(神様の世界は面倒なんだな…)
なんてやりにくい世界なんだ、とソルジャー・ブルーは日々、腐っていた。
命と引き換えにメギドを沈めて、ミュウの未来を守った功績。それが認められて、鳴り物入りで天国入りを果たしたけれども、その後がどうにも上手くいかない。
今のブルーは、遠い昔の地球で言ったら、「聖人」と呼ばれていたポジション。それの予備軍。
色々な奇跡を起こしても良くて、起こせる力も貰っている。…そう、神様から。
ただ、問題は…。
(…奇跡というのは、頼まれないと…)
起こせないのが「聖人」予備軍、かつての地球では、そうだった。
「この人だったら助けてくれる」と信じる人たち、その人からの「ご指名」を受けて動くもの。病気や怪我を治してやるとか、他にも色々。
「誰それに祈って、こういう奇跡が起こりました」と声が上がったら、聖人にするための調査が始まる。「それは本当に奇跡なのか」とか、他にも色々。
(間違いない、ということになったら…)
晴れて聖人、奇跡の力を使い放題。どう使うのも自分の自由で、大勢の人を救いまくれる。
レアケースとしては、生きている間に「奇跡を起こした」聖人もいたりするけれど…。
(そういう人は、元から聖人…)
奇跡の力を持って生まれて、聖人の称号が後付けなだけ。
生前に幾つもの善行を積んで、死んだ後に「奇跡の力」を貰った場合は、「誰かの祈り」でしか動けない。どんなに力を使いたくても、誰かが頼んでくれないと…。
(独りよがりの奇跡になって、それは神様も喜ばなくて…)
どちらかと言えばマイナス評価で、下手をしたなら「エセ」扱い。
そのシステムが、天国では今も「生きていた」。
SD体制の時代になっても、旧態依然とした世界。「勝手に力を使うんじゃない」と。
指名が無ければ使えない力、せっかく「奇跡を起こせる」ようになったのに。
お蔭で宝の持ち腐れ。
メギドでサックリ死んでからこっち、ミュウの世界では戦いの日々。
アルテメシアを落とした時には余裕だったけれど、それから後はヤバイ局面が幾つもあった。
被害の方も増える一方、健気だったナスカの子供たちも…。
(アルテラも、それにコブとタージオンも…)
人類軍との戦いで死んだ。
誰かが一言、祈ってくれれば良かったのに。「あの子たちを守って下さい」と。
「ソルジャー・ブルー」でも「ブルー」でもいいから、名指しで自分に。
(そうしてくれたら…)
あそこで奇跡を起こしてやれた。
人類軍の船を操船不能にするとか、弾切れを起こさせるだとか。
ナスカの子たちが乗っていた船、それに弾など当たらないようにするだとか。
(ぼくには、そういう力があるのに…)
誰も祈ってくれないからして、何も出来ずに終わってしまった。神様に貰った「奇跡を起こす」パワーを発揮できずに、ただ天国から見ているだけで。
(この先も、どうせ…)
同じ展開になるだけだ、と零れるものは溜息ばかり。
シャングリラはとうとう、ソル太陽系に辿り着いたのに。憧れの地球が目前なのに。
(今、問題のコルディッツも…)
ジョミーが手を打ったようだけれども、ゼルの船を使って小細工などをしなくても…。
(ぼくに一言、「助けて下さい」と…)
頼んでくれれば、オールオッケー。
お安い御用で、ミュウの強制収容所くらい、軽く救える。
見せしめとばかりにジュピターに向けて、人類軍が落下させても。…奇跡の力で落下を止めて、一人も命を落とすことなく。
そうは思っても、「誰も祈ってくれない」日々。
もう本当に情けないだけで、天国のキツイ決まりが悲しい。いくら「聖人」予備軍だって、これでは「いないも同然」だから。…何の役にも立ちはしないから。
(だが、神様に直訴してみても…)
長年これで通したからには、一朝一夕には変わらないだろう。
「決まりを変えよう」という方に行っても、大勢の天使や聖人なんかがワイワイ会議で、一向に進みそうにない。「天国時間」は気が長いだけに、「十年一日」どころか「百年一日」。
(決まりが変わる前に、人類軍との戦いが終わっていそうなんだが…)
きっとそうなる、と分かっているから、声も上げられずに腐っているだけ。
「また今回も出番が無かった」と、「ぼくの力は、何のためにある?」などと。
今日も腐ってぼやいていたら、不意にハーレイの声が聞こえた。
「ブルー、あの子に導きを」と。
(…よくやった、ハーレイ!)
流石は、ぼくの右腕だったキャプテン、と喜んだブルー。
やっと「祈って貰えた」わけで、「奇跡の力」を使えるチャンス到来だ、と。
(…それで、「あの子」と言っていたのは…)
トォニィだったな、とウキウキ探った。トォニィの居場所と、その目的を。
人類軍との戦いだろうし、トォニィに有利に進めなければ、と。
そうしたら…。
(…いや、それは…!)
奇跡の力の範疇外で、とブルーは驚き慌てた。
トォニィは人類軍の旗艦ゼウスに向かって、単身、出撃してゆく所。しかも目的は、国家主席のキースを暗殺することで…。
(あのトォニィに導きを与えてくれ、と言われても…!)
キース殺しに加担したなら、「聖人」予備軍の地位がパアになる。奇跡の力も消えてなくなる。
「殺すなかれ」が天国ルールで、もう絶対の掟だから。
たとえ正当防衛だとしても、「奇跡の力で殺す」所までいったら、反則MAX。
これは困った、と窮地に追い込まれたソルジャー・ブルー。
(…ハーレイ、ぼくに祈る時には…!)
TPOを考えてくれ、と文句をつけたくても、届きはしない。…シャングリラにも、ハーレイの耳にも、まるで全く。
とはいえ「祈り」は届いたわけだし、奇跡の力は使用オッケー。
(いくら使えても、使い道が全く無いんだが…!)
ぼくにキースは殺せないし、と呻く間に、トォニィはゼウスに入り込んだ。警備兵の服を奪って着替えて、艦内を歩いてゆくけれど…。
(…ミュウか?)
トォニィがすれ違った、国家騎士団の制服の青年。トォニィも「ミュウか?」と反応していて、ブルーも同じに気付いた「正体」。「あれはミュウだ」と。
(メギドで、キースを助けに来たミュウ…)
まだいたのか、と驚かされた。
よほど有能なのか、殺されもせずにキースに仕えているらしい。
(本人がそれでいいのなら…)
人類側にミュウがいたっていいだろう、と思って見送ったのだけれども…。
ハーレイに「よろしく」と頼まれてしまった、トォニィへの助力。
そっちはと言えば、とんでもない方へ転がりつつあった。
(トォニィ、それでは嬲り殺しだ…!)
もうちょっと楽に殺してやれ、と止めたい状況。
トォニィはキースの首をサイオンでギリギリと締め上げ、「楽には死なせない」と凄んでいる。
(ぼくもキースに嬲り殺されたようなものだが…)
あそこまで酷くなかったような、と思うものだから、キースの方に同情しきり。
「あんな形で殺されるよりは、心臓を止めてやった方が」と、「奇跡の力」を使いたいほど。
それを使って「人を殺せば」、天国ルールで「聖人の資格剥奪」という鉄の掟が無ければ。
せっかく貰った奇跡の力が、パアになったりしないのなら。
(あのトォニィを、どう導けと…!)
ハーレイの奴、無茶な注文を…、と恨んでいたら、さっきのミュウが駆け込んで来た。開かない扉をサイオンで壊して、派手な爆発を引き起こして。
「キース…!」
床に倒れたキースを見るなり、そのミュウは怒り心頭で…。
「お前は、ミュウだろう! どうして、こんな所にいる!」
トォニィがそう叫んだけれども、相手は聞いていなかった。「キースの仇!」とばかりに攻撃、タイプ・ブルーなトォニィにだって負けてはいない。
(…凄すぎる……)
まさに火事場の馬鹿力だな、と感心する間に、人類軍の者たちの気配がしたから大変。
トォニィは片をつけにかかって、キースに向かってサイオンを投げて…。
(…待て、トォニィ…!)
ちゃんと左右を確認しないか、と突っ込んだブルー。かつて「ソルジャー」と呼ばれた男。
ブルーはキッチリ見切っていた。
例のミュウが、キースを庇うのを。トォニィが投げたサイオンの前に飛び出すのを。
というわけで、其処で奇跡は起こった。
トォニィは「ミュウの返り血を浴びて」、「同族を殺した」とパニックで逃げて行ったけど。
ミュウのマツカも、本当だったら、真っ二つに裂かれる所だったのだけれど…。
「「「閣下!!!」」」
部屋に飛び込んで来たセルジュたちが見たのは、倒れたキースと、血まみれのマツカ。
どちらの救助を優先すべきか、それは自明の理というヤツで…。
「閣下、帰って来て下さい!」
懸命に心臓マッサージをするのがセルジュで、パスカルはマツカの方を調べて…。
「こっちはお役御免だな…。この足はもう、治らんだろう」
軍人を続けるのは無理だ、と冷静な判断を下している。右足に食らった酷い裂傷、骨まで見えているものだから。…治療したって、歩くのがやっとだろうから。
(…やっと奇跡の力を使えた…)
使い道がかなり変わってしまったが、と思いながらも、ブルーは「助けたミュウ」にアドバイスしてやった。意識不明になったはずみに、「こちらの世界」に来たものだから。
「キースを救いたいのなら…。その先に沈んでいる筈だ」
「沈んでいる…んですか?」
「そうだ。放っておいたら、沈んで死ぬ。その前に掴んで引き上げてやれ」
健闘を祈る、と肩を叩いて、「頑張りたまえ」と微笑んだ。
もっとも、「マツカ」という名のミュウは、目覚めた時には、全て忘れているだろうけれど。
かくしてマツカは「キースを救った」。
心肺停止だった所を、死の淵から上へ引き上げて。
ついでに身体を張っての救助で、マツカの右足は当分使えそうにもなくて…。
「…すみません、キース…。これからが肝心な時なのに…」
「いや、いい。早く治して、またコーヒーを淹れに戻って来てくれ」
ノアでしっかり静養しろ、とキースに見送られて、車椅子のマツカはゼウスから去った。自分が命を拾った理由も、「キースを救う方法を教えてくれた誰か」も知らないままで。
そしてマツカを「救うことになった」ブルーはと言えば…。
(ハーレイ、次はしっかりしてくれ…!)
ぼくが存分に奇跡の力を使えるように、とハーレイに期待するばかり。
ジョミーもトォニィも、「まるで祈ってくれない」から。
名指しで祈ってくれない限りは、「奇跡の力は使えない」のが今のブルーの立ち位置だから…。
起こしたい奇跡・了
※「これだけは、ちょっと無理かもしれん」と思っていた「マツカ生存ED」。いや、本当に。
全員生存EDだったら、昔、ハレブルで書きましたけど。…ネタの神様、ありがとう!
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