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大いなる沈黙へ

(…ミュウ因子の排除は不可能ではなかった…)
 それどころか、奴らは進化の必然だった、と呻くことしか出来ないキース。
 ミュウの艦隊を迎え撃つべく、指揮を執っている旗艦ゼウスの指令室で。グランド・マザーから聞いた衝撃の事実。…ミュウは異分子などではなかった。人類が進化するべき姿。
(そう言われてもな…)
 ミュウを滅ぼすように作られたのが自分なのだし、前に進むしかないのだろう。ミュウが望んで来た交渉。それを受諾と見せかけておいて、用意してある六基のメギドで…。
(焼き払うも良し、交渉を受諾するも良し…)
 グランド・マザーに委ねられた判断、それの答えは決まっている。真実を知った今になっても。
 ミュウが進化の必然だろうが、オペレーション・リーヴスラシルは予定通りに実施。それ以外の道など無いのだからな、と椅子の背もたれに身体を預けた。
「マツカ、コーヒーを頼む」
 口にしてからハッとする。…また間違えた、と。
 マツカはとうに死んだのに。ミュウの力で自分を庇って、死の淵からも救い上げて。
(……疲れたな……)
 まだ暫くは時間がある、と閉ざした瞼。コーヒーが無いなら少し眠ろう、と。


 ふと気付いたら、見知らぬ所にいたキース。
(…何処だ?)
 こんな所は知らないが、と見回した周囲はまるで絵に描いた景色のよう。遠い昔の地球の絵画や写真にあるような牧草地に森。それに聳え立つ険しい山々、ついでに高い塀を巡らせた…。
(…これは一種の城塞なのか?)
 よく分からん、と眺めた立派な建物。白い壁が印象的だけれども、どうして自分がそんな建物の前にいるのか。夢にしたって鮮やかすぎる、と思う間に切り替わった場面。
(やはり夢か?)
 切り替わる仕組みがあるようではな、と考えていたら、いつの間にやら目の前に男。ズルズルで足首まで届く白い服、時代錯誤な格好の。…その男性が口を開いて…。
「ようこそ、我々の修道院へ」
(…修道院?)
 なんだ、と耳を疑った。SD体制の時代に修道院など、ある筈がない。辛うじてある神の概念、それが全ての筈なんだが、と。
 けれど男性が続ける話。滔々とではなく、言葉を選ぶようにして。それを聞いていると…。
(…私の立場は修道士なのか!?)
 しかも見習い、これから修道生活に入る立場の新入り。他にも数名いるというからホッとした。いくら夢でも、カッ飛び過ぎた舞台設定。機械が無から作った生命の自分といえども…。
(この状況では、他にも誰か…)
 いてくれた方が心強い、と思うくらいに動揺している現状。「修道士見習いの夢だとは」と。


 そんな心を知ってか知らずか、時代錯誤な修道服の男が説明してくれた。修道院での生活を。
(…孤独と沈黙…)
 基本だな、と思ったそれ。腐っても機械の申し子なのだし、知識だけは無駄にあったから。
 いつの時代も修道院なら孤独と沈黙が鉄の掟で、学校や病院を運営しない修道院なら、塀の中で完結する世界。さっき見て来た塀の向こうには出てゆかないで、ひたすら祈る。
(…祈る趣味など無いのだが…)
 沈黙だったら得意技だ、と考えたけれど。元々、口数は少なかったし、メンバーズとして生きた時代も饒舌とは逆なタイプだったから。元老になって、ようやく振るい始めた弁舌。
(…それに孤独も…)
 慣れているしな、と思っていたのに、その先を聞いて抜かれた度肝。
 なんと此処では「個室で生活」、食事も個室で一人で食べる。配られた食材を調理して。他にも仲間はいるというのに、一日に二回しか出会う機会は無いらしい。
(…朝と晩の礼拝だけだって!?)
 一日に七回あるという礼拝、その内の五回は個室で一人。合図の鐘の音を聞いたら、自発的に。
 礼拝を除く個人の時間は、ひたすら孤独と沈黙の中で。
(…配って貰える本を読むとか、個室の隣に貰える畑で何か育てるとか…)
 あとは得意な手仕事があれば、それをやってもいいらしい。作業用の部屋も個室とセット。
 ただし、作業も「単独で」。
 メゾネットタイプで貰える個室の一階が作業部屋やキッチン、二階が居間と寝室だという。構造自体は快適そうでも、部屋に他人は入れられないから…。
(…牢獄のようだと言わないか?)
 流石の私も想定外だ、と強烈すぎる規則にビビッた。牢獄だったら当然とはいえ、生活となれば事情が違う。敵に捕まったわけでもないのに、何故、牢獄に、と。


 そうは思っても、修道士見習いという設定。この世界では逃れられない自分の身分。
(なんということだ…!)
 神と向き合う趣味は無いのに、と思っていたら、聞かされたこと。
 曰く、「多くの見習いが来るが、大抵の者は直ぐに逃げ出す」。最短記録は僅か10分、個室に入って間もなく逃げて行ったという。孤独と沈黙に耐えられなくて。
(……10分くらいなら……)
 いけるだろうな、と自分の心を顧みてみる。祈りの生活の方はともかく、どんな環境でも耐えてゆくのがメンバーズ。最短記録を破ることだけは無いだろう、と。
(…だが、その先は…)
 どうなるのやら、と全く持てない自信。
 他の人間に会える機会は日に二回だけで、オンリー礼拝。私語とはまるで無縁の世界。
 かてて加えて、日曜日と祝日には皆で揃って食事だけれども、其処でもやっぱり私語は厳禁。
(…食事の間は聖書と聖人伝の朗読…)
 それを聞きながら黙々と食べて、ようやく貰える自由時間。他の仲間と自由に話して、散歩などにも行けるとはいえ、それでおしまい。…自由時間が過ぎたら再び沈黙と孤独。
(…その沈黙に意味があったら、まだしもだな…!)
 ひたすら神と向き合うだけでは、何の役にも立たない沈黙。ついでに孤独。
 牢獄だったら、モビー・ディックで捕虜になっていた時と同じで、逃げる機会やルートを探って後に生かせるのだけれど。
 国家主席の部屋で沈黙していたとしても、策を練るとか、有益な時間を過ごせるけれど…。
(この設定で何が出来るというのだ…!)
 神などに祈る趣味は無い上、無益な孤独と沈黙な世界。どうやら不毛すぎる場所。いくら夢でも最悪すぎる、と自分の運命を呪っていたら…。


(どうして、此処にこの連中が…!)
 修道士見習いを迎える儀式に、一緒に参加した見習い。そのメンバーが無駄に豪華すぎた。
 誰もが真っ白なズルズルの服で、お揃いの修道服なのだけど…。
(…ソルジャー・ブルー…)
 それにマツカとシロエまで、と愕然とした自分の同期。彼らも孤独と沈黙の日々に挑むのならば負けられない。最短記録を更新して逃げるコースは言語道断、勝ってこそだと思ったものの…。
(…あの連中は、みんなミュウだった…!)
 ソルジャー・ブルーも、マツカも、シロエも、思念波で意志の疎通が可能。
 たとえ個室で沈黙だろうが、食事中の私語は厳禁だろうが、他の三人にはまるで無い意味。軽く思念を飛ばしさえすれば、いくらでも喋りまくれる私語。牢獄みたいな修道院でも。
(……私だけが孤独というわけか……!)
 ますますもって泣ける境遇、けれど止まってくれない時間。
 儀式が済んだら個室の出番で、有無を言わさず案内された。メゾネットタイプで、作業部屋までくっついた部屋に。
(…幸い、明かりは点くようだが…)
 蝋燭の世界は免れたか、と思っても頼りない照明。窓から入る光が消えたら、限りなく外の闇に近いもの。そうした中で夜の礼拝、私語は全く無かった世界。祈りと聖歌の響きだけで。
(…しかし、奴らは…)
 あそこの三人は喋っているな、とチラ見したミュウの新入りたち。
 神妙な顔で祈っていたって、今だって喋りまくりだろう。「人類なのに、ミュウと一緒に修道院入りした男」について。「まだ生きている」のに、死人と一緒に修道士見習いな男のことを。
(勝手にしやがれ…!)
 これだからミュウは嫌いなんだ、とギリッと奥歯を噛みしめた。
 進化の必然だったのがミュウで、この環境でも大いに有利。私語は駄目でも使える思念波、自由自在に交わせる会話。こんな礼拝の真っ最中でも、個室に籠っている時も。


 そうやって日々は流れてゆくから、なんとも悔しい限りの毎日。
 神と向き合う趣味も無いのに礼拝三昧、やたら真面目な自分の気質が呪わしい。ひたすら孤独と沈黙に耐えて祈りまくりで、読書に手仕事、出来る範囲でちょっとした木工細工とか。
 日曜日になれば自由時間が来るのだけれども、ミュウの連中は楽しげで…。
(皆で揃って散歩に出たって、いつもはしゃいでいやがるからな!)
 「地球はこういう所なのか」と感動しているミュウの三人。自然が豊かで、おまけに静か。この素晴らしい日々に感謝だと、「少しでも長く此処にいたい」と。
(お前たちは好きなだけ喋りまくりで…)
 沈黙も孤独も関係ないしな、と今日も腐っていたけれど。
 あんな奴らと喋ってたまるかと、私にだってプライドが…、と他の修道士たちと並んで牧草地を散歩していたのだけれど。
「…キース先輩、たまにはこっちに来ませんか?」
 せっかくの御縁なんですから、とシロエが声を掛けて来た。お蔭で他の修道士たちも「行け」と促してくれる始末で、ミュウの連中と散歩する羽目に陥ってみたら…。
「…なんだって!?」
 お前たちは喋っていなかったのか、と思わず引っくり返った声。
 ソルジャー・ブルーも、マツカもシロエも、私語は一切、やっていないと言うものだから。日曜だけが喋れる時間で、のびのびと羽を伸ばすという。地球らしき星の自然に触れて。
 彼らだったら、いくらでも喋り放題なのに。
 孤独と沈黙の掟があっても、思念波で自由に話せるのに。なのに何故だ、と尋ねたら…。
「…君一人だけを仲間はずれにしてはおけないよ」
 ぼくたちは一緒に此処に入った仲間だからね、とソルジャー・ブルーが返した答え。他の二人も同じ意見で、だからこそ思念波は封印だ、と。
 ミュウと人類は兄弟なのだし、違う能力を持つからといって優位に立つなど許されない、と。


「…それで黙っていたというのか?」
 こんな孤独と沈黙の日々に、三人とも耐えていたというのか、と見開いた瞳。メンバーズとして鍛え抜かれた自分でさえも辛かった日々に、ミュウの三人が耐えていたなんて。
 それも「一人だけ混じった」人類、ソルジャー・ブルーとシロエにとっては「自分の命を奪った者」。忌み嫌われても仕方ないのに、彼らは自分に合わせてくれた。
 ミュウなら可能な筈の思念波、それをキッチリ封印して。「人類のキースが気の毒だから」と。
「…お前たちは、いったい…」
 どうして其処まで出来るのだ、と数えた此処で流れた日々。幾つ日曜日が過ぎて行ったか、何度太陽が沈んだのかと。季節が移って雪も眺めたし、今は日射しが眩しい夏。
 彼らだけなら、いくらでも会話できたのに。
 礼拝中でも、私語厳禁の日曜の食事の時間中でも、個室で孤独に過ごす時でも。
「…さっきも言った通りだよ。ミュウと人類は兄弟なんだ」
 一緒に暮らしてゆこうというなら、筋は通しておかないと、と話すソルジャー・ブルーの声に、シロエが、マツカが頷いた。「その通りですよ」と。
「キース…。ミュウと人類は本当に相容れないのでしょうか?」
 ぼくにはそうは思えません、と微笑んだマツカ。生きていた頃によく見せた柔らかな表情。
「キース先輩、よく考えてみて下さい。…ぼくたちは分かり合えるんです」
 お互いがきちんと向き合ったなら…、とシロエも笑った。「ぼくは失敗しましたけどね」と。
 「今でもたまに後悔します」と、「でも、遅すぎることなんか無いと思いますけど」と。
 そして彼らの笑みを太陽が照らし出す。
 本物の地球には、今は無い筈の鮮やかな緑の牧草地も。聳え立つ険しい峰に残る雪も、高い塀が囲んだ修道院の白い建物も。
(…人類とミュウは…)
 兄弟だと言ってくれるのか、と不覚にも緩みそうになった涙腺。
 ミュウは進化の必然なのだし、置いてゆかれると思った人類。「劣等種になり下がるのだ」と。
 それを止めるべく、戦おうと決意したのが自分。ミュウを残らず焼き払って。
 そのためのオペレーション・リーヴスラシル、六基のメギドを用意して時を待っていたのに…。


(…我々は、手を…)
 取り合えるのか、と思った所で引き戻されたキースの意識。眠り込んでいた椅子の上へと。
 修道服は消えてしまって、ミュウの三人の姿も無かった。もちろん修道院だって。けれど…。
(…遅すぎることは無いと言ったな…)
 ならば、とキースは手を伸ばした。机の上のコンソールへ。
「スタージョン中尉!」
「はっ、何か?」
 画面の向こうで応えた副官、彼に命じる。「リーヴスラシルは直ちに中止しろ」と。
「そしてミュウどもに通信を繋げ。…私が自分で話をする」
「で、では…」
「交渉は受諾。…会談の場所は地球のユグドラシルだ。お前たちも直ぐに準備に入れ!」
 いいな、と伝えて、それからソルジャー・シンにも直接話した。「地球で待つ」と。
 ミュウの艦隊を焼き払うために用意したメギドは、もう要らない。
 時代遅れのマザー・システムも、必要ない。地球に据えられたグランド・マザーも。
(…判断を私に委ねたのなら、自ら停止して貰おう)
 それが出来る自信が自分にあるから、ミュウたちの船を地球へと招く。ソルジャー・シンも。
 時代はミュウに味方しているし、人類とミュウは分かり合えると信じるから。
 さっき見た夢、その中で自分は答えを得たと思うから。
(……修道士見習いだったのだがな……)
 私も、ソルジャー・ブルーも、マツカも、それにシロエも、と苦笑する夢。
 あれは本当にあった出来事だろうか、地球が滅びる前の時代に魂だけが旅をして行って。
(…ジョミーには、とても話せんが…)
 そんな理由でミュウを信じる気になったとは言えないがな、と思うから今は沈黙しておこう。
 いつか話す気になれるまで。…人類とミュウが手を取り合って共に歩み始める日まで。


 こうしてキースが地球に招いたミュウたちの船。彼らの長のソルジャー・シン。
「…終わったようだな」
 グランド・マザーは止まったからな、とキースが指差す白亜の巨像。
「あ、ああ…。だが、君は何故…」
 考えを変えてくれたんだ、とジョミーが訊くから、「今は言えん」と背を向けたキース。
 「それは掟に反するのでな」と。
「…掟だって?」
「そうだ。…孤独と沈黙、それが我々の掟だった」
 いつか気が向いたら話してやろう、とキースは沈黙の掟を守った。修道士見習いだった夢の中でそうしていたように。ソルジャー・ブルーが、シロエが、マツカが沈黙を守ったように。
 ミュウならば思念波で打ち破れた筈の孤独と沈黙、彼らはそれを守ったから。
 「ミュウと人類は兄弟だから」と、一人だけ混じった人類の自分に合わせ続けてくれたから。
 彼らが守った大いなる沈黙、それを私は忘れまい、とキースは固く心に誓う。
 彼らと過ごした、遠い昔の地球にあったらしい修道院の景色と共に。
 人を寄せ付けない山奥に佇む、白い塀に囲まれた修道院。神はあそこにいたのだろう。
 厳しい孤独と沈黙の世界に生きる修道士たち。
 彼らの祈りは、遥か未来の世界にまでも届いたから。
 人類とミュウは兄弟なのだと、無から生まれた自分にさえも、道を示してくれたのだから…。

 

           大いなる沈黙へ・了

※知る人ぞ知るドキュメンタリー映画、『大いなる沈黙へ』。それに出てくる修道院がモデル。
 ネタが来たから書いたんですけど、キース、管理人が書くイロモノの方だと「お坊さん」。
 書き終わってから「そうだったっけ」と気付いたオチで、狙ったわけじゃないんです…。







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