(…こんな死に方は御免蒙りたいね)
とんでもないや、とシロエが眺めた教科書。
宇宙空間に浮かぶE-1077ならではの教育内容、船外活動。
真空の宇宙空間で行う様々な演習、それに訓練。
チームメイトのミスでも充分、起こり得る事故死。
自分のミスのせいではなくて。
一緒にチームを組んだ人間、そいつのミスで。
(足を引っ張られるくらいなら…)
マシだけどね、と思う無能な同級生たち。
「リーダーは俺だ」と威張る者やら、その取り巻きやら。
彼らの中の誰かが犯してしまったミス。それで失われる自分の命。
とても堪ったものではないから、これからも好きにやらせて貰おう。
あんな輩のミスで殺されては堪らないから。
そうなるよりかは、まだ自分で…。
(首でも括った方がマシだよ)
でなければ、毒を呷るとか。
保安部隊の銃を奪って、それで頭を撃ち抜くだとか。
そういう死ならば、自分のせい。
自分の意志で選ぶ死だから、どう死んだってかまわない。
チームメイトに殺されるよりは、その方がずっとマシというもの。
この部屋の中で、首を括ってぶら下がっても。
床に血反吐を吐いて死んでも、脳漿を派手に撒き散らしても。
遥かにマシだ、と考えた自殺。
チームメイトのミスで死ぬより、よほどマシだし、納得して死ねる。
自分で選んだ運命なのだし、どう死のうとも。
死体と化してしまった自分を、他の者たちが眺めようとも。
まるで何かのイベントのように、騒ぎ、楽しむ野次馬たちが来てもかまわない。
チームメイトのミスなどのせいで、同じ結果になるよりは。
「シロエが死んだ」と騒ぎになって、死体を囲まれるよりは。
ずっとマシだ、と心で繰り返したら、ふと掠めた思い。
「死ぬ」ということ。
今まで思いもしなかったけれど、そういう道もあったのか、と。
人間は生きてゆくだけではなくて、死んでゆくことも、その宿命。
いつか、何処からか「死」は訪れるし、選び取りさえ出来るものが「死」。
選ぼうとは思わないけれど。
何が何でも生き抜かなければ、地球には辿り着けないけれど。
(…死んでしまったら、国家主席にもなれないから…)
もう取り戻せない、失った記憶。
だから死ねない、いつか機械に命じるまでは。
「ぼくの記憶を、ぼくに返せ」と。
そして「止まれ」と、グランド・マザーを停止させるまでは。
自殺なんかはするもんか、と握った拳。
死んでたまるかと、「チームメイトに殺されるよりはマシなだけ」と。
自ら選ぶ「死」というものは。
他の誰かに殺されるよりは、自分の意志で死にたいだけ。
同じ「死」でも、遥かに価値があるから。
自分で選んだ道がそれなら、押し付けられるよりも心地良いから。
死体になることは変わらなくても。
其処で命が尽きることには、何の違いも無かったとしても。
(…誰かの間抜けな、ミスで殺されるよりかはね…)
それくらいならば自分で死ぬよ、と思ったけれど。
ずっとマシだと考えたけれど、こうして「生きている」自分。
成人検査で子供時代の記憶を奪われ、その復讐のためにだけ。
いつか記憶を取り戻そうと、がむしゃらに努力し続けるけれど。
トップエリートに昇り詰めようと、メンバーズに、それに国家主席に、と思うけれども…。
(……それよりも前に……)
今よりも前に「死んで」いたなら、どうだったろう?
機械に記憶を奪われる前に。
E-1077に連れて来られるよりも前に、エネルゲイアにいた頃に。
そういう道もあったんだ、と今頃、思い知らされたこと。
養父母が大切に育てていたって、死んでしまう子供はゼロではない。
病死とか、事故死。
そちらの道を進んでいたなら、自分は此処にはいないのだけれど。
セキ・レイ・シロエはとうの昔に、死んでしまっている筈だけれど…。
(…そうなっていたら…)
失くさなかった、と気付いた子供時代の記憶。
目覚めの日よりも前に死んだら、両親も故郷も、しっかりと胸に抱えたまま。
何一つ欠けてしまいはしないで、そのまま空へ飛べたのだろう。
(…子供は、死んだら…)
天使になると何処かで聞いた。
それが何処かは覚えていないし、誰に聞いたのかも覚えていない。
父だったのか、それとも母か。あるいは何かの本で読んだか。
(ぼくが子供のままで死んだら…)
両親は嘆き悲しむけれども、自分は幸せだったろう。
ネバーランドへ旅立つ代わりに、背中に白い翼を貰って。
「見て、飛べるよ!」と、はしゃぎ回って。
ピーターパンにだって会いに行けると、きっと無邪気に喜んだだろう。
両親の側を飛び回って。
「ぼくはこんなに幸せなんだし、泣かないで」と。
ネバーランドまで飛んで行けるよと、「ぼくは天使になれたんだよ」と。
考えたことも無かったこと。
幸せだった子供時代に、そのままで時を止めること。
心臓の鼓動が止まってしまえば、「セキ・レイ・シロエ」は子供でいられた。
大好きな両親を覚えたままで。
故郷の風も光も空気も、何一つ忘れてしまいはせずに。
大切な思い出を全て抱えて、舞い上がれた空。
真っ白な天使の翼を広げて、永遠へと。
子供が子供でいられる国へと、ネバーランドのそのまた向こうの天国へと。
天使だったら、この上もなく自由だったろう。
何処へ飛ぶのも、何処へゆくのも。
きっと地球へも飛んでゆけたろう、天使の翼だったなら。
白い翼を貰っていたなら、今頃は自由だった筈。
大好きな両親の側を飛ぶのも、故郷の空を飛び回るのも。
雲の隙間から地上を覗いて、「オモチャみたい」と町や車を眺めるのも。
(…天使の梯子…)
そう呼ぶのだと聞いた、雲間から地上に射す光。
天使が其処を通る梯子だと、天国と地上を行き来するためにあるのだと。
あれを昇って雲の上へ行って、滑り台みたいに滑って下へ。
両親に会いたくなった時には、天使の梯子で下りてゆく。
ネバーランドに行きたくなったら、天使の梯子を昇って空へ。
真っ白な天使の翼で羽ばたき、ピーターパンと一緒に飛んでゆく国。
遊び疲れて眠る時には、フカフカだろう雲のベッドに転がって。
(……死んじゃってたら……)
両親を好きなままでいられた。
もちろん今も大好きだけれど、もう覚えてはいない顔。
思い出せないから、何処で出会っても分からない。
けれど、天使になっていたなら、両親の顔はぼやけなかった。
故郷も家も覚えていられた、忘れたりせずに。
幸せな子供のままでいられた、背中に白い翼の子供。
「パパ、ママ!」と側を飛び回って。
「シロエがいない」と嘆き悲しむ両親、大好きな二人に呼び掛けられた。
自分の声は届かなくても。
両親は泣いたままだとしたって、きっと自分は今より幸せ。
何一つ失くさなかったから。
命と身体は失くしたけれども、記憶は持っていられたから。
(……こんな所で、誰かのミスで……)
命を落としてしまうよりかは、幸せすぎる自分の最期。
ピーターパンの本で憧れた永遠の子供、自分はそれになれるのだから。
真っ白な天使の翼を広げて、いつまでも子供なのだから。
どうしてそちらへ行けなかったろう、この道へ来てしまったろう。
もしも自分で選べたのなら、あそこで時を止めたのに。
両親に手を握って貰って、「さよなら」と告げて。
涙を流すだろう両親、誰よりも好きな人たちに「パパ、ママ、大好き」と。
最後にそれを言えたら良かった、そして天使になれば良かった。
自分で選んで良かったのなら、選び取ることが出来たなら。
(…でも、ぼくは…)
成人検査がどんなものかも知らなかったし、きっと選ばない選択肢。
素敵な未来があると信じて、機械に騙されたのだから。
成人検査に全てを奪われ、此処にポツンと一人きりだから。
けれど、と頬に零れた涙。
自分が天使になっていたなら、本当に幸せだった筈。
両親も故郷も何も失くさず、もう永遠に子供のまま。
(……神様は、どうして……)
ぼくを死なせてくれなかったの、と思うけれども、もう戻れない。
自分は天使になり損ねたまま、今も此処に生きているのだから。
天使になり損なった子供は、こうして生きてゆくしかない。
事故で命を落とさないように、誰かの間抜けなミスで殺されないように。
今となっては、生きて世界のトップに立つしか道は無いから。
失くした子供時代の記憶は、そうしないと戻って来ないのだから…。
なり損ねた天使・了
※目覚めの日までに死んでいた場合、両親の記憶はそのままだよね、と思ったわけで。
その発想に至るまでのシロエは、強気な今のシロエという。天使になりたいのもシロエ。