忍者ブログ

嘘で出来た世界

(E-1077…)
 此処での暮らしに何の意味が、とシロエの心に蟠る疑問。
 何もかも全部、嘘ばかりだから。
 機械は平気で嘘をつくから、それに従う人間だって。
(いい成績を取れる奴しか来ないって…)
 そう教わったのが、このE-1077。
 エリートを育てる最高学府と言われるけれども、果たして本当にそうなのか。
 好成績を収めたならば、メンバーズへの道が開かれるのか。
(卒業生の中から、メンバーズは選ばれているけれど…)
 本当に最高学府なのかどうか、疑わしい気にもなってくる。
 もっと他にも優れた教育ステーションがあって、メンバーズが養成されているとか。
 社会に出たなら、同じメンバーズでも、他のステーションの者に劣るとか。
(絶対に無いとは…)
 言い切れないよね、と疑問は残るし、解けさえもしない。
 この世界は嘘で出来ているから、偽りに満ちた世界だから。


 身をもって思い知らされたこと。
 機械は嘘をつくということ、機械に従う人間たちも。
(…パパとママだって…)
 結果的には、自分に嘘をついていた。
 自分が生まれて来た時から。
 セキ・レイ・シロエという名を貰って、両親の子供になった時から。
(…ぼくは何人目の子供だったの?)
 それさえも分からない自分。
 両親は何も語らなかったし、自分の方でも疑わなかった。
 育ての親だと知っていたって、「ぼくのパパだ」と。
 自分を産んではいないと知った母でも、「ぼくのママ」。
 生まれた時から一緒だったし、家の中には沢山の写真があったから。
 赤ん坊の頃に撮った写真も、多分、初めて歩いた日に写したのだろう写真も。
(…きっと、そうだよね?)
 記憶はぼやけてしまったけれども、そういう記念の日の写真。
 バースデーケーキを前にした写真もあったろう。
 両親は自分を愛してくれたし、写真が溢れていたのだから。
 思い出せなくても、沢山の写真が家のあちこちにあったから。


 両親に愛されて育った子供。
 そうだと今も信じるけれども、両親は嘘をつき続けた。
 「ただいま、シロエ」と抱き上げてくれた、大きな身体をしていた父も。
 ブラウニーを作るのがとても得意な、お菓子作りが上手な母も。
(…ぼくはパパとママの、一人息子のシロエじゃなくて…)
 きっとセキ・レイ・シロエの前にも、一人息子はあの家にいた。
 一人息子でなかったとしたら、両親の大事な一人娘が。
 そういう子供がきっといた筈、写真さえも残っていなかっただけで。
 両親が一切何も語らず、隠し通していただけで。
(パパとママなら…)
 そうだったのに決まっている、と思わざるを得ない悲しい現実。
 成人検査で記憶を消されて、両親の顔もぼやけて分からないというのに…。
(……どうして……)
 こんなことだけ、自分は覚えているのだろう。
 他の子たちの親に比べたら、両親は年を取っていたと。
 けして若くはなかったのだと、残酷にすぎる現実だけを。
 あの姿ならば、「セキ・レイ・シロエ」は両親の「最初の子供」ではない。
 自分の前にも誰かいた筈で、一人息子か、一人娘か。
 あるいは両方いたというのか、「セキ・レイ・シロエ」は三人目の子で。
 他にも「セキ」と名前がつく子を、両親は育てていた筈で…。


 どうして、と机に叩き付けた拳。
 あんなに優しかった両親、パパとママが嘘をつくなんて、と。
(…でも、本当に…)
 嘘だったんだ、と分かる、懐かしい故郷での暮らし。
 両親の愛がいくら本物でも、あそこでの暮らしは嘘だった。
 成人検査の日を境にして、自分の世界から消える幻。
 もう戻れなくて、帰れない日々。
 故郷の土を踏めはしなくて、住所すらも思い出せない家には…。
(…どう頑張っても、帰れやしない…)
 そうなることを知っていたのが、父と母。
 両親も成人検査を受けたし、どんなものかは知っていた筈。
 学校の教師たちならともかく、両親だったら…。
(…本当のことを…)
 教えてくれても良かったのに、と零れる涙。
 成人検査を受けた後には、どうなるのか。
 目覚めの日を迎えてしまった子供は、どういう道を歩き出すのか。
 機械が監視していたとしても、自分を愛してくれていたなら。
 手放したくないと思ってくれていたなら、一言、伝えて欲しかった。
 「全部忘れてしまうんだよ」と。
 「今の間に、しっかり覚えておくのよ」と。


 そうしてくれたら、頑張ったのに。
(……この本に……)
 ピーターパンの本の文字の間に、色々なことを書き込んだのに。
 自分の記憶が消された後にも、手掛かりになるだろう大切なことを。
 家の住所も、両親の顔の特徴も。
(似顔絵だって…)
 力の限りに頑張って描いたことだろう。
 絵心はあまり無いのだけれども、それでも精一杯の力で。
 「これがパパの顔」と、「ママの顔はこう」と。
 挿絵のページに紛れ込ませて、両親の姿を描き残した筈。
 後で見たなら、「こういう顔だ」と分かるよう。
 機械が記憶を消してしまっても、両親を思い出せるよう。
(…でも、パパもママも…)
 何も話してくれなかったから、こうなった。
 セキ・レイ・シロエは故郷を忘れて、両親の顔も今ではおぼろ。
 家に帰ろうにも分からない住所、「アルテメシアのエネルゲイア」としか。
 機械に全てを消されてしまって、何も残りはしなかった。
(…この本しか…)
 ピーターパンの本しか残らなかったんだ、と溢れて止まらない涙。
 世界は嘘で作られていると、「パパとママも、ぼくに嘘をついてた」と。


 ネバーランドよりも素敵な地球へと、其処へ行こうと頑張ったのに。
 いい成績を取り続けたならば、きっと開ける筈の道。
(…シロエなら行けるさ、って…)
 父が言ったから、頑張った。
 母は笑っていたのだけれども、子供心に「頑張らなくちゃ」と思ったから。
 両親の自慢の息子になろうと、そして素敵な地球に行こうと。
(…そうするつもりだったのに…)
 世界は嘘で出来ていたから、こんな所に連れて来られた。
 エリートを育てるらしい所へ、E-1077へ。
 成人検査で記憶を消されて、故郷も、両親も全部失くして。
 機械が支配している世界へ、マザー・イライザという名のコンピューターが治める場所へ。
(此処でいい成績を取ってれば…)
 メンバーズになれて、地球へ行く道も開けるのだと聞くけれど。
 マザー・イライザも、教官たちもそう言うけれども、世界は全て嘘ばかり。
 両親でさえも嘘をついたし、どうして信じられるだろう?
 マザー・イライザを、それに従う人間たちを。
 地球にいるというグランド・マザーが、全てを統治している世界を。


(…此処でメンバーズになったって…)
 本当にトップに立てるのかどうか、なんとも疑わしいけれど。
 メンバーズになって更に昇進したなら、国家主席になれるというのも怪しいけれど。
(…だけど、それしか…)
 今の自分に行く道は無くて、トップに立たねば変わらない世界。
 嘘だらけの世界を変えるためには、自分がトップになるしかない。
 国家主席の地位を手に入れ、グランド・マザーを止めること。
 「ぼくの記憶を返せ」と命じて、失くした記憶を取り戻すこと。
 そうしたいならば、此処が嘘で出来ている世界でも…。
(…少しでも可能性のある方へ…)
 歩いて行くしかないんだよね、と分かってはいる。
 何度も考えて出した答えで、きっと他には道が無いから。
 進むべき道はただ一つだけで、其処を行くしかなさそうだから。
 それでも、たまに悲しくなる。
 「此処での暮らしに何の意味が」と。
 こんな所に来たくなかったと、人生に意味などありはしないと。
 世界は全て嘘だらけだから、何もかも嘘で出来ているから。
 あの優しかった両親でさえも、赤ん坊の自分を迎えた時から、嘘をつき続けていたのだから…。

 

          嘘で出来た世界・了

※シロエが陥る思考の迷路。「パパとママも嘘をついていた」と。優しい両親だったのに。
 そういう嘘をつかせていたのも機械なんですよね、機械嫌いになるわけです。






拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]