(…なんか、気味悪いことになってる…)
この船、こんなだったっけ、とジョミーが見回したシャングリラの中。
ソルジャー候補になって長いけれども、今日は船の中の様子が違う。
あっちもこっちもカボチャだらけで、カボチャだけなら、まだいいけれど。
(どのカボチャにも、顔…)
ゲラゲラ笑っている顔だとか、悪魔みたいに裂けた口とか。
そういうカボチャが船にドッサリ、通路にも、広い公園にだって。
かてて加えて、オバケだとしか思えない飾りが沢山。骸骨にゾンビ、どう見てもオバケ。
昨日は普通の船だったのに、と首を捻りながら通路を歩いていたら…。
「うわあぁぁっ!?」
いきなり頭から赤いケチャップをぶっかけられた。…それもバケツで。
顔さえ見えない仮面を被った、魔法使いみたいな衣装の誰かに。
何するんだよ、と怒鳴り付けたら…。
「なんじゃ、ハロウィンを知らんのか?」
仮面の人物がゼルの声で喋った。ケチャップのことなど、謝りもせずに。
「……ハロウィンって?」
「ヒルマンに聞いておらんようじゃな、日頃、サボッてばかりじゃからのう…」
講義をサボるからそうなるんじゃ、とゼルは説教をかましてくれた。トマトケチャップが入ったバケツを抱えたままで。
曰く、ハロウィンというのは10月31日のイベント。
人間が地球しか知らなかった時代に生まれた行事で、大晦日のようなものだと言う。
「…大晦日?」
それは12月31日のことを言うんじゃあ…、と不思議だけれど。
「人類の世界ではそうなっておるな、奴らは野蛮人じゃから」
文化とは無縁な奴らなのじゃ、と胸を張ったゼル。
その点、ミュウは文化的だと、遠い昔の文化をきちんと守っていると。
ハロウィンと言ったらカボチャにオバケで、新年を迎えるための清めの行事なのだと。
ヒルマンの代わりに、延々とゼルが垂れた講釈。
ハロウィンはシャングリラの一大イベント、暦は此処で切り替わるもの。
(…明日になったら、この船の中では新年で…)
年内の穢れを持ち越さないよう、互いに穢れを祓うのだという。
出会い頭に色のついた水や、赤いケチャップなどを浴びせて。…だから頭からぶっかけられた。
(…ソルジャーでも、ヒラでも、関係なくて…)
とにかく派手にぶっかけるべし、と皆が用意をしているらしい。色つきの水や、ケチャップを。
気合の入った輩になったら、緑色に染めたビールなんかも。
(…船中に飾った、カボチャのランタンとか骸骨とかは…)
新年になって日付をまたぐ前に、公園で焚火に投げ込むものだと教えられた。
船中の穢れを吸い取ったカボチャ、それに骸骨なんかの気味悪い飾り。
(気味が悪いほど、うんと沢山…)
穢れを吸い取ってくれるらしいし、カボチャのランタンは「大きいほど」穢れがよく取れる。
ゆえに「より大きな」カボチャを求めて、皆がカボチャを育てる船。
一年に一度のハロウィンのために、素晴らしい新年を迎えるための日に備えて。
(……うーん……)
シャングリラにはこんな行事があったのか、とケチャップまみれの服を着替えに戻ろうと通路を歩いていたら…。
「「「トリック・オア・トリート!」」」
子供たちの可愛い声が響いて、ドパアッ! と食らった色つきの水。
赤に黄色に、緑に青に。…もうとりどりに激しい色のを、子供たちが持ったバケツの数だけ。
「え、えっと…?」
今のはなに、と目を丸くしたら、子供たちは一斉に手を差し出した。「お菓子、頂戴」と。
(…お菓子?)
なんでお菓子、と瞳をパチクリ、さっぱり意味が分からない。
頭から浴びた色水の意味なら、さっきゼルから聞いたけれども、お菓子は知らない。
そうしたら…。
「知らないの、ジョミー? 子供は天使みたいなもので…」
大人よりもずっと穢れを祓うパワーが強いの、と得意そうなニナ。
だから子供に色つきの水をかけて貰ったら、お礼にお菓子を渡すもの。「ありがとう」と。
「…そ、そうなんだ…。でも、ぼくは今…」
お菓子なんかは持ってなくて、と慌てるしかない今の状況。
(ヒルマンの講義、真面目に聞いておけば良かった…)
このシャングリラの年中行事について、馬鹿にしないで、全部きちんと。
大晦日が10月31日だとか、ハロウィンとやらに関するあれこれ。
「ジョミー、お菓子を持っていないの?」
せっかく水をかけてあげたのに、と不満そうな顔の子供たち。「かけて損した」と。
「ご、ごめん…。ツケにしといて!」
次に会った時に渡すから、と謝った途端、子供たちはパアアッと笑顔になった。
「やったね、ツケだとトイチなんだよ!」
「十日で一割の利子がつくのがトイチなの!」
「ハロウィンのお菓子をツケにした時は、一時間で一割の利子になるから!」
じゃあねー! と走り去った子供たち。
一時間ごとに一割の利子で、あの数の子供たちだから…。
(……ぼくの立場、メチャメチャ、ヤバイんじゃあ……?)
それだけの菓子を食堂で調達したなら、今月の小遣いは消し飛ぶだろう。今から着替えて、また食堂まで出直す間に時間が経ってゆくのだから。
なんて船だ、と思うけれども、講義を聞かなかった自分が悪い。
シャングリラはミュウの箱舟なのだし、人類の世界とは違って当然。
(ハロウィンなんかは、聞いたこともないから…!)
本当に意味が不明だってば、と重たい足を引き摺る間に、次から次へと浴びせられる水。それにケチャップ、緑色に染めたビールもあったし、ワケワカランといった感じの水かけイベント。
(おまけに全員、仮装していて…)
誰が誰だか分からないのが、また悲しい。
真っ青に染めた合成ラムをかけて行ったのは、体格からしてハーレイだけれど。
(…あの格好も謎だってば…)
首にぶっといボルトが刺さって、顔に縫い目があるなんて…、とジョミーには謎な、ハーレイの仮装。いわゆるフランケンシュタインなるもの、遠い昔で言ったなら。
(ケチャップを思い切りぶっかけてくれて、白いシーツを被ってたのは…)
ソルジャー・ブルーじゃなかろうか、と思うけれども、確証は無い。
とにかく船中がお祭りムードで、ハロウィンを知らない自分一人だけが…。
(仮装用の服も持っていないし、水かけ用のバケツも、それにケチャップも…)
無いんだってばー! と叫んでみたって、既に手遅れ。
船はすっかりカボチャまみれで、あちこちに飾られた骸骨などの不気味な飾り。
新年を迎える焚火に火を点け、ああいったものを投げ込んで穢れを祓い終えるまでは…。
(…ぼくだけ、普通の格好で…)
色水やケチャップなどにまみれて、子供たちには菓子という名の借りが山ほど。
人類の世界には無かったハロウィン、もっと勉強するべきだった、と泣きの涙で。
10月31日が終わる時まで、受難が続いてゆくフラグ。
何処か間違って伝わったらしい、ミュウたちが盛大に行うハロウィン。
新年を迎えるためのイベント、船中がカボチャや骸骨にまみれる一日が幕を閉じるまで…。
ハロウィンの船・了
※シャングリラで行われているハロウィン。人類の世界には無かった文化に途惑うジョミー。
何か色々と間違えまくりのイベントですけど、資料を収集している間に事故ったのかも。
(ジョミー…。みんなを頼む!)
それがブルーの最期の思念。メギドの制御室で起こしたサイオン・バーストの中で。
キースは逃がしてしまったけれども、メギドは沈められる筈。「これでいい」と満足しながら、意識は闇へと落ちて行って…。
(…なに?)
ぼくは、とキョトンと見詰めた両手。その手から消えていた白い手袋。
素手だというのも驚きだけれど、自分の手にしては小さいような…、と見詰めていたら。
「助けて! 殺さないで!」
そう聞こえた悲鳴、反応したのがソルジャーとして鍛えた精神。「誰か危ない」と、急いで助けなければと。女性の声だ、と顔を上げたら向こうで震えている看護師。「殺さないで」と。
(……成人検査?)
それもぼくのだ、と気が付いた。どうしたわけだか、遡った時間。死ぬ前に見る走馬灯なのか、あるいはこれが現実なのか。
(…どっちにしても…)
同じ轍を踏んではたまらないから、急いで逃げることにした。此処にいたなら、じきに警備員がやって来る。銃を手にして、撃ち殺そうと。「何もしない」と言っても問答無用で。
(その前に…!)
飛ぶなら上だ、と一瞬でかました瞬間移動。サイオンは鈍っていなかった。いや、なまじ身体が若い分だけ、前よりも強いかもしれない。
楽々と飛べた建物の屋上、監視カメラは無いようだから…。
(やたらとリアルな走馬灯だ…)
こういう風に生きたかったという夢だろうか、と上半身に貼られたパッドを剥がしてポイ捨て。こんなパッドまで貼ったりするから、健康診断の一種だと思い込んだんだ、と。
(まさか記憶を消去だなんて…)
誰が気付くか、と探った自分の記憶。成人検査の前の記憶は無かった。いくら夢でも、そうそう上手くはいかないのだろう。奪われた過去を取り戻すなんて。
仕方ないな、と溜息をついて、屋上の隅っこに座り込んでいたら…。
「そっちにいないか!?」
「早く見付けて取り押さえろ!」
ガヤガヤと声が聞こえて来たから、これはヤバイと逃げ出した。空を飛ぶより瞬間移動、と遥か離れた建物へと。
(…夢じゃなかったのか!?)
どうやらこれは現実らしい、と見回した周り。とりあえず飛び込んだ建物の中は、普通の会社の類っぽいもの。サイオンでザッと見た感じでは。
(ぼくは時間を遡って…)
アルタミラまで戻ったのか、と眺めた壁のカレンダー。どう見ても年号がそうだから。
神の悪戯か、それとも奇跡か、過去の時空で生きている自分。メギドで死んだと思ったのに。
ついでにすっかり若返っていて、十四歳だった頃の子供の身体。色素は記憶と一緒に失くして、アルビノになってしまったけれど。
(そういうことなら…)
人生、此処からやり直しだ、と固めた決意。
成人検査を受けてそのまま捕まるコースは免れたのだし、暫くは潜伏するべきだろう。何処かに隠れて様子見の日々、人類がどう動くのか。
(…その前に…)
何か食べたい、と覚えた空腹。成人検査の待ち時間には絶食だったし、メギドで死んだと思った自分も体力を使い果たしていたし…。
(……会社だったら……)
ある筈なんだ、とサイオンで探って見付けた食堂。幸い昼時、次から次へとトレイを並べているようだから…。
(一つ貰って、食べて返しておいても…)
バレるわけがない、と失敬した社員食堂のランチ。トレイごと瞬間移動で運んで、潜んだ部屋で美味しく食べた。なかなかにいける味だったから…。
(この建物で暮らしていたなら、食べ物の心配は無さそうで…)
二十四時間、誰かが働いているらしい大きな会社。空き部屋も倉庫も幾つもあるから、コッソリ住むには丁度いい。これだけの規模ならバスルームだって…。
(誰が使ったか、細かくチェックはしない筈…)
此処に決めた、と定めた根城。そうと決まれば衣類も欲しいし、あれもこれも、と手に入れた。潜伏生活に必要な物を、瞬間移動で調達して。
(ぼくが隠れている部屋には…)
誰も近付く気を起こさないよう、きっちりシールド。お蔭で夜はぐっすり眠れて、次の日の朝も目覚めスッキリ。数日経っても、まるでバレない居候。
(ぼくが逃げ出した件は、どうなったかな?)
ちょっと調べに、と成人検査を受けた建物に忍び込んだら、まだ捜してはいたものの…。
「あのガキ、何処かで死んだんじゃないか?」
「そうかもなあ…。宇宙に飛び出しちまったんなら、死体も見付からないだろうし…」
面倒だからそれでいいか、と報告書を書くつもりの職員たち。「ミュウらしき者」が成人検査に引っ掛かったものの、行方不明で恐らく死亡、と。
(…ふうん?)
そうなると、この先の流れも変わる、と踏んだブルーの考え通り。
何年も次のミュウは出なくて、成人検査をしている人類の方も至ってのんびり。お蔭でブルーも潜伏生活を平和に生きて、見た目がソルジャー・ブルーだった頃と同じ姿に育ったから…。
(此処で年齢を止めないと…)
よし、と若さを保つことにした。これだけ育てば、いつでもソルジャー・ブルーになれる。服や小道具さえ揃ったら、と考えたものの、一向に来ない殺伐としていたアルタミラ時代。
(…三食昼寝付きで、おやつもオッケー…)
いったいどんな天国なんだ、と自分でも溜息が漏れるほど。
同じアルタミラでも、こうも違うかと。人体実験の欠片も無い上、本当に三食昼寝付き、と。
そうやって何年も暮らし続けて、ようやく二人目のミュウが出た。若き日のゼルが引っ掛かってしまった成人検査。けれど「危険に見えた一人目」は死んでいるわけだから…。
(…人体実験の代わりに、経過観察…)
しかも檻にも入れていないし、とブルーも驚くゼルの待遇。成人検査を受けた施設に留め置き、教育ステーションに進めないだけのゼルの毎日。これまた三食昼寝付きで。
やがてヒルマンが、ハーレイが、エラがブラウがと検査に引っ掛かったけれども、ゼルと同じく経過観察。「ミュウと人類は何処が違うのか」と見ているだけの人類たち。
(…これだと、ぼくが疫病神だったみたいな感じで…)
「死んだ」方へと行っていたなら、他のミュウたちに「アルタミラの地獄」は無かったらしい。それを思うと申し訳なくて、一日も早く「仲間たち」を地球へ連れて行きたいところ。
自分が「下手をこいた」ばかりに、苦労をかけたゼルやハーレイたち。ジョミーの時代はアテにしないで、自分の代で地球に行き着いてこそ。
(まずはシャングリラをゲットしないと…)
あの船だな、と既に狙いはつけてある。コンスティテューションという、聞き覚えのある名前を持った船。それが宙港に出入りしているから、いずれ頂戴する予定。
(面子が揃いさえしたら出発だ!)
ゼルの弟のハンスが来たら、と待っている内に、ハンスも検査に引っ掛かったから決行の時。
コンスティテューション号の入港を待ち、乗組員の意識を操作して色々な物資を積み込ませた。当分は補給要らずで生きてゆけるよう、たっぷりと。
それが済んだら「ご苦労」と船から降りて貰って、お次は仲間を迎える番。
ミュウの仲間たちが経過観察中の建物、其処へ瞬間移動で飛び込んで行って、思念で一瞬の内に伝えた行動。「脱出する!」と、「ぼくに続け」と。
人類の方では「ミュウの集団脱走」などは想定外だし、「待て、止まれ!」などと右往左往する内に逃げられたというオシャレな展開。銃さえ向ける暇も無いまま。
建物の外は普通の道路で、そんな所で発砲したら一般人を巻き込んでしまうわけだから…。
「早く、こっちだ!」
急いで、と皆を引き連れて走って、大型バスに乗り込ませた。これまた用意してあったバスで、運転手の意識は支配済み。バスは何台もあるのだけれど。
それを連ねての宙港入りで、そちらにも手を回しておいた。「ミュウが逃げた」という連絡など入らないよう、通信機器に細工をして。
お蔭でバスは全て宙港のターミナルビルに横付け、皆、悠々と降りて船へと移動。乗り込んだら次は役の割り振り、「操縦は君に任せる」だとか。
必要な知識は既にゲットで、思念波で相手にコピーするだけ。ハーレイが、ゼルが、ブラウがと順に持ち場に着いたら、その後は…。
「行こう、キャプテン!」
「はい! シャングリラ、発進!」
船の名前まで立派に変わって、コンスティテューション改めシャングリラは離陸して行った。
メギドの炎を食らいもしないで、悠然とアルタミラの空に向かって。
脱出したら、お次は船の改造なのだけど…。
「あんた、やるねえ…。名前はなんて言うんだい?」
ブラウが利いてくれたタメ口、そう言えば見た目は彼らと変わらない年だった。ウッカリ下手に訂正したなら「年寄り」確定、それは嫌だから「ブルー」と名乗って年齢のことは知らんぷり。
「少し前に成人検査を受けたかもね」と誤魔化した。
それでもやっぱり「ソルジャー・ブルー」で、船の改造も手順は頭に入っていたから、サクサク進んで白い鯨が見事に完成。
「ソルジャー、次はどうするんです?」
この船だったら、もう何処へでも行けますが、とキャプテン・ハーレイが言うものだから…。
「手近な星を一つ落とそう。其処で地球の座標を手に入れる!」
あの星がいい、と指示した雲海の星、アルテメシア。
なにしろ長年馴染んだ星だし、テラズ・ナンバー・ファイブの手の内だって分かる。今なら若い身体だからして、ジョミーに負けてはいないから…。
いきなり現れたミュウの母船に、アルテメシアの人類軍はアッサリ敗北した。
ソルジャー・ブルーが知り尽くしていた彼らの戦法、頼みの綱の衛星兵器は破壊された後で手も足も出ない。爆撃機だって、シールドとステルス・デバイスのお蔭で役立たずだから。
「これが地球の座標か…」
よろしく頼む、とキャプテンの肩を叩いたブルーは、テラズ・ナンバー・ファイブを壊した後。人類軍の情報は山ほど手に入ったから、もうこの先は負け知らずで行ける。
「ソルジャー、他にも船を貰って行きませんか?」
艦隊を組んで行きましょう、というキャプテンの案に頷き、使えそうな船を頂いて…。
それからの道は行け行けゴーゴー、なんと言ってもフィシスさえ生まれていない時代のこと。
フィシスの遺伝子データを元にしてキースを作っているわけがないし、人類の指導者はヘタレな元老たちだけ。「ミュウの艦隊が来た」と聞いたら、もう我先に逃げ出すような。
そんなわけだから、見る間に地球まで行けてしまって、グランド・マザーの方だって…。
(…ぼく一人でも、やれば出来るということか…)
どうやら勝ってしまったようだ、とブルーが溜息で見下ろす瓦礫の山。
グランド・マザーは倒したけれども、憧れの地球が無かったから。青い筈の地球が。
(……人生、やり直してみても……)
最後の最後でズッコケるのか、と失望しか覚えない死の星な地球。
けれども肉眼で見られたわけだし、「地球を見たかった」という悲願は叶ったのだから…。
(…これでフィシスさえ生まれていれば…)
幻とはいえ青い地球にトリップ出来たのに、と心で愚痴るブルーを乗せてシャングリラは地球を離れて行った。
「百八十度回頭!」というブルーの号令で。「もう、ぼくたちに出来ることは何も無い」と。
グランド・マザーを失った地球は鳴動しているけれども、人的被害はゼロだから。人類はとうに逃げ出した後で、ミュウの方でも、降りたのはブルーだけだったから。
(…行こう、ぼくたちの…。人の未来へ)
行くしかないんだ、とブルーは前を見詰め続ける。
きっといつかは、地球だって青く蘇るから。
自分が人生やり直したように、死の星の地球も、青い水の星に戻れる日が来るのだろうから…。
やり直した人生・了
※タイムリープはジョミーで書いたし、ブルーだったらどうなるんだろう、と考えただけ。
そしたらメギドも出なかったというオチ、やっぱり「ブルー最強」なわけ…?
(…ぼくはミュウなんかじゃない…)
絶対違う、と叫び出したい気持ちのジョミー。
成人検査を妨害しに来た、ソルジャー・ブルーと名乗った男。彼のせいで連れて来られた、妙な船。ミュウの母船で「シャングリラ」とか言うらしいけれども…。
(この船、不気味すぎだから…!)
あらゆる意味で、と認めたくない「自分はミュウだ」という事実。
頭の中に思念波とやらが響いて来たって、船の連中の心が「なんとなく」読めたって。そういう現象はきっと、ナキネズミという動物のせいだろう。
(こいつを見てから、ぼくの人生、狂いっ放し…)
だから「自分も変だ」と感じるあれこれ、それはナキネズミが原因の筈。どう考えても、自分はミュウではないから。…相容れない上に、有り得ないから。
(…部屋でヒッキーしてる間は、大丈夫だけど…)
ただの牢獄、忍の一字で耐え忍んでいればいいのだけれど。
なんとも困るのが食事の時間で、その度に「ぼくは違う」と思う。「ミュウなんかじゃない」と喚き出したくなる。
(あいつらの食事、おかしすぎだよ…)
それに不気味だ、と恋しくなるのがアタラクシアの家。母が作った美味しい料理。
今となっては、学校にあった食堂さえもが懐かしい。あそこの料理は普通だったし、間違えてもミュウの船の料理などとは違ったから。
今日ももうすぐ食事の時間がやってくる。リオが迎えにやって来て。
朝一番の食事は朝食、そのために食堂に行ったなら…。
(…朝も早くから、立ち食い蕎麦が大繁盛で…)
自分の持ち場に急ぐ連中、彼らが駆け込む立ち食いコーナー。其処で出される料理が「蕎麦」。アタラクシアでは、ただの一度もお目にかかっていないもの。
(蕎麦なんて…)
立ち食いだろうが、ザル蕎麦だろうが、まるで目にしたことが無い。そもそも名前も、この船で初めて聞かされたもの。リオの思念波で「蕎麦ですよ」と。
(あそこは立ち食い蕎麦なんです、って…)
手早く食事を済ませたいなら、立ち食い蕎麦になるらしい。そのコーナーで注文したなら、凄い速さで供される蕎麦。自分の注文通りの品が。
(それを立ったまま、割り箸で食べて…)
食べ終わったら「御馳走様!」と走り去るのがシャングリラの流儀。立ち食い蕎麦でもメニュー色々、それなりにあるのがバリエーション。
(食堂で座って食べる蕎麦だと…)
もっと種類が豊富になる上、蕎麦だけではない船がシャングリラ。うどんにラーメン、麺類とかいう食べ物が主食と言ってもいい。
パンやパスタの代わりにヌードル、汁たっぷりの。フォークではなくて「箸」と呼ばれる二本の棒でかき込むものが。
(…なんで、こういう船なんだよ!)
有り得ないだろ、と怒鳴りたいけれど、答えはとうに聞かされた。リオからも、それにヒルマンからも。これがシャングリラのやり方なのだと。
(人類とミュウは、相容れないから…)
SD体制が認めない異分子、それがミュウ。人権さえも持たない生き物。
だから彼らは考えた。「人類がミュウを忌み嫌うのなら、独自の進化を遂げてやる」と。
人類と同じ物など食べていられるかと、「ミュウにはミュウの食べ物がある」と。
そうして生まれた、麺類なるもの。
スパゲッティに似ているのだけれども、似て非なるものが蕎麦やラーメン。それから、うどん。今の季節は見かけないけれど、「冷やし中華」も人気らしい。
(冷やし中華の季節は、そうめん…)
うどんよりもずっと細い麺類、そうめんも夏の人気メニューだと教わった。そんな知識は欲しくないのに、ガンガンと叩き込まれたミュウたちの主食。
(パンやパスタもあるけれど…)
生粋のミュウなら麺類を食え、というのが船に流れる空気。パンやパスタは人類の食べ物、品がよろしくないものだ、と。
そんな具合だから、この船に無理やり連れて来られて、最初に食堂に出掛けた時も…。
(ミュウだってねえ、蕎麦食いねえ、って…)
ドンと目の前に置かれたのが蕎麦、有無を言わさず食べさせられた。二本の棒で。シャングリラ自慢の天麩羅蕎麦だか、天ざるだったか、名前がちょっと怪しいけれど。
今日も今日とて、食堂に行けば、きっと蕎麦。うどんやラーメンなのかもしれない、居心地よく食事したければ。「あいつは根っから人間だ」と棘のある視線を、思念を避けるのならば。
(…でも、ぼくは…)
ミュウじゃないから、と思っていたって、やってくるのがリオだから。
『おはようございます、ジョミー。よく眠れましたか?』
今朝の食堂は担々麺が人気らしいですよ、と悪気は全く無いのがリオ。こうして毎日、お勧めのメニューを教えてくれる。ただし麺類限定で。
「…その麺類さあ…。なんとかならない?」
ぼくはミュウじゃない、と拒否ってみたって、食堂で注文できる度胸は無いものだから…。
(…またリオに注文されちゃって…)
なんだよ、コレは、と言いたい気分の担々麺。もう何日目になるのだろうか、麺類三昧。
いい加減、腹が立ってきたから、食事の後で走り回った船の中。
諸悪の根源、ソルジャー・ブルーを探そうと。見付け出したら殴りつけてでも、アタラクシアの家に帰ってやると。
そうして首尾よく発見したから、もう思い切り叫んでやった。
「ぼくをアタラクシアへ、家へ帰せ!」と。
お蔭で帰れることになったし、リオが操縦する船で意気揚々とトンズラしたのだけれど…。
「ソルジャー。…あれをどうなさるんじゃ」
逃げおったわい、とソルジャー・ブルーに苦情を述べているゼル。他の長老やキャプテンまでが集っている中、ソルジャー・ブルーは冷静だった。
『…心配いらない。ジョミーはミュウだ』
目は閉じたままで語り掛ける思念、けれど収まらない面々。
「どの辺がどうミュウなんだい? ラーメンも好きになれない奴がさ」
無理ってもんだろ、とブラウが苦い表情、エラもヒルマンも顔を顰めているけれど…。
『そうだろうか? 君たちも最初は、ジョミーと同じだったと思うんだが…』
麺類メインの食生活に馴染むまでに何年かかったんだ、と問われれば誰もがグウの音も出ない。
「人類と同じものが食えるか」と選んだ麺類、けれど最初は「変な食べ物だ」と思ったから。
「…では、ソルジャー…。ジョミーもミュウだと仰るのですか?」
ハーレイの問いに、ブルーは思念で『ああ』と答えた。
『いずれ、この船に戻るだろう。…戻れば、彼も麺類に馴染む』
それから…、と続いたブルーの思念。「ぼくは疲れたから、今日の食事はラーメンで」と。
ジョミーの追跡も必要になるし、パワーたっぷりのニンニクラーメン、チャーシュー抜きで、と細かい注文。「分かりました」と頷く一同、何処までも麺類が主食を貫くミュウたちの船。
そんな調子だから、アタラクシアの遥か上空まで逃げたジョミーが船に戻った後。
(…ソルジャー・ブルー、今はあなたを信じます…)
元気が出るのはコレなんですね、とジョミーが食堂で啜るラーメン。もうプンプンとニンニクが匂う代物、チャーシュー大盛り。
(ブルーはチャーシュー抜きらしいけど…)
「君は若いんだし、チャーシューもドッサリ食べたまえ」というブルーのお勧め、チャーシュー大盛りにして貰った。今日から嫌でもソルジャー候補で、明日から猛特訓だから。
どんなに「嫌だ」と喚いた所で、もう逃げられはしないから。
(へこんだ時には、ニンニクラーメン、チャーシュー大盛り…)
もっとへこんだら煮卵もつけて、とジョミーも馴染むしかない麺類。
開き直って食べたら案外、美味しいように思うから。
部屋に出前も頼めるらしいし、夜食の時間に気を付けていたら、チャルメラを鳴らしてラーメン屋台が通路を流してゆくそうだから…。
ミュウたちの主食・了
※どうやったらシャングリラで麺類になるのか、自分でもサッパリ分からないオチ。
「シャングリラに蕎麦が無かった」話なら、ハレブルで書いたんですけどね…。
(…ミュウ因子の排除は不可能ではなかった…)
それどころか、奴らは進化の必然だった、と呻くことしか出来ないキース。
ミュウの艦隊を迎え撃つべく、指揮を執っている旗艦ゼウスの指令室で。グランド・マザーから聞いた衝撃の事実。…ミュウは異分子などではなかった。人類が進化するべき姿。
(そう言われてもな…)
ミュウを滅ぼすように作られたのが自分なのだし、前に進むしかないのだろう。ミュウが望んで来た交渉。それを受諾と見せかけておいて、用意してある六基のメギドで…。
(焼き払うも良し、交渉を受諾するも良し…)
グランド・マザーに委ねられた判断、それの答えは決まっている。真実を知った今になっても。
ミュウが進化の必然だろうが、オペレーション・リーヴスラシルは予定通りに実施。それ以外の道など無いのだからな、と椅子の背もたれに身体を預けた。
「マツカ、コーヒーを頼む」
口にしてからハッとする。…また間違えた、と。
マツカはとうに死んだのに。ミュウの力で自分を庇って、死の淵からも救い上げて。
(……疲れたな……)
まだ暫くは時間がある、と閉ざした瞼。コーヒーが無いなら少し眠ろう、と。
ふと気付いたら、見知らぬ所にいたキース。
(…何処だ?)
こんな所は知らないが、と見回した周囲はまるで絵に描いた景色のよう。遠い昔の地球の絵画や写真にあるような牧草地に森。それに聳え立つ険しい山々、ついでに高い塀を巡らせた…。
(…これは一種の城塞なのか?)
よく分からん、と眺めた立派な建物。白い壁が印象的だけれども、どうして自分がそんな建物の前にいるのか。夢にしたって鮮やかすぎる、と思う間に切り替わった場面。
(やはり夢か?)
切り替わる仕組みがあるようではな、と考えていたら、いつの間にやら目の前に男。ズルズルで足首まで届く白い服、時代錯誤な格好の。…その男性が口を開いて…。
「ようこそ、我々の修道院へ」
(…修道院?)
なんだ、と耳を疑った。SD体制の時代に修道院など、ある筈がない。辛うじてある神の概念、それが全ての筈なんだが、と。
けれど男性が続ける話。滔々とではなく、言葉を選ぶようにして。それを聞いていると…。
(…私の立場は修道士なのか!?)
しかも見習い、これから修道生活に入る立場の新入り。他にも数名いるというからホッとした。いくら夢でも、カッ飛び過ぎた舞台設定。機械が無から作った生命の自分といえども…。
(この状況では、他にも誰か…)
いてくれた方が心強い、と思うくらいに動揺している現状。「修道士見習いの夢だとは」と。
そんな心を知ってか知らずか、時代錯誤な修道服の男が説明してくれた。修道院での生活を。
(…孤独と沈黙…)
基本だな、と思ったそれ。腐っても機械の申し子なのだし、知識だけは無駄にあったから。
いつの時代も修道院なら孤独と沈黙が鉄の掟で、学校や病院を運営しない修道院なら、塀の中で完結する世界。さっき見て来た塀の向こうには出てゆかないで、ひたすら祈る。
(…祈る趣味など無いのだが…)
沈黙だったら得意技だ、と考えたけれど。元々、口数は少なかったし、メンバーズとして生きた時代も饒舌とは逆なタイプだったから。元老になって、ようやく振るい始めた弁舌。
(…それに孤独も…)
慣れているしな、と思っていたのに、その先を聞いて抜かれた度肝。
なんと此処では「個室で生活」、食事も個室で一人で食べる。配られた食材を調理して。他にも仲間はいるというのに、一日に二回しか出会う機会は無いらしい。
(…朝と晩の礼拝だけだって!?)
一日に七回あるという礼拝、その内の五回は個室で一人。合図の鐘の音を聞いたら、自発的に。
礼拝を除く個人の時間は、ひたすら孤独と沈黙の中で。
(…配って貰える本を読むとか、個室の隣に貰える畑で何か育てるとか…)
あとは得意な手仕事があれば、それをやってもいいらしい。作業用の部屋も個室とセット。
ただし、作業も「単独で」。
メゾネットタイプで貰える個室の一階が作業部屋やキッチン、二階が居間と寝室だという。構造自体は快適そうでも、部屋に他人は入れられないから…。
(…牢獄のようだと言わないか?)
流石の私も想定外だ、と強烈すぎる規則にビビッた。牢獄だったら当然とはいえ、生活となれば事情が違う。敵に捕まったわけでもないのに、何故、牢獄に、と。
そうは思っても、修道士見習いという設定。この世界では逃れられない自分の身分。
(なんということだ…!)
神と向き合う趣味は無いのに、と思っていたら、聞かされたこと。
曰く、「多くの見習いが来るが、大抵の者は直ぐに逃げ出す」。最短記録は僅か10分、個室に入って間もなく逃げて行ったという。孤独と沈黙に耐えられなくて。
(……10分くらいなら……)
いけるだろうな、と自分の心を顧みてみる。祈りの生活の方はともかく、どんな環境でも耐えてゆくのがメンバーズ。最短記録を破ることだけは無いだろう、と。
(…だが、その先は…)
どうなるのやら、と全く持てない自信。
他の人間に会える機会は日に二回だけで、オンリー礼拝。私語とはまるで無縁の世界。
かてて加えて、日曜日と祝日には皆で揃って食事だけれども、其処でもやっぱり私語は厳禁。
(…食事の間は聖書と聖人伝の朗読…)
それを聞きながら黙々と食べて、ようやく貰える自由時間。他の仲間と自由に話して、散歩などにも行けるとはいえ、それでおしまい。…自由時間が過ぎたら再び沈黙と孤独。
(…その沈黙に意味があったら、まだしもだな…!)
ひたすら神と向き合うだけでは、何の役にも立たない沈黙。ついでに孤独。
牢獄だったら、モビー・ディックで捕虜になっていた時と同じで、逃げる機会やルートを探って後に生かせるのだけれど。
国家主席の部屋で沈黙していたとしても、策を練るとか、有益な時間を過ごせるけれど…。
(この設定で何が出来るというのだ…!)
神などに祈る趣味は無い上、無益な孤独と沈黙な世界。どうやら不毛すぎる場所。いくら夢でも最悪すぎる、と自分の運命を呪っていたら…。
(どうして、此処にこの連中が…!)
修道士見習いを迎える儀式に、一緒に参加した見習い。そのメンバーが無駄に豪華すぎた。
誰もが真っ白なズルズルの服で、お揃いの修道服なのだけど…。
(…ソルジャー・ブルー…)
それにマツカとシロエまで、と愕然とした自分の同期。彼らも孤独と沈黙の日々に挑むのならば負けられない。最短記録を更新して逃げるコースは言語道断、勝ってこそだと思ったものの…。
(…あの連中は、みんなミュウだった…!)
ソルジャー・ブルーも、マツカも、シロエも、思念波で意志の疎通が可能。
たとえ個室で沈黙だろうが、食事中の私語は厳禁だろうが、他の三人にはまるで無い意味。軽く思念を飛ばしさえすれば、いくらでも喋りまくれる私語。牢獄みたいな修道院でも。
(……私だけが孤独というわけか……!)
ますますもって泣ける境遇、けれど止まってくれない時間。
儀式が済んだら個室の出番で、有無を言わさず案内された。メゾネットタイプで、作業部屋までくっついた部屋に。
(…幸い、明かりは点くようだが…)
蝋燭の世界は免れたか、と思っても頼りない照明。窓から入る光が消えたら、限りなく外の闇に近いもの。そうした中で夜の礼拝、私語は全く無かった世界。祈りと聖歌の響きだけで。
(…しかし、奴らは…)
あそこの三人は喋っているな、とチラ見したミュウの新入りたち。
神妙な顔で祈っていたって、今だって喋りまくりだろう。「人類なのに、ミュウと一緒に修道院入りした男」について。「まだ生きている」のに、死人と一緒に修道士見習いな男のことを。
(勝手にしやがれ…!)
これだからミュウは嫌いなんだ、とギリッと奥歯を噛みしめた。
進化の必然だったのがミュウで、この環境でも大いに有利。私語は駄目でも使える思念波、自由自在に交わせる会話。こんな礼拝の真っ最中でも、個室に籠っている時も。
そうやって日々は流れてゆくから、なんとも悔しい限りの毎日。
神と向き合う趣味も無いのに礼拝三昧、やたら真面目な自分の気質が呪わしい。ひたすら孤独と沈黙に耐えて祈りまくりで、読書に手仕事、出来る範囲でちょっとした木工細工とか。
日曜日になれば自由時間が来るのだけれども、ミュウの連中は楽しげで…。
(皆で揃って散歩に出たって、いつもはしゃいでいやがるからな!)
「地球はこういう所なのか」と感動しているミュウの三人。自然が豊かで、おまけに静か。この素晴らしい日々に感謝だと、「少しでも長く此処にいたい」と。
(お前たちは好きなだけ喋りまくりで…)
沈黙も孤独も関係ないしな、と今日も腐っていたけれど。
あんな奴らと喋ってたまるかと、私にだってプライドが…、と他の修道士たちと並んで牧草地を散歩していたのだけれど。
「…キース先輩、たまにはこっちに来ませんか?」
せっかくの御縁なんですから、とシロエが声を掛けて来た。お蔭で他の修道士たちも「行け」と促してくれる始末で、ミュウの連中と散歩する羽目に陥ってみたら…。
「…なんだって!?」
お前たちは喋っていなかったのか、と思わず引っくり返った声。
ソルジャー・ブルーも、マツカもシロエも、私語は一切、やっていないと言うものだから。日曜だけが喋れる時間で、のびのびと羽を伸ばすという。地球らしき星の自然に触れて。
彼らだったら、いくらでも喋り放題なのに。
孤独と沈黙の掟があっても、思念波で自由に話せるのに。なのに何故だ、と尋ねたら…。
「…君一人だけを仲間はずれにしてはおけないよ」
ぼくたちは一緒に此処に入った仲間だからね、とソルジャー・ブルーが返した答え。他の二人も同じ意見で、だからこそ思念波は封印だ、と。
ミュウと人類は兄弟なのだし、違う能力を持つからといって優位に立つなど許されない、と。
「…それで黙っていたというのか?」
こんな孤独と沈黙の日々に、三人とも耐えていたというのか、と見開いた瞳。メンバーズとして鍛え抜かれた自分でさえも辛かった日々に、ミュウの三人が耐えていたなんて。
それも「一人だけ混じった」人類、ソルジャー・ブルーとシロエにとっては「自分の命を奪った者」。忌み嫌われても仕方ないのに、彼らは自分に合わせてくれた。
ミュウなら可能な筈の思念波、それをキッチリ封印して。「人類のキースが気の毒だから」と。
「…お前たちは、いったい…」
どうして其処まで出来るのだ、と数えた此処で流れた日々。幾つ日曜日が過ぎて行ったか、何度太陽が沈んだのかと。季節が移って雪も眺めたし、今は日射しが眩しい夏。
彼らだけなら、いくらでも会話できたのに。
礼拝中でも、私語厳禁の日曜の食事の時間中でも、個室で孤独に過ごす時でも。
「…さっきも言った通りだよ。ミュウと人類は兄弟なんだ」
一緒に暮らしてゆこうというなら、筋は通しておかないと、と話すソルジャー・ブルーの声に、シロエが、マツカが頷いた。「その通りですよ」と。
「キース…。ミュウと人類は本当に相容れないのでしょうか?」
ぼくにはそうは思えません、と微笑んだマツカ。生きていた頃によく見せた柔らかな表情。
「キース先輩、よく考えてみて下さい。…ぼくたちは分かり合えるんです」
お互いがきちんと向き合ったなら…、とシロエも笑った。「ぼくは失敗しましたけどね」と。
「今でもたまに後悔します」と、「でも、遅すぎることなんか無いと思いますけど」と。
そして彼らの笑みを太陽が照らし出す。
本物の地球には、今は無い筈の鮮やかな緑の牧草地も。聳え立つ険しい峰に残る雪も、高い塀が囲んだ修道院の白い建物も。
(…人類とミュウは…)
兄弟だと言ってくれるのか、と不覚にも緩みそうになった涙腺。
ミュウは進化の必然なのだし、置いてゆかれると思った人類。「劣等種になり下がるのだ」と。
それを止めるべく、戦おうと決意したのが自分。ミュウを残らず焼き払って。
そのためのオペレーション・リーヴスラシル、六基のメギドを用意して時を待っていたのに…。
(…我々は、手を…)
取り合えるのか、と思った所で引き戻されたキースの意識。眠り込んでいた椅子の上へと。
修道服は消えてしまって、ミュウの三人の姿も無かった。もちろん修道院だって。けれど…。
(…遅すぎることは無いと言ったな…)
ならば、とキースは手を伸ばした。机の上のコンソールへ。
「スタージョン中尉!」
「はっ、何か?」
画面の向こうで応えた副官、彼に命じる。「リーヴスラシルは直ちに中止しろ」と。
「そしてミュウどもに通信を繋げ。…私が自分で話をする」
「で、では…」
「交渉は受諾。…会談の場所は地球のユグドラシルだ。お前たちも直ぐに準備に入れ!」
いいな、と伝えて、それからソルジャー・シンにも直接話した。「地球で待つ」と。
ミュウの艦隊を焼き払うために用意したメギドは、もう要らない。
時代遅れのマザー・システムも、必要ない。地球に据えられたグランド・マザーも。
(…判断を私に委ねたのなら、自ら停止して貰おう)
それが出来る自信が自分にあるから、ミュウたちの船を地球へと招く。ソルジャー・シンも。
時代はミュウに味方しているし、人類とミュウは分かり合えると信じるから。
さっき見た夢、その中で自分は答えを得たと思うから。
(……修道士見習いだったのだがな……)
私も、ソルジャー・ブルーも、マツカも、それにシロエも、と苦笑する夢。
あれは本当にあった出来事だろうか、地球が滅びる前の時代に魂だけが旅をして行って。
(…ジョミーには、とても話せんが…)
そんな理由でミュウを信じる気になったとは言えないがな、と思うから今は沈黙しておこう。
いつか話す気になれるまで。…人類とミュウが手を取り合って共に歩み始める日まで。
こうしてキースが地球に招いたミュウたちの船。彼らの長のソルジャー・シン。
「…終わったようだな」
グランド・マザーは止まったからな、とキースが指差す白亜の巨像。
「あ、ああ…。だが、君は何故…」
考えを変えてくれたんだ、とジョミーが訊くから、「今は言えん」と背を向けたキース。
「それは掟に反するのでな」と。
「…掟だって?」
「そうだ。…孤独と沈黙、それが我々の掟だった」
いつか気が向いたら話してやろう、とキースは沈黙の掟を守った。修道士見習いだった夢の中でそうしていたように。ソルジャー・ブルーが、シロエが、マツカが沈黙を守ったように。
ミュウならば思念波で打ち破れた筈の孤独と沈黙、彼らはそれを守ったから。
「ミュウと人類は兄弟だから」と、一人だけ混じった人類の自分に合わせ続けてくれたから。
彼らが守った大いなる沈黙、それを私は忘れまい、とキースは固く心に誓う。
彼らと過ごした、遠い昔の地球にあったらしい修道院の景色と共に。
人を寄せ付けない山奥に佇む、白い塀に囲まれた修道院。神はあそこにいたのだろう。
厳しい孤独と沈黙の世界に生きる修道士たち。
彼らの祈りは、遥か未来の世界にまでも届いたから。
人類とミュウは兄弟なのだと、無から生まれた自分にさえも、道を示してくれたのだから…。
大いなる沈黙へ・了
※知る人ぞ知るドキュメンタリー映画、『大いなる沈黙へ』。それに出てくる修道院がモデル。
ネタが来たから書いたんですけど、キース、管理人が書くイロモノの方だと「お坊さん」。
書き終わってから「そうだったっけ」と気付いたオチで、狙ったわけじゃないんです…。
(早く大きくならないと…)
とにかく早く、と急ぐトォニィ。子供のままではジョミーの役に立てないから。
ナスカでそれを痛感した。「まだ駄目なんだ」と、「このままじゃ駄目だ」と、子供なことを。
ソルジャー・ブルーが防ごうとしたメギドの劫火。
ジョミーも飛び出して行ったけれども、トォニィもまた飛び出した。他のナスカの子供たちと。
それなのに救い損ねたナスカ。足りなかった力。
(あの時、ブルーが…)
こう言ったのを覚えている。「こんな小さな身体で、あんな力を使ったんだ。無理もない」と。
つまり、小さすぎた自分たち。ブルーや、大好きなグランパよりも。
(もっと大きく育っていたら…)
力だって強くなっていた筈。ブルーやジョミーに匹敵するほど、もしかしたら、それ以上にも。せっかく急いで成長したのに、全部で七人もいたというのに…。
(子供だったから…)
守れなかったんだ、と悔しくなる赤いナスカのこと。自分が生まれ育った星。
ミュウの仲間も大勢死んだし、ジョミーは人が変わったかのよう。アルテメシアに向かうと皆に告げた後には、笑顔も封印してしまって。
ジョミーが決意を固めたのなら、今度こそ自分も役に立ちたい。大きくなって、それに似合いの強いサイオンを手に入れて。
(今日も育った…)
昨日よりも、と眺めた「合わなくなった」制服。
「ナスカの子たちは特別だから」と、大好きなグランパが命じて作らせた。他の仲間とは、全く違う制服を。色も、もちろんデザインだって。
日に日に大きくなってゆくから、すぐにサイズが合わなくなる。自分のも、他の子供たちのも。
(じきに大人になるんだから…)
もう少しだよ、と思うけれども、そこでハッタと気付いたこと。身体はともかく、脳味噌の方はどうだろう。ちゃんと育っているのだろうか?
(えっと…)
サイオンはぐんぐん強くなるから、育っているのは間違いない。そう、脳味噌は。
ただ、問題はその中身。実年齢はまだ三歳なわけで、ツェーレンなんかは一歳にもなっていない現実。見た目は立派に少年少女で、大人になる日も近そうだけれど…。
(…養育部門の言葉で言ったら、幼稚園児の団体で…)
まだそれだよね、と愕然とした。
シャングリラの中に幼稚園は無いのだけれども、赤いナスカにも無かったけれど。色々な知識を教えるためにと、ヒルマンがナスカに降りて来ていて…。
(君たちは幼稚園児だね、って…)
穏やかな笑顔で何度も言った。まだまだ子供で、「学校」に行くなら六歳だ、とも。
人類の世界にはある「学校」。
シャングリラでも、昔は真似ていたという。自然出産で生まれた子供ではなくて、救出して来たミュウの子供たち。彼らを養育する時に。
(六歳になるまでは幼稚園児で、勉強も無くて…)
集団生活を学んでいただけらしい。ナスカで育った自分も同じで、興味のあることだけを教えて貰った。「この字は、なんて読むの?」だとか。「この絵の動物の名前は何?」とか。
(…あれっきり、勉強していないんじゃあ?)
もしかしなくても、そうなんじゃあ…、と遅まきながら悟った現状。
他のミュウたちは弱すぎるから、と頭から馬鹿にしていたお蔭で、ヒルマンの所にも一度も顔を出してはいない。「あんな爺さん、何の役にも立たないんだから」と。
けれど、ヒルマンの頭の中身。「教授」と渾名がつくほどなのだし、博識なのは間違いない。
(…ヤバイ…)
あの爺さんと比べたら自分の知識は無いも同然、他のミュウとでも雲泥の差。なにしろ、誰もが教育を受けて来たのだから。このシャングリラで、出来る限りの教育を。
とってもマズイ、と思った頭。自分の知識。
(力ばっかり強くったって…)
ぼくは子供だ、と眺めた自分の部屋の中。其処はまるっきり子供な雰囲気、ベッドの上には他の子供たちもお気に入りの携帯ゲーム機だって。
(うーん…)
ゲームくらいは大人の仲間もやっているけれど、自分は大人と言えるだろうか。なんと言っても中身は三歳、人類の世界の成人検査の年には十一歳も足りない。
(それに学校、行っていないし…)
だけど今更行けないし、というのがツライ。
船の仲間たちも、「教授」なヒルマンも、「あんな奴ら」と散々小馬鹿にしまくった後。デカイばかりで何の役にも立ちやしない、と。
それをやった後で、どの面さげて「教えて下さい」と言えるだろう?
上から目線で「爺さんかよ」と、嘲り笑ったヒルマンに。養育部門のスタッフたちに、あるいは密かに頭がいいと噂のヤエに。
(…絶対、無理だ…)
頼んでも却下されそうな上に、こちらにだってプライドがある。「アンタたちより、遥かに船の役に立つんだ」と自負する強いサイオン。とても頭は下げられない。
そうは言っても放置のままだと、このまま身体だけ大人になって…。
(ドキュンだっけ?)
前に誰かが叩いた陰口。こちらの方をチラリと眺めて、思念波でコソコソ囁き合って。
確か「DQN」とかいうブツ。そう書いて「ドキュン」と読むらしい。
(思いっ切り馬鹿で、救いようのないド阿呆で…)
その「DQN」だと言われた理由がやっと分かった。今のままだと間違いなくドキュン一直線。身体ばかりが大きく育って、自分もアルテラも、タージオンたちも、みんな纏めて…。
(ドキュンの集団…)
それになるんだ、と覚えた恐怖。その日は遠くないんじゃあ、とも。
なりたくはないドキュンなるもの。「DQN」と皆に指される後ろ指。
(でも、学校には行けないし…)
どうすれば、と頭を抱えた所で閃いた。「そうだ、頭だ!」と。
大好きなグランパが着けているもの、ソルジャー・ブルーが遺した補聴器。
何故、聴力は普通の筈のジョミーがあんな補聴器を、と不思議に思っていたのだけれども、謎はある時、綺麗に解けた。補聴器だけれど、記憶装置を兼ねているのがアレらしい。
(アレを借りたら、ソルジャー・ブルーの記憶が全部…)
ぼくのものに、と見えた光明。
三世紀以上も生きていたのがソルジャー・ブルーで、知識の量は半端ない筈。そいつをまるっとコピーしたなら、ドキュンどころかもう最高の…。
(凄い頭が手に入るんだ…!)
自分がそれをゲット出来たら、後は簡単。
ミュウは思念波で一瞬の内に知識を伝達できる生き物、アルテラたちにも伝えればいい。自分が優位に立ちたかったら、伝達量、ちょっと控えめにして。
(ぼくがリーダーなんだから…)
やっぱり一番賢くないと、と子供ながらに考えた。「全部教えたらマズイよね?」と。
ソルジャー・ブルーの膨大な知識をパクるのだったら、その使い方も分かるだろう。仲間を導く立場に立つなら、どれが重要な知識なのかも。
(とにかく、ブルーの記憶をコピーで…)
後は出たトコ勝負でいいや、と立てた作戦。今夜ジョミーが眠りに就いたら実行だ、と。
眠る時には補聴器を外すだろうし、その間にチョイと借りればいい。でもって中身を自分の頭に叩き込んだらオールオッケー、と。
そして訪れた決行の時。虎視眈々と自分の部屋から狙う間に、眠ったジョミー。思った通りに、あの補聴器を外してくれた。ベッドサイドのテーブルに置いて。
(よし、今だ…!)
貰ったあ! と瞬間移動で補聴器ゲットで、すぐに装着した頭。「善は急げ」と。
たちまち流れ込むジョミーの記憶と、それよりも前のブルーの分と。なんとも美味しい、直ぐに賢くなれるモノ。一人前の大人の考え、それから知識。
けれど…。
(…これ、ぼくだ…!)
ブルーがぼくを助けた時だ、と出くわした記憶。時系列に沿って遡るから。
話には聞いていたのだけれども、ブルーは思念も紡げないくらいに弱った身体で、ナキネズミの力を借りて助けを求めていた。「子供が一人、仮死状態だ」と。
ブルーだって、とても苦しいのに。死にそうなほどに弱っているのに、仮死状態の子供優先。
そうだったのか、と思う間もなく、その前の記憶が降って来た。
キース・アニアンがブン投げた子供、仮死状態になっていた自分。それが床へと叩き付けられる前にキャッチしようと、身体を張ったソルジャー・ブルー。もう本当に、文字通りに。
(体力なんか無かったくせに…)
それなのにぼくを助けたんだ、と見開いた瞳。「なんて人だ」と、「優しすぎる」と。
身体ごと飛び出して行かなくたって、サイオンで止めれば良かったのに。そうすればブルーも、ダメージ低めだったのに。
けれど「子供が危ない」と思った途端に、動いていたのがブルーの身体。後先考えたりせずに。
「これがソルジャーの務め」とばかりに、何も考えないままで。
(…ソルジャー・ブルー…)
ちゃんと御礼を言えば良かった、と瞳から溢れた滂沱の涙。
記憶装置の中身を抜こうとしたのもすっかり忘れて、ただ優しかった人を思って。
そうしたら…。
「トォニィ。…学問に王道なんかは無い」
此処までだな、と聞こえたジョミーの声。頭から奪い去られた補聴器、グランパの手で。
「グランパ…!」
「お前の考えくらいは分かる。だが、ブルーがお前を救った時の記憶は…」
いつかお前の役に立つから、と補聴器を自分で着けるジョミーは、何もかも全てお見通し。何が目当てて盗み出したか、何を計画していたのかも。
「グランパ、ぼくは…!」
ちゃんと賢くなりたくて…、と食い下がったら、「王道は無いと言っただろう」と返った返事。
「知識が欲しいなら、まず学ぶことだ。お前だけでもいい、勉強しろ」
ぼくが暇を見て教えてやろう、と大好きなグランパからの言葉で、それに異存は無かったから。
「じゃあ、お願い…。ぼくは本当に、まだ子供だから…」
教えて、と頼んだ「勉強」のことで、トォニィは後悔することになる。
人類軍に容赦しないジョミーは、身内にも容赦しなかったから。もう鬼のように出される宿題、課題にレポートてんこ盛り。「他の子たちにも教えてやれ」と。
来る日も来る日も激しくしごかれ、鬼軍曹で鬼コーチ。「さっさと覚えろ!」と飛ぶ罵声。
それでもグランパのことは好きだし、歯を食いしばって頑張りまくるトォニィだけれど。
(…ブルーは優しい人だったよね…)
もしもブルーが先生だったら、もっと優しく教えるよね、と見てしまう夢。もういない人に。
ソルジャー・ブルーが教えてくれたら、きっと優しい先生だよ、と。
そんな具合だから、後にキースを殺しに殴り込んだ時、ナチュラルに口にしていた言葉。
「ブルーは優しい人だった」と。
グランパのことも大好きだけれど、ブルーは優しかったから。
もしも生き延びてくれていたなら、鬼のグランパより、ずっと優しい先生になった筈だから。
宿題を忘れても殴りもしないで、ただ微笑んで。
「次からは気を付けようね」と。
今日は此処から勉強だよ、と宿題のことは責めもしないで、笑顔で教科書を広げてくれて…。
パクりたい頭脳・了
※原作トォニィだと、フィシスの知識をパクって成長するんですけど、アニテラだと謎。
いったい誰の教育なんだ、と思ったトコから降って来たネタ。鬼教師、ジョミー。