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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(E-1077…)
 それが此処か、とキースは頷く。
 長い通路を歩きながら。
(…マザー・イライザ…)
 そう名乗った女性。
 ただし、人ではなかったけれど。
 教育ステーション、E-1077を統べるコンピューター。
 けれど、何故だか気味が悪いとは思わなかった。
 「そういうものか」と思っただけ。
 だから言われるままに歩き始めた、この通路を。
 新入生のためのガイダンスが行われると、教えられたホールに向かって。


 此処が何処なのか、それは分かっているけれど。
 宇宙港に到着して直ぐ、自分は倒れたらしいけれども。
 何も不思議に思いはしないし、不安に思う気持ちも無い。
 ガイダンスがあるホールへ、其処へ行かねばと、前へと進むだけのこと。
 他には特に思いなどは無くて。
 ホールに入って、ざわめく新入生たちを目にした時にも…。
(…あの場所がいいか)
 そう思っただけ。
 単に空いていて、見やすそうだと考えたから。
 それだけのことで、特に無い理由。


 そして始まったガイダンス。
 何の感慨もなく見ていたけれども、不意に懐かしく感じたもの。
 暗い水の中、湧き上がった気泡。
 それに心を掴まれた気がする、何故か、一瞬。
(水…?)
 何故、と思う間もなく、その向こうから現れた胎児。
 後は子供たちの育成に関する説明に変わり、懐かしむ声がホールに上がった。
 「赤ちゃん…!」と。
 「お父さん、お母さん…」と、「パパ」と。
 意味は分かるけれど、何の興味も湧かない言葉。
 けれど、新入生たちは…。
(…こちらの方が懐かしいのか…?)
 不思議だと思う、その感覚。
 ガイダンスでは「血縁関係の無い家族」と、はっきり言っているのに。


(水ならば分かるが…)
 地球は水の星らしいから。
 人類が最初に生まれた星は、水に覆われていたらしいから。
 だから自分も、それに反応したのだろう。
 退治の映像が浮かぶよりも前、暗い水の中からゴボリと上がった泡の形に。
 それが水だと気付いたから。
(…不思議だな…)
 ホールに集まった新入生たち、彼らには本質というものが見えないのだろうか?
 血縁関係の無い家族などより、水の方がずっと近しいのに。
 地球も胎児も、水に覆われているものなのに。
 「全ての者が等しく地球の子なのだ」と、ガイダンスの声も言っているのに。
 なんとも分からない、他の者たちの奇妙な思考。
 水よりも、血縁関係の無い家族。
 それに惹かれるらしい者たち。


 とはいえ、ガイダンスは上手い具合に出来ていると思う。
 水よりも家族がいいらしい者たち、彼らの心を捉えたから。
「なるほど…。こうして地球への慕情を抱かせ、自分の果たすべき役割を…」
 認識させるわけか、と納得した中身。
 自分にはピンと来なかったけれど。
 何処か違和感を覚えるけれど。
(…水の方が、ずっと…)
 地球にも人にも近しいと思う、そのせいだろうか。
 まるで感銘を受けなかったのは。
 手を取り合う仲間、それを探そうとも思わないのは。
 もっとも、わざわざ探さなくても…。


(サム・ヒューストンと言っていたな?)
 自分に声を掛けて来た者。
 丁度いいから、と手を差し出した。
 「キース・アニアンだ」と。
「あ、ああ…!」
 握り返して来たサム・ヒューストン。
 ステーションでの第一歩は、上手く踏み出せたのだろう。
 感じ方は皆と違うけれども、上々の出来。
 惹かれるものが水か、家族か、それだけの違い。
 …多分、きっと。


 ガイダンスの後で、サムと別れて向かった部屋。
 宇宙港で倒れた自分は、まだ自分の部屋を一度も見てはいなかったけれど。
(…これを好きなように変えられるのか…)
 ベッドの隣に設けられた壁。
 スイッチ一つで、どのようにでも。
 用意されているものが気に入らないなら、他のデータを探してもいい。
(壁のままでも、かまわないんだが…)
 元は壁だし、と順に切り替えていった映像。
 それが水槽に変わった瞬間、引き込まれた。
 シルエットの魚が何匹か泳ぐ、ただそれだけのものだけれども。
(……水か……)
 何故か惹かれる、あの時のように。
 ガイダンスで目にした、胎児よりも惹かれた水のように。


 これに決めた、と選んだ映像。
 懐かしく感じる水槽と魚。
 きっと魂の記憶なのだろう、人は水から生まれたから。
 水の星、地球が人間を創り出したから。
(…家族は少しもピンと来ないが…)
 水は好きだ、と幻のそれに手を伸ばしてみる。
 何処かでこうしていたように思う、そんな筈など無いのだけれど。
 けれど懐かしい、水というものが。
 家族などより、この水の方が。
(…いいものだな…)
 まるで吸い込まれるような気がする心地良さ。
 胎児の頃の記憶なのかと思うくらいに、水に惹かれている自分。
 ステーションで暮らす間は、ずっとこの水と過ごしてゆこうか。
 水槽と魚、それが一番安らぐから。
 何故か惹かれて、その中でずっと生きていたのだと、そんな気持ちまで抱かせるから…。

 

         水の記憶・了

※シロエが「殺風景な部屋ですね」と評したキースの部屋。「へ?」と首を傾げていた自分。
 水槽ってトコがキースらしいと思ったんですけど…。シロエ、気付かなかったんですか?





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(二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで…)
 ずうっと真っ直ぐ。
 真っ直ぐ、とシロエは心で繰り返すけれど。
(…まただ……)
 また行けやしない、と睨んだコンパス。
 円を描くための道具ではなくて、方位磁針の。
 それも初期型、磁石を使っただけのもの。
 教育ステーションに連れて来られて間もない頃に自分で作った。
 これが必要だと思ったから。
 コンパスが無いと、見失ってしまいそうだったから。


 真っ直ぐに歩いてゆきたいのに。
 ネバーランドに続いている道、それを自分は探しているのに。
 いつも真っ直ぐ行けはしなくて、気付けば他所へと向いている針。
 今日こそは、と決めて歩き出しても。
 どんなに真っ直ぐ行こうとしても。


(…パパ、ママ……)
 真っ直ぐに歩けないんだよ、と叫び出したくなるけれど。
 涙が零れて落ちそうだけれど、それをしたなら…。
(……また呼ばれる……)
 ステーションの中を歩く時には、けして外してはならない装置。
 手首に嵌まった、マザー・イライザと繋がるそれ。
 何処かで見ているマザー・イライザ、不安定な者を呼び出すために。
 ツーッと鳴ったら、イライザのコール。
 拒むことなど出来はしなくて、入るしかないイライザの居場所。
 大抵の者は恐れるけれども、それは自身の評価でのこと。
 コールを受ければ評価が下がると噂されるから、皆が怖がる。
 けれど、自分が其処を嫌うのは…。


 皆とは違う、と噛んだ唇。
 今日も呼び出されてしまったから。
 母の姿を真似る機械に、忌まわしいマザー・イライザに。
 大理石のホールに見える空間、中央の女神を思わせる像。
 初めて其処へ呼ばれた時には、マザー・イライザがそれだと思った。
 なのに現れた、懐かしい母に似ている誰か。
 マザー・イライザと名乗ったそれ。
(…あの時から、ずっと…)
 変わらない姿のマザー・イライザ。
 母を真似ては、自分の心を覗き見る機械。
 「お眠りなさい」と導かれる眠り、それに抗うことは出来ない。
 目覚めた時には、一瞬、心が軽いのだけれど。
 気が晴れたように思うのだけれど…。


 いつだったろうか、心が軽いと思う理由に気付かされた日は。
 心から何かが消えていった分、軽くなるのだと気が付いた日は。
(……今日だって……)
 きっと何かを失くしてしまった、それが何かは分からないけれど。
 何を失くしたか分かるのだったら、幾らか救いはあるのだけれど。
(…分からないよ、ママ…)
 パパ、と見詰める小さなコンパス。
 今日も真っ直ぐ行けはしなくて、ネバーランドがまた遠くなる。
 真っ直ぐ歩いてゆきたいのに。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 たったそれだけで、ネバーランドに行けるのに。
 朝まで真っ直ぐ歩きたいのに。


 此処のせいだ、と悔しい思いで睨み付ける針。
 南と北とを指す筈の磁石、それは役立たないかもしれない。
 宇宙に浮かんだステーションだと、北も南も無いだろうから。
 人工的に作り出されている磁場、磁石はそれを指すだろうから。
(それに、真っ直ぐ…)
 行けやしない、と握ったコンパス。
 たとえコンパスが正しいとしても、ステーションの中で真っ直ぐに行けば…。
(……元の所に……)
 ぐるりと回って帰り着くだけ、ステーションは円を描いているから。
 どんなに真っ直ぐ歩いたとしても、円を描いて戻るだけだから。


 今日も行けずに、無駄に一周させられただけ。
 朝まで真っ直ぐ歩く代わりに、元の場所へと戻っただけ。
 ネバーランドに行けはしなくて、探し物さえ見付からなかった。
 コールされたせいで失くしてしまった、きっと大切だったろう何か。
 それが何かも思い出せない、けれど確かに何かを失くした。
 コールで心が晴れた分だけ、軽くなったと感じた分だけ。


(ママ、パパ…)
 教えて、と心で泣きながら歩く。
 顔に出したら、コールサインが鳴り響くから。
 マザー・イライザの部屋に呼ばれて、また大切な物を失くしてしまうから。
(…ママ、パパ…。教えて、ぼくに教えて…)
 何を失くしたのか、奪われたのか。
 機械が心から何を消したか、それが知りたくて歩くのに。
 二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうやって歩き続けてゆくのに、ぐるりと回って元の所へ戻ってしまう。
 ネバーランドには辿り着けなくて、失くしてしまった何かも見付け出せなくて。


 真っ直ぐに歩いてゆけはしないと教えるコンパス。
 また真っ直ぐから外れていった、と磁石の針が知らせてくれる。
 悲しいけれども、微かに残った希望も示してくれるコンパス。
 いつか真っ直ぐ歩けた時には、ネバーランドに行けるだろうと。
 そんな奇跡が起こるなら。
 円を描いて歩くしかない此処で、真っ直ぐに行ける時が来たなら。


(…二つ目の角を右に曲がって…)
 後は朝までずうっと真っ直ぐ、とコンパスを握ってまた歩いてゆく。
 そうすれば記憶が戻って来るかと、コールで失くした大切な物を取り戻せるかと。
(…パパ、ママ……)
 教えて、と心に零れ落ちる涙。
 今日のぼくは何を失くしたろうかと、どうすればそれは戻って来るかと。
(後は朝まで…)
 ずうっと真っ直ぐ、と見詰め続けるコンパスの針。
 ステーションに来て直ぐ、これが要るからと作ったコンパス。
 誰が自分に教えてくれたか、それさえも今は思い出せない。このコンパスの作り方。


(…ママ、パパ…)
 何を失くしたか、ぼくに教えて。
 マザー・イライザが何をぼくから奪って行ったか、ぼくに教えて。
 後は朝まで、真っ直ぐ歩いてゆきたいのに。
 歩けないよ、と泣き濡れる心。
 コンパスの針を見ながら、真っ直ぐ。
 それが出来ないと、どう歩いても円を描いて戻ってしまうと。
(……後は朝まで……)
 ずうっと真っ直ぐ、と歩き続ける、コンパスを持って。
 その作り方を幼かった日に教えた父さえ、それさえも思い出せないままで…。

 

         後は真っ直ぐ・了

※シロエは機械いじりが得意だったよな、と思った所までは、多分間違っていなかった筈。
 お父さんは機械のプロだったよな、とも考えたのに…。なんか色々とスミマセン。





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「セキ・レイ・シロエ。…お捨てなさい」
 過去を忘れておしまいなさい、と追ってくる声。
 懸命に走って逃げているのに、遠ざかってはくれない声。
「ママ、パパ…!」
 助けて、と幼いシロエは走り続ける。
 けれど勝てない、子供の足では。
「助けてーっ!」
 嫌だ、と悲鳴を上げる間もなく巻き込まれた渦。
 一つ、二つと消えてゆく記憶、大切なものが消されてゆく。
 いくら暴れても泣き叫んでも、浮かび上がった記憶は次から次へと。
 指の間から零れ落ちる砂、手から溢れて流れ落ちる水。
 そんな風に端から奪われる記憶、それを捕まえたと思うよりも前に。
「ママ…!」
 誰を呼んだら助かるのだろう、その名を自分は知っていたのに。
 それさえも思い出せない自分は、こうして捕まり、失くしたくない過去を、大事な記憶を…。


 声にならない絶叫の内に、いつしか成長していた身体。
 幼い自分は消えてしまって、着ているエリート候補生の服。
(……ぼくは……)
 こんなものになどなりたくなかった、幼い姿のままで良かった。
 地球へ行けなくてもかまわないから。
 ネバーランドより素敵だという、青い星など要らないから。
 その星を夢見たままで良かった、子供は行けない場所が地球なら。
 両親や、家や、育った町と引き換えなければ、手に入らないような夢の星なら。
 どうして気付かなかったのだろうか、馬鹿な自分は。
 あの日、素直に家を出たのか、ピーターパンの本だけを詰めた鞄を提げて。
 「さよなら」と別れを告げた両親、二度と会えないとは思わなかった。
 いつか地球へと旅立つ時には、また会えるのだと信じていた。
 立派な大人になったなら。
 「ただいま」と育った家に帰って、自分の姿を見て貰える日が訪れたなら。
 なのに、自分は失くしてしまった。
 大切なものを、両親も家も、育った町で築いたものを。
 これが自分だと思う全てを、今の自分を作り上げたものを。


 こんな育った自分は要らない。
 エリート候補生の服も要らない。
 何一つ欲しいと思わないから、消した記憶を返して欲しい。
 だから「返せ」と叫んでいるのに、「嫌だ」ともがき続けているのに。
 「お捨てなさい」と前へと回り込んだ機械。
 忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブ。
「嫌だーっ!」
 放せ、と振り回した腕に何かが触れた。
 左の腕から注ぎ込まれた、優しくて穏やかで心地良いもの。
(……何……?)
 それが何かは分からないけれど、誰かが自分に力をくれた。
 戦うには少し足りないけれども、逃れようとする自分に導きを。
(…誰……?)
 誰だったろうか、自分を助ける力を持っていた人は。
 その名を思い出せない人は。
(……ぼくは……)
 まだ忘れてはいない筈だと思いたいのに、呼べない名前。
 割れそうに痛み続ける頭を撫でるかのように、額にヒヤリと冷たい優しさ。
(ママ…?)
 きっとママだ、と湧き上がった希望。
 大丈夫。…まだ母のことは覚えているから。
 顔は忘れてしまったけれども、柔らかかった手は忘れないから。


(…パパだったんだ…)
 額を冷やしてくれている手が、母ならば。
 それならば、さっき導く力を腕に注いでくれた人。
 あれは懐かしい父なのだろう。
 幼い自分を高く抱き上げ、くるくると回ってくれていた父。
 きっと父が来て、腕に力を注いでくれた。
 母がいて、それに父もいてくれて…。
(…ママ…。パパ……)
 いつしか消えていた頭痛。
 いなくなっていた、テラズ・ナンバー・ファイブ。
 もう大丈夫、母と父が助けに来てくれたから。
 怖い機械を追い払ってくれて、力も、優しい手もくれたから。
(…ママ、パパ…。ぼく、もう大丈夫だよ…)
 大丈夫、とスウッと眠りに落ちてゆく意識。
 母も父もいてくれるのだから。
 身体はすっかり楽になったし、額には母の柔らかい手もあるのだから…。


 そうして眠って、眠り続けて。
 ぽかりと瞳を開けた時には、其処は見知らぬ部屋だった。
(ママ、パパ…!?)
 何処、と慌てて飛び起きたベッド。
 明かりが落とされた暗い部屋。
 両親を探し求める瞳に、映ったピーターパンの本。
(ぼくの本…!)
 急いでそれをギュッと抱き締めた、大切な宝物だから。
 両親に貰った大切な本で、別れることなど出来はしないから。
(…良かった…)
 あった、と瞳を閉じて、微笑んで。
 本の感触を確かめた後で、開いた瞳。
 両親は何処へ行ったのだろう、と。
 けれど…。


 暗い部屋の中、母かと思った人影。
 父は身体が大きかったから、その細い影はきっと母だ、と。
(…ママ…)
 そう思ったのに、母は其処にはいてくれなくて。
 信じられない思いで見詰めた、まるで思いもよらない人間を。
(…キース……!)
 額から消えてしまった母の手。
 優しい母の手ではなかった、額に貼られた冷却シート。
 忌々しいそれを不快感のままに毟り取る。
 よくもと、よくも騙してくれたと。
 見ればテーブルに、シートの袋と注射器が入った医療キット。
 それでは腕から貰った力も…。
(…パパじゃなかった…)
 愕然とするしかなかった事実。
 最初から母も父もいなくて、助けに来てくれたと思った力と、柔らかな手は…。


「…お前が……」
 そんな、とキースを睨んだ。
 余計なことをと、お前が懐かしい母と父のふりをしたのかと。
「何故だ、何故…!」
 それでは本を抱き締めた姿、あれもキースは見ていたのだろう。
 腹立たしさを叩き付けた言葉に、「何をした?」と返して来たキース。
 「追われているのだろう?」と。
「…知ってて助けた?」
 それも余計だ、と振り払いたくなる母と父とを侮辱したキース。
 たかが注射と冷却シートで踏み躙ってくれた、母と父との優しい思い出。
 だから皮肉な笑みを浮かべた、「…いいんですか?」と。
「マザー・イライザに叱られますよ」
 消えろ、と怒りをぶつけているのに、立ち上がり、ベッドに近付いたキース。
 「何故、マザーに逆らう。何故、そこまでする」と。
 何処までも憎く、腹立たしい男。
 機械の申し子、キース・アニアン。
 その正体はもう、知っているけれど。


 マザー・イライザが創った人形。
 それが自分を救うだなんて、と噴き上げてくる八つ当たりじみた感情と怒り。
 おまけに見られた、ピーターパンの本を抱き締めるのを。
 大切な本と自分の絆までをも、目の前のキースが盗み見てくれた。
 人間ですらもないくせに。
 機械が作った人形のくせに。
 ぶつけられずにいられない怒り、やり場がないから憎まれ口を叩く。
「…あなたらしい殺風景な部屋ですね。息が詰まりそうだ」
 さあ、怒ってみろ。この前みたいに殴ってみろ。
 なのに、挑発に乗らないキース。
 「マザーに逆らうということは、地球に逆らうということだ」と。
 そんな正論、聞きたくもない。


「…ぼくの服は?」
 これ、あなたのでしょう。あなたの匂いがする。…嫌だ。
 キースが着せたのだろうシャツ。
 機械の申し子のためのシャツなど、おぞましいだけ。腹立たしいだけ。
 さあ、怒れ、キース。
 正義面して母と父とのふりをしたキース、お前は要らない。
 ぼくの前から消えるがいい。
 消えてしまえ、と引っ張ったシャツ。
(……ママ、パパ……)
 ごめん、と心で詫びた優しい人たち。
 ママやパパとキースを間違えるなんて、馬鹿だったよ、と。
(…ママとパパなら…)
 助けて貰ったら嬉しいけれども、機械は憎いだけだから。
 機械が作った人形のキース、それに助けられたらしい自分が、ただ不甲斐ないだけだから。
 もうキースにはけして見せない、自分の中身は。
 心を固く覆い隠して、ボロボロにされた身体を怒りと皮肉で厚く鎧って。


 怒るがいい、キース。
 お前の秘密は掴んだから。…お前は機械の申し子だから。
 母も父も、成人検査も知らないキース。
 お前などに心は見せないから。
 ピーターパンの本に書かれた、夢の国への道順は決して教えないから。
 誰だったろうか、自分を本当に救える人は。
 ネバーランドへと飛び立つ翼を背にくれる人は、いつか救いに来てくれる人は。
 そのことも、けして話はしない。
 母と父とのふりをしたキース、こんな男に二度と心は見せないのだから…。

 

         夢が覚めたら・了

※「目が覚めた時は可愛かったのに…」と放映当時は思ったシロエ。豹変したな、と。
 可愛さ転じて皮肉大王。どう転がったらそうなるんじゃい、と考えていたらこうなったオチ。





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「サム・ヒューストンさんの病状ですが…」
 急激に衰弱が進んでいます、と医師に告げられた言葉。
 「此処から動かすのは難しいですか」と尋ねたけれども、「責任は負いかねます」と。
(……サム……)
 思わず噛みそうになった唇。置いてゆくしかないのか、と。
 この星に、友を。…もうすぐ捨てる予定のノアに。
 顔には出さずに堪えたけれど。
 それは容易いことだったけれど。


 医師と別れて、キースが向かった病院の庭。
 サムはパズルで遊んでいた。
 子供に戻ってしまったサムの、お気に入りのパズル。
 こうなったサムと再会した日から、いつでも持っているパズル。
「やあ、サム」
 近付けば、サムは顔を上げ、笑顔になった。「赤のおじちゃん!」と。
 そう、サムから見た自分は「赤のおじちゃん」。
 「キース」とは呼んでくれたことが無い、ただの一度も。
 それでも、サムは友だと思っているから。
 サムの血を固めて作ったピアスと、今日までずっと一緒だったから。
 此処にいる「友」に合わせて微笑む。
 「いい子にしてたか、サム」と。
 今の友が喜ぶだろう言葉で。


 ノアから連れては出られないサム。
 置いてゆくしか道が無い友。
 この星がミュウの手に落ちたならば、もう会えないかもしれないのに。
(…これが最後になるのだろうか…)
 まさか、と振り捨てた弱気な自分。
 ノアが落ちても、サムならばきっと大丈夫だから。
 癪だけれども、サムを壊してしまったミュウたちの長。それがサムの幼馴染だから。
(…サムの身体さえ、持ち堪えたなら…)
 いつか会える日もあるだろう。
 その時、世界はどうなっているか謎だけれども。
 もしかしたら自分は囚われの身で、宇宙の全てはミュウのものかもしれないけれど。
 …それでも自分は進むしかない、そのように創り出されたから。
 マザー・イライザが無から自分を、そのように創り出したのだから。


 サムに話せるなら、全て話してしまいたい。
 自分の生まれも、背負わされた荷も。
 けれど今では、叶わない話。
 サムが壊れていなかったならば、笑い飛ばしてくれただろうに。
 「何やってんだよ」と、「お前らしくもないぜ」と。
(…そうだな、きっとサムなら言うんだ…)
 「お前はお前に決まってんだろ」と、「お前が何でも気にしねえよ」と。
 マザー・イライザが創り出そうが、皆とは違う生まれだろうが。
 何処も少しも変わりはしないと、「俺たち、ずっと友達じゃねえか」と。


 けれども、聞ける筈もない。
 サムの言葉を聞けはしなくて、隣にはサムという名の子供。
 それでもポツリと口にしてみた独り言。
 サムを見舞った時の習慣、けして答えが返りはしないと分かっていても。
 話せば心が軽くなるから、友に打ち明けた気がするから。
「…パルテノンが私に元老となるよう要請して来た」
 そして続ける、いつものように。
 サムが応えるわけもないのに、かつての友が隣にいるかのように。
 「腑抜けた老人たちも、ようやく強力な指導者の必要性に気付いたわけだ」と。
 途端に「凄いや!」と返った答え。
 ハッと息を飲んで友を見詰めた、元に戻ってくれたのかと。
 なのに違った、サムが「凄い」と眺めているのは万華鏡。
 「光がキラキラしながら飛び散ってゆくよ」と。
 返ってくる筈もなかった答え。…単なる偶然。


 フッと苦笑して、また続けた。
「…SD体制に依存した人類は、もうそれ無しでは生きてゆけなくなってしまった」
 自分から檻の中で暮らすことを選んだ者たちの、哀れなる末路だ。
 …それでも私は、この体制を守るしかない。
 そのために生まれたのだから。


 サムには届く筈がない、と紡いだ言葉。
 「そうだねえ…」とサムは返した。
 まるで分かってくれたかのように。
 そのままサムは零したけれど。
 「いつもいつも、パパは勉強しろって、うるさいんだ。…嫌んなっちゃうよ」と。
 やはり通じてはいなかった話。
 けれど、「そうだね」と言ってくれたサム。
 きっとサムなら言うだろう言葉、かつての友ならくれた言葉を。
 それだけでフッと消え失せた重荷。
 サムもそう言ってくれたのだから、と。「そのために生まれたんだよな」と、サムが。


 だから、サムへと向けていた笑顔。
 「サムはいつまでも子供のままなんだな」と、今のサムへと掛ける言葉を。
 「うん」とサムは笑顔で答えた、「ママのオムレツは美味しいよ」と。
 今日は不思議に噛み合う会話。
 傍で聞いたなら、少しもそうではないだろうけれど。
 自分は独り言を話して、サムも心のままに話して。
 それを会話と言いはしなくて、ただ隣り合っているだけのこと。
 別の世界の住人同士で、世界はけして交わりはしない。
(…だが、今日は…)
 サムと話している気がする。
 時の彼方から、かつての友がヒョイと覗いて。
 「どうしたんだよ」と、「元気出せよ」と。
 そんなことなど、有り得ないのに。
 起こる筈もないと、知っているのに。


(……不思議だな……)
 何度もサムを見舞ったけれども、今日まで一度も無かったこと。
 ほんの偶然の重なりとはいえ、「サムが応えた」と思うようなこと。
 夕陽が庭を照らし出す中、偶然でもいいと思えた出来事。
 サムは答えてくれたのだから、と。
 そうしたら…。
「あっ、小鳥!」
 木の枝に三羽、白い小鳥が並んで止まった。
 嬉しそうに見上げ、立ち上がったサム。小鳥の方へと歩き出して。
 そして数えた、三羽の鳥を。
「キース、スウェナ、ジョミー…」
 昔語りか、と自分も同じに白い小鳥を見上げたけれど。


「みんな、元気でチュかー!」
 そう叫んだサム。
 思わずアッと見開いた瞳、それは本当にサムだったから。
 遠い昔に、「元気でチューか?」と、サムは確かに言ったのだから。
 教育ステーションで共にいた頃、ナキネズミのぬいぐるみを握りながら。
 「元気でチューか?」と。
 自分も真似てサムを見舞った、ぬいぐるみを手に。
 「元気でチューか?」と、「難しいものだな。サムのようにはなかなか出来ない」と。
 あの時、笑ってくれたサム。
 「お前、最高!」と、「メチャメチャ癒されるぜ」と。
 そう、あのサムでしか有り得ない。
 「元気でチューか?」と言えるのは。
 たとえ小鳥が相手であっても、サムは確かにサムだったのだ、と。


(……サム……)
 お前なんだな、と座ったままで見ていた友。
 さっき確かに其処にいたな、と。
 それでは自分の言葉に答えていたのもサムだったろうか。
 「凄いや!」と、それに「そうだねえ…」と。それから、「うん」と。
 神は奇跡を起こしただろうか、サムに会わせてくれたのだろうか。
(……そんなことが……)
 ある筈がない、とはもう思わない。
 自分はサムを見たのだから。「元気でチューか?」と小鳥に呼び掛けたサムを。
 奇跡なのか、と驚く自分の隣で、戻って来たサムが手に取ったパズル。
 お気に入りのパズル。
 それを「あげる」と差し出したサム。
 「みんな友達」と。
 サムの笑顔と、貰ったパズル。


「……友達か……」
 呟いた言葉に、サムは応えなかったけれども。
 自分は答えを得たのだろう。
 時の彼方から来てくれたサム。
 ほんの僅かな時だったけども、サムは此処まで来てくれたから。「元気でチューか?」と。
 サムが友だと言ってくれるなら、「みんな友達」と今でも言ってくれるのならば。
(…キース、スウェナ、ジョミー…)
 置いて行っても大丈夫だぜ、とサムは教えてくれたのだろう。
 「ジョミーも俺の友達だから」と、「心配しないで置いて行けよ」と。
 お前はノアを離れていいぜと、ジョミーも俺の友達だから、と。
(……そうなんだな? サム……)
 ならば行こう、とパズルを手にして立ち上がった。
 旅立つ自分にサムが贈ってくれた餞、それが大切なパズルだから。
 それと一緒にノアを旅立とう、サムは「行けよ」と背中を押してくれたのだから。


 そのために自分は生まれて来た。
 人類を、SD体制を守るためだけに。
 「そうだねえ…」とサムも言ってくれたから。
 そのために生まれたことを、使命を、サムは否定はしなかったから。
 「元気でチューか?」と、時の彼方から戻って来て。
 お前ならきっと大丈夫だぜと、サムは言いに来てくれたのだから…。

 

        友がくれた言葉・了

※いや、これってそういうエピソードだよな、と思うわけですが。…深読みしすぎ?
 放映当時は「今回、ミュウ側はスルーですかい!」と呆然だった自分。人生、謎だわ…。





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(…シロエ。いったい誰に…何をされた?)
 覗き込んだベッドの上。苦痛のためか、汗の浮かんだシロエの顔。
 灯りが落とされたステーションの中庭、自分を呼び止めたのはシロエだけれど。
 「とうとう見付けましたよ、キース。…あなたの秘密をね」と。
 けれど、意識を失ったシロエ。
 続きを口にする前に。
 それにシロエが座っていた場所、外された通風孔の蓋。
 シロエは其処から出て来たのだろう、誰かに追われて。
 このステーションで追われることがあるなら、追っている者は…。
(…マザー・イライザ…)
 他には誰も思い付かない。マザー・イライザしかいない。


 だからシロエを連れて戻った。自分の部屋に。
 シロエが口にした「あなたの秘密」も、気掛かりでならないことだけれども。
 それよりも気に懸かるシロエのこと。
 いったい誰に何をされたか、どうして追われることになったか。
(…マザー・イライザに…)
 逆らいすぎただろうか、シロエは。
 優等生のくせに、システムに対して反抗的。要注意人物の指示さえ出ていたシロエ。
 彼ならば何かやるかもしれない、マザー・イライザの不興を買いそうなことを。
 こうして追われることになろうとも、自らの意志を貫き通して。
(…目を覚まさない内は、何も分からないか…)
 少しでも身体が楽になるよう、注射と、額に冷却シート。
 後は目覚めを待つよりは無い。
 シロエの意識が戻って来るまで。


 そうしてベッドの脇に座って、ふと目を留めたシロエの枕元。
 何の気なしに置いてやった本、シロエがしっかりと抱えていた本。
(…ピーターパン…?)
 そんなに大事な本なのだろうか、ずいぶんと古いこの本が。
 作られてから何年経っているのか、何度も繰り返し読まれたらしい古び方。
 いつから持っていたのだろうか、と眺めたけれど。
(…馬鹿な…!)
 有り得ない、と見詰めたシロエの持ち物。
 自分は覚えていないけれども、成人検査を受ける時には、荷物を持ってはいけない決まり。
 身に着けていた服や小物などなら、そのまま通過出来るのだけれど…。
(こんな本だと…)
 成人検査を通過出来るとも思えない。
 それともシロエは懸命に抱え、手放すまいとしたのだろうか。
 彼を此処まで連れてくる時、意識は無くとも、本を抱えたままだったように。


(…まさか…)
 本当にそうやって持って来たのか、と手に取った本。
 ステーションでこれほどの時を経て来た本だというなら、ライブラリーの蔵書だから。
 背表紙にそれを示す印が刻み込まれている筈だから。
(……無い……?)
 其処に見慣れた印は無かった。
 ライブラリーの本の現在位置をも知らせる筈の、その刻印は。
(…やはり、シロエの…)
 本だったのか、と驚いたそれ。
 興味が出て来た、古びた本。
 どうしてシロエは今も大切に持っているのか、ステーションまで持って来たのか。
 どういう中身の本なのだろうか、ピーターパンは。
(…だが、シロエのだ…)
 これは読むまい、と枕元へと戻してやった。
 シロエが大切にしている本なら、勝手に中を見てはいけない。
 幼い頃から持っていたなら、なおのこと。


 中を見ずとも、答えは得られる。
 ライブラリーのデータベースにアクセスしたなら、恐らくはきっと。
(…マザー・イライザに気付かれないよう…)
 注意せねば、と心を落ち着け、呼び出した画面。
 「ピーターパン」とタイトルを打ち込み、出て来たデータを読み進めたら…。
(…子供たちだけの世界で生きる少年…)
 永遠に年を取らない少年、それがピーターパンだった。
 なんと危険な本なのだろうか、この社会では大人になることを拒めはしない。
 そういう意思を表示したなら危険思想で、心理検査も免れないのではなかったか。
(……要注意人物……)
 それでは、シロエはこの本のために、禁を犯して追われたろうか。
 大人にならない永遠の少年、ピーターパンのように生きていたいと願ったろうか。
 シロエがその目を覚まさない内は、その胸の中は分からないけれど。
 心の中まで覗き見ることは、人間の身では出来ないけれど。


(…マザー・イライザなら…)
 人の心を覗けるのだった、だからシロエも見付かったろうか。
 ピーターパンのように生きてゆこうと、逆らい続けて、何かをして。
 「見付けましたよ」と言った秘密とやらを、ステーションの何処かで掘り起こして。
 そして追われて、それでも離さなかった本。
 幼い頃から大切に持って、成人検査も本を持ったままくぐり抜けて来て、そして今まで。
 何があろうとも離すものかと、懸命に本を抱え続けて。
(…そんなに大切な本だったのか…)
 開いて読まなくて良かったと思う、あの本はシロエの宝物だから。
 もしかしたら命さえも投げ出すくらいに、あの本と共にとシロエは願っているだろうから。
(……シロエが起きたら……)
 訊いてみようか、「その本はとても面白いのか?」と。
 シロエが暴いた秘密とやらも気になるけれども、それよりも、本。
 やっとシロエの心の欠片を掴んだように思えるから。
 システムに逆らい続ける理由を、垣間見たような気がするから。


 …訊いてみようか、シロエの意識が戻ったならば。
 彼に話す気があったとしたら。
 「その本はずっと持っているのか?」と、「いつから持っていたんだ?」と。
 自分の秘密も気になるけれども、シロエの心も気に懸かるから。
 機械を、システムを憎み続けるシロエの心。
 それが何故なのか、訊きたいから。
 システムへの疑問は自分も同じに持っているから、それをシロエと話してみたい。
 「その本はとても面白いのか?」と、「危険思想に見える本だが、楽しいのか?」と。
 シロエの意識が戻ったら。
 彼が自分と話してもいいと、そう考えてくれるのならば…。

 

        訊いてみたい本・了

※ピーターパンの本、キースが渡した筈なんですよね、逮捕しに来た警備員たちに。
 大切な本だと気付いたからこそだよな、と考えていたら、こんな結果に…。





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