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助けられたテスト

(…なんだ?)
 此処は何処だ、と見回したキース。
 昨夜も遅くまでしていた仕事。国家騎士団の総司令ともなれば、半端ではない仕事量。
 けれど…。
(寝ている間に何が起こった?)
 私の部屋ではないようだが…、と途惑っていたら聞こえた声。
「キース先輩!」
 捜しましたよ、と駆けて来たシロエ。「次の講義は大丈夫ですか?」と。
「…講義?」
 何のことだ、と問い返したら。
「嫌ですねえ…。また忘れたんですか、今日はテストがあるんですけど」
 教授が予告していましたよ、とシロエは見上げて来た。
 ついでに広げて見せてくれたテキスト。「ほらね」と、「範囲は此処から此処までですよ」と。
(…テストだと…?)
 それにシロエがいるのは何故だ、と改めて確認した周りの状況。
(E-1077ではないようだが…)
 どちらかと言えば、その後に入ったメンバーズ向けの軍人養成学校。其処に似ている。窓の外は宇宙と違うようだし、何処かの惑星上らしいから。
(だが、テストなら…)
 自分は学生なのだろうか、と思う間もなく、叩かれた肩。背後から「よう!」と。
「キース、今日のもヤバそうだよなあ…」
 コケたら留年が待っているぜ、とサムが笑顔で立っていた。「リーチだよな?」と可笑しそうな口調で、ノートを手にして。
「リーチ…?」
「そうじゃねえかよ、お前、本気で崖っぷちだぜ」
 詰んだって自分で言っていただろ、というサムの言葉で気が付いた。「そうだった」と、今更、自分の危機に。


 すっかり忘れていたのだけれども、素敵にヤバイ自分の成績。テストの度に赤点三昧、平均点は遥か彼方で、どの科目だって…。
(…順位は下から数えた方が早くて…)
 最下位も馴染みの場所だったよな、と思い出した自分の現状なるもの。中でも特にヤバイ科目が亜空間理論、次の時間にある講義。
(…アレを落としたら…)
 進級出来ないんだった、と青ざめた、シロエに言われたテスト。…それにサムからも。
(毎回、毎回、赤点だから…)
 そういう輩を救ってやろう、と教授が企画したのがテスト。定期試験では逃げ切れないド阿呆、もはや救いが無さそうな馬鹿に救済策を、と。
(…仏と名高い教授なんだが…)
 そう、「仏」。優しい教授を指す隠語。
 亜空間理論の教授は仏で、次の講義で行うテストで、そこそこの点を取れたなら…。
(成績を底上げしてくれて…)
 落第しないよう救ってやる、と宣言していた。前回の講義が終わった後に。
(それに賭けた、と思っていたのに…)
 どうやらド忘れしたのが自分で、ノート纏めをするどころか…。
(テキストも読んでいなかったんだが…!)
 もうおしまいだ、と抱えた頭。これで進級もパアになったと、もう確実に留年組だ、と。


 処刑台に向かうような気持ちで入った教室。亜空間理論の講義とテストがある場所だけれど。
「あっ、サム!」
 こっち、こっち、とサムに手を振る金髪の少年。ああ見えて頭がいいジョミー。
(…どうせ、あいつも余裕なんだ…)
 ぼくと違って、とサムと別れて座った席。手遅れとはいえ、少しは勉強、と広げたテキスト。
 ところが相手は「超」がつく苦手、まるで頭に入って来ない。
(……ヤバすぎる……)
 一文字も覚えられないんだが、と焦っていたら、「ヤバイんだって?」と横から覗き込まれた。例の金髪、相当に頭がいいジョミーに。
「サムに聞いたよ、今回、キースが超ヤバイって」
 これを落としたら後が無いって、マジなわけ、と訊かれるままに頷いた。
「…お前みたいに頭が良くはないからな…」
 今もサッパリ分からないんだ、とテキストを前にお手上げのポーズ。「何も分からん」と。
 何処から見たって謎の暗号、そんな風にしか見えないんだ、とも。
 そうしたら…。
「本気でヤバかったんですか…」
 サム先輩に聞いた通りでしたね、と出て来たシロエ。「そうじゃないかと思いましたが」と。
 テストも忘れているくらいだから、かなりヤバイとは思ったらしい。けれども、詰んだとまでは知らなかったそうで、助っ人を連れて来たと言うから…。
「助っ人だと?」
「はい。ブルー先輩に頼るべきですよ」
 こういう時こそ頼って下さい、とシロエがズズイと押し出した人物。
(…こいつ、いったい、どういうコネを…!)
 ブルー先輩は超絶エリートの筈なんだが、と失った声。こんなヒヨッ子のテストなんかに、手を貸してくれるわけがない、と。
 なにしろ本当にエリートだから。ずっと首席を突っ走っている、伝説のような人だから。


 嘘だろう、とポカンと見たのに、ブルー先輩は「失礼だな」とも言いはしなかった。
 そうする代わりに「見せて」と一言、亜空間理論のテキストをパラパラと端まで繰って…。
「…山は此処だね、このページの此処。これさえ頭に叩き込んでおけば…」
 今回のテストは大丈夫だよ、という太鼓判。
 ただでも仏と噂の教授で、点の付け方は甘い筈。肝心のことさえ書いておいたら、きっと点数を貰える筈だ、と。
「…この三行でいけるのか?」
「そう。丸覚えすればパーフェクトだね。…他の所は白紙で出してもオッケーだよ」
 心配だったら確認したまえ、とブルー先輩が呼び寄せたジョミー。それからサム。
 シロエにも「山だ」という箇所を見せて、「どう思う?」という質問。
「すっげ…。この三行かよ、確かにそうだぜ」
 肝だよな、とサムが頷き、ジョミーも「うーん…」と感嘆の声。
「此処なんだ…。ぼくでも思い付かなかったな、コレだけ書けばいいなんて…」
「ぼくもです。ブルー先輩にお願いした甲斐がありましたよ」
 これでキース先輩も安心ですね、とシロエも保証してくれた。山は三行、それだけ覚えて挑めば点は貰えるだろう、と。
(有難い…!)
 たった三行、そのくらいなら覚えられるだろう。だから深々と頭を下げた。
「ブルー先輩、感謝します! これで進級出来そうです!」
「それは良かった。でも、覚えるのは君だからね。机に書いたら直ぐにバレるよ?」
 頑張ってそれを覚えたまえ、と手を振って去ったブルー先輩。「健闘を祈る」と。


(…山は教えて貰ったから…)
 ブルー先輩が言うんだったら間違いない、と嬉しいけれど。ジョミーもサムもシロエも、三行でいけると保証をしてくれたけれど…。
(……この三行が……)
 覚えられたら、今、最下位を走っていない、と悲しい気持ちがこみ上げてくる。ダテに赤点ではないのだから。どの科目でも赤点三昧、最下位をひた走る駄目な頭の持ち主だから。
(…サッパリ分からん…)
 亜空間理論の肝な三行、それが肝だけに難しい。たった三行の暗記だけでも。
 単語レベルで怪しい勢い、「何だった?」と前に戻っては、何度も読み返してばかり。サッパリ進んでくれはしないし、一行目から二行目にも行けない。
(マジでヤバイぞ…)
 この三行も覚えられなかったら、と焦る間に講義の時間が来てしまった。
 仏な教授は「予告した通り、今日はテストだ」とテキストやノートを片付けさせて、前から順に配られて来た裏返しのプリント。
(…どうなるんだ…)
 少しでも何か書ければいいが、と「始めっ!」の合図で表返したのに。
(うわー…)
 何も分からん、と思ったはずみにブッ飛んだ記憶。なけなしの一行さえも忘れた。ブルー先輩に教わった山の、三行の内の一行を。
(……もう駄目だ……)
 人生終わった、と何も書けずに、ただ呆然と座っていたら…。


 トン、トン、と軽くつつかれた肘。遠慮がちに。
(…???)
 誰だ、と隣を眺めた瞳に映ったプリント。答えがビッシリ書いてあるもの。
「…どうぞ」
 早く写して、と囁く声。「今の間に」と。
(マツカ…!)
 そういえばいた、と気付いたマツカという名のエリート。あまりにも控えめで引っ込み思案で、友達もいない有様だけれど…。
(頭はべらぼうにいいんだった…!)
 シロエたちにも負けてはいない、と蘇る記憶。いつも黙って座っているのに、教授たちの覚えがめでたいマツカ。とても成績がいいものだから。
(…いずれは第二のブルー先輩だという噂まで…)
 そのマツカが「写して」と寄越したプリント。きっと答えはパーフェクトだから…。
(有難い…!)
 感謝、と頭を下げて写しにかかった。丸ごと写したらヤバイと分かるし、チラ見しながらミスを混ぜ込んで。空白で放置の部分も作って。
(…これでなんとか…)
 赤点は免れるだろう。ブルー先輩に教わった三行の中にあった単語も、バッチリ含んだ解答欄。
(あの三行は本当に山だったんだな…)
 理解出来る頭があったなら、と思うけれども、無いのが現実。
 こうしてマツカに助けて貰って、辛うじて進級出来る程度の頭しかなくて…。


(だが、助かった…!)
 落第せずに済むんだな、と心で快哉を叫んだ所で目が覚めた。…自分のベッドで。
 首都惑星ノア、其処にある国家騎士団総司令のプライベートな部屋で。
(…夢だったのか…?)
 しかし…、と振り返った夢。
 サムがいて、それにシロエもいた。ステーション時代に戻ったような気分だった夢。
(…私の成績はドン底だったが…)
 皆が助けてくれようとした。心配してくれたサムに、ブルー先輩を連れて来たシロエ。マツカは答えを見せてくれたし、ジョミーも気にしてくれていたのだし…。
(……ブルー先輩というのが腹立たしいが……)
 なんであいつがエリートなんだ、と不愉快だけれど、ブルー先輩は親切だった。成績不良で赤点三昧の劣等生でも、ちゃんと教えてくれた山。この三行で大丈夫だ、と。
(健闘を祈るとも言っていたな…)
 あれが本当のミュウの姿か、と思えてくる夢。
 出会いが全く違っていたなら、友になることもあるかもしれん、と。
(…ソルジャー・ブルーか…)
 ブルー先輩でも悪くないな、と浮かんだ笑み。
 たまには、こういう夢の世界に住んでみるのもいいだろう。
 ドン底の成績で赤点だろうと、夢の中では学生気分だったから。
 人類もミュウも無かった世界で、ああいう世界で生きてゆけたら、きっと楽しいだろうから…。

 

        助けられたテスト・了

※キースの成績がドン底だったら面白いよね、と思った途端に浮かんだマツカのシーン。
 「どうぞ」と答えを見せてくれる箇所。制服のデザインは決めていません、お好み次第。




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