(…ぼくは若いと思うんだけど…)
一応、若い筈なんだけど、とジョミーの自信は揺らいでいた。
気付けば「祖父」になっていたから。
今の時代は死語な「グランパ」、そういう名前で呼ばれる自分。
それは素敵に若い者から。
トイレトレーニングの真っ最中のような子供から。
(…グランパって…)
グランパって何だよ、と叫びたいけれど、とうに叫んでしまった後。
その名前を聞いた瞬間に。
最初の自然出産児のトォニィ、彼に「グランパ!」と懐かれた時に。
(…ぼくのことだと思わなくって…)
グランパは何処か、と見回した次第。
肩に乗っているナキネズミかと、レインに渾名がついたのか、と。
けれど、真っ直ぐ見ていたトォニィ。
「グランパ!」と見上げてくる瞳。
何かが変だ、とトォニィの側にいたカリナに訊いた。「グランパって?」と。
そういう言葉は初耳だけれど、グランパとは何のことだろうか、と。
質問しつつも、ちょっぴり生まれていた期待。
自分が知らない言い方なだけで、「グランパ」は「イケメン」の意味だとか、と。
カリナやユウイは若い世代で、シャングリラで育った子供たち。
彼らの間だけで通じるスラング、そういったものもあるかもよ、と。
(癪だけど、ぼくより若いから…)
スラングだって充分、有り得る。
今の「グランパ」もそれの一つで、イケてる人には「グランパ!」かも、と。
胸を膨らませて待っていたのに、「それは…」と言い淀んでしまったカリナ。
やはりスラングに違いない。
自分たちだけの間の言葉がバレてしまった、とカリナは焦っているのだろう。
そう思ったから、「どういう意味?」と笑顔で尋ねた。
「ぼくのことなら気にしないで」と、「ぼくは怒ったりしないから」と。
若い世代だけの言葉があっても、細かいことは気にしない。
ゼルたちのような頑固な年寄り、何かと言ったら「若い者たちは…」と嘆く連中。
あんな風には出来ていないし、頭の出来も柔らかいから。
そう、怒る気はまるで無かった。
「グランパ」の意味が何であっても、若い世代の発想だから。
赤いナスカを開拓するには、柔軟な頭も要るのだから。
それでワクテカ、「どういう意味かな?」と待っていた答え。
「グランパ」の意味は「イケメン」だろうかと、あるいは「お兄ちゃん」かも、と。
胸がワクワク期待MAX、カリナの顔を見詰めていたら…。
「……おじいちゃん、です…」
「え?」
おじいちゃんって、とキョトンと見開いた瞳。
それは「年寄り」のことだろうかと、昔話やお伽話に「昔々…」と出て来るヤツ。
「ある所に、おじいさんと、おばあさんが…」と始まる、お約束。
グランパはソレで、もしや自分が「おじいちゃん」かと。
嘘だよね、と指差した自分の顔。
「おじいちゃん?」と。
そしたら、「ごめんなさい!」と、ガバッと頭を下げたのがカリナ。
「ソルジャー、本当にごめんなさい」と。
もうトォニィは覚えてしまって、グランパで定着しちゃったんです、と。
よりにもよって、「おじいちゃん」。
「グランパ」の意味はイケメンどころか、「ジジイ」と宣告されたのも同じ。
だから愕然としつつ叫んだ、「グランパって何だよ!」と。
怒らないとは言ったけれども、それとこれとは別次元。
どうして自分が「グランパ」なのか、「おじいちゃん」と呼ばれることになるのか。
其処の所を確認しないと、どうにも納得出来ない「グランパ」。
自分はまだまだ若い筈だし、「おじいちゃん」な年ではないのだから。
これがソルジャー・ブルーだったら、「おじいちゃん」でもいいのだけれど。
見かけはともかく中身が年寄り、誰が聞いても「おじいちゃん」だから。
(…絶対、何かの間違いだって…)
トォニィが覚え間違っただけ、と考えたのに。
そうだと自分に言い聞かせたのに、カリナの答えはこうだった。
「…訊かれたんです、トォニィに…。パパとママのパパは誰なの、って…」
「パパ?」
「はい。トォニィのパパはユウイで、ママは私になりますから…」
その私たちのパパとママは、と質問されたものですから、と謝ったカリナ。
つい出来心で、「ソルジャーなのよ」と教えました、と。
カリナが言うには、トォニィにとっては「いるのが当然」のパパとママ。
まだ幼くて、世の中の仕組みを知らないから。
もちろん出産も知りはしないし、管理出産などは理解の範疇外。
それで無邪気にカリナに質問、「ママたちのパパとママは誰なの?」と。
(…スルーしといてくれればいいのに…)
心の底からそう思うジョミー。
なにも真面目に答えなくてもと、あんな小さな子供に、と。
けれど、とっくに手遅れな今。
カリナは真剣に考えた末に、トォニィに教えてしまったから。
「私たちの生みの親って、ソルジャーよね?」と。
「命を作ろう」と決めた自然出産、それに賛成してくれたから。
とはいえ、「おじいちゃん」は流石にどうかと、一応、思いはしたらしい。
そう思ったならやめてくれればいいのに、つい出来心。
魔が差したとでも言うのだろか、教えたくなった「おじいちゃん」。
今の世の中、「おじいちゃん」はとうに死語だから。
何処を探しても「祖父」はいなくて、いたら「オンリーワン」だから。
(…オンリーワンでも…)
キツイんだけど、と抱え込みたくなる頭。
この年でもう「孫」がいるのかと、自分はトォニィの「祖父」なのか、と。
(グランパって言い方まで、探して来て貰っちゃって…)
その気遣いが余計にキツイ、と泣きたいキモチ。
「おじいちゃん」ではあんまりだろう、とカリナが教えた言葉が「グランパ」。
ヒルマンに頼んで、データベースで探して貰って。
「おじいちゃん」よりはソフトに、と。
ちょっとお洒落に「グランパ」の方がいいだろう、と。
お蔭でトォニィが覚えた「グランパ」、「次に会ったら呼ばなくちゃ」と。
「ぼくのおじいちゃんはソルジャーだけれど、ぼくのグランパなんだもの」と。
そして炸裂した「グランパ」呼び。
無垢な笑顔で、明るい声で。
「グランパ!」と。
ソルジャーはぼくの「おじいちゃん」だと、だから「グランパ」と呼ぶんだよ、と。
怒らない、と言ってしまったから、どうにもならない「グランパ」呼び。
今の御時世、確かに「祖父」など何処にもいないし、もう文字通りにオンリーワン。
カリナが「おじいちゃんよ」と教えた気持ちも、分からないではないけれど…。
(…この年で孫で、おまけに宇宙の何処を探しても…)
おじいちゃんは他にいないんだ、とドッと百ほど老け込んだ気分。
いやいや、二百か三百だろうか、それとも四百くらいだろうか。
(……ブルーでも、おじいちゃんじゃないのに……)
ぼくがグランパ、と尽きない「グランパ」なジョミーの嘆き。
いくらなんでも惨すぎるから。
本物のジジイのブルーがいるのに、若い自分がオンリーワン。
宇宙にたった一人の「グランパ」、「おじいちゃん」になってしまったから。
SD体制の時代が始まって以来、初めての「おじいちゃん」だから…。
最初のグランパ・了
※アニテラではスルーされてたのが、「グランパ」呼びの理由。「原作を読め」と。
「初めての孫」がトォニィだったら、ジョミーが初の「おじいちゃん」になるよね…。
(この若造が…!)
よくも調子に乗りやがって、とソルジャー・ブルーが睨んだキース。
こうしてメギドまで来たのだけれども、よりにもよって拳銃などで撃たれるとは、と。
最初から死は覚悟していても、想定外とも言える展開。
(…メギドもろとも散るというのと、こいつの獲物になるのとでは…)
雲泥の差というヤツで、と歯軋りしたって、とうに手遅れ。弾を一発食らった時点で。
なにしろ元が虚弱な肉体、おまけに尽きかけていた寿命。
メギドでも散々使った体力、其処へダメージを受けてしまったら、不可能なのが反撃なるもの。もう少しばかり元気だったら、キースの頭を吹っ飛ばせるのに。心臓だって止められるのに。
(……だが、しかし……)
ただで殺されてたまるものか、とシールドを張りつつフル回転させている頭脳。
なんとかして一矢報いてやると、野蛮な男に天誅なのだ、と。
そうしたら…。
「反撃してみせろ! 亀のように蹲っているだけでは、メギドは止められんぞ!」
撃ちながら挑発したのがキースで、その瞬間に閃いたこと。「それだ!」とピンと頭の中に。
このブルー様を「亀」呼ばわりとは、なんとも無礼な男だけれど…。
(なるほど、亀か…)
ちょっと捻れば楽しいことに、と唇に浮かべた不敵な笑み。
キースは気付いていないけれども、「テメエ、一生、後悔しやがれ」と。
ソルジャー・ブルーを舐めるんじゃねえと、命と引き換えに呪ってやろう、と。
そんなこととも知らないキースが、ぶっ放した銃。
「これで終わりだ!」と格好をつけて。
その弾で右目を砕かれたけれど、思い切り礼はしてやった。サイオンを床に叩き付けて。
(ジョミー…。みんなを頼む!)
後は任せた、と果たした復讐。キースはキッチリ呪ったからして、後は野となれ山となれ。
自分の命は此処で終わるし、どうなろうと知ったことではない。
キースが一生、ドえらい呪いにやられたままでも、何処かで呪いが解けるにしても。
(呪いを解くには…)
ミュウを認めるしか方法は無い、と会心の出来の最後の呪い。
(亀の呪いというヤツが…)
あったからな、と無駄に多かったブルーの知識。「亀の足は昔からのろい」という駄洒落。
そいつを何処で仕入れて来たやら、もう覚えてはいなかったけれど。
どうせ死ぬから、後はどうでもいいのだけれど。
(一生、後悔するがいい…!)
これがソルジャー・ブルーの呪いだ、と高笑いしながらブルーは逝った。
目的通りにメギドを沈めて、キースにガッツリ呪いをかけて。
そのキースはと言えば、部下のマツカの瞬間移動で辛うじて逃げ延びていたのだけれど…。
「マツカ!」
エンデュミオンの通路にくずおれたマツカ、医務室に運ぶべきだろう、と判断したキース。
とはいえ今は急ぐからして、通りすがりの者を呼び止めた。
「おい、貴様!」
「はっ、何でしょうか!?」
緊張した顔のヒラに向かって、「こいつを医務室へ運んでおけ」と命じたつもりが…。
「こいつを医務室へ運んでケロ!」
「…ケロ?」
ポカンとしたのが目の前のヒラ。「運んでケロ」とは空耳だろうか?
「さっさとするケロ!」
「はっ!」
なんだか変な言葉だよな、と思いながらもヒラは仕事を引き受けた。「ケロって、なんだ?」と頭がグルグルしながらも。
一方、キースはまるで気付いていなかった。自分が「ケロケロ」言っていることに。
聞く人が聞いたら「カエル語ですか?」と訊き返しそうな言葉であることに。
…そう、カエル語。
それがソルジャー・ブルーの呪いで、一時期、シャングリラで流行った言葉。
カエルは幸運のシンボルだとかで、大増殖したカエル好き。いわゆるカエラー。
その連中が使っていたのが、カエル語だった。何かと言ったら「ケロケロ」とカエル。
キースが「亀」と言った瞬間、ブルーが思い出したのがソレ。
そして思った、「こいつをカエルにしてやろう」と。
ミュウと人類が和解するまでは、ケロケロ喋っているがいい、と。
拳銃をバンバンぶっ放していたキースの心は、いい感じに隙が出来ていたから。
勝ったつもりで威張り返って、心理防壁に生じた綻び。
物理的には反撃不可能、けれども心の方は別物。
だから「これで終わりだ!」とMAXになった綻び、其処へ向かってブチ込んだ呪い。暗示とも言えるかもしれない。
「貴様は今日からカエルなのだ」と、「カエル語で喋り続けるがいい」と。
呪いはジョミーに解いて貰えと、和解出来たら解ける筈だ、と。
ソルジャー・ブルーの怖すぎる呪い、呪われているとも思わないキース。
ゆえにマツカをヒラに任せて、向かったブリッジ。この後の指揮を執らねば、と。
「アニアン少佐! よく御無事で!」
出迎えたのが補佐官のセルジュ、早速下した残党狩りの命令。
「グレイブの艦隊は、残存ミュウの掃討に当たらせケロ」
一人も生かすなケロ、とやったものだから、一瞬にして凍った空気。「何なんだ?」と。
けれども、やっぱり気付かないキース。
自分がカエル語になっていることに。ケロケロ喋っていることに。
(自らの命を犠牲にしてメギドを止めたのか…。ソルジャー・ブルー…!)
敵ながら天晴れ、と思うキースの脳内言語はカエル語に非ず。
其処が呪いの怖い所で、自覚ナッシングに出来ていた。
周りの輩が「カエル語なのか?」と目を剥いたって、キース自身には分からない。音声データを突き付けられて、「カエル語ですよ?」と指摘されない限りは。
でないと、自分の鉄の意志でもって直すから。
意地でもカエル語を話すものかと、根性で修正可能だから。
かくしてキースはカエル語の男になってしまった。
自分で自分の動画などを見て、「ゲッ!」となっても、自覚ナッシングだけに直せない。決してカエル語を喋るものか、と思っていたって、頭の中身と噛み合わないから。
「マツカ、コーヒーを頼むケロ」くらいは可愛らしいもの。ほんの御愛嬌、毎度の台詞。
いつでもケロケロ、どんな時でも。
暗殺騒ぎに遭ったノアの宙港、其処で格好をつけた時にも。
「諸君、私は健在だケロ!」と。
カエル語になった時期が時期だけに、囁かれるのがソルジャー・ブルーの呪い。
もう間違いなくソレだ、と誰もが考えるけれど、呪いは全く解けなかった。
これで解ける筈、と皆が思った方法でも。「カエルにはコレだ」と挑んだヤツでも。
曰く、「カエルの王子様」。
お姫様のキスでカエルが王子に戻るからして、きっとこれなら、とキースにキスした面々。
我こそはと思う部下はもとより、出世目当ての下っ端まで。
マツカやセルジュやパスカルはもちろん、軍の施設で働く者も端から揃って。
それでも直らないのがカエル語、キースはケロケロ喋り続けて…。
「いいだろう。グランド・マザーに会わせてやるケロ」
ジョミーと地球で会った時にも、安定のカエル語な喋り。グランド・マザーの所へ降下してゆくエレベーターでも、変わらずに。
「サムが死んだケロ」と。
グランド・マザーの前でジョミーとチャンチャンバラバラ、それでもカエル語な男。
「ミュウが生き残るためには、人類を殲滅するしかないケロ!」と。
スウェナに託したメッセージの方でも、やっぱりケロケロ。
「諸君。今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたいケロ」と。
ジョミーがグランド・マザーの触手に掴み上げられ、首をギリギリ締められたって同じこと。
「何故、ミュウの力を使わないケロ!」と怒鳴る有様、それがカエルになる呪い。
けれど、ソルジャー・ブルーの呪いが解ける条件、それは整いつつあるものだから…。
「命令を実行せよ、キース・アニアン。命令を」
グランド・マザーがそう命じた時、キースがバッと向けた銃。
「うるさい! もう私の心に触れるな!」
発砲したキースの言葉は、もうカエル語ではなくなっていた。
「私は自分のしたいようにする」と。「したいようにするケロ」ではなくて。
かくして、キースは最後の最後にカエルの呪いから解き放たれた。
だから…。
「セルジュ、聞こえるか」
地の底からセルジュに送った通信、それは「聞こえるケロ?」ではなかった。
まさか、と驚いたのがセルジュで、キースの言葉は普通に続いた。
「ミュウと共に地球を守れ」と、「よく今日まで、私について来てくれた」と。
「アニアン閣下!」
例の呪いが解けたんだ、と目を瞠ったセルジュ。
それでは、キースにかかったカエルな呪いを解いたのは…。
(…ジョミー・マーキス・シン…!)
あいつのキスが閣下の呪いを解いたんだ、と握り締めた拳、俯いた顔。「なんてことだ」と。
この騒ぎの中、アニアン閣下はミュウの長と、と。
死にそうな声をしていたけれども、ミュウの長とデキてしまってキスもしたんだ、と。
(……我々では解けなかった呪いを、ミュウの長が……!)
悔しいけれども、それが現実。
キースの真実の愛の相手は、ミュウの長のジョミー・マーキス・シン。
そういうことか、と唇を噛んで、セルジュは皆に命令した。
「総員、直ちにワルキューレで出撃! 攻撃目標、軌道上のメギドシステム!」と。
他の者たちが何と言おうと、これがカエルから立派な国家主席に戻ったキースの意志だから。
ミュウの長とデキてしまった人でも、今までついて来た人だから。
こうしてセルジュたちは地球を守って、間違った伝説が後に残った。
「カエルになっていた国家主席は、ミュウの長のキスで元に戻ったそうだ」と。
二人の間に真実の愛が生まれたらしいと、ミュウと人類が手を取り合う時代が来たのだと。
ソルジャー・ブルーがかけた呪いは、解けたから。
国家主席とミュウの長とは、最後に恋に落ちたのだから…。
カエルの王子様・了
※なんだってこんな話が出来たか、自分でも謎。「亀の呪い」と思っただけなのに。
とはいえ、「ケロケロ喋る」キースも悪くないかと…。ナスカから後はずっとカエル語。
「シャングリラもえだと?」
なんだそれは、とキースは不愉快そうに眉を顰めた。
日に日に拡大の一途を辿る、ミュウどもの版図。シャングリラと言ったらミュウの母船で、その名を聞くのも忌々しい。
けれど、報告に来たスタージョン中尉は、「シャングリラもえ」だと告げたから…。
(燃えたのだったら歓迎だがな?)
そう思うけれど、燃えて沈んだなら「殲滅しました」と言いそうなもの。
だから、いったい何事なのか、と先を促したら…。
「萌えだそうです、シャングリラに」
「…萌え?」
ますます分からん、と首を捻るしかない展開。
スタージョン中尉もその辺りは予想していたらしくて、「ご覧下さい」と渡されたデータ。
はて、と机の端末にセットし、動画だと分かるデータを再生してみたら…。
(なんだ、これは!?)
もう思いっ切り見開かれた目。アイスブルーの眼球がポロリと落ちそうなほどに。
画面の向こうに、キュートな美少女。ただし実在しない人間、アニメなキャラ。
その美少女が、弾ける笑顔でこう言った。
「シャングリラ応援キャラクターの、シャングリラ萌(もえ)でーっす!」
ご丁寧にも、「シャングリラ萌」とテロップつき。そういう名前のキャラらしい。
シャングリラ萌と名乗った少女は、声もなかなか可愛らしくて。
「人類の皆さん、はじめまして! シャングリラは怖くないからねーっ!」
みんなに愛される船なんです、と紹介してゆく、シャングリラ萌。
「この人が、長のソルジャー・シン。イケメンでしょ?」
そしてこっちがキャプテン・ハーレイ、と続くメインの人物紹介。期待の星のトォニィだとか、ちょっと頑固なゼルおじいちゃん。
「こういう人たちが乗ってまぁーす! 次はあなたの星に行くかも!」
皆さんに早く会いたいな、と笑顔全開のシャングリラ萌。
(…これはいったい、何事なのだ…!)
キースの表情は冷静だけれど、顔の下はパニック状態だった。「シャングリラ萌…」と。
其処へ新たな美少女登場、これまた愛想の良さそうな子で。
「萌ちゃん、案内ありがとう! はじめまして、ギブリ好美(このみ)でぇーっす!」
ギブリはミュウのシャトルなの、と始まってしまったガイダンス。
人類の船より機能が遥かに上なのだという、ミュウどもの技術力の宣伝。「よろしくね!」と。
「…何なのだ、これは!?」
何処からこんなモノが出て来た、と凄すぎる画面を指差したキース。
どう眺めてもミュウのプロモーションだし、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」なるブツ。
「…今、猛烈な人気だそうです。…シャングリラ萌が」
ミュウが落とした星はもちろん、まだ人類の勢力下にある星系でも、とスタージョン中尉も困り顔。「大変なことになりました」と。
「ミュウのイメージ戦略なのか!?」
「そのようです。自由アルテメシア放送で、繰り返し流れているとかで…」
この映像をダウンロードして、違法にアップする輩まで、という報告。
シャングリラ萌とギブリ好美は、今や絶大な人気を誇るキャラクター。しかも、シャングリラがやって来たなら、手に入るのが応援グッズ。
「…応援グッズ?」
「はい。子供でも買えるステッカーから、値段高めのフィギュアまで…」
各種取り揃えて来るのだそうです、とスタージョン中尉は直立不動。陥落直後の惑星だったら、期間限定コラボカフェまであるらしい。
「…コラボカフェだと!?」
「限定メニューが売りのようです。入店記念グッズも手に入るとかで…」
もう物凄い人気ですよ、と聞かされてゾクリと冷えたのが背中。応援グッズも、コラボカフェの方も、どうやらミュウの資金源。
「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」で人気を勝ち取り、集金しながら地球を目指すミュウ。
「よろしくね!」と微笑む美少女キャラを作って、人類のハートを鷲掴みで。
なんということだ、と愕然としたキースだけれども、其処は腐っても機械の申し子。この作戦の穴に直ぐに気付いた。シャングリラ萌とギブリ好美が、如何に人気を誇っても…。
(所詮、男しか…)
ついて行かない筈だからな、と弾き出した答え。
美少女キャラでは、女性の心は掴めないもの。幼い子供だったらともかく、人類の行く末を左右するような年の女性は見向きもしない。
(…焦るな、キース…)
こんな現象は一時的なものだ、と考え、スタージョン中尉にも「無視しておけ」と下した指示。
萌えキャラごときで失う星なら、最初から期待しないから。
シャングリラ萌とギブリ好美に貢ぐ輩も、人類の未来を背負わせるには…。
(クズすぎて、どうしようもないからな…)
我々の世界に馬鹿は要らない、と冷たい笑いで切り捨てた。「ミュウにつく馬鹿は不要だ」と。
なにしろ世界の半分は女性、まだ充分に巻き返せる。
シャングリラ萌がやって来ようが、ギブリ好美が地球を目指そうが。
それきり忘れた「シャングリラ萌」。ギブリ好美の方もセットで、サックリと。
ところが一ヶ月も経たない間に、駆け込んで来たのがスタージョン中尉。
「大変であります!」と慌てた様子で、データ入りのケースを引っ掴んで。
「…今度はなんだ?」
またシャングリラ萌が出たのか、と嫌でも蘇って来た記憶。そういうキャラがいたのだった、と非常に不快な気分だけれども、スタージョン中尉は「違います」とデータを差し出した。
「どうぞ、ご自分の目でお確かめ下さい」
「………???」
まあいいが、とセットしてみたら、データは動画。身構えつつも再生を始めた途端に…。
「やあ、人類のみんな! ぼくの名前はアルテメシア!」
アル君と呼んでね、と爽やかなイケメンがニコッと笑った。またも実在しないキャラ。アニメの世界なイケメン青年、もちろん声もイケている。
「こっちが友達のソレイド君で…。ソレイド君、君の目標は?」
「やっぱり、地球(テラ)君に会うことかな!」
早く遊びに行きたいよね、とソレイド君もイケメンだった。アルテメシアとは違うタイプの。
「だよねえ…。地球(テラ)君、スポーツ万能、頭も凄くいいんだけど…」
「まだ会えないしね、ぼくたちが地球に着かないと…」
だから人類のみんなも応援してね、というメッセージ。
「素敵な友達を沢山増やして、地球(テラ)君に会いに行かなくちゃ」と。
超絶美形な地球(テラ)君の登場、その日を楽しみにしていてね、と。
「こ、これは…。まさか、こっちも大人気なのか…?」
アルテメシアとソレイド君が、と画面を指したら、スタージョン中尉は頷いた。
「ペセトラ君とか、友達が色々いるんです。しかもこっちは、ゲームも出来ていますから…」
ミュウどもが星や基地を落とす度に、キャラが一人増えます、という解説。
新しいイケメンが登場する度、女性たちが熱狂する仕組み。超絶美形な地球(テラ)君は、今の時点ではシルエットだけで…。
「モビー・ディックが地球に着いたら、地球(テラ)君が公開されるそうです」
「で、では…。この連中に萌えな女性たちは…」
我々がミュウに敗北するのを待っているのか、と言葉にせずとも自明の理。
「シャングリラ萌」を掲げて快進撃を続けるミュウたち。彼らが地球に着きさえしたなら、凄い美形がゲームにお目見えするのだから。
ついでに、アルテメシアやソレイド君にも、応援グッズやコラボカフェなどがセットもの。
人類はせっせとミュウに貢いで、今や敗北を期待している。
キッパリすっかり負けないことには、「シャングリラ萌」も「ギブリ好美」も来ないから。
超絶美形な地球(テラ)君だって、未公開のままで放置だから。
(…なんということだ…!)
いったい誰が仕掛けたのだ、と歯噛みしたってもう遅い。
「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」は男性のハートをガッツリ掴んで、アルテメシアが擬人化されたアル君たちには、女性が熱狂中だから。
(…男も女も、ミュウに貢いで…)
シャングリラが来るのを待っているのか、と慌てたけれども、とうに手遅れ。
それから間もなく、首都惑星ノアは戦わずして落ちてしまった。軍の内部にも広がりまくった、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」萌え。「早く来ないかな」と待たれたミュウたちの船。
(…何がコラボカフェだ…!)
泣きたい気持ちのキースを放って、スタージョン中尉も駆け込んで行ったコラボカフェ。
その始末だから、地球もサックリ、ミュウたちのもの。
キースには何も出来ないままで。あっさりキッチリ、グランド・マザーを壊されて。
死人の一人も出ないまんまで、のうのうと降りたシャングリラ。地球の空へと。
SD体制は既に倒れて、マザー・システムも跡形も無い。
けれど熱狂している人類、「やっと地球(テラ)君が公開された」と。
シャングリラ萌もギブリ好美も、これからグッズが山ほど発売されるのだから、と…。
シャングリラに萌え・了
※どう転がったら、こんな話になるのやら…。「シャングリラ萌」って、何なのかと!
仕掛けたのはジョミーか、トォニィなのかも謎であります。案外、外部に丸投げだとか…?
(とりあえず…)
失恋したことは確かなんだよ、とジョミーがついた大きな溜息。
アッと言う間に変わりまくった自分の境遇、気付けばソルジャー候補とやら。
普通の少年のつもりでいたのに、成人検査で全てがパアに。未来はオシャカになってしまって、ミュウという種族になってしまった。かてて加えて、将来はミュウの長らしい。
(…そっちは問題がデカすぎて…)
考える気にもなれやしない、とフテ寝しているベッド。ソルジャー候補の衣装のままで。
サイオンの訓練はシゴキの日々だし、ソルジャー候補としての勉強も大概、疲れる。何もかもを投げてしまいたいキモチ、けれど投げたら終わるのが命。
このシャングリラから外へ出たって、人類に追われて殺されるだけ。嫌というほど学習したし、運命については諦めの境地。考えても無駄で、嘆いても無駄、と。
そんな日々だから、ちょっぴり離れてみたい現実。ソルジャー候補ではない、ただのジョミーな自分を探してみたくなる。「ただのジョミー」は元気だろうか、と。
思考をそっちへ向けた途端に、思い出したのがフィシスのこと。よって零れてしまった溜息。
(美少女なんだと思ってたのに…)
アタラクシアにいた頃、ソルジャー・ブルーに見せられた夢。
そうとも知らずに惚れたのがフィシス、「なんて綺麗な人なんだろう」と。ところがどっこい、夢の中でも上手く運ばなかった展開。
(ブルーが出て来て…)
掻っ攫われたのが夢の世界のフィシスで、やっと本物のフィシスに会えたと思ったら…。
(五十歳も年上なんだよね?)
これじゃ駄目だ、と嫌でも分かる。
ブルーには顔で惨敗な上に、実年齢でも激しく負けているのだから。どう考えても、フィシスに似合いのお相手はブルーの方だから。
なんてこったい、と嘆きたくなる自分の立場。
ただのジョミーを見付け出したら、「失恋したジョミー」が転がっていた。夢で出会った素敵な美少女、フィシスはブルーのものだったから。
(みんなが認めるミュウの女神で…)
ブルーにベッタリらしいもんね、と膝を抱えて丸くなりたい気分。ソルジャー候補なジョミーを待つのは訓練の日々で、ただのジョミーは失恋するのがこの船なのか、と。
シャングリラはキツイ船らしい。ジョミー・マーキス・シンにとっては。
(いいこと、なんにも…)
ありやしない、と幾つ目だか分からない溜息。
果たしてこの先、何かいいことがあるのだろうか。船の面子は把握したけれど、フィシスよりも魅力ある女性がいそうな気配はゼロで…。
(ブリッジのルリとかが、大きくなったら…)
ちょっとは望みがあるのかも、と思ってみたって失恋したら結果は同じ。
もう本当に泣きたいキモチがMAXだけれど、ふと浮かんだのが「恋占い」という言葉。
まだ人類の世界にいた頃、けっこう人気があった占い。将来、結婚出来るかとか。
そういえば、と気付いたフィシスの立ち位置なるもの。未来を占うソーシャラー。
タロットカードで未来を読めると評判なのだし、恋占いも出来るに違いない。
(…失恋しちゃった相手だけど…)
五十歳も上の人となったら、アタラクシアで育ててくれた母よりも遥かに「おばあちゃん」。
そう考えたら、失恋ショックも宥められないことはない。「おばあちゃんだしね?」と。
その「おばあちゃん」に頼む恋占い。「誰かいい人、見付かりますか?」と。
自分はソルジャー候補なのだし、フィシスは断らないだろう。遊びみたいな占いだって。
(訊いてみようかな…)
いつか運命の相手が見付かるのならば、ちょっとは希望もあるというもの。こんな船でも。
思い立ったが吉日なのだし、訊きに行こう、とガバッと起きた。
幸い、服は着たままだったし、時間もそれほど遅くない。
善は急げ、とダッと駆け出した通路。フィシスの私室と言っていいほどの天体の間へ。
そして…。
「ようこそ、ジョミー」
私に何か御用ですか、と迎えてくれた麗しのフィシス。
(…この人がブルーの…)
恋人なんだ、と胸に蘇ったのが失恋ショックで、こみ上げてくる情けなさ。顔でも年でも負けているよねと、ブルーは何でも持ってるんだ、と。
フィシスという美人な恋人はもとより、ソルジャーの地位も、強いサイオンも。カリスマすぎる超絶美形な姿形も何もかも…、と思ったら涙が溢れそう。
「どうせぼくなんか」と、「思いっ切り失恋したんだっけ」と。
そうしたら、首を傾げたフィシス。「どうしたのです?」と心配そうに。
「…私に御用だったのでしょう? でも…」
あなたは勘違いをしていますよ、とフィシスの手がめくった一枚のカード。白いテーブルの上に置かれたタロットカードは、見たって意味がサッパリだけれど。
「…えっと…。そのカードって何ですか?」
「さあ? でも、ジョミー…。真実は此処にあるのです。少なくとも私は…」
ソルジャーの恋人ではありませんわ、とフィシスが言うから驚いた。嘘だろう、と。
「ちょっと、それって…!」
有り得ない、と叫んだけれども、フィシスは優しく教えてくれた。「本当ですよ」と、柔らかな声で。「失恋だなんて、勘違いですわ」と鈴を転がすように笑って。
(…失恋したわけじゃなかったんだ…)
ソルジャー・ブルーの恋人だとばかり思っていたのに、違ったフィシス。
あまりにビックリしたものだから、恋占いを頼むのも忘れて部屋に戻って来たけれど。この船は本当に奥が深い、と考えたりもしていたのだけれど…。
(…えーっと…?)
フィシスの言葉を思い返したら、心に引っ掛かったこと。恋敵だと思ったソルジャー・ブルー、彼が問題。どうやら自分は失恋していなかったし、恋敵ではないのだと思ったけれど。
(…フィシスはブルーの恋人じゃなくて、ブルーは船のみんなを愛してるって…)
そう言ったよね、と忘れてはいないフィシスの言葉。この耳で確かにそう聞いた。
フィシスに限らず、船のみんなをブルーが愛しているのなら…。
(…もしかしなくても、みんなブルーの恋人だとか?)
恋人ではないなら愛人だろうか、フィシスともやたら親密そうに見えたから。恋人なんだと思い込んだ末に、勝手に失恋したほどだから。
(そうなのかも…?)
この船のみんながブルーの愛人、と見開いた瞳。子供はともかく、大人は一人残らず、と。
けれど男性も多いわけだし、男同士のカップルなんかは有り得ないし…、と考えたものの、頭の中から消えない疑惑。「もしかしたら」と。
だから部屋にもあった端末、それを使ってデータベースにアクセスしてみて…。
(……嘘……)
男同士もアリだったんだ、と愕然とさせられた恋の実態。学校では教わらなかったこと。
もうちょっと詳しく、と調べようとしたら、「これ以上は駄目」と出たエラーメッセージ。
曰く、「十八歳になってから、また来てね」とでもいった所だろうか、その内容は。
(…うーん……)
よく分からない、と思うけれども、男同士でも恋は出来るというのが真実。ならば、フィシスが言っていた通り、ソルジャー・ブルーは船の仲間の全員を…。
(…男も女も、分け隔てなく…)
愛人にしているわけですかい! と唖然呆然、けれどもピンと来ないでもない。
(アタラクシアに帰せ、って言ったら、何処かからリオが出て来たし…)
あんな具合で、青の間には常に誰かが侍っているのだろう。愛する人の世話をするために。
ソルジャー・ブルーが何か言ったら、「はいっ!」とお相手、あらゆることで。
(一緒に食事とか、お喋りだとか…)
きっとそういう世界なんだ、とジョミーが派手にやらかしてしまった勘違い。
それに加えて、「十八歳になってから、また来てね」というエラーメッセージも気になる年頃。
なんとか突破できないものか、とソルジャー候補のストレス解消とばかりに挑み続けて…。
ある日、開けてしまった道。エラーメッセージの向こうにあった大人な世界。
(……なんだか、色々……)
どんなカップルも恋もあるよね、とジョミーは納得してしまった。
世の中、男女の恋だけではなくて、男同士にも色々あると。上とか下とか、表現、様々。それに老け専とか、好みの方も山ほどらしい、と。
(…全部こなすのがブルーなんだ…)
相手が女でも男でも…、とビビるしかないブルーの素顔。シャングリラの誰もがブルーの愛人。
そうなってくると、組み合わせの方も星の数ほどあるわけで…。
(…リオが相手だと、ブルーは受けになるのかな…?)
それとも偉そうにしていたのだから、攻めなのだろうか。いやいや、ブルーが偉そうでも…。
(……女王様っていうのも、あるみたいだし……)
決めてかかっちゃいけないよね、とフィシスのことで学んでいたから、思慮深く。思い込みでは語っちゃ駄目だ、と。
(…ゼルやヒルマンだと、どうなるんだろう?)
老け専なのは分かるんだけど、と若きジョミーの悩みは尽きない。
フィシスばかりか、船の仲間の全てを愛しているのがソルジャー・ブルー。
この船は奥が深すぎるよねと、ブルーの全てを理解するには何年かかることだろう、と。
(…そのスキル、まさかソルジャーには必須とかじゃないよね…?)
ぼくにはとても真似出来ないよ、とブルッているのがソルジャー候補。
船を守るだけで許して欲しいと、皆を愛するのは絶対無理、と。
受けでも攻めでも男は勘弁、女の子の方に限定したい、と。
(…それって、ソルジャー失格かな…?)
だったらホントにヤバイんだけど、と勘違いしたままで過ごしたジョミーは、後に宇宙へ逃れた船でヒッキーの道を突き進む。
いきなりブルーが眠ってしまって、ソルジャーにされてしまったから。
船の仲間を分け隔てなく愛する立場にされたから。
(……五十歳上でも、フィシスだったら……)
歓迎だけれど、いくら若くてもキムやハロルドは困る。ゼルやヒルマンなどもう論外だし、船を纏めるキャプテンだって。
(…ブリッジに行ったら、絶対、言われる……)
どうして仲間を愛せないのか、と突っ込まれるに決まっているから、ヒッキーの道。
引きこもっていれば、受けだの攻めだの、悩まなくてもいいのだから。
誰かのベッドに引っ張り込まれて、それは恐ろしい目に遭わされなくても済むのだから…。
少年の悩み・了
※ジョミーはフィシスを「美少女」なんだと思ってたよね、と考えたらこうなったオチ。
五十歳も上の「おばあちゃん」でも、ゼルとかヒルマンよりは「若い女性」な分だけマシ。
(…本当に楽しそうに撃ってくるな…)
この馬鹿野郎、とブルーが睨んだキース。根性で張ったシールドの中で、メギドの制御室で。
「反撃してみせろ!」などと、喋りまくりで撃ってくるのが地球の男で、もう本当に腹立たしい限り。こんな男が「地球の男」で、憧れの地球に行けるなど。地球に手の届く場所にいるなど。
(…こっちは地球も見られないんだ…!)
此処で命が終わるのだから、とムカつくけれども、どうにもならない。元々、尽きていた寿命。それの残りでメギドを沈める、そういう運命。
(だが、それだけでは終わらない…!)
地球の男も巻き込んでやる、と怒りMAX。勝ち逃げだけはさせるものか、と。
そう計画しているというのに、「此処は危険です!」と飛び込んで来たのがキースの部下。
(逃がすか…!)
貴様の命も此処で終わりだ、と思いっ切りバーストさせたサイオン。
キースが言い放った台詞をそのまま、心で返して。「これで終わりだ!」と。噴き上げるように広がるサイオン、青い光の壁がキースを巻き込む。部下が駆け寄るより、一瞬早く。
(終わった…!)
これでキースの命も終わり、と大満足で浮かべた笑み。
右の瞳まで撃たれたけれども、悔いなどは無い。地球の男は仕留めたのだし、これでいい。
(ジョミー…。みんなを頼む…!)
どうか地球まで行ってくれ、と暗転した視界。其処で命が終わったから。
次に目を開けたら天国か地獄、どっちだろうか、とチラと思いはしたけれど。
ミュウに生まれて散々な目に遭わされたのだし、選べるのならば天国の方、と考えたのが、多分最後の思考だけれど。
(…天国…なのか…?)
それにしては騒々しいような、と繁華街らしき場所の路上で目が覚めた。真っ昼間に。
ついでに自分を囲む人垣、ワイワイと声が聞こえてくる。補聴器なしでも実にうるさく、まるで天国らしくない。妙な天国もあったものだ、とパチクリと目を瞬かせて…。
(…ああ、天国…)
右目が潰れていないのだったら、もう間違いなく天国の筈。やたらうるさくても、繁華街でも。自分の周りを取り巻く連中、それが野次馬にしか見えなくても。
ぼんやりとそう考えていたら、「大丈夫ですか!?」と駆け寄って来た救急隊員。
(…見慣れない服だが…)
これは救急隊員だよな、と眺める間に脈を取られた。他の隊員が身体をチェックし、無線で何か連絡している。「弾は掠っただけのようです」と。
(掠っただけ…?)
ガッツリ当たった筈なんだが、と思っていたら強く縛られた腕。念のために止血するらしい。
はて、と傾げてしまった首。右肩だったら撃たれたけれども、右腕は撃たれただろうか、と。
それに天国に来て、救急隊員の出番があるとは知らなかった、とも思ったけれど。
「とにかく、病院に搬送しますから」
災難でしたね、と担架に乗せられ、運び込まれた救急車。どう考えても何かが変で、天国らしくない展開。野次馬も、それに救急車も…、と見慣れぬ車で運ばれて行って…。
「…暴力団?」
それはどういう、と丸くなった目。病院に着いて、手当ての後で。
ベッドに寝かされているのだけれども、本格的におかしい世界。ソルジャーの服が見当たらないのは、天国なのだし頷ける。もうソルジャーではないわけだから。
(…しかし、この服は…)
いったい何処から湧いたんだ、と思いたくなる「普通すぎる」服。シンプルなシャツやズボンは何処から来たのか、ベッドの脇に置かれたジャケットだって。
ただでも不思議でたまらないのに、医師が口にした言葉が「暴力団」。まるで知らない、初耳な言葉。暴力団とは何のことだろう…?
「さっきの流れ弾ですよ。小競り合いがあったようでしてね…」
最近、組が分裂しまして、と男性医師が教えてくれた。
自分が撃たれて、倒れた辺りの繁華街。…其処の裏社会を仕切っている組、「組」という言葉が「暴力団」を指すらしい。
要はその組が二つに分かれて、只今、派手に抗争中。たまたま通り掛かった所で、対立する組の幹部を狙って発砲した弾が…。
(…ぼくに当たったと?)
なんだか色々ややこしいんだな、と思った天国。
暴力団だの、銃を使っての抗争だのと、次元は多少違うけれども、生きていた頃と変わらない。人類とミュウで争っているか、天国の住人同士で揉めているかの違いだけだ、と考えたのに…。
暫く経ったら、気付いた現実。此処は天国ではないらしい、と。
(…地球の、日本…)
それもSD体制が始まるよりも遥かに前だ、と眺めた病院のカレンダー。とりあえず退院、そう決まったから出てゆく前に。
(そして、キースは留置場なんだな)
事情を訊きに来た警察官の言葉からして、捕まったのがキース・アニアン。あの地球の男。
暴力団の下っ端だという設定で。…組の幹部を狙って発砲、それが外れて民間人を撃ったという罪状で。
(…気の毒なことだ…)
キースには後が無いらしい。暴力団の世界の掟は絶対、カタギを巻き込むのは許されない。
民間人という役どころの自分、それを撃ったというだけで組の面汚し。出所した後には、追手がかかる。組長が放つ鶴の一声、「始末しておけ」と。
カタギを撃つような馬鹿をしでかし、警察が組に踏み込んで来たわけだから。
そんな輩は死ぬのが似合いで、山に埋められるか、何処かの港に沈められるか。二つに一つで、山か海かを選べたならば、もう上等。
(…ぼくが許しても、組長が許さないんだな…)
キースの腕でも逃げられまいな、と簡単に分かる。逮捕されたら、もう銃は無い。出所する時も返して貰えず、何処かの街角でパアン! と撃たれて、それっきり。
いくらキースがメンバーズでも、別の世界に飛ばされた上に、殺しのプロに追われたのでは…。
(丸腰では、死ぬしかないわけだから…)
消されて山に埋められるのか、港に沈められるのか。気の毒だけれど、それも運命だろう。
そう思って病院を後にしたブルー。「地球の男は、消されるのだな」と。
けれど、キースが暴力団員になっていたのと同じに、ブルーにもあった此処での設定。日本なる国で、其処の何処かのローカル都市で。
初老の夫妻が営む花屋の店員、それがブルーの今の生業。一度は死んでしまったせいか、身体は至って健康なもの。…虚弱な所は変わらなくても、耳は普通に聞こえるから。
毎日せっせと花を世話して、フラワーアレンジメントも作る。馴染みのお婆ちゃんたちが買いにやって来る、仏壇に供える花だって。
「すみません、今日はまだ出来てなくて…!」
今、作りますね、と今日も束ねる仏花。シルバーカーを押した馴染みの婆ちゃん、その家にある花筒にピッタリ合うように。婆ちゃんの好みの花を取り合わせて。
「悪いねえ、忙しいのにさ…。でも、今日は爺ちゃんの月命日だから」
新しい花にしてあげたいんだよ、とニコニコしている婆ちゃんを見ていて思ったこと。
(…キースが組の連中に始末されたなら…)
いったい誰が花を供えてくれるだろう?
自分と同じで、誰も身寄りが無いキース。自分の場合は、子供のいない店主夫妻の養子にという話もある。目の前の婆ちゃんも、孫がいないから養子に来ないかと言うけれど…。
(…キースは刑務所を出たら終わりで…)
撃ち殺されて、山に埋められるか、港に沈められるかの二択。死んだことさえ、誰も知らない。いつか死体が発見されても、警察官が其処に花でも置いてくれたら御の字で…。
(…仏壇も無ければ、仏花だって…)
誰も供えはしないのだろう。身寄りが無い上、ただの暴力団員だから。
一度気が付いたら、仏花を束ねる度に、キースが頭に浮かぶようになった。仏花など、供えては貰えないキース。出所した後は、殺されるしか道が無いというのに。
(…ぼくが巻き添えにしたばっかりに…)
この平和な地球でそういう最期を…、と思うと気の毒でならないキース。
元いたSD体制の世界、あそこで死ぬか生きるかだったら、まるで歯牙にもかけないけれど。
キースが何処で野垂れ死のうと、知ったことではないのだけれども、この世界では…。
(……奴を見殺しにするというのは……)
ちょっとキツイな、と思ってしまう。誰もがノホホンと生きている日本、殺人事件はあまり縁が無い。毎日のように起こるけれども、大抵の人の目から見たなら…。
(…自分とは遠い世界のことで…)
せいぜい野次馬、それが殺人。…いずれキースは殺されるのに。もう確実に消されるのに。
それはあまりに惨いのでは、と今日も束ねる仏花。いつかキースが消された時には、仏花くらい供えてやってもいいけれど…。
(死体が発見されない限りは…)
知りようもないのがキースの死。何処かの山奥に埋められていても、冷たい海に沈んでいても。
死んだことさえ知りもしないで、きっと自分はのんびりと…。
(こうやって花を束ねているんだ…)
仏花を作って、馴染みの婆ちゃんたちの来店を待つ。そうでなければ、フラワーアレンジメント作りに精を出すとか、店の花たちの世話だとか。
キースはとうに消されてしまって、山奥に埋まっているというのに。あるいは重石をつけられて海に放り込まれて、仏花さえ供えて貰えないのに。
気の毒すぎる、と考える日が幾つも続いて、ある時、ついに決意した。
いつかキースが出所したなら、自分が身元引受人になればいい、と。そして一緒に花屋で働く。元は暴力団員にしても、足を洗ってカタギになったら消されないとも聞いたから。
(…キースはカタギだ、と組が認めてくれるまでは…)
自分が一緒に行動したなら、組の者でもキースを消せない。流れ弾で自分を巻き添えにしたら、待っているのは非情の掟。うっかりカタギに手出ししたなら、キースと同じに後が無いから。
(よし、その線で…)
行こう、と決めた自分の生き方。キースを見殺しにしてしまったら、自分も最低な男になる。
ミュウを残酷に殺し続けた人類とまるで変わりはしないし、それでは駄目だ、と。
だから見舞いに作った小さなフラワーアレンジメント。この程度だったら刑務所でも、と。
それを手にして出掛けた刑務所、「面会だ」と言われて出て来たキースは驚いたけれど。
「…お前が私を助けるだと…?」
私はお前を撃ったんだが、とキースは言ったけれども、「流れ弾だろう?」と微笑んだ。
元の世界でのことはどうあれ、此処では流れ弾だから。右腕を掠っただけなのだから。
「…待っているから、真面目に勤めて出て来て欲しい。また面会に来るよ」
何か差し入れの希望はあるかい、と訊いたら、キースは男泣きに泣いた。「感謝する」と。
「此処を出たら最期だと思っていたが…。そうか、助けてくれるのか…」
「仕方ないだろう、こういう世界だ。元の世界なら、見殺しにするのが妥当だけれど」
君は危険な男だしね、と笑みを浮かべた。「ミュウにとっては危険すぎる」と。
けれど、此処ではメンバーズですらもない男。とても見殺しには出来ないよ、とも。
そうやって何度も面会を重ね、差し入れをしたり、話したり。
キースの出所が決まった時には、花屋の夫妻にきちんと話して、もう色々と根回しもした。二人一緒に暮らせるアパートを借りたり、キースの部屋を整えたりと。
ついに出所の日がやって来て、刑務官が見送りに出て来てくれて…。
「いいか、二度と戻って来るんじゃないぞ」
「お世話になりました…!」
キースが深々と頭を下げた途端に、スウッと後ろを通り過ぎた車。明らかに組の者だけれども。
「…大丈夫。ぼくの隣を離れないで」
行くよ、と二人で歩き出した時、眩しい光に包まれた。いったい何が、と息を飲んだら…。
「よく頑張った。…ミュウの長よ。…それに人類を導く者よ」
私は神だ、と轟くような声。
全て見ていたと、お前たちになら世界の未来を託せると。
「「神だって…!?」」
眩しすぎて何も見えないけれども、神は確かに其処に居た。「良き未来を」と。
「ミュウを、人類を導くがいい。世界は私の手の内にある」
今の心を忘れるな、という声が消えたら、ブルーの目の前にシャングリラ。もう戻れないと後にした船、それが宇宙に浮かんでいた。
(…ぼくは帰って来られたんだ…)
この先はキースと手を取り合って行くんだな、とブルーが戻って行った船。
シャングリラの皆が驚く間に、キースからの通信が入って来た。それも国家主席の肩書きで。
(…どうなってるんだ?)
あの若さでもう国家主席とは、と思うけれども、神の仕業に違いない。それに、キースが送って寄越したメッセージは…。
「グランド・マザーを停止させたそうです!」
SD体制が終わりましたよ、と上がった歓声。キースにも神が力を貸したのだろう。
メッセージは「地球に来てくれ」とも告げているものだから…。
「ジョミー、直ぐに行くと返信したまえ。…キースは嘘をついてはいない」
話せば長いことになるけれどね…、と若き後継者の肩を叩いた。「地球へ行こう」と。
ついに開けた地球までの道。
此処からは長距離ワープになるから、その間にジョミーに話してやろう。
暴力団のことも、キースが刑務所に入っていたことも。
自分が花屋で暮らしたことも、店の馴染みの婆ちゃんたちに作った幾つもの仏花のことも…。
花屋と暴力団員・了
※ブルーとキースの現代珍道中を書いてみたいな、と思ったことは確かですけど…。
どう間違えたら、こんな話になるんだか。しかも完全パラレルでもなし、これって何?
「地球へ…」の小箱と「ネタでもハッピー」、pixiv で危機に瀕した二つのシリーズ。
残留か離脱か、混乱の中で、残留票を投じて下さった皆様に捧ぐ。返品オッケー。