「発射ぁ!」
キースの叫びと共に放たれた、メギドの炎。地獄の劫火と称される、それ。
ジルベスター・エイトを貫いた火は、遥か彼方のモビー・ディックへと向かったけれど。ミュウたちを滅ぼす筈だったけれど、それはジルベスター・セブンでのこと。いわゆるナスカ。
巻き添えとばかりに大穴が開いた第八惑星、ジルベスター・エイト、其処が問題。
(………)
崩れゆく星でムクリと動いた生き物。人類が承知していないブツ。
SD体制が始まるよりも遠い昔に、ジルベスター・エイトはパラダイスだった。其処で生まれた幾つもの命、けれど不幸にも止まった進化。どういうわけだか。
爬虫類まで進んだ所で終わってしまって、最後にいたのはイグアナたち。
そのイグアナも、生きてゆけなくなった星。「もう駄目ぽ」と滅びてゆく中、神の気まぐれか、悪戯なのか、眠りに就いたヤツが一匹。
(…………)
長い長いこと眠ったイグアナ、そいつが叩き起こされた。メギドの炎で。
星に大穴が開くほどの衝撃、目覚めない方がどうかしている。その上メギドは、惑星改造用にと作られたヤツを、国家騎士団が兵器に転用したものだから…。
(……………)
普通のイグアナと多分、変わらなかった筈のイグアナ。
メギドの炎を浴びたお蔭で、「彼」は巨大化してしまった。それは素敵なビッグサイズに。
目を覚ましたら星はメチャメチャ、もはや住む場所も無さそうな感じ。
イグアナの頭でも理解できたこと、「アレが悪い」と。
宇宙空間に群がっている人類軍の船と、それからメギド。「アレが壊した」と、長らく暮らした我が家がパアになったのだ、と。
いくらイグアナでも、これで怒らないわけがない。「いてもうたるねん」と思うのが普通。
とっくに「ただのイグアナ」ではなくて、もはや大怪獣だから…。
『何か来ます!』
マツカがキースに送った思念波。
他の部下も、「前方より、高エネルギー体、高速接近中!」と言ったものだから、「来たか」と期待したのがキース。「伝説の獲物がやって来たな」と。
当然、キースが待っていたのはソルジャー・ブルー。伝説のタイプ・ブルー・オリジン。
ところがどっこい、宇宙空間に現れた「高エネルギーを纏ったもの」は…。
「パギャーーーッ!!!」
雄叫びを上げて、ジルベスター・エイトから飛び出して来た大怪獣。怒れるイグアナ。
「元イグアナ」で、今の姿はさながら「ゴジラ」といった所か。
彼は遠慮なく口から火を吐き、人類軍の船を焼き払った。レーザー砲で攻撃されても、大怪獣の皮は傷つきもしない。
「ウゼエ奴らだ」と言わんばかりに船を掴んで、千切っては投げ、千切っては投げ…。
「しょ、少佐! あれはいったい…!?」
大慌てなのがキースの部下たち、キースも実はビビッていた。ソルジャー・ブルーなら、来ても少しも驚かない。返り討ちだと思っていたのに、想定外のブツが来たわけだから。
けれど腐っても機械の申し子、「落ち着け!」と怒鳴って撃ち落とすつもり。メギドの次弾で、宇宙に出て来た大怪獣も。
きっと一撃で倒せる筈だ、と考えているキースは知らない。
大怪獣の正体は「ただのイグアナ」、それがメギドの炎で巨大化したなんて。第二波攻撃をブチかましたなら、火に油を注ぐような結果が待っているなんて。
大怪獣が暴れている頃、キースが期待をかけた人物、そちらも現れたのだけど。
ソルジャー・ブルーが懸命に宇宙を駆けて来たけれど、三世紀以上も生きた彼でも、目を疑った大怪獣。「いったい、何が?」と。
(…どう見ても巨大生物なんだが…)
それが人類軍を攻撃している、と把握した現状。多分、ミュウとは違った事情で、人類軍を敵と見做した生物。半端ない大きさで口から炎まで吐いて、蹴散らしている人類軍の艦隊。
(…ぼくはどうすれば?)
このまま行ったら自分の出番も無いのでは、と思う怪獣の暴れっぷり。再点火中らしきメギドに向かって進撃中だし、あの勢いならメギドも沈む。何発かガンガン殴ったならば。
(任せておくか…?)
アレに、とチラと考えたけれど、伝わってくる人類軍のパニックぶり。
お蔭で分かった、メギドとドッキングしている赤い船のこと。旗艦エンデュミオン、あの中にはキースが乗っている。大怪獣の怒りに任せて、メギドごと沈めてもいいのだけれど…。
(此処でキースが死んでしまったら…)
破壊力抜群の怪獣のことが、他の人類にも伝わるかどうか。なんとも使えそうな怪獣。
上手く自分が手なずけたならば、この先、きっと役に立つ。物凄い生物兵器として。
(…とりあえず、ぼくと目的は同じなんだから…)
ちょっと一緒に戦ってみるか、とメギドに向かって飛ぶことにした。予定通りに。
「聞け、地球を故郷とする全ての命よ」と、もはや誰も聞いてはいない思念を送りながら。青いサイオンの光の尾を曳き、まっしぐらに。
人類軍の方では「ミュウまで出て来た」と更なる騒ぎで、同士討ちまでしている始末。
それを「愚かな」と悲しみ、なおも飛んで行ったら…。
不意に反応した大怪獣。炎を吐くのを一旦やめて、「なんだ?」とブルーに向けられた目線。
だからダメ元で飛ばした思念。「敵じゃない」と。
「ぼくは志を同じくする者だ」と、「あそこのメギドを沈めたいだけだ」と。
そしたら返った「パギャーーーッ!」という声、何故だか通じてしまったらしい。怒りに燃える大怪獣に。人類軍もメギドも壊すつもりの破壊大王に。
『分かるのか? それなら、あそこの赤い船は避けて…』
メギドを壊せ、と思念を送れば、暴れ始めた大怪獣。墓標みたいな巨大なメギドを、ガンガンと足や尻尾で殴って。口から炎も吐きまくって。
そうこうする内に発射されたメギド、けれど照射率は激しく低下で、大怪獣にはエネルギー源と言ってもいいのが炎だから…。
(…そうか、こいつはメギドの炎で生まれた怪物なのか…!)
何処から来たのか分からないが、と理解したのがソルジャー・ブルー。怪獣とはいえ、思念波でこちらの意志が伝わるなら、やはり大いに役に立つ。
キースの船は爆発するメギドを離れて逃げて行ったし、怪獣の威力は人類軍に広まるだろう。
そうとなったら、此処は怪獣と仲良くなって…。
『ぼくと一緒に戦うか?』
お前の敵は逃げたようだが、と尋ねてやったら、大人しくなった大怪獣。暴れもしないし、火も吐きはしない。代わりにスリスリ寄って来た。まるで巨大な猫みたいに。
『そういうことなら…。シャングリラを追って旅をしようか』
シャングリラというのは、ぼくたちの船だ、と思念を送ると、頷くような気配が返った。一緒に行かせて貰います、という風に。…言葉は話さないけれど。
そんなこんなで、ソルジャー・ブルーが手なずけてしまった大怪獣。元はイグアナ。
アルテメシアを陥落させたジョミーたちとも無事に合流、ミュウはとんでもない生物兵器を手に入れた。メギドの炎も平気で食らう怪物を。どんな兵器も、まるで役立たない怪獣を。
「ブルー、次の星でもお願い出来ますか?」
今回、ちょっと手強そうなので、とジョミーが頼みに出掛けた青の間。
トォニィたちだけで攻めてゆくより、例のモスラを出したいんです、と。
「ああ、モスラ…。かまわないけれど、アレはモスラと言うよりは…」
ゴジラなんだと思うけどね、とブルーが入れた訂正。「ゴジラとモスラは、全く違う」と。
SD体制が始まるよりも遥かな昔に、人間たちが地球で作った怪獣映画。それがゴジラやモスラなるもの、大怪獣の姿はゴジラに酷似。
ゆえにブルーの目から見たなら「ゴジラ」だけれども、船では「モスラ」で通っている。
モスラは巨大な蛾の姿だから、全く似てはいないのに。誰が見たってゴジラだろうに。
「それは分かってるんですが…。モスラに思念を伝えられるのは、あなただけですし…」
モスラには「小美人」がセットですから、というのがジョミーの言い分。シャングリラの仲間もそれで納得、「小美人」はモスラと意思の疎通が出来た双子の妖精。
よってブルーは「モスラ」を使える「小美人」なわけで、何度も担ぎ出される有様。
「今度もよろしく」と、「次もモスラを使いたいので」と。
こうして人類軍を撃破しまくり、シャングリラはついに地球まで行った。問答無用で。
国家主席のキースの方でも、「交渉のテーブルを」などと言える立場ではなくて、悠々と降りたミュウたちの守護神、今は「モスラ」と崇められている大怪獣。
『ユグドラシルを壊して来い。…それと、その地下のグランド・マザーだ』
もう人類は全員、地球から逃げ出したから、とブルーが命じて、ゴジラは派手に暴れまくった。
「この星のせいで、俺の故郷がパアになった」と恨みをこめて。
「此処を第二の故郷にするねん」と、「住みやすい星にしてやるねん!」と。
ズシンズシンと破壊しまくり、口から炎を吐きまくり。
メギドの炎が生んだ怪獣、元はイグアナだった「モスラ」は夜を日に継いで暴れ続けて…。
「…ブルー、モスラが消えたんですが…!」
ついでに地球が青いんですよ、とジョミーが駆け込んで行った青の間。「外を見て下さい」と。
「…本当だ…。それじゃ、ゴジラは…」
神様の使いだったのだろうか、と首を捻ったブルーは、暫く後に「モスラ」に出会った。視察をしようと降りた地球の上で、それはのんびりと日向ぼっこをしているイグアナに。
とても懐かしい気配が漂う、普通サイズになった「モスラ」に。
『…もしかして、君は…』
あのゴジラかい、と訊いたブルーの足元、スリスリと寄って来たイグアナ。
大穴が開いたジルベスター・エイトの代わりに、地球を第二の故郷に選んだゴジラなイグアナ。
誰もがビックリ仰天だけれど、イグアナは宇宙を、地球を救った。
メギドの炎で怪獣になって、暴れた末に。ミュウと一緒に戦った末に。
青く蘇った地球の上には、元はゴジラでモスラなイグアナ。毎日のんびり日向ぼっこで、友達のブルーの手からおやつを貰ったりして。
二度と火なんか吐いたりしないで、自分が作った青い水の星、気持ちいい地球に大満足で…。
ミュウたちのゴジラ・了
※タイトルに使うのは「ゴジラ」か「モスラ」か、少し悩んだ管理人。どっちがいいんだ、と。
「シンゴジラがあったし、ゴジラの方で」と出した結論。それに姿もゴジラですしねv
pixiv にUPする時には「ゴジラ」避けました、シンゴジラと間違われそうだから…。
(うーん…)
困った、とトォニィは頭を抱えていた。
シャングリラの中のソルジャーの部屋で、ベッドの端に腰掛けて。
ソルジャーを継いで、もうどのくらい経ったろう。大好きだったグランパ、ジョミーの頼みで。
(グランパ、ぼくはどうすれば…)
分からないよ、と頭の補聴器に訊いてみたって、返って来るのは沈黙ばかり。記憶装置を兼ねた補聴器、その中には今や二人分の知識が詰まっているのに。
ミュウの初代のソルジャーだった、三世紀以上も生きたソルジャー・ブルー。
その後を継いで地球を目指して、グランド・マザーを倒したジョミー・マーキス・シン。
(…グランパ、ブルー…)
どっちでもいいから、ぼくに答えを、と何度尋ねても、答えは「だんまり」。
そうなるのも仕方ないけれど。…いくら豊富な知識があっても、知らないことは答えられない。持っていない知識は使いようがないし、答えられないことだってある。
(…グランパも、ブルーも、思いっ切り…)
ストイックに生きた人だったから、と零れる溜息。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と異名を取ったらしいブルー、そちらは三世紀以上もの歳月を生きた偉大なソルジャー。けれど、生涯、独身だった。
(浮いた噂の一つも無くて…)
フィシスが恋人だったというのも、ただの「噂」に過ぎないらしい。
幼いフィシスをシャングリラに連れて来て直ぐの頃には、「ロリコンだった」と船に流れた噂。誰もが納得しかかったのに、グラマラスな美女に育ったのがフィシス。
(それでロリコン説は崩れて…)
グラマラスな美女が好みなのだ、と新たな噂が広まったけれど、それでおしまい。
周りの者たちがせっせとお膳立てしても、ブルーは結婚しなかったから。「ぼくの女神」などと呼んではいたって、フィシスを生涯の伴侶に選びはしなかった。
(過保護な保護者で、フィシスの養父母みたいなもので…)
父親役と母親役を兼ねていたようだ、というのが定説。記憶装置の記憶を探っても、そう。
ソルジャー・シンの方はと言えば、これまた生涯、独り身な人。
ブルーよりかは遥かに短い人生だけれど、アタックした女性はちゃんといた。今もこの船で幅を利かせているニナ、彼女がかました凄いモーション。
(ジョミーの子供が欲しいなぁ、って…)
あまりに直接的な表現、お蔭でそれは「伝説」になった。今なお語り継がれるほどに。
そこまでハッキリ言われたならば、多分、普通は…。
(据え膳食わぬは男の恥、って言うヤツで…)
ニナとは結婚しないにしたって、「彼女」にするのはアリだと思う。
「ソルジャーは独身であるべきだ」という不文律があっても、正妻でなければオールオッケー。
(お妾さんとか、側室だとか…)
こう色々と言い方が…、と無駄に語彙だけあるトォニィ。
それもそうだろう、彼の頭を悩ませ続けている問題。記憶装置に訊くだけ無駄な話の中身は、実はそっちの関係だった。
ミュウと人類が和解してから、すっかり平和になった宇宙。
SD体制の影も形も無くなった今は、人類の世界にも自然出産が広まりつつあって…。
(…いずれはミュウの時代になるから、って…)
人類側を代表しているスタージョン大尉、今は上級大佐だったか。
彼から直々に打診があった。
「ソルジャー・トォニィに、相応しい女性がいるのだが」と。
そろそろお年頃でもあるから、と持ち掛けられたのが「縁談」なるもの。
お相手の名前は、レティシアという。…人類の世界で育ったミュウで、育ての親が、あろうことかグランパと同じ養父母なオチ。
(…レティシア・シン…)
「彼女ならば似合いだと思う」と、スタージョン上級大佐はマジだった。
今の所は「ソルジャー・トォニィ」、そう呼ばれている状態だけれど。特に不自由はないのだけれども、「レティシア・シン」を娶ったら…。
(ソルジャー・シン二世…)
そう名乗れるから素晴らしい、という強烈なプッシュ。
初代のブルーと、SD体制を倒したジョミー。その二人に比べれば、影が薄いのが三代目。
けれども、次の時代を担うのは自分なのだし、「ソルジャー・シン」の名前にあやかるべき。
スタージョン上級大佐イチオシの女性のレティシア、彼女を妻に据えたなら…。
(…ソルジャー・シン二世で…)
申し分ないソルジャーということになるらしい。何処に出しても、それは立派な。
(正妻として迎えなくても…)
レティシアが子供を産んでくれたら、その子が次のソルジャーになる。
その子は「ソルジャー・シン」と縁のある子で、ソルジャー・トォニィの血も引く生まれの子。
(…ミュウの世界のサラブレッドで、もう最高のソルジャーで…)
きっとサイオンも半端ない子になるだろうから、「レティシアを妻に」と、推しまくるのがスタージョン上級大佐。
かてて加えて、かつてのジョミーの養父母も乗り気。
「ジョミーをグランパと呼んでくれたのだったら、私たちとも、是非、縁続きに」と。
もちろんレティシアに「否」などは無くて、もうシャングリラに来る気満々。
(なまじっか、ぼくがイケメンだから…)
罪な顔だ、と自分の顔を撫で回す。「パパも、けっこうイケメンだったし」と。
自分で言うのもアレだけれども、今の自分の人気は高い。行く先々で若い女性がキャーキャー騒ぐし、年配の人類の女性たちだって、ファンクラブを結成しているくらい。
(…レティシアは最初から、シャングリラって船に興味津々な子で…)
ミュウと発覚するより前から、ミュウの世界に肩入れしていた早熟な子供。
それが育って妙齢になれば、ますます強くなる憧れ。「私もシャングリラに乗りたい!」と。
其処へイケメンなソルジャー・トォニィ、「お近づきに」と考えるのも自然なこと。
(…その辺の所を、セルジュの野郎が…)
焚き付けたのに違いない、と歯噛みしたって、どうにもならないのが現状。
もはや人類も、ミュウの方でも、「お輿入れ」を待っている所。
偉大なソルジャー・シンに縁のレティシア、彼女がソルジャー・トォニィと結ばれる日を。
正妻だろうが側室だろうが、二号さんだろうが、お妾だろうが。
なんとも困った、この状態。
どうすれば角を立てることなく、この縁談を断れるのか。
「側室でもいい」などと言われたからには、スタージョン上級大佐や、ジョミーの養父母だった二人は、何が何でも押し切るつもり。…輿入れしてくるレティシアだって。
(そんなこと、ぼくに言われても…)
ぼくにはアルテラという人が、と眺める窓辺。
其処に今でも置いてあるボトル、「あなたの笑顔が好き」と書かれた、アルテラの文字。
(…あの頃は、ぼくも子供だったし…)
まるで分かっていなかった。
アルテラの気持ちも、自分がアルテラに抱く気持ちが何なのかも。
けれどアルテラを亡くして分かった。「あれが自分の初恋だった」と、「アルテラよりも素敵な女性は何処にもいない」と。
だから貫きたい独身。
ソルジャー・ブルーがそうだったように、グランパもまた、そうだったように。
(でも、ソルジャーは独身でないといけない、っていう決まりなんかは…)
何処にも無いから、平和な今ではミュウが、人類が期待している。
「是非、素晴らしいお世継ぎを」と、「最初の自然出産の子供の血筋を残して欲しい」と。
其処へレティシアの名前が出たから、もうワイワイと騒がしい世間。
「ソルジャー・トォニィもお年頃だし、とにかくお迎えになられては」と。
正妻でなくても、側室という形からでも、お妾さんでも、二号さんでも、くっつけようと。
「お世継ぎ」が生まれてくれれば万々歳だし、それから正妻に据えたって、と。
(…なんだか厄介な相談事まで…)
していることを知っている。
「ソルジャーの奥方は何と呼ぶべきか」と、ミュウが、それから人類が。
(ソルジャー・レディとか、レディ・ソルジャーとか…)
候補の名前がガンガン挙がって、大盛り上がりなミュウと人類。それも平和の証拠だけれども、頭が痛いこの現実。
結婚したいと思いはしないし、アルテラ一筋、独り身でいたいと思うのに…。
(グランパ、それにソルジャー・ブルー…)
ぼくはいったいどうすれば、と涙がポロポロ、なんと言っても、まだ子供。
大きいようでも十代なのだし、周りがどんなに先走ろうとも、縁談が進められようとも…。
(…ぼくはアルテラ一筋で…)
一生、独身でいたいんだけど、と思った所へ聞こえた声。…あるいは思念。
「自分の名誉を捨てられるか?」と、グランパの声で。
「白い目で見られても生きて行けるか?」と、ブルーの声で。
(…グランパ? ブルー?)
何かいい手があるっていうわけ、と顔を上げたら、二人の記憶が答えをくれた。
「どうなってもいいなら、これで行け」と。
その手を使えば縁談は消えて、晴れて生涯、独身だろうと。
(ありがとう、グランパ! ソルジャー・ブルー…!)
トォニィはガッツポーズで部屋を飛び出して行って、そして縁談は立ち消えになった。
「ソルジャー・トォニィは、実は恥ずかしい病らしい」と噂が立って。
「大きな声ではとても言えないが、あちらの方面は役立たずだという話だぞ」などと。
男としては、非常に恥ずかしい話だけれども、トォニィは気にしなかった。
「これでアルテラ一筋だ」と。
「ぼくは一生、後悔しない」と、「役立たずな男で何が悪い」と。
ある意味、男らしいのだけれど、誤解されたままで、歴史は残った。
ソルジャー・トォニィは、お子がお出来にならなかったと、「実はEDだったそうだ」と…。
その後の事情・了
※いったい何処から降って来たのか、自分でも真面目に分からないネタ。しかもレティシア。
独身を貫くトォニィは健気なんですけどねえ、実際はどうだったんでしょう。はて…?
(力だけではソルジャーになれん、って…)
ゼルのヤツ、言ってくれるじゃん、とジョミーは部屋でへこんでいた。
今日も今日とて、長老たちは「集中力が持続しない」だのと言いたい放題。来る日も来る日も、ひたすら訓練。サイオンに磨きをかけているのに…。
(力だけでは、って言われても…)
他にいったいどうしろと、と嘆くしかない。
ソルジャー候補に据えられたけれど、現ソルジャーのブルーとの差は月とスッポン。もちろん、月はブルーの方だし、スッポンは自分に決まっている。
(あっちは超絶美形でカリスマ…)
比べて、ぼくは超平凡で、と言われなくても分かる自分の限界。
アタラクシアでソルジャー・ブルーの夢を見ていた時から、もう「敵わない」と悟った敗北。
夢に出て来た美少女なフィシス、相手役のブルーは「絵に描いたような」二枚目キャラ。それもスキルが半端ない美形、顔立ちに加えてアルビノと来た。
(…アルビノってだけでも、ビジュアル五割増しだよね…)
いやいや、此処は八割だろうか、もっと上がって九割だろうか。
透き通るような肌と銀色の髪もさることながら、あの神秘的な赤い瞳が凄すぎる。誰の心だって鷲掴みだろうし、第一、赤い瞳の持ち主なんて…。
(そう何人もいないってば…)
せめてブルーがアルビノでなければ、と陥ってしまうドツボな思考。
アルテメシア上空でブルーに見せられた過去の記憶では、サイオンに目覚める前のブルーは…。
(普通に金髪で、水色の目で…)
あのままだったら、ビジュアル勝負になったとしたって、今よりは健闘出来ただろう。顔立ちやパーツで負けていたって、「神秘的」というアルビノ効果が無かったら。
(…いくらブルーがカリスマだって…)
今ほどの差は開かないんじゃあ、と溜息しか出ない。
そうは思っても、アルビノ効果はバッチリだから。ブルーの魅力をググンとアップで、あれには勝てっこないのだから。…アルビノではない自分には無理。平凡なカラーの自分では。
日頃から感じるコンプレックス、「勝てやしない」と思うカリスマ。超絶美形な現ソルジャー。
事あるごとに落っこちるドツボ、今日だってゼルが落としてくれた。
「力だけではソルジャーになれん」と、容赦なく。
ゼルは言葉にしなかったけれど、心の中では、きっと思っているのだろう。「クソガキが」と。
「どうして、こんなガキに従わねばならんのじゃ」とも。
(…どうせ、超絶美形じゃないし…)
顔もカラーも平凡ですよ、と今日もグチグチ。「ぼくもアルビノだったら」と。自分にも欲しいアルビノ効果に、アルビノ補正。
(…ぼくだって、赤い瞳なら…)
どんなにアップしただろう。神秘的なイメージ、それに加えて近寄り難さ。
金髪に緑の瞳のジョミーは、ごくごく平凡なキャラだけれども、銀髪に赤い瞳だったら…。
(…一気に神秘的だよね?)
今よりもずっと、と零れる溜息。
いっそ脱色しようかと。髪の毛の色を抜いてしまえば、きっといい感じに銀髪になる。
(でもって、美白効果のある何か…)
化粧品には疎いけれども、注文したら部屋に届けて貰えそう。それでせっせとお肌の手入れで、抜けるような肌を手に入れる。ブルーにも負けない、真っ白な肌を。
(もうそれだけで、今より相当いい感じ…)
銀髪に透き通るような肌。其処へ緑の瞳だったら、その緑色も引き立つ筈。
ブルーの赤い瞳がルビーのようだと言うなら、こちらの瞳はエメラルド。まるで野生のヒョウのような瞳、負けてはいないという気がする。ブルーの「赤」に。
(…白い肌で銀髪、でもって瞳が緑色…)
いい感じじゃん、と自分でも思う。
本物のアルビノ効果には及ばないまでも、少しくらいは近付けるのでは、と。
そういうビジュアルに変化したなら、「ごく平凡なジョミー」もイメチェン出来そうだよ、と。
(えーっと…?)
念のために、と鏡の前に立ってみた。真っ白な肌で銀髪のジョミー、それをイメージ。
こんな感じ、と思い描いて、自分の顔と姿に被せて、ガッツポーズ。
(ブルーが神秘の赤で来るなら、ぼくは神秘の緑色だよ!)
いける、と覚えた確かな手応え。
本物のアルビノになるのは無理でも、美白に脱色、それで一気に「神秘のジョミー」。
その姿ならば、他のミュウたちも一目おいてくれるだろう。「平凡なジョミー」の今よりは。
(よーし…!)
やるぞ、と固めたイメチェンの決意。
まずは美白で白い肌から、そこそこ効果が出てきたら…。
(…髪の毛を脱色して、銀髪…)
それで出来上がる「神秘のジョミー」。ソルジャー・ブルーに負けないカリスマ。
顔立ちは今と変わらなくても、雪のような肌に透ける銀髪、其処へ緑の瞳だから。エメラルドの色に輝く瞳は、野生のヒョウだか、あるいは雪の女王だか。
(…雪の女王は女だけどさ…)
雪の王様じゃイメージがイマイチ、と「雪の女王」にしておいた。
同じ雪でも、神秘的な雰囲気を醸し出すのは、圧倒的に「雪の女王」だから。「雪の王様」だと白髪のジジイで、年寄りっぽいイメージだから。
(…野生のヒョウで、雪の女王なジョミー・マーキス・シン…)
そのビジュアルならブルーに今ほど負けはしない、と溢れる自信。
太陽のような今の金髪も好きだけれども、ブルーに惨敗し続けるよりは、銀髪なジョミー。
(…肌の色だって、今は健康そのものだけど…)
ブルーみたいに白くなったら、間違いなく得られる「儚げ」な感じ。
ミュウは虚弱な者が多いし、やたら「健康的」な肌より、ちょっと病的なくらいが良さそう。
(美白に、脱色…)
それでいこう、と心に決めた。
「力だけではソルジャーになれん」とゼルも言ったし、ビジュアルの方も頑張らないと、と。
こうして方針は定まったけれど、問題は美白。それから脱色。
(髪の毛を脱色するだけだったら…)
きっと自力でも何とかなる。その効果がある薬品を調べて、船の倉庫から失敬したら。
それに髪の毛だし、専用のアイテムもありそうな感じ。自分は最初から金髪だけれど、他の色の髪に生まれた女性が金色の髪に染めるケースもあるのだし…。
(金髪を銀髪に変えられる脱色剤とかだって…)
存在しているのに違いない。シャングリラにだって、同じアイテムがあっても不思議ではない。
女性はお洒落が好きなものだし、茶色の髪より金髪がいい、と脱色だとか。そういう女性が多くいるなら、ニーズがあるのが毛染めや脱色。
(そっちは楽勝なんだけど…)
情報さえゲット出来たら楽勝、けれど美白はハードルが高い。なにしろ相手は化粧品。
どう考えても女性が愛用しているアイテム、それも毎日使っていないと効果を実感出来ない筈。手抜きしたなら、たちまち前の「健康的な肌」に逆戻り。
(…化粧品なんか、どうやって…)
何処からゲットで、継続的に使えばいいのだろう?
女性だったら問題なくても、男性の自分が美白用の化粧品なんて…、と悩んでいたら。
『…ジョミー?』
何か悩みがあるのかい、と届いた思念。
抜けるような肌のブルーから。アルビノ効果をMAXに背負った、超絶美形のカリスマから。
「ブルー!? えっとですね…」
化粧品って何処で貰えますか、と思わず滑ってしまった口。ついウッカリと本音がポロリ。
ブルーはと言えば、「化粧品?」と、暫くポカンとしていたけれど…。
『…分かった。ぼくのような肌になりたいわけだね?』
君は、と確認の思念が来たから、「はい!」と答えた。「でないと駄目です」と。
今のままでは「平凡なジョミー」で、「力だけでは、なれない」ソルジャー。ビジュアルだって大切なのだし、自分なりに決意したのだから。ブルーに負けない人になろう、と。
「お願いします! ぼくは、少しでもあなたに…」
近付きたいと思うんです、と真正面からぶつけた決意。ブルーは納得してくれて…。
(…寝る前に、まずはクレンジングで…)
これを使って洗い流しながらマッサージ、とジョミーが眺める洗面台の鏡。自分の部屋で。
顔にたっぷりとクレンジングクリーム、「これがいいよ」とブルーが教えてくれたもの。
(透き通るような肌になりたかったら、毎日の努力が大切で…)
ブルーも手入れを欠かさないんだものね、と教わった通りにマッサージ。それは丁寧に。
超絶美形なブルーが言うには、「美白は一日にして成らず」らしいから。あの透き通るような、美肌の方も。
(…アルタミラからの脱出直後は、ブルーもお肌ガサガサで…)
エラやブラウが見かねて手入れしてくれたという。「せっかくの美形が台無しだから」と。
そうこうする内にブルーも覚えた、お肌の手入れ。
(ソルジャーになって、超絶美形なカリスマでいようと思ったら…)
どんなに疲れている時だって、お肌の手入れは念入りに、と親切なブルーは教えてくれた。
「君が自分で気付いたのなら、これから頑張ってゆけばいい」と。
美白効果のある化粧品はコレとコレで…、と揃えて部屋に届けてくれたし、今夜からはせっせと努力あるのみ。「平凡なジョミー」から「神秘的なジョミー」になるために。
真っ白な肌をゲットしたなら、お次は髪を脱色だよ、と。
(…頑張らなくちゃ…)
手入れだけでも一時間はかかるらしいよね、と鏡に向かうジョミーの姿を、青の間のベッドから見ているブルー。「これでいい」と。
(…目標が多少ズレていようが、美白だろうが、要は努力で…)
一時間も集中できるようになれば、ジョミーの集中力も劇的にアップするから、とブルーは実は腹黒かった。美白効果のある化粧品は確かに届けさせたのだけれど…。
(…それだけで真っ白な肌になるなら、ぼくのカリスマも地に落ちるってね)
ソルジャーはビジュアルだけじゃないんだ、とブルーが求める集中力。長老たちと全く同じに。
それを狙って大嘘をついて踊らせたジョミー、当分は努力の日々だろうから…。
(一ケ月もすれば、もう劇的に…)
集中力アップ、とブルーが笑っているとも知らずに、ジョミーは頑張る。肌の手入れを。
まずは美白で真っ白な肌で、それを手に入れたら髪を脱色。銀色の髪になるように。
(抜けるような肌で、銀色の髪になったなら…)
ぼくも狙えるアルビノ効果、とアルビノ補正に大きな期待。
「平凡なジョミー」は卒業だ、と。
銀色の髪に透き通るような肌、緑の瞳が神秘的なビジュアルにならなくちゃ、と。
力だけでは、ソルジャーになれないらしいから。
超絶美形なブルーに顔では負けるけれども、イメチェンしたなら、今よりは差が縮む筈。
だから頑張る、と鏡の前で格闘中。今日から始まる美白の日々。
効果が出たなら、凄いジョミーが出来るから。
さながら野生のヒョウなイメージ、でなければ雪の女王みたいな神秘のジョミー誕生だから…。
アルビノを目指せ・了
※超絶美形なブルーに敵わないなら、せめてアルビノの雰囲気だけでも、と思ったジョミー。
方向性としては、それも間違いではなさそうですけど…。その努力、ブルーが笑ってますよ?
「大佐…! 止まって下さい!」
その先には、とマツカが言い終える前に派手に飛び散ったお星様。
キースが振り向きざまに一発ブチ込んだわけで、それがマツカに直撃だから…。
(……また、この人は……)
後ろから近付いたら撃つんだっけ、と闇へ落ちてゆくマツカの意識。「またヘマをした」と。
なにしろキースは昔からこうで、出会った時から「こう」だった。
曰く、「私の後ろから近付くな。それが誰であろうと撃つ」。
私はそう訓練されている、というのがキースの言い分、けれど「怪しい」と思う今日この頃。
こうしてヘマをする度に。撃たれて視界が見事に暗転する度に。
(…キース、その先は本当に…)
危ないと言ったら危ないんです、と意識が消え失せる間際に、ドゴォオオオン! と鳴り響いた爆発音。自動車爆弾のような代物、それが思い切り炸裂したからたまらない。
「「「アニアン大佐!」」」
御無事ですか、と突っ走ってゆくセルジュやパスカル、もうもうと上がっている煙。
けれど死屍累々の兵たちを他所に、キースは悠然と現れた。「私は無事だ」と。
でもって「あれを」と指差した先に、倒れているのが撃たれたマツカ。
「また後ろから近付いたのだ。あれだけ何度も言っているのに…」
「…またですか。いい加減、覚えて欲しいものです」
我々だって、とセルジュが顎をしゃくって、救護班の者たちがマツカを担架で運んで行った。
「これでいったい何度目だろう」と言いながら。「学習能力の無い奴だ」とも。
キースを狙った暗殺計画は数知れず。狙撃に爆破に、その他もろもろ。
ところがキースは死にはしなくて、「不死身のキース」と呼ばれている今。
そして誰もが知らないけれども、その陰にはマツカの働きがあった。そう、さっきだって。
もしもマツカが止めなかったら、キースは真っ直ぐ歩き続けて爆弾の餌食になった筈。身体ごと微塵に砕けていたのか、手足がバラバラに吹っ飛んだか。
(…なんとか命は拾ったが…)
暫く動けなくなりそうだ、とキースにもよく分かっていた。
異例の速さで昇進してゆく自分を消そうと、大勢の者たちが暗躍しているこの世界。
「コーヒーを淹れるしか能のないヘタレ野郎」と嘲られるマツカ、本当は誰よりも有能な部下。
ミュウの能力をフル活用して働ける彼がいなくては…。
(何処で命を落とす羽目になるか、私にも全く謎なのだからな…)
よって副官のセルジュに、こう言い放った。「今日の予定は全てキャンセルだ」と。大切な用を思い出したから、そちらを優先しなくては、と。
「グランド・マザー直々の御命令なのだ。マザーの御意志が最優先だ」
「はっ!」
分かりました、と最敬礼するセルジュに「うむ」と頷き返して、今日の予定は全部キャンセル。視察も、トレーニングに行くのも、何もかも全部。
今の状態で下手に動けば、もう本当に墓穴だから。
マツカがいないと読み切れない罠、自力では防ぎ切れない狙撃に銃撃。
(……充分、分かっているのだがな……)
ついウッカリと撃ってしまうのだ、と心の中で零した溜息。「これで何回目になるんだか」と。
自分の後ろから近付いた者は、それが誰だろうと遠慮なく撃つ。
そういう訓練を受けて来たのは本当だけれど、現にマツカにも初対面からかましたけれど。
(…もれなく撃っていたんだったら、まだ言い訳も出来るものを…)
そうじゃないのがキツすぎる、とキースはスゴスゴと引き揚げて行った。自分の部屋へ。
着いたらクローゼットの中をゴソゴソ、其処に隠してあるものは…。
(…またコレの世話にならないと…)
しかし、あいつは女子供か、と取り出すラッピングされた箱。中身はクッキー詰め合わせ。
今日の所はこっちの方で、と考えた。
この前に撃ってしまった時には、チョコレートを持って行ったから。可愛く詰めてある箱を。
そのまた前には、焼き菓子の詰め合わせセットを「すまん」と贈った。
もちろんマツカに。
(…菓子で機嫌が直る間はいいんだが…)
見放されたらどうしよう、と心配になるから、菓子の用意は欠かさない。
他の部下たちには「たまには、こういう菓子も食べたくなるものだ」などと言い訳をして。
自分が食べるための菓子だと大嘘をついて、「買ってこい」と店に走らせる部下。ただし、必ず一言添える。「進物用にして貰うのだぞ」と。「私の名誉は守らねばな」と。
「不死身のキース」が菓子好きだなんて、誰が聞いてもお笑いだから。
イメージ戦略大失敗だし、それでは話にならないから。
(…マツカにプレゼントしていると知れたら、もっと話にならないのだが…)
女房の尻に敷かれた男のようだ、と悲しい気持ちになるのだけれども、それが現実。
撃ってしまったマツカが機嫌を損ねたままなら、当分、何処へも出られはしない。機嫌を直して貰えさえすれば、マツカのダメージが癒えたら直ぐに…。
(次の予定をこなせるからな)
爆弾だろうが、狙撃だろうが、なんでも来い、と受けて立つ気はたっぷりとある。
もっとも自力で受けて立ったら、もれなく死亡フラグだけれど。
有能なマツカのサポート無しだと、あの世に向かって一直線に走ってゆくことになるけれど。
そんなわけだから、クッキーの箱を抱えて見舞ったマツカ。そろそろ意識が戻る頃だ、と。
医務室で渡したら即バレするから、マツカは部屋へと運ばせてある。
「治療が済んだら、こいつの部屋へ戻しておけ」と、さりげない風を装って。
撃ってしまう度に毎回そうだし、誰も疑いさえしない。「撃たれただけだし、部屋で充分」と。銃弾ではなくてショックガンだけに、時間が経ったら自然と意識も戻るから。
(…これがあるから、実弾は装備できんのだ…)
そっちで弱みを握られている、と情けない気分。
今日もこれから言われる予定で、きっとマツカは間違いなく言う。その件について。
(…あれについては、本当に頭が上がらないからな…)
例外中の例外な上に、私の人生最大の借り、と後悔したって始まらない。覆水盆に返らずで。
マツカの部屋の扉をノックし、「入るぞ」と中に入ったら…。
「…今日も予定はキャンセルですね?」
あなたが来たということは…、とベッドの上から投げられた視線。「またですか」と。
「すまない、マツカ。この通りだ…!」
これで許して貰えるだろうか、と差し出したクッキーの箱。マツカはそれをチラリと眺めて…。
「いいですけど…。クッキーは、ぼくも好きですから」
でもですね、と有能な部下はフウと小さな溜息をついた。「いい加減に覚えて欲しいです」と。
「後ろから近付いた人は誰でも、必ず撃ってはいないでしょう?」と。
前に例外がありましたよねと、「それで命を拾ったでしょう?」と。
「面目ない…! もう、その節は本当に…!」
お前のお蔭で助かったんだ、とキースは土下座せんばかり。
たった一度だけあった例外、ソルジャー・ブルーとメギドで対峙し、撃ちまくった時。
カウントダウンに入ったメギドの制御室へ、マツカが駆け込んで来てくれたから…。
(瞬間移動で脱出できたが、あれが無ければ…)
もう完璧に死んでいた。ソルジャー・ブルーが起こしたサイオン・バースト、それの巻き添えで落とした命。綺麗サッパリ。
(あの時、マツカは後ろから来て…)
背後から抱えて瞬間移動で逃げたわけだし、「後ろから来た」と撃っていたなら終わり。
実弾を食らったマツカは死亡で、もちろん自分も逃げられない。助っ人を撃ってしまったら。
「…キース、分かっているんですか?」
撃っていい時と悪い時とがあることを…、とマツカは溜息MAX、それに逆らえるわけがない。
これからも守って欲しいのだったら、「不死身のキース」でいたければ。
「分かってはいる…! これでも努力はしているつもりだ…!」
実弾をこめていない誠意を分かってくれ、と懸命に詫びて、クッキーで直して貰った機嫌。
明日にはマツカのダメージも癒えて、何事もなく予定をこなしていけそうだけれど…。
(…またウッカリと撃ってしまったら…)
借りが増える、とキースの足取りは重かった。
本当に命がヤバイ時には「撃たない」ことを、マツカは把握しているから。
メギドで撃たずに「生き延びた」ことが、キッチリきっぱりバレているから。
(……私にも生存本能がだな……)
きっとあるのに違いない、と悔やんでも悔やみ切れない失態、メギドで「撃たなかった」こと。
マツカは後ろから走って来たのに、完全に後ろを取られたのに。
銃には実弾が入っていたのに、振り向きざまに撃てたのに。
(…きっと一生、私はマツカに…)
頭が上がらない男なんだ、と重たい足を引き摺りながら考える。
クッキーの次は何がマツカのお気に召すかと、菓子の情報を集めねば、と。
マツカの機嫌を取らないことには、「不死身のキース」は無理だから。
下手をしたなら明日にでもサックリ暗殺エンドで、何もかもが其処でおしまいだから。
一方、マツカの方はと言えば、クッキーをベッドで頬張りながら…。
(…なんだか怪しいような気がする…)
本当に命がヤバイ時には、キースは撃ちはしないんだから、と今日も陥る思考の迷路。
「もしかして、遊ばれているんじゃあ?」と。
キースは格好をつけて「撃ちたい」だけで、真剣にヤバイ時が来たなら撃たないのでは、と。
(…だけど、そういう時が来るまで…)
あの人の尻尾は掴めそうにないし、と分かっているから、今の所はチラリと視線を投げるだけ。
「またですか?」と。
キースが詫びにやって来る度、ベッドの上から「本当に分かっているんですか?」と。
「撃っていい時と悪い時とがあるんですから」と、「でないと予定がパアなんですよ?」と。
なんと言っても、キースだけでは命を守り切れないから。
ミュウの自分を生かしてくれたし、キースを守りたいのだけれども、どうにも困った例の癖。
「後ろから近付いた者は、誰だろうと撃つ」。
もしかして甘えているのかも、と思わないでもない昨今。
「こいつだったら許してくれる」と、ついつい撃ってしまうとか。
そっちだったら、何度撃たれてもかまわない。「遊ばれている」のとは違うなら。
キースが甘えてくれているなら、側近冥利に尽きるというもの。
けれど真実は分からないから、やっぱりチラリと投げる視線。「またですか?」と。
いい加減に撃つのをやめて下さいと、「本当に命が危ない時には、撃たなかったでしょう」と。
そのやり取りをやっている時は、いつもキースが身近に思える。「普通の人」に。
だから当分は、このままでいい。
真相がどうかは掴めないまま、撃たれても。撃たれて意識がブラックアウトの連続でも…。
撃ってしまう人・了
※マツカの尻に敷かれたキースと、健気なマツカ。人によってはキスマツが作れそうなネタ。
撃ってしまう「人」とはキースかマツカか、解釈の方はお好みでどうぞv
(ジョミー…。辿り着けないのを、許して下さい…)
もうこれ以上は進めないので、とリオは心でジョミーに詫びた。
燃え上がり、崩れゆく地球を前にして、シドが決断した救出作戦。大気圏突入可能な船は全て、地球に残っている人間たちを救うために降下させること。
(あの船は、他に一人しか…)
乗せられないから数に入らない筈、と小型艇で後にして来たシャングリラ。二人乗りでは、医療班の者を乗せたら定員。とても怪我人など救えはしないし、これならば、と。
(ジョミーを乗せて戻るだけなら…)
誰も咎めはしないだろう。他の何機ものシャトルに紛れて発進しても。…「発進します」という報告も無しに、無断で船を出て来ていても。
けれども、果たせなかった目的。
ジョミーを捜して下りた階段、其処で出会った人類の女性。崩れて来た岩の下敷きになる所を、体当たりして突き飛ばした。
(…ジョミーを助けに下りて来たのに…)
代わりに救った人類の女性。それは後悔していないけれど、とても見殺しには出来ないけれど。
奪われたのが自分の身体の自由で、やがて命も消えるのだろう。岩の下敷きなのだから。此処でこうして動けないまま、意識が薄れてゆくのだから。
(……ジョミー……)
すみません、と詫びる言葉を最後に消え失せた意識。後は闇へと落ちてゆくだけ。死の淵へと。
その頃、地下へと続く階段の上の方では、他の船で降りたミュウたちが救助を続けていた。
次々に現れる人類たちを船に振り分け、自力で歩けない者たちを担架で運んだりして。医療班の者たちも大忙しで、懸命に手当てをしていたけれど。
「誰か、助けて…!」
お願い、と駆け上がって来た女性が一人。息を切らせて、涙をポロポロ零しながら。
「どうした!?」
下に誰かいるのか、と掛けられた声に、涙交じりに答えた彼女。岩の下敷きになった青年が一人いるという。「ぼくはミュウだ」と名乗った青年、口が利けないようだった、とも。
「リオさんだ!」
「そういえば、姿を見ていないぞ!」
大騒ぎになる中、医療班の者たちが目と目を交わして頷き合った。「下に下りるぞ」と。
彼らが担いだ医療カプセル、重傷者がいるようならば、とシャングリラから持って来たもの。
「あと、何人か応援を頼む!」
岩を動かさなきゃいけないからな、との声に応じた力自慢のミュウたち。肉体の力ではなくて、サイオンの力。それを使えば岩くらいは、という猛者揃い。
彼らは懸命に階段を下りて、リオの所に辿り着いた。まだ辛うじて息はあるから…。
「仮死状態にして、それから岩を取り除く!」
「分かった、そっちの方は任せる!」
実に素早い役割分担、医療班がリオを仮死状態に。…力自慢のミュウたちの方は岩の除去。
リオはテキパキと救い出されて、医療カプセルに入れられた。後は担いで階段を上へ上るだけ。とにかく急げ、と走るミュウたち。階段ごと岩の下敷きになれば、二次遭難になるのだから。
医療カプセルが地上に向かって突き進む中、リオはといえば…。
(……花畑だ……)
死んだらこういう場所に来るのか、と花畑の中に立っていた。すぐ側に大きな虹の橋もあって、橋を渡ればきっと天国なのだろう。それは綺麗で清らかな色の橋だから。
さて、と歩こうとしたのだけれども、何故だか先に進めない。虹の橋は其処にあるというのに。
(見えない壁があるみたいだ…)
シールドのようなものだろうか、と手で探っても何も無い。けれど渡れない虹の橋。
これは困った、と橋のたもとに立ち尽くしていたら、後ろからやって来たのがジョミー。
『ジョミー…!』
すみません、と申し訳ない気持ちがMAX、もう心から謝った。
ジョミーが天国に来るなんて。自分が助けに行けていたなら、きっとジョミーはシャングリラに生きて戻れたのに。
けれどジョミーは怒るどころか、逆に心配してくれた。「どうして君が」と。
「君はシャングリラに残った筈だ。何故、此処にいる?」
『いえ、それが…。あなたを助けに行こうとして…』
こういうことに、と改めて詫びたら、ジョミーに謝られた。「ぼくのせいだ」と、思いっ切り。
「来るなと言っておけば良かった。でも、もう遅いみたいだし…」
一緒に行こうか、と指差された先に虹の橋。ジョミーと渡って行けるなら、と喜んだけれど。
やっぱり先には進めないわけで、歩き出していたジョミーが振り返った。
「どうしたんだ、リオ?」
『…普通に歩いて行けるんですか? ぼくは此処から動けないようで…』
地縛霊になってしまったでしょうか、と項垂れた。ずっと昔に誰かに聞いた「地縛霊」。思いを残したままで死んだら、その場所に縛られる魂。何処へも行けずに、幽霊になって。
ジョミーを助けに行けなかった、と後悔しながら死んだわけだし、あの階段に残った魂。
それで虹の橋を渡る資格が無いのだろうかと、此処で居残り組だろうかと。
そうしたら…。
「其処から動けないだって?」
まじっと見詰めるジョミーの瞳。こちらはと言えば地縛霊だし、本当に情けない気持ち。
『はい…。ですから、一人で行って下さい』
ぼくにはかまわず、あの橋を…、と眺める先に虹の橋。妙にデジャヴがあると思ったら、まるで全く同じ展開。女性を庇って岩の下敷き、「行くんだ」と階段を上らせた時と。
二度あることは三度ある、と聞いているから、次はいったい何が来るやら。
天国に来てまでこうなるなんて、とリオの気分はドン底だけれど。
「なるほどね…。ちょっと相談なんだけど」
君の身体に入っていいかな、と斜め上なことを言ったジョミー。いったいどういう意味だろう?
『…なんですか、それは?』
「君は死んではいないらしい。…かなり危ないけど、助かると見た」
その身体を貸してくれないか、というのがジョミーの頼み。
曰く、「トォニィに後を託したけれども、まだまだ危なっかしいから」。
身体を貸して貰えるのならば、それで戻れるシャングリラ。要は間借りで、一つの身体に二つの魂、普段はリオで時々ジョミー。
『ああ、そういう…。ぼくの身体が役に立つなら…』
喜んで、と受けたジョミーの申し出。ジョミーの役に立てるのだったら、「時々ジョミー」でもかまわない。時々どころか毎日だって、とジョミーと並んで歩き始めた。
天国に向かう虹の橋とは反対に。ジョミーが「こっちだ」と言う方向へ。
其処を暫く歩いて行ったら、バッタリ出会った長老の四人。それにキャプテン。
(…みんな、ジョミーを助けようとして…)
死んだと言うから、今度は自分から持ち掛けた。「ぼくと一緒に帰りませんか」と。
『ぼくの方なら、時々リオでいいですから。…普段はジョミーやキャプテンたちで』
「それは有難い。シドもいいキャプテンにはなりそうだが…」
直接指導をしてやれるなら、と乗り気になったキャプテン・ハーレイ、長老たちも頷いた。若い者たちだけの船では、何かと付き纏うのが不安。
それを一気に払拭するなら、「時々キャプテン」だの、「時々ゼル」がいいだろう、と。
そんなこんなでワイワイガヤガヤ、賑やかに戻って行った道中。
「グランド・マザーは往生際が悪かった」だの、「いやいや、油断し過ぎじゃろ」だのと、地の底で起きた出来事なんかをネタにしながら。
どうしたわけだか、キースには出会わなかったのだけれど。
人類だから別のルートで行ったか、あるいはサムやマツカの迎えで直行便で…。
「あたしたちみたいに歩いてないって言うのかい?」
天使様のお迎えで空を飛んでったかねえ…、とブラウが笑って、皆で振り返る虹の橋。キースは空を飛んで行ったかと、「人類のくせに、セコイ手を」と。
もっとも、こっちはテクテク真面目に歩いたお蔭で、魂だけは戻れそうだけど。
一人の身体に魂が七つ、間借り人が全部で六人だから…。
『時々ジョミーもいいんですけど…。いっそ一日ジョミーなんかはどうでしょう?』
ぼくも含めて七人ですから、とリオが考え付いたこと。
七人がそれぞれ一日ずつなら、上手い具合に一週間。「時々ジョミー」だの「時々キャプテン」だので仲間が無駄に混乱するより、一日交替でどうだろうか、と。
「そりゃいいわい。ワシなら一日ゼルなんじゃな?」
「私は一日エラなのですね。確かに効率が良さそうです」
そのやり方に賛成です、とエラも言ったし、ヒルマンたちも異存は無かったものだから…。
「シャトル、全機、回収しました」
仮死状態のリオが入った医療カプセル、それも乗っけて地球を離れたシャングリラ。
「百八十度回頭」というトォニィの声で、燃え盛っている星を後にして。
リオの治療はノルディが頑張り、身体の方もリハビリをすれば元通りに動くことだろう。当分は意識が戻らなくても、もう安心だと医療班たちもホッと一息。
そうやってリオの身体が昏々とベッドで眠る間に…。
『ジョミーは何曜日を希望ですか?』
一日ジョミーは何曜日が一番いいでしょうか、と意識の底でリオが予定を調整中。目が覚めたら七人で一人なのだし、今の間にキッチリ決めておかないと、と。
「うーん…。何曜日にしようかなあ…。ハーレイ、君は何曜日がいい?」
「そうですね…。ブリッジの普段の様子からして…」
この辺で、と真面目にやっているのがソルジャーとキャプテン、その一方で…。
「ワシは当分はサボリじゃ、サボリ! この年でリハビリはキツイわい!」
「私もだよ。…ゼルと私は曜日だけ決めて、リハビリ中はリオに任せてだね…」
当分の間、「一日ヒルマン」は出番無しでいい、という怠惰な面子が現れるのも、平和になった証拠だろう。これが地球に行く前の段階だったら、そんな我儘など言えないから。
『分かりました。リハビリ、頑張ります!』
一日も早く車椅子とか松葉杖から卒業します、とキリッと敬礼、真面目なリオ。
やがてシャングリラは、その温厚なリオに支配されてゆくことになる。
「本日、ジョミー」だとか、「本日、キャプテン」と書かれた名札を付けた青年に。
思念波でしか喋らないけれど、誰が聞いてもソルジャー・シンだの、キャプテン・ハーレイその人としか思えない喋りをするリオに。
リオの中には、七人もいるものだから。
ソルジャーを継いだトォニィでさえも絶対服従、そんな「グランパ」までいるのだから。
「グランパ、明日の会議のことなんだけど…」
『すまんのう、今日はワシの日なんじゃ』
ほれ、と胸の名札を指差すリオ。其処には「本日、ゼル」の名札が。
「で、でも…。ぼくはグランパに…」
『そういうことなら、分かっておるじゃろ?』
世の中、上手く渡りたかったら袖の下じゃ、と「一日ゼル」が欲しがる酒。合成物はいかんと、他人にものを頼むのだったら、上等のを、と。
「分かったよ…!」
これでいいかな、とトォニィが渡したブランデーのボトル、それを受け取るなり…。
『トォニィ、今日は何なんだ?』
ぼくにもオフの日があって…、と登場したのがソルジャー・シン。
これまた「オフに呼び出されたから」と賄賂を要求、至極当然という顔をして。
それでも誰もが頼りまくりの、「リオの中の人」。
訊きさえしたなら、何でも答えが返るから。
ソルジャー・シンにキャプテン・ハーレイ、長老の四人と、生き字引のような人間だから。
本家本元のリオの日にだって、バンバンと入る「他の誰かを出してくれ」というリクエスト。
もちろんリオは断らないから、もうシャングリラの影の支配者。
温厚なリオに、そういう自覚は無いけれど。…いつもひたすら腰が低くて、譲りまくりの自分の身体。「ぼくでお役に立つんなら」と。
「どうぞ遠慮なく使って下さい」と、「お役に立てて嬉しいです」と…。
人のいいリオ・了
※イロモノ時代からの最古参の読者、I様の素朴な疑問。「リオ、忘れられていませんか?」。
「シャトルを全機回収したなら、いないとおかしい」という最終話。
そういう風にも見えるわな、と思ったトコから出来たお話。これも一種の生存ED…。