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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

(…ぼくは若いと思うんだけど…)
 一応、若い筈なんだけど、とジョミーの自信は揺らいでいた。
 気付けば「祖父」になっていたから。
 今の時代は死語な「グランパ」、そういう名前で呼ばれる自分。
 それは素敵に若い者から。
 トイレトレーニングの真っ最中のような子供から。
(…グランパって…)
 グランパって何だよ、と叫びたいけれど、とうに叫んでしまった後。
 その名前を聞いた瞬間に。
 最初の自然出産児のトォニィ、彼に「グランパ!」と懐かれた時に。
(…ぼくのことだと思わなくって…)
 グランパは何処か、と見回した次第。
 肩に乗っているナキネズミかと、レインに渾名がついたのか、と。
 けれど、真っ直ぐ見ていたトォニィ。
 「グランパ!」と見上げてくる瞳。
 何かが変だ、とトォニィの側にいたカリナに訊いた。「グランパって?」と。
 そういう言葉は初耳だけれど、グランパとは何のことだろうか、と。


 質問しつつも、ちょっぴり生まれていた期待。
 自分が知らない言い方なだけで、「グランパ」は「イケメン」の意味だとか、と。
 カリナやユウイは若い世代で、シャングリラで育った子供たち。
 彼らの間だけで通じるスラング、そういったものもあるかもよ、と。
(癪だけど、ぼくより若いから…)
 スラングだって充分、有り得る。
 今の「グランパ」もそれの一つで、イケてる人には「グランパ!」かも、と。
 胸を膨らませて待っていたのに、「それは…」と言い淀んでしまったカリナ。
 やはりスラングに違いない。
 自分たちだけの間の言葉がバレてしまった、とカリナは焦っているのだろう。
 そう思ったから、「どういう意味?」と笑顔で尋ねた。
 「ぼくのことなら気にしないで」と、「ぼくは怒ったりしないから」と。
 若い世代だけの言葉があっても、細かいことは気にしない。
 ゼルたちのような頑固な年寄り、何かと言ったら「若い者たちは…」と嘆く連中。
 あんな風には出来ていないし、頭の出来も柔らかいから。


 そう、怒る気はまるで無かった。
 「グランパ」の意味が何であっても、若い世代の発想だから。
 赤いナスカを開拓するには、柔軟な頭も要るのだから。
 それでワクテカ、「どういう意味かな?」と待っていた答え。
 「グランパ」の意味は「イケメン」だろうかと、あるいは「お兄ちゃん」かも、と。
 胸がワクワク期待MAX、カリナの顔を見詰めていたら…。
「……おじいちゃん、です…」
「え?」
 おじいちゃんって、とキョトンと見開いた瞳。
 それは「年寄り」のことだろうかと、昔話やお伽話に「昔々…」と出て来るヤツ。
 「ある所に、おじいさんと、おばあさんが…」と始まる、お約束。
 グランパはソレで、もしや自分が「おじいちゃん」かと。
 嘘だよね、と指差した自分の顔。
 「おじいちゃん?」と。
 そしたら、「ごめんなさい!」と、ガバッと頭を下げたのがカリナ。
 「ソルジャー、本当にごめんなさい」と。
 もうトォニィは覚えてしまって、グランパで定着しちゃったんです、と。


 よりにもよって、「おじいちゃん」。
 「グランパ」の意味はイケメンどころか、「ジジイ」と宣告されたのも同じ。
 だから愕然としつつ叫んだ、「グランパって何だよ!」と。
 怒らないとは言ったけれども、それとこれとは別次元。
 どうして自分が「グランパ」なのか、「おじいちゃん」と呼ばれることになるのか。
 其処の所を確認しないと、どうにも納得出来ない「グランパ」。
 自分はまだまだ若い筈だし、「おじいちゃん」な年ではないのだから。
 これがソルジャー・ブルーだったら、「おじいちゃん」でもいいのだけれど。
 見かけはともかく中身が年寄り、誰が聞いても「おじいちゃん」だから。
(…絶対、何かの間違いだって…)
 トォニィが覚え間違っただけ、と考えたのに。
 そうだと自分に言い聞かせたのに、カリナの答えはこうだった。
「…訊かれたんです、トォニィに…。パパとママのパパは誰なの、って…」
「パパ?」
「はい。トォニィのパパはユウイで、ママは私になりますから…」
 その私たちのパパとママは、と質問されたものですから、と謝ったカリナ。
 つい出来心で、「ソルジャーなのよ」と教えました、と。


 カリナが言うには、トォニィにとっては「いるのが当然」のパパとママ。
 まだ幼くて、世の中の仕組みを知らないから。
 もちろん出産も知りはしないし、管理出産などは理解の範疇外。
 それで無邪気にカリナに質問、「ママたちのパパとママは誰なの?」と。
(…スルーしといてくれればいいのに…)
 心の底からそう思うジョミー。
 なにも真面目に答えなくてもと、あんな小さな子供に、と。
 けれど、とっくに手遅れな今。
 カリナは真剣に考えた末に、トォニィに教えてしまったから。
 「私たちの生みの親って、ソルジャーよね?」と。
 「命を作ろう」と決めた自然出産、それに賛成してくれたから。
 とはいえ、「おじいちゃん」は流石にどうかと、一応、思いはしたらしい。
 そう思ったならやめてくれればいいのに、つい出来心。
 魔が差したとでも言うのだろか、教えたくなった「おじいちゃん」。
 今の世の中、「おじいちゃん」はとうに死語だから。
 何処を探しても「祖父」はいなくて、いたら「オンリーワン」だから。


(…オンリーワンでも…)
 キツイんだけど、と抱え込みたくなる頭。
 この年でもう「孫」がいるのかと、自分はトォニィの「祖父」なのか、と。
(グランパって言い方まで、探して来て貰っちゃって…)
 その気遣いが余計にキツイ、と泣きたいキモチ。
 「おじいちゃん」ではあんまりだろう、とカリナが教えた言葉が「グランパ」。
 ヒルマンに頼んで、データベースで探して貰って。
 「おじいちゃん」よりはソフトに、と。
 ちょっとお洒落に「グランパ」の方がいいだろう、と。
 お蔭でトォニィが覚えた「グランパ」、「次に会ったら呼ばなくちゃ」と。
 「ぼくのおじいちゃんはソルジャーだけれど、ぼくのグランパなんだもの」と。
 そして炸裂した「グランパ」呼び。
 無垢な笑顔で、明るい声で。
 「グランパ!」と。
 ソルジャーはぼくの「おじいちゃん」だと、だから「グランパ」と呼ぶんだよ、と。


 怒らない、と言ってしまったから、どうにもならない「グランパ」呼び。
 今の御時世、確かに「祖父」など何処にもいないし、もう文字通りにオンリーワン。
 カリナが「おじいちゃんよ」と教えた気持ちも、分からないではないけれど…。
(…この年で孫で、おまけに宇宙の何処を探しても…)
 おじいちゃんは他にいないんだ、とドッと百ほど老け込んだ気分。
 いやいや、二百か三百だろうか、それとも四百くらいだろうか。
(……ブルーでも、おじいちゃんじゃないのに……)
 ぼくがグランパ、と尽きない「グランパ」なジョミーの嘆き。
 いくらなんでも惨すぎるから。
 本物のジジイのブルーがいるのに、若い自分がオンリーワン。
 宇宙にたった一人の「グランパ」、「おじいちゃん」になってしまったから。
 SD体制の時代が始まって以来、初めての「おじいちゃん」だから…。

 

        最初のグランパ・了

※アニテラではスルーされてたのが、「グランパ」呼びの理由。「原作を読め」と。
 「初めての孫」がトォニィだったら、ジョミーが初の「おじいちゃん」になるよね…。






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(この若造が…!)
 よくも調子に乗りやがって、とソルジャー・ブルーが睨んだキース。
 こうしてメギドまで来たのだけれども、よりにもよって拳銃などで撃たれるとは、と。
 最初から死は覚悟していても、想定外とも言える展開。
(…メギドもろとも散るというのと、こいつの獲物になるのとでは…)
 雲泥の差というヤツで、と歯軋りしたって、とうに手遅れ。弾を一発食らった時点で。
 なにしろ元が虚弱な肉体、おまけに尽きかけていた寿命。
 メギドでも散々使った体力、其処へダメージを受けてしまったら、不可能なのが反撃なるもの。もう少しばかり元気だったら、キースの頭を吹っ飛ばせるのに。心臓だって止められるのに。
(……だが、しかし……)
 ただで殺されてたまるものか、とシールドを張りつつフル回転させている頭脳。
 なんとかして一矢報いてやると、野蛮な男に天誅なのだ、と。
 そうしたら…。
「反撃してみせろ! 亀のように蹲っているだけでは、メギドは止められんぞ!」
 撃ちながら挑発したのがキースで、その瞬間に閃いたこと。「それだ!」とピンと頭の中に。
 このブルー様を「亀」呼ばわりとは、なんとも無礼な男だけれど…。
(なるほど、亀か…)
 ちょっと捻れば楽しいことに、と唇に浮かべた不敵な笑み。
 キースは気付いていないけれども、「テメエ、一生、後悔しやがれ」と。
 ソルジャー・ブルーを舐めるんじゃねえと、命と引き換えに呪ってやろう、と。


 そんなこととも知らないキースが、ぶっ放した銃。
 「これで終わりだ!」と格好をつけて。
 その弾で右目を砕かれたけれど、思い切り礼はしてやった。サイオンを床に叩き付けて。
(ジョミー…。みんなを頼む!)
 後は任せた、と果たした復讐。キースはキッチリ呪ったからして、後は野となれ山となれ。
 自分の命は此処で終わるし、どうなろうと知ったことではない。
 キースが一生、ドえらい呪いにやられたままでも、何処かで呪いが解けるにしても。
(呪いを解くには…)
 ミュウを認めるしか方法は無い、と会心の出来の最後の呪い。
(亀の呪いというヤツが…)
 あったからな、と無駄に多かったブルーの知識。「亀の足は昔からのろい」という駄洒落。
 そいつを何処で仕入れて来たやら、もう覚えてはいなかったけれど。
 どうせ死ぬから、後はどうでもいいのだけれど。
(一生、後悔するがいい…!)
 これがソルジャー・ブルーの呪いだ、と高笑いしながらブルーは逝った。
 目的通りにメギドを沈めて、キースにガッツリ呪いをかけて。
 そのキースはと言えば、部下のマツカの瞬間移動で辛うじて逃げ延びていたのだけれど…。


「マツカ!」
 エンデュミオンの通路にくずおれたマツカ、医務室に運ぶべきだろう、と判断したキース。
 とはいえ今は急ぐからして、通りすがりの者を呼び止めた。
「おい、貴様!」
「はっ、何でしょうか!?」
 緊張した顔のヒラに向かって、「こいつを医務室へ運んでおけ」と命じたつもりが…。
「こいつを医務室へ運んでケロ!」
「…ケロ?」
 ポカンとしたのが目の前のヒラ。「運んでケロ」とは空耳だろうか?
「さっさとするケロ!」
「はっ!」
 なんだか変な言葉だよな、と思いながらもヒラは仕事を引き受けた。「ケロって、なんだ?」と頭がグルグルしながらも。
 一方、キースはまるで気付いていなかった。自分が「ケロケロ」言っていることに。
 聞く人が聞いたら「カエル語ですか?」と訊き返しそうな言葉であることに。


 …そう、カエル語。
 それがソルジャー・ブルーの呪いで、一時期、シャングリラで流行った言葉。
 カエルは幸運のシンボルだとかで、大増殖したカエル好き。いわゆるカエラー。
 その連中が使っていたのが、カエル語だった。何かと言ったら「ケロケロ」とカエル。
 キースが「亀」と言った瞬間、ブルーが思い出したのがソレ。
 そして思った、「こいつをカエルにしてやろう」と。
 ミュウと人類が和解するまでは、ケロケロ喋っているがいい、と。
 拳銃をバンバンぶっ放していたキースの心は、いい感じに隙が出来ていたから。
 勝ったつもりで威張り返って、心理防壁に生じた綻び。
 物理的には反撃不可能、けれども心の方は別物。
 だから「これで終わりだ!」とMAXになった綻び、其処へ向かってブチ込んだ呪い。暗示とも言えるかもしれない。
 「貴様は今日からカエルなのだ」と、「カエル語で喋り続けるがいい」と。
 呪いはジョミーに解いて貰えと、和解出来たら解ける筈だ、と。


 ソルジャー・ブルーの怖すぎる呪い、呪われているとも思わないキース。
 ゆえにマツカをヒラに任せて、向かったブリッジ。この後の指揮を執らねば、と。
「アニアン少佐! よく御無事で!」
 出迎えたのが補佐官のセルジュ、早速下した残党狩りの命令。
「グレイブの艦隊は、残存ミュウの掃討に当たらせケロ」
 一人も生かすなケロ、とやったものだから、一瞬にして凍った空気。「何なんだ?」と。
 けれども、やっぱり気付かないキース。
 自分がカエル語になっていることに。ケロケロ喋っていることに。
(自らの命を犠牲にしてメギドを止めたのか…。ソルジャー・ブルー…!)
 敵ながら天晴れ、と思うキースの脳内言語はカエル語に非ず。
 其処が呪いの怖い所で、自覚ナッシングに出来ていた。
 周りの輩が「カエル語なのか?」と目を剥いたって、キース自身には分からない。音声データを突き付けられて、「カエル語ですよ?」と指摘されない限りは。
 でないと、自分の鉄の意志でもって直すから。
 意地でもカエル語を話すものかと、根性で修正可能だから。


 かくしてキースはカエル語の男になってしまった。
 自分で自分の動画などを見て、「ゲッ!」となっても、自覚ナッシングだけに直せない。決してカエル語を喋るものか、と思っていたって、頭の中身と噛み合わないから。
 「マツカ、コーヒーを頼むケロ」くらいは可愛らしいもの。ほんの御愛嬌、毎度の台詞。
 いつでもケロケロ、どんな時でも。
 暗殺騒ぎに遭ったノアの宙港、其処で格好をつけた時にも。
 「諸君、私は健在だケロ!」と。
 カエル語になった時期が時期だけに、囁かれるのがソルジャー・ブルーの呪い。
 もう間違いなくソレだ、と誰もが考えるけれど、呪いは全く解けなかった。
 これで解ける筈、と皆が思った方法でも。「カエルにはコレだ」と挑んだヤツでも。
 曰く、「カエルの王子様」。
 お姫様のキスでカエルが王子に戻るからして、きっとこれなら、とキースにキスした面々。
 我こそはと思う部下はもとより、出世目当ての下っ端まで。
 マツカやセルジュやパスカルはもちろん、軍の施設で働く者も端から揃って。
 それでも直らないのがカエル語、キースはケロケロ喋り続けて…。


「いいだろう。グランド・マザーに会わせてやるケロ」
 ジョミーと地球で会った時にも、安定のカエル語な喋り。グランド・マザーの所へ降下してゆくエレベーターでも、変わらずに。
 「サムが死んだケロ」と。
 グランド・マザーの前でジョミーとチャンチャンバラバラ、それでもカエル語な男。
 「ミュウが生き残るためには、人類を殲滅するしかないケロ!」と。
 スウェナに託したメッセージの方でも、やっぱりケロケロ。
 「諸君。今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたいケロ」と。
 ジョミーがグランド・マザーの触手に掴み上げられ、首をギリギリ締められたって同じこと。
 「何故、ミュウの力を使わないケロ!」と怒鳴る有様、それがカエルになる呪い。
 けれど、ソルジャー・ブルーの呪いが解ける条件、それは整いつつあるものだから…。
「命令を実行せよ、キース・アニアン。命令を」
 グランド・マザーがそう命じた時、キースがバッと向けた銃。
「うるさい! もう私の心に触れるな!」
 発砲したキースの言葉は、もうカエル語ではなくなっていた。
 「私は自分のしたいようにする」と。「したいようにするケロ」ではなくて。


 かくして、キースは最後の最後にカエルの呪いから解き放たれた。
 だから…。
「セルジュ、聞こえるか」
 地の底からセルジュに送った通信、それは「聞こえるケロ?」ではなかった。
 まさか、と驚いたのがセルジュで、キースの言葉は普通に続いた。
 「ミュウと共に地球を守れ」と、「よく今日まで、私について来てくれた」と。
「アニアン閣下!」
 例の呪いが解けたんだ、と目を瞠ったセルジュ。
 それでは、キースにかかったカエルな呪いを解いたのは…。
(…ジョミー・マーキス・シン…!)
 あいつのキスが閣下の呪いを解いたんだ、と握り締めた拳、俯いた顔。「なんてことだ」と。
 この騒ぎの中、アニアン閣下はミュウの長と、と。
 死にそうな声をしていたけれども、ミュウの長とデキてしまってキスもしたんだ、と。
(……我々では解けなかった呪いを、ミュウの長が……!)
 悔しいけれども、それが現実。
 キースの真実の愛の相手は、ミュウの長のジョミー・マーキス・シン。


 そういうことか、と唇を噛んで、セルジュは皆に命令した。
 「総員、直ちにワルキューレで出撃! 攻撃目標、軌道上のメギドシステム!」と。
 他の者たちが何と言おうと、これがカエルから立派な国家主席に戻ったキースの意志だから。
 ミュウの長とデキてしまった人でも、今までついて来た人だから。
 こうしてセルジュたちは地球を守って、間違った伝説が後に残った。
 「カエルになっていた国家主席は、ミュウの長のキスで元に戻ったそうだ」と。
 二人の間に真実の愛が生まれたらしいと、ミュウと人類が手を取り合う時代が来たのだと。
 ソルジャー・ブルーがかけた呪いは、解けたから。
 国家主席とミュウの長とは、最後に恋に落ちたのだから…。

 

         カエルの王子様・了

※なんだってこんな話が出来たか、自分でも謎。「亀の呪い」と思っただけなのに。
 とはいえ、「ケロケロ喋る」キースも悪くないかと…。ナスカから後はずっとカエル語。






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「シャングリラもえだと?」
 なんだそれは、とキースは不愉快そうに眉を顰めた。
 日に日に拡大の一途を辿る、ミュウどもの版図。シャングリラと言ったらミュウの母船で、その名を聞くのも忌々しい。
 けれど、報告に来たスタージョン中尉は、「シャングリラもえ」だと告げたから…。
(燃えたのだったら歓迎だがな?)
 そう思うけれど、燃えて沈んだなら「殲滅しました」と言いそうなもの。
 だから、いったい何事なのか、と先を促したら…。
「萌えだそうです、シャングリラに」
「…萌え?」
 ますます分からん、と首を捻るしかない展開。
 スタージョン中尉もその辺りは予想していたらしくて、「ご覧下さい」と渡されたデータ。
 はて、と机の端末にセットし、動画だと分かるデータを再生してみたら…。
(なんだ、これは!?)
 もう思いっ切り見開かれた目。アイスブルーの眼球がポロリと落ちそうなほどに。


 画面の向こうに、キュートな美少女。ただし実在しない人間、アニメなキャラ。
 その美少女が、弾ける笑顔でこう言った。
「シャングリラ応援キャラクターの、シャングリラ萌(もえ)でーっす!」
 ご丁寧にも、「シャングリラ萌」とテロップつき。そういう名前のキャラらしい。
 シャングリラ萌と名乗った少女は、声もなかなか可愛らしくて。
「人類の皆さん、はじめまして! シャングリラは怖くないからねーっ!」
 みんなに愛される船なんです、と紹介してゆく、シャングリラ萌。
「この人が、長のソルジャー・シン。イケメンでしょ?」
 そしてこっちがキャプテン・ハーレイ、と続くメインの人物紹介。期待の星のトォニィだとか、ちょっと頑固なゼルおじいちゃん。
「こういう人たちが乗ってまぁーす! 次はあなたの星に行くかも!」
 皆さんに早く会いたいな、と笑顔全開のシャングリラ萌。
(…これはいったい、何事なのだ…!)
 キースの表情は冷静だけれど、顔の下はパニック状態だった。「シャングリラ萌…」と。
 其処へ新たな美少女登場、これまた愛想の良さそうな子で。
「萌ちゃん、案内ありがとう! はじめまして、ギブリ好美(このみ)でぇーっす!」
 ギブリはミュウのシャトルなの、と始まってしまったガイダンス。
 人類の船より機能が遥かに上なのだという、ミュウどもの技術力の宣伝。「よろしくね!」と。


「…何なのだ、これは!?」
 何処からこんなモノが出て来た、と凄すぎる画面を指差したキース。
 どう眺めてもミュウのプロモーションだし、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」なるブツ。
「…今、猛烈な人気だそうです。…シャングリラ萌が」
 ミュウが落とした星はもちろん、まだ人類の勢力下にある星系でも、とスタージョン中尉も困り顔。「大変なことになりました」と。
「ミュウのイメージ戦略なのか!?」
「そのようです。自由アルテメシア放送で、繰り返し流れているとかで…」
 この映像をダウンロードして、違法にアップする輩まで、という報告。
 シャングリラ萌とギブリ好美は、今や絶大な人気を誇るキャラクター。しかも、シャングリラがやって来たなら、手に入るのが応援グッズ。
「…応援グッズ?」
「はい。子供でも買えるステッカーから、値段高めのフィギュアまで…」
 各種取り揃えて来るのだそうです、とスタージョン中尉は直立不動。陥落直後の惑星だったら、期間限定コラボカフェまであるらしい。
「…コラボカフェだと!?」
「限定メニューが売りのようです。入店記念グッズも手に入るとかで…」
 もう物凄い人気ですよ、と聞かされてゾクリと冷えたのが背中。応援グッズも、コラボカフェの方も、どうやらミュウの資金源。
 「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」で人気を勝ち取り、集金しながら地球を目指すミュウ。
 「よろしくね!」と微笑む美少女キャラを作って、人類のハートを鷲掴みで。


 なんということだ、と愕然としたキースだけれども、其処は腐っても機械の申し子。この作戦の穴に直ぐに気付いた。シャングリラ萌とギブリ好美が、如何に人気を誇っても…。
(所詮、男しか…)
 ついて行かない筈だからな、と弾き出した答え。
 美少女キャラでは、女性の心は掴めないもの。幼い子供だったらともかく、人類の行く末を左右するような年の女性は見向きもしない。
(…焦るな、キース…)
 こんな現象は一時的なものだ、と考え、スタージョン中尉にも「無視しておけ」と下した指示。
 萌えキャラごときで失う星なら、最初から期待しないから。
 シャングリラ萌とギブリ好美に貢ぐ輩も、人類の未来を背負わせるには…。
(クズすぎて、どうしようもないからな…)
 我々の世界に馬鹿は要らない、と冷たい笑いで切り捨てた。「ミュウにつく馬鹿は不要だ」と。
 なにしろ世界の半分は女性、まだ充分に巻き返せる。
 シャングリラ萌がやって来ようが、ギブリ好美が地球を目指そうが。


 それきり忘れた「シャングリラ萌」。ギブリ好美の方もセットで、サックリと。
 ところが一ヶ月も経たない間に、駆け込んで来たのがスタージョン中尉。
 「大変であります!」と慌てた様子で、データ入りのケースを引っ掴んで。
「…今度はなんだ?」
 またシャングリラ萌が出たのか、と嫌でも蘇って来た記憶。そういうキャラがいたのだった、と非常に不快な気分だけれども、スタージョン中尉は「違います」とデータを差し出した。
「どうぞ、ご自分の目でお確かめ下さい」
「………???」
 まあいいが、とセットしてみたら、データは動画。身構えつつも再生を始めた途端に…。
「やあ、人類のみんな! ぼくの名前はアルテメシア!」
 アル君と呼んでね、と爽やかなイケメンがニコッと笑った。またも実在しないキャラ。アニメの世界なイケメン青年、もちろん声もイケている。
「こっちが友達のソレイド君で…。ソレイド君、君の目標は?」
「やっぱり、地球(テラ)君に会うことかな!」
 早く遊びに行きたいよね、とソレイド君もイケメンだった。アルテメシアとは違うタイプの。
「だよねえ…。地球(テラ)君、スポーツ万能、頭も凄くいいんだけど…」
「まだ会えないしね、ぼくたちが地球に着かないと…」
 だから人類のみんなも応援してね、というメッセージ。
 「素敵な友達を沢山増やして、地球(テラ)君に会いに行かなくちゃ」と。
 超絶美形な地球(テラ)君の登場、その日を楽しみにしていてね、と。


「こ、これは…。まさか、こっちも大人気なのか…?」
 アルテメシアとソレイド君が、と画面を指したら、スタージョン中尉は頷いた。
「ペセトラ君とか、友達が色々いるんです。しかもこっちは、ゲームも出来ていますから…」
 ミュウどもが星や基地を落とす度に、キャラが一人増えます、という解説。
 新しいイケメンが登場する度、女性たちが熱狂する仕組み。超絶美形な地球(テラ)君は、今の時点ではシルエットだけで…。
「モビー・ディックが地球に着いたら、地球(テラ)君が公開されるそうです」
「で、では…。この連中に萌えな女性たちは…」
 我々がミュウに敗北するのを待っているのか、と言葉にせずとも自明の理。
 「シャングリラ萌」を掲げて快進撃を続けるミュウたち。彼らが地球に着きさえしたなら、凄い美形がゲームにお目見えするのだから。
 ついでに、アルテメシアやソレイド君にも、応援グッズやコラボカフェなどがセットもの。
 人類はせっせとミュウに貢いで、今や敗北を期待している。
 キッパリすっかり負けないことには、「シャングリラ萌」も「ギブリ好美」も来ないから。
 超絶美形な地球(テラ)君だって、未公開のままで放置だから。


(…なんということだ…!)
 いったい誰が仕掛けたのだ、と歯噛みしたってもう遅い。
 「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」は男性のハートをガッツリ掴んで、アルテメシアが擬人化されたアル君たちには、女性が熱狂中だから。
(…男も女も、ミュウに貢いで…)
 シャングリラが来るのを待っているのか、と慌てたけれども、とうに手遅れ。
 それから間もなく、首都惑星ノアは戦わずして落ちてしまった。軍の内部にも広がりまくった、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」萌え。「早く来ないかな」と待たれたミュウたちの船。
(…何がコラボカフェだ…!)
 泣きたい気持ちのキースを放って、スタージョン中尉も駆け込んで行ったコラボカフェ。
 その始末だから、地球もサックリ、ミュウたちのもの。
 キースには何も出来ないままで。あっさりキッチリ、グランド・マザーを壊されて。
 死人の一人も出ないまんまで、のうのうと降りたシャングリラ。地球の空へと。
 SD体制は既に倒れて、マザー・システムも跡形も無い。
 けれど熱狂している人類、「やっと地球(テラ)君が公開された」と。
 シャングリラ萌もギブリ好美も、これからグッズが山ほど発売されるのだから、と…。

 

         シャングリラに萌え・了

※どう転がったら、こんな話になるのやら…。「シャングリラ萌」って、何なのかと!
 仕掛けたのはジョミーか、トォニィなのかも謎であります。案外、外部に丸投げだとか…?






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(とりあえず…)
 失恋したことは確かなんだよ、とジョミーがついた大きな溜息。
 アッと言う間に変わりまくった自分の境遇、気付けばソルジャー候補とやら。
 普通の少年のつもりでいたのに、成人検査で全てがパアに。未来はオシャカになってしまって、ミュウという種族になってしまった。かてて加えて、将来はミュウの長らしい。
(…そっちは問題がデカすぎて…)
 考える気にもなれやしない、とフテ寝しているベッド。ソルジャー候補の衣装のままで。
 サイオンの訓練はシゴキの日々だし、ソルジャー候補としての勉強も大概、疲れる。何もかもを投げてしまいたいキモチ、けれど投げたら終わるのが命。
 このシャングリラから外へ出たって、人類に追われて殺されるだけ。嫌というほど学習したし、運命については諦めの境地。考えても無駄で、嘆いても無駄、と。


 そんな日々だから、ちょっぴり離れてみたい現実。ソルジャー候補ではない、ただのジョミーな自分を探してみたくなる。「ただのジョミー」は元気だろうか、と。
 思考をそっちへ向けた途端に、思い出したのがフィシスのこと。よって零れてしまった溜息。
(美少女なんだと思ってたのに…)
 アタラクシアにいた頃、ソルジャー・ブルーに見せられた夢。
 そうとも知らずに惚れたのがフィシス、「なんて綺麗な人なんだろう」と。ところがどっこい、夢の中でも上手く運ばなかった展開。
(ブルーが出て来て…)
 掻っ攫われたのが夢の世界のフィシスで、やっと本物のフィシスに会えたと思ったら…。
(五十歳も年上なんだよね?)
 これじゃ駄目だ、と嫌でも分かる。
 ブルーには顔で惨敗な上に、実年齢でも激しく負けているのだから。どう考えても、フィシスに似合いのお相手はブルーの方だから。


 なんてこったい、と嘆きたくなる自分の立場。
 ただのジョミーを見付け出したら、「失恋したジョミー」が転がっていた。夢で出会った素敵な美少女、フィシスはブルーのものだったから。
(みんなが認めるミュウの女神で…)
 ブルーにベッタリらしいもんね、と膝を抱えて丸くなりたい気分。ソルジャー候補なジョミーを待つのは訓練の日々で、ただのジョミーは失恋するのがこの船なのか、と。
 シャングリラはキツイ船らしい。ジョミー・マーキス・シンにとっては。
(いいこと、なんにも…)
 ありやしない、と幾つ目だか分からない溜息。
 果たしてこの先、何かいいことがあるのだろうか。船の面子は把握したけれど、フィシスよりも魅力ある女性がいそうな気配はゼロで…。
(ブリッジのルリとかが、大きくなったら…)
 ちょっとは望みがあるのかも、と思ってみたって失恋したら結果は同じ。
 もう本当に泣きたいキモチがMAXだけれど、ふと浮かんだのが「恋占い」という言葉。
 まだ人類の世界にいた頃、けっこう人気があった占い。将来、結婚出来るかとか。


 そういえば、と気付いたフィシスの立ち位置なるもの。未来を占うソーシャラー。
 タロットカードで未来を読めると評判なのだし、恋占いも出来るに違いない。
(…失恋しちゃった相手だけど…)
 五十歳も上の人となったら、アタラクシアで育ててくれた母よりも遥かに「おばあちゃん」。
 そう考えたら、失恋ショックも宥められないことはない。「おばあちゃんだしね?」と。
 その「おばあちゃん」に頼む恋占い。「誰かいい人、見付かりますか?」と。
 自分はソルジャー候補なのだし、フィシスは断らないだろう。遊びみたいな占いだって。
(訊いてみようかな…)
 いつか運命の相手が見付かるのならば、ちょっとは希望もあるというもの。こんな船でも。
 思い立ったが吉日なのだし、訊きに行こう、とガバッと起きた。
 幸い、服は着たままだったし、時間もそれほど遅くない。
 善は急げ、とダッと駆け出した通路。フィシスの私室と言っていいほどの天体の間へ。
 そして…。


「ようこそ、ジョミー」
 私に何か御用ですか、と迎えてくれた麗しのフィシス。
(…この人がブルーの…)
 恋人なんだ、と胸に蘇ったのが失恋ショックで、こみ上げてくる情けなさ。顔でも年でも負けているよねと、ブルーは何でも持ってるんだ、と。
 フィシスという美人な恋人はもとより、ソルジャーの地位も、強いサイオンも。カリスマすぎる超絶美形な姿形も何もかも…、と思ったら涙が溢れそう。
 「どうせぼくなんか」と、「思いっ切り失恋したんだっけ」と。
 そうしたら、首を傾げたフィシス。「どうしたのです?」と心配そうに。
「…私に御用だったのでしょう? でも…」
 あなたは勘違いをしていますよ、とフィシスの手がめくった一枚のカード。白いテーブルの上に置かれたタロットカードは、見たって意味がサッパリだけれど。
「…えっと…。そのカードって何ですか?」
「さあ? でも、ジョミー…。真実は此処にあるのです。少なくとも私は…」
 ソルジャーの恋人ではありませんわ、とフィシスが言うから驚いた。嘘だろう、と。
「ちょっと、それって…!」
 有り得ない、と叫んだけれども、フィシスは優しく教えてくれた。「本当ですよ」と、柔らかな声で。「失恋だなんて、勘違いですわ」と鈴を転がすように笑って。


(…失恋したわけじゃなかったんだ…)
 ソルジャー・ブルーの恋人だとばかり思っていたのに、違ったフィシス。
 あまりにビックリしたものだから、恋占いを頼むのも忘れて部屋に戻って来たけれど。この船は本当に奥が深い、と考えたりもしていたのだけれど…。
(…えーっと…?)
 フィシスの言葉を思い返したら、心に引っ掛かったこと。恋敵だと思ったソルジャー・ブルー、彼が問題。どうやら自分は失恋していなかったし、恋敵ではないのだと思ったけれど。
(…フィシスはブルーの恋人じゃなくて、ブルーは船のみんなを愛してるって…)
 そう言ったよね、と忘れてはいないフィシスの言葉。この耳で確かにそう聞いた。
 フィシスに限らず、船のみんなをブルーが愛しているのなら…。
(…もしかしなくても、みんなブルーの恋人だとか?)
 恋人ではないなら愛人だろうか、フィシスともやたら親密そうに見えたから。恋人なんだと思い込んだ末に、勝手に失恋したほどだから。
(そうなのかも…?)
 この船のみんながブルーの愛人、と見開いた瞳。子供はともかく、大人は一人残らず、と。
 けれど男性も多いわけだし、男同士のカップルなんかは有り得ないし…、と考えたものの、頭の中から消えない疑惑。「もしかしたら」と。
 だから部屋にもあった端末、それを使ってデータベースにアクセスしてみて…。


(……嘘……)
 男同士もアリだったんだ、と愕然とさせられた恋の実態。学校では教わらなかったこと。
 もうちょっと詳しく、と調べようとしたら、「これ以上は駄目」と出たエラーメッセージ。
 曰く、「十八歳になってから、また来てね」とでもいった所だろうか、その内容は。
(…うーん……)
 よく分からない、と思うけれども、男同士でも恋は出来るというのが真実。ならば、フィシスが言っていた通り、ソルジャー・ブルーは船の仲間の全員を…。
(…男も女も、分け隔てなく…)
 愛人にしているわけですかい! と唖然呆然、けれどもピンと来ないでもない。
(アタラクシアに帰せ、って言ったら、何処かからリオが出て来たし…)
 あんな具合で、青の間には常に誰かが侍っているのだろう。愛する人の世話をするために。
 ソルジャー・ブルーが何か言ったら、「はいっ!」とお相手、あらゆることで。
(一緒に食事とか、お喋りだとか…)
 きっとそういう世界なんだ、とジョミーが派手にやらかしてしまった勘違い。
 それに加えて、「十八歳になってから、また来てね」というエラーメッセージも気になる年頃。
 なんとか突破できないものか、とソルジャー候補のストレス解消とばかりに挑み続けて…。


 ある日、開けてしまった道。エラーメッセージの向こうにあった大人な世界。
(……なんだか、色々……)
 どんなカップルも恋もあるよね、とジョミーは納得してしまった。
 世の中、男女の恋だけではなくて、男同士にも色々あると。上とか下とか、表現、様々。それに老け専とか、好みの方も山ほどらしい、と。
(…全部こなすのがブルーなんだ…)
 相手が女でも男でも…、とビビるしかないブルーの素顔。シャングリラの誰もがブルーの愛人。
 そうなってくると、組み合わせの方も星の数ほどあるわけで…。
(…リオが相手だと、ブルーは受けになるのかな…?)
 それとも偉そうにしていたのだから、攻めなのだろうか。いやいや、ブルーが偉そうでも…。
(……女王様っていうのも、あるみたいだし……)
 決めてかかっちゃいけないよね、とフィシスのことで学んでいたから、思慮深く。思い込みでは語っちゃ駄目だ、と。
(…ゼルやヒルマンだと、どうなるんだろう?)
 老け専なのは分かるんだけど、と若きジョミーの悩みは尽きない。
 フィシスばかりか、船の仲間の全てを愛しているのがソルジャー・ブルー。
 この船は奥が深すぎるよねと、ブルーの全てを理解するには何年かかることだろう、と。


(…そのスキル、まさかソルジャーには必須とかじゃないよね…?)
 ぼくにはとても真似出来ないよ、とブルッているのがソルジャー候補。
 船を守るだけで許して欲しいと、皆を愛するのは絶対無理、と。
 受けでも攻めでも男は勘弁、女の子の方に限定したい、と。
(…それって、ソルジャー失格かな…?)
 だったらホントにヤバイんだけど、と勘違いしたままで過ごしたジョミーは、後に宇宙へ逃れた船でヒッキーの道を突き進む。
 いきなりブルーが眠ってしまって、ソルジャーにされてしまったから。
 船の仲間を分け隔てなく愛する立場にされたから。
(……五十歳上でも、フィシスだったら……)
 歓迎だけれど、いくら若くてもキムやハロルドは困る。ゼルやヒルマンなどもう論外だし、船を纏めるキャプテンだって。
(…ブリッジに行ったら、絶対、言われる……)
 どうして仲間を愛せないのか、と突っ込まれるに決まっているから、ヒッキーの道。
 引きこもっていれば、受けだの攻めだの、悩まなくてもいいのだから。
 誰かのベッドに引っ張り込まれて、それは恐ろしい目に遭わされなくても済むのだから…。

 

         少年の悩み・了

※ジョミーはフィシスを「美少女」なんだと思ってたよね、と考えたらこうなったオチ。
 五十歳も上の「おばあちゃん」でも、ゼルとかヒルマンよりは「若い女性」な分だけマシ。






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(…本当に楽しそうに撃ってくるな…)
 この馬鹿野郎、とブルーが睨んだキース。根性で張ったシールドの中で、メギドの制御室で。
 「反撃してみせろ!」などと、喋りまくりで撃ってくるのが地球の男で、もう本当に腹立たしい限り。こんな男が「地球の男」で、憧れの地球に行けるなど。地球に手の届く場所にいるなど。
(…こっちは地球も見られないんだ…!)
 此処で命が終わるのだから、とムカつくけれども、どうにもならない。元々、尽きていた寿命。それの残りでメギドを沈める、そういう運命。
(だが、それだけでは終わらない…!)
 地球の男も巻き込んでやる、と怒りMAX。勝ち逃げだけはさせるものか、と。
 そう計画しているというのに、「此処は危険です!」と飛び込んで来たのがキースの部下。
(逃がすか…!)
 貴様の命も此処で終わりだ、と思いっ切りバーストさせたサイオン。
 キースが言い放った台詞をそのまま、心で返して。「これで終わりだ!」と。噴き上げるように広がるサイオン、青い光の壁がキースを巻き込む。部下が駆け寄るより、一瞬早く。
(終わった…!)
 これでキースの命も終わり、と大満足で浮かべた笑み。
 右の瞳まで撃たれたけれども、悔いなどは無い。地球の男は仕留めたのだし、これでいい。
(ジョミー…。みんなを頼む…!)
 どうか地球まで行ってくれ、と暗転した視界。其処で命が終わったから。


 次に目を開けたら天国か地獄、どっちだろうか、とチラと思いはしたけれど。
 ミュウに生まれて散々な目に遭わされたのだし、選べるのならば天国の方、と考えたのが、多分最後の思考だけれど。
(…天国…なのか…?)
 それにしては騒々しいような、と繁華街らしき場所の路上で目が覚めた。真っ昼間に。
 ついでに自分を囲む人垣、ワイワイと声が聞こえてくる。補聴器なしでも実にうるさく、まるで天国らしくない。妙な天国もあったものだ、とパチクリと目を瞬かせて…。
(…ああ、天国…)
 右目が潰れていないのだったら、もう間違いなく天国の筈。やたらうるさくても、繁華街でも。自分の周りを取り巻く連中、それが野次馬にしか見えなくても。
 ぼんやりとそう考えていたら、「大丈夫ですか!?」と駆け寄って来た救急隊員。
(…見慣れない服だが…)
 これは救急隊員だよな、と眺める間に脈を取られた。他の隊員が身体をチェックし、無線で何か連絡している。「弾は掠っただけのようです」と。
(掠っただけ…?)
 ガッツリ当たった筈なんだが、と思っていたら強く縛られた腕。念のために止血するらしい。
 はて、と傾げてしまった首。右肩だったら撃たれたけれども、右腕は撃たれただろうか、と。
 それに天国に来て、救急隊員の出番があるとは知らなかった、とも思ったけれど。
「とにかく、病院に搬送しますから」
 災難でしたね、と担架に乗せられ、運び込まれた救急車。どう考えても何かが変で、天国らしくない展開。野次馬も、それに救急車も…、と見慣れぬ車で運ばれて行って…。


「…暴力団?」
 それはどういう、と丸くなった目。病院に着いて、手当ての後で。
 ベッドに寝かされているのだけれども、本格的におかしい世界。ソルジャーの服が見当たらないのは、天国なのだし頷ける。もうソルジャーではないわけだから。
(…しかし、この服は…)
 いったい何処から湧いたんだ、と思いたくなる「普通すぎる」服。シンプルなシャツやズボンは何処から来たのか、ベッドの脇に置かれたジャケットだって。
 ただでも不思議でたまらないのに、医師が口にした言葉が「暴力団」。まるで知らない、初耳な言葉。暴力団とは何のことだろう…?
「さっきの流れ弾ですよ。小競り合いがあったようでしてね…」
 最近、組が分裂しまして、と男性医師が教えてくれた。
 自分が撃たれて、倒れた辺りの繁華街。…其処の裏社会を仕切っている組、「組」という言葉が「暴力団」を指すらしい。
 要はその組が二つに分かれて、只今、派手に抗争中。たまたま通り掛かった所で、対立する組の幹部を狙って発砲した弾が…。
(…ぼくに当たったと?)
 なんだか色々ややこしいんだな、と思った天国。
 暴力団だの、銃を使っての抗争だのと、次元は多少違うけれども、生きていた頃と変わらない。人類とミュウで争っているか、天国の住人同士で揉めているかの違いだけだ、と考えたのに…。


 暫く経ったら、気付いた現実。此処は天国ではないらしい、と。
(…地球の、日本…)
 それもSD体制が始まるよりも遥かに前だ、と眺めた病院のカレンダー。とりあえず退院、そう決まったから出てゆく前に。
(そして、キースは留置場なんだな)
 事情を訊きに来た警察官の言葉からして、捕まったのがキース・アニアン。あの地球の男。
 暴力団の下っ端だという設定で。…組の幹部を狙って発砲、それが外れて民間人を撃ったという罪状で。
(…気の毒なことだ…)
 キースには後が無いらしい。暴力団の世界の掟は絶対、カタギを巻き込むのは許されない。
 民間人という役どころの自分、それを撃ったというだけで組の面汚し。出所した後には、追手がかかる。組長が放つ鶴の一声、「始末しておけ」と。
 カタギを撃つような馬鹿をしでかし、警察が組に踏み込んで来たわけだから。
 そんな輩は死ぬのが似合いで、山に埋められるか、何処かの港に沈められるか。二つに一つで、山か海かを選べたならば、もう上等。
(…ぼくが許しても、組長が許さないんだな…)
 キースの腕でも逃げられまいな、と簡単に分かる。逮捕されたら、もう銃は無い。出所する時も返して貰えず、何処かの街角でパアン! と撃たれて、それっきり。
 いくらキースがメンバーズでも、別の世界に飛ばされた上に、殺しのプロに追われたのでは…。
(丸腰では、死ぬしかないわけだから…)
 消されて山に埋められるのか、港に沈められるのか。気の毒だけれど、それも運命だろう。


 そう思って病院を後にしたブルー。「地球の男は、消されるのだな」と。
 けれど、キースが暴力団員になっていたのと同じに、ブルーにもあった此処での設定。日本なる国で、其処の何処かのローカル都市で。
 初老の夫妻が営む花屋の店員、それがブルーの今の生業。一度は死んでしまったせいか、身体は至って健康なもの。…虚弱な所は変わらなくても、耳は普通に聞こえるから。
 毎日せっせと花を世話して、フラワーアレンジメントも作る。馴染みのお婆ちゃんたちが買いにやって来る、仏壇に供える花だって。
「すみません、今日はまだ出来てなくて…!」
 今、作りますね、と今日も束ねる仏花。シルバーカーを押した馴染みの婆ちゃん、その家にある花筒にピッタリ合うように。婆ちゃんの好みの花を取り合わせて。
「悪いねえ、忙しいのにさ…。でも、今日は爺ちゃんの月命日だから」
 新しい花にしてあげたいんだよ、とニコニコしている婆ちゃんを見ていて思ったこと。
(…キースが組の連中に始末されたなら…)
 いったい誰が花を供えてくれるだろう?
 自分と同じで、誰も身寄りが無いキース。自分の場合は、子供のいない店主夫妻の養子にという話もある。目の前の婆ちゃんも、孫がいないから養子に来ないかと言うけれど…。
(…キースは刑務所を出たら終わりで…)
 撃ち殺されて、山に埋められるか、港に沈められるかの二択。死んだことさえ、誰も知らない。いつか死体が発見されても、警察官が其処に花でも置いてくれたら御の字で…。
(…仏壇も無ければ、仏花だって…)
 誰も供えはしないのだろう。身寄りが無い上、ただの暴力団員だから。


 一度気が付いたら、仏花を束ねる度に、キースが頭に浮かぶようになった。仏花など、供えては貰えないキース。出所した後は、殺されるしか道が無いというのに。
(…ぼくが巻き添えにしたばっかりに…)
 この平和な地球でそういう最期を…、と思うと気の毒でならないキース。
 元いたSD体制の世界、あそこで死ぬか生きるかだったら、まるで歯牙にもかけないけれど。
 キースが何処で野垂れ死のうと、知ったことではないのだけれども、この世界では…。
(……奴を見殺しにするというのは……)
 ちょっとキツイな、と思ってしまう。誰もがノホホンと生きている日本、殺人事件はあまり縁が無い。毎日のように起こるけれども、大抵の人の目から見たなら…。
(…自分とは遠い世界のことで…)
 せいぜい野次馬、それが殺人。…いずれキースは殺されるのに。もう確実に消されるのに。
 それはあまりに惨いのでは、と今日も束ねる仏花。いつかキースが消された時には、仏花くらい供えてやってもいいけれど…。
(死体が発見されない限りは…)
 知りようもないのがキースの死。何処かの山奥に埋められていても、冷たい海に沈んでいても。
 死んだことさえ知りもしないで、きっと自分はのんびりと…。
(こうやって花を束ねているんだ…)
 仏花を作って、馴染みの婆ちゃんたちの来店を待つ。そうでなければ、フラワーアレンジメント作りに精を出すとか、店の花たちの世話だとか。
 キースはとうに消されてしまって、山奥に埋まっているというのに。あるいは重石をつけられて海に放り込まれて、仏花さえ供えて貰えないのに。


 気の毒すぎる、と考える日が幾つも続いて、ある時、ついに決意した。
 いつかキースが出所したなら、自分が身元引受人になればいい、と。そして一緒に花屋で働く。元は暴力団員にしても、足を洗ってカタギになったら消されないとも聞いたから。
(…キースはカタギだ、と組が認めてくれるまでは…)
 自分が一緒に行動したなら、組の者でもキースを消せない。流れ弾で自分を巻き添えにしたら、待っているのは非情の掟。うっかりカタギに手出ししたなら、キースと同じに後が無いから。
(よし、その線で…)
 行こう、と決めた自分の生き方。キースを見殺しにしてしまったら、自分も最低な男になる。
 ミュウを残酷に殺し続けた人類とまるで変わりはしないし、それでは駄目だ、と。
 だから見舞いに作った小さなフラワーアレンジメント。この程度だったら刑務所でも、と。
 それを手にして出掛けた刑務所、「面会だ」と言われて出て来たキースは驚いたけれど。
「…お前が私を助けるだと…?」
 私はお前を撃ったんだが、とキースは言ったけれども、「流れ弾だろう?」と微笑んだ。
 元の世界でのことはどうあれ、此処では流れ弾だから。右腕を掠っただけなのだから。
「…待っているから、真面目に勤めて出て来て欲しい。また面会に来るよ」
 何か差し入れの希望はあるかい、と訊いたら、キースは男泣きに泣いた。「感謝する」と。
「此処を出たら最期だと思っていたが…。そうか、助けてくれるのか…」
「仕方ないだろう、こういう世界だ。元の世界なら、見殺しにするのが妥当だけれど」
 君は危険な男だしね、と笑みを浮かべた。「ミュウにとっては危険すぎる」と。
 けれど、此処ではメンバーズですらもない男。とても見殺しには出来ないよ、とも。


 そうやって何度も面会を重ね、差し入れをしたり、話したり。
 キースの出所が決まった時には、花屋の夫妻にきちんと話して、もう色々と根回しもした。二人一緒に暮らせるアパートを借りたり、キースの部屋を整えたりと。
 ついに出所の日がやって来て、刑務官が見送りに出て来てくれて…。
「いいか、二度と戻って来るんじゃないぞ」
「お世話になりました…!」
 キースが深々と頭を下げた途端に、スウッと後ろを通り過ぎた車。明らかに組の者だけれども。
「…大丈夫。ぼくの隣を離れないで」
 行くよ、と二人で歩き出した時、眩しい光に包まれた。いったい何が、と息を飲んだら…。
「よく頑張った。…ミュウの長よ。…それに人類を導く者よ」
 私は神だ、と轟くような声。
 全て見ていたと、お前たちになら世界の未来を託せると。
「「神だって…!?」」
 眩しすぎて何も見えないけれども、神は確かに其処に居た。「良き未来を」と。
「ミュウを、人類を導くがいい。世界は私の手の内にある」
 今の心を忘れるな、という声が消えたら、ブルーの目の前にシャングリラ。もう戻れないと後にした船、それが宇宙に浮かんでいた。


(…ぼくは帰って来られたんだ…)
 この先はキースと手を取り合って行くんだな、とブルーが戻って行った船。
 シャングリラの皆が驚く間に、キースからの通信が入って来た。それも国家主席の肩書きで。
(…どうなってるんだ?)
 あの若さでもう国家主席とは、と思うけれども、神の仕業に違いない。それに、キースが送って寄越したメッセージは…。
「グランド・マザーを停止させたそうです!」
 SD体制が終わりましたよ、と上がった歓声。キースにも神が力を貸したのだろう。
 メッセージは「地球に来てくれ」とも告げているものだから…。
「ジョミー、直ぐに行くと返信したまえ。…キースは嘘をついてはいない」
 話せば長いことになるけれどね…、と若き後継者の肩を叩いた。「地球へ行こう」と。
 ついに開けた地球までの道。
 此処からは長距離ワープになるから、その間にジョミーに話してやろう。
 暴力団のことも、キースが刑務所に入っていたことも。
 自分が花屋で暮らしたことも、店の馴染みの婆ちゃんたちに作った幾つもの仏花のことも…。

 

         花屋と暴力団員・了

※ブルーとキースの現代珍道中を書いてみたいな、と思ったことは確かですけど…。
 どう間違えたら、こんな話になるんだか。しかも完全パラレルでもなし、これって何?

 「地球へ…」の小箱と「ネタでもハッピー」、pixiv で危機に瀕した二つのシリーズ。
 残留か離脱か、混乱の中で、残留票を投じて下さった皆様に捧ぐ。返品オッケー。





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