(この若造が…!)
よくも調子に乗りやがって、とソルジャー・ブルーが睨んだキース。
こうしてメギドまで来たのだけれども、よりにもよって拳銃などで撃たれるとは、と。
最初から死は覚悟していても、想定外とも言える展開。
(…メギドもろとも散るというのと、こいつの獲物になるのとでは…)
雲泥の差というヤツで、と歯軋りしたって、とうに手遅れ。弾を一発食らった時点で。
なにしろ元が虚弱な肉体、おまけに尽きかけていた寿命。
メギドでも散々使った体力、其処へダメージを受けてしまったら、不可能なのが反撃なるもの。もう少しばかり元気だったら、キースの頭を吹っ飛ばせるのに。心臓だって止められるのに。
(……だが、しかし……)
ただで殺されてたまるものか、とシールドを張りつつフル回転させている頭脳。
なんとかして一矢報いてやると、野蛮な男に天誅なのだ、と。
そうしたら…。
「反撃してみせろ! 亀のように蹲っているだけでは、メギドは止められんぞ!」
撃ちながら挑発したのがキースで、その瞬間に閃いたこと。「それだ!」とピンと頭の中に。
このブルー様を「亀」呼ばわりとは、なんとも無礼な男だけれど…。
(なるほど、亀か…)
ちょっと捻れば楽しいことに、と唇に浮かべた不敵な笑み。
キースは気付いていないけれども、「テメエ、一生、後悔しやがれ」と。
ソルジャー・ブルーを舐めるんじゃねえと、命と引き換えに呪ってやろう、と。
そんなこととも知らないキースが、ぶっ放した銃。
「これで終わりだ!」と格好をつけて。
その弾で右目を砕かれたけれど、思い切り礼はしてやった。サイオンを床に叩き付けて。
(ジョミー…。みんなを頼む!)
後は任せた、と果たした復讐。キースはキッチリ呪ったからして、後は野となれ山となれ。
自分の命は此処で終わるし、どうなろうと知ったことではない。
キースが一生、ドえらい呪いにやられたままでも、何処かで呪いが解けるにしても。
(呪いを解くには…)
ミュウを認めるしか方法は無い、と会心の出来の最後の呪い。
(亀の呪いというヤツが…)
あったからな、と無駄に多かったブルーの知識。「亀の足は昔からのろい」という駄洒落。
そいつを何処で仕入れて来たやら、もう覚えてはいなかったけれど。
どうせ死ぬから、後はどうでもいいのだけれど。
(一生、後悔するがいい…!)
これがソルジャー・ブルーの呪いだ、と高笑いしながらブルーは逝った。
目的通りにメギドを沈めて、キースにガッツリ呪いをかけて。
そのキースはと言えば、部下のマツカの瞬間移動で辛うじて逃げ延びていたのだけれど…。
「マツカ!」
エンデュミオンの通路にくずおれたマツカ、医務室に運ぶべきだろう、と判断したキース。
とはいえ今は急ぐからして、通りすがりの者を呼び止めた。
「おい、貴様!」
「はっ、何でしょうか!?」
緊張した顔のヒラに向かって、「こいつを医務室へ運んでおけ」と命じたつもりが…。
「こいつを医務室へ運んでケロ!」
「…ケロ?」
ポカンとしたのが目の前のヒラ。「運んでケロ」とは空耳だろうか?
「さっさとするケロ!」
「はっ!」
なんだか変な言葉だよな、と思いながらもヒラは仕事を引き受けた。「ケロって、なんだ?」と頭がグルグルしながらも。
一方、キースはまるで気付いていなかった。自分が「ケロケロ」言っていることに。
聞く人が聞いたら「カエル語ですか?」と訊き返しそうな言葉であることに。
…そう、カエル語。
それがソルジャー・ブルーの呪いで、一時期、シャングリラで流行った言葉。
カエルは幸運のシンボルだとかで、大増殖したカエル好き。いわゆるカエラー。
その連中が使っていたのが、カエル語だった。何かと言ったら「ケロケロ」とカエル。
キースが「亀」と言った瞬間、ブルーが思い出したのがソレ。
そして思った、「こいつをカエルにしてやろう」と。
ミュウと人類が和解するまでは、ケロケロ喋っているがいい、と。
拳銃をバンバンぶっ放していたキースの心は、いい感じに隙が出来ていたから。
勝ったつもりで威張り返って、心理防壁に生じた綻び。
物理的には反撃不可能、けれども心の方は別物。
だから「これで終わりだ!」とMAXになった綻び、其処へ向かってブチ込んだ呪い。暗示とも言えるかもしれない。
「貴様は今日からカエルなのだ」と、「カエル語で喋り続けるがいい」と。
呪いはジョミーに解いて貰えと、和解出来たら解ける筈だ、と。
ソルジャー・ブルーの怖すぎる呪い、呪われているとも思わないキース。
ゆえにマツカをヒラに任せて、向かったブリッジ。この後の指揮を執らねば、と。
「アニアン少佐! よく御無事で!」
出迎えたのが補佐官のセルジュ、早速下した残党狩りの命令。
「グレイブの艦隊は、残存ミュウの掃討に当たらせケロ」
一人も生かすなケロ、とやったものだから、一瞬にして凍った空気。「何なんだ?」と。
けれども、やっぱり気付かないキース。
自分がカエル語になっていることに。ケロケロ喋っていることに。
(自らの命を犠牲にしてメギドを止めたのか…。ソルジャー・ブルー…!)
敵ながら天晴れ、と思うキースの脳内言語はカエル語に非ず。
其処が呪いの怖い所で、自覚ナッシングに出来ていた。
周りの輩が「カエル語なのか?」と目を剥いたって、キース自身には分からない。音声データを突き付けられて、「カエル語ですよ?」と指摘されない限りは。
でないと、自分の鉄の意志でもって直すから。
意地でもカエル語を話すものかと、根性で修正可能だから。
かくしてキースはカエル語の男になってしまった。
自分で自分の動画などを見て、「ゲッ!」となっても、自覚ナッシングだけに直せない。決してカエル語を喋るものか、と思っていたって、頭の中身と噛み合わないから。
「マツカ、コーヒーを頼むケロ」くらいは可愛らしいもの。ほんの御愛嬌、毎度の台詞。
いつでもケロケロ、どんな時でも。
暗殺騒ぎに遭ったノアの宙港、其処で格好をつけた時にも。
「諸君、私は健在だケロ!」と。
カエル語になった時期が時期だけに、囁かれるのがソルジャー・ブルーの呪い。
もう間違いなくソレだ、と誰もが考えるけれど、呪いは全く解けなかった。
これで解ける筈、と皆が思った方法でも。「カエルにはコレだ」と挑んだヤツでも。
曰く、「カエルの王子様」。
お姫様のキスでカエルが王子に戻るからして、きっとこれなら、とキースにキスした面々。
我こそはと思う部下はもとより、出世目当ての下っ端まで。
マツカやセルジュやパスカルはもちろん、軍の施設で働く者も端から揃って。
それでも直らないのがカエル語、キースはケロケロ喋り続けて…。
「いいだろう。グランド・マザーに会わせてやるケロ」
ジョミーと地球で会った時にも、安定のカエル語な喋り。グランド・マザーの所へ降下してゆくエレベーターでも、変わらずに。
「サムが死んだケロ」と。
グランド・マザーの前でジョミーとチャンチャンバラバラ、それでもカエル語な男。
「ミュウが生き残るためには、人類を殲滅するしかないケロ!」と。
スウェナに託したメッセージの方でも、やっぱりケロケロ。
「諸君。今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたいケロ」と。
ジョミーがグランド・マザーの触手に掴み上げられ、首をギリギリ締められたって同じこと。
「何故、ミュウの力を使わないケロ!」と怒鳴る有様、それがカエルになる呪い。
けれど、ソルジャー・ブルーの呪いが解ける条件、それは整いつつあるものだから…。
「命令を実行せよ、キース・アニアン。命令を」
グランド・マザーがそう命じた時、キースがバッと向けた銃。
「うるさい! もう私の心に触れるな!」
発砲したキースの言葉は、もうカエル語ではなくなっていた。
「私は自分のしたいようにする」と。「したいようにするケロ」ではなくて。
かくして、キースは最後の最後にカエルの呪いから解き放たれた。
だから…。
「セルジュ、聞こえるか」
地の底からセルジュに送った通信、それは「聞こえるケロ?」ではなかった。
まさか、と驚いたのがセルジュで、キースの言葉は普通に続いた。
「ミュウと共に地球を守れ」と、「よく今日まで、私について来てくれた」と。
「アニアン閣下!」
例の呪いが解けたんだ、と目を瞠ったセルジュ。
それでは、キースにかかったカエルな呪いを解いたのは…。
(…ジョミー・マーキス・シン…!)
あいつのキスが閣下の呪いを解いたんだ、と握り締めた拳、俯いた顔。「なんてことだ」と。
この騒ぎの中、アニアン閣下はミュウの長と、と。
死にそうな声をしていたけれども、ミュウの長とデキてしまってキスもしたんだ、と。
(……我々では解けなかった呪いを、ミュウの長が……!)
悔しいけれども、それが現実。
キースの真実の愛の相手は、ミュウの長のジョミー・マーキス・シン。
そういうことか、と唇を噛んで、セルジュは皆に命令した。
「総員、直ちにワルキューレで出撃! 攻撃目標、軌道上のメギドシステム!」と。
他の者たちが何と言おうと、これがカエルから立派な国家主席に戻ったキースの意志だから。
ミュウの長とデキてしまった人でも、今までついて来た人だから。
こうしてセルジュたちは地球を守って、間違った伝説が後に残った。
「カエルになっていた国家主席は、ミュウの長のキスで元に戻ったそうだ」と。
二人の間に真実の愛が生まれたらしいと、ミュウと人類が手を取り合う時代が来たのだと。
ソルジャー・ブルーがかけた呪いは、解けたから。
国家主席とミュウの長とは、最後に恋に落ちたのだから…。
カエルの王子様・了
※なんだってこんな話が出来たか、自分でも謎。「亀の呪い」と思っただけなのに。
とはいえ、「ケロケロ喋る」キースも悪くないかと…。ナスカから後はずっとカエル語。