忍者ブログ

鬼のソルジャー

(アルテメシアは制圧したけど…)
 戦いはまだこれからなんだ、とジョミーは部屋で自分の拳を見詰めていた。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒して、サムの思い出の記念パスを捨てて来たけれど。長い間、手放せなかったものを、「変わらなければ」と足元の水に投げ入れたけれど…。
(まだまだ、ぼくは甘すぎて…)
 こんなことでは地球に行けない、と分かっている。
 若い世代に人気の「ジョミー」のままでは、とても開けてくれない未来。ナスカの子供たちにも甘く見られるし、変えねばならない自分のキャラ。
(親しみやすいソルジャー・シンでは…)
 駄目なんだ、と百も承知で、けれど、どうすれば変われるのか。
(愛されキャラでは駄目なわけだし、嫌われる方…?)
 いやいや、皆に恐れられ、怖がられてこそのソルジャーだろうか。「怒らせたら怖い」と、皆がドン引きするソルジャー。そういったジョミーがいいだろうか、と。
(うーん…)
 恐怖政治が一番だ、という気がしないでもない。
 人類軍にも容赦しないけれど、仲間たちにも引かれるくらいの冷血漢。そういう「ジョミー」を作り上げたら、船の空気も変わるだろう。
(みんながピシッと背筋を伸ばして…)
 地球を目指して戦い抜くのみ、そんな頼もしいシャングリラ。
 それでこそ、人類にも勝てるというもの。血も涙もない「ソルジャー・シン」が君臨したなら、憎いキースにも負けないキャラになったなら。
(よーし…)
 頑張るぞ、と固めた決意。
 キースが「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれているなら、自分もそれに倣ってなんぼ。
 倣うどころか、キースの奴を超えてやる、と固く決心したわけで…。


 次の日、シャングリラのミュウたちは皆、目を剥いた。
 船のあちこち、通路や食堂、それに憩いの公園のベンチに至るまで…。
(((欲しがりません、勝つまでは…)))
 ベタベタと貼られたスローガン。夜の間にジョミーが貼って回って、食堂でも皆にブチ上げた。
 「あの精神だ」と、「個人的な思いは捨てて貰うぞ!」と。
 こうして始まったのが恐怖政治で、その日の内に最初の犠牲者が出た。…そう、ブリッジで。
「おい、其処の奴!」
 立て! と鋭く叫んだジョミー。視察に来ていた真っ最中に。
「は、はい…?」
 何でしょうか、と立ち上がった男性ブリッジクルー。シャキッとではなく、おずおずと。
 そうしたら…。
「なんだ、その腰が引けた立ち方は! 弛んでるぞ!」
 それだから欠伸なんかをするんだ、と睨んだジョミー。「欠伸をしようとしただろう?」と。
「い、いえ…。ちゃんと噛み殺して…!」
「噛み殺したのは分かっている! 欠伸が出るという精神が駄目なんだ!」
 弛みまくっている証拠だ、とジョミーはビシバシ詰って、挙句の果てにこう言い放った。
 「貴様は、機関部送りだ!」と。
「「「…機関部だって?」」」
 ザワザワとブリッジに広がるどよめき。
 機関部と言えば、このシャングリラの動力源。人類軍の攻撃を受けた時には、真っ先に狙われる心臓部。エンジンさえ破壊してしまったなら、シャングリラはもう飛べないから。
『マジかよ、この前も被弾してたぞ…?』
『ワープドライブが大破したのも、最近だよな…?』
 あんな所へ転属になったら、命が幾つあっても足りない、と思念が飛び交っているけれど…。
「ぼくが機関部だと言ったからには、機関部だ!」
 行ってこい! とジョミーは件の男を蹴り出した。「命があったら、戻れることもあるだろう」などと、それは冷たい笑みを浮かべて。


 ジョミーが始めた「機関部送り」は、船中を震え上がらせた。
 何が切っ掛けで「飛ばされる」かも分からない日々、ブリッジクルーなどでなくても。
 ある時などは、船の通路で手を繋いでいたカップルが…。
(((この非常時に、イチャつくなどは言語道断…)))
 そう断じられて、仲良く機関部送りになった。「あそこには死角も多いからな」と、鬼の笑みを浮かべたソルジャー・シンの一声で。「好きなだけイチャついてくるがいい」と。
 一度機関部送りになったら、そう簡単には戻れない。
 いつ被弾するかも謎の機関部、其処で毎日、汗水たらして走り回って、怒鳴り散らされて…。
(((機関部は、筆頭がゼル機関長…)))
 キレやすいと評判のゼルが筆頭、それだけに部下も荒っぽい。新入りには恐ろしい洗礼もある。
(((ワープドライブ、千本ノック…)))
 そう呼ばれている激しいシゴキで、その実態は誰も知らない。機関部勤務の者を除けば。
 「機関部送り」になったが最後、「ワープドライブ、千本ノック」で手荒な歓迎。女性だろうと容赦されずに、ガンガン仕事を押し付けられて…。
(((人類軍の攻撃が来たら、真っ先に被弾…)))
 叩き上げの機関部の連中だったら、「来やがったな!」と張れるシールド。着弾する前に、脊髄反射で自分の周りに展開して。
 そうしておいたら、ドッカンドッカン被弾しようが、爆発しようが無傷だけれど…。
(((ド素人だと、逃げ遅れて…)))
 機関部の猛者たちが「死ぬぞ、馬鹿!」と投げてくれるサイオン、それで辛うじて拾える命。
 髪が焦げるなどは日常茶飯事、軽い火傷は御愛嬌。…制服が焦げて穴が開くのも。
(((…機関部にだけは…)))
 送られたくない、と皆が思うから、たちまち引き締まった船。
 ソルジャー・シンが通ろうものなら、誰もがサッと最敬礼。直立不動で、「光栄であります!」などと叫んで。
 何が「光栄」なのか分からなくても、「とにかく礼を取っておけ」と。


 シャングリラの空気は変わったけれども、「まだ足りない」と思うのがジョミー。
 若い世代は恐怖政治の日々にガクガクブルブル、ずいぶんと気合が入ったけれど…。
(…アルタミラからいる、古い世代が問題だよね?)
 いわゆるゼルとか、ハーレイだとか。雑魚も大勢いるけれど。
 そうした「古い世代」の連中、彼らは今の恐怖政治を歓迎している状態だった。
 「これでシャングリラは地球に行ける」と、「若い奴らも、ようやっと目を覚ましたか」と。
 その上、彼らは頭が固い。船の主役は古い世代だと思い込んでいて、「ソルジャー・シン」さえ怖がらない。「若造がよく頑張っている」という目で見ているだけ。
(あの連中も、なんとかしないと…)
 誰がボスかを分からせないと、とジョミーは策を巡らせ、ついにその日がやって来た。
 降伏して来た人類軍の救命艇。それの爆破をトォニィたちに命令した後、長老たちから食らった呼び出し。「ソルジャー、こちらへ」と会議室まで。
「…あれは、どうかと思うがのう…」
 ちと酷すぎると思わんか、と口火を切ったのがゼルで、ハーレイたちも続いたから…。
「…よく分かった。ゼル機関長、あなたは甘すぎるようだ」
 その考えでは生き残れない、とテーブルにダンッ! と叩き付けた拳。
 「人類がミュウに、何をしたかを忘れたのか」と。
 「これまで散々、アルタミラの惨劇がどうのと言っていたのは、寝言なのか?」などと凄んで。
「そ、そういうわけでは…! ワシはじゃな…!」
 降伏した者まで殺すというのは…、とゼルは慌てたけれども、時すでに遅し。
「ゼル。…君も耄碌したようだ。君の弟は、アルタミラで死んだと聞いていたが…?」
 ハンスの無念も忘れるようでは、もう終わりだな、とジョミーはフッと冷笑した。
 「頭を冷やしてくるがいい」と。
 「今日から蟄居を申し付ける」と、「一週間ほど、部屋に籠っていて貰おうか」と。
「そ、ソルジャー…!!」
 機関長のワシをどうする気じゃ、というゼルの叫びは聞き流されて、ブリッジのゼルの席は暫く空席になった。「蟄居中」という張り紙がされて。


 かくしてジョミーは「若い世代」にも、「古い世代」にも恐れられる恐怖の存在となった。
 「生きて地球まで行きたかったら、ソルジャー・シンには逆らうな」と。
 若い世代なら機関部送りで、古い世代を待つものは「蟄居」という名の謹慎。
(((ナスカの子たちは、まだ子供だから…)))
 トイレ掃除になるんだよな、と遠巻きに見詰める船の連中。
 今どきレトロなモップやバケツや、雑巾を持ったトォニィたちが通路をトボトボ歩くのを。
(((お疲れ様です…)))
 シャングリラの中のトイレの数は半端ないっす、と誰もがブルブル。
 どの刑にしても、「明日は我が身」かもしれないから。
 ソルジャー・シンに「貴様!」と怒鳴られたなら、どの刑が来てもおかしくはない。気分次第で選ばれたならば、古い世代に「機関部送り」は充分にあるし…。
(((若い世代でも謹慎だとか、トイレ掃除を一週間とか…)))
 逆鱗に触れたら終わりだからな、と皆が震えて、「ソルジャー・シン」の名は不動となった。
 「彼に逆らったら、後が無い」と。
 生きて地球まで行きたいのならば、もう絶対の服従あるのみ。
 「欲しがりません、勝つまでは」という精神で。
 ミュウの時代を迎えるまでは、何を言われても「光栄であります!」と最敬礼で。


(ミュウだって、やれば出来るじゃん…)
 この勢いなら地球に行ける、とジョミーは今日もニンマリと笑う。
 恐怖政治は効果抜群、これならブルーに言われた通りに…。
(地球に辿り着いて、ミュウの未来をゲットで…)
 それが済んだら楽隠居だ、と演じ続ける「血も涙もないソルジャー・シン」。
 「こういうキャラも悪くないよね」と、「ぼくだって、やれば出来るんだよ」と…。

 

         鬼のソルジャー・了

※常連さんから貰ったコメントの中に、「シン様が鬼畜な話、読みたい」。そう言われても…。
 とても書けない人間なわけで、出来てしまったのがコレ。機関部送りにされそうです。








拍手[2回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]