(無免許の何処が悪いんだ…!)
誰も困りはしないだろうが、とキャプテン・ハーレイの眉間に寄せられた皺。
いつも刻まれている皺だけれども、それよりもキモチ深い感じで。
(…どいつもこいつも…)
この俺を馬鹿にしやがって、と睨み付ける先に航宙日誌。
ブリッジでの勤務を終えた後には、部屋に帰って書くのが習慣。お気に入りのアイテム、今どきレトロな羽根ペンで。ペン先をちょいとインクに浸して、吸い取り紙も使ったりして。
(その神聖な日誌にだな…!)
今日も誰かが書き込んだ。羽根ペンの黒いインクとは違う、真っ赤な色で。
いわゆる赤ペン、それで添削されている日誌。…昨日の分が。
(…確かに俺は無免許なんだが、添削しなくてもいいだろう…!)
ちょっと免許があると思って威張りやがって、と睨んだ文字。赤ペンであちこちしてある添削、線を引いたり、直したり。
(この字はだな…)
あいつの字だ、と頭に浮かんだブラウの顔。
キャプテン・ハーレイの部屋にドッシリ据えられた机、その前に座ったブラウが見えるよう。
赤ペンを手にして得意満面、添削しまくる航宙日誌。
なにしろ、ブラウは免許持ちだから。
その上、無事故無違反なのだし、威張り返るのも無理はない。
(…誰のお蔭で、無事故無違反でいられるんだ…!)
俺が頑張っているからだろうが、と怒っても無駄。
いくら頑張っても、無免許な事実。…運転免許を持ってはいなくて、実の所は…。
(……このシャングリラを、無免許運転……)
それが自分の正体だった。
誰もが一目置くキャプテン。
シャングリラの舵を握り続けて長いけれども、持っていないのが運転免許。
この船で宇宙に飛び出した時は、免許持ちなどいなかった。
成人検査を受ける前の子供は、宇宙船の操縦なんぞを学びはしない。
自転車に乗れたらそれで上等、後はせいぜい手漕ぎのボート。
その状態でミュウに変化したのだし、それから後は実験動物の日々。
(…操縦を教えて貰えるわけがないだろう…!)
アルタミラにいた研究者たちも、他の人類も、ミュウを動物と思っていただけ。
だから教わらなかった操縦、ぶっつけ本番で飛び立った宇宙。
人類が放置して行った船に、これ幸いと乗り込んで。
データベースから引き出した手順、それの通りに実行して離陸していった。
(その後も、いつも出たトコ勝負で…)
ああだこうだと試行錯誤で、どうにかこうにか飛んでいた船。
やがて操縦にも慣れて来たから、ブリッジの面子が固定になって…。
(…俺が一番、上手く操縦していたし…)
見事に射止めたキャプテンの座。
そうして今に至るけれども、問題は船の運転免許。
(アルテメシアに来るまでは、特に問題も無くて…)
運転免許の制度も無かった。
操縦出来たらそれでオッケー、それがシャングリラだったのに…。
(若い世代が来たモンだから…)
誰が言い出したか、運転免許の制度が出来た。
ブリッジで舵を握りたかったら、運転免許をゲットすること。
シミュレーターで規定の時間を練習、それから実地。
ついでに筆記試験も必須で、そいつに引っ掛かったのが自分。
(クソ野郎…!)
よくもああいう妙な制度を、と歯噛みしたって始まらない。
第一回目の筆記試験に落っこちたことは事実だから。
キャプテンのくせに落ちたなどとは、プライドにかけて言いたくないし…。
(…次のチャンスは、もう無かったんだ…!)
試験会場に出掛けて行ったら、「落ちた」事実が皆にモロバレ。
一緒に試験を受けた連中、それが喋るに決まっている。
「キャプテンが受けに来ていたぞ」と、シャングリラ中の仲間たちに。
実は一回目で落ちたらしいと、「キャプテンも大したことはないよな」などと上から目線で。
一回目の試験に落ちた理由は、不幸な事故というヤツなのに。
本当に多分、よくある話で、「ああ、あれか…!」と、誰もが言ってくれそうなのに。
(……もう、究極のケアレスミスで……)
俺が悪いのは分かっているが、と情けない気分。
記念すべき初回の筆記試験では、サラサラと書けた解答欄。
選択式の問題も華麗にこなした、キャプテン・ハーレイの面子にかけて。
「楽勝だな」と鼻で笑って。
筆記も実技もトップで合格、それでこそシャングリラのキャプテン。
燦然と輝く成績を刻み、運転免許の第一号を受け取れる筈だと考えたのに…。
(……書き忘れたんだ……)
自分の名前と、受験番号。
それを書かずに提出したなら、どんな得点も全て消し飛ぶ大切なブツを。
試験会場になっていた部屋、其処では全く気付かなかった。自分のミスに。
解答用紙を提出したって、まるで気付きはしなかった。
「書き忘れたかも」とは、針の先ほども。
恐ろしすぎる事実が分かった、その瞬間は…。
(…ゼルたちと採点作業をしていて…)
名前と受験番号が空欄、そういう間抜けなヤツを見付けた。
何処の馬鹿だか知らないけれども、絵に描いたような大馬鹿野郎。
(こりゃ無効だな、とゼルたちと笑って…)
デカデカと書いたバツ印。
採点用の赤ペンでもって、解答用紙全体にそれは大きく書き殴った。「バツだ、バツ!」と赤いバツ印を。
「こんな大馬鹿に、このシャングリラを任せられるか」と、解答を無効にする印を。
それでも気付いていなかったこと。
(…名前と受験番号のトコしか、見なかったしな…)
まさか自分が書いた解答、それを無効にしたなんて。
バツ印をつけた無効な用紙は、自分の解答だっただなんて。
だから、ゼルたちと笑いまくって終わった採点。
「一人だけ、凄い馬鹿がいた」と。
名前も受験番号も忘れた、大馬鹿野郎。
そんな輩に船を任せたら、きっと大惨事になるんだろう、と。
(……しかしだな……)
採点を終えて、実技試験を受ける面子に通知を出そうとしていた時。
「ちょいと」とブラウが上げた声。
筆記試験に不合格だった馬鹿がいる筈なのに、実技試験を受ける面子が一人多い、と。
(…俺や、元から操縦できる連中は…)
実技は免除になるのだからして、受ける人数は限られてくる。
筆記試験に落ちた馬鹿野郎を除いた人数、それが実技に挑むというのが筋なのに…。
(…何故だか一人多くてだな…)
これはおかしい、と始めたチェック。
もしかしたら、実技試験は免除の誰かが筆記試験に落ちたのか、と。
そういうことなら、そいつは次回に受け直しだ、と。
(…絶対に、普段はブリッジにいない面子で…)
デスクワークに励んでいるとか、あるいは農場担当だとか。
かつて培った操船技術の出番など無くて、運転免許を取りに来たのも…。
(免許があったら、このシャングリラを動かせるんだという証明で…)
ちょっと女性にモテそうでもあるし、「取れたらいいな」程度の感覚。
ゆえに入っていないのが気合、心構えも中途半端で…。
(名前も、受験番号も…)
書き忘れて行きやがったんだ、と決めてかかったし、ゼルたちも同じ。
けれども、蓋を開けてみたらば…。
(……俺だったんだ……)
俺の名前が無かったんだ、と悔やんでも悔やみ切れないミス。
もしもあの時、自分なのだと気付いていたなら…。
(こう、コッソリと…)
書き入れただろう、自分の名前と受験番号。
それから採点、きっと浮かった。…ナンバーワンの成績で、きっと。
そうは思っても、戻れない過去。
自分で大きく書いたバツ印、それはゼルたちの失笑を買った。
「なんじゃ、お前か」だの、「あんただったのかい」だのと、盛大に。
もちろんブルーの耳にも入って、「受け直すんだろう?」と励まされた。
「次回はトップで受かるといいね」と、「記念すべき第一号の座は逃したけどね」と。
(…そのブルーにも同情されて…)
運転免許は、個別に交付ということになった。
キャプテン・ハーレイが落ちたとなったら、もう間違いなく笑いもの。
そうでなければ、船の仲間が不安を抱く。
「こんなキャプテンでいいんだろうか」と、「シャングリラの未来はヤバイんじゃあ?」と。
それはマズイし、運転免許は合格者に届けられるだけ。
部屋に直接、「どうぞ」とキッチリ封筒に入れて。
今までに何人合格したのか、それさえ分からないように。
(…だから、バレてはいないんだが…)
長老たちとブルー以外は全く知りもしないのが、キャプテンは実は無免許なこと。
それをいいことに、今日もこうして…。
(……嫌がらせなのか、免許持ちなのを自慢したいのか……)
添削される航宙日誌。
赤ペンで、今日はブラウの文字で。
(…明日あたり、ブルーが来そうな気がする…)
ブルーも持っている免許。
キャプテンが落ちたと知った途端に、「ぼくも受けるよ」と言い出して。
落ちたキャプテンがカッコ悪くて受けられない試験、その会場にやって来て。
(それで合格しやがって…!)
ブラウたち長老も全員合格しているのだから、添削されまくる航宙日誌。
免許を持っている優位な立場で、偉そうに。
「こうじゃない」とキャプテンの日誌をサクサク採点、赤ペンであれこれ書いて行くから…。
(…俺に万一のことがあったら…)
皆はいったいどう思うだろう、赤ペンだらけの航宙日誌を。
「此処を直して」などと書かれたヤツを。
(…俺が生きてる間はいいが…)
死んだら全部バレるんだな、と泣きたいキモチ。
無免許だった件はともかく、採点されていたことが。
赤ペンであちこち直されるような、無様な日誌を毎晩つけていたことが。
直しの理由はまるで無いのに、何処も間違ってはいないのに。
(…それでも書いてしまうのが…)
俺の性分、と持った羽根ペン。
明日はブルーに直されるとしても、せめて訂正が減るように、と。
字だけでも綺麗に書いておかねばと、そうすれば少しはマシになるかもしれないから、と…。
無免許なキャプテン・了
※「キャプテン・ハーレイが無免許」というのは、実はハレブルの方にある設定。
そちらは至って真面目ですけど、ネタで書いたらこうなったオチ。航宙日誌に赤ペン先生。
(ソルジャー・ブルー…。今はあなたを信じます)
ぼくにはもう、それしかない、と決意したジョミー。
(これ以上、ぼくのような子供を出さないために、ぼくはミュウとして生きよう)
そう決断して、気持ちを切り替えたつもりだったのに。
「ぼくへの印象も変えてみせる」と、立派な覚悟を固めたのに。
いきなりズッコケたのが三日後、そう、ソルジャー・ブルーに後継者として指名されてから。
目覚まし時計のアラームで起きて、颯爽とベッドから飛び出したまではいいけれど…。
(顔を洗ったら、着替えて食堂で朝御飯…)
その朝食も、長老たちに囲まれて食べることになる。
なにしろ今の自分への風当たりは最悪、同じ年頃のミュウたちからは総スカン。
まさにハブられていると言った所で、誰も側には来てくれない。前に喧嘩したキムはもちろん、そのお取り巻きも、女子たちも。
(…いいんだけどね…)
今に認めて貰うんだから、とシャカシャカ歯磨き、顔も洗った。パジャマを脱いだら、ミュウの誰もが着ている制服、それに着替えて食堂だけれど…。
(……あれ?)
ぼくの服は、と見回した。
昨夜、確かに制服を此処に置いた筈、と眺めた椅子にあったのは…。
(…なんで女子用?)
見間違いだろうか、とゴシゴシ擦った両目。
けれども、それは女性用の服。間違えようもない色とデザイン、手に取ってみても。
(……寝ぼけてるとか?)
しっかりしろ、と叩いた頬っぺた。朝っぱらから夢を見るようでは、と。
それから改めて見直してみても、制服はやっぱり女性用だから。
(…えーっと…?)
他の服は、とクローゼットを開けた途端に出た悲鳴。
「ギャッ!」だか、「どわっ!?」だか、「うぎゃあ!?」だか。
この船で生きる、と決心した時、ソルジャー・ブルーが届けて寄越した制服。
着替え用も含めて数はドッサリ、クローゼットにドンと山盛り。
なんと言ってもソルジャー候補で、日々の訓練も大変だからというわけで。…汗をかいたら日に何回でも、着替えオッケーという心配りで。
だからクローゼットの中にはドッサリ、替えの制服がある筈なのに…。
「…な、なんで…?」
空っぽなわけ、と疑ってしまった自分の目。「これは嘘だ」と。
クローゼットはまるっと空っぽ、制服は一着も入ってはいない。あんなにドッサリあったのに。
「も、もしかして…」
盗まれちゃった? と頭に浮かんだキムたちの顔。
(ぼくがソルジャー候補だなんて、って…)
キムたちが向けて来る露骨な敵意。
他のミュウたちも「ソルジャー・ブルーが倒れたのは、あの子のせいだ」と視線が冷たい。
そういう立場にいるのだからして、こういったことも有り得るだろう。
(……これって、イジメ…?)
アタラクシアの学校だったら、イジメは厳重注意になる。場合によってはカウンセリングルーム送り、それが鉄則なのだけれども。
(……ミュウの船だと……)
大手を振ってまかり通ることもあるかもしれない。ミュウ同士だったらやらないとしても、元は人類くずれな自分が相手なら。
イジメなのかも、と愕然とした今の状況。
長老たちとの朝食の時間が迫っているのに、何処にも見当たらない制服。
(…そんな……)
ヤバイ、と慌てまくっている間に、シュンと開いたのが扉。
「ジョミー・マーキス・シン!」
今、何時だと思っとるんじゃ、と仁王立ちしたゼル機関長。頭からシュンシュン湯気が出そうな勢いで。今にも蹴りを繰り出しそうな表情で。
「…そ、それが…。ぼ、ぼくの服が…」
無いんです、とガバッと頭を下げた。無いものは無いし、どうにもならないから。
もう明らかに女性用の制服、それが一着あるだけだから。
「服なら、其処にあるじゃろうが!」
早く着替えんか、と顎をしゃくってから、ゼル機関長が「ん…?」と引っ張った髭。しげしげと椅子の上のを眺めて、「女性用じゃな」と。
「そうなんです…! ぼくが起きたら、こうなっていて…!」
クローゼットもすっかり空で、とジョミーは懸命に訴えた。
服が無いのでは着替えられないし、食堂にだって行ける筈がない。パジャマで行ったら非常識の極み、だから此処から出られないのだ、と。
「ふむ…。分かった、待っておるがいい」
仕方ないのう、と頭を振り振り、出て行ったゼル。
(……助かった……)
叱られなかった、とホッとついた息。
きっとその内、消えた制服が届くのだろう。「誰が盗んだんじゃ!」というゼルの一喝で。
何処かのトイレやゴミ箱とかに、放り込まれていなければ。…一着でも無事に帰ってくれば。
服が戻るまで待っていよう、とパジャマ姿で腰掛けたベッド。特にすることも無いものだから。
(…イジメだなんて…)
ミュウもけっこうキツイよね、と泣きそうなキモチ。
まさか着て行く服が消えるとは思わなかった。全部盗られて、代わりに女性用のが一着なんて。
(…でも、ゼルが来たし…)
じきに制服が戻って来るよ、と涙を堪えていたら、扉が開いたのだけど。
「おはよう、ジョミー。…災難だってねえ?」
「制服が消えたと聞いたのですが…。ええ、ゼルから」
そう言いながら入って来たのは、ブラウとエラ。長老たちの中の女性陣。
なんでこの二人、と思う間も無く、彼女たちは椅子の上の服を見下ろして頷いた。
「安心しな。これでもブラウ様は女だよ?」
「私もです。服のことなら任せなさい」
さあ、とエラが手にした制服。「まずは、これです」と。
「…え?」
そう言って差し出されても困る。
女性用の服の知識はサッパリだけれど、エラが差し出して来たズボンもどきだか、タイツだか。
「いいから、早く着替えて下さい。ズボンを脱いで」
「そうだよ、ヒルマンとゼルが待ってるんだしさ」
早く着替えな、とブラウの方も容赦なかった。「それを履いたら、次はコレだ」と。
(…ちょ、ちょっと…!)
ソレを着るのか、と慌てたけれども、エラとブラウの目がマジなオチ。
つまりいつもの制服の代わりに、女性用を着ろと言っている二人。
(……嘘だ……)
こっちも充分、イジメじゃないか、と唖然呆然。
けれど、長老の二人に逆らったら後が無いのも本当だから…。
泣く泣く履いた、ピッタリと足にフィットするタイツ。
お次はワンピース風の上着で、長い手袋もはめて、ブーツを履いて…。
「…イマイチだねえ…」
どうにも此処が落ち着かないよ、とブラウがチョンとつついた胸元。
本来あるべき膨らんだバスト、それが無いから締まらない感じ。
「サイズはピッタリなのですが…。きっとマリーの制服でしょう」
このサイズなら、と頷き合っている女性陣。
マリーが誰だか知らないけれども、いくら背丈が同じにしたって、バストは無理。
(余ってるのが当然だから…!)
ぼくに着せる方が間違ってるから、と叫びたくても勇気が出ない。エラとブラウの機嫌を損ねてしまった時には、もっと恐ろしいことになりそうだから。
(…ぼくにバストは絶対、無理…!)
無いものは無い、と突っ立っていたら、「そうだ!」とポンと手を打ったブラウ。
「詰め込んじまえばいいんだよ。此処のトコにさ」
「そうですね。何か詰めるものは…」
あったでしょうか、とエラがキョロキョロ、「ハンドタオルがあるだろ?」とブラウがニヤリ。
「丁度いい筈だよ、あれを丸めて突っ込んだらさ」
「ええ、そうしましょう。でも…」
型崩れしては困りますし、とエラは部屋から出て行った。「アレも要るわ」と。
そして戻って来た時には…。
(…あれって、ブラジャー…!?)
そこまでですかい! とブワッと溢れた涙。
ブラジャーまで着けて女性用の制服なのかと、「これって、女装と言うんじゃあ?」と。
そんなこんなで、着せられてしまった女性用。
多分、マリーとかいう女性が着ている制服、それをキッチリ着る羽目になった。
あまつさえ、バストがきちんと膨らんだ途端に…。
「それじゃ、行こうか。…ヒルマンたちが待ってるからね」
「そうですよ、ジョミー。朝食の後の、今日のカリキュラムは…」
これとこれと、と指を折るエラとブラウの二人に引き出された通路。
「ちょ、この格好で歩くわけ…!?」
「当たり前でしょう、何のために制服を着たのです?」
「とっとと歩きな、遅いんだから」
今日は思いっ切り遅刻じゃないか、とブラウがズンズン歩いてゆく。エラだって。
(…そ、そんな…!)
マジですかい! と泣きの涙で踏み出したジョミー。女性用の制服、バストつきで。
その日は素敵に視線が痛くて、行く先々で感じる笑いの思念。
(……茨道だよ……)
なんだって、ぼくがこんな目に、と嘆いてみたって、「修行不足」の一言で切って捨てられた。
きちんとサイオンを使えていたなら、盗人の侵入に気付く筈。
無様に制服を盗られはしないし、女性用を着るようなことにもならなかった、と。
(……修行しないと……)
こういう日々が続くんだ、と思い知らされたジョミー。
女装が嫌なら特訓あるのみ、と今日も頑張るソルジャー候補。
長老たちはイジメを容認、「これも上達への早道じゃ」などと言うものだから。
誰も助けてくれはしなくて、ソルジャー・ブルーにも「頑張りたまえ」と励まされたから。
(…このイジメって…)
まさかブルーが一枚噛んでいないよね、と思うけれども、読めない心。
ソルジャー・ブルーが仕掛けたかどうか、あるいは長老たちなのか。
(とにかく努力…)
でないと永遠に女装なんだよ、とジョミーは今日も頑張り続ける。
自分の制服はまだ戻って来ないし、ソルジャー候補の制服も出来てこないから。
このとんでもない女装人生、それを抜け出すには、とにかく努力あるのみだから…。
盗られた制服・了
※女装ネタで書こう、と思ったわけではなかった話。空からストンと降って来ただけ。
書こうと思って考えたんなら、女装するのはブルーの筈。…自分の頭が真面目に謎だわ。
(…なんだ?)
此処は何処だ、と見回したキース。
昨夜も遅くまでしていた仕事。国家騎士団の総司令ともなれば、半端ではない仕事量。
けれど…。
(寝ている間に何が起こった?)
私の部屋ではないようだが…、と途惑っていたら聞こえた声。
「キース先輩!」
捜しましたよ、と駆けて来たシロエ。「次の講義は大丈夫ですか?」と。
「…講義?」
何のことだ、と問い返したら。
「嫌ですねえ…。また忘れたんですか、今日はテストがあるんですけど」
教授が予告していましたよ、とシロエは見上げて来た。
ついでに広げて見せてくれたテキスト。「ほらね」と、「範囲は此処から此処までですよ」と。
(…テストだと…?)
それにシロエがいるのは何故だ、と改めて確認した周りの状況。
(E-1077ではないようだが…)
どちらかと言えば、その後に入ったメンバーズ向けの軍人養成学校。其処に似ている。窓の外は宇宙と違うようだし、何処かの惑星上らしいから。
(だが、テストなら…)
自分は学生なのだろうか、と思う間もなく、叩かれた肩。背後から「よう!」と。
「キース、今日のもヤバそうだよなあ…」
コケたら留年が待っているぜ、とサムが笑顔で立っていた。「リーチだよな?」と可笑しそうな口調で、ノートを手にして。
「リーチ…?」
「そうじゃねえかよ、お前、本気で崖っぷちだぜ」
詰んだって自分で言っていただろ、というサムの言葉で気が付いた。「そうだった」と、今更、自分の危機に。
すっかり忘れていたのだけれども、素敵にヤバイ自分の成績。テストの度に赤点三昧、平均点は遥か彼方で、どの科目だって…。
(…順位は下から数えた方が早くて…)
最下位も馴染みの場所だったよな、と思い出した自分の現状なるもの。中でも特にヤバイ科目が亜空間理論、次の時間にある講義。
(…アレを落としたら…)
進級出来ないんだった、と青ざめた、シロエに言われたテスト。…それにサムからも。
(毎回、毎回、赤点だから…)
そういう輩を救ってやろう、と教授が企画したのがテスト。定期試験では逃げ切れないド阿呆、もはや救いが無さそうな馬鹿に救済策を、と。
(…仏と名高い教授なんだが…)
そう、「仏」。優しい教授を指す隠語。
亜空間理論の教授は仏で、次の講義で行うテストで、そこそこの点を取れたなら…。
(成績を底上げしてくれて…)
落第しないよう救ってやる、と宣言していた。前回の講義が終わった後に。
(それに賭けた、と思っていたのに…)
どうやらド忘れしたのが自分で、ノート纏めをするどころか…。
(テキストも読んでいなかったんだが…!)
もうおしまいだ、と抱えた頭。これで進級もパアになったと、もう確実に留年組だ、と。
処刑台に向かうような気持ちで入った教室。亜空間理論の講義とテストがある場所だけれど。
「あっ、サム!」
こっち、こっち、とサムに手を振る金髪の少年。ああ見えて頭がいいジョミー。
(…どうせ、あいつも余裕なんだ…)
ぼくと違って、とサムと別れて座った席。手遅れとはいえ、少しは勉強、と広げたテキスト。
ところが相手は「超」がつく苦手、まるで頭に入って来ない。
(……ヤバすぎる……)
一文字も覚えられないんだが、と焦っていたら、「ヤバイんだって?」と横から覗き込まれた。例の金髪、相当に頭がいいジョミーに。
「サムに聞いたよ、今回、キースが超ヤバイって」
これを落としたら後が無いって、マジなわけ、と訊かれるままに頷いた。
「…お前みたいに頭が良くはないからな…」
今もサッパリ分からないんだ、とテキストを前にお手上げのポーズ。「何も分からん」と。
何処から見たって謎の暗号、そんな風にしか見えないんだ、とも。
そうしたら…。
「本気でヤバかったんですか…」
サム先輩に聞いた通りでしたね、と出て来たシロエ。「そうじゃないかと思いましたが」と。
テストも忘れているくらいだから、かなりヤバイとは思ったらしい。けれども、詰んだとまでは知らなかったそうで、助っ人を連れて来たと言うから…。
「助っ人だと?」
「はい。ブルー先輩に頼るべきですよ」
こういう時こそ頼って下さい、とシロエがズズイと押し出した人物。
(…こいつ、いったい、どういうコネを…!)
ブルー先輩は超絶エリートの筈なんだが、と失った声。こんなヒヨッ子のテストなんかに、手を貸してくれるわけがない、と。
なにしろ本当にエリートだから。ずっと首席を突っ走っている、伝説のような人だから。
嘘だろう、とポカンと見たのに、ブルー先輩は「失礼だな」とも言いはしなかった。
そうする代わりに「見せて」と一言、亜空間理論のテキストをパラパラと端まで繰って…。
「…山は此処だね、このページの此処。これさえ頭に叩き込んでおけば…」
今回のテストは大丈夫だよ、という太鼓判。
ただでも仏と噂の教授で、点の付け方は甘い筈。肝心のことさえ書いておいたら、きっと点数を貰える筈だ、と。
「…この三行でいけるのか?」
「そう。丸覚えすればパーフェクトだね。…他の所は白紙で出してもオッケーだよ」
心配だったら確認したまえ、とブルー先輩が呼び寄せたジョミー。それからサム。
シロエにも「山だ」という箇所を見せて、「どう思う?」という質問。
「すっげ…。この三行かよ、確かにそうだぜ」
肝だよな、とサムが頷き、ジョミーも「うーん…」と感嘆の声。
「此処なんだ…。ぼくでも思い付かなかったな、コレだけ書けばいいなんて…」
「ぼくもです。ブルー先輩にお願いした甲斐がありましたよ」
これでキース先輩も安心ですね、とシロエも保証してくれた。山は三行、それだけ覚えて挑めば点は貰えるだろう、と。
(有難い…!)
たった三行、そのくらいなら覚えられるだろう。だから深々と頭を下げた。
「ブルー先輩、感謝します! これで進級出来そうです!」
「それは良かった。でも、覚えるのは君だからね。机に書いたら直ぐにバレるよ?」
頑張ってそれを覚えたまえ、と手を振って去ったブルー先輩。「健闘を祈る」と。
(…山は教えて貰ったから…)
ブルー先輩が言うんだったら間違いない、と嬉しいけれど。ジョミーもサムもシロエも、三行でいけると保証をしてくれたけれど…。
(……この三行が……)
覚えられたら、今、最下位を走っていない、と悲しい気持ちがこみ上げてくる。ダテに赤点ではないのだから。どの科目でも赤点三昧、最下位をひた走る駄目な頭の持ち主だから。
(…サッパリ分からん…)
亜空間理論の肝な三行、それが肝だけに難しい。たった三行の暗記だけでも。
単語レベルで怪しい勢い、「何だった?」と前に戻っては、何度も読み返してばかり。サッパリ進んでくれはしないし、一行目から二行目にも行けない。
(マジでヤバイぞ…)
この三行も覚えられなかったら、と焦る間に講義の時間が来てしまった。
仏な教授は「予告した通り、今日はテストだ」とテキストやノートを片付けさせて、前から順に配られて来た裏返しのプリント。
(…どうなるんだ…)
少しでも何か書ければいいが、と「始めっ!」の合図で表返したのに。
(うわー…)
何も分からん、と思ったはずみにブッ飛んだ記憶。なけなしの一行さえも忘れた。ブルー先輩に教わった山の、三行の内の一行を。
(……もう駄目だ……)
人生終わった、と何も書けずに、ただ呆然と座っていたら…。
トン、トン、と軽くつつかれた肘。遠慮がちに。
(…???)
誰だ、と隣を眺めた瞳に映ったプリント。答えがビッシリ書いてあるもの。
「…どうぞ」
早く写して、と囁く声。「今の間に」と。
(マツカ…!)
そういえばいた、と気付いたマツカという名のエリート。あまりにも控えめで引っ込み思案で、友達もいない有様だけれど…。
(頭はべらぼうにいいんだった…!)
シロエたちにも負けてはいない、と蘇る記憶。いつも黙って座っているのに、教授たちの覚えがめでたいマツカ。とても成績がいいものだから。
(…いずれは第二のブルー先輩だという噂まで…)
そのマツカが「写して」と寄越したプリント。きっと答えはパーフェクトだから…。
(有難い…!)
感謝、と頭を下げて写しにかかった。丸ごと写したらヤバイと分かるし、チラ見しながらミスを混ぜ込んで。空白で放置の部分も作って。
(…これでなんとか…)
赤点は免れるだろう。ブルー先輩に教わった三行の中にあった単語も、バッチリ含んだ解答欄。
(あの三行は本当に山だったんだな…)
理解出来る頭があったなら、と思うけれども、無いのが現実。
こうしてマツカに助けて貰って、辛うじて進級出来る程度の頭しかなくて…。
(だが、助かった…!)
落第せずに済むんだな、と心で快哉を叫んだ所で目が覚めた。…自分のベッドで。
首都惑星ノア、其処にある国家騎士団総司令のプライベートな部屋で。
(…夢だったのか…?)
しかし…、と振り返った夢。
サムがいて、それにシロエもいた。ステーション時代に戻ったような気分だった夢。
(…私の成績はドン底だったが…)
皆が助けてくれようとした。心配してくれたサムに、ブルー先輩を連れて来たシロエ。マツカは答えを見せてくれたし、ジョミーも気にしてくれていたのだし…。
(……ブルー先輩というのが腹立たしいが……)
なんであいつがエリートなんだ、と不愉快だけれど、ブルー先輩は親切だった。成績不良で赤点三昧の劣等生でも、ちゃんと教えてくれた山。この三行で大丈夫だ、と。
(健闘を祈るとも言っていたな…)
あれが本当のミュウの姿か、と思えてくる夢。
出会いが全く違っていたなら、友になることもあるかもしれん、と。
(…ソルジャー・ブルーか…)
ブルー先輩でも悪くないな、と浮かんだ笑み。
たまには、こういう夢の世界に住んでみるのもいいだろう。
ドン底の成績で赤点だろうと、夢の中では学生気分だったから。
人類もミュウも無かった世界で、ああいう世界で生きてゆけたら、きっと楽しいだろうから…。
助けられたテスト・了
※キースの成績がドン底だったら面白いよね、と思った途端に浮かんだマツカのシーン。
「どうぞ」と答えを見せてくれる箇所。制服のデザインは決めていません、お好み次第。
(こんな格好だけ、させられてもさ…)
悪目立ちしちゃうだけなんだから、と今日もジョミーは愚痴っていた。心の中で。
ソルジャー候補に据えられて以来、派手にド目立ちする衣装とマントが必須の日々。
なのに、伴わない中身。衣装に見合った働きが全く出来ないからして、陰口だって叩かれる。
(馬子にも衣裳、って…)
船の誰もが思っているから、いたたまれない上に情けない。「格好だけだ」と自覚は充分、陰でコソコソ言われなくても。…思念でヒソヒソやられなくても。
(サイオンの訓練を頑張ったって…)
悲しいかな、自分はソルジャー候補。
好成績を叩き出しても「出来て当然」、そういう目線。訓練担当の係はもとより、お目付け役の長老たちだって。
(少しも褒めてくれないし…)
逆に「やれば出来る」と言われる始末。もっと頑張れと、更なる高みを目指して努力、と。
何かと言えば、「ソルジャー・ブルーなら、これくらいは…」という評価。まだまだサイオンは伸びる筈だし、タイプ・ブルーの実力を発揮していないとも。
「褒めて伸ばす」という言葉が無いらしい船。
シャングリラはなんとも厳しすぎる船で、ソルジャー候補に甘くなかった。子供たちなら、甘いお菓子も優しい言葉も貰えるのに。
(…下手に十四歳だから…)
成人検査も受けちゃったのが敗因だよね、と分かってはいる。もっと幼い頃に来たなら、少しはマシになっていたろう風当たり。
けれど身体は縮みはしないし、きっとこのままスパルタ教育。
(…それでソルジャーになったって…)
ブルーみたいに身体を張って戦う日々で、と悲しい気分。
目立つ衣装も機能優先、物凄い防御力を誇る代物。ちょっとやそっとで破れはしなくて、耐火性だって抜群と来た。
(どうせだったら、見た目重視で…)
現場に出る時は、カッコイイ服に着替えられたらいいのにね、と零れる溜息。
アタラクシアの家にいた頃、ニュースなどで見たメンバーズ。国家騎士団の軍服とかに憧れた。いつかああいうのを着てみたいよね、と。
そう思ったのに、これが現実。時代錯誤でド派手なマント。
お伽話の王子様か、と自虐的な見方をしてしまうほど。この服を着て舞踏会かと、船中の女性とワルツを踊れと言うつもりか、と。
(何処から見たって、そっち系だよ…)
王子様なんてワルツだけだ、と思ったけれど。お姫様とハッピーエンドなんだ、とお伽話の王子たちを順に数えたけれど。
(えーっと…?)
シンデレラも白雪姫もそうだし、「眠れる森の美女」もそう。人魚姫も、と「王子様」の出番の少なさを嘆きまくっていたのだけども…。
ちょっと待って、と気付いたこと。
お伽話の王子様なら、お妃選びに舞踏会。ハッピーエンドな結婚式の添え物、主役はお姫様かもしれない。もしかしなくても、多分、そう。
けれど、視点を王子の方に絞ったら…。
(…カッコ良くない?)
ドラゴン退治や冒険の旅。本来、王子はそういうポジション。
剣を握って戦いまくって、颯爽とマントを靡かせるもの。
(…そっちだったら…)
この格好でもカッコいいかも、考えた。剣を振るって戦うのならば、絵になりそうだ、と。
ソルジャーとしての戦いだったら、まるで出番が無さそうな剣。
けれども、剣の達人となれば、皆の評価も変わるだろう。「出来て当然」ではないのだから。
サイオンに加えて剣も出来れば、プラスアルファの能力だから。
(うん、剣だよ…!)
それでカッコ良く戦ってやる、と固めた決意。一人きりでも剣士の道だ、と。
(きっと、ぼくしか戦えないしね?)
尊敬の視線を浴び放題、と思い立った足で走って行った。青の間まで。
「ブルー! お願いがあるんですけど!」
長老たちに意見して貰えませんか、と切り出したブルーの枕元。ベッドに横たわったままの青の間の主、ブルーは眠っていなかったから。
「ジョミー…? 君はいったい…」
何を彼らに頼みたいんだい、と瞬いた瞳。「君では頼みにくいのかい?」と。
「え、ええ…。その…。ちょっと…」
普通の頼み事じゃないですから、と打ち明けた剣の修行の話。
このシャングリラで唯一の剣士、その道で名を上げたいと。
王子みたいな衣装を着るなら、それに相応しくカッコ良く、と。
そうしたら…。
「…いいだろう。君の覚悟は良く分かった」
「え?」
覚悟って、と言い終わらない内に、「頑張りたまえ」と握られた右手。「嬉しいよ」とも。
「君にはソルジャーを継いで貰えれば、それで充分だと思ったけれど…」
剣の道まで継いでくれるとは、とブルーが浮かべた歓喜の表情。
「ぼくの代で終わりだと思っていたよ」と、「是非、シャングリラ一の剣士に」とも。
「ま、待って下さい…!」
あなたって剣士だったんですか、とビビッたけれども、「そうだとも」と頷いたブルー。
曰く、「若い頃には船で一番の剣士だった」と、「誰もぼくには勝てなかった」。
「君に其処まで要求するのは悪いと思って…。でも、君が望んでくれるなら…」
ぼくの剣を君にプレゼントしよう、と起き上がったブルー。「この下に…」と。
青の間に置かれたデカすぎるベッド、それの下から引っ張り出された革張りの箱。中から本当に剣が出て来た、まさしく王者といった風情の。
「…ブ、ブルー…?」
これって、と腰が引けているのに、「ほら」と譲られてしまった剣。「持ってごらん」と。
剣は素晴らしく重かった。
オモチャの剣とは違うらしくて、刃の部分を潰してあるというだけ。研ぎさえしたなら、本物の剣になるという。ドラゴンだって倒せるような。…伝説の勇者に相応しいような。
なんだって船にそんなものが、と驚いたけれど、答えは娯楽。
シャングリラの中でしか生きられないミュウ、体力作りと憂さ晴らしを兼ねて始めた遊び。
どうせやるなら本格的に、と本物志向の剣を作って。
旅の剣士やら女剣士やら、皆が好みの役どころで。
「修行するなら、ハーレイに頼んであげるから」
ぼくの次に強いのがハーレイだから、とブルーは笑顔で思念を飛ばした。「直ぐに来るよ」と。
間もなく来たのがキャプテン・ハーレイ、「分かりました」と引き受けた指導。
「私だけでは、ジョミーもつまらないでしょう。…ブラウたちにも声を掛けます」
彼らも達人ですからね、と聞かされたジョミーが悟ったドツボ。
サイオンの訓練の日々に加えて、これからは剣の修行まで、と。
(…なんで、こういうことになるわけ…?)
ぼくはカッコ良くキメたいと思っただけなのに、と叫びたくても、もはや手遅れ。
ブルー愛用の剣を譲られたし、ハーレイも喜んでいるようだから。「良かったですね」と。
シャングリラ一の剣士の跡継ぎ、それが生まれるとは素晴らしいです、と。
かくしてジョミーが背負う羽目になった、想定外だった剣の練習。
けれども、始めてみたら意外に…。
(面白いかも…?)
サイオンよりかは性に合うよね、とハーレイやゼルやブラウを相手にチャンチャンバラバラ。
その内に噂を聞いた若手も加わったけれど、ジョミーは筋が良かったらしい。
(これなら勝てる…!)
もうこの船の誰にでも、と向かう所に敵は無かった。
ただし…。
(…もしもブルーが現役だったら…)
まだ勝てない、とブルーの剣を知る誰もが言うから、懸命に磨き続けた腕。
ブルーが眠ってしまっても。
赤いナスカが燃えてしまって、ブルーがいなくなった後にも。
(負けられない…!)
人類なんかに負けてたまるか、と氷のような瞳で戦う地球までの道も、憂さ晴らしの友は自分の剣。ブルーに貰った剣を握って、ただひたすらに振るい続けた。
「かかって来い!」とハーレイを、リオを相手にして。
時には一度に何十人だって、切って切り結んで、倒しまくって。
そうやって戦い続けた剣士。シャングリラ一の剣士のジョミー。
けれども、まさかプロとは思わないのが人類だから。…機械の申し子、キースにだって、分かるわけなど無かったから。
地球の地の底で、いきなり剣を向けられたジョミーが取った反応、それは…。
「貰ったーーーっ!!!」
一瞬で見切ったキースの剣。サッと引くなり握ったのが剣、キィン! と響いた金属音。
キースの剣は一撃で弾き飛ばされ、思い切り宙を舞うことになった。
勝負は瞬時についてしまって、「私の負けだ」と認めたキース。
黙っていないのがグランド・マザーで、裏切ったキースを粛正するべく、山ほどの剣を降らせたけれど。文字通り剣の雨だったけれど、相手はジョミー。
「させるかぁーーーっ!!!」
端から叩いて弾き返して、その勢いで高めたサイオン。もう頭から突っ込んで行って、デッカイ目ごとグランド・マザーを貫いた。「この機械め!」と。
瓦礫と化したグランド・マザーの最後の攻撃、飛んで来た剣も…。
「フン!」
こんなのでぼくが倒せるか、と素手でピシャリと叩き落とした。殺気に気付けば簡単なこと。
(…まったく…)
世の中、何が役に立つやら、とマントの埃を払ってキースに差し出した右手。
「帰ろうか」と。
「あ、ああ…。しかし、お前は…」
いったい何処でこんな技を、とキースが呆然と座り込んだままで尋ねるから。
「ぼくたちの船だ。…あそこには大勢、師匠がいたから」
そして最強の剣士はブルーらしい、と浮かべた笑み。
ジョミーに他意は無かったけれども、キースの腰は見事に抜けた。
何故なら、ブルーと戦ったことがあったから。…メギドで拳銃で撃ちまくったから。
(…あの時、あそこに剣があったら…)
私は切り殺されていたのか、というキースの認識、それは間違ってはいない。
グランド・マザーをも倒した剣士ジョミーは、今もブルーに勝てないから。
三百年以上もシャングリラ一の剣士だったブルー、彼が現役なら、どう戦っても敗北だから…。
最強の剣士・了
※アニテラの最終話、なんだって剣で戦う必要があったのか、未だに分からないのが管理人。
単なるビジュアルだけなんじゃあ、と思ったトコからこういうネタに。…剣士ジョミー。
「なんじゃとぉ!?」
お前は阿呆か、と炸裂したゼルの怒鳴り声。シャングリラ中に響き渡りそうな勢いで。
「まったくだよ。どの面下げて、ノコノコ戻って来たんだい?」
もう馬鹿としか思えないね、とブラウも容赦しなかった。
「…で、でも…。ブルーがそうしろって…」
だから戻って来たんだけど、とジリジリと後ずさりするジョミー。そう、格納庫で。
メギドの炎に襲われたナスカ、それをブルーと防いだけれど。ナスカで生まれた七人の子たちも協力してくれたけれど、其処から後。
ブルーが「この子たちを連れて船に戻りたまえ」と言うから、このシャングリラに戻って来た。なにしろブルーの言葉なのだし、それは素直に。「ごもっともです」と、子供たちを連れて。
いったい何処が悪いと言うのか、自分はブルーの言う通りにしただけなのに。
(…どうして吊るし上げられるわけ?)
子供たちは一人残らず連れて戻った筈なのに、と途惑っていたら。
「まだ分からんのか、阿呆めが!」
はい、そうですかと聞くような馬鹿が何処におるんじゃ、と怒りMAXのゼル。シュンシュンと沸騰する薬缶さながら、頭から湯気が立ちそうなほど。
「だけど、ブルーの命令で…!」
「それがいかんと言っておるのに、まだ言うか!!」
こんな阿呆に言うだけ無駄じゃ、と蹴り出されてしまった宇宙空間。
格納庫の向こうは宇宙だからして、思いっ切りの勢いで。ちゃっかりシールドを張り巡らした、ゼルとブラウにはオサラバで。
そして届いた二人の思念波、「反省しやがれ!」と。
「テメエの不始末はこっちでキッチリ片付けるから、ナスカの方を頑張って来い」と。
曰く、「生き残った連中は全員回収して来い」と、「それも出来ない馬鹿は要らん」と。
宇宙に放り出されたジョミーは、ナスカにダイブして行ったけれど。
いくらソルジャーでも、長老たちに逆らう根性は無くて、大慌てで降りて行ったけれども…。
「えらいことをしてくれおったわ…。あのド阿呆が!」
「ブルーは昔から、言い出したら聞かないタイプだけどねえ…」
今回ばかりは従えないね、とブラウも頭を振っている。「早いトコ、回収しに行かないと」と。
そんな二人が戻ったブリッジ、報告を受けたキャプテンの顎もガクンと落ちた。
「なんだって!? ソルジャー・ブルーがいらっしゃらない!?」
「そうなんじゃ。ジョミーの阿呆が、ノコノコと船に戻って来おったわ」
格納庫から蹴り出したがのう、とゼルが指差すナスカの方向。「今はあそこじゃ」と。
「それで、ソルジャー・ブルーの方は…?」
いったい何処へ行かれたのです、とエラも案じるブルーの行方。言われてみれば、ナスカ上空にあったサイオン反応、それが一つだけ消えていたから。…かなり早くに。
「よりにもよってメギドなんだよ、厄介な…」
一人でアレを止めるつもりさ、とブラウはお手上げのポーズ。「無茶すぎるってね」と。
「で、では、ソルジャー・ブルーは、お一人で…」
なんということだ、とハーレイが天井を仰いだけれども、「それじゃ」とゼルが上げた声。
「急いで回収しに行かんと…。ジョミーは納得したかもしれんが、ワシらはのう…」
「無理ってもんだよ、打つ手はまだまだあるんだからさ」
アンタも分かっているんだろう、とハーレイにズズイと迫るのがブラウ。
「このシャングリラを舐めるんじゃないよ」と、「ミュウにはミュウのやり方がある」と。
それから間もなく、急発進した一機のギブリ。
いわゆるミュウのシャトルだけれども、普通のとはかなり違っていた。
「今こそ、キャプテン・ゼルの出番じゃ!」
改造しまくった甲斐があったわ、と操縦席に座るのはゼル。隣の席にはブラウだって。
やたらとメカに強いのがゼル、趣味とばかりに改造を重ねていたギブリ。暇さえあったら、弄りまくって。最初に載せたのがワープドライブ、ついにはステルス・デバイスまでも。
早い話が、これで飛んだらアッと言う間にジルベスター・エイト、メギドがある場所。
ステルス・デバイス搭載なのだし、人類軍の船には捕捉されない仕組み。
かてて加えて、秘密兵器な人材が一人乗っていた。…ブラウの他に。
「いいかい、トォニィ? ワープアウトしたら後は頼むよ」
「分かってる! ブルーを助ければいいんだね?」
任せといて、と張り切るトォニィ。
子供たちの中では最年長だけに、まだ充分にあった体力。目指す宙域に到着したなら、ブルーの行方を探すのが役目。まずは発見、それから回収。…瞬間移動で。
「さてと…。後はトォニィに任せとくとして…」
ランデブーポイントをどうするかねえ、とブラウが検討している座標。
恐らくメギドの第二波が来るし、それよりも前にナスカを離れないとヤバイのがシャングリラ。
よって何処かで合流するのがベストな方法、あちらもこちらもワープしてから。
「適当でええじゃろ、そう簡単に事故は起こらんわい」
そのために辺境星域に決めて来たんじゃ、と応じたゼル。「アバウトにワープで充分じゃ」と。
合流地点にと選んだ宙域、其処に出てから連絡を取れば落ち合えるわ、と。
間違ってはいないゼルの方針、ワープするなら避けるべきなのが衝突事故。
けれど宇宙は広いわけだし、シャングリラが如何に巨大な船でも、ギブリ程度の小型艇とは…。
(そうそう衝突しないんじゃ…!)
とにかくトンズラ、そちらが肝心。ソルジャー・ブルーを回収したなら、即、ワープ。
そうこうする間に到着したのがジルベスター・エイト、人類軍の船とメギドが見えたから…。
「頼むぞ、トォニィ!」
お前が頼りじゃ、と言い終わらない内に、トォニィの姿は消えていた。
一方、メギドの制御室では…。
「これで終わりだ…!」
ソルジャー・ブルーを銃で撃ちまくったキース、彼が格好をつけた瞬間。
撃った弾はブルーのシールドを突き抜け、赤く煌めく右の瞳を微塵に砕く筈だったけれど…。
「キース…!」
此処は危険です、と駆けて来たマツカ。キースを抱えて瞬間移動で逃げたその時、入れ替わりに飛び込んで来たのがトォニィ。
「ブルー!」
危ない、と叫んだ「できる」トォニィ、弾をしっかり止めていた。
ブルーの方では気付きもしないで、バーストさせたサイオンを床に叩き付けるという有様。
助けが来るとは思っていないし、最初から死ぬつもりだから。…そういう予定だったから…。
(ジョミー…!)
みんなを頼む、と遺言よろしく最期の言葉を紡いだ所へ、かかった「待った」。
いきなり意識がブラックアウトで、本人的には「死んだ」と自覚したのだけれど…。
「連れて来たーっ!」
血だらけだから仮死状態にして来たよ、とトォニィが抱えて来たブルー。
もっともトォニィは子供なのだし、「抱える」という表現は相当に無理がある感じ。
「おお、よくやった! …しかし、ボロボロじゃのう…」
ノルディがかなり手こずりそうじゃ、と嘆きながらもゼルは大満足で、ブラウも笑顔。
「いいじゃないか、無茶をやらかしたって自覚して貰わないとね」
あたしたちの苦労が無駄になっちまう、と打ち込んでゆく座標、ギブリはそのままワープした。丁度その頃、ナスカの方でも…。
「キャプテン、ワープ!!」
やっと全員回収できた、と戻ったジョミーの一声、シャングリラの方もワープして消えて…。
メギドはと言えば、ブルーの破壊活動のせいで下がってしまった照射率。
その上、なんとか撃った先には、もうシャングリラの影さえも無くて、ミュウの被害は第一波で死んだ運の悪い者だけ。シェルターに残った頑固な面々、それもジョミーが回収したから。
そんなこんなで終わった惨劇、じきに合流することになった、ゼルのギブリとシャングリラ。
「どうじゃ、ワシらが本気を出したら、こうなるんじゃ!」
ソルジャー・ブルーは生きておるわい、とゼルは大威張りで、トォニィも浴びている称賛。
「まだ小さいのに、よく頑張った」と、「流石は俺たちのナスカの子だ」と。
一方、立つ瀬が無いのがジョミーで、まるで初めてシャングリラに来た頃のよう。
「あいつのせいで、ソルジャー・ブルーは…」とヒソヒソ陰口、「見捨てて船に戻ったらしい」などと針の筵な船の中。
(…ブルー、なんとか言って下さい…!)
早く意識を取り戻して、皆に「違う」と言ってやって下さい、とジョミーは泣きの涙だけれど。
ブルーの意識が戻りさえしたら、みんなも分かってくれる筈だ、と思う毎日だけれど。
「…ブルーの方も、ガツンと叱ってやらないとねえ…」
単独行動で迷惑かけてくれたんだから、というブラウの意見に長老たちは賛成だった。
キャプテンも全く反対しないし、どうやらブルーは「みっちりと」叱られるらしい。
先の指導者の立場も忘れて、好き放題をやらかしたから。
今や「阿呆」と評判のジョミー、彼にも負けていない「阿呆」で、大迷惑な老人だから…。
老人とメギド・了
※「7月28日はブルー生存ネタの日なんだぜ!」と、2011年から戦っていた管理人。
ハレブル転生ネタを始めた2014年からサボッてましたが、久しぶりに。
2016年7月28日記念作品、何故だか「その2」。ネタ系で書くとは思わなかったよ…。