(…怯えた視線。何故、怯える?)
此処に、ソレイドに着いた時から気になった視線。
何故、とキースの意識は背後へと向く。
如何にも気の弱そうな青年。他に取り立てて特徴は無い。
自分はそんなに恐ろしそうに見えるだろうか。
(…冷徹無比な破壊兵器…)
そういう異名を取ってはいても、自覚はある。上辺だけだと。
本当に自分が冷徹無比な人間ならば…。
(……サム……)
この耳のピアス。
それを付けては来ていない。
友の、サムの血を固めたピアスなどは。
それでも怖く見えるのだろうか、と考えたから。
「ジョナ・マツカ。…此処へ配属されたばかりです」
よろしくお願いします、アニアン少佐。
敬礼したマツカと名乗った青年。
彼を無意味に怯えさせないよう、笑みを浮かべた。
さっきまでいた教育ステーションでの先輩、マードック大佐にも見せなかった笑みを。
「ああ、世話になる」と。
ただし、最前線でもあるソレイド。
自分が此処まで赴いた理由、Mの拠点が近いとの噂。
万が一ということもあるから、気付かれないよう引き締めた顔。
もしかしたら、この怯えた青年。
Mのスパイかもしれないから。…でなければ、自分に敵意を抱くM。
(ミュウだとしたら…)
対処法はもう分かっている。
彼らは心を読み取る生き物。わざと読ませてやればいい。
自分の思考を、言葉とは別に。
そういう訓練もメンバーズとして受けて来たから、容易いこと。
もしも単なる思い過ごしなら…。
(無駄に怖がらせては悪いからな)
だから、言葉では愛想よく。
さっきサムの名を思い浮かべたから、サムだと思って。
壊れてしまった今のサムなら、怖い人間は嫌いだろうから。
「二人の時はキースでいい」
少佐、と呼び掛けたマツカにそう返したら、またも「少佐」と呼んでしまって謝る始末。
本当にただの気弱な者かもしれないけれども、念のため。
(お前は誰だ?)
心の中でだけ尋ねた言葉。けれど…。
「テーブルにコーヒーを用意しておきました」
反応しなかったマツカ。なのに、一層、怯えた気配。
「気を遣わなくていい」
「いや、しかし…」
「私は客ではない」
そう言いながらも、わざと落としてみせた拳銃。
鍛え抜かれた軍人だったら有り得ないミス、それを床へと落とすなどは。
これも作戦、きっとマツカは拾おうと駆け付けて来るだろうから。
床の銃へと触れた途端に、その手に重なったマツカの手。
言葉にはせずに心で叱った。
(私に触れるな!)
「すみません、そんなつもりじゃ!」
返った答え。そして引き攣ったマツカの顔。
やはり、と撃とうとするよりも早く、マツカが放って来たサイオン。
壁へと叩き付けられたけれど、その程度で自分を倒せはしない。
力に抗って引いた引き金、倒れたマツカの襟首を掴み、突き付けた銃。
「こちらの心を読んだな。言え、どうやって成人検査をパスした!」
それとも、何百も年を誤魔化して潜り込んだミュウのスパイか!
そのどちらかだ、と考えたのに。
どちらにしたって、然るべき措置を。
ミュウは処分し、排除すべきだと自分の中で答えを弾き出したのに。
「ミュウ…。知らない…」
そう言ったマツカ。
嘘だと思った、当然のように。…そんなことなど有り得ないから。
けれど、外れてしまった読み。
マツカは本当に何も知らなかった。
ずっとマザーを騙し続けて来た、と放り出してやったベッドで震え続けたマツカ。
「こんな変な自分を、誰にも知られず済んだら満足だったんだ」と。
自分が突然変異種だと知らないマツカ。
人の心を読める力が、それのせいだということさえも。
ただ偶然の悪戯で成人検査をパスしただけ。…劣等生のふりをしていた憐れなミュウ。
(処分すべきだが…)
どうして自分は、黙って聞いているのだろう。
たかが一匹のミュウの嘆きを、と自分でも不思議に思っていた時。
馬鹿々々しい、と半ば自分にも向けて心で呟いた時。
「ぼくはそうなれなかったんだ!」
叫んで身体を起こしたマツカ。
(…シロエ…!)
不意に重なった、シロエの面影。
さっきマツカが肩を震わせて言っていた言葉は…。
(それぞれ個性は持っているのに、一つ、地球に関してだけは判で押したように…)
同じ反応をするようになる。
ぼくはそうなれなかったんだ、とマツカは叫んだ。
まるであの日のシロエのように。
「機械の言いなりになって生きることに、何の意味があるんですか」と笑ったシロエ。
そして続けた、「ぼくは許せないんだ!」と。
「正義面して、ぼくの大切なものを奪った成人検査がね」と。
テラズ・ナンバー・ファイブだけは許せないと、怒りを露わにしていたシロエ。
明確に過ぎたシステム批判。…要注意人物と見做されるどころか…。
「なるほど。…危険度第一級だな」
シロエと同じ。
方向性は違うけれども、マツカも、シロエも、その危険度は第一級。
あの後、シロエは宇宙へと逃れ、自分がこの手で撃ち落とした。
遥か後になってから、風の噂で聞いたこと。シロエはMのキャリアだった、と。
つまりはシロエもミュウだった。…だから消された。マザー・イライザに。
けれど、マツカは…。
どう扱うかは、自分の心次第。
誰もマツカがミュウだと知りはしないし、マザー・システムも気付いていない。
銃を突き付けられ、泣くだけのマツカ。
(…シロエとは全く違うタイプか…)
泣くことしか出来ない、弱いだけのミュウ。
何故か重なるサムの面影。…今の壊れてしまったサム。
今のサムなら泣くことだろう。こんな立場に追い込まれたならば、きっと怯えて。
かつて殺すしかなかったシロエ。
それから、今も友と思うサム。
二人の面影が重なるマツカ。
震え、涙を流す姿に、思わず失くしてしまった声。…「可哀相だ」と。
ならば、あの日のシロエの代わりに。
壊れてしまった友の代わりに、この青年を救ってみようか。
誰にも褒められはしないけれども、システムに逆らうことだけれども。
(だが、システムなど…)
最初から疑問だらけだから。けして正しいとは思わないから。
「…三時間もすれば痛みも痕も消える。…消炎にはDW005がいい」
胸に刻め。お前クラスの能力では次の機会は無い。
今度私にその力を使えば、必ず射殺する。
…そう言い置いて、踵を返した。
慌てて追って来たマツカに向かって、もう一発、さっきの衝撃弾を撃ち込んだけれど。
「私の後ろから近付くな」と。
もうそれ以上は、自分の与り知らぬこと。
(…ソレイドにMは一人もいない)
自分はMと出会っていないし、マツカはただの気弱な青年。
そういうことでいいだろう。
シロエが、サムが重なったから。
憐れで孤独なミュウの向こうに、二人の姿を見た気がするから。
だからマツカを咎めまい。
あの日、シロエが乗っていた船を落とすより他に道が無かった、候補生とは違うから。
今の自分はメンバーズ・エリート、部下を選んでいいのだから。
シロエが、サムが重なったマツカ。
彼を選ぼう、一人目として。
役に立つかは分からないけれど、今は自分の好きに出来るから。
たとえシステムに逆らおうとも、今なら自分の意志を貫く力を手にしているのだから…。
重ねた面影・了
※どうしてキースはマツカを見逃したんだろうね、と考えていたらこうなったオチ。
サムとシロエが重なっちゃったら、そりゃ、見逃したくもなりますよねえ…。