「シャングリラもえだと?」
なんだそれは、とキースは不愉快そうに眉を顰めた。
日に日に拡大の一途を辿る、ミュウどもの版図。シャングリラと言ったらミュウの母船で、その名を聞くのも忌々しい。
けれど、報告に来たスタージョン中尉は、「シャングリラもえ」だと告げたから…。
(燃えたのだったら歓迎だがな?)
そう思うけれど、燃えて沈んだなら「殲滅しました」と言いそうなもの。
だから、いったい何事なのか、と先を促したら…。
「萌えだそうです、シャングリラに」
「…萌え?」
ますます分からん、と首を捻るしかない展開。
スタージョン中尉もその辺りは予想していたらしくて、「ご覧下さい」と渡されたデータ。
はて、と机の端末にセットし、動画だと分かるデータを再生してみたら…。
(なんだ、これは!?)
もう思いっ切り見開かれた目。アイスブルーの眼球がポロリと落ちそうなほどに。
画面の向こうに、キュートな美少女。ただし実在しない人間、アニメなキャラ。
その美少女が、弾ける笑顔でこう言った。
「シャングリラ応援キャラクターの、シャングリラ萌(もえ)でーっす!」
ご丁寧にも、「シャングリラ萌」とテロップつき。そういう名前のキャラらしい。
シャングリラ萌と名乗った少女は、声もなかなか可愛らしくて。
「人類の皆さん、はじめまして! シャングリラは怖くないからねーっ!」
みんなに愛される船なんです、と紹介してゆく、シャングリラ萌。
「この人が、長のソルジャー・シン。イケメンでしょ?」
そしてこっちがキャプテン・ハーレイ、と続くメインの人物紹介。期待の星のトォニィだとか、ちょっと頑固なゼルおじいちゃん。
「こういう人たちが乗ってまぁーす! 次はあなたの星に行くかも!」
皆さんに早く会いたいな、と笑顔全開のシャングリラ萌。
(…これはいったい、何事なのだ…!)
キースの表情は冷静だけれど、顔の下はパニック状態だった。「シャングリラ萌…」と。
其処へ新たな美少女登場、これまた愛想の良さそうな子で。
「萌ちゃん、案内ありがとう! はじめまして、ギブリ好美(このみ)でぇーっす!」
ギブリはミュウのシャトルなの、と始まってしまったガイダンス。
人類の船より機能が遥かに上なのだという、ミュウどもの技術力の宣伝。「よろしくね!」と。
「…何なのだ、これは!?」
何処からこんなモノが出て来た、と凄すぎる画面を指差したキース。
どう眺めてもミュウのプロモーションだし、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」なるブツ。
「…今、猛烈な人気だそうです。…シャングリラ萌が」
ミュウが落とした星はもちろん、まだ人類の勢力下にある星系でも、とスタージョン中尉も困り顔。「大変なことになりました」と。
「ミュウのイメージ戦略なのか!?」
「そのようです。自由アルテメシア放送で、繰り返し流れているとかで…」
この映像をダウンロードして、違法にアップする輩まで、という報告。
シャングリラ萌とギブリ好美は、今や絶大な人気を誇るキャラクター。しかも、シャングリラがやって来たなら、手に入るのが応援グッズ。
「…応援グッズ?」
「はい。子供でも買えるステッカーから、値段高めのフィギュアまで…」
各種取り揃えて来るのだそうです、とスタージョン中尉は直立不動。陥落直後の惑星だったら、期間限定コラボカフェまであるらしい。
「…コラボカフェだと!?」
「限定メニューが売りのようです。入店記念グッズも手に入るとかで…」
もう物凄い人気ですよ、と聞かされてゾクリと冷えたのが背中。応援グッズも、コラボカフェの方も、どうやらミュウの資金源。
「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」で人気を勝ち取り、集金しながら地球を目指すミュウ。
「よろしくね!」と微笑む美少女キャラを作って、人類のハートを鷲掴みで。
なんということだ、と愕然としたキースだけれども、其処は腐っても機械の申し子。この作戦の穴に直ぐに気付いた。シャングリラ萌とギブリ好美が、如何に人気を誇っても…。
(所詮、男しか…)
ついて行かない筈だからな、と弾き出した答え。
美少女キャラでは、女性の心は掴めないもの。幼い子供だったらともかく、人類の行く末を左右するような年の女性は見向きもしない。
(…焦るな、キース…)
こんな現象は一時的なものだ、と考え、スタージョン中尉にも「無視しておけ」と下した指示。
萌えキャラごときで失う星なら、最初から期待しないから。
シャングリラ萌とギブリ好美に貢ぐ輩も、人類の未来を背負わせるには…。
(クズすぎて、どうしようもないからな…)
我々の世界に馬鹿は要らない、と冷たい笑いで切り捨てた。「ミュウにつく馬鹿は不要だ」と。
なにしろ世界の半分は女性、まだ充分に巻き返せる。
シャングリラ萌がやって来ようが、ギブリ好美が地球を目指そうが。
それきり忘れた「シャングリラ萌」。ギブリ好美の方もセットで、サックリと。
ところが一ヶ月も経たない間に、駆け込んで来たのがスタージョン中尉。
「大変であります!」と慌てた様子で、データ入りのケースを引っ掴んで。
「…今度はなんだ?」
またシャングリラ萌が出たのか、と嫌でも蘇って来た記憶。そういうキャラがいたのだった、と非常に不快な気分だけれども、スタージョン中尉は「違います」とデータを差し出した。
「どうぞ、ご自分の目でお確かめ下さい」
「………???」
まあいいが、とセットしてみたら、データは動画。身構えつつも再生を始めた途端に…。
「やあ、人類のみんな! ぼくの名前はアルテメシア!」
アル君と呼んでね、と爽やかなイケメンがニコッと笑った。またも実在しないキャラ。アニメの世界なイケメン青年、もちろん声もイケている。
「こっちが友達のソレイド君で…。ソレイド君、君の目標は?」
「やっぱり、地球(テラ)君に会うことかな!」
早く遊びに行きたいよね、とソレイド君もイケメンだった。アルテメシアとは違うタイプの。
「だよねえ…。地球(テラ)君、スポーツ万能、頭も凄くいいんだけど…」
「まだ会えないしね、ぼくたちが地球に着かないと…」
だから人類のみんなも応援してね、というメッセージ。
「素敵な友達を沢山増やして、地球(テラ)君に会いに行かなくちゃ」と。
超絶美形な地球(テラ)君の登場、その日を楽しみにしていてね、と。
「こ、これは…。まさか、こっちも大人気なのか…?」
アルテメシアとソレイド君が、と画面を指したら、スタージョン中尉は頷いた。
「ペセトラ君とか、友達が色々いるんです。しかもこっちは、ゲームも出来ていますから…」
ミュウどもが星や基地を落とす度に、キャラが一人増えます、という解説。
新しいイケメンが登場する度、女性たちが熱狂する仕組み。超絶美形な地球(テラ)君は、今の時点ではシルエットだけで…。
「モビー・ディックが地球に着いたら、地球(テラ)君が公開されるそうです」
「で、では…。この連中に萌えな女性たちは…」
我々がミュウに敗北するのを待っているのか、と言葉にせずとも自明の理。
「シャングリラ萌」を掲げて快進撃を続けるミュウたち。彼らが地球に着きさえしたなら、凄い美形がゲームにお目見えするのだから。
ついでに、アルテメシアやソレイド君にも、応援グッズやコラボカフェなどがセットもの。
人類はせっせとミュウに貢いで、今や敗北を期待している。
キッパリすっかり負けないことには、「シャングリラ萌」も「ギブリ好美」も来ないから。
超絶美形な地球(テラ)君だって、未公開のままで放置だから。
(…なんということだ…!)
いったい誰が仕掛けたのだ、と歯噛みしたってもう遅い。
「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」は男性のハートをガッツリ掴んで、アルテメシアが擬人化されたアル君たちには、女性が熱狂中だから。
(…男も女も、ミュウに貢いで…)
シャングリラが来るのを待っているのか、と慌てたけれども、とうに手遅れ。
それから間もなく、首都惑星ノアは戦わずして落ちてしまった。軍の内部にも広がりまくった、「シャングリラ萌」と「ギブリ好美」萌え。「早く来ないかな」と待たれたミュウたちの船。
(…何がコラボカフェだ…!)
泣きたい気持ちのキースを放って、スタージョン中尉も駆け込んで行ったコラボカフェ。
その始末だから、地球もサックリ、ミュウたちのもの。
キースには何も出来ないままで。あっさりキッチリ、グランド・マザーを壊されて。
死人の一人も出ないまんまで、のうのうと降りたシャングリラ。地球の空へと。
SD体制は既に倒れて、マザー・システムも跡形も無い。
けれど熱狂している人類、「やっと地球(テラ)君が公開された」と。
シャングリラ萌もギブリ好美も、これからグッズが山ほど発売されるのだから、と…。
シャングリラに萌え・了
※どう転がったら、こんな話になるのやら…。「シャングリラ萌」って、何なのかと!
仕掛けたのはジョミーか、トォニィなのかも謎であります。案外、外部に丸投げだとか…?