「おっ、ジョミーだ!」
でもってヤバイ、とキムたちがサッと消去した何か。ジョミーが足を踏み入れた部屋で。
シャングリラの中にある娯楽室と言うか、休憩室とでも呼ぶべきなのか。そういうスペースでの出来事。ソルジャー候補の赤いマントを背負った姿で入って行ったら。
(えーっと…?)
何か消したよね、とジョミーにも分かる。部屋に備え付けになった端末、そのモニターで彼らが見ていた何か。ワイワイ取り囲んで、それは賑やかに。
「今、何か見てた…?」
何か面白いニュースでも、と尋ねたら「いやあ…」という返事。何処か曖昧、誤魔化しているといった趣。そう、何かを。
(…ぼくに内緒で、思いっ切りスルー…)
仮にもソルジャー候補のぼくを、と不愉快だけれど。なんだか嫌な気分だけれども、因果応報。ソルジャー候補な立場はともかく、現ソルジャーの方が問題。
スカウトされて船に来たのに、トンズラしたとも言う自分。「家に帰せ!」と大見得を切って。
リオに送らせて逃げ出した後は、人類に追われて、捕まって…。
(…サイオン爆発で、衛星軌道上まで逃げて…)
そんな所まで追って来られるのは、ソルジャー・ブルーしかいなかった。現ソルジャーで、力はもちろん、ビジュアルも凄い超絶美形なカリスマ指導者。
弱った身体に鞭打って助けに来てくれた彼を、半殺しにして寝込ませたのが自分なわけで…。
(後継者に指名して貰っても…)
船の雰囲気は最悪だった。コソコソ、ヒソヒソ、囁き交わされている陰口。それからシカト。
露骨なイジメこそ起こらないものの、四面楚歌とも針の筵とも言えそうな今。
(ぼくには見せてくれない何かも…)
その一つだよね、と悲しいながらも理解した。
船で流行りの楽しい画像か、はたまた若い仲間たちが何処かで集まる懇親会とかのお知らせか。
(…懇親会かも…)
可能性が高いヤツはソレかも、と肩を落として返した踵。「邪魔してごめん」と。
どうせ仲間には入れて貰えないし、何を見ていたかも教えてなんかは貰えない。何もかも自分が悪いわけだし、部屋に帰って落ち込もう、と。
自分の部屋に帰り着いたら、一層みじめな気分になった。
ソルジャー候補と言っても名ばかり、長老たちにも頭が上がらない。来る日も来る日も、朝から晩までサイオンの訓練、叱られて文句を浴びせられる日々。
やっと終わった、と休憩室を覗きに行ったら、さっきのようにシカトでスルー。
(…ぼくが未来のソルジャーだってこと、船のみんなは分かってるわけ…?)
ちっともそうは思えないけど、と零れる溜息、誰かいたなら愚痴りたいキモチ。
そうは言っても、ナキネズミ相手に愚痴るくらいしか出来ない自分。友達なんかはナッシングな船で、ソルジャー・ブルーに愚痴っても…。
(逆に説教…)
きっとそうなることだろう。「君の立場を考えたまえ」と、「物事には理由があるものだ」と。
どうして今の境遇なのか、それをキッチリ考えるように言われて藪蛇。
(はいはい、充分、分かってますって…)
ソルジャー候補なんて名前だけですよね、と悲しさMAX。
こんな結末になると知っていたなら、船から逃げはしなかった。不本意ながらも船に馴染んで、ミュウになろうとしていただろう。多少、時間はかかったとしても。
(孤立無援で、シカトよりかは…)
キムたちと殴り合いの日々でも、拳と拳でいつかは得られる男の友情。そっちの方がずっとマシだし、前向きな生き方でもあった。今よりも遥かに建設的で。
(失敗したよね…)
ぼくは生き方を間違えたんだ、と悔やんだ所で後悔先に立たず。「覆水盆に返らず」なわけで、これからも四面楚歌な毎日。きっと当分。
(正式にソルジャーってことになったら…)
いくらかは風当たりが和らぐだろうか、と未来に希望を繋ぐしかない。
その頃になれば、今日は隠された「懇親会のお知らせ」だって…。
(ソルジャーに内緒で開催するのは問題だしね?)
形だけでも誘いが来るか、あるいはキャプテン経由で情報が入って来るか。日時や、開催場所のお知らせ。「ソルジャーもご一緒に如何ですか?」と。
そうなった時は、顔を出すのもいいだろう。ソルジャーをシカト出来はしないし、少しずつでも距離が縮んでくれたなら、と。
けれど如何せん、現時点ではソルジャー候補。
懇親会のお知らせすらもスルーで、「ヤバイ」と隠される有様。さっきみたいに。
(まだまだ先は長そうだよ…)
自業自得でも、ホントにキツすぎ、と嘆きまくって、その日は終わった。ドン底な気分で。
ソルジャー候補は名前ばかりで、何の役にも立ちやしない、と。
それからも茨の日々が続いて、相変わらずのスルーと四面楚歌にシカト。もう嘆くだけ無駄、と思い始めた所へ、今度は別の事件が起こった。
ある朝、入って行った食堂。皆が輪になって談笑中で、「どうせ無視だよ」と靴音も高く彼らの横を通ろうとしたら…。
「おい、マズイって!」
早く隠せ、と一人がポケットに突っ込んだ何か。他の仲間はパッと散って逃げて、知らん顔して食事を始めたけれど…。
(なに、あの視線?)
やたら感じる、笑いをたっぷり含んだ視線。こちらをチラチラ眺めながら。
(…ぼくの顔に何かついているわけ?)
顔は洗って来たんだけどな、と両手でゴシゴシ擦っていたら、プッと吹き出した女性が一人。
(プッって…?)
そんなに可笑しいことをしたっけ、と解せない気分。顔を擦ったら、汚れが増殖したろうか?
鏡が無いから分からないよ、とマントでゴシゴシ、そしたら余計に感じる笑い。声とは違って、ミュウの得意の思念波で。
(クスクスが女性で、ゲラゲラが男…)
いったい何が可笑しいわけ、と考えてみても分からない理由。
顔が汚れていたのだったら、汚れが取れたら笑いも収まりそうなもの。いつまでも思念で笑っていないで、普段のシカトなモードに戻って。
(コミュニケーションってことはない…よね?)
笑いで仲良くなりたいのならば、「おい、マズイって!」は無いだろう。「早く隠せ」も。
彼らは何かを隠蔽していて、隠した「何か」がもたらす笑い。
それが何かは謎だけれども、もう最高に可笑しすぎる何か。多分、「自分」に関わることで。
ソルジャー候補に見せたらマズくて、隠さなくてはならないモノ。姿を現した瞬間に。
(何なのさ、アレ…)
ぼくが何をしたと、と腹が立っても、売れない喧嘩。此処で喧嘩を売ったなら…。
(エラやヒルマンが飛んで来て、説教…)
その上、皆に謝らされるに違いない。ソルジャー候補の自分の方が、ヒラの仲間にお詫び行脚。食堂のテーブルを端から回って、「ごめんなさい」と。「何もかも、ぼくが悪いんです」と。
そうなることが見えているから、グッと怒りを飲み込んだ。
(もう、これ以上…)
シカトとスルーは御免なのだし、敵は作らない方がいい。とっくの昔に四面楚歌でも、どっちを向いても敵ばかりでも。
(仕方ないよね…)
ぼくの印象、船に来た時から最悪だから、と我慢して耐えた笑いの思念。食事をしている間中。
それが済んだら朝の訓練、長老たちが待つ部屋に行ったのだけれど…。
「おお、ジョミーじゃ!」
マズイわい、とゼルがマントの下へササッと突っ込んだ何か。激しくデジャヴを感じる光景。
ついでにブラウが背中を丸めて、懸命に笑いを堪えていた。それは露骨に、隠そうともせずに。
(……………)
もう「懇親会のお知らせ」レベルじゃないよね、と嫌でも分かる「可笑しい」何か。
ソルジャー候補の自分に見せたら「マズイ」何かで、隠さなくてはいけないブツ。
(キムたちだったら、我慢しなくちゃ駄目だけど…)
いつもシゴキをする長老たち、彼らに遠慮は要らない気がする。大人しく訓練に励んでいたって叱るわけだし、容赦ないのが四人の長老たちというヤツ。
だからズズイと一歩踏み出し、「今のは、何?」と足を踏ん張った。負けてたまるかと。
「何か隠したよね、マントの下に?」
見せて、と凄んだら、「見ない方がいいと思うんじゃが」と返したゼル。髭を引っ張って。
「世の中、知らない方がいいことも沢山あるもんじゃ。…そうじゃろ、ブラウ?」
「その通りさ。アンタも不幸になりたくないだろ、坊や?」
黙ってスルーしておきな、と言われれば余計、誰でも気になる。「不幸になる」と聞いたって。知らない方がいいこともある、とスルーを推奨されたって。
そう思うから…。
「不幸になっても気にしないから!」
もう充分に不幸だしね、と開き直った。毎日が四面楚歌の日々だし、シカトされる立場。
陰でコソコソ笑われるよりは、原因を知ってスッキリしたい、と。
そうしたら…。
「なるほどのう…。それだけの覚悟があるんじゃったら…」
まあ、ええじゃろう、とゼルが懐から出して来たモノ。それを見るなり、固まったジョミー。
(ちょ、ちょっと…!)
これって何、と失った言葉。もう落ちそうなほどに見開いた瞳。
ゼルの皺だらけの指が持っているものは写真で、写っているのは自分だけれど…。
(こんなの、誰が撮っていたわけ…!?)
酷すぎるよ、としか思えなかった。ソルジャー・ブルーも一緒に写った一枚、けれどもカメラの方を向いているのは「自分だけ」。ソルジャー・ブルーは気絶しているから。
(…確かに、こういう展開になっていたけれど…!)
その原因は、ぼくなんだけど、と口から泡を噴きそうな写真。
ソルジャー候補に据えられる前に、アルテメシアの衛星軌道から落下してゆくブルーを追って、追い掛けて…。
(ちゃんと捕まえて帰って来たけど、ぼくの服は…)
ものの見事に燃えてしまって、一部分しか残らなかった。袖口とか肩とか、パンツが隠れる部分とか。そういう状態で船に収容される直前に…。
(ぼくのズボンが…)
辛うじて腰の周りに残っていたのが、ポロリと崩れて燃え落ちた。下に履いていたパンツだけを残して、「はい、さようなら」と綺麗サッパリ。
ゼルが持っている写真はソレで、その瞬間を捉えているから堪らない。
(パンツ丸見え…)
みんなが笑っていたのはコレか、と分かったけれども、知らなかった方が幸せだった。懇親会のお知らせなのか、と思った頃とか、食堂で笑われていた頃だとか。
よりにもよってパンツ丸出し、そんな写真が船中に出回り、誰もが笑っているなんて。長老たちまで持っている上、こうして見せてくれただなんて。
あろうことかパンツ丸出しの写真、それがソルジャー候補の肖像。シャングリラ中で閲覧可能な恐怖の一枚、いったい何枚コピーされたか、考えたくもないわけで…。
「これって、どうすれば消せるって言うの!?」
今すぐに消して欲しいんだけど、とソルジャー候補の権威を振りかざしたら。
「そりゃ無理じゃのう…。データベースの削除権限は、ソルジャーしか持っておらんのじゃ」
ソルジャー・ブルーしか消せんわい、とゼルがカッカッと笑ってくれた。消したかったら、早く候補を卒業すること。正式なソルジャーになることじゃ、と。
「…それまでは?」
「放置プレイに決まっておろう!」
ソルジャー・ブルーも映像のことは御存知なのじゃ、とゼルは腕組みして威張り返った。
「これもソルジャーのお考えじゃ」と、「恥ずかしい記録を消すために精進するがいい」と。
(……恥ずかしい記録……)
晴れてソルジャーにならない限りは、削除不可能な写真や映像。パンツ丸見えの恥ずかしい姿。
今のままだと拡散しまくり、放っておいたら子供たちの目にまで入りそうだから…。
「分かったよ! ソルジャーになって、削除するから!」
そのためだったら頑張れる、とジョミーがグッと握った拳。「努力あるのみ」と。
かくしてジョミーは、奮然として訓練に取り組むことになる。
ソルジャー・ブルーが放置で黙認している写真を、映像を削除するために。パンツまで丸見えになった瞬間、それを「歴史」から消すために。
(ソルジャー・ブルー…!)
あなたは何処まで腹黒いんです、と歯噛みするジョミーと、ほくそ笑んでいるブルーの方と。
(…頑張りたまえ、ジョミー)
ぼくがアレを最初にバラ撒いたんだ、とソルジャー・ブルーは涼しい顔。
原動力が何であろうと、ジョミーが立派なソルジャーになればミュウの未来は安泰だから。
「これで安心して死んでゆける」と、「恥ずかしい記録も、時には大いに役立ててこそ」と…。
消せない肖像・了
※燃えてしまったジョミーの服。アニテラでは「辛うじて」残っていたわけですけれど。
収容する前に燃え落ちたかもね、と考えたのが管理人。当然、記録はガッツリと…。南無。
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