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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(…怯えた視線。何故、怯える?)
 此処に、ソレイドに着いた時から気になった視線。
 何故、とキースの意識は背後へと向く。
 如何にも気の弱そうな青年。他に取り立てて特徴は無い。
 自分はそんなに恐ろしそうに見えるだろうか。
(…冷徹無比な破壊兵器…)
 そういう異名を取ってはいても、自覚はある。上辺だけだと。
 本当に自分が冷徹無比な人間ならば…。
(……サム……)
 この耳のピアス。
 それを付けては来ていない。
 友の、サムの血を固めたピアスなどは。


 それでも怖く見えるのだろうか、と考えたから。
「ジョナ・マツカ。…此処へ配属されたばかりです」
 よろしくお願いします、アニアン少佐。
 敬礼したマツカと名乗った青年。
 彼を無意味に怯えさせないよう、笑みを浮かべた。
 さっきまでいた教育ステーションでの先輩、マードック大佐にも見せなかった笑みを。
 「ああ、世話になる」と。
 ただし、最前線でもあるソレイド。
 自分が此処まで赴いた理由、Mの拠点が近いとの噂。
 万が一ということもあるから、気付かれないよう引き締めた顔。
 もしかしたら、この怯えた青年。
 Mのスパイかもしれないから。…でなければ、自分に敵意を抱くM。


(ミュウだとしたら…)
 対処法はもう分かっている。
 彼らは心を読み取る生き物。わざと読ませてやればいい。
 自分の思考を、言葉とは別に。
 そういう訓練もメンバーズとして受けて来たから、容易いこと。
 もしも単なる思い過ごしなら…。
(無駄に怖がらせては悪いからな)
 だから、言葉では愛想よく。
 さっきサムの名を思い浮かべたから、サムだと思って。
 壊れてしまった今のサムなら、怖い人間は嫌いだろうから。


「二人の時はキースでいい」
 少佐、と呼び掛けたマツカにそう返したら、またも「少佐」と呼んでしまって謝る始末。
 本当にただの気弱な者かもしれないけれども、念のため。
(お前は誰だ?)
 心の中でだけ尋ねた言葉。けれど…。
「テーブルにコーヒーを用意しておきました」
 反応しなかったマツカ。なのに、一層、怯えた気配。
「気を遣わなくていい」
「いや、しかし…」
「私は客ではない」
 そう言いながらも、わざと落としてみせた拳銃。
 鍛え抜かれた軍人だったら有り得ないミス、それを床へと落とすなどは。
 これも作戦、きっとマツカは拾おうと駆け付けて来るだろうから。


 床の銃へと触れた途端に、その手に重なったマツカの手。
 言葉にはせずに心で叱った。
(私に触れるな!)
「すみません、そんなつもりじゃ!」
 返った答え。そして引き攣ったマツカの顔。
 やはり、と撃とうとするよりも早く、マツカが放って来たサイオン。
 壁へと叩き付けられたけれど、その程度で自分を倒せはしない。
 力に抗って引いた引き金、倒れたマツカの襟首を掴み、突き付けた銃。
「こちらの心を読んだな。言え、どうやって成人検査をパスした!」
 それとも、何百も年を誤魔化して潜り込んだミュウのスパイか!
 そのどちらかだ、と考えたのに。
 どちらにしたって、然るべき措置を。
 ミュウは処分し、排除すべきだと自分の中で答えを弾き出したのに。


「ミュウ…。知らない…」
 そう言ったマツカ。
 嘘だと思った、当然のように。…そんなことなど有り得ないから。
 けれど、外れてしまった読み。
 マツカは本当に何も知らなかった。
 ずっとマザーを騙し続けて来た、と放り出してやったベッドで震え続けたマツカ。
 「こんな変な自分を、誰にも知られず済んだら満足だったんだ」と。
 自分が突然変異種だと知らないマツカ。
 人の心を読める力が、それのせいだということさえも。
 ただ偶然の悪戯で成人検査をパスしただけ。…劣等生のふりをしていた憐れなミュウ。
(処分すべきだが…)
 どうして自分は、黙って聞いているのだろう。
 たかが一匹のミュウの嘆きを、と自分でも不思議に思っていた時。
 馬鹿々々しい、と半ば自分にも向けて心で呟いた時。


「ぼくはそうなれなかったんだ!」
 叫んで身体を起こしたマツカ。
(…シロエ…!)
 不意に重なった、シロエの面影。
 さっきマツカが肩を震わせて言っていた言葉は…。
(それぞれ個性は持っているのに、一つ、地球に関してだけは判で押したように…)
 同じ反応をするようになる。
 ぼくはそうなれなかったんだ、とマツカは叫んだ。
 まるであの日のシロエのように。
 「機械の言いなりになって生きることに、何の意味があるんですか」と笑ったシロエ。
 そして続けた、「ぼくは許せないんだ!」と。
 「正義面して、ぼくの大切なものを奪った成人検査がね」と。
 テラズ・ナンバー・ファイブだけは許せないと、怒りを露わにしていたシロエ。
 明確に過ぎたシステム批判。…要注意人物と見做されるどころか…。


「なるほど。…危険度第一級だな」
 シロエと同じ。
 方向性は違うけれども、マツカも、シロエも、その危険度は第一級。
 あの後、シロエは宇宙へと逃れ、自分がこの手で撃ち落とした。
 遥か後になってから、風の噂で聞いたこと。シロエはMのキャリアだった、と。
 つまりはシロエもミュウだった。…だから消された。マザー・イライザに。
 けれど、マツカは…。
 どう扱うかは、自分の心次第。
 誰もマツカがミュウだと知りはしないし、マザー・システムも気付いていない。
 銃を突き付けられ、泣くだけのマツカ。
(…シロエとは全く違うタイプか…)
 泣くことしか出来ない、弱いだけのミュウ。
 何故か重なるサムの面影。…今の壊れてしまったサム。
 今のサムなら泣くことだろう。こんな立場に追い込まれたならば、きっと怯えて。


 かつて殺すしかなかったシロエ。
 それから、今も友と思うサム。
 二人の面影が重なるマツカ。
 震え、涙を流す姿に、思わず失くしてしまった声。…「可哀相だ」と。
 ならば、あの日のシロエの代わりに。
 壊れてしまった友の代わりに、この青年を救ってみようか。
 誰にも褒められはしないけれども、システムに逆らうことだけれども。
(だが、システムなど…)
 最初から疑問だらけだから。けして正しいとは思わないから。
「…三時間もすれば痛みも痕も消える。…消炎にはDW005がいい」
 胸に刻め。お前クラスの能力では次の機会は無い。
 今度私にその力を使えば、必ず射殺する。
 …そう言い置いて、踵を返した。


 慌てて追って来たマツカに向かって、もう一発、さっきの衝撃弾を撃ち込んだけれど。
 「私の後ろから近付くな」と。
 もうそれ以上は、自分の与り知らぬこと。
(…ソレイドにMは一人もいない)
 自分はMと出会っていないし、マツカはただの気弱な青年。
 そういうことでいいだろう。
 シロエが、サムが重なったから。
 憐れで孤独なミュウの向こうに、二人の姿を見た気がするから。
 だからマツカを咎めまい。
 あの日、シロエが乗っていた船を落とすより他に道が無かった、候補生とは違うから。
 今の自分はメンバーズ・エリート、部下を選んでいいのだから。
 シロエが、サムが重なったマツカ。
 彼を選ぼう、一人目として。
 役に立つかは分からないけれど、今は自分の好きに出来るから。
 たとえシステムに逆らおうとも、今なら自分の意志を貫く力を手にしているのだから…。

 

       重ねた面影・了

※どうしてキースはマツカを見逃したんだろうね、と考えていたらこうなったオチ。
 サムとシロエが重なっちゃったら、そりゃ、見逃したくもなりますよねえ…。





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「なあ、キース。…ホントに何も覚えてねえのかよ?」
 ある日、突然サムに問われた。
 食事の途中で、まるで何かのついでのように。
「…何の話だ?」
 自分は何かしただろうか、とキースは途惑ったのだけれども。
 「悪ィ、言い方、マズかったよな」と頭を掻いたサム。
「前に言ってた話だよ。…成人検査よりも前のことは何も覚えていない、って」
 言ったろ、お前?
 本当に何も覚えてねえのか、少しくらいは覚えてるのか、気になってさ…。
 ほら、普通は…って、お前、友達も覚えていねえんだっけ…。
 「それは重要なものなのか」って、俺に訊いてたくらいだもんな。
 でもさ…。
 ちょっとくらいは、と問い掛けるサムは、心配してくれている顔で。
 懐かしい記憶が何か無いのかと、次々と挙げてくれる例。


「キースだったら、やっぱり、学校かなあ…」
 教室とかさ、先生とか。
 覚えてねえかな、そんな感じで。
 …俺だと叱られちまったこととか、勉強よりかはスポーツだけどよ。
 お前だったら教室の前のボードとか…。お前が取ってたノートだとか。
 それに教科書、と挙げて貰っても、どの例もピンと来ないものばかり。
(…教室に先生…)
 どういうものかは分かるけれども、頭に浮かぶのは今の教育ステーション。
 教科書もそうで、ノートも同じ。教室の前のボードにしても。
(…叱られたことも、スポーツも…)
 何一つ思い出せない自分。
 何処で教育を受けていたのか、どんなスポーツをしていたのかも。
(スポーツ…)
 教育ステーションに来るよりも前にやるスポーツなら、何があっただろうか?
 サッカーにテニス、それに水泳、と知識を反芻している内に。
 そうだ、と思い付いたこと。
 学校で習うスポーツなどとは、何の関係も無いのだけれど。


(……水……)
 水泳という言葉で浮かんだ記憶。
 あれを記憶と呼べるのかどうか、自分でもあまり自信が持てない。
 けれど、ゴボリと湧き上がる気泡。
 確かに自分はそれを頭に思い浮かべたし、あれはステーションに着いた日のこと。
 目の前のサムと出会うよりも前に、ホールで見ていたガイダンス。
 映像の中に現れた胎児、その先触れの水のイメージ。
(…水から生まれた、と思ったんだ…)
 胎児も、地球の全ての命も。
 あの映像の水に惹かれて、心を掴まれた気がした一瞬。
 ほんの欠片に過ぎないけれども、きっと記憶の内なのだろう。
 此処に来るよりも前に自分が見たもの。
 もしかしたら、胎児であった頃に。
 人工子宮の中にいた頃、まだ開いてもいなかったかもしれない目で。
(サムは笑うかもしれないが…)
 話してみようか、あの水のことを。
 きっと唯一の記憶だから。
 ステーションに来るよりも前の、故郷にいた頃の自分が見たもの。


 あまりに不確かで、夢だと一蹴されそうな記憶。
 けれども確かに見たと思うから…。
「…一つだけ、無いこともないんだが…」
 多分、笑うと思うんだが、と前置きをしたら「笑わねえよ」と唇を尖らせたサム。
「俺が笑うと思うのかよ? 訊いたの、俺だぜ?」
 お前がハッキリ覚えてないなら、力になろうと思ってさ…。
 俺の記憶も、成人検査を受けてから後は、曖昧になっちまっているんだけどな。
 でもよ、お前よりマシだから。…こんなのだ、って手掛かりがあれば分かるかも、って。
 どんな記憶か、言ってみてくれよ。
 形でもいいし、色でもいいし。
 そう言ってくれるサムは、本当に真剣だったから。
 「手掛かりにもならないと思うんだが…」と切り出してみた。
「…水なんだ。ただ、水としか…」
「水?」
 なんだよ、それ?
 こう、一面の水なのかよ、と乗り出したサム。それなら海だ、と。
 でなければ湖、そういったもの。故郷で見ていた景色なのでは、と。
「…違うと思う。…そうだとしても…」
 見ていたと言うより、その中にいた。…水の中を泡が昇っていたから。


 そういうイメージしか残っていない、とサムに明かした水の記憶。
 ガイダンスで見て以来、気に入っていると。
 だから自分の部屋の壁にも、水槽のイメージを投影したと。
 そうしたら…。
「すげえや、キース! やっぱり、お前は並みじゃねえよな!」
 俺なんかとは出来が違うぜ、とサムが指差した自分の頭。
「…凄いって…。サムの方がずっと凄いと思うが…」
 色々なことを覚えているし、と記憶のことを褒めたのに。
「俺? …あんなの、誰でも覚えてるんだよ、友達だとか、学校とかは」
 当たり前のことで、普通のことで…。
 だけど、お前は最初のことをしっかり覚えていたってな!
 だってそうだろ、誰だって最初は水の中だし。
 …俺は忘れてしまったけどな、と残念そうなサム。
 その頃の記憶が俺にもあったら、もっと成績良かったかもな、と。
「…あれが最初の記憶だと…? 笑わないのか…?」
 勘違いだとか、思い違いだとか。
 そう言われても、仕方ないんだと思っていたが…。
 何処かで潜った時の記憶とか、そんな記憶の名残だろう、と…。


 きっと笑われるか、思い違いだと諭されるか。
 そんな所だと思っていたのに、サムは感動を覚えたようで。
 しきりに「凄い」と繰り返しながら、自分のことのように喜んでくれた。
「それしか覚えていねえにしても…。良かったじゃねえか、一つあったぜ、お前の記憶」
 ゼロってわけじゃねえんだよ。
 …でもさ、他の奴らには言わねえ方がいいかもな。
 なんか夢でも見たんじゃねえか、って真面目に取り合ってくれそうもねえし。
 生まれる前の記憶なんてさ。…俺は凄いと思うけどな。
「…やはり言わない方がいいのか?」
「多分な。…忘れちまった、って方がマトモに聞こえるんじゃねえの?」
 お前だけに、とポンと肩を叩いてくれたサム。
 「頭のいいお前が生まれる前の記憶だなんて言ったら、きっと狂ったと思われるぜ?」と。
「そういうものか…?」
「それが俺だったら、笑い事で済むんだけどな」
 他の記憶も山ほどあるから、夢でも見たな、って片付くからよ。
 だけど、お前はやめとけよな。…「正気なのか」って顔をされそうだから。


 そう忠告を貰ったけれど。
 サムは笑いはしなかった。あの記憶を。
 水の中にいたような気がする、たった一つの記憶のことを。
(…あれが、このステーションに来る前の…)
 記憶なのだと、サムも認めてくれたから。
 頼りないだけの水の記憶も、それなりに意味はあるのだろう。
 自分は水から生まれたのだし、人は水から生まれるから。
 あの記憶しか持たない自分も、ちゃんと生まれて来た証拠。
 皆と変わらず水の中にいて、其処から生まれ出た証。
(…ぼくも、何処かで…)
 水の中から生まれて来た。
 そう考えると、安らぐ気持ち。あの水の記憶。
 機械の申し子と呼ばれるけれども、やはり同じに人なのだから。
 両親も故郷も何も覚えていないけれども、生まれる前の記憶なら持っているのだから…。

 

        一つだけの記憶・了

※キースが持っている水のイメージ、考えようによっては「記憶」だよなあ、と。
 これをシロエが知っていたなら、フロア001で高笑いは必至。





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「キース先輩に助けられたな、シロエ」
 そういう嫌味を言われたけれど。
 シロエの耳には届いていないのと同じ。
 意識はキースに向いていたから、歩み去る後姿を見ていたから。
(…キース・アニアン…)
 あれがそうか、と睨んだ瞳。
 視線で射殺したいかのように。
 教育ステーション始まって以来の秀才、マザー・イライザの申し子のキース。
 噂は前から聞いていたから。
 嫌でも耳に入って来たから、何度となく。


(…キース…)
 あんな奴か、と部屋に帰って思い返す顔。
 何故、調べてもいなかったろうか、キースの顔を。
 今日の諍いを止められるまで。
(あれにしたって…)
 どうでも良かった、班のリーダーが誰であろうと。
 「いつも勝手なことをしやがって」と怒ったリーダー。
 採点がどうのと言っていたけれど、それは自分が言いたいこと。
 「足を引っ張って欲しくないね」と。
 実際、言ってやったのだけれど。
 あんな連中と組まされていたら、ろくな成績にならないから。
(あいつらのせいで、ぼくが出せない点の分まで…)
 余計な努力が必要になる。
 高い評価を得たいなら。優秀な成績を収めたいなら。


 このステーションでトップに立つこと、それが目標。
 けれども、それはほんの手始め。
(…いつか地球まで…)
 行ってやること、そして自分が地球のトップにまで昇り詰めること。
 そう決めて、自分で思い定めて、今では思い詰めているほど。
 それよりも他に道は無いから。
 他に方法は無さそうだから。
(…このステーションも、マザー・イライザも…)
 マザー・システムも、全てが憎い。
 このシステムは、世界は歪んで狂ったもの。
 機械が人間を支配するなど、どう考えてもおかしいから。
 命さえ持っていない機械が、それが世界を我が物顔で支配するなどは。


(……ぼくの本……)
 これしか持って来られなかった、と抱き締め、眺める大切な本。
 両親がくれたピーターパンの本。
 子供が子供でいられる世界が、ネバーランドが描かれた本。
 其処へ行けると信じていた。
 ネバーランドよりも素敵な地球へと、行ける方法があると言うなら。
 きっとネバーランドにも行けるのだろうと、いつか行けると。
(…でも、ぼくは…)
 騙されたんだ、と今も悔しくてたまらない。
 地球へ行くための切符は手に入れたけれど、あまりにも大きすぎた代償。
 このステーションに来られた代わりに、かけがえのないものを失った。
 両親も、家も、育った故郷も。
 思い出も、記憶も、懐かしい過去も。


 何もかも機械が消してしまった、自分の中から。
 何の役にも立ってくれない、頼りない欠片だけを残して。
 いっそ、それすらも無かったならば、と何度思ったことだろう。
 全てを忘れてしまっていたなら、どんなに楽に生きられたかと。
(でも、ぼくは…)
 忘れたくなかったし、忘れられなかった。
 陽炎のように儚くゆらめく、今は幻かとさえ思いそうな過去を。
 其処に自分が生きていたことを、両親と共に暮らしたことを。
 こうして懸命に繋ぎ止める日々、失くしてしまいそうなそれ。
 ともすれば手放したくなるほどの苦しみと辛さ、消えてくれていたらと思うほどの記憶。
 けれど、自分は忘れはしない。
 こうして此処まで持って来た本、それが「特別」な証だから。
 きっと自分は、他の者とは違うのだから。


 どう違うのかと、どう特別かと、ピーターパンの本を抱き締めては考え続けて。
(…子供が子供でいられる世界…)
 それを自分が作ろうと決めた。
 機械に騙され、陥れられる憐れな子供たち。
 そんな子供が生まれない世界、子供が幸せに生きてゆける世界。
 本当に本物のネバーランドを作ってやろうと、そのために地球のトップに立とうと。
 もう長いこと、空席だという国家主席。
 それになったなら、システムを変える力だってきっと手に入る。機械を止めてしまえる力。
 だから自分がトップに立つ。
 まずは教育ステーションから。
 最高の成績で此処を後にし、メンバーズへの道を歩んでゆく。
 そう決めた時から、成績が全て。
 友達は要らない、仲間だって。
 自分よりも劣る人間たちと一緒にいたって、何の得にもならないから。
 高みへと駆ける邪魔になるだけ、そうに決まっているのだから。


 ステーションのトップに、そしてメンバーズに。
 いずれは国家主席の地位に就こうと、がむしゃらに上げてゆく成績。
 勉強することは苦ではなかった、それが一番の早道だから。
 一日でも早く国家主席になること、このシステムを変えてやること。
 そうすれば全て、後からついてくるのだから。
 「ぼくの記憶を返せ」と機械に命令したなら、機械はそれを返すしかない。
 国家主席の地位に就いたら、それが自分の最初の命令。
 次は機械を止めること。
 歪んだ世界を支配する機械、全てを歪める根源の悪を。
 そして、自分のような可哀相な子供が二度と出来ない世界を作る。
 本当に本物のネバーランドを、子供が子供でいられる世界を。


 順調に上がり続ける成績、これでいいのだと思ったけれど。
 もっと上をと、更に上をと目指す間に、何度も耳に入った名前。
(…キース・アニアン…)
 教育ステーション始まって以来の秀才、マザー・イライザの申し子という呼び名。
 彼を抜かねば、自分は地球のトップになれない。
 国家主席の地位を目指すなら、キース・アニアンよりも上の成績を。
 「ステーション始まって以来の秀才」は自分の方でなくてはならない、キースではなくて。
 ネバーランドを作りたければ、このシステムを変えたければ。


(…あいつがキース…)
 取り澄ました顔の上級生。
 視線で敵を射殺せるならば、あの場で射殺したかったキース。
 トップに立つのは自分だから。
 マザー・イライザの、機械の申し子などとは違って、機械を嫌う自分がトップに立つのだから。
 そうなった時の…。
(あいつの顔が楽しみ、かな…)
 一日でも早く、それを見てみたい。
 きっとそんなに遠い日ではない、彼の成績を抜いたなら。
 彼が「負けた」と跪いたなら、彼を踏み台にして高みへと飛ぼう。
 このステーションから、メンバーズの道へ。その先の国家主席の地位へ。


(……ネバーランド……)
 ぼくが作る、とピーターパンの本を抱き締める。
 いつか必ず、きっと、この手で。
 システムを変えて、機械を止めて。
 子供が子供でいられる世界を、自分の望みも叶う世界を。
 懐かしい過去を、失くした記憶を、両親を、家をこの手に取り戻せる世界。
 それを自分は作らなければ、それが自分の使命だから。
 きっと自分は「特別」だから。
 キース・アニアンなどよりも、ずっと。
 あの取り澄ましただけの上級生より、きっと選ばれた存在だから。
(…今日まで顔も知らなかったし…)
 調べようとさえ思わなかったのも、キースなど、きっと敵ではないから。
 自分よりも劣る者のことなど、気にしなくていいということだろう。
 それでも今はキースの方が一応は、上。


(…今の間だけね?)
 今だけだよ、とクックッと笑う。
 自分は特別な人間だから。
 このシステムを変えるためにだけ、自分は生まれて来たのだから。
 成績を上げて、メンバーズになって、きっといつかは地球のトップに。
 国家主席の地位に就いたら、真っ先に憎い機械を止める。
 ネバーランドを創り出すために、本当に本物の、子供が子供でいられる世界のために。
 きっと、と抱き締めるピーターパンの本。
 その世界をぼくが作ってみせる、と…。

 

         作りたい世界・了

※成績優秀なのに、システムに対して反抗的。そんなシロエが優秀な理由が何かある筈。
 システムを変えたいなら国家主席になることだよね、と思っただけです、ゴメンナサイ…。





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(…機械仕掛けの冷たい操り人形…)
 シロエは自分にそう言ったけれど。
 「人の気持ちが分からない」と、「分からないから怖くて逃げているだけなんだ」と。
 まさかシロエが言った通りに、この肌の下が冷たい機械で出来ているなど…。
(有り得ないんだ)
 そんなことは、とキースは呟く。自分の部屋で、心の中で。
 シロエの言葉に掻き乱された心、カッとなった怒り。
 思わずシロエを殴った一発、繰り出した拳は確かに自分のものだったから。
 ただ…。
(あの切れ味…)
 中途半端な一撃だったのに、ナイフのように思えた切れ味。
 それが恐ろしいような気がする、自分はいったい何者なのかと。
(…機械でも怒るんだ、と…)
 皮肉っぽく聞こえたシロエの声。
 あの時は自分に手を上げさせたシロエの意志の強さに、思わず飲まれていたけれど。
 こうして部屋で思い返せば、忍び寄って来る自分への恐れ。それから恐怖。
 何故なら、機械も怒るのだから。
 そのことを自分は知っているから。


 ステーションの皆が恐れるコール。マザー・イライザからの呼び出し。
 恐れられる理由は、コールされたら叱られるから。
 成績不良や、素行などで。
(叱るのも、怒りも…)
 何処か似ている、考えれば分かる。
 シロエと初めて出会った時には、自分もシロエを叱ったから。
 下級生たちの争い事を収めるために、その場にいた者を纏めて叱った。
(もしも、彼らが逆らっていたら…)
 今日のように手を上げることはなくても、怒鳴っただろう。
 怒鳴ったならば、それは怒りへの第一歩。
(マザー・イライザも…)
 同じように怒るのかもしれない。
 コールされた者が、まるで反省しなければ。
 繰り返しコールをすることになれば、声を荒らげて、きつい表情で。
(…ぼくが見たことが無いだけで…)
 そういうマザー・イライザに出会った者も、少なくないのかもしれない。
 皆がコールを恐れるからには、叱ることから、怒りへと進むことだってあるに違いない。
 つまり、機械も怒るということ。
 シロエが言っていたように。面白そうに、嘲りの笑みで。


 機械も人と同じに怒る。怒ることは出来る。
 ならば自分も、機械仕掛けで…。
(…今、こうやって考えているのも…)
 人間が持つ頭脳ではなくて、人工知能の仕業だろうか?
 マザー・イライザさながらに機械、良く出来たアンドロイドが自分の正体だろうか…?
(…それは有り得ない…)
 有り得ないと思う、握った手首を流れてゆく血。
 心臓から送り出された血液、それが打つ脈。
 規則正しく脈打つ心臓、アンドロイドにそこまで凝った仕掛けをするわけがない。
(…気のせいだ…)
 こんな風に乱れてしまう感情、それも機械には無いだろうから。
 怒ったとしても、機械だったら即座に修正するだろうから。
 次の段階に向けて計算し直し、きっと元通りに直すのだろうプログラム。
 そうでなくては意味を成さない機械。
 マザー・イライザが怒ったままでは、このステーションは立ちゆかない。
 だから自分が同じ機械なら、シロエに乱された感情だって…。
(…とうに修正されている筈…)
 そして落ち着いた自分がいる筈。
 自分が恐れるナイフのようだった切れ味の拳、あれは訓練の賜物だろう。
 中途半端に放った一撃、それが優れていただけのこと。
(何もかも、気のせい…)
 機械仕掛けの心だったら、乱れたままなど有り得ないから。


 ようやく緩んだ、自分への恐怖。
 人であるなら、それでいい。
 過去の記憶を持っていなくても、「機械の申し子」と嘲られても。
 二度とシロエの手には乗るまい、どんな攻撃を仕掛けられても。
 乱れ、落ち着かなかった感情。
 そんなものは二度と御免だから。
 負の感情を抱いて生きてゆくのは、愚の骨頂というものだから。


 自分で答えを出した後には一晩眠って、すっきりしたつもりだったのだけれど。
 講義のためにと出掛けて行ったら、不意に耳へと飛び込んだ声。
「おいっ!」
「サム?」
 声に釣られて向けた顔。其処にサムがいて、サムだけではなくて。
「元気でチューかぁ? …って」
 ヒョコッと自分に頭を下げた、サムが持っているぬいぐるみ。
 「聞くだけ野暮か」と、ぬいぐるみを投げ上げてオモチャにするサム。
 「宇宙の珍獣シリーズ、ナキネズミ。癒し系グッズのレア物だぜ?」とも紹介された。
 サムは心配してくれたらしい、自分のことを。
 昨日の事件で落ち込んでいないか、大丈夫かと。
 サムらしいな、と思った励まし。
 それを嬉しく思う心も、機械は持っていないだろう。…きっと。
(機械だったら、計算して、直ぐに適した答えを…)
 サムに返すのだろうから。
 なんと答えればいいのだろう、と見ていただけの自分と違って。


 ホッとした所へ、響いたコール。
 マザー・イライザからの呼び出し。
 立ち上がり、教室を出ようとしたのを「キース!」と後ろから呼び止めたサム。
 用があるのかと振り返ってみたら、「グッドラック!」と投げて寄越したぬいぐるみ。
 癒し系グッズのレア物がポンと飛んで来たから、受け取った。
 これもまた、サムの励ましだから。
 「元気出せよ」と。


 イライザのコールは怒りではなくて、叱られたというわけでもなくて。
 むしろ褒められ、途惑ったほど。
 ナキネズミのぬいぐるみを持っていたことも、何も言われはしなかった。
 「そういう物は持たずに来なさい」とも、「あなたらしくもないですね」とも。
 コールで少し疲れたけれども、きっとサムが食堂辺りで待っているから。
(…行ってこないと…)
 とはいえ、ナキネズミのぬいぐるみ。
 これを持ったまま歩き回るのも変な話だ、とサムに返すのは後でと決めた。
 そうしておいて良かったと思う。
 食堂で他の生徒が「お前のマザーは誰に似ているんだ?」などと、絡んで来たから。
 あんなロクでもない連中にかかれば、サムの心遣いのナキネズミだって…。
 きっと値打ちが下がるから。
 からかいの種にされてしまって。


 サムと二人で食堂を出た後、「今朝のアレ…」と詫びたナキネズミ。
 部屋に置いて来たから、明日、返すと。
 そうしたら…。
「やるよ、お前に。…元気でチューか、って言ったぜ、俺」
 それにさ、グッドラックって渡しちまったし…。お前のだよ、アレは。
 もうお前のだ、とサムは笑っているのだけれど。
「いや、しかし…。レア物だろう?」
 貰うわけには、と断った。
 お返しになりそうな物も無いから、と繰り返す自分は困った顔に見えたのだろうか。
 「そういうことなら…」と、ニッと親指を立てたサム。
「だったら、こういうことにしようぜ。貸しってことで」
「貸し…?」
「そう、貸し! いつか俺がさ、元気を失くすようなことがあったら…」
 アレ、その時に返してくれよ。「元気でチューか?」って。
 でもよ、俺はいつでも元気だからさ…。
 そんな日、来ねえと思うけどな?


(…元気でチューか、か…)
 確かにそんな日は来そうにないな、と部屋で眺めたぬいぐるみ。
 きっとサムには返せないまま、卒業することになるのだろう。
(このぬいぐるみをシロエが見ても…)
 それでも彼は言うのだろうか?
 「機械仕掛けの冷たい操り人形」だと。
 ぬいぐるみを持って、「元気でチューか?」と自分がやってみせたとしても。
(…それもプログラムで出来るんですよ、と笑いそうだが…)
 きっと自分は機械ではない、今は心が温かいから。
 サムに貰ったぬいぐるみ。
 此処を卒業してゆく時には、きっと荷物に入れるから。
 機械だったら、きっと余計な物は持たずに行くだろうから。
(お前と一緒に卒業らしいな?)
 相棒が出来てしまったようだ、とチョンとぬいぐるみをつついてみる。
 サムにはきっと、返せないまま。
 「元気でチューか?」とサムを励ます日などは、きっと来ないから。
 けれど来たなら、頑張ってみよう。
 プログラム通りにやるのではなくて、人間らしく。
 精一杯の励ましをこめて、サムに向かって「元気でチューか?」と…。

 

          友の励まし・了

※キースがやってた「元気でチューか?」を思い浮かべたら、こういう話になったオチ。
 あの芸をサムに披露するまで、ぬいぐるみを律儀に持ってたんだよ、と。





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(…記憶が無い…?)
 それをシロエが耳にしたのは、ほんの偶然。
 休み時間に故郷のデータを眺めていた時、聞こえて来たキースの噂話。
 成人検査よりも前の記憶が無いという。
 「機械の申し子」と呼ばれる彼には。
 一瞬、よぎった憤り。
 自分はこうして、懸命に記憶を繋ぎ止めようともがいているのに。
 成人検査で消された上に、遠ざかり薄れてゆく記憶。
 まるで自分が…。
(…最初からいなかったみたいに…)
 故郷には、エネルゲイアには。
 教育ステーションから全てが始まったかのように、一つ、また一つと記憶が消えて。


 ピーターパンの本が無ければ、とうに壊れていたかもしれない。
 自分の心は、耐えきれなくて。
 両親に買って貰ったお気に入りの本、「これだけは」と大切に持って来た本。
 あれがあるから、「確かに故郷にいた」と思える。
 ピーターパンの本と一緒にエネルゲイアに、両親の側に。
(…他のみんなは馴染んでいくのに…)
 どうしても馴染めない、異質な自分。
 手から零れる砂粒のように消えてゆく記憶、それが欲しくて。
 どんなに勉強に打ち込んでみても、好成績を叩き出しても、少しも満足出来ない自分。
(知識なんかは要らないから…)
 失くした記憶を返して欲しい。
 それと引き換えに最下位になって、エリートの道から放り出されても。
 一般人向けのステーションへと、放校処分になったとしても。


 けれど、叶いはしない夢。
 逃げ場所は無くて、成績だけが上がり続けて。
 代わりに失くしてゆく記憶。
 昨日よりも今日、今日よりも明日。そんな具合に、一つ、二つと。
 それが辛くて、ただ悲しくて。
 いっそ全てを忘れられたらと、苛立つことさえあるくらい。
 それを望んではいないのに。…本当は忘れたくなどないのに。
(…なのに、あいつは…)
 キースは持っていないという。
 自分が必死に縋り付く過去を、戻りたいともがき続ける過去を。
 なんと憎らしい奴だろう。
 この苦しさを、悔しさを全く感じないキース。
 記憶が無いなら、戻りたくなることはないから。
 帰りたいとも、まるで思わずに済むのだから。


 元から好きではなかったけれども、一層増したキースへの敵意。
 自分とは逆の人間だから。
 過去にしがみ付き、皆から外れてゆくだろう自分。
 それとは全く逆なのがキース、何の苦労もしていないキース。
 過去の記憶を持たないのならば、此処での道に何の疑問も無いだろうから。
(……あんな奴……)
 幸福なキース、戻りたい過去を持たない人間。
 あまりに憎くて、腹が立つから。
 彼にも自分と同じ苦痛を味わわせたいと思う、出来ることなら。
 過去を持たないなら、突き付けてやって。
 キースが失くした大切な記憶、その欠片で心を抉ってやって。


(あいつだって、きっと…)
 失くしたのだと気が付いたならば、衝撃を受けることだろう。
 どうして自分は忘れたのかと、何も覚えていないのかと。
 故郷のことやら、両親のこと。
 お気に入りだった本だって。
(…忘れたんだ、って思い知ったら…)
 自分の比ではないだろうと思う、キースが覚える喪失感は。
 彼は何一つ持たないのだから。
 「これを見ろ」と喉元に突き付けてやる、小さな記憶の欠片さえをも。
 けれど、突き付けたそれは心を深く抉って、赤い血が噴き出すことだろう。
 他の欠片は何処へ行ったかと、いったい何を失くしたのかと。
 キースの心は千々に乱れて、その場で砕け散るかもしれない。
 いつも自分が恐れている破滅、それに飲まれて。
 自分が自分でなくなってゆく恐怖、それに心を食らい尽くされて。


 憎らしいキース。
 過去の記憶を持っていないらしい、幸福なキース。
 彼が壊れてしまったならば、きっと爽快な気分だろう。
 やはり自分は正しかったと、過去の記憶はとても大切なものなのだと。
 持たない者の方が変だと、自分は間違っていないのだと。
(…此処の奴らも、マザー・イライザも…)
 自分の記憶を奪ったテラズ・ナンバー・ファイブも、狂っている。
 このシステムも、成人検査も、何もかもが。
 それなのに、誰も指摘しないから。
 気付きもしないで、記憶を持たないキースを皆が褒めるのだから。
(…ぼくがあいつを壊してやる…)
 記憶の欠片を突き付けてやって。
 鋭いそれで心を抉って、喉笛も一気に切り裂いてやって。
 そう、悲鳴さえも上げられないように。
 奈落の底へと叩き落とそう、キースが失くしたものの大きさを思い知らせて。


(キースの記憶…)
 何でもいいから手掛かりを一つ、と立ち上げた画面。
 自分の部屋で明かりを落として、呼び出したキースのパーソナルデータ。
(ナンバー、076223、キース・アニアン…)
 出身地、トロイナス。
 父、フル。母、ヘルマ。…生年月日、SD567年12月27日。
 そして…、と辿るキースの情報。
 どの船でいつ此処に着いたか、誰が一緒に乗っていたのか。
(…見ていろよ、キース…)
 最初は欠片でなくてもいい。
 ただの断片、それだけでいい。
 繋ぎ合わせて、抉る刃を作り上げるから。
 キースが失くした記憶の欠片を、キースの心を抉る刃を。


 記憶を持たない幸福なキース、彼の澄ました顔を壊してやりたいから。
 自分が味わった以上の苦しみ、それを与えてやりたいから。
 記憶を失くしてゆくことの辛さ、悲しさ、それに悔しさ。
(キース・アニアン…)
 喪失感に飲まれ、壊れるがいい。
 お前がそうして澄ましている間に、なんとしても調べ上げるから。
 失くしただろう過去の記憶を、きっと見付けて突き付けるから。
 思い知るがいい、何を失くしたか。
 記憶の欠片を突き付けてやって、お前を地獄に叩き落とすから…。

 

        抉りたい心・了

※キースを陥れるつもりで、破滅への道を歩き出してしまったのがシロエ。
 踏み出した瞬間はこんな感じだったのかも、と。勝つ気満々、やらなきゃいいのに…。





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