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盗られた制服

(ソルジャー・ブルー…。今はあなたを信じます)
 ぼくにはもう、それしかない、と決意したジョミー。
(これ以上、ぼくのような子供を出さないために、ぼくはミュウとして生きよう)
 そう決断して、気持ちを切り替えたつもりだったのに。
 「ぼくへの印象も変えてみせる」と、立派な覚悟を固めたのに。
 いきなりズッコケたのが三日後、そう、ソルジャー・ブルーに後継者として指名されてから。
 目覚まし時計のアラームで起きて、颯爽とベッドから飛び出したまではいいけれど…。
(顔を洗ったら、着替えて食堂で朝御飯…)
 その朝食も、長老たちに囲まれて食べることになる。
 なにしろ今の自分への風当たりは最悪、同じ年頃のミュウたちからは総スカン。
 まさにハブられていると言った所で、誰も側には来てくれない。前に喧嘩したキムはもちろん、そのお取り巻きも、女子たちも。
(…いいんだけどね…)
 今に認めて貰うんだから、とシャカシャカ歯磨き、顔も洗った。パジャマを脱いだら、ミュウの誰もが着ている制服、それに着替えて食堂だけれど…。
(……あれ?)
 ぼくの服は、と見回した。
 昨夜、確かに制服を此処に置いた筈、と眺めた椅子にあったのは…。
(…なんで女子用?)
 見間違いだろうか、とゴシゴシ擦った両目。
 けれども、それは女性用の服。間違えようもない色とデザイン、手に取ってみても。
(……寝ぼけてるとか?)
 しっかりしろ、と叩いた頬っぺた。朝っぱらから夢を見るようでは、と。
 それから改めて見直してみても、制服はやっぱり女性用だから。
(…えーっと…?)
 他の服は、とクローゼットを開けた途端に出た悲鳴。
 「ギャッ!」だか、「どわっ!?」だか、「うぎゃあ!?」だか。


 この船で生きる、と決心した時、ソルジャー・ブルーが届けて寄越した制服。
 着替え用も含めて数はドッサリ、クローゼットにドンと山盛り。
 なんと言ってもソルジャー候補で、日々の訓練も大変だからというわけで。…汗をかいたら日に何回でも、着替えオッケーという心配りで。
 だからクローゼットの中にはドッサリ、替えの制服がある筈なのに…。
「…な、なんで…?」
 空っぽなわけ、と疑ってしまった自分の目。「これは嘘だ」と。
 クローゼットはまるっと空っぽ、制服は一着も入ってはいない。あんなにドッサリあったのに。
「も、もしかして…」
 盗まれちゃった? と頭に浮かんだキムたちの顔。
(ぼくがソルジャー候補だなんて、って…)
 キムたちが向けて来る露骨な敵意。
 他のミュウたちも「ソルジャー・ブルーが倒れたのは、あの子のせいだ」と視線が冷たい。
 そういう立場にいるのだからして、こういったことも有り得るだろう。
(……これって、イジメ…?)
 アタラクシアの学校だったら、イジメは厳重注意になる。場合によってはカウンセリングルーム送り、それが鉄則なのだけれども。
(……ミュウの船だと……)
 大手を振ってまかり通ることもあるかもしれない。ミュウ同士だったらやらないとしても、元は人類くずれな自分が相手なら。


 イジメなのかも、と愕然とした今の状況。
 長老たちとの朝食の時間が迫っているのに、何処にも見当たらない制服。
(…そんな……)
 ヤバイ、と慌てまくっている間に、シュンと開いたのが扉。
「ジョミー・マーキス・シン!」
 今、何時だと思っとるんじゃ、と仁王立ちしたゼル機関長。頭からシュンシュン湯気が出そうな勢いで。今にも蹴りを繰り出しそうな表情で。
「…そ、それが…。ぼ、ぼくの服が…」
 無いんです、とガバッと頭を下げた。無いものは無いし、どうにもならないから。
 もう明らかに女性用の制服、それが一着あるだけだから。
「服なら、其処にあるじゃろうが!」
 早く着替えんか、と顎をしゃくってから、ゼル機関長が「ん…?」と引っ張った髭。しげしげと椅子の上のを眺めて、「女性用じゃな」と。
「そうなんです…! ぼくが起きたら、こうなっていて…!」
 クローゼットもすっかり空で、とジョミーは懸命に訴えた。
 服が無いのでは着替えられないし、食堂にだって行ける筈がない。パジャマで行ったら非常識の極み、だから此処から出られないのだ、と。
「ふむ…。分かった、待っておるがいい」
 仕方ないのう、と頭を振り振り、出て行ったゼル。
(……助かった……)
 叱られなかった、とホッとついた息。
 きっとその内、消えた制服が届くのだろう。「誰が盗んだんじゃ!」というゼルの一喝で。
 何処かのトイレやゴミ箱とかに、放り込まれていなければ。…一着でも無事に帰ってくれば。


 服が戻るまで待っていよう、とパジャマ姿で腰掛けたベッド。特にすることも無いものだから。
(…イジメだなんて…)
 ミュウもけっこうキツイよね、と泣きそうなキモチ。
 まさか着て行く服が消えるとは思わなかった。全部盗られて、代わりに女性用のが一着なんて。
(…でも、ゼルが来たし…)
 じきに制服が戻って来るよ、と涙を堪えていたら、扉が開いたのだけど。
「おはよう、ジョミー。…災難だってねえ?」
「制服が消えたと聞いたのですが…。ええ、ゼルから」
 そう言いながら入って来たのは、ブラウとエラ。長老たちの中の女性陣。
 なんでこの二人、と思う間も無く、彼女たちは椅子の上の服を見下ろして頷いた。
「安心しな。これでもブラウ様は女だよ?」
「私もです。服のことなら任せなさい」
 さあ、とエラが手にした制服。「まずは、これです」と。
「…え?」
 そう言って差し出されても困る。
 女性用の服の知識はサッパリだけれど、エラが差し出して来たズボンもどきだか、タイツだか。
「いいから、早く着替えて下さい。ズボンを脱いで」
「そうだよ、ヒルマンとゼルが待ってるんだしさ」
 早く着替えな、とブラウの方も容赦なかった。「それを履いたら、次はコレだ」と。
(…ちょ、ちょっと…!)
 ソレを着るのか、と慌てたけれども、エラとブラウの目がマジなオチ。
 つまりいつもの制服の代わりに、女性用を着ろと言っている二人。
(……嘘だ……)
 こっちも充分、イジメじゃないか、と唖然呆然。
 けれど、長老の二人に逆らったら後が無いのも本当だから…。


 泣く泣く履いた、ピッタリと足にフィットするタイツ。
 お次はワンピース風の上着で、長い手袋もはめて、ブーツを履いて…。
「…イマイチだねえ…」
 どうにも此処が落ち着かないよ、とブラウがチョンとつついた胸元。
 本来あるべき膨らんだバスト、それが無いから締まらない感じ。
「サイズはピッタリなのですが…。きっとマリーの制服でしょう」
 このサイズなら、と頷き合っている女性陣。
 マリーが誰だか知らないけれども、いくら背丈が同じにしたって、バストは無理。
(余ってるのが当然だから…!)
 ぼくに着せる方が間違ってるから、と叫びたくても勇気が出ない。エラとブラウの機嫌を損ねてしまった時には、もっと恐ろしいことになりそうだから。
(…ぼくにバストは絶対、無理…!)
 無いものは無い、と突っ立っていたら、「そうだ!」とポンと手を打ったブラウ。
「詰め込んじまえばいいんだよ。此処のトコにさ」
「そうですね。何か詰めるものは…」
 あったでしょうか、とエラがキョロキョロ、「ハンドタオルがあるだろ?」とブラウがニヤリ。
「丁度いい筈だよ、あれを丸めて突っ込んだらさ」
「ええ、そうしましょう。でも…」
 型崩れしては困りますし、とエラは部屋から出て行った。「アレも要るわ」と。
 そして戻って来た時には…。
(…あれって、ブラジャー…!?)
 そこまでですかい! とブワッと溢れた涙。
 ブラジャーまで着けて女性用の制服なのかと、「これって、女装と言うんじゃあ?」と。


 そんなこんなで、着せられてしまった女性用。
 多分、マリーとかいう女性が着ている制服、それをキッチリ着る羽目になった。
 あまつさえ、バストがきちんと膨らんだ途端に…。
「それじゃ、行こうか。…ヒルマンたちが待ってるからね」
「そうですよ、ジョミー。朝食の後の、今日のカリキュラムは…」
 これとこれと、と指を折るエラとブラウの二人に引き出された通路。
「ちょ、この格好で歩くわけ…!?」
「当たり前でしょう、何のために制服を着たのです?」
「とっとと歩きな、遅いんだから」
 今日は思いっ切り遅刻じゃないか、とブラウがズンズン歩いてゆく。エラだって。
(…そ、そんな…!)
 マジですかい! と泣きの涙で踏み出したジョミー。女性用の制服、バストつきで。
 その日は素敵に視線が痛くて、行く先々で感じる笑いの思念。
(……茨道だよ……)
 なんだって、ぼくがこんな目に、と嘆いてみたって、「修行不足」の一言で切って捨てられた。
 きちんとサイオンを使えていたなら、盗人の侵入に気付く筈。
 無様に制服を盗られはしないし、女性用を着るようなことにもならなかった、と。
(……修行しないと……)
 こういう日々が続くんだ、と思い知らされたジョミー。
 女装が嫌なら特訓あるのみ、と今日も頑張るソルジャー候補。
 長老たちはイジメを容認、「これも上達への早道じゃ」などと言うものだから。
 誰も助けてくれはしなくて、ソルジャー・ブルーにも「頑張りたまえ」と励まされたから。


(…このイジメって…)
 まさかブルーが一枚噛んでいないよね、と思うけれども、読めない心。
 ソルジャー・ブルーが仕掛けたかどうか、あるいは長老たちなのか。
(とにかく努力…)
 でないと永遠に女装なんだよ、とジョミーは今日も頑張り続ける。
 自分の制服はまだ戻って来ないし、ソルジャー候補の制服も出来てこないから。
 このとんでもない女装人生、それを抜け出すには、とにかく努力あるのみだから…。

 

          盗られた制服・了

※女装ネタで書こう、と思ったわけではなかった話。空からストンと降って来ただけ。
 書こうと思って考えたんなら、女装するのはブルーの筈。…自分の頭が真面目に謎だわ。






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