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人のいいリオ

(ジョミー…。辿り着けないのを、許して下さい…)
 もうこれ以上は進めないので、とリオは心でジョミーに詫びた。
 燃え上がり、崩れゆく地球を前にして、シドが決断した救出作戦。大気圏突入可能な船は全て、地球に残っている人間たちを救うために降下させること。
(あの船は、他に一人しか…)
 乗せられないから数に入らない筈、と小型艇で後にして来たシャングリラ。二人乗りでは、医療班の者を乗せたら定員。とても怪我人など救えはしないし、これならば、と。
(ジョミーを乗せて戻るだけなら…)
 誰も咎めはしないだろう。他の何機ものシャトルに紛れて発進しても。…「発進します」という報告も無しに、無断で船を出て来ていても。
 けれども、果たせなかった目的。
 ジョミーを捜して下りた階段、其処で出会った人類の女性。崩れて来た岩の下敷きになる所を、体当たりして突き飛ばした。
(…ジョミーを助けに下りて来たのに…)
 代わりに救った人類の女性。それは後悔していないけれど、とても見殺しには出来ないけれど。
 奪われたのが自分の身体の自由で、やがて命も消えるのだろう。岩の下敷きなのだから。此処でこうして動けないまま、意識が薄れてゆくのだから。
(……ジョミー……)
 すみません、と詫びる言葉を最後に消え失せた意識。後は闇へと落ちてゆくだけ。死の淵へと。


 その頃、地下へと続く階段の上の方では、他の船で降りたミュウたちが救助を続けていた。
 次々に現れる人類たちを船に振り分け、自力で歩けない者たちを担架で運んだりして。医療班の者たちも大忙しで、懸命に手当てをしていたけれど。
「誰か、助けて…!」
 お願い、と駆け上がって来た女性が一人。息を切らせて、涙をポロポロ零しながら。
「どうした!?」
 下に誰かいるのか、と掛けられた声に、涙交じりに答えた彼女。岩の下敷きになった青年が一人いるという。「ぼくはミュウだ」と名乗った青年、口が利けないようだった、とも。
「リオさんだ!」
「そういえば、姿を見ていないぞ!」
 大騒ぎになる中、医療班の者たちが目と目を交わして頷き合った。「下に下りるぞ」と。
 彼らが担いだ医療カプセル、重傷者がいるようならば、とシャングリラから持って来たもの。
「あと、何人か応援を頼む!」
 岩を動かさなきゃいけないからな、との声に応じた力自慢のミュウたち。肉体の力ではなくて、サイオンの力。それを使えば岩くらいは、という猛者揃い。
 彼らは懸命に階段を下りて、リオの所に辿り着いた。まだ辛うじて息はあるから…。
「仮死状態にして、それから岩を取り除く!」
「分かった、そっちの方は任せる!」
 実に素早い役割分担、医療班がリオを仮死状態に。…力自慢のミュウたちの方は岩の除去。
 リオはテキパキと救い出されて、医療カプセルに入れられた。後は担いで階段を上へ上るだけ。とにかく急げ、と走るミュウたち。階段ごと岩の下敷きになれば、二次遭難になるのだから。


 医療カプセルが地上に向かって突き進む中、リオはといえば…。
(……花畑だ……)
 死んだらこういう場所に来るのか、と花畑の中に立っていた。すぐ側に大きな虹の橋もあって、橋を渡ればきっと天国なのだろう。それは綺麗で清らかな色の橋だから。
 さて、と歩こうとしたのだけれども、何故だか先に進めない。虹の橋は其処にあるというのに。
(見えない壁があるみたいだ…)
 シールドのようなものだろうか、と手で探っても何も無い。けれど渡れない虹の橋。
 これは困った、と橋のたもとに立ち尽くしていたら、後ろからやって来たのがジョミー。
『ジョミー…!』
 すみません、と申し訳ない気持ちがMAX、もう心から謝った。
 ジョミーが天国に来るなんて。自分が助けに行けていたなら、きっとジョミーはシャングリラに生きて戻れたのに。
 けれどジョミーは怒るどころか、逆に心配してくれた。「どうして君が」と。
「君はシャングリラに残った筈だ。何故、此処にいる?」
『いえ、それが…。あなたを助けに行こうとして…』
 こういうことに、と改めて詫びたら、ジョミーに謝られた。「ぼくのせいだ」と、思いっ切り。
「来るなと言っておけば良かった。でも、もう遅いみたいだし…」
 一緒に行こうか、と指差された先に虹の橋。ジョミーと渡って行けるなら、と喜んだけれど。
 やっぱり先には進めないわけで、歩き出していたジョミーが振り返った。
「どうしたんだ、リオ?」
『…普通に歩いて行けるんですか? ぼくは此処から動けないようで…』
 地縛霊になってしまったでしょうか、と項垂れた。ずっと昔に誰かに聞いた「地縛霊」。思いを残したままで死んだら、その場所に縛られる魂。何処へも行けずに、幽霊になって。
 ジョミーを助けに行けなかった、と後悔しながら死んだわけだし、あの階段に残った魂。
 それで虹の橋を渡る資格が無いのだろうかと、此処で居残り組だろうかと。
 そうしたら…。


「其処から動けないだって?」
 まじっと見詰めるジョミーの瞳。こちらはと言えば地縛霊だし、本当に情けない気持ち。
『はい…。ですから、一人で行って下さい』
 ぼくにはかまわず、あの橋を…、と眺める先に虹の橋。妙にデジャヴがあると思ったら、まるで全く同じ展開。女性を庇って岩の下敷き、「行くんだ」と階段を上らせた時と。
 二度あることは三度ある、と聞いているから、次はいったい何が来るやら。
 天国に来てまでこうなるなんて、とリオの気分はドン底だけれど。
「なるほどね…。ちょっと相談なんだけど」
 君の身体に入っていいかな、と斜め上なことを言ったジョミー。いったいどういう意味だろう?
『…なんですか、それは?』
「君は死んではいないらしい。…かなり危ないけど、助かると見た」
 その身体を貸してくれないか、というのがジョミーの頼み。
 曰く、「トォニィに後を託したけれども、まだまだ危なっかしいから」。
 身体を貸して貰えるのならば、それで戻れるシャングリラ。要は間借りで、一つの身体に二つの魂、普段はリオで時々ジョミー。
『ああ、そういう…。ぼくの身体が役に立つなら…』
 喜んで、と受けたジョミーの申し出。ジョミーの役に立てるのだったら、「時々ジョミー」でもかまわない。時々どころか毎日だって、とジョミーと並んで歩き始めた。
 天国に向かう虹の橋とは反対に。ジョミーが「こっちだ」と言う方向へ。
 其処を暫く歩いて行ったら、バッタリ出会った長老の四人。それにキャプテン。
(…みんな、ジョミーを助けようとして…)
 死んだと言うから、今度は自分から持ち掛けた。「ぼくと一緒に帰りませんか」と。
『ぼくの方なら、時々リオでいいですから。…普段はジョミーやキャプテンたちで』
「それは有難い。シドもいいキャプテンにはなりそうだが…」
 直接指導をしてやれるなら、と乗り気になったキャプテン・ハーレイ、長老たちも頷いた。若い者たちだけの船では、何かと付き纏うのが不安。
 それを一気に払拭するなら、「時々キャプテン」だの、「時々ゼル」がいいだろう、と。


 そんなこんなでワイワイガヤガヤ、賑やかに戻って行った道中。
 「グランド・マザーは往生際が悪かった」だの、「いやいや、油断し過ぎじゃろ」だのと、地の底で起きた出来事なんかをネタにしながら。
 どうしたわけだか、キースには出会わなかったのだけれど。
 人類だから別のルートで行ったか、あるいはサムやマツカの迎えで直行便で…。
「あたしたちみたいに歩いてないって言うのかい?」
 天使様のお迎えで空を飛んでったかねえ…、とブラウが笑って、皆で振り返る虹の橋。キースは空を飛んで行ったかと、「人類のくせに、セコイ手を」と。
 もっとも、こっちはテクテク真面目に歩いたお蔭で、魂だけは戻れそうだけど。
 一人の身体に魂が七つ、間借り人が全部で六人だから…。
『時々ジョミーもいいんですけど…。いっそ一日ジョミーなんかはどうでしょう?』
 ぼくも含めて七人ですから、とリオが考え付いたこと。
 七人がそれぞれ一日ずつなら、上手い具合に一週間。「時々ジョミー」だの「時々キャプテン」だので仲間が無駄に混乱するより、一日交替でどうだろうか、と。
「そりゃいいわい。ワシなら一日ゼルなんじゃな?」
「私は一日エラなのですね。確かに効率が良さそうです」
 そのやり方に賛成です、とエラも言ったし、ヒルマンたちも異存は無かったものだから…。


「シャトル、全機、回収しました」
 仮死状態のリオが入った医療カプセル、それも乗っけて地球を離れたシャングリラ。
 「百八十度回頭」というトォニィの声で、燃え盛っている星を後にして。
 リオの治療はノルディが頑張り、身体の方もリハビリをすれば元通りに動くことだろう。当分は意識が戻らなくても、もう安心だと医療班たちもホッと一息。
 そうやってリオの身体が昏々とベッドで眠る間に…。
『ジョミーは何曜日を希望ですか?』
 一日ジョミーは何曜日が一番いいでしょうか、と意識の底でリオが予定を調整中。目が覚めたら七人で一人なのだし、今の間にキッチリ決めておかないと、と。
「うーん…。何曜日にしようかなあ…。ハーレイ、君は何曜日がいい?」
「そうですね…。ブリッジの普段の様子からして…」
 この辺で、と真面目にやっているのがソルジャーとキャプテン、その一方で…。
「ワシは当分はサボリじゃ、サボリ! この年でリハビリはキツイわい!」
「私もだよ。…ゼルと私は曜日だけ決めて、リハビリ中はリオに任せてだね…」
 当分の間、「一日ヒルマン」は出番無しでいい、という怠惰な面子が現れるのも、平和になった証拠だろう。これが地球に行く前の段階だったら、そんな我儘など言えないから。
『分かりました。リハビリ、頑張ります!』
 一日も早く車椅子とか松葉杖から卒業します、とキリッと敬礼、真面目なリオ。


 やがてシャングリラは、その温厚なリオに支配されてゆくことになる。
 「本日、ジョミー」だとか、「本日、キャプテン」と書かれた名札を付けた青年に。
 思念波でしか喋らないけれど、誰が聞いてもソルジャー・シンだの、キャプテン・ハーレイその人としか思えない喋りをするリオに。
 リオの中には、七人もいるものだから。
 ソルジャーを継いだトォニィでさえも絶対服従、そんな「グランパ」までいるのだから。
「グランパ、明日の会議のことなんだけど…」
『すまんのう、今日はワシの日なんじゃ』
 ほれ、と胸の名札を指差すリオ。其処には「本日、ゼル」の名札が。
「で、でも…。ぼくはグランパに…」
『そういうことなら、分かっておるじゃろ?』
 世の中、上手く渡りたかったら袖の下じゃ、と「一日ゼル」が欲しがる酒。合成物はいかんと、他人にものを頼むのだったら、上等のを、と。
「分かったよ…!」
 これでいいかな、とトォニィが渡したブランデーのボトル、それを受け取るなり…。
『トォニィ、今日は何なんだ?』
 ぼくにもオフの日があって…、と登場したのがソルジャー・シン。
 これまた「オフに呼び出されたから」と賄賂を要求、至極当然という顔をして。
 それでも誰もが頼りまくりの、「リオの中の人」。
 訊きさえしたなら、何でも答えが返るから。
 ソルジャー・シンにキャプテン・ハーレイ、長老の四人と、生き字引のような人間だから。
 本家本元のリオの日にだって、バンバンと入る「他の誰かを出してくれ」というリクエスト。
 もちろんリオは断らないから、もうシャングリラの影の支配者。
 温厚なリオに、そういう自覚は無いけれど。…いつもひたすら腰が低くて、譲りまくりの自分の身体。「ぼくでお役に立つんなら」と。
 「どうぞ遠慮なく使って下さい」と、「お役に立てて嬉しいです」と…。

 

          人のいいリオ・了

※イロモノ時代からの最古参の読者、I様の素朴な疑問。「リオ、忘れられていませんか?」。
 「シャトルを全機回収したなら、いないとおかしい」という最終話。
 そういう風にも見えるわな、と思ったトコから出来たお話。これも一種の生存ED…。







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