(…ぼくはミュウなんかじゃない…)
絶対違う、と叫び出したい気持ちのジョミー。
成人検査を妨害しに来た、ソルジャー・ブルーと名乗った男。彼のせいで連れて来られた、妙な船。ミュウの母船で「シャングリラ」とか言うらしいけれども…。
(この船、不気味すぎだから…!)
あらゆる意味で、と認めたくない「自分はミュウだ」という事実。
頭の中に思念波とやらが響いて来たって、船の連中の心が「なんとなく」読めたって。そういう現象はきっと、ナキネズミという動物のせいだろう。
(こいつを見てから、ぼくの人生、狂いっ放し…)
だから「自分も変だ」と感じるあれこれ、それはナキネズミが原因の筈。どう考えても、自分はミュウではないから。…相容れない上に、有り得ないから。
(…部屋でヒッキーしてる間は、大丈夫だけど…)
ただの牢獄、忍の一字で耐え忍んでいればいいのだけれど。
なんとも困るのが食事の時間で、その度に「ぼくは違う」と思う。「ミュウなんかじゃない」と喚き出したくなる。
(あいつらの食事、おかしすぎだよ…)
それに不気味だ、と恋しくなるのがアタラクシアの家。母が作った美味しい料理。
今となっては、学校にあった食堂さえもが懐かしい。あそこの料理は普通だったし、間違えてもミュウの船の料理などとは違ったから。
今日ももうすぐ食事の時間がやってくる。リオが迎えにやって来て。
朝一番の食事は朝食、そのために食堂に行ったなら…。
(…朝も早くから、立ち食い蕎麦が大繁盛で…)
自分の持ち場に急ぐ連中、彼らが駆け込む立ち食いコーナー。其処で出される料理が「蕎麦」。アタラクシアでは、ただの一度もお目にかかっていないもの。
(蕎麦なんて…)
立ち食いだろうが、ザル蕎麦だろうが、まるで目にしたことが無い。そもそも名前も、この船で初めて聞かされたもの。リオの思念波で「蕎麦ですよ」と。
(あそこは立ち食い蕎麦なんです、って…)
手早く食事を済ませたいなら、立ち食い蕎麦になるらしい。そのコーナーで注文したなら、凄い速さで供される蕎麦。自分の注文通りの品が。
(それを立ったまま、割り箸で食べて…)
食べ終わったら「御馳走様!」と走り去るのがシャングリラの流儀。立ち食い蕎麦でもメニュー色々、それなりにあるのがバリエーション。
(食堂で座って食べる蕎麦だと…)
もっと種類が豊富になる上、蕎麦だけではない船がシャングリラ。うどんにラーメン、麺類とかいう食べ物が主食と言ってもいい。
パンやパスタの代わりにヌードル、汁たっぷりの。フォークではなくて「箸」と呼ばれる二本の棒でかき込むものが。
(…なんで、こういう船なんだよ!)
有り得ないだろ、と怒鳴りたいけれど、答えはとうに聞かされた。リオからも、それにヒルマンからも。これがシャングリラのやり方なのだと。
(人類とミュウは、相容れないから…)
SD体制が認めない異分子、それがミュウ。人権さえも持たない生き物。
だから彼らは考えた。「人類がミュウを忌み嫌うのなら、独自の進化を遂げてやる」と。
人類と同じ物など食べていられるかと、「ミュウにはミュウの食べ物がある」と。
そうして生まれた、麺類なるもの。
スパゲッティに似ているのだけれども、似て非なるものが蕎麦やラーメン。それから、うどん。今の季節は見かけないけれど、「冷やし中華」も人気らしい。
(冷やし中華の季節は、そうめん…)
うどんよりもずっと細い麺類、そうめんも夏の人気メニューだと教わった。そんな知識は欲しくないのに、ガンガンと叩き込まれたミュウたちの主食。
(パンやパスタもあるけれど…)
生粋のミュウなら麺類を食え、というのが船に流れる空気。パンやパスタは人類の食べ物、品がよろしくないものだ、と。
そんな具合だから、この船に無理やり連れて来られて、最初に食堂に出掛けた時も…。
(ミュウだってねえ、蕎麦食いねえ、って…)
ドンと目の前に置かれたのが蕎麦、有無を言わさず食べさせられた。二本の棒で。シャングリラ自慢の天麩羅蕎麦だか、天ざるだったか、名前がちょっと怪しいけれど。
今日も今日とて、食堂に行けば、きっと蕎麦。うどんやラーメンなのかもしれない、居心地よく食事したければ。「あいつは根っから人間だ」と棘のある視線を、思念を避けるのならば。
(…でも、ぼくは…)
ミュウじゃないから、と思っていたって、やってくるのがリオだから。
『おはようございます、ジョミー。よく眠れましたか?』
今朝の食堂は担々麺が人気らしいですよ、と悪気は全く無いのがリオ。こうして毎日、お勧めのメニューを教えてくれる。ただし麺類限定で。
「…その麺類さあ…。なんとかならない?」
ぼくはミュウじゃない、と拒否ってみたって、食堂で注文できる度胸は無いものだから…。
(…またリオに注文されちゃって…)
なんだよ、コレは、と言いたい気分の担々麺。もう何日目になるのだろうか、麺類三昧。
いい加減、腹が立ってきたから、食事の後で走り回った船の中。
諸悪の根源、ソルジャー・ブルーを探そうと。見付け出したら殴りつけてでも、アタラクシアの家に帰ってやると。
そうして首尾よく発見したから、もう思い切り叫んでやった。
「ぼくをアタラクシアへ、家へ帰せ!」と。
お蔭で帰れることになったし、リオが操縦する船で意気揚々とトンズラしたのだけれど…。
「ソルジャー。…あれをどうなさるんじゃ」
逃げおったわい、とソルジャー・ブルーに苦情を述べているゼル。他の長老やキャプテンまでが集っている中、ソルジャー・ブルーは冷静だった。
『…心配いらない。ジョミーはミュウだ』
目は閉じたままで語り掛ける思念、けれど収まらない面々。
「どの辺がどうミュウなんだい? ラーメンも好きになれない奴がさ」
無理ってもんだろ、とブラウが苦い表情、エラもヒルマンも顔を顰めているけれど…。
『そうだろうか? 君たちも最初は、ジョミーと同じだったと思うんだが…』
麺類メインの食生活に馴染むまでに何年かかったんだ、と問われれば誰もがグウの音も出ない。
「人類と同じものが食えるか」と選んだ麺類、けれど最初は「変な食べ物だ」と思ったから。
「…では、ソルジャー…。ジョミーもミュウだと仰るのですか?」
ハーレイの問いに、ブルーは思念で『ああ』と答えた。
『いずれ、この船に戻るだろう。…戻れば、彼も麺類に馴染む』
それから…、と続いたブルーの思念。「ぼくは疲れたから、今日の食事はラーメンで」と。
ジョミーの追跡も必要になるし、パワーたっぷりのニンニクラーメン、チャーシュー抜きで、と細かい注文。「分かりました」と頷く一同、何処までも麺類が主食を貫くミュウたちの船。
そんな調子だから、アタラクシアの遥か上空まで逃げたジョミーが船に戻った後。
(…ソルジャー・ブルー、今はあなたを信じます…)
元気が出るのはコレなんですね、とジョミーが食堂で啜るラーメン。もうプンプンとニンニクが匂う代物、チャーシュー大盛り。
(ブルーはチャーシュー抜きらしいけど…)
「君は若いんだし、チャーシューもドッサリ食べたまえ」というブルーのお勧め、チャーシュー大盛りにして貰った。今日から嫌でもソルジャー候補で、明日から猛特訓だから。
どんなに「嫌だ」と喚いた所で、もう逃げられはしないから。
(へこんだ時には、ニンニクラーメン、チャーシュー大盛り…)
もっとへこんだら煮卵もつけて、とジョミーも馴染むしかない麺類。
開き直って食べたら案外、美味しいように思うから。
部屋に出前も頼めるらしいし、夜食の時間に気を付けていたら、チャルメラを鳴らしてラーメン屋台が通路を流してゆくそうだから…。
ミュウたちの主食・了
※どうやったらシャングリラで麺類になるのか、自分でもサッパリ分からないオチ。
「シャングリラに蕎麦が無かった」話なら、ハレブルで書いたんですけどね…。