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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

「付き合っている人間を見れば、その人間の程度が分かる」
 あんな人と行動を共にしていたようじゃ、あなたも大したことないのかも…。
 ぼくの敵じゃあ……なかったかな?
 フッ、と皮肉に笑ったシロエ。
 その顔が、声が頭から消えてくれない。…何故、と自分に問い掛けても。
(分からない…。スウェナの気持ちも、サムの気持ちも)
 ちゃんと分かっているつもりなのに、とキースが噛んだ自分の唇。
 いっそシロエの言葉通りに、切り捨てられたら楽なのだろうに。
 スウェナは「あんな人」だったから、結婚して去って行ったのだと。
 エリートコースを自ら外れるような人間、ただ挫折しただけなのだと。


(だが、スウェナは…)
 挫折するような心の弱い人間ではない、それだけは確か。
 芯が強くて意志も強くて、勝ち気で、それに男勝りで。
 高く評価をしていたからこそ、友だと思っていたスウェナ。
 なのに、彼女に投げ付けられた言葉。
 「あなたには、分かってなんか貰えないわよね」と。
 サムもスウェナと同じに怒った、「スウェナの気持ち、お前には分かんねえのかよ!」と。
 肩を震わせて憤っていたサム。
 「この間は言い過ぎた」と今日、謝ってくれたけれども。
 スウェナを乗せてステーションを離れてゆく船、それを二人で見送った時に。
 同郷だったスウェナが、思い出そのものだったかのように語ったサム。
 微かに残った故郷の記憶が、スウェナと一緒に消えてゆくような気がすると。
(…記憶は、やはり大切なのか…)
 自分は持たない、故郷や幼馴染の記憶。
 何かが欠けているような気持ちが、胸をチクリと刺した瞬間。
 …飛び込んで来たのがシロエの言葉。
 「結婚なんて所詮、ただの逃げ」と、「挫折でしょ」と。
 まるでスウェナを侮辱するように。
 あからさまな挑発、それに乗りかけたサムを制したら、ぶつけられた嘲笑。
 「ぼくの敵じゃあ、なかったかな?」と。


 シロエが自分を敵視しようが、それまでは無視していられたけれど。
 あまりに悪すぎた、あのタイミング。
 自分の心が揺れていた時に、余裕の笑みを浮かべたシロエ。
 「あんな人」とスウェナを評価して。
 スウェナと直接話したことさえ無いのだろうに、見下し、馬鹿にし切った声で。
(…あいつには分かるとでも言うのか?)
 自分には分からない、スウェナの気持ちが。
 スウェナが「結婚する」と打ち明けるよりも前に、「あなたの彼女は?」と訊いて来たシロエ。
 「機械の申し子だから分からないのかな」とも言われた、同じ時に。
 ならばシロエには分かるのだろうか、スウェナの、それにサムの気持ちが。
 「あんな人」とスウェナを嘲笑うくせに、心は分かると言うのだろうか。
 だとしたら、シロエの方が上。
 人の心を知るというのも、エリートには必須の能力だから。
 相手の気持ちを推し量ることも出来ないようでは、部下など持てはしないのだから。
(…ただの部下なら持てるだろうが…)
 優秀な者はついては来ない、と何の講義で聞いたのだったか。
 エリートたる者、部下の心を掴めなければ、けして昇進出来はしないと。
 自分を補佐する有能な部下を使いこなすのも、メンバーズの出世の条件なのだと。
 ならば自分はエリート失格、スウェナの気持ちも、サムの気持ちも分からないから。
 シロエには分かるらしいのに。
 …遥かに年下の候補生でも、ちゃんと分かっているらしいのに。


 その日から乱れ始めた心。
 夜には早速、マザー・イライザが部屋に現れた。
 「何か悩み事でもあるのですか?」と。
 コールよりかはマシだけれども、その前段階とも言える出現。
 自分の脳波はそんなに乱れていたのだろうか、と愕然とさせられたイライザの姿。
(…落ち着かないと…)
 でないと本当にエリート失格、自分の心も上手くコントロール出来ないようでは。
 シロエが言った通りの結末、「ぼくの敵じゃあ、なかったかな?」と。
 本当に全てシロエに抜かれる、ステーションでの成績や評価。
 先に卒業してゆく自分は、その時点でのトップだったということになってしまうだけ。
 シロエが卒業するよりも前に、教官たちは挙って彼を称え始めることだろう。
 「ステーション始まって以来の秀才」と、「マザー・イライザの申し子のようだ」と。
 そしてシロエは勝ち誇るだろう、いくらシステムを嫌っていても。
 反抗的だと言われていようが、要注意人物とされていようが、優秀ならば許されるから。
 現に自分も、システムの全てを信頼してはいないから。
(…シロエに抜かれる…)
 もしも自分が、乱れた心のままならば。
 スウェナの、サムの気持ちが分からず、シロエに劣るようならば。


 これではシロエの思う壺だ、と自分でも分かっているのだけれど。
 どうにも抑えられない苦しさ、解けないままで抱えた難問。
 スウェナは、サムは、何を思って、どう考えて自分を詰ったのか。
 何をどうやったら、自分はそれを読み解けるのか。
 分からないから、駆け巡る疑問。それに引き摺られて乱れる心。
 抑え切れない自分の感情、けして表には出さないけれど。
(…どうして、シロエにも分かるような事が…)
 自分には全く分からないのか、自分には何が足りないのか。
 知識か、それとも自分は持たない過去の記憶が鍵なのか。
 記憶だったら手も足も出ない、自分は持っていないのだから。
 過去に戻って取り戻そうにも、タイムマシンと呼ばれる機械はまだ無いのだから。
(タイムマシンか…)
 何処で知ったか、お伽話のような機械の名前を。
 本で読んだか、サムに聞いたか、小耳に挟んだ言葉を自分で調べたか。
 それがあったら乗って行きたい、自分が忘れた過去を探しに。
 落としてしまった大切な鍵を、解けない疑問を解くための小さな鍵を拾いに。


 タイムマシンがあったなら、と思ったはずみに浮かんだ気晴らし。
 何か本でも読めばいい。
 まだ読んだことのない本を何か、勉強ではなくて娯楽用の本。
 そんな本など、自分から読みはしないから。読みたいと思うことも無いから。
(適当に…)
 ステーションで人気の作品でも、と部屋からアクセスしたライブラリー。
 一番人気の一冊がいいと、それでも読めば気分が変わると。
 タイトルさえも確認しないで、表示された文字を追い始めて。
 非現実の世界に入り込んでいたら、主人公の少女がこう言った。
 「可哀相な人。…自分の尺度でしか物事を測れないのね」と。
 その瞬間に引き戻されてしまった現実。
 図らずも、現実にはいない少女に言い当てられた、自分の現状。
(…自分の尺度でしか…)
 それが真実なのだろう。
 自分の尺度で測っているから、スウェナの、サムの心が見えない。
 シロエでさえも、自分の尺度と違う尺度で測れるのに。
 器用にやってのけているのに、それが出来ない劣った自分。
 マザー・イライザは何も言っては来ないけれども、薄々気付いているかもしれない。
 自分よりもシロエの方が上だと、言動はともかく能力では、と。
(どうすれば…)
 測れるというのか、別の物差しで。自分の尺度以外のもので。
 それが分かれば苦労はしない。
 非現実の世界の少女さえもが、サラリとそれを言ったのに。
 驚いたはずみに消してしまって、本のタイトルも分からないけれど。


 疑問は解けずに、抱え込んだまま。
 違う物差しは見付からないまま、気晴らしの本もウッカリ読めない。
 迂闊に読んだら、別の言葉で心を抉られそうだから。
 たまたま選んだ一冊でさえも、主人公の少女に憐れまれたから。
(分からないままでシロエに負けるのか…?)
 いつか追い抜かれてしまうのだろうか、ステーションでの成績を。
 メンバーズになったシロエが自分を使うのだろうか、より重要なポストに就いて。
(そんな馬鹿な…!)
 有り得ない、と思うけれども、日毎に大きくなってゆく焦り。
 明らかに落ち着きを失った自分、幸い、誰も気付かないけれど。
 今の所はまだ表れていない影響、けれどもいずれ出始めるだろう。
 このまま心が乱れ続けたら、落ち着かない日々が続いたら。
(…心理的ストレス…)
 それだ、と自分で下した診断。
 ならば解消すればいい。
 あの日は本を選んだばかりに、失敗して酷くなっただけ。
 もっと自信を持てそうなもので、気晴らしが出来ることといったら…。
(何があるんだ…?)
 気晴らしなどに馴染みが無いから、調べてみたら「ゲーム」という文字。
(レクリエーション・ルームか…!)
 あそこへ行けば、と思い出した場所。
 確かエレクトリック・アーチェリーのゲームがあった筈。
 明日にでも行こう、ゲームではなくて訓練でやって、好成績を出したことがあるから。
 的を射抜いたら、爽快な気分になれるから。


(あのゲームがいい…)
 それにしよう、と決めた気晴らし。
 きっと心が晴れるだろう。
 幾つもの的を射抜いていったら、ゲームに夢中になったなら。
(考えても分からないことも…)
 解けるかもしれない、無心に的を射抜いていたなら、思わぬヒントが降って来て。
 皆が興じるゲームをしたなら、違う物差しが見えて来て。
 そうなればいいと、自信を取り戻して強くあろうと、部屋で構えを取ってみる。
 こう引き絞って、こう放って、と。
 的に向かって飛んでゆく矢を、わだかまる疑問を打ち砕く一矢を思い描きながら…。

 

        解けない疑問・了

※なんだってキースがゲームなんかをやっていたんだ、と考えていたらこうなったオチ。
 ストレス解消、なのにシロエがノコノコと…。そりゃあ勝負を始めるよね、と。





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(…パパ…。ママ…)
 自分はなんと馬鹿だったのだろう、とシロエがきつく噛み締めた唇。
 失くしてしまった父と母。…それから自分が育った家。
 全部、故郷に置いて来てしまった。
 雲海の星、アルテメシアのエネルゲイアに。
 持って来られた物はたった一つだけ、両親に貰ったお気に入りの本。
(ピーターパン…)
 ポタリと机に零れ落ちた涙。
 ピーターパンの本が涙でぼやける、滲んでしまったその表紙の絵。
 空を飛んでゆくピーターパンも、ティンカーベルも、続く子供たちも。
 輪郭だけしか見て取れないから、慌てて拳で涙を拭った。
 …この本までが消えてしまいそうで。
 両親や故郷の記憶と同じに、ぼやけて見えなくなりそうで。
(ぼくの本…)
 ギュッと抱き締め、その感触を確かめたら、また溢れ出して零れた涙。
 ピーターパンの本はあるのに、何処にもありはしない家。
 両親の家に帰れはしなくて、もう道順さえ分からない。
 たとえアルテメシアに飛べても、エネルゲイアまで飛んでゆけても。
(…ぼくの家は何処…?)
 気付けば、それさえも自分は覚えていなかった。
 故郷はアルテメシア、としか。
 アルテメシアにあったエネルゲイア、と其処までしか。


 どうしてこうなったんだろう、と悔やんでも悔やみ切れない、あの日。
 十四歳の誕生日を迎えて、両親に「行って来ます」と告げた日。
 成人検査が無事に済んだら、振り分けられる教育ステーション。
 父は何度も言ってくれていた、「メンバーズも夢じゃないかもな」と。
 エリートだけが行けるステーション、其処に入ってメンバーズに。
 そうなれば行けるらしい地球。
 ネバーランドよりも素敵な場所だと、父が教えてくれた星。
(…パパだって行けなかった星…)
 優れた研究者であり、技術者でもあった大好きな父。
 その父でさえも行けなかった地球、いつかその星を見たいと思った。
 メンバーズになって、素晴らしい地球へ。
 其処へ行ったと父に言おうと、母にも聞いて貰おうと。
 そうするためには、エリートが集まる教育ステーションに入らなければならないけれど。
(ぼくの成績なら、きっと行けるって…)
 父も言ったし、学校でも期待されていた。
 技術系のエキスパートを育成するためのエネルゲイアから、メンバーズが出るかもしれないと。
 いい成績を収めて欲しいと、エリート候補生からメンバーズへ、と。
 エリートが集う教育ステーションは、メンバーズになるための第一歩。
 だから、楽しみでもあった。
 目覚めの日を迎えて、其処へ行くのが。
 「やっと選ばれた」と胸を張って、旅立ちを迎えるのが。
 両親との別れは辛いけれども、ほんの少しの間だけ。
 教育ステーションを卒業したなら、また戻れると思っていたから。


 夢と希望に胸を膨らませて、家を出た、あの日。
 ほんの少しの不安を抱えて。
 「荷物を持って行っては駄目だ」と教えられて来た、成人検査。
 目覚めの日と呼ばれる十四歳の誕生日の日に、何処かで受けると聞かされた検査。
 その日は荷物を持って行けない。
 けれども、離れたくなかった大切な本。
 両親に貰ったピーターパン。
 この本だけは、と鞄に詰め込み、「さよなら」と両親に手を振った。
 また帰って来る日まで、四年ほどのお別れ。
 戻って来る時もピーターパンの本を持っていられたらいいと、鞄を提げて。
 検査の係に「駄目です」と取り上げられたら困る、と小さな不安を胸に抱いて。
 でも、そうなったら、その時のこと。
 本は係に預けよう。「パパとママの家に届けて下さい」と頼んでおこう。
 メンバーズになって家に戻った時、またこの本に出会えるように。
(パパとママなら…)
 きっと大切に残しておいてくれるから。
 自分が過ごした部屋の本棚、其処に戻してくれるだろうから。


(…ピーターパンの本は、持って来られたけれど…)
 教育ステーションまで持って来られたけれども、失くしてしまった沢山のもの。
 両親も家も、故郷の記憶も。
 「捨てなさい」と、「忘れなさい」と、忌まわしい機械に取り上げられて。
 テラズ・ナンバー・ファイブに消されて、おぼろげでしかなくなった記憶。
 両親の顔も、育った家も。…いつも歩いた街並みさえも。
(…もう帰れない…)
 今の自分は帰ってゆけない、アルテメシア行きの船に乗れても。
 ピーターパンやティンカーベルが、一緒に宇宙を飛んでくれても。
 育った家が分からないから、帰り道を忘れてしまったから。
 今のままでは、辿り着けない。
 …いつか機械に、「記憶を返せ」と命令できる日が来るまでは。
 正真正銘のエリートになって、システムを変えられる地位に就くまでは。
 メンバーズに選ばれ、地球にまで行って、国家主席に。
 それよりも他に道などは無くて、それを自分は進むより無い。
 失くした記憶を取り戻すには。
 …両親の所へ帰るには。


 何年かかるか、分からない道。
 教育ステーションだけで四年で、その先は自分の腕次第。
 何処まで短縮出来るのだろうか、想像もつかない遠い道のりを。
 長い年月、空席のままの国家主席になるまでの道を。
(…でも、パパとママは…)
 きっと待っていてくれることだろう。
 養父母としては、年配だった筈だから。
 自分の後に次の子供を育てるとは、とても思えないから。
(ぼくは、いつまでも、パパとママの子…)
 それだけが救い。
 両親の顔はぼやけてハッキリしないけれども、それは記憶を消されたから。
 成人検査で機械が奪ってしまったから。
(パパとママには、成人検査なんて…)
 もう無いのだから、自分の顔もきっと覚えていてくれるだろう。
 この瞬間にも、思い出してくれているかもしれない。
 もしかしたら、自分の写真が沢山貼られたアルバムを開いて、見ていることだって…。
(パパとママなら…)
 きっとあるよ、と思いを馳せる。
 だから、あの家へ帰ってゆこうと。
 いつか記憶を取り戻したら。…国家主席に昇り詰めたら。
 「ただいま」と、「ぼくは帰って来たよ」と。
 その頃にはきっと、両親にとっても自慢の息子。
 「うちのシロエが国家主席になってくれた」と、「大切に育てた甲斐があった」と。


 アルテメシアへ、故郷へ帰る船に乗ること、それだけが夢。
 メンバーズも、それに国家主席も、そのためだけの足掛かり。
 機械が支配する世界を変えて、失くした記憶を取り戻すための。
 両親の顔と育った家とをまた思い出して、其処へ帰って行く日のための。
(…必ず、思い出すんだから…)
 ピーターパンの本を持って行こうと決めて家を出て、此処まで持って来られた自分。
 誰も持ってはいない持ち物、それを確かに持っている自分。
(頑張れば、夢は叶うんだから…)
 成人検査では機械にしてやられたけれど、こうして本は持って来た。
 「持ち物は駄目だ」という規則があるのに、それをくぐり抜けて。
 自分の意志が機械に勝った証拠で、今も手元にあるピーターパンの本。
(…二度と、機械には騙されない…!)
 甘い言葉に騙されないよう、陥れられてしまわないよう、気を付けなければ。
 マザー・イライザの魔手をすり抜け、メンバーズへの道を歩まなければ。
 その先だって、機械に惑わされないように意志を強く持って。
 国家主席に昇り詰めるまで、世界のシステムを変えるまで。


(…待ってて、パパ、ママ…)
 ぼくは必ず家に帰るから、と抱き締めるピーターパンの本。
 家に帰ったら、この本を真っ先に見せなければ、と両腕でギュッと。
 「パパとママに貰ったピーターパンだよ」と、「これのお蔭で強くなれたよ」と、いつの日か。
 本は古びているだろうけれど、その日が来るのが待ち遠しい。
 「まだ大切に持っていたのか」と父が驚いてくれる日が。
 「シロエの大好きな本だったわねえ…」と母が笑顔になってくれる日が。
 その日までずっと、ピーターパンの本と一緒にゆこう。
 メンバーズの道へも、遠い地球へも。
 国家主席の執務室へも、このピーターパンの本と一緒に…。

 

         帰りたい家・了

※教育ステーションを卒業したら家に帰れる、と思っていたシロエ。普通はそうじゃないかと。
 まさか「記憶を消される」なんて、子供は思わないですよね~。大人も気付いてないけどな!





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「忘れるな、キース・アニアン!」
 今も耳から消えない声。
 保安部の兵士に連れてゆかれた、シロエが叫んでいた言葉。
 それがキースの耳に残っているのだけれど。
(…フロア001…)
 シロエは確かにそう言っていた。
 其処へ行けと、自分の目で真実を確かめろと。
 フロア001とは、進入禁止区域のこと。
(…シロエは其処で…)
 何かを見たのだ、という確信。
 成人検査を受けていないらしい自分、マザー・イライザが作った人形。
 その意味が其処に行けば分かると、シロエは確かにそう言ったから。


 …自分自身の生まれのこと。
 成人検査よりも前の記憶を持っていないこと、それと関係がありそうな何か。
 フロア001でシロエが見たもの。
 それを見ねばと、其処へ行かねばと思うのに…。
「よう、キース!」
 コーヒー飲みに行かねえか、と今夜はサムに捕まった。
 今日こそ行こうと、部屋から通路へ出た途端に。
 まるで待ち構えていたかのように、こちらへ向かって歩いて来たサム。
 片手を上げて、人のいい笑顔で。
 「一緒にコーヒー、飲みに行こうぜ」と。
 断られはしないと信じ切っている、友人からの誘いの言葉。
 此処で断ったら、申し訳ない気がするから。
 …二人でコーヒーを飲みに出掛けて、終わってしまった夜の自由時間。
 消灯の後で出歩く度胸は…。


(…どうせ、進入禁止区域だ…)
 規則を破りに出掛けるのだから、消灯後でも良さそうなのに。
 却って好都合だという気さえするのに、踏み出せない足。
 部屋から出ようと思う心が失せてしまって。
 夜は出歩くべきではないと、シャワーを浴びて、そのままベッドへ。
 多分、明日には行けるだろうから。
 今日はチャンスを逃したけれども、きっと明日には、と。
(…明日こそは…)
 行かなければ、と思いながら眠りに落ちてゆく。
 フロア001、それがシロエの遺言になってしまったから。
 …自分がシロエの乗っていた船を撃ち落としたから。
(…すまない、シロエ…)
 今日も行けなかった、と心で詫びて、眠りの淵へ。
 きっと明日にはと、明日こそ其処へ行ってくるからと。


 フロア001、其処にいったい何があるのか。
 マザー・イライザに尋ねたけれども、答えは返って来なかった。
 何一つ訊き出すことは出来なくて、命じられてしまったシロエの処分。
 「セキ・レイ・シロエが逃亡しました」と、「追いなさい」と。
 …そうして、撃ち落とすしかなかった船。
 シロエが乗った練習艇。
 溢れ出す涙を止められなかった、どうしてこうなってしまったのかと。
 けして嫌いではなかったシロエ。
 何度も心を乱されたけれど、嫌いだったら匿いはしない。
 マザー・イライザに追われているのだと、承知の上で。
 匿ったシロエを逮捕しに来た、兵士たちに「やめろ」と叫びはしない。
 …それから、ピーターパンの本。
 シロエが大切に抱えていた本、それを兵士に手渡しはしない。
 「これはシロエの持ち物だから」と、呼び止めてまで。
 連れ去られてゆく気を失ったシロエ、彼に渡してやって欲しいと。


 きっと自分は、シロエにいつしか惹き付けられていたのだろう。
 シロエの剥き出しのライバル意識や、強い感情。
 自分と同じにシステムに対して持っている疑問、そういったものに。
 サムのような友とは違うけれども、それに似た何か。
 一つピースが違っていたなら、分かり合えていたかもしれない、近しい存在。
 …けれど、撃ち落とさねばならなかった船。
 シロエが乗っている船なのだと、自分は確かに知っていたのに。
 撃ちたくなかった船だったのに。
 友だったかもしれない者を乗せた船、それを落としたいわけなどがない。
 …出来ることなら、あのまま行かせてやりたかったのに。
 どうせいつかは燃料不足で、あの船は破滅してゆくのだから。
 酸素すらも供給されなくなって、明かりも消えて。
 …そうしてシロエは息絶えただろう、宇宙の何処かで。
 暗い星の海を思いのままに何処までも飛んで、飛び続けて、全ての枷から自由になって。


 それなのに、落とすしかなかった船。
 余計にシロエを忘れられない、忘れてしまえる筈などがない。
 このステーションの者たちが一人残らず、シロエを忘れてしまっても。
 マザー・イライザが、シロエが遺したあのメッセージを無視し続けても。
 何度尋ねても、応えはしないマザー・イライザ。
 フロア001についても、人形だと言われたことについても。
 だから今でも分からないまま。
 シロエが自分に遺した言葉が、何を意味していたのかは。
 進入禁止区域で何を見たのかも、何を知らせたかったのかも。
(…フロア001…)
 行かなければ、と思うのに。
 今日こそはと目覚め、行こうとして動き始めるのに。
 まるで阻まれているかのように、必ず入る何らかの邪魔。
 サムに会ったり、プロフェッサーに呼び止められたり。
 あるいは候補生同士の下らぬ諍い、それに出くわしてしまったりして。


 卒業の日まで、もうあと幾らも無いというのに。
 ステーションから出てしまったら、次のチャンスはいつになるかも分からないのに。
(…今日は絶対に…)
 なんとしても、と決意を固めて目覚めるけれども、全く意のままにならないそれ。
 どう頑張っても辿り着けない、シロエに告げられたフロア001。
 目の前で隔壁が下りてしまったこともあるほど。
 侵入者に対する警告ではなくて、非常事態に備えての訓練という理由までついて。
(…マザー・イライザ…)
 どうやら黒幕はそうらしいから。
 努力は悉く水泡に帰して、けしてフロアに近付けないから。
(……シロエ……)
 すまない、と心で詫び続ける日々。
 また行き損ねたと、きっと明日は、と。


 卒業の日が近いけれども、シロエが言っていたのだから。
 あれが遺言になってしまったから、そうなった理由は自分にあるから。
 シロエの船を落としたのだから、なんとしても行かねばならないだろう。
 でなければ、シロエは無駄死にだから。
 そんな虚しい、哀しい最期は、あのシロエには似合わないから。
(…行かなければ…)
 フロア001へ、と今朝もまた決意するのだけれど。
 決意も新たに向かうのだけれど、開いてくれない其処への扉。
 …シロエは何を見たのだろうか、そのフロアで。
 どうして死なねばならなかったのか、この目で全てを確かめたいのに。
 …また行き損ねて、終わる一日。
 卒業の日が近いのに。
 もしも自分が行けなかったら、シロエの死は無駄になるというのに。


 だからキースは挑み続ける、マザー・イライザに。
 フロア001へ行こうと、シロエが見て来たものを知ろうと。
 時が来るまで、扉は決して開かないのに。
 そうプログラムがされているのに、それに薄々、気付きながらも。
 シロエが自分に遺した言葉を、遺言を叶えてやりたいから。
 あの言葉を遺言にさせてしまった、自分自身が許せないから。
 シロエの船を撃つしかなかった不甲斐ない自分が、マザー・イライザに抗えなかった自分が。
 …そうは言っても、未だイライザの手の内だけれど。
 手の平の上で転がされているから、どうしても辿り着けないけれど。
 フロア001、進入禁止区域。
 其処へ、とキースは歩き続ける。
 きっといつかはと、それがシロエの遺言だからと。
 行かねばと、シロエを無駄死にさせはしまいと、辿り着けない場所に向かって…。

 

          行けないフロア・了

※シロエが「フロア001」を教えてから、キースが訪れるまでの歳月、長すぎ。
 どうしてステーション時代に行かないんだ、と放映当時から不思議でした。妨害工作…?





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 …それがいつだったか、自分でも思い出せないけれど。
 いつ気付いたのか、それも覚えていないけれども。
(…テラズ・ナンバー・ファイブ…)
 あいつのせいだ、とシロエが強く噛んだ唇。
 大人の社会へ旅立つための第一歩だとか、新しい人生への扉だとか。
 学校では色々と甘い言葉を教わったけれど、あの忌まわしい成人検査。
 「忘れなさい」と、「お捨てなさい」と、記憶を消してしまった機械。
 それがテラズ・ナンバー・ファイブ。
 今でも夢に出て来る悪魔。


(ぼくの家は何処にあったんだろう…?)
 何度この問いを繰り返したろう、自分に向かって。
 自分自身の記憶が収まっている筈の場所に、何度問い掛けたことだろう。
 けれども、思い出せない答え。
 かつて自分が住んでいた場所。
 今では顔もおぼろな両親、それに自分の三人家族だった家。
 …何処かには在った筈なのに。
 今も何処かにある筈なのに。
 雲海の星アルテメシアへ、エネルゲイアへ帰ったならば。
 「ただいま」と家の扉を開けたら、其処に両親がいる筈なのに。
 家を移るとは思えないから。
 多分、今でも同じ所で両親は暮らしているだろうから。


 なのに、その場所が分からない。
 何度、自分に尋ねてみても。
 成人検査で奪われ、曖昧になった記憶を掻き回してみても、出て来ない答え。
 自分は何処に住んでいたのか、あの家は何処にあったのか。
(…アルテメシアの、エネルゲイア…)
 それは間違いないけれど。
 教育ステーションのデータベースに登録された、情報そのままなのだけれども。
(…その先が分からないよ、ママ…)
 パパ、と机にポタリと零れ落ちた雫。一粒の涙。
 どうしても思い出せない場所。
 ぼんやりと記憶に残っているのは、高層ビルだったことくらい。
 その形すらも定かではなくて、何度調べても分からない。
 エネルゲイアの町の映像、それを端からチェックしてみても。


 もっとも、自分が育った家。
 高層ビルの中だった家の在り処は、映像でさえも嘘をつかれていそうだけれど。
 成人検査がどういうものかを、甘い言葉で偽ったように。
 それと同じに、エネルゲイアの映像も処理してあるかもしれない。
(…ぼくみたいな奴が…)
 自分の育った家を探しても、決して見付けられないように。
 本当は無かったビルを加えるとか、逆に消去しておくだとか。
 町の道路さえも、今の自分が映像で知るものと、かつて見たものとは別かもしれない。
(…記憶を消されたからだけじゃなくて…)
 偽の情報が仕込んであるなら、いくら映像を眺めた所で、何の実感も湧かないだろう。
 知っていた町とは違うのだから。
 そんな偽物の映像の町で、自分は育たなかったのだから。


 そういった嘘を、平然とつきかねない機械。
 偽ったとさえ思いはしなくて、「これが正しいやり方だから」と。
 「二度と戻れない過去は要らない」と、「探す必要など何処にも無い」と。
 …だから、未だに見付からない家。
 見付け出すことが叶わない家。
 其処に両親が住んでいるのに。
 自分はずっと其処で育って、離れたくなどなかったのに。
(…成人検査で離れたって…)
 いつか帰れると信じていた。
 テラズ・ナンバー・ファイブに捕まるまでは。
 記憶を消されて、このステーションに向かう宇宙船に乗せられるまでは。
 成人検査は通過儀礼で、誰でも通る道だから。
 いつか立派な大人になったら、「ただいま」と家に帰れるのだと。


 けれど、帰れなくなった家。
 …今の自分には帰る術も無い、何処にあるのかも分からない家。
 アルテメシアという星の上に、それは在ったということしか。
 町の名前はエネルゲイアと、たったそれだけになってしまった。
 誰でも見られる、教育ステーションのデータベースの情報が全て。
(エネルゲイアの、何処だったの、ママ…?)
 パパ、と尋ねても返らない答え。
 両親は此処にいないから。
 遠く離れたアルテメシアの、エネルゲイアの何処かで暮らしているのだから。
 「高層ビル」としか無い手掛かり。
 どんな外観のビルだったのかも、周りには何があったのかも。


 何処にあるのか分からないから、今の自分は住所が書けない。
 文字を覚えて直ぐの頃には、得意になって書いていたのに。
 同い年の子たちはまだ書けないのに、自分は住所も書けるんだから、と。
(アタラクシアの、エネルゲイア…)
 其処までは書ける、今の自分でも。
 けれど書けない、それよりも先にあった筈の文字。
 両親が暮らしている場所を示す、大切な手掛かりだったのに。
 もう欠片さえも覚えていなくて、エネルゲイアに関する情報を片っ端から引き出してみても…。
(…何もかもピンと来ないよ、パパ…)
 ママ、と握り締めた手製のコンパス。
 磁石を使った方位磁針で、此処に来て直ぐに作ったけれど。
 とてもレトロなものだけれども、その針の向きも思い出せない。
 これをどう使って幼い自分が歩いていたのか、どちらに家があったのか。
 北へ向かうのか、南だったのか、東か、それとも西なのかさえも。


(パパ、ママ…)
 教えて、と顔さえハッキリとしない両親を思い浮かべるけれど。
 もしかしたら、手が、指が覚えていはしないかと、ペンを握ってみるのだけれど。
(…やっぱり、書けない…)
 アタラクシアのエネルゲイア。
 分かり切った情報の、その先の文字。
 これでは手紙も出せやしない、と零れ落ちる涙。
 ピーターパンの本が書かれた時代は、住所を書けば届いた手紙。
 自分はそれも書けはしないと、両親に手紙も出せないのだと。
(……ぼくの家……)
 何処だったろう、と今日も紙に書いては、止まってしまう手。
 「エネルゲイア」までで。
 今夜こそは、と挑んでみたって、「今朝は書いてやる」と寝起きの頭で書いてみたって。
 アタラクシアのエネルゲイアの、その先の文字が出て来はしない。


 それに気付いて涙した日は、いつだったのか。
 もうそれさえも思い出せないけれども、ただ悲しくて悔しくなる。
 幼かった自分はスラスラと紙に書いていたのに。
 両親も「凄い」と褒めてくれたのに、今ではそれが書けない自分。
(…手紙だって…)
 書いても届けて貰えないだろう、ティンカーベルがいたとしたって。
 ピーターパンの本に出て来る妖精、彼女に「パパたちに手紙を届けて欲しい」と言ったって。
 いくら妖精が空を飛べても、住所が分からないのでは。
 …両親が今でも住んでいる家、其処の住所を書けないのでは。
(パパやママに手紙…)
 書いても届けられない手紙。
 帰ろうにも何処か分からない家。


 零れ落ちる涙は、もう止まらない。
 ぼくは迷子になってしまったと、これではロストボーイのようだ、と。
 ピーターパンの本に出て来る迷子がロストボーイで、自分の家には帰れない子供。
 ぼくはそれだと、家を忘れてしまったからと。
 同じ迷子でもロストボーイは幸せなのにと、あの子供たちはネバーランドにいるのだからと。
(…パパ、ママ…)
 ぼくの家は何処にあったんだろう、と何度訊いても返らない答え。
 書けなくなってしまった住所は、まるで無いのと同じだから。
 自分は帰る家を失くした、孤独なロストボーイだから。
 ぱたり、ぱたりと零れ落ちる涙。
 家に帰してと、家への道を思い出せてと。
 ぼくにもう一度あれを書かせてと、エネルゲイアのその先の字を、と…。

 

        書けない住所・了

※成人検査って、家の住所も消してそうだな、と考えていたらこういう話に…。
 シロエが持っているコンパスは、管理人の捏造。『後は真っ直ぐ』に出て来ますv





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「ジョミーだった。…あれは……ジョミーだった!」
 そう言って嘆き悲しんだサム。幼馴染の変わりようを。
 「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と。
 あの表情が、声が、頭を離れない。
 悲しむサムを慰めようと側にいたのに、「いやあ、キース君!」と現れた男。
 プロフェッサーと呼ばれる教官。
 彼の自慢話に、大袈裟に騒ぐ生徒たち。誰もが自分をヒーロー扱い。
 打ち消される優しいサムの感情。
 とても冷静ではいられなくて。
 堪えようとしても瞳が揺れてしまって、ついには頭を抱えて呻いた。
 「やめろ。…やめてくれ、もう沢山だ!」と。
 それすらも通じないかと思ったけれども、騒ぎを収めに来た警備兵たち。
 彼らが皆を散らしてくれた。その代わりに…。


(サム…)
 座り込んでいたサムも連れ去られた、その警備兵に。
 マザー・イライザの指示で医務室に連れてゆくと。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 ミュウの長と名乗ったサムの幼馴染、彼の思念に晒されたから、と。
 自分以外の者たちは全て、念のためにと医務室へ。
 誰もが意識を失ったのだから、当然の処置ではあるけれど。
(…すまない、サム…)
 お前の力になれなかった、と引き揚げた部屋。
 サムが落ち着くまで、話を聞いてやりたかったのに。
 ジョミーという名は何度もサムから聞いていたから、こんな時こそ。
 「きっと何かの間違いだろう」と、「他人の空似だ」と、励ましてやって。
 サムはジョミーが「あの頃の姿のままで、全然変わっていない」と言ったのだから。
 そんなことなど、ある筈がない。
 人は必ず年を取るのだし、ジョミーがサムと一緒だった頃の姿だなどと。


 そう言ってやれば、サムは落ち着いただろうに。
 「そうだよな」と頷いてくれたのだろうに、掛けてやる暇が無かった言葉。
 プロフェッサーに、「早くみんなにヒーローの顔を見せてやれ」と促されて。
 強引に連れてゆかれてしまって。
 サムは心細そうに座り込んだままで、悲しそうに顔を覆っていたのに。
 幼馴染と、ジョミーと名乗ったミュウとの間で揺れていたのに。
 …見たものが信じられなくて。
 モニターに映ったミュウの長のジョミーが、幼馴染だとショックを受けて。
(…本当にそうなのかもしれないが…)
 たとえそうでも、「違う」と一言、自分が言ってやれたなら。
 「まだジョミーだと決まってはいない」と、肩を叩いてやっていたなら。
 サムのことだから、きっと、考え直してくれただろう。
 「本当に人違いなのかもしれない」と、「他人の空似だ」と前向きに。
 持ち前の元気と、明るさでもって。


 …なのに、励ましてやれなかったサム。
 医務室へ連れてゆかれたサム。
 今頃はきっと、治療を受けているのだろう。
 他の者たちよりも酷かった動揺、それを収めるための治療を。
(…薬は確かに効くのだろうが…)
 それだけでサムが受けたショックが癒えるだろうか?
 心の傷になってはいないか、あのミュウの長が。
 まだ本当にサムの幼馴染だと、決まったわけでもないというのに。
 何の証拠もありはしないのに。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
 会ったこともないのに、すらすらと空で言えてしまう名前。
 サムが何度も繰り返し話した、幼馴染のジョミーの名前。
(シロエにそっくりの目をしていた、と…)
 そんな話さえ聞いたほど。
 サムの一番の友達だったと、「また会えたら」と思っていると。


 友達とは重要なものなのか、と遠い日にサムに尋ねたけれど。
 あの時に初めて、ジョミーの名前を耳にした。
 それからは何度聞いたのだろう。
 ジョミーの名前も、サムの故郷での思い出話も。
 だからこそ、サムの悲しみも分かる。
 モニターに映ったミュウの長の少年、彼が本当にジョミーだったなら、と。
 もしもそうなら、サムの幼馴染はもういない。
 少なくとも、同じ世界には。
 いつの日かサムが友として再び巡り会えるだろう、この世界には。
 ミュウのことは殆ど知らないけれども、敵だから。
 少なくとも、自分や訓練中の仲間は命を落としかけたのだから。
 サムも含めて、一人残らず。
 あのまま意識が戻らなかったら、惑星の地表に叩き付けられて。


 幼馴染がどういうものかは、自分には分からないけれど。
 成人検査よりも前の記憶を持っていないらしい、自分にはまるで謎なのだけれど。
 「古くからの友達」だとは分かっているから、想像はつく。
 自分の友達はサムだから。
(…幼馴染が敵だというなら…)
 ある日突然、友達のサムが敵へと変わるようなもの。
 それも自分を殺そうとする敵、危うく殺されかけたなら。
 …サムが自分に刃を向けたら、自分もきっと、ああなるだろう。
 嘆き悲しんでいたサムのように。
 「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と、肩を震わせて。
 冷静さの欠片も失くしてしまって、ただ繰り返すだけだろう。
 「どうして」と、「サムはどうなったんだ」と。


 …考えるほどに、悔やまれること。
 サムの話を聞いてやれずに、励ますことさえ出来なかったこと。
(プロフェッサーさえ出て来なければ…)
 あの手を振り払うべきだった。
 プロフェッサーの機嫌を損ねて、自分の評価が下がろうとも。
(……すまない、サム……)
 せめて今からでも見舞いに行かねば、面会許可が下りるようなら。
 こういう時に駆け付けなければ、とても友とは言えないから。
(…行ってみようか…)
 駄目で元々、と見回した部屋。
 見舞いの品を持ってゆこうにも、生憎と何も無いのだが、と。
 けれど…。


 あった、と思い出した物。
 サムに貰ったぬいぐるみ。
 宇宙の珍獣シリーズと言ったか、レア物だというナキネズミ。
(…元気でチューか…)
 そう言ってサムが励ましてくれた、シロエを殴ってしまった時に。
 ぬいぐるみを握って、お辞儀をさせて。
 「元気でチューか?」と。
 そしてそのまま、貰ってしまったぬいぐるみ。
 「やるよ」と、「それはお前のだから」と。
 けれど、レア物のぬいぐるみ。お返しの品も持っていないから、と断ったら…。
 「それじゃ、貸しってことにしようぜ」と笑ったサム。
 「いつか俺がさ、元気を失くすようなことがあったら、返してくれよ」と。
 そんな日は来ないだろうけれど、と。
 もしも来たなら、その時に「元気でチューか?」と返してくれ、と。


(元気でチューか、か…)
 今がきっと、サムが言っていた時。
 サムが元気を失くしている時。
 今こそ返すべきだろう。貰ったレア物のぬいぐるみを。
 ナキネズミを持って、サムの所へ。
 「元気でチューか?」とあれを返して、サムを励ます時なのだろう。
 ジョミーのことは心配するなと、きっと何かの間違いだからと。
 「元気を出せ」と、「あれは幼馴染のジョミーじゃない」と。
(…まさか返せる時が来るとは…)
 貰いっ放しだと思っていたが、と取り出したナキネズミのぬいぐるみ。
 幼馴染のことで悲しむ今のサムには、きっと効果がある筈だから。
 友達の自分が励ましたならば、どんな薬よりも効くだろうから。
「…元気でチューか…」
 上手くやれればいいんだが、とキュッと握ったぬいぐるみ。
 サムを励ましてやりたいから。…さっき励まし損ねた分まで、駆け損なった声の分まで。
 「元気でチューか?」とサムに返そう、このナキネズミのぬいぐるみを。
 それだけでサムは、きっと笑顔になるだろうから。
 「あの貸し、返されちまったか」と。
 「俺としたことが」と、「やられちまった」と、きっと笑ってくれるだろうから…。

 

        励ましたい友・了

※キースがやった「元気でチューか?」。サムには効果抜群でしたよね、「癒される」と。
 『友の励まし』と対になっています、とうとう書いてしまったか、自分…。





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