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信じるもの
(…マザー牧場の羊たち…)
 順調に育っているようで何より、とシロエが浮かべた嘲りの笑み。
 Eー1044の夜の個室で、昼間の光景を思い返すと、他の言葉は出て来ない。
(到着してから、まだ一週間ほどなのに…)
 すっかり、マザー・イライザの虜だよね、と可笑しくなる。
 先日、着いたばかりの、エリート候補生の卵たちの群れ。
 成人検査を終えた直後で、おどおどしていた。
 それが今では、どうだろう。
 彼らの話の中身と言ったら、マザー・イライザへの全面的な信頼に溢れている。


(…あんなに良く出来た母親は、いないって?)
 此処に着いた時には、故郷の母の話が多かったのに、と呆れ果ててしまう。
 引き離されて来た、故郷を思って、涙を零した者さえ見掛けた。
 ところが、今の彼らの「母」というのは、マザー・イライザに他ならない。
(一体、どの辺りから入れ替わったんだろう。お見事としか…)
 何という手際のいい機械なのだろう、と「傍観者」の立場だからこそ見えて来る。
 故郷の母より、マザー・イライザを慕い始めている、当人に自覚は無さそうだった。


 鮮やかなまでに「人の心」を操る機械。
 本来、機械は、人間の暮らしを便利にしてゆくために、作り出されていた存在。
(…機械弄りが趣味だった上に、エネルゲイアの出身だから…)
 そういった機械の歴史については、一般人よりも遥かに詳しい。
 機械が「人間を超えてゆく」ことが危惧されていた時代も、黎明期にはあったと聞いている。
 あらゆるデータを拾い集めた「賢い機械」が、人間を超えた力を持つことが恐れられた。


(…そんな時代に、きちんと線引きしてくれていたなら…)
 マザー・イライザも、地球にいるというグランド・マザーも、いなかったろう。
 SD体制を敷くにしたって、機械に与えられた領域は、あくまで「人間の監視」のみ。
 規則を破って、地球への降下を試みそうな者を、探し出しては、チェックするとか。
(…人間だけの力じゃ、監視するにも、限界があるしね…)
 機械がするのは、「この人間の行動に注意するべき」と、関係機関に知らせることだけ。
 後の始末は、「人間」がつける。
 厄介事を引き起こす前に、捕えに出掛けて、厳重に注意してから、家に戻すなど。
 家に戻した後の監視は、再び機械任せにしておけばいい。
 そんな機械を作っておいたら、勝手に記憶を操作したりする「化け物」は生まれて来なかった。


 今の時代は、明らかに「機械が主役」になっている世界。
 機械が囁き掛ける言葉や、導いてゆこうとする方向に、「人間」は、黙って従ってゆく。
 「逆らう」ことなど、考えもしないで、「マザー牧場の羊」に育ってゆくばかり。
(…なんて時代だろう…)
 どの辺で道を誤ったんだろう、と疑問だけれども、その件についての説などは無い。
 きっと「機械に都合のいいよう」、関連付けられた論文などは、抹消されているのだろう。
 酷い時代だと思うけれども、考えようによっては、「いい」のかもしれない。


(…機械の言葉に従ってさえいれば、苦労することなんか何も無くって…)
 思い通りにいかない「何か」があるなら、地球くらいかな、と分かってはいる。
 一度は滅びた「地球」という星は、人類の聖地と呼ばれていた。
 ごく少数の「選ばれた人間」以外に、本物の「地球」へ降下することは許されていない。
 一生、地球に焦がれ続けて、地球を一目も見られないまま、命を終える者が殆ど。
(…地球があるらしい、ソル太陽系にさえも、近付けなくて…)
 太陽さえも見られないのが普通なんだ、と考えてみると、機械に従って生きても損は無さそう。
 殆どの者が「見られない」なら、さほど羨ましいとも思わないだろう。


 そう考えてみると、「機械に逆らって、生きてゆく」より、従った方が、楽な人生。
 逆らって生きてゆく道に、メリットは、あまりありそうにない。
(…ぼくは、せっせと逆らい続けて、パパとママの記憶も、消され続けて…)
 コールされる度に、故郷の記憶が薄れるけれども、コールされない者たちは違う。
 機械に「都合のいい」人材なのだし、危険な要素を取り除かなくても、そのままでいい。
(たまに、食堂とかで、故郷の話に花を咲かせているグループとかが…)
 あったりするから、彼らの中の「故郷の記憶」は、おぼろげとはいえ、残っているのだろう。
 どんな景色の場所で育っていたのか、養父母たちとの暮らしは、どうだったのかも。


(…ぼくだって、マザー・イライザに逆らうことなんか、思い付きもしないで…)
 言われる通りに生きていたなら、楽に暮らしていただろう。
 此処に来る時、ピーターパンの本を失っていれば、そうなった気がする。
(…成人検査に、荷物を持って行くのは、禁止なんだし…)
 規則通りに没収された、とガッカリした後には、切り替えるしかない。
 マザー・イライザの指示に従い、メンバーズ・エリートに選ばれるように努力するだけ。
(…どういった風に生きて行ったら、確実に選んで貰えるんだろう、って…)
 尋ねる相手は、マザー・イライザ。
 頼りになるのも、マザー・イライザ。


 そうやって「マザー・イライザ」に依存して、メンバーズ・エリートに選ばれた後には…。
(…グランド・マザーが、どうすればいいのか、導いてくれるし…)
 何も間違えはしないで、順風満帆、と思うけれども、どちらの生き方が正しいのだろう。
 信じるものは「機械」か、「自分自身の心」にすべきか、悩ましい時代。
 「自分自身を信じるシロエ」が正しかったかどうかは、後の時代まで分からない。
(…正しかったの、ぼくの方だと評価されたら…)
 本望だけど、と今のシロエは祈るしかない。
 後の時代を生きる人間たちの評価が、「セキ・レイ・シロエ」を支持してくれることを…。



            信じるもの・了


※自分の信念を信じて生きるか、機械の言いなりになって生きるか。
 シロエは前者を選びましたけど、ピーターパンの本を失っていたら、違ったのかも…。






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