傷一つ負わず、悠然と通ってゆくというのに。
そのシールドに物を言わせて、他の船など無いかのように。
(…地球か、奇襲か…!?)
どちらなのだ、と飛び起きざまに繋いだ回線。
画面の向こうにスタージョン大尉、沈痛な表情にゾクリとした。「やはりミュウか」と。
地球に降りられたか、艦隊が打撃を蒙ったのか。
けれど…。
「閣下、ノアからの通信です」
繋ぎますか、という声で分かった。
守備隊だけしか残っていない、首都惑星ノア。
そんな場所から、旗艦ゼウスに通信が入るわけがない。国家主席に用がある者もいない。
いるとしたなら、軍の者などではなくて…。
「……繋げ」
そう命令して、暫し目を閉じた。
この通信が繋がらなくても、もう用件なら分かっている。
ノアからなのだと聞かされた上で、スタージョン大尉の表情を目にした今となったら。
とうに覚悟はしていたけれども、やはり思った通りの内容。
回線を切って、ただ呆然と宙を見上げた。
(……サムが死んだ……)
こんなに早く、と身体から力が抜けてゆくよう。
まだ大丈夫だと思っていたのに。
衰弱が酷いと聞かされてはいても、万に一つの「人類の勝ち」があったなら…。
(…ノアに戻って、また病院へ…)
見舞いに行こうと考えていた。
負け戦になってしまった時には、自分の命があったとしたなら、「頼む」と頭を下げようと。
サムの幼馴染でもあったミュウの長なら、国家主席を処刑する前に…。
(…見舞いくらいは…)
させてくれるのやもしれぬ、と思わないでもなかったから。
サムに別れを告げもしないで、「先に逝く」のは「悪い」だろうと。
(……そんな夢物語まで……)
心に描いていたというのに、先立たれた。
E-1077で一緒だったサムに、ただ一人きりの「友達」に。
(……サム……)
信じられないし、信じたくもない。
あのサムがもう、何処を探しても「いない」など。
「赤のおじちゃん!」と笑顔のサムも、E-1077で共に過ごしたサムも。
けれども、切った回線の向こう、この目でサムの死を確かめた。
病院の医師は、サムの死に顔を見せてくれたから。
ベッドの上で眠る姿を、枕元に置かれたサムのお気に入りの万華鏡を。
(…本当に、もういないのだな…)
医師に依頼した、サムの埋葬。
「私の知人として葬ってくれ」と、「単なる患者として扱うな」と。
そう言わなくても、医師は充分、理解してくれていただろう。
この耳に光るサムの血のピアス、それを作った医師が今も主治医のままだったから。
サムの赤い血を固めたピアス。
無意識に指で触れていた、それ。
(サムは今頃…)
何処にいるだろうか、よく歌っていた歌の通りに、遥か地球へと飛んだだろうか。
(Coming home to Terra…)
何度もサムは歌っていた。
「あげる」と自分にくれたパズルを手にして、遊びながら歌い続けていた。
その歌にある「地球」の真の姿も知らないで。
青く美しい星だという歌詞そのままに、水の星だと思ったろうか。
(…そう信じたまま、逝ったなら…)
サムの目に映る地球の姿は、青く輝く星なのだろうか。
命ある自分がかつて見た地球は、赤茶けた死の星だったけれども。
(……サムは見たかもしれないな……)
母なる地球を、青い水の星を。
そしてシロエも見たかもしれない、遠い昔に。
自分がこの手で、シロエが乗った練習艇を落とした時に。
(…サムまでが逝ってしまったか…)
サムはシロエに会っただろうか、と考える内に気付いたこと。
目から涙が溢れてこない。
これほどに心は悲しみに満ちて、遠い日へと飛んでいるというのに。
サムが、シロエが笑っていた頃へ、E-1077で過ごした頃へと旅しているのに。
(……いつから泣かなくなったのだ?)
いつから私は涙を失くした、と目元に触れる。
シロエの船を撃った時には、涙が止まらなかったのに。
心でシロエの名を呼び続けて、窓の向こうは涙で滲んでいたというのに。
(…今はサムが死んで…)
もっと悲しい筈ではないか、と思っても溢れない涙。
ただの一粒も零れはしないで、頬を伝ってくれもしないで。
(……冷徹無比な破壊兵器か……)
そういう異名を取っている内に、自分は涙を失くしたろうか。
最後に涙を流した記憶は、いったい何処にあるのだろうか…?
(…シロエの時だった筈がない…)
いくら「機械の申し子」でも。
マザー・イライザが無から作った生命体でも、「ヒト」の姿には違いない。
怪我をしたなら血が流れるし、それと同じに涙も流れる。
シロエの船を落とした時にも、自分は泣いていたのだから。
あれが最後の涙だったとは思えないが、と遡ってゆく自分の記憶。
「他に何か」と、「まさか、あれきり泣かなかったわけでもあるまいに」と。
(……あれから後にも……)
そうだ、と蘇って来た記憶。
何度もシロエの夢を見ていた。
夢でシロエの船を落として、目覚めたら頬が冷たくて…。
(…泣いていたのだ、と気が付いて…)
深い後悔と悲しみの中で、何度夜明けを迎えたことか。
涙が頬を流れるままに。
「あれしか道は無かったのか」と、自分自身に問い続けて。
幾度もそれを繰り返す内に、「これでは駄目だ」と覚えた自覚。
涙を流せば流した分だけ、心が弱くなってゆく。まるで涙で融けるかのように。
凍てた氷が、暖かな水でじわじわと融けてゆくように。
(…あれで気付いて…)
けして弱さを見せては駄目だ、と自分自身を叱咤した。
夢で目覚めて、頬に涙を感じる度に。「弱い」心を知らされる度に。
そうして、いつしか「泣かなくなった」。
シロエの夢を見る夜も減って間遠になって、自分でも忘れてしまっていた。
この目は「涙を流さない」ことを。
どんなに悲しみに囚われようとも、その悲しみが増すような「涙」を流しはしないのだ、と。
(…そういうことか…)
それで私は泣かないのか、と指先で耳のピアスに触れる。
心は涙を流しているのに、目から涙は滲みさえもしない。
ただ一人きりの友を亡くして、これほどの悲しみに沈んでいても。
シロエの船を落とした時より、もっと悲しくて堪らなくても。
(……私には似合いなのだがな……)
それでも酷いではないか、と唇を噛む。
友が死んでも「泣けない」だなどと、「流す涙も持たない」と聞けば、きっと誰でも…。
(…人の心など、持っていないと…)
思うだろうし、自分もそうだと思うから。「なんと心が冷たいのか」と。
サムが死んでも流す涙を持たない人間、それが「自分」だとは、ただ悲しくてやりきれない。
「どうして、私はこうなのか」と。
いくら自分が機械が作った生命体でも、サムは自分の大切な「友達」だったのに。
その「友達」が死んだというのに、流す涙も目から溢れてくれないとは、と。
友を涙で見送りたいのに、「流す涙」を自分は持たない。
自分自身が、そう仕向けたから。
悲しむ気持ちを増やす涙は、「駄目だ」と自ら切り捨てたから…。
流れない涙・了
※サムが死んだ時、キースの涙は「心に流れて」いたわけで…。実際に泣いたかどうかは謎。
「泣いていない」方で書いてみました、そして「カミホー」を入れたの、テラ創作で初。
(神様の世界は面倒なんだな…)
なんてやりにくい世界なんだ、とソルジャー・ブルーは日々、腐っていた。
命と引き換えにメギドを沈めて、ミュウの未来を守った功績。それが認められて、鳴り物入りで天国入りを果たしたけれども、その後がどうにも上手くいかない。
今のブルーは、遠い昔の地球で言ったら、「聖人」と呼ばれていたポジション。それの予備軍。
色々な奇跡を起こしても良くて、起こせる力も貰っている。…そう、神様から。
ただ、問題は…。
(…奇跡というのは、頼まれないと…)
起こせないのが「聖人」予備軍、かつての地球では、そうだった。
「この人だったら助けてくれる」と信じる人たち、その人からの「ご指名」を受けて動くもの。病気や怪我を治してやるとか、他にも色々。
「誰それに祈って、こういう奇跡が起こりました」と声が上がったら、聖人にするための調査が始まる。「それは本当に奇跡なのか」とか、他にも色々。
(間違いない、ということになったら…)
晴れて聖人、奇跡の力を使い放題。どう使うのも自分の自由で、大勢の人を救いまくれる。
レアケースとしては、生きている間に「奇跡を起こした」聖人もいたりするけれど…。
(そういう人は、元から聖人…)
奇跡の力を持って生まれて、聖人の称号が後付けなだけ。
生前に幾つもの善行を積んで、死んだ後に「奇跡の力」を貰った場合は、「誰かの祈り」でしか動けない。どんなに力を使いたくても、誰かが頼んでくれないと…。
(独りよがりの奇跡になって、それは神様も喜ばなくて…)
どちらかと言えばマイナス評価で、下手をしたなら「エセ」扱い。
そのシステムが、天国では今も「生きていた」。
SD体制の時代になっても、旧態依然とした世界。「勝手に力を使うんじゃない」と。
指名が無ければ使えない力、せっかく「奇跡を起こせる」ようになったのに。
お蔭で宝の持ち腐れ。
メギドでサックリ死んでからこっち、ミュウの世界では戦いの日々。
アルテメシアを落とした時には余裕だったけれど、それから後はヤバイ局面が幾つもあった。
被害の方も増える一方、健気だったナスカの子供たちも…。
(アルテラも、それにコブとタージオンも…)
人類軍との戦いで死んだ。
誰かが一言、祈ってくれれば良かったのに。「あの子たちを守って下さい」と。
「ソルジャー・ブルー」でも「ブルー」でもいいから、名指しで自分に。
(そうしてくれたら…)
あそこで奇跡を起こしてやれた。
人類軍の船を操船不能にするとか、弾切れを起こさせるだとか。
ナスカの子たちが乗っていた船、それに弾など当たらないようにするだとか。
(ぼくには、そういう力があるのに…)
誰も祈ってくれないからして、何も出来ずに終わってしまった。神様に貰った「奇跡を起こす」パワーを発揮できずに、ただ天国から見ているだけで。
(この先も、どうせ…)
同じ展開になるだけだ、と零れるものは溜息ばかり。
シャングリラはとうとう、ソル太陽系に辿り着いたのに。憧れの地球が目前なのに。
(今、問題のコルディッツも…)
ジョミーが手を打ったようだけれども、ゼルの船を使って小細工などをしなくても…。
(ぼくに一言、「助けて下さい」と…)
頼んでくれれば、オールオッケー。
お安い御用で、ミュウの強制収容所くらい、軽く救える。
見せしめとばかりにジュピターに向けて、人類軍が落下させても。…奇跡の力で落下を止めて、一人も命を落とすことなく。
そうは思っても、「誰も祈ってくれない」日々。
もう本当に情けないだけで、天国のキツイ決まりが悲しい。いくら「聖人」予備軍だって、これでは「いないも同然」だから。…何の役にも立ちはしないから。
(だが、神様に直訴してみても…)
長年これで通したからには、一朝一夕には変わらないだろう。
「決まりを変えよう」という方に行っても、大勢の天使や聖人なんかがワイワイ会議で、一向に進みそうにない。「天国時間」は気が長いだけに、「十年一日」どころか「百年一日」。
(決まりが変わる前に、人類軍との戦いが終わっていそうなんだが…)
きっとそうなる、と分かっているから、声も上げられずに腐っているだけ。
「また今回も出番が無かった」と、「ぼくの力は、何のためにある?」などと。
今日も腐ってぼやいていたら、不意にハーレイの声が聞こえた。
「ブルー、あの子に導きを」と。
(…よくやった、ハーレイ!)
流石は、ぼくの右腕だったキャプテン、と喜んだブルー。
やっと「祈って貰えた」わけで、「奇跡の力」を使えるチャンス到来だ、と。
(…それで、「あの子」と言っていたのは…)
トォニィだったな、とウキウキ探った。トォニィの居場所と、その目的を。
人類軍との戦いだろうし、トォニィに有利に進めなければ、と。
そうしたら…。
(…いや、それは…!)
奇跡の力の範疇外で、とブルーは驚き慌てた。
トォニィは人類軍の旗艦ゼウスに向かって、単身、出撃してゆく所。しかも目的は、国家主席のキースを暗殺することで…。
(あのトォニィに導きを与えてくれ、と言われても…!)
キース殺しに加担したなら、「聖人」予備軍の地位がパアになる。奇跡の力も消えてなくなる。
「殺すなかれ」が天国ルールで、もう絶対の掟だから。
たとえ正当防衛だとしても、「奇跡の力で殺す」所までいったら、反則MAX。
これは困った、と窮地に追い込まれたソルジャー・ブルー。
(…ハーレイ、ぼくに祈る時には…!)
TPOを考えてくれ、と文句をつけたくても、届きはしない。…シャングリラにも、ハーレイの耳にも、まるで全く。
とはいえ「祈り」は届いたわけだし、奇跡の力は使用オッケー。
(いくら使えても、使い道が全く無いんだが…!)
ぼくにキースは殺せないし、と呻く間に、トォニィはゼウスに入り込んだ。警備兵の服を奪って着替えて、艦内を歩いてゆくけれど…。
(…ミュウか?)
トォニィがすれ違った、国家騎士団の制服の青年。トォニィも「ミュウか?」と反応していて、ブルーも同じに気付いた「正体」。「あれはミュウだ」と。
(メギドで、キースを助けに来たミュウ…)
まだいたのか、と驚かされた。
よほど有能なのか、殺されもせずにキースに仕えているらしい。
(本人がそれでいいのなら…)
人類側にミュウがいたっていいだろう、と思って見送ったのだけれども…。
ハーレイに「よろしく」と頼まれてしまった、トォニィへの助力。
そっちはと言えば、とんでもない方へ転がりつつあった。
(トォニィ、それでは嬲り殺しだ…!)
もうちょっと楽に殺してやれ、と止めたい状況。
トォニィはキースの首をサイオンでギリギリと締め上げ、「楽には死なせない」と凄んでいる。
(ぼくもキースに嬲り殺されたようなものだが…)
あそこまで酷くなかったような、と思うものだから、キースの方に同情しきり。
「あんな形で殺されるよりは、心臓を止めてやった方が」と、「奇跡の力」を使いたいほど。
それを使って「人を殺せば」、天国ルールで「聖人の資格剥奪」という鉄の掟が無ければ。
せっかく貰った奇跡の力が、パアになったりしないのなら。
(あのトォニィを、どう導けと…!)
ハーレイの奴、無茶な注文を…、と恨んでいたら、さっきのミュウが駆け込んで来た。開かない扉をサイオンで壊して、派手な爆発を引き起こして。
「キース…!」
床に倒れたキースを見るなり、そのミュウは怒り心頭で…。
「お前は、ミュウだろう! どうして、こんな所にいる!」
トォニィがそう叫んだけれども、相手は聞いていなかった。「キースの仇!」とばかりに攻撃、タイプ・ブルーなトォニィにだって負けてはいない。
(…凄すぎる……)
まさに火事場の馬鹿力だな、と感心する間に、人類軍の者たちの気配がしたから大変。
トォニィは片をつけにかかって、キースに向かってサイオンを投げて…。
(…待て、トォニィ…!)
ちゃんと左右を確認しないか、と突っ込んだブルー。かつて「ソルジャー」と呼ばれた男。
ブルーはキッチリ見切っていた。
例のミュウが、キースを庇うのを。トォニィが投げたサイオンの前に飛び出すのを。
というわけで、其処で奇跡は起こった。
トォニィは「ミュウの返り血を浴びて」、「同族を殺した」とパニックで逃げて行ったけど。
ミュウのマツカも、本当だったら、真っ二つに裂かれる所だったのだけれど…。
「「「閣下!!!」」」
部屋に飛び込んで来たセルジュたちが見たのは、倒れたキースと、血まみれのマツカ。
どちらの救助を優先すべきか、それは自明の理というヤツで…。
「閣下、帰って来て下さい!」
懸命に心臓マッサージをするのがセルジュで、パスカルはマツカの方を調べて…。
「こっちはお役御免だな…。この足はもう、治らんだろう」
軍人を続けるのは無理だ、と冷静な判断を下している。右足に食らった酷い裂傷、骨まで見えているものだから。…治療したって、歩くのがやっとだろうから。
(…やっと奇跡の力を使えた…)
使い道がかなり変わってしまったが、と思いながらも、ブルーは「助けたミュウ」にアドバイスしてやった。意識不明になったはずみに、「こちらの世界」に来たものだから。
「キースを救いたいのなら…。その先に沈んでいる筈だ」
「沈んでいる…んですか?」
「そうだ。放っておいたら、沈んで死ぬ。その前に掴んで引き上げてやれ」
健闘を祈る、と肩を叩いて、「頑張りたまえ」と微笑んだ。
もっとも、「マツカ」という名のミュウは、目覚めた時には、全て忘れているだろうけれど。
かくしてマツカは「キースを救った」。
心肺停止だった所を、死の淵から上へ引き上げて。
ついでに身体を張っての救助で、マツカの右足は当分使えそうにもなくて…。
「…すみません、キース…。これからが肝心な時なのに…」
「いや、いい。早く治して、またコーヒーを淹れに戻って来てくれ」
ノアでしっかり静養しろ、とキースに見送られて、車椅子のマツカはゼウスから去った。自分が命を拾った理由も、「キースを救う方法を教えてくれた誰か」も知らないままで。
そしてマツカを「救うことになった」ブルーはと言えば…。
(ハーレイ、次はしっかりしてくれ…!)
ぼくが存分に奇跡の力を使えるように、とハーレイに期待するばかり。
ジョミーもトォニィも、「まるで祈ってくれない」から。
名指しで祈ってくれない限りは、「奇跡の力は使えない」のが今のブルーの立ち位置だから…。
起こしたい奇跡・了
※「これだけは、ちょっと無理かもしれん」と思っていた「マツカ生存ED」。いや、本当に。
全員生存EDだったら、昔、ハレブルで書きましたけど。…ネタの神様、ありがとう!
「おっ、ジョミーだ!」
でもってヤバイ、とキムたちがサッと消去した何か。ジョミーが足を踏み入れた部屋で。
シャングリラの中にある娯楽室と言うか、休憩室とでも呼ぶべきなのか。そういうスペースでの出来事。ソルジャー候補の赤いマントを背負った姿で入って行ったら。
(えーっと…?)
何か消したよね、とジョミーにも分かる。部屋に備え付けになった端末、そのモニターで彼らが見ていた何か。ワイワイ取り囲んで、それは賑やかに。
「今、何か見てた…?」
何か面白いニュースでも、と尋ねたら「いやあ…」という返事。何処か曖昧、誤魔化しているといった趣。そう、何かを。
(…ぼくに内緒で、思いっ切りスルー…)
仮にもソルジャー候補のぼくを、と不愉快だけれど。なんだか嫌な気分だけれども、因果応報。ソルジャー候補な立場はともかく、現ソルジャーの方が問題。
スカウトされて船に来たのに、トンズラしたとも言う自分。「家に帰せ!」と大見得を切って。
リオに送らせて逃げ出した後は、人類に追われて、捕まって…。
(…サイオン爆発で、衛星軌道上まで逃げて…)
そんな所まで追って来られるのは、ソルジャー・ブルーしかいなかった。現ソルジャーで、力はもちろん、ビジュアルも凄い超絶美形なカリスマ指導者。
弱った身体に鞭打って助けに来てくれた彼を、半殺しにして寝込ませたのが自分なわけで…。
(後継者に指名して貰っても…)
船の雰囲気は最悪だった。コソコソ、ヒソヒソ、囁き交わされている陰口。それからシカト。
露骨なイジメこそ起こらないものの、四面楚歌とも針の筵とも言えそうな今。
(ぼくには見せてくれない何かも…)
その一つだよね、と悲しいながらも理解した。
船で流行りの楽しい画像か、はたまた若い仲間たちが何処かで集まる懇親会とかのお知らせか。
(…懇親会かも…)
可能性が高いヤツはソレかも、と肩を落として返した踵。「邪魔してごめん」と。
どうせ仲間には入れて貰えないし、何を見ていたかも教えてなんかは貰えない。何もかも自分が悪いわけだし、部屋に帰って落ち込もう、と。
自分の部屋に帰り着いたら、一層みじめな気分になった。
ソルジャー候補と言っても名ばかり、長老たちにも頭が上がらない。来る日も来る日も、朝から晩までサイオンの訓練、叱られて文句を浴びせられる日々。
やっと終わった、と休憩室を覗きに行ったら、さっきのようにシカトでスルー。
(…ぼくが未来のソルジャーだってこと、船のみんなは分かってるわけ…?)
ちっともそうは思えないけど、と零れる溜息、誰かいたなら愚痴りたいキモチ。
そうは言っても、ナキネズミ相手に愚痴るくらいしか出来ない自分。友達なんかはナッシングな船で、ソルジャー・ブルーに愚痴っても…。
(逆に説教…)
きっとそうなることだろう。「君の立場を考えたまえ」と、「物事には理由があるものだ」と。
どうして今の境遇なのか、それをキッチリ考えるように言われて藪蛇。
(はいはい、充分、分かってますって…)
ソルジャー候補なんて名前だけですよね、と悲しさMAX。
こんな結末になると知っていたなら、船から逃げはしなかった。不本意ながらも船に馴染んで、ミュウになろうとしていただろう。多少、時間はかかったとしても。
(孤立無援で、シカトよりかは…)
キムたちと殴り合いの日々でも、拳と拳でいつかは得られる男の友情。そっちの方がずっとマシだし、前向きな生き方でもあった。今よりも遥かに建設的で。
(失敗したよね…)
ぼくは生き方を間違えたんだ、と悔やんだ所で後悔先に立たず。「覆水盆に返らず」なわけで、これからも四面楚歌な毎日。きっと当分。
(正式にソルジャーってことになったら…)
いくらかは風当たりが和らぐだろうか、と未来に希望を繋ぐしかない。
その頃になれば、今日は隠された「懇親会のお知らせ」だって…。
(ソルジャーに内緒で開催するのは問題だしね?)
形だけでも誘いが来るか、あるいはキャプテン経由で情報が入って来るか。日時や、開催場所のお知らせ。「ソルジャーもご一緒に如何ですか?」と。
そうなった時は、顔を出すのもいいだろう。ソルジャーをシカト出来はしないし、少しずつでも距離が縮んでくれたなら、と。
けれど如何せん、現時点ではソルジャー候補。
懇親会のお知らせすらもスルーで、「ヤバイ」と隠される有様。さっきみたいに。
(まだまだ先は長そうだよ…)
自業自得でも、ホントにキツすぎ、と嘆きまくって、その日は終わった。ドン底な気分で。
ソルジャー候補は名前ばかりで、何の役にも立ちやしない、と。
それからも茨の日々が続いて、相変わらずのスルーと四面楚歌にシカト。もう嘆くだけ無駄、と思い始めた所へ、今度は別の事件が起こった。
ある朝、入って行った食堂。皆が輪になって談笑中で、「どうせ無視だよ」と靴音も高く彼らの横を通ろうとしたら…。
「おい、マズイって!」
早く隠せ、と一人がポケットに突っ込んだ何か。他の仲間はパッと散って逃げて、知らん顔して食事を始めたけれど…。
(なに、あの視線?)
やたら感じる、笑いをたっぷり含んだ視線。こちらをチラチラ眺めながら。
(…ぼくの顔に何かついているわけ?)
顔は洗って来たんだけどな、と両手でゴシゴシ擦っていたら、プッと吹き出した女性が一人。
(プッって…?)
そんなに可笑しいことをしたっけ、と解せない気分。顔を擦ったら、汚れが増殖したろうか?
鏡が無いから分からないよ、とマントでゴシゴシ、そしたら余計に感じる笑い。声とは違って、ミュウの得意の思念波で。
(クスクスが女性で、ゲラゲラが男…)
いったい何が可笑しいわけ、と考えてみても分からない理由。
顔が汚れていたのだったら、汚れが取れたら笑いも収まりそうなもの。いつまでも思念で笑っていないで、普段のシカトなモードに戻って。
(コミュニケーションってことはない…よね?)
笑いで仲良くなりたいのならば、「おい、マズイって!」は無いだろう。「早く隠せ」も。
彼らは何かを隠蔽していて、隠した「何か」がもたらす笑い。
それが何かは謎だけれども、もう最高に可笑しすぎる何か。多分、「自分」に関わることで。
ソルジャー候補に見せたらマズくて、隠さなくてはならないモノ。姿を現した瞬間に。
(何なのさ、アレ…)
ぼくが何をしたと、と腹が立っても、売れない喧嘩。此処で喧嘩を売ったなら…。
(エラやヒルマンが飛んで来て、説教…)
その上、皆に謝らされるに違いない。ソルジャー候補の自分の方が、ヒラの仲間にお詫び行脚。食堂のテーブルを端から回って、「ごめんなさい」と。「何もかも、ぼくが悪いんです」と。
そうなることが見えているから、グッと怒りを飲み込んだ。
(もう、これ以上…)
シカトとスルーは御免なのだし、敵は作らない方がいい。とっくの昔に四面楚歌でも、どっちを向いても敵ばかりでも。
(仕方ないよね…)
ぼくの印象、船に来た時から最悪だから、と我慢して耐えた笑いの思念。食事をしている間中。
それが済んだら朝の訓練、長老たちが待つ部屋に行ったのだけれど…。
「おお、ジョミーじゃ!」
マズイわい、とゼルがマントの下へササッと突っ込んだ何か。激しくデジャヴを感じる光景。
ついでにブラウが背中を丸めて、懸命に笑いを堪えていた。それは露骨に、隠そうともせずに。
(……………)
もう「懇親会のお知らせ」レベルじゃないよね、と嫌でも分かる「可笑しい」何か。
ソルジャー候補の自分に見せたら「マズイ」何かで、隠さなくてはいけないブツ。
(キムたちだったら、我慢しなくちゃ駄目だけど…)
いつもシゴキをする長老たち、彼らに遠慮は要らない気がする。大人しく訓練に励んでいたって叱るわけだし、容赦ないのが四人の長老たちというヤツ。
だからズズイと一歩踏み出し、「今のは、何?」と足を踏ん張った。負けてたまるかと。
「何か隠したよね、マントの下に?」
見せて、と凄んだら、「見ない方がいいと思うんじゃが」と返したゼル。髭を引っ張って。
「世の中、知らない方がいいことも沢山あるもんじゃ。…そうじゃろ、ブラウ?」
「その通りさ。アンタも不幸になりたくないだろ、坊や?」
黙ってスルーしておきな、と言われれば余計、誰でも気になる。「不幸になる」と聞いたって。知らない方がいいこともある、とスルーを推奨されたって。
そう思うから…。
「不幸になっても気にしないから!」
もう充分に不幸だしね、と開き直った。毎日が四面楚歌の日々だし、シカトされる立場。
陰でコソコソ笑われるよりは、原因を知ってスッキリしたい、と。
そうしたら…。
「なるほどのう…。それだけの覚悟があるんじゃったら…」
まあ、ええじゃろう、とゼルが懐から出して来たモノ。それを見るなり、固まったジョミー。
(ちょ、ちょっと…!)
これって何、と失った言葉。もう落ちそうなほどに見開いた瞳。
ゼルの皺だらけの指が持っているものは写真で、写っているのは自分だけれど…。
(こんなの、誰が撮っていたわけ…!?)
酷すぎるよ、としか思えなかった。ソルジャー・ブルーも一緒に写った一枚、けれどもカメラの方を向いているのは「自分だけ」。ソルジャー・ブルーは気絶しているから。
(…確かに、こういう展開になっていたけれど…!)
その原因は、ぼくなんだけど、と口から泡を噴きそうな写真。
ソルジャー候補に据えられる前に、アルテメシアの衛星軌道から落下してゆくブルーを追って、追い掛けて…。
(ちゃんと捕まえて帰って来たけど、ぼくの服は…)
ものの見事に燃えてしまって、一部分しか残らなかった。袖口とか肩とか、パンツが隠れる部分とか。そういう状態で船に収容される直前に…。
(ぼくのズボンが…)
辛うじて腰の周りに残っていたのが、ポロリと崩れて燃え落ちた。下に履いていたパンツだけを残して、「はい、さようなら」と綺麗サッパリ。
ゼルが持っている写真はソレで、その瞬間を捉えているから堪らない。
(パンツ丸見え…)
みんなが笑っていたのはコレか、と分かったけれども、知らなかった方が幸せだった。懇親会のお知らせなのか、と思った頃とか、食堂で笑われていた頃だとか。
よりにもよってパンツ丸出し、そんな写真が船中に出回り、誰もが笑っているなんて。長老たちまで持っている上、こうして見せてくれただなんて。
あろうことかパンツ丸出しの写真、それがソルジャー候補の肖像。シャングリラ中で閲覧可能な恐怖の一枚、いったい何枚コピーされたか、考えたくもないわけで…。
「これって、どうすれば消せるって言うの!?」
今すぐに消して欲しいんだけど、とソルジャー候補の権威を振りかざしたら。
「そりゃ無理じゃのう…。データベースの削除権限は、ソルジャーしか持っておらんのじゃ」
ソルジャー・ブルーしか消せんわい、とゼルがカッカッと笑ってくれた。消したかったら、早く候補を卒業すること。正式なソルジャーになることじゃ、と。
「…それまでは?」
「放置プレイに決まっておろう!」
ソルジャー・ブルーも映像のことは御存知なのじゃ、とゼルは腕組みして威張り返った。
「これもソルジャーのお考えじゃ」と、「恥ずかしい記録を消すために精進するがいい」と。
(……恥ずかしい記録……)
晴れてソルジャーにならない限りは、削除不可能な写真や映像。パンツ丸見えの恥ずかしい姿。
今のままだと拡散しまくり、放っておいたら子供たちの目にまで入りそうだから…。
「分かったよ! ソルジャーになって、削除するから!」
そのためだったら頑張れる、とジョミーがグッと握った拳。「努力あるのみ」と。
かくしてジョミーは、奮然として訓練に取り組むことになる。
ソルジャー・ブルーが放置で黙認している写真を、映像を削除するために。パンツまで丸見えになった瞬間、それを「歴史」から消すために。
(ソルジャー・ブルー…!)
あなたは何処まで腹黒いんです、と歯噛みするジョミーと、ほくそ笑んでいるブルーの方と。
(…頑張りたまえ、ジョミー)
ぼくがアレを最初にバラ撒いたんだ、とソルジャー・ブルーは涼しい顔。
原動力が何であろうと、ジョミーが立派なソルジャーになればミュウの未来は安泰だから。
「これで安心して死んでゆける」と、「恥ずかしい記録も、時には大いに役立ててこそ」と…。
消せない肖像・了
※燃えてしまったジョミーの服。アニテラでは「辛うじて」残っていたわけですけれど。
収容する前に燃え落ちたかもね、と考えたのが管理人。当然、記録はガッツリと…。南無。
(マザー直々の選抜だというのは分かるが…)
見た顔が多いのも仕方ないが、と首を捻ったキース。自分の部屋で。
ジルベスター星系からノアに戻った後、直属の部下たちを思い浮かべて。
自ら側近に起用したマツカ、彼については問題ない。ミュウの能力を高く買った上で、マザーを誤魔化して側近に据えた。きっと役立つだろうから。
マツカは元々、人類統合軍の人間。それでは自分の部下に出来ないから、国家騎士団の方に転属させた。有能で忠実な側近になるのは間違いないし、「これは使える」と。
それとは別に、グランド・マザーに依頼した部下。「ミュウの掃討に役立つ者を」と、実戦経験豊富な者たちの配属を。
(…それで来たのが、スタージョン中尉たちなのだがな…)
あの面子はアクが強すぎないか、と気になって仕方ない自分の部下たち。
まずはスタージョン中尉が問題、軍の上層部になればなるほど、いないのが濃い肌の色を持った人材。黄色だろうが、褐色だろうが。
(SD体制の時代になっても、妙なこだわりというヤツで…)
出世するには、「肌の色は白い方がいい」とされていた。時代錯誤も甚だしい話。
SD体制が始まるよりも、ずっと昔に消えてしまった「肌の色での区別」や差別。科学的根拠はナッシングだから、そんな説など時代遅れだ、と。
(しかし、そいつがまかり通るのが…)
今の時代で、旗振り役はグランド・マザーだと囁かれている。
ミュウを「異分子」と決め付けるように、肌の色も「白いほどいい」と考えている機械。実際、それを裏付けるように、国家騎士団には肌の色が白い者ばかりで…。
(たまに肌の色が濃いのがいたなら、辺境星域が配属先で…)
どう間違っても、ノアに配属されては来ない。相当な功績があるならともかく、まだ駆け出しの中尉程度の階級では。
それが世間の常識で認識、なのに来たのが褐色の肌を持つスタージョン中尉。
(あまつさえ、パスカルたちもいるのに…)
肌が白い彼らを軽く押しのけ、補佐官の地位まで拝命している。マザー直々の選抜で。
グランド・マザーは、「肌が白くない」士官は嫌いな筈なのに。
なんとも妙だ、と解せない部下。その筆頭がスタージョン中尉で、パスカルだって…。
(…あの無精髭を生やしたままでは…)
将来、出世に支障が出るぞ、と教官時代に何度も叱った。「出世したいなら、髭を剃れ」と。
けれども聞かなかったパスカル。「出世に興味はありませんから」と鼻で笑って。出世よりかは個性が大事で、「これが私のスタイルなので」と貫いた髭。
(とっくに何処かでドロップアウトで…)
二度と目にすることもあるまい、と思っていたのに、グランド・マザーに選ばれたパスカル。
あまつさえ、スタージョン中尉に次ぐ二番手な立ち位置で。
(グランド・マザーは、無精髭も好みではない筈なのだが…)
髭を生やすなら、もっとジェントルマンな髭。遠い昔の紳士や軍人、彼らの髭に倣ったもの。
そういう髭なら「まあ、いいだろう」と、許すと噂のグランド・マザー。
肌の色で差別をかます件といい、何処までも時代錯誤な機械で、さながら女帝気取りとも言う。
(人種差別は当たり前のことで、髭も立派な髭でない限りは認めない女帝…)
それがグランド・マザーの本性、髭はともかく、肌の色で泣きを見た者も多い。
ところが今度の人事ときたら、ミュウ殲滅のための作戦だったのに…。
(セルジュを寄越して、補佐にパスカル…)
この二人だけでも「強すぎる」アク。
グランド・マザーの趣味とも思えぬ、斜め上をいく大抜擢。
(彼らのデータを調べてみたが…)
輝かしい功績を上げてはいないし、何故こうなったか分からない。選ばれた理由がサッパリ謎。これが人間によるものだったら、「袖の下」などもアリだけれども…。
(グランド・マザーに賄賂を贈ったところで…)
何の効果もありはしなくて、下手をしたなら食らうのが左遷。それこそ辺境星域へと。
ましてやグランド・マザーが嫌いな、「褐色の肌」や「無精髭」の輩が賄賂を贈ったならば…。
(左遷どころか、解任だろうな)
国家騎士団から放り出されて、人類統合軍の下っ端とか。それにもなれずに、警備員とか。
そんな結末が見えているのに、セルジュとパスカルは揃って配属されて来た。有り得ないような人事異動で、マザー直々の選抜で。
トップの二人を眺めただけでも「濃すぎる」と分かる、自分の部下。
かてて加えて、他の面子もユニークさの点では半端なかった。軍人たるもの、こうあるべき、と思う形から外れまくりに思える面子。誰を取っても、誰のデータを見てみても。
(…いったいマザーは、何を思って…)
此処までアクの強い奴らを選んで寄越したのだ、と掴めない意図。
もしかしたら試されているのだろうか、彼らを見事に御せるかどうか。キース・アニアンの器を知ろうと、「お手並み拝見」とマザーが選んで来ただとか。
(そういうことなら、分からないでも…)
教官時代に手を焼かされた奴らが揃うのも、と零した溜息。「テストだったら仕方ない」と。
彼らを立派に使いこなせたら、晴れて自分も一人前。
(ゆくゆくはパルテノンに入って…)
元老になって国家主席だ、と目標は高く果てしなく。
メンバーズとして歩むからには、其処まで昇り詰めてこそ。トップの地位に就いてこその人生、そうでなければ甲斐がない。
(グランド・マザーに気に入られてだな…)
出世街道を走り続けてやる、と戯れに触れたコンソール。机に備え付けのもの。
個人的な部屋の備品とはいえ、今の地位なら国家機密にもアクセス可能。
(…グランド・マザーの趣味を確認しておくか…)
部下どもは嫌われている筈だからな、と打ち込んでいったセルジュたちの名前。ついでだからとパーソナルデータも、覚えている分を入れてゆく。ジルベスターから加わった部下を。
(マツカは無関係だから…)
セルジュにパスカル、とザッとブチ込んで、データベースを検索させた。
グランド・マザーが嫌悪しそうな部下たち、誰が一番マザーの好みに合わないのか、と。
そうしたら…。
(嘘だろう!?)
何故だ、と見開いてしまった瞳。
その条件で開示された情報、其処にはグランド・マザーが与えた承認の印。「素晴らしい」と。
並ぶ者なき騎士団員たち、彼らこそ理想の国家騎士団員だ、と。
(何故、そうなる…!)
マザーが嫌いそうな面子ばかりの筈なのに、と慌てて変えた検索条件。
どう転がったら、これがマザーの理想なのかと、信じられない面持ちで。「有り得ないぞ」と。
とにかく理由を提示するよう、メンバーズとしてのIDなども叩き込んだら…。
(……なんだ、これは?)
画面に大きく表示された文字、「風と木の詩」という代物。
「詩」と書いて「うた」と読むとの情報、SD体制が始まるよりも遥かに遠い昔に描かれた…。
(…びーえるの走り…?)
BLとは何のことだろうか、と深まる疑問。それから「風と木の詩」という漫画。
どちらもグランド・マザーの好みで、繰り返し思考しているらしい。詩的だという作風だとか、綺羅星のような登場人物について。
(…ふうむ…)
ならば私も勉強すべきか、と思った「風と木の詩」。
迷わずデータを全て引き出し、早速、読もうとしたのだけれど。
(……………)
もう冒頭から唖然呆然、肌色満載のページが出て来た。男同士のベッドシーンで、それは激しく絡み合う二人。それこそ最初のページから。
(…この本は思考に値するのか!?)
分からん、と投げたい気分だけれども、如何せん、グランド・マザーのお気に入りの本。途中で投げたとマザーに知れたら、自分が失脚しかねないから…。
(…ジルベール・コクトー…)
「我が人生に咲き誇りし、最大の花よ」と始まる物語をヤケクソで読んだ。泣きの涙で。BLの趣味など無いというのに、忍の一字で。
(このジルベールの相手役がセルジュ…)
褐色の肌の少年なのか、とスタージョン中尉と被った「セルジュ」。
読み進めたら、パスカルという名の男も出て来た。無精髭のパスカルに激似の男で、セルジュとジルベールの周りを固める連中は…。
(どいつもこいつも、見たような奴らばかりではないか…!)
私の部下だ、と遅まきながら理解した。どうしてセルジュでパスカルだったか、アクが強いか。
グランド・マザーが好きな「風と木の詩」、何度も思考し続けるそれ。
上手い具合に、面子が揃っていたらしい。セルジュにパスカル、彼らを取り巻く人物とそっくり同じな、名前や見た目の人材が。
(……風と木の国家騎士団員……)
それを押し付けられたようだ、と気付いたからには、回避したいのが最悪の事態。
幸か不幸か、まだ現れてはいない人物、その登場を避けねばならない。
「マツカ! …マツカはいるか!?」
急いで来い、と肉声と通信と思念とのコンボ、大慌てで走って来たマツカ。とうに夜だったし、部屋でシャワーでも浴びていたのか、髪に水滴をくっつけて。
「お呼びですか?」
大佐、と敬礼するマツカに、「この情報を皆に伝えろ」と顎をしゃくった。メモを差し出して。
「いいな、こういう名前の人物が来たら、門前払いをするように」
決して配属させてはならん、と渡したメモに、マツカが目を落として…。
「ジルベール…。コクトーですか?」
「そうだ。ジルベールだろうが、コクトーだろうが、却下だ、却下!」
特に金髪の奴は駄目だ、と念押しをした。「緑の瞳の奴も却下だ」と、そんなジルベールは特にいかん、と。
「…分かりました。ジルベールとコクトーは駄目なんですね?」
「ああ。マザー直々の選抜だろうが、断固、断る」
絶対にジルベールを入れてはならん、と凄んだキース。もしも配属されて来たなら、他の部署に異動させるようにと。「キース・アニアンの部下にはさせん」と。
かくして忠実なマツカは駆け去り、命令は周知徹底されて…。
(…キース・アニアン…。私の好意を無にするとはな…)
もう少しで「風と木の国家騎士団」が完成していたものを、と呻くグランド・マザー。
やっとのことで「理想のジルベール」を発見したのに、受け入れ先が無かったから。辺境星域の基地に戻すしかなくて、キースの部下には出来なかったから。
(…ジルベールさえ送り込めていたなら…)
耽美な騎士団になったものを、とグランド・マザーが嘆いている頃、キースの方は…。
「よくやった、マツカ! 断ったのだな、ジルベールを?」
「はい。ですが、良さそうな人材でしたよ?」
成績優秀、見た目も上品な美少年で…、と答えるマツカは何も知らない。「風と木の詩」という漫画のことも、グランド・マザーの隠れた趣味も。
「どんなに優秀な人材だろうと、ジルベールだけは御免蒙る!」
下手をしたなら規律が乱れてしまうからな、と吐き捨てるキースにBLの趣味は無かった。
欠片さえも持っていないのだけれど、濃すぎる部下たち。
(…グランド・マザーが選んだせいで…)
ずっと奴らと珍道中か、と尽きない苦悩。
ジルベールの登場は阻止したけれども、他は揃っているものだから。傍から見たなら、リーチでテンパイ、そんな具合の面子だから。
(…ジルベールだけは来てくれるなよ…)
私はマザーのオモチャではない、と握った拳。
「風と木の詩」に萌えてはいないし、思考する趣味も持ってはいない。軍人の世界に「耽美」は不要で、そんなブツなど持ち込めば負ける。
「部下のせいで敗れてたまるものか」と、「ミュウに勝たねばならないからな」と…。
風と木の騎士団・了
※アニテラに出た「風と木の詩」な面子。セルジュとパスカルしか分からなかった管理人。
なんとも濃かった騎士団だ、と思ったトコから、こういう話に。ジルベール不在でしたしね。