カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
(また、何か…)
大切なものを失くしたんだ、とシロエは一人、唇を噛んだ。
Eー1077は既に夜更けで、候補生たちは皆、自分の個室に戻っている。
シロエもその中に含まれるけれど、こんな時間に起きている者は少ないだろう。
宇宙ステーションとはいえ、昼間と夜の区別はある。
夜は居住区の照明も暗くなる上、食堂なども閉まってしまう。
活動には不向きな環境だけに、大抵の者は眠りに就いて、明日に向けての備えをする。
講義もあれば、宇宙空間での実習がある者もいるから。
(…ぼくも、しっかり眠らないと…)
明日の授業に響きそうだ、と分かってはいても、とても眠れる気がしない。
その結果として成績が落ちれば、またしても…。
(今日と同じで、マザー・イライザにコールされて…)
忌まわしい部屋で深く眠らされ、心を探られ、「不要な因子」を抹消される。
目が覚めた時は、心がスッキリしているけれども、それは「何か」を失ったから。
イライザが「不要」と判断したモノ、それは本当は「大切な」もの。
(マザー・イライザと、この世界には要らないモノでも…)
ぼくにとっては大事な宝物なんだ、と知っているだけに、コールは避けたい。
コールされる度、少しずつ「失くしてゆく」宝物は、どれも幼い頃の記憶で、もう戻らない。
どんなに努力を重ねてみても、二度と思い出すことは出来ない。
懐かしい母の姿だったら、マザー・イライザが「真似ている」のに。
恐らく声まで同じだろうに、確証が持てなくなってしまった。
初めてコールを受けた時には、「ママなの?」と驚き、感動さえも覚えたのに。
「この部屋に来たら、ママに似た人に会えるんだ」と騙され、手懐けられそうになった。
もっとも、じきに、そのからくりに気付かされたから、懐きはしないで…。
(イライザに逆らう道を選んで、今も走っているけれど…)
果たして「それ」が正しいかどうか、疑問に思わないでもない。
マザー・イライザの意向に背けば、コールされ、「何か」を消されて失う。
失った記憶は戻ることなく、シロエの中から欠け落ちてゆく。
(…このまま、どんどんコールされ続けて暮らしていたら…)
いずれは何も無くなるのでは、と不意に不安がこみ上げて来る。
「逆らい続けるシロエ」を意のままにするべく、マザー・イライザが本気を出したなら…。
(ぼくの記憶をすっかり消して、偽の記憶と入れ替えて…)
「従順なシロエ」を作り出すことが、もしかしたら出来るかもしれない。
なんと言っても、マザー・イライザは「、教育ステーション」を支配する機械なのだから。
シロエが育った育英都市には、テラズ・ナンバー3がいた。
成人検査を担当していて、大人の社会に旅立つ子供の記憶を消すのが仕事だけれど…。
(所詮は、末端のコンピューターで…)
教育ステーションにいるコンピューターより、その地位は低い。
それでも「あれだけの」力があって、子供の記憶を「塗り替えてしまう」。
このステーションに集められている候補生たち、彼らの中の一人も疑問を持ってはいない。
成人検査の前と後とで、「自分の記憶が異なる」ことに気付きもしないと言えるだろう。
(気が付いたのは、ぼくくらいで…)
つまりは社会の仕組みを見抜いて、「システムを疑い、憎み始める」者だっていない。
だから「シロエ」はターゲットにされ、頻繁にコールを受けることになる。
「不要な因子」を探し出しては、消し去り、疑問を抱かないようにしてゆくために。
(…テラズ・ナンバー3でさえも、あんな力があるんだから…)
それよりも上位の「マザー・イライザ」には、どれほどの力があるものなのか。
考えたことも無かったけれども、「シロエの記憶を、すっかり丸ごと」入れ替えるのも…。
(マザー・イライザには、うんと簡単なことなのかも…?)
ほんの一瞬、それだけあれば充分な時間かもしれない。
「シロエ」をコールし、深く眠らせ、記憶を消すための出力を少し上げたなら…。
(ぼくの中から、何もかもが消えて…)
あの憎らしい「キース」さながら、故郷も養父母の記憶も失くした「シロエ」が出来る。
何一つ覚えていることは無くて、社会で役立つ知識だけを持った「優秀な」者が。
(でも、それだけでは不自然だから…)
シロエを知っている周りの者が変だと思わないよう、偽の記憶を植えるのだろう。
「マザー・イライザにとっては」都合が良くて、この社会にも馴染める「偽りの過去」を。
故郷の記憶も、両親のことも、何もかもを全て「上書き」して。
(…ぼくが持って来た、ピーターパンの本だって…)
どういう具合にされてしまうか、まるで見当もつかないけれども、恐ろしい。
「偶然、紛れ込んでしまった荷物」と認識するのか、あるいは記憶の処理と同時に…。
(誰かを寄越して、ぼくの部屋から持ち出させて…)
そんな本など「何処にも無かった」事実が作られ、偽の記憶を持った自分も気にしない。
部屋から本が消えたことなど、記憶を書き換えられたシロエは「知らない」から。
ピーターパンの本を「持って来た」のを忘れてしまって、最初から「持っていない」から。
(…マザー・イライザが本気になったら、そのくらいは…)
本当に「簡単」かもしれない。
今は「本気になっていない」だけで、いつか、本気を出して来たなら。
(…そんなことって…)
あるんだろうか、と思うけれども、けして無いとは言い切れない。
ついでに言うなら、「シロエ」が優秀であればあるほど、可能性が上がりそうではある。
秀でた人材を持つのだったら、システムに反抗的な者より、従順な者がいいに決まっている。
機械はそれを好みそうだし、そうすることが可能だとしたら、やりかねない。
あるいは、マザー・イライザが「それ」を思い付きはしなくても…。
(…メンバーズ・エリートを選び出すのは、マザー・イライザかもしれないけれど…)
Eー1077を卒業した後、そのメンバーズを使役する者は「他にいる」。
地球に在ると聞く巨大コンピューター、グランド・マザーがシステムの要で、主でもある。
「メンバーズを使う」立場だったら、将来的に選ばれそうな者にも興味を持っているだろう。
彼ら、彼女らを「どういう具合に」教育すべきか、具体的に指示をするかもしれない。
「もっと、こういう教育を」だとか、「この人間には、この分野の講義を多くしろ」とか。
(…ぼくのデータも、グランド・マザーが見ているとしたら…)
このシステムに「反抗的である」欠点について、どういった風に捉えているか。
それも個性の内だと見るか、矯正すべき欠陥と見なしているか。
(…卒業までには、この欠陥をきちんと処理しておけ、とグランド・マザーが…)
マザー・イライザに言って来たなら、文字通りに「終わり」かもしれない。
いつものようにコールを受けて、あの忌々しい部屋に入った「シロエ」が出て来た時には…。
(まるで全く違う中身で、システムに従順になっていて…)
ピーターパンの本のことも忘れて、ネバーランドに焦がれたことさえ「覚えてはいない」。
記憶を書き換えられた「シロエ」は、「ピーターパンの本」を、こう思うだろう。
「子供の頃に、確かパパに貰って、持っていたよね」と。
「うんと大事にしていた本で、何度も何度も読んでいたっけ」と懐かしく思い出しもして。
「あの本に出てたネバーランドに、行こうと思って頑張ったんだよ」と笑んだりもする。
「子供らしい夢っていうヤツだよね」と、「空を飛べると思い込んでさ」と可笑しそうに。
(…そう、本当なら、今頃のぼくは…)
そうなっている筈だったんだ、と背筋がゾクリと冷たくなった。
テラズ・ナンバー3が記憶を処理した時には、「そうしたつもり」だったろう。
ところが「シロエ」は、そうはならずに、ピーターパンの本を後生大事に抱え込んだまま…。
(ステーションまで来てしまっていて、今もシステムに反抗的で…)
事あるごとにコールされては、少しずつ記憶を「消されている」。
システムに逆らう理由の因子を、マザー・イライザに取り除かれて。
「これは不要だ」と機械が過去の記憶を選り分け、「シロエ」の中から抹消して。
そう、「今はまだ」、度々、コールされるだけ。
反抗的な行動をすれば、あの部屋に呼ばれて「眠らされて」、何か「消される」だけ。
自分でも直ぐには思い出せない、とても小さな子供時代の記憶を、巧みに抜き取られて。
いったいどれを消去したのか、シロエ自身にも「気付かせない」ような形で。
(何日も経ってから、「消された記憶は、コレだったんだ」って…)
気付いて悔しく思う程度で、今はまだ済んでいるのだけれども、これから先は分からない。
このまま逆らい続けていたなら、ある日突然、地獄の底へ落ちるのだろうか。
マザー・イライザからのコールを受けて、「またか」と出掛けて、それでおしまい。
(いつもの部屋から出て来た時には、今、此処にいる「ぼく」はいなくて…)
システムに何の疑問も抱かず、従順に生きる「シロエ」が代わりに、この人生を歩んでゆく。
大切に持って来たピーターパンの本が、「思い出の一つ」に過ぎない「シロエ」になって。
反抗的だったことなど忘れて、故郷のことも、両親のことも、思い出になって。
(……もしかしたら、いつか、そうなるのかも……)
まさか、と身体が震え出すけれど、その日が「来ない」とは言えない。
逆らい続けて生きていたなら、「違うシロエ」に作り替えられてしまう日が訪れて。
(…でも、従順になったふりをしたって…)
機械は全てお見通しだから、きっと無駄だ、という気がする。
ならば「このまま」生きてやろうか、そうやって生きて、行きつく先は地獄でも。
自分でも「全く気付かないまま」、違う自分にされてしまう日が来るのだとしても…。
逆らい続けたら・了
※シロエの記憶を「すっかり書き換えてしまう」ことは、機械には可能なことなのかも。
アニテラのSD体制は緩めですけど、もしも機械が本気を出したら、有り得る恐ろしい未来。
大切なものを失くしたんだ、とシロエは一人、唇を噛んだ。
Eー1077は既に夜更けで、候補生たちは皆、自分の個室に戻っている。
シロエもその中に含まれるけれど、こんな時間に起きている者は少ないだろう。
宇宙ステーションとはいえ、昼間と夜の区別はある。
夜は居住区の照明も暗くなる上、食堂なども閉まってしまう。
活動には不向きな環境だけに、大抵の者は眠りに就いて、明日に向けての備えをする。
講義もあれば、宇宙空間での実習がある者もいるから。
(…ぼくも、しっかり眠らないと…)
明日の授業に響きそうだ、と分かってはいても、とても眠れる気がしない。
その結果として成績が落ちれば、またしても…。
(今日と同じで、マザー・イライザにコールされて…)
忌まわしい部屋で深く眠らされ、心を探られ、「不要な因子」を抹消される。
目が覚めた時は、心がスッキリしているけれども、それは「何か」を失ったから。
イライザが「不要」と判断したモノ、それは本当は「大切な」もの。
(マザー・イライザと、この世界には要らないモノでも…)
ぼくにとっては大事な宝物なんだ、と知っているだけに、コールは避けたい。
コールされる度、少しずつ「失くしてゆく」宝物は、どれも幼い頃の記憶で、もう戻らない。
どんなに努力を重ねてみても、二度と思い出すことは出来ない。
懐かしい母の姿だったら、マザー・イライザが「真似ている」のに。
恐らく声まで同じだろうに、確証が持てなくなってしまった。
初めてコールを受けた時には、「ママなの?」と驚き、感動さえも覚えたのに。
「この部屋に来たら、ママに似た人に会えるんだ」と騙され、手懐けられそうになった。
もっとも、じきに、そのからくりに気付かされたから、懐きはしないで…。
(イライザに逆らう道を選んで、今も走っているけれど…)
果たして「それ」が正しいかどうか、疑問に思わないでもない。
マザー・イライザの意向に背けば、コールされ、「何か」を消されて失う。
失った記憶は戻ることなく、シロエの中から欠け落ちてゆく。
(…このまま、どんどんコールされ続けて暮らしていたら…)
いずれは何も無くなるのでは、と不意に不安がこみ上げて来る。
「逆らい続けるシロエ」を意のままにするべく、マザー・イライザが本気を出したなら…。
(ぼくの記憶をすっかり消して、偽の記憶と入れ替えて…)
「従順なシロエ」を作り出すことが、もしかしたら出来るかもしれない。
なんと言っても、マザー・イライザは「、教育ステーション」を支配する機械なのだから。
シロエが育った育英都市には、テラズ・ナンバー3がいた。
成人検査を担当していて、大人の社会に旅立つ子供の記憶を消すのが仕事だけれど…。
(所詮は、末端のコンピューターで…)
教育ステーションにいるコンピューターより、その地位は低い。
それでも「あれだけの」力があって、子供の記憶を「塗り替えてしまう」。
このステーションに集められている候補生たち、彼らの中の一人も疑問を持ってはいない。
成人検査の前と後とで、「自分の記憶が異なる」ことに気付きもしないと言えるだろう。
(気が付いたのは、ぼくくらいで…)
つまりは社会の仕組みを見抜いて、「システムを疑い、憎み始める」者だっていない。
だから「シロエ」はターゲットにされ、頻繁にコールを受けることになる。
「不要な因子」を探し出しては、消し去り、疑問を抱かないようにしてゆくために。
(…テラズ・ナンバー3でさえも、あんな力があるんだから…)
それよりも上位の「マザー・イライザ」には、どれほどの力があるものなのか。
考えたことも無かったけれども、「シロエの記憶を、すっかり丸ごと」入れ替えるのも…。
(マザー・イライザには、うんと簡単なことなのかも…?)
ほんの一瞬、それだけあれば充分な時間かもしれない。
「シロエ」をコールし、深く眠らせ、記憶を消すための出力を少し上げたなら…。
(ぼくの中から、何もかもが消えて…)
あの憎らしい「キース」さながら、故郷も養父母の記憶も失くした「シロエ」が出来る。
何一つ覚えていることは無くて、社会で役立つ知識だけを持った「優秀な」者が。
(でも、それだけでは不自然だから…)
シロエを知っている周りの者が変だと思わないよう、偽の記憶を植えるのだろう。
「マザー・イライザにとっては」都合が良くて、この社会にも馴染める「偽りの過去」を。
故郷の記憶も、両親のことも、何もかもを全て「上書き」して。
(…ぼくが持って来た、ピーターパンの本だって…)
どういう具合にされてしまうか、まるで見当もつかないけれども、恐ろしい。
「偶然、紛れ込んでしまった荷物」と認識するのか、あるいは記憶の処理と同時に…。
(誰かを寄越して、ぼくの部屋から持ち出させて…)
そんな本など「何処にも無かった」事実が作られ、偽の記憶を持った自分も気にしない。
部屋から本が消えたことなど、記憶を書き換えられたシロエは「知らない」から。
ピーターパンの本を「持って来た」のを忘れてしまって、最初から「持っていない」から。
(…マザー・イライザが本気になったら、そのくらいは…)
本当に「簡単」かもしれない。
今は「本気になっていない」だけで、いつか、本気を出して来たなら。
(…そんなことって…)
あるんだろうか、と思うけれども、けして無いとは言い切れない。
ついでに言うなら、「シロエ」が優秀であればあるほど、可能性が上がりそうではある。
秀でた人材を持つのだったら、システムに反抗的な者より、従順な者がいいに決まっている。
機械はそれを好みそうだし、そうすることが可能だとしたら、やりかねない。
あるいは、マザー・イライザが「それ」を思い付きはしなくても…。
(…メンバーズ・エリートを選び出すのは、マザー・イライザかもしれないけれど…)
Eー1077を卒業した後、そのメンバーズを使役する者は「他にいる」。
地球に在ると聞く巨大コンピューター、グランド・マザーがシステムの要で、主でもある。
「メンバーズを使う」立場だったら、将来的に選ばれそうな者にも興味を持っているだろう。
彼ら、彼女らを「どういう具合に」教育すべきか、具体的に指示をするかもしれない。
「もっと、こういう教育を」だとか、「この人間には、この分野の講義を多くしろ」とか。
(…ぼくのデータも、グランド・マザーが見ているとしたら…)
このシステムに「反抗的である」欠点について、どういった風に捉えているか。
それも個性の内だと見るか、矯正すべき欠陥と見なしているか。
(…卒業までには、この欠陥をきちんと処理しておけ、とグランド・マザーが…)
マザー・イライザに言って来たなら、文字通りに「終わり」かもしれない。
いつものようにコールを受けて、あの忌々しい部屋に入った「シロエ」が出て来た時には…。
(まるで全く違う中身で、システムに従順になっていて…)
ピーターパンの本のことも忘れて、ネバーランドに焦がれたことさえ「覚えてはいない」。
記憶を書き換えられた「シロエ」は、「ピーターパンの本」を、こう思うだろう。
「子供の頃に、確かパパに貰って、持っていたよね」と。
「うんと大事にしていた本で、何度も何度も読んでいたっけ」と懐かしく思い出しもして。
「あの本に出てたネバーランドに、行こうと思って頑張ったんだよ」と笑んだりもする。
「子供らしい夢っていうヤツだよね」と、「空を飛べると思い込んでさ」と可笑しそうに。
(…そう、本当なら、今頃のぼくは…)
そうなっている筈だったんだ、と背筋がゾクリと冷たくなった。
テラズ・ナンバー3が記憶を処理した時には、「そうしたつもり」だったろう。
ところが「シロエ」は、そうはならずに、ピーターパンの本を後生大事に抱え込んだまま…。
(ステーションまで来てしまっていて、今もシステムに反抗的で…)
事あるごとにコールされては、少しずつ記憶を「消されている」。
システムに逆らう理由の因子を、マザー・イライザに取り除かれて。
「これは不要だ」と機械が過去の記憶を選り分け、「シロエ」の中から抹消して。
そう、「今はまだ」、度々、コールされるだけ。
反抗的な行動をすれば、あの部屋に呼ばれて「眠らされて」、何か「消される」だけ。
自分でも直ぐには思い出せない、とても小さな子供時代の記憶を、巧みに抜き取られて。
いったいどれを消去したのか、シロエ自身にも「気付かせない」ような形で。
(何日も経ってから、「消された記憶は、コレだったんだ」って…)
気付いて悔しく思う程度で、今はまだ済んでいるのだけれども、これから先は分からない。
このまま逆らい続けていたなら、ある日突然、地獄の底へ落ちるのだろうか。
マザー・イライザからのコールを受けて、「またか」と出掛けて、それでおしまい。
(いつもの部屋から出て来た時には、今、此処にいる「ぼく」はいなくて…)
システムに何の疑問も抱かず、従順に生きる「シロエ」が代わりに、この人生を歩んでゆく。
大切に持って来たピーターパンの本が、「思い出の一つ」に過ぎない「シロエ」になって。
反抗的だったことなど忘れて、故郷のことも、両親のことも、思い出になって。
(……もしかしたら、いつか、そうなるのかも……)
まさか、と身体が震え出すけれど、その日が「来ない」とは言えない。
逆らい続けて生きていたなら、「違うシロエ」に作り替えられてしまう日が訪れて。
(…でも、従順になったふりをしたって…)
機械は全てお見通しだから、きっと無駄だ、という気がする。
ならば「このまま」生きてやろうか、そうやって生きて、行きつく先は地獄でも。
自分でも「全く気付かないまま」、違う自分にされてしまう日が来るのだとしても…。
逆らい続けたら・了
※シロエの記憶を「すっかり書き換えてしまう」ことは、機械には可能なことなのかも。
アニテラのSD体制は緩めですけど、もしも機械が本気を出したら、有り得る恐ろしい未来。
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(……サム……)
やはり治せはしないのか、とキースは深い溜息をついた。
Eー1077で共に過ごした旧友、サムの心は戻っては来ない。
今日の昼間に、病院で医師から説明を受けた。
壊れてしまったサムの精神、それを元に戻すことは不可能なのだ、と。
(私にはもう、どうすることも…)
出来はしなくて、手は残されてはいなかった。
新しい主治医を手配した時、「あるいは」と期待していたのに。
淡い希望を心に抱いて、これ以上は無い最高の医師に、サムを診察させたのに。
(…この日のために、私は出世をして来たのだ、と…)
心の何処かで思っていたほど、その医師は「腕がいい」との評判だった。
並みの者では治療を受けるどころか、診察さえもしては貰えないのが、サムの新しい主治医。
サムが入っている病院にしても、本来ならば「サムが入れる」病院ではない。
(…ジルベスター、セブンに赴く前に…)
キースは、サムの現状を知った。
いや、知らされたと言うべきだろうか。
ジルベスター・セブンの近くを航行していて、事故に遭い、精神が崩壊した、と。
(驚いてサムの居場所を調べて、それから…)
今、サムがいる病院へと、急いで転院させた。
元々、サムを診ていた所は、一般市民が行く病院で、医師の能力もさほど高くはない。
それでは治せないのも仕方なかろう、と考えて手を打つことにした。
メンバーズ・エリートの地位と特権を、初めて「自分のために」使って。
(エリートのための病院だったら、治せるだろう、と…)
思ったけれども、診察した医師は「無理だ」と匙を投げてしまった。
だから、卒業して以来、初のサムとの再会、それは全く意味が無かった。
サムは「キース」を、「まるで覚えていなかった」から。
警戒と怯えの入り混じった目で、サムは、かつての「友人」を見た。
「おじちゃん、誰?」と、距離を取ったままで。
子供に戻ってしまったサムには、キースは「知らないおじちゃん」だった。
そうなったサムを、長い年月、見守り続けて、此処まで来た。
国家騎士団総司令の座に昇り詰めて、最高の医師を手配出来るようになる所まで。
もうこの上には、パルテノンの元老くらいしか「地位の高い」者たちはいない。
その人数はごく僅かだから、今のキースなら、彼らを診察する医師の治療を受けられる。
(だからこそ、私を診させる代わりに…)
サムの治療を任せてみたのに、結果は前と変わらなかった。
懐かしい友の心は治らず、もう永遠に「かつてのサム」は戻っては来ない。
けして会うことが出来ない「友達」。
何度、病院まで会いに行っても、其処にいるのは「子供時代を生きている」サム。
そういうサムにも慣れたけれども、やはり「昔のサム」に会いたい。
Eー1077で一緒に過ごした、あの頃のサムに戻って欲しい。
(…そのためだけに、上を目指したわけではないが…)
もちろん他にも目的はあるし、任務よりも「サムの治療」を優先したりもしない。
公私混同してしまうほど、「キース」は無能ではないのだけれど…。
(それでも、サムのこととなったら…)
普段は殺している筈の自我が、俄然、頭をもたげて来る。
「今の私に出来る最高のことを、サムのためにしてやりたい」と。
病院も病室も、サムを診る医師も、「キースの地位」に相応しいものでなくてはならない。
一般市民と「サム」を同列に扱わせておきはしないし、見舞いの折には確認もする。
サムが充分な治療を受けているか、環境や看護師なども行き届いたものになっているのか。
(そうやって今日まで走り続けて、ようやく本当に最高の医師を…)
サムの主治医に出来たというのに、サムは「治りはしない」という。
あまりにも残酷すぎる告知で、心が崩れ落ちそうだった。
覚悟していた言葉とはいえ、受け止めるまでに時間がかかった。
「本当に、サムは治らないのか!」と、医師の前で声を荒らげもして。
出来る手は全て尽くしたのかと、検査結果を説明する医師に詰め寄って。
(…私らしくもない行動だが…)
ああしないではいられなかった。
「サムは戻る」と信じたかったし、希望を失いたくはなかった。
もっとも「キース」の怜悧な頭脳は、現実を見据えていたのだけれど。
医師が示したデータを眺めて、「無理だ」と、客観的に捉えて。
とはいえ、それとこれとは別の話で、今も納得してなどはいない。
「もう戻らない」サムを諦める日など、けして来ないし、来る筈もない。
奇跡を信じるわけではなくても、諦めはせずに、ずっと待ち続けることだろう。
いつの日か、「サム」が戻るのを。
昔のサムと同じ目をして、「キース!」と呼んでくれる時が来るのを。
(…そう、いつまでも…)
私はサムの帰りを待とう、と改めて自分の心に誓った。
この先、サムの状態が更に悪化しようと、サムを諦めたりはしないで、ただ待ち続ける。
サムがこの世に生きている限り、望みは消えはしないのだから。
(何十年でも、待って、待ち続けて…)
治せる時が来るのを待つさ、と思ったけれども、自分にもサムにも寿命がある。
それが尽きたら、どうすることも出来ないだろう。
そして「人間」の寿命は短い。
これが宿敵のミュウだったならば、寿命は人類の三倍なのに。
キースが、サムが「待てる」時間よりも、長い年月を生きてゆくことが出来るのに。
(…三倍もあれば、新しい治療法が出来る可能性は大きいな…)
そういう意味でも忌々しくなる化け物どもだ、と舌打ちをして、ハタと気付いた。
「ミュウだった友」も、いたのだった、と。
もっとも、「友」と呼んでいいかは、難しい部分があるのだけれど。
(…セキ・レイ・シロエ…)
Eー1077を卒業する間際、この手で、彼が乗った練習艇を落とした。
ミュウだったシロエは宇宙へ逃れて、「停船しろ」との呼び掛けに応じなかったから。
(しかし、あの時…)
シロエが船を停めていたなら、どうなったろう。
あの時、シロエの心が「とうに常軌を逸していた」ことは知っている。
彼は子供の心に戻りつつあって、子供時代の夢の残像を追い続けたまま「飛んでいた」。
そのまま飛んでゆけば「撃墜される」ことも知らずに、自分の夢が導くままに。
子供時代から追っていた夢、その夢が叶う場所を目指して、ただ懸命に。
(…あの状態のシロエを、連れ帰ることが出来たなら…)
恐らくシロエは「殺されはせずに」、飼っておかれたことだろう。
既に心が壊れているなら、システムに反抗的であった過去など、問題ではない。
「子供に戻ってしまったシロエ」は、SD体制にとっては何の脅威でもない「ただのミュウ」。
しかも、かつては「キース」と肩を並べるほどに「優秀だった」者でもある。
格好の研究材料となって、あれこれ調べられ、殺されることなく生きていたろう。
(きっと、そうだな…)
Eー1077は、「キース」を完成させた時点で用済み、シロエの件にかこつけて…。
(廃校にしてしまうのだろうが、その原因だとされる「シロエ」は…)
密かにノアへと移送されて来て、「今も生きていた」に違いない。
サムのように成長したりはしないで、あの頃と変わらない姿のままで。
いつまでも「少年の姿」を保って、子供時代の夢に浸り続けて。
もしもシロエが「生きていた」なら、どうしただろう。
恐らく、Eー1077を卒業してから数年間は、それを知る機会は無かったと思う。
メンバーズとはいえ「キース」の地位はまだまだ低いし、機密に触れるチャンスは無い。
けれど、ジルベスター・セブンに行った後なら…。
(私は、ミュウどもと対峙する、最前線に立っていたわけで…)
そうなれば当然、「シロエ」のことも耳にしないではいられない。
かつて自分が競った相手が、今も「生かされている」のだ、と。
研究対象としてだとはいえ、他の実験体とは違って、命も保証されていることを。
(それを聞き付けたら、私はどうする…?)
会いに行かないわけがないな、と答えは直ぐに弾き出された。
「シロエ」が今も生きているなら、急いで会いに出掛けるだろう。
そして病院にも似た研究所で、子供に戻ってしまった「シロエ」と再会する。
きっとシロエは、サムと似た目で「キース」を眺めて、怯えながらも…。
(おじちゃん、誰、と…)
問い掛けて来て、菫色の瞳を瞬かせる。
「ぼくを迎えに来てくれたの?」と、遠い日に追った夢の続きを、まだ追いながら。
ネバーランドか、あるいは地球か、其処へ「連れて行ってくれる人」なのか、と。
(…そんなシロエを目にしたならば…)
もう放ってはおけないだろうな、と容易に想像がついてしまった。
研究者たちが何と言おうと、頻繁に「シロエ」に会いにゆく自分が目に浮かぶ。
サムの見舞いに通ってゆくのも、シロエの様子を見に出掛けるのも、どちらも同じ。
「かつての友」に「会いに出掛けてゆく」ための時間で、行った先に「友」はいなくても…。
(私を覚えていてくれなくても、私にとっては大切な友で…)
少しでも時間を分かち合いたいから、シロエの許にも通うのだろう。
サムのように治療はしてやれなくても、研究者たちを放り出しておいて、話をしに。
子供に戻ったシロエが語る昔話に相槌を打って、シロエの興味を引く話もして。
(…今の私なら、研究材料にされているシロエだろうと…)
差し入れに菓子を持って行っても、誰も文句を言いなどはしない。
シロエが「ママが作るお菓子は美味しいよ」と、菓子の名前を語ったならば…。
(その菓子を部下に買って来させて、土産に提げて出掛けて行って…)
一緒に食べるのも悪くないな、と思うものだから、シロエにも会いに行きたかった。
サムのように「壊れてしまっていても」、今も生きていてくれたなら。
あの時、宇宙に散りはしないで、少年の姿のままで夢に浸って、今も「いる」なら…。
生きていたなら・了
※シロエがサムのようになって生きている可能性、アニテラだったらあるんですよね。
原作と違って正気じゃなかった、撃墜された時のシロエ。もしも生きていたら、というお話。
やはり治せはしないのか、とキースは深い溜息をついた。
Eー1077で共に過ごした旧友、サムの心は戻っては来ない。
今日の昼間に、病院で医師から説明を受けた。
壊れてしまったサムの精神、それを元に戻すことは不可能なのだ、と。
(私にはもう、どうすることも…)
出来はしなくて、手は残されてはいなかった。
新しい主治医を手配した時、「あるいは」と期待していたのに。
淡い希望を心に抱いて、これ以上は無い最高の医師に、サムを診察させたのに。
(…この日のために、私は出世をして来たのだ、と…)
心の何処かで思っていたほど、その医師は「腕がいい」との評判だった。
並みの者では治療を受けるどころか、診察さえもしては貰えないのが、サムの新しい主治医。
サムが入っている病院にしても、本来ならば「サムが入れる」病院ではない。
(…ジルベスター、セブンに赴く前に…)
キースは、サムの現状を知った。
いや、知らされたと言うべきだろうか。
ジルベスター・セブンの近くを航行していて、事故に遭い、精神が崩壊した、と。
(驚いてサムの居場所を調べて、それから…)
今、サムがいる病院へと、急いで転院させた。
元々、サムを診ていた所は、一般市民が行く病院で、医師の能力もさほど高くはない。
それでは治せないのも仕方なかろう、と考えて手を打つことにした。
メンバーズ・エリートの地位と特権を、初めて「自分のために」使って。
(エリートのための病院だったら、治せるだろう、と…)
思ったけれども、診察した医師は「無理だ」と匙を投げてしまった。
だから、卒業して以来、初のサムとの再会、それは全く意味が無かった。
サムは「キース」を、「まるで覚えていなかった」から。
警戒と怯えの入り混じった目で、サムは、かつての「友人」を見た。
「おじちゃん、誰?」と、距離を取ったままで。
子供に戻ってしまったサムには、キースは「知らないおじちゃん」だった。
そうなったサムを、長い年月、見守り続けて、此処まで来た。
国家騎士団総司令の座に昇り詰めて、最高の医師を手配出来るようになる所まで。
もうこの上には、パルテノンの元老くらいしか「地位の高い」者たちはいない。
その人数はごく僅かだから、今のキースなら、彼らを診察する医師の治療を受けられる。
(だからこそ、私を診させる代わりに…)
サムの治療を任せてみたのに、結果は前と変わらなかった。
懐かしい友の心は治らず、もう永遠に「かつてのサム」は戻っては来ない。
けして会うことが出来ない「友達」。
何度、病院まで会いに行っても、其処にいるのは「子供時代を生きている」サム。
そういうサムにも慣れたけれども、やはり「昔のサム」に会いたい。
Eー1077で一緒に過ごした、あの頃のサムに戻って欲しい。
(…そのためだけに、上を目指したわけではないが…)
もちろん他にも目的はあるし、任務よりも「サムの治療」を優先したりもしない。
公私混同してしまうほど、「キース」は無能ではないのだけれど…。
(それでも、サムのこととなったら…)
普段は殺している筈の自我が、俄然、頭をもたげて来る。
「今の私に出来る最高のことを、サムのためにしてやりたい」と。
病院も病室も、サムを診る医師も、「キースの地位」に相応しいものでなくてはならない。
一般市民と「サム」を同列に扱わせておきはしないし、見舞いの折には確認もする。
サムが充分な治療を受けているか、環境や看護師なども行き届いたものになっているのか。
(そうやって今日まで走り続けて、ようやく本当に最高の医師を…)
サムの主治医に出来たというのに、サムは「治りはしない」という。
あまりにも残酷すぎる告知で、心が崩れ落ちそうだった。
覚悟していた言葉とはいえ、受け止めるまでに時間がかかった。
「本当に、サムは治らないのか!」と、医師の前で声を荒らげもして。
出来る手は全て尽くしたのかと、検査結果を説明する医師に詰め寄って。
(…私らしくもない行動だが…)
ああしないではいられなかった。
「サムは戻る」と信じたかったし、希望を失いたくはなかった。
もっとも「キース」の怜悧な頭脳は、現実を見据えていたのだけれど。
医師が示したデータを眺めて、「無理だ」と、客観的に捉えて。
とはいえ、それとこれとは別の話で、今も納得してなどはいない。
「もう戻らない」サムを諦める日など、けして来ないし、来る筈もない。
奇跡を信じるわけではなくても、諦めはせずに、ずっと待ち続けることだろう。
いつの日か、「サム」が戻るのを。
昔のサムと同じ目をして、「キース!」と呼んでくれる時が来るのを。
(…そう、いつまでも…)
私はサムの帰りを待とう、と改めて自分の心に誓った。
この先、サムの状態が更に悪化しようと、サムを諦めたりはしないで、ただ待ち続ける。
サムがこの世に生きている限り、望みは消えはしないのだから。
(何十年でも、待って、待ち続けて…)
治せる時が来るのを待つさ、と思ったけれども、自分にもサムにも寿命がある。
それが尽きたら、どうすることも出来ないだろう。
そして「人間」の寿命は短い。
これが宿敵のミュウだったならば、寿命は人類の三倍なのに。
キースが、サムが「待てる」時間よりも、長い年月を生きてゆくことが出来るのに。
(…三倍もあれば、新しい治療法が出来る可能性は大きいな…)
そういう意味でも忌々しくなる化け物どもだ、と舌打ちをして、ハタと気付いた。
「ミュウだった友」も、いたのだった、と。
もっとも、「友」と呼んでいいかは、難しい部分があるのだけれど。
(…セキ・レイ・シロエ…)
Eー1077を卒業する間際、この手で、彼が乗った練習艇を落とした。
ミュウだったシロエは宇宙へ逃れて、「停船しろ」との呼び掛けに応じなかったから。
(しかし、あの時…)
シロエが船を停めていたなら、どうなったろう。
あの時、シロエの心が「とうに常軌を逸していた」ことは知っている。
彼は子供の心に戻りつつあって、子供時代の夢の残像を追い続けたまま「飛んでいた」。
そのまま飛んでゆけば「撃墜される」ことも知らずに、自分の夢が導くままに。
子供時代から追っていた夢、その夢が叶う場所を目指して、ただ懸命に。
(…あの状態のシロエを、連れ帰ることが出来たなら…)
恐らくシロエは「殺されはせずに」、飼っておかれたことだろう。
既に心が壊れているなら、システムに反抗的であった過去など、問題ではない。
「子供に戻ってしまったシロエ」は、SD体制にとっては何の脅威でもない「ただのミュウ」。
しかも、かつては「キース」と肩を並べるほどに「優秀だった」者でもある。
格好の研究材料となって、あれこれ調べられ、殺されることなく生きていたろう。
(きっと、そうだな…)
Eー1077は、「キース」を完成させた時点で用済み、シロエの件にかこつけて…。
(廃校にしてしまうのだろうが、その原因だとされる「シロエ」は…)
密かにノアへと移送されて来て、「今も生きていた」に違いない。
サムのように成長したりはしないで、あの頃と変わらない姿のままで。
いつまでも「少年の姿」を保って、子供時代の夢に浸り続けて。
もしもシロエが「生きていた」なら、どうしただろう。
恐らく、Eー1077を卒業してから数年間は、それを知る機会は無かったと思う。
メンバーズとはいえ「キース」の地位はまだまだ低いし、機密に触れるチャンスは無い。
けれど、ジルベスター・セブンに行った後なら…。
(私は、ミュウどもと対峙する、最前線に立っていたわけで…)
そうなれば当然、「シロエ」のことも耳にしないではいられない。
かつて自分が競った相手が、今も「生かされている」のだ、と。
研究対象としてだとはいえ、他の実験体とは違って、命も保証されていることを。
(それを聞き付けたら、私はどうする…?)
会いに行かないわけがないな、と答えは直ぐに弾き出された。
「シロエ」が今も生きているなら、急いで会いに出掛けるだろう。
そして病院にも似た研究所で、子供に戻ってしまった「シロエ」と再会する。
きっとシロエは、サムと似た目で「キース」を眺めて、怯えながらも…。
(おじちゃん、誰、と…)
問い掛けて来て、菫色の瞳を瞬かせる。
「ぼくを迎えに来てくれたの?」と、遠い日に追った夢の続きを、まだ追いながら。
ネバーランドか、あるいは地球か、其処へ「連れて行ってくれる人」なのか、と。
(…そんなシロエを目にしたならば…)
もう放ってはおけないだろうな、と容易に想像がついてしまった。
研究者たちが何と言おうと、頻繁に「シロエ」に会いにゆく自分が目に浮かぶ。
サムの見舞いに通ってゆくのも、シロエの様子を見に出掛けるのも、どちらも同じ。
「かつての友」に「会いに出掛けてゆく」ための時間で、行った先に「友」はいなくても…。
(私を覚えていてくれなくても、私にとっては大切な友で…)
少しでも時間を分かち合いたいから、シロエの許にも通うのだろう。
サムのように治療はしてやれなくても、研究者たちを放り出しておいて、話をしに。
子供に戻ったシロエが語る昔話に相槌を打って、シロエの興味を引く話もして。
(…今の私なら、研究材料にされているシロエだろうと…)
差し入れに菓子を持って行っても、誰も文句を言いなどはしない。
シロエが「ママが作るお菓子は美味しいよ」と、菓子の名前を語ったならば…。
(その菓子を部下に買って来させて、土産に提げて出掛けて行って…)
一緒に食べるのも悪くないな、と思うものだから、シロエにも会いに行きたかった。
サムのように「壊れてしまっていても」、今も生きていてくれたなら。
あの時、宇宙に散りはしないで、少年の姿のままで夢に浸って、今も「いる」なら…。
生きていたなら・了
※シロエがサムのようになって生きている可能性、アニテラだったらあるんですよね。
原作と違って正気じゃなかった、撃墜された時のシロエ。もしも生きていたら、というお話。
(ネバーランドよりも、素敵な地球ね…)
でも本当にそうなのかな、とシロエは机の前で考え込む。
一日の授業と予習復習、全てを終わらせた後の、夜の個室で。
遠い昔に、父から聞いた「地球」という言葉と父の声とが、今でも耳に残っている。
「ネバーランドよりも素敵な場所さ」と、父は笑顔で話してくれた。
選ばれた人しか行けないけれども、「シロエなら行けるかもしれないな」とも。
そう聞かされた時から地球に憧れ始めて、選ばれるために努力を重ねた。
成績は常にトップだったし、運動だって頑張った。
(…結果としては、エリートコースに来られたけれど…)
引き換えに失ったものは多くて、記憶さえも機械に奪い去られた。
父の声はハッキリ覚えていたって、その顔を思い出すことは出来ない。
「笑顔だった」ことが分かるというだけ、どんな顔立ちで笑っていたのか見えては来ない。
(誰も教えてくれなかったよ…)
成長して大人の社会に行くには、「過去を捨てねばならない」なんて。
知っていたなら、もっと時間を大切にしたことだろう。
勉強のために注ぎこむ代わりに、両親と一緒に過ごす時間を「もっと長く」と。
食事が済んだら「直ぐに勉強を始める」などは、今にして思えば、愚の骨頂でしかない。
勉強なんかをやっていないで、父や母と話をするべきだった。
母が後片付けをしているのならば、それを手伝い、片付けの後は両親の側で…。
(コーヒーは苦くて好きじゃなくても、ホットミルクとか…)
それともココアか、ジュースでもいい。
子供の舌に合う飲み物を貰って、ゆっくり、のんびりすれば良かった。
そうしていたなら、機械に記憶を奪われた後も、「残った記憶」が多かったろうに。
両親の顔はぼやけていたって、三人で囲んだテーブルは忘れていない、とか。
(…失敗したよね…)
もう取り返しはつかない過ち。
幼かった日に戻れはしないし、幼い自分に真実を告げることも叶わない。
仕方なく「地球」を目指しているのだけれども、其処は本当に「素敵」だろうか。
(…あの時、パパは知ってたのかな…?)
地球という場所に、「子供たちの姿は無い」ことを。
選ばれたエリートだけが暮らす世界で、一般市民がいるかどうかも分からない。
(地球の社会の、優秀な構成員として…)
一般市民という役割を担う、普通人のコースのエリートならば、いる可能性もゼロではない。
けれど「子供」は確実に「いない」。
大人の社会と子供の社会は、明確に分かれているのだから。
子供が暮らせる場所と言ったら、今の世界では育英惑星だけしか無い。
一般人向けのコースで選ばれ、養父母としての教育を受けた大人が派遣される星。
(それ以外の星には、子供なんかはいやしない、って…)
Eー1077に来てから学んだ。
だから当然、首都惑星のノアにも「子供は一人もいない」のだ、とも。
(…首都惑星でも、子供は一人もいないなら…)
人類の聖地という名で呼ばれる「地球」には、なおのこと「子供はいない」だろう。
地球は育英惑星ではなく、首都惑星よりも格が上になる「最高の場所」と言えるのだから。
(そういう意味では、ネバーランドよりも素敵なのかもね…)
宇宙の中で最高だったら、地球を超える場所は何処にも無い。
「地球よりもいい場所は何処ですか?」と誰に訊いても、ただ笑われるだけだろう。
「そんな場所、ありやしませんよ」と。
「最高に素敵な場所と言ったら、地球の他に何処があるんです?」などと尋ね返されて。
(…それは分かっているんだけれど…)
子供が一人もいない場所など、本当に「素敵」と言えるだろうか。
その上、地球が「素敵」かどうかは、かなり怪しいという気もする。
本当に素敵な場所だと言うなら、どうして「首都惑星にしない」のか。
(人類は地球を駄目にする生き物だから、と言うにしたって…)
選び抜かれたエリートだけで「地球の社会」を構成するなら、何の問題も起こらない。
彼らは愚かなことなど「しない」し、機械の指示に素直に従い、環境の維持に努めるだろう。
(維持するどころか、良くするための努力を重ねて…)
美しかったと聞く地球の姿を、完璧に取り戻すために働き続ける。
今はエリートしか行けない場所でも、いつかは一般市民でも…。
(住むのは無理でも、ちょっと旅行に出掛けるくらいは許されるほどに…)
地球の環境を整え直して、「人類の聖地」が皆に門戸を開く時代を築けると思う。
現に「そのための整備」が続けられ、今も続行中だと習った。
成果は順調に上がっているから、それを無にしてしまわないよう、「近付くな」とも。
(…でも、本当にそうなのかな…?)
実は騙されているんじゃあ…、と疑いたくなる日だってある。
機械は「嘘をつく」ものだから。
平気で人を騙し続けて、偽りの世界を作り上げもする。
現に自分は「騙されていた」。
大人になるには「記憶を奪われ、忘れる」ことが必須と知らずに、懸命に勉強し続けて。
本当の地球がどんな場所かは、行ってみるまで分からない。
「行ける資格」を手に入れたって、まだ「騙されている」かもしれない。
地球に行けるほどのエリートだったら、その使い道は幾らでもある。
「地球」という餌で釣り、優秀な人材を大勢育てて、地球の土を踏ませる代わりに…。
(全く違う場所に派遣して、色々な任務を任せるだとか…)
如何にもありそう、と顎に手を当て、大きく頷く。
そうやって「上手く騙す」ためなら、機械はいくらでも嘘をつくことだろう。
本当の地球は、美しい星ではなかったとしても「美しい」と。
今も人間が住めない場所でも、「選ばれた人たちが暮らしています」と、虚言を吐いて。
(…もし、そうだったら…?)
地球の「本当の姿」がそうだとしたなら、ネバーランドよりも素敵な場所とは言えない。
子供たちの姿が無いだけではなく、選ばれた優秀な人間でさえも「住めない」のなら。
(…そんな星でも、素敵だなんて…)
絶対に認められはしないし、子供の姿が無いというのも、充分にマイナスの要素ではある。
果たして「自分」は、本当に「地球に行きたい」のか。
地球に在るという巨大コンピューター、グランド・マザーは「停止させたい」けれども…。
(…ネバーランドか、地球か、どちらかを選べと言われたら…)
自分はどちらを選ぶだろうか、と胸の奥がズシリと重たくなった。
もしも天使が此処に現れ、「選びなさい」と告げて来たなら、どうするだろう。
選んだ結果が、どう転ぶのかは、天使は教えてくれなどはしない。
神の使いで来るのが天使で、「シロエの答え」を神に伝えに行くのも天使。
(…地球を選ぶべきか、ネバーランドを選ぶべきなのか…)
決めるのはあくまで自分自身で、神は結果を「与える」だけ。
「地球に行きたい」と答えたならば、「機械を止めるために行く」のを評価されて…。
(御褒美に、ネバーランドに繋がる扉を…)
神が開いてくれるかもしれない。
「少しくらいなら、息抜きをしてもいいでしょう」と。
あるいは「任務が重くて疲れた時には、此処から飛んで行きなさい」だとか。
逆に「ネバーランドがいい」と答えたのなら、そちらはそちらで…。
(子供の心を忘れていない、って評価してくれて…)
ネバーランドへの扉が開くかもしれないけれども、選べる道は一つだけ。
選んだ答えが「神の意に沿わなかった」場合は、地獄に落とされるかもしれない。
「地球」と答えたら、「子供の心を大事にしていない」と評されて。
「ネバーランド」と答えた瞬間、「自分の使命を投げ出すのか」と神が怒って。
どちらが「正しい答え」なのかは、神と天使しか知らないこと。
けれど「選べ」と言われたからには、シロエに出来るのは「選ぶ」ことだけ。
選んで答えを返すのだけれど、その時に、嘘をついたなら…。
(それはそれで、「正直に選ばなかった」と…)
地獄の底へと突き落とされて、ネバーランドへの扉は開かないだろう。
ならば、自分は、どう答えるのか。
嘘を言わずに「正直に」選んで、神が下した裁きと結果を受け入れるなら…。
(……地球なんかより……)
ネバーランドを選ぶんだから、とシロエは拳を固く握り締める。
父から「地球」と聞くよりも前から、ネバーランドに焦がれていた。
今も行きたくてたまらない場所で、選べるのなら「地球」など、どうでもいい。
「子供が子供でいられる世界」を作れなくても、機械に奪われた記憶が戻らなくても…。
(…正直に選んで、逃げていいなら…)
パパとママが好きだったことを忘れない内に、それを選ぶよ、と心から思う。
選んで答えを告げた途端に、神の怒りに触れようとも。
ネバーランドへの扉が開く代わりに、永劫の煉獄に落ちてゆこうとも。
(…だって、今のぼくは、どうしても…)
両親がいた家と、その思い出と、ネバーランドへの憧れを忘れられないから。
それを隠して「地球に行きたい」と嘘をつくことは出来ないから。
正直に選んでそうなるのならば、その選択に後悔は無い。
「嘘をつく」のは、機械の得意技だから。
機械を憎み続ける以上は、神に向かって嘘をつくなど、自分の誇りが許さないから…。
もしも選ぶなら・了
※ネバーランドと地球。シロエは本当はどちらに行きたかったのかな、と考えたわけで。
キースに撃墜される直前、朦朧としながらも夢見た先は、地球という名のネバーランド…?
でも本当にそうなのかな、とシロエは机の前で考え込む。
一日の授業と予習復習、全てを終わらせた後の、夜の個室で。
遠い昔に、父から聞いた「地球」という言葉と父の声とが、今でも耳に残っている。
「ネバーランドよりも素敵な場所さ」と、父は笑顔で話してくれた。
選ばれた人しか行けないけれども、「シロエなら行けるかもしれないな」とも。
そう聞かされた時から地球に憧れ始めて、選ばれるために努力を重ねた。
成績は常にトップだったし、運動だって頑張った。
(…結果としては、エリートコースに来られたけれど…)
引き換えに失ったものは多くて、記憶さえも機械に奪い去られた。
父の声はハッキリ覚えていたって、その顔を思い出すことは出来ない。
「笑顔だった」ことが分かるというだけ、どんな顔立ちで笑っていたのか見えては来ない。
(誰も教えてくれなかったよ…)
成長して大人の社会に行くには、「過去を捨てねばならない」なんて。
知っていたなら、もっと時間を大切にしたことだろう。
勉強のために注ぎこむ代わりに、両親と一緒に過ごす時間を「もっと長く」と。
食事が済んだら「直ぐに勉強を始める」などは、今にして思えば、愚の骨頂でしかない。
勉強なんかをやっていないで、父や母と話をするべきだった。
母が後片付けをしているのならば、それを手伝い、片付けの後は両親の側で…。
(コーヒーは苦くて好きじゃなくても、ホットミルクとか…)
それともココアか、ジュースでもいい。
子供の舌に合う飲み物を貰って、ゆっくり、のんびりすれば良かった。
そうしていたなら、機械に記憶を奪われた後も、「残った記憶」が多かったろうに。
両親の顔はぼやけていたって、三人で囲んだテーブルは忘れていない、とか。
(…失敗したよね…)
もう取り返しはつかない過ち。
幼かった日に戻れはしないし、幼い自分に真実を告げることも叶わない。
仕方なく「地球」を目指しているのだけれども、其処は本当に「素敵」だろうか。
(…あの時、パパは知ってたのかな…?)
地球という場所に、「子供たちの姿は無い」ことを。
選ばれたエリートだけが暮らす世界で、一般市民がいるかどうかも分からない。
(地球の社会の、優秀な構成員として…)
一般市民という役割を担う、普通人のコースのエリートならば、いる可能性もゼロではない。
けれど「子供」は確実に「いない」。
大人の社会と子供の社会は、明確に分かれているのだから。
子供が暮らせる場所と言ったら、今の世界では育英惑星だけしか無い。
一般人向けのコースで選ばれ、養父母としての教育を受けた大人が派遣される星。
(それ以外の星には、子供なんかはいやしない、って…)
Eー1077に来てから学んだ。
だから当然、首都惑星のノアにも「子供は一人もいない」のだ、とも。
(…首都惑星でも、子供は一人もいないなら…)
人類の聖地という名で呼ばれる「地球」には、なおのこと「子供はいない」だろう。
地球は育英惑星ではなく、首都惑星よりも格が上になる「最高の場所」と言えるのだから。
(そういう意味では、ネバーランドよりも素敵なのかもね…)
宇宙の中で最高だったら、地球を超える場所は何処にも無い。
「地球よりもいい場所は何処ですか?」と誰に訊いても、ただ笑われるだけだろう。
「そんな場所、ありやしませんよ」と。
「最高に素敵な場所と言ったら、地球の他に何処があるんです?」などと尋ね返されて。
(…それは分かっているんだけれど…)
子供が一人もいない場所など、本当に「素敵」と言えるだろうか。
その上、地球が「素敵」かどうかは、かなり怪しいという気もする。
本当に素敵な場所だと言うなら、どうして「首都惑星にしない」のか。
(人類は地球を駄目にする生き物だから、と言うにしたって…)
選び抜かれたエリートだけで「地球の社会」を構成するなら、何の問題も起こらない。
彼らは愚かなことなど「しない」し、機械の指示に素直に従い、環境の維持に努めるだろう。
(維持するどころか、良くするための努力を重ねて…)
美しかったと聞く地球の姿を、完璧に取り戻すために働き続ける。
今はエリートしか行けない場所でも、いつかは一般市民でも…。
(住むのは無理でも、ちょっと旅行に出掛けるくらいは許されるほどに…)
地球の環境を整え直して、「人類の聖地」が皆に門戸を開く時代を築けると思う。
現に「そのための整備」が続けられ、今も続行中だと習った。
成果は順調に上がっているから、それを無にしてしまわないよう、「近付くな」とも。
(…でも、本当にそうなのかな…?)
実は騙されているんじゃあ…、と疑いたくなる日だってある。
機械は「嘘をつく」ものだから。
平気で人を騙し続けて、偽りの世界を作り上げもする。
現に自分は「騙されていた」。
大人になるには「記憶を奪われ、忘れる」ことが必須と知らずに、懸命に勉強し続けて。
本当の地球がどんな場所かは、行ってみるまで分からない。
「行ける資格」を手に入れたって、まだ「騙されている」かもしれない。
地球に行けるほどのエリートだったら、その使い道は幾らでもある。
「地球」という餌で釣り、優秀な人材を大勢育てて、地球の土を踏ませる代わりに…。
(全く違う場所に派遣して、色々な任務を任せるだとか…)
如何にもありそう、と顎に手を当て、大きく頷く。
そうやって「上手く騙す」ためなら、機械はいくらでも嘘をつくことだろう。
本当の地球は、美しい星ではなかったとしても「美しい」と。
今も人間が住めない場所でも、「選ばれた人たちが暮らしています」と、虚言を吐いて。
(…もし、そうだったら…?)
地球の「本当の姿」がそうだとしたなら、ネバーランドよりも素敵な場所とは言えない。
子供たちの姿が無いだけではなく、選ばれた優秀な人間でさえも「住めない」のなら。
(…そんな星でも、素敵だなんて…)
絶対に認められはしないし、子供の姿が無いというのも、充分にマイナスの要素ではある。
果たして「自分」は、本当に「地球に行きたい」のか。
地球に在るという巨大コンピューター、グランド・マザーは「停止させたい」けれども…。
(…ネバーランドか、地球か、どちらかを選べと言われたら…)
自分はどちらを選ぶだろうか、と胸の奥がズシリと重たくなった。
もしも天使が此処に現れ、「選びなさい」と告げて来たなら、どうするだろう。
選んだ結果が、どう転ぶのかは、天使は教えてくれなどはしない。
神の使いで来るのが天使で、「シロエの答え」を神に伝えに行くのも天使。
(…地球を選ぶべきか、ネバーランドを選ぶべきなのか…)
決めるのはあくまで自分自身で、神は結果を「与える」だけ。
「地球に行きたい」と答えたならば、「機械を止めるために行く」のを評価されて…。
(御褒美に、ネバーランドに繋がる扉を…)
神が開いてくれるかもしれない。
「少しくらいなら、息抜きをしてもいいでしょう」と。
あるいは「任務が重くて疲れた時には、此処から飛んで行きなさい」だとか。
逆に「ネバーランドがいい」と答えたのなら、そちらはそちらで…。
(子供の心を忘れていない、って評価してくれて…)
ネバーランドへの扉が開くかもしれないけれども、選べる道は一つだけ。
選んだ答えが「神の意に沿わなかった」場合は、地獄に落とされるかもしれない。
「地球」と答えたら、「子供の心を大事にしていない」と評されて。
「ネバーランド」と答えた瞬間、「自分の使命を投げ出すのか」と神が怒って。
どちらが「正しい答え」なのかは、神と天使しか知らないこと。
けれど「選べ」と言われたからには、シロエに出来るのは「選ぶ」ことだけ。
選んで答えを返すのだけれど、その時に、嘘をついたなら…。
(それはそれで、「正直に選ばなかった」と…)
地獄の底へと突き落とされて、ネバーランドへの扉は開かないだろう。
ならば、自分は、どう答えるのか。
嘘を言わずに「正直に」選んで、神が下した裁きと結果を受け入れるなら…。
(……地球なんかより……)
ネバーランドを選ぶんだから、とシロエは拳を固く握り締める。
父から「地球」と聞くよりも前から、ネバーランドに焦がれていた。
今も行きたくてたまらない場所で、選べるのなら「地球」など、どうでもいい。
「子供が子供でいられる世界」を作れなくても、機械に奪われた記憶が戻らなくても…。
(…正直に選んで、逃げていいなら…)
パパとママが好きだったことを忘れない内に、それを選ぶよ、と心から思う。
選んで答えを告げた途端に、神の怒りに触れようとも。
ネバーランドへの扉が開く代わりに、永劫の煉獄に落ちてゆこうとも。
(…だって、今のぼくは、どうしても…)
両親がいた家と、その思い出と、ネバーランドへの憧れを忘れられないから。
それを隠して「地球に行きたい」と嘘をつくことは出来ないから。
正直に選んでそうなるのならば、その選択に後悔は無い。
「嘘をつく」のは、機械の得意技だから。
機械を憎み続ける以上は、神に向かって嘘をつくなど、自分の誇りが許さないから…。
もしも選ぶなら・了
※ネバーランドと地球。シロエは本当はどちらに行きたかったのかな、と考えたわけで。
キースに撃墜される直前、朦朧としながらも夢見た先は、地球という名のネバーランド…?
(やはり、マツカが淹れるコーヒーは美味いな)
私にはこれが一番合う、とキースはコーヒーのカップを傾けた。
一日の終わりに、自室でゆったりと味わう一杯、それが習慣になって久しい。
いつからそうして過ごしているのか、自分でも思い出せないほどに。
(マツカを側近に据える前には、これといって決まった部下もいなくて…)
コーヒーを運んで来る者はいても、誰だったのかは覚えていない。
ついでに「美味い」と思っていたか否かも、今となっては謎と言ってもいいだろう。
(私は昔からコーヒーが好きで、何か選んで飲むのなら…)
コーヒーだったというだけのことで、それ以上でも以下でも無かった。
ミュウの「マツカ」を側近にして、飲み物を彼に任せるようになるまでは。
(…そうには違いないのだが…)
マツカが淹れるコーヒーが「最初から」美味だったのかは、記憶に無い。
ソレイドで初めて出会った時に、マツカが淹れて来たコーヒーは…。
(ひと騒動あった後に、詫びながら持って来たからな…)
心がそちらに向いていたせいで、コーヒーは、ただ「飲んだ」というだけ。
喉の渇きを癒して終わりで、そういう時には何を飲もうと、誰でも満足するだろう。
一息ついて、ホッと身体と心を緩めて、ソファなどに深く腰掛けて。
「これでゴタゴタは一段落だ」と、次にすべきことを考えながら。
(あの時のコーヒーが、とびきり美味かったとしても…)
多分、そうだと気付きはしないし、たとえ美味くても、それで側近に選びはしない。
いくらコーヒー党だと言っても、人選を左右するほどではない。
(だが、実際には、実に美味くて…)
今では他の者が淹れても、「これは違う」と苛立ってしまう時もある。
「同じコーヒーで、こうも違うか」と、「どうして上手く淹れられないのだ」と、心の中で。
(流石に、口には出さないのだが…)
部下たちも気配で察しているのか、マツカには不名誉な渾名があった。
「コーヒーを淹れることしか出来ない、能無し野郎」と、あからさまに陰口を叩かれている。
(本当の所は、誰よりも役に立つのだが…)
明かすわけにはいかないからな、と放っているから、マツカは「コーヒー係」でしかない。
もっとも、マツカの階級からしても、それ以上の仕事は出来ないけれど。
マツカを側近に据えた時には、キースは既に「上級大佐」に昇進していた。
その後、国家騎士団元帥を経て、今は元老の地位にいる。
最高機関のパルテノン、即ち元老院が職場なのだし、マツカに務まる役職など無い。
もう本当に「コーヒー係」で、今日も何杯か淹れていたけれど…。
(…此処へ来てから、つくづく思うことだが…)
人間の好みというのは色々あるな、と呆れながらも感心させられる。
軍人だった頃は、何処へ行っても、コーヒーが出るのが常だった。
たまに「何を飲みますか」と訊かれはしても、選択肢はコーヒーと紅茶くらいで。
ところが、パルテノンでは違う。
実に様々な飲み物があって、元老たちは休憩時間に自室で飲んでいるようだ。
だから彼らを訪ねて行ったら、当然、それを飲むことになる。
紅茶は理解の範疇だけども、ハーブティーやら、冷えたレモネードやらは口に合わない。
それでも「飲むしかない」けれど。
相手が「どうぞ」と勧めるからには、「頂きます」と飲むのが礼儀で、断れはしない。
(同じコーヒーでも、とんでもないのが出るからな…)
これは本当にコーヒーなのか、と目を剥いてしまった経験もあった。
ホイップクリームがたっぷり入った、とんでもなく甘い「ケーキのような」コーヒー。
(おまけに、次に訪ねて行ったら…)
覚悟して飲んだ「ホイップクリーム入り」の中に、別の味わいが隠されていた。
オレンジか何かの柑橘類で、クリームの上には、色とりどりのトッピングまで。
(なんと言ったか、遥か昔の女帝の名前で…)
御自慢のコーヒーだったらしいけれども、キースにとっては「コーヒー」の味ではなかった。
甘くて怪しい菓子でしかなくて、あの時は自室に戻るなり…。
(コーヒーを、と…)
マツカに命じて口直しをして、ようやく人心地ついたほど。
何故、同じコーヒーがああも変わるか、それを好んで飲む者がいるのか理解出来ない。
とはいえ、個性も好みも「人の数だけ」あるものだから、その点は仕方ないだろう。
ただ、パルテノンに来てから、その実感を深くした。
軍人出身の元老は「キース」だけだし、そのせいもあるのかもしれない。
他のコースで育った者だと、コーヒーと紅茶の他にも多様な選択肢があって…。
(あれこれ選んで飲んでいる内に、ああいった風に…)
独自の道を突っ走るようになるのかもな、と可笑しくなった。
軍人ばかりの世界だったら、飲み物といえども質実剛健、コーヒーか紅茶かくらいなのに。
そうした環境で生きて来たせいで、今も昔も「コーヒー党」だと自認している。
中でもマツカが淹れるコーヒーが一番、部下たちがつけた不名誉な渾名は伊達ではない。
(そういう意味でも、いい部下を持ったな)
この一杯が美味いんだ、と絶妙な苦味を味わう間に、ハタと気付いた。
「どうして、コーヒー党なのだ?」と。
いつから「キース」はコーヒー党で、コーヒーを好んで飲んでいるのか。
(……ステーションでは……)
一切、指導されてはいないし、強制されたわけでもない。
食堂に行けば「選べた」わけで、そういえば、今でも忘れられない「シロエ」は…。
(シナモンミルクに、マヌカ多め…)
そのように注文している所を、何度か見掛けた。
あれが「シロエ」の好みだったわけで、彼が生きて出世していたら…。
(普段は周囲の者に合わせて、コーヒーか紅茶だったとしても…)
パルテノン入りを果たした後まで、大人しく「そのまま」でいたとは、とても思えない。
ここぞとばかりに自分の好みで、自室では常にシナモンミルクで、客人にまでも…。
(如何ですか、と出しかねないぞ)
ケーキのようなコーヒーが出て来る世界だからな、と肩を竦めた。
あれに比べれば、シナモンミルクはマシな方だと言えるだろう。
シロエは「それ」を好んだわけで、そうなると「軍人だから」といって…。
(必ずしもコーヒー党ではなくて、他にも色々…)
好みがあって、普段はプライベートな空間だけで「それ」を楽しんでいるかもしれない。
ソレイドで会ったグレイブにしても、セルジュやパスカルといった部下たちにしても。
(…では、私は…?)
どうしてコーヒー党なのだ、と「Eー1077から後」だけしかない記憶を手繰る。
誰にコーヒーを勧められて飲んで、いつからコーヒーが気に入りなのか、と。
けれど、全く「思い出せない」。
むしろ恐ろしい、「一番最初に」飲んだコーヒー。
あのステーションで出会ったサムと、初対面の日に、二人で食堂に出掛けて行って…。
(コーヒーを、と…)
迷うことなく注文をして、しかも「ホット」で「ブラック」と言った。
「水槽から出て来たばかりのキース」は、コーヒーを飲んだことが無いのに。
ホットとアイスで違う味わい、砂糖を入れるか、入れていないかの違いも、一度も…。
(自分の舌では、まるで全く…)
知らなかった、と断言出来る。
水槽の中で育ったからには、コーヒーも紅茶も、ミルクも口にはしていないから。
(…だったら、あれは…)
マザー・イライザが教えた知識か、と愕然とした。
「何か飲むのなら、コーヒーがいい」と思ったことも、ホットでブラックが好みなのも。
それ以外には「考えられない」し、他の可能性は一つも無い。
(…そうだとすると、私の思考は、飲み物の好みに至るまで…)
機械が仕組んで組み立てたもので、それを「知らずに」実行しているだけかもしれない。
自分では「自分の意思」のつもりで、日々を、人生を生きているのだけれど…。
(…サムもスウェナも、シロエも、マザー・イライザに選び出されて、私の前に…)
現れたのだし、サムを「好ましく思って」親しくしたのも、機械が仕向けた行動だろうか。
シロエとは衝突を繰り返した末に、この手で殺す結果になったけれども…。
(…あれも機械の計算の内で、私がそれに従った以上は…)
今も「シロエ」を忘れられないのも、シロエの面影が重なった「マツカ」を助けたことも…。
(何もかも、機械の手のひらの上で…)
起きていることで、「キース」は「踊らされている」のだろうか。
機械は全てを承知していて、「マツカ」が「ミュウである」ことも把握していて…。
(キースの役に立っているから、と…)
見逃している可能性もある。
それだけで済めばいいのだけれども、あるいは「マツカ」との出会い自体が…。
(機械に仕組まれたことだった……のか…?)
まさか、と即座に否定しかけて、「そうかもしれない」と背筋が冷えた。
マツカは「成人検査をパスした」ミュウで、それは偶然ではないかもしれない。
かつて「シロエ」がそうだったように、マツカも機械に選び出されて、検査をパスして…。
(ソレイドで私と遭遇するよう、仕組まれて…)
出会った私を殺そうとしたのも、そんなマツカを助命したのも…、と指先が震える。
「何もかも機械の計算なのか」と、「私は機械に操られているだけなのか?」と。
そうだとしたなら、この人生は「キース」のものではない。
シロエが嘲笑った通りに「操り人形」、自由になれる時があるとしたなら…。
(…ミュウどもが来て、グランド・マザーと、マザー・システムを…)
破壊した後しか有り得ない。
もっとも、その時、「キース」が生きているかどうかは、読めないけれども…。
(…早く来い、ジョミー・マーキス・シン…!)
私の意思が本当に私のものか知りたいからな、と心から思う。
たとえ破滅が待っていようと、行きつく先が惨い死に様であろうとも。
その時が来れば「分かる」から。
機械の手のひらの上で生きていたのか、自分の意思で生きて歩いた人生なのかが…。
決められた好み・了
※キースはどうしてコーヒー党なんだ、と思った所から出来たお話。水槽育ちの筈なのに。
ホットとブラックは、原作から。作中の怪しげなのは「マリア・テレジア」、実在します。
私にはこれが一番合う、とキースはコーヒーのカップを傾けた。
一日の終わりに、自室でゆったりと味わう一杯、それが習慣になって久しい。
いつからそうして過ごしているのか、自分でも思い出せないほどに。
(マツカを側近に据える前には、これといって決まった部下もいなくて…)
コーヒーを運んで来る者はいても、誰だったのかは覚えていない。
ついでに「美味い」と思っていたか否かも、今となっては謎と言ってもいいだろう。
(私は昔からコーヒーが好きで、何か選んで飲むのなら…)
コーヒーだったというだけのことで、それ以上でも以下でも無かった。
ミュウの「マツカ」を側近にして、飲み物を彼に任せるようになるまでは。
(…そうには違いないのだが…)
マツカが淹れるコーヒーが「最初から」美味だったのかは、記憶に無い。
ソレイドで初めて出会った時に、マツカが淹れて来たコーヒーは…。
(ひと騒動あった後に、詫びながら持って来たからな…)
心がそちらに向いていたせいで、コーヒーは、ただ「飲んだ」というだけ。
喉の渇きを癒して終わりで、そういう時には何を飲もうと、誰でも満足するだろう。
一息ついて、ホッと身体と心を緩めて、ソファなどに深く腰掛けて。
「これでゴタゴタは一段落だ」と、次にすべきことを考えながら。
(あの時のコーヒーが、とびきり美味かったとしても…)
多分、そうだと気付きはしないし、たとえ美味くても、それで側近に選びはしない。
いくらコーヒー党だと言っても、人選を左右するほどではない。
(だが、実際には、実に美味くて…)
今では他の者が淹れても、「これは違う」と苛立ってしまう時もある。
「同じコーヒーで、こうも違うか」と、「どうして上手く淹れられないのだ」と、心の中で。
(流石に、口には出さないのだが…)
部下たちも気配で察しているのか、マツカには不名誉な渾名があった。
「コーヒーを淹れることしか出来ない、能無し野郎」と、あからさまに陰口を叩かれている。
(本当の所は、誰よりも役に立つのだが…)
明かすわけにはいかないからな、と放っているから、マツカは「コーヒー係」でしかない。
もっとも、マツカの階級からしても、それ以上の仕事は出来ないけれど。
マツカを側近に据えた時には、キースは既に「上級大佐」に昇進していた。
その後、国家騎士団元帥を経て、今は元老の地位にいる。
最高機関のパルテノン、即ち元老院が職場なのだし、マツカに務まる役職など無い。
もう本当に「コーヒー係」で、今日も何杯か淹れていたけれど…。
(…此処へ来てから、つくづく思うことだが…)
人間の好みというのは色々あるな、と呆れながらも感心させられる。
軍人だった頃は、何処へ行っても、コーヒーが出るのが常だった。
たまに「何を飲みますか」と訊かれはしても、選択肢はコーヒーと紅茶くらいで。
ところが、パルテノンでは違う。
実に様々な飲み物があって、元老たちは休憩時間に自室で飲んでいるようだ。
だから彼らを訪ねて行ったら、当然、それを飲むことになる。
紅茶は理解の範疇だけども、ハーブティーやら、冷えたレモネードやらは口に合わない。
それでも「飲むしかない」けれど。
相手が「どうぞ」と勧めるからには、「頂きます」と飲むのが礼儀で、断れはしない。
(同じコーヒーでも、とんでもないのが出るからな…)
これは本当にコーヒーなのか、と目を剥いてしまった経験もあった。
ホイップクリームがたっぷり入った、とんでもなく甘い「ケーキのような」コーヒー。
(おまけに、次に訪ねて行ったら…)
覚悟して飲んだ「ホイップクリーム入り」の中に、別の味わいが隠されていた。
オレンジか何かの柑橘類で、クリームの上には、色とりどりのトッピングまで。
(なんと言ったか、遥か昔の女帝の名前で…)
御自慢のコーヒーだったらしいけれども、キースにとっては「コーヒー」の味ではなかった。
甘くて怪しい菓子でしかなくて、あの時は自室に戻るなり…。
(コーヒーを、と…)
マツカに命じて口直しをして、ようやく人心地ついたほど。
何故、同じコーヒーがああも変わるか、それを好んで飲む者がいるのか理解出来ない。
とはいえ、個性も好みも「人の数だけ」あるものだから、その点は仕方ないだろう。
ただ、パルテノンに来てから、その実感を深くした。
軍人出身の元老は「キース」だけだし、そのせいもあるのかもしれない。
他のコースで育った者だと、コーヒーと紅茶の他にも多様な選択肢があって…。
(あれこれ選んで飲んでいる内に、ああいった風に…)
独自の道を突っ走るようになるのかもな、と可笑しくなった。
軍人ばかりの世界だったら、飲み物といえども質実剛健、コーヒーか紅茶かくらいなのに。
そうした環境で生きて来たせいで、今も昔も「コーヒー党」だと自認している。
中でもマツカが淹れるコーヒーが一番、部下たちがつけた不名誉な渾名は伊達ではない。
(そういう意味でも、いい部下を持ったな)
この一杯が美味いんだ、と絶妙な苦味を味わう間に、ハタと気付いた。
「どうして、コーヒー党なのだ?」と。
いつから「キース」はコーヒー党で、コーヒーを好んで飲んでいるのか。
(……ステーションでは……)
一切、指導されてはいないし、強制されたわけでもない。
食堂に行けば「選べた」わけで、そういえば、今でも忘れられない「シロエ」は…。
(シナモンミルクに、マヌカ多め…)
そのように注文している所を、何度か見掛けた。
あれが「シロエ」の好みだったわけで、彼が生きて出世していたら…。
(普段は周囲の者に合わせて、コーヒーか紅茶だったとしても…)
パルテノン入りを果たした後まで、大人しく「そのまま」でいたとは、とても思えない。
ここぞとばかりに自分の好みで、自室では常にシナモンミルクで、客人にまでも…。
(如何ですか、と出しかねないぞ)
ケーキのようなコーヒーが出て来る世界だからな、と肩を竦めた。
あれに比べれば、シナモンミルクはマシな方だと言えるだろう。
シロエは「それ」を好んだわけで、そうなると「軍人だから」といって…。
(必ずしもコーヒー党ではなくて、他にも色々…)
好みがあって、普段はプライベートな空間だけで「それ」を楽しんでいるかもしれない。
ソレイドで会ったグレイブにしても、セルジュやパスカルといった部下たちにしても。
(…では、私は…?)
どうしてコーヒー党なのだ、と「Eー1077から後」だけしかない記憶を手繰る。
誰にコーヒーを勧められて飲んで、いつからコーヒーが気に入りなのか、と。
けれど、全く「思い出せない」。
むしろ恐ろしい、「一番最初に」飲んだコーヒー。
あのステーションで出会ったサムと、初対面の日に、二人で食堂に出掛けて行って…。
(コーヒーを、と…)
迷うことなく注文をして、しかも「ホット」で「ブラック」と言った。
「水槽から出て来たばかりのキース」は、コーヒーを飲んだことが無いのに。
ホットとアイスで違う味わい、砂糖を入れるか、入れていないかの違いも、一度も…。
(自分の舌では、まるで全く…)
知らなかった、と断言出来る。
水槽の中で育ったからには、コーヒーも紅茶も、ミルクも口にはしていないから。
(…だったら、あれは…)
マザー・イライザが教えた知識か、と愕然とした。
「何か飲むのなら、コーヒーがいい」と思ったことも、ホットでブラックが好みなのも。
それ以外には「考えられない」し、他の可能性は一つも無い。
(…そうだとすると、私の思考は、飲み物の好みに至るまで…)
機械が仕組んで組み立てたもので、それを「知らずに」実行しているだけかもしれない。
自分では「自分の意思」のつもりで、日々を、人生を生きているのだけれど…。
(…サムもスウェナも、シロエも、マザー・イライザに選び出されて、私の前に…)
現れたのだし、サムを「好ましく思って」親しくしたのも、機械が仕向けた行動だろうか。
シロエとは衝突を繰り返した末に、この手で殺す結果になったけれども…。
(…あれも機械の計算の内で、私がそれに従った以上は…)
今も「シロエ」を忘れられないのも、シロエの面影が重なった「マツカ」を助けたことも…。
(何もかも、機械の手のひらの上で…)
起きていることで、「キース」は「踊らされている」のだろうか。
機械は全てを承知していて、「マツカ」が「ミュウである」ことも把握していて…。
(キースの役に立っているから、と…)
見逃している可能性もある。
それだけで済めばいいのだけれども、あるいは「マツカ」との出会い自体が…。
(機械に仕組まれたことだった……のか…?)
まさか、と即座に否定しかけて、「そうかもしれない」と背筋が冷えた。
マツカは「成人検査をパスした」ミュウで、それは偶然ではないかもしれない。
かつて「シロエ」がそうだったように、マツカも機械に選び出されて、検査をパスして…。
(ソレイドで私と遭遇するよう、仕組まれて…)
出会った私を殺そうとしたのも、そんなマツカを助命したのも…、と指先が震える。
「何もかも機械の計算なのか」と、「私は機械に操られているだけなのか?」と。
そうだとしたなら、この人生は「キース」のものではない。
シロエが嘲笑った通りに「操り人形」、自由になれる時があるとしたなら…。
(…ミュウどもが来て、グランド・マザーと、マザー・システムを…)
破壊した後しか有り得ない。
もっとも、その時、「キース」が生きているかどうかは、読めないけれども…。
(…早く来い、ジョミー・マーキス・シン…!)
私の意思が本当に私のものか知りたいからな、と心から思う。
たとえ破滅が待っていようと、行きつく先が惨い死に様であろうとも。
その時が来れば「分かる」から。
機械の手のひらの上で生きていたのか、自分の意思で生きて歩いた人生なのかが…。
決められた好み・了
※キースはどうしてコーヒー党なんだ、と思った所から出来たお話。水槽育ちの筈なのに。
ホットとブラックは、原作から。作中の怪しげなのは「マリア・テレジア」、実在します。
(メンバーズ・エリートね…)
とりあえず、今の目標はそれ、とシロエは机をトンと叩いた。
Eー1077の講義の数はとても多くて、内容も高度で難解なものばかり。
日々の授業の復習は必須、予習の方も欠かせない。
(本日分のお仕事終了、っと…)
使っていた端末の画面を消して、椅子に腰掛けたままで伸びをする。
キーボードを叩き続けていたから、少々、身体が固くなっているのは否めない。
(後は寝る前に、軽くストレッチ…)
身体のメンテも大切だしね、と大きく頷き、寝るまでの時間に何をするかを考え始めた。
つい先日から作り始めた、新しいバイクの組み立てを少し進めてもいい。
同じく手をつけたばかりで得意分野の、新作の小型コンピューターも…。
(まだまだ先は長いしね…)
どっちの作業をやるべきだろうか、と時間配分をザッと頭の中で図にしてみた。
今日、寝るまでに出来そうな方はどちらなのか、と。
(うーん…)
どっちも出来そうではあるんだけれど、と顎に手を当て、暗くなった端末の画面を眺める。
この向こうには、明日の授業や、そのまた次の授業に繋がる世界があって…。
(…明日も明後日も、そのまた次も…)
機械に追われて仕事だよね、と溜息が零れそうになる。
講義をするのは人間だけれど、受講するべき科目を決めて来るのは機械。
成績をつけて評価するのも、人間の仕事に見えるけれども…。
(最終的には、マザー・イライザ…)
あのコンピューターが決めて来るんだ、と嫌というほど分かっている。
SD体制の世界においては、人間は全て、駒でしかない。
機械が何もかも決めて動かし、人生さえもが機械に左右されてゆく。
なんと言っても、生まれた時から…。
(機械が管理する、人工子宮の中で育って…)
外に出られるほど大きくなったら、機械が選んだ養父母の許へ送り出される。
子供の方にも、養父母の方にも、選択権などは全く無い。
全ては機械の意向のままで、機械にとって最良の場所を決定しているだけなのだから。
そういう世界で生きている以上、機械の支配からは逃れられない。
此処での受講科目にしたって、ヘマをしたなら、たちまち変更されておしまい。
(メンバーズ・エリートを目指す、精鋭のために設けられたコースは…)
ごく少数の優秀な者しか、最終的には受講出来なくなると聞く。
一度、コースを外れてしまえば、元のコースに戻りたくても、機会は殆ど無いのだ、とも。
(エリート用の授業を聴講させて貰って、試験を受けて…)
編入する以外に「戻る」方法は無くて、そのための試験は滅多に合格出来ないらしい。
死に物狂いで勉強したって、その間にも、エリートコースの授業は進んでゆくのだから。
(試験の時点で、彼らに負けない成績を叩き出せないと…)
編入試験には合格出来ずに、負け犬のままで終わってしまう。
それが嫌なら、どんなに機械を嫌っていようと、指示される通りに授業を受けて…。
(言われるままに予習復習、自主学習も怠りなく、ってね)
ああ、嫌だ、と口に出してみて、「嫌だ、嫌だ」と重ねてぼやく。
いつまでこういう日々を続けたら、ステーションから出てゆけるのか。
(全部で四年もあるんだものね…)
まだ候補生の制服も着られない自分は、卒業までの年数も長い。
制服を着られる年になっても、そこから二年は勉強しないと、卒業の時期は来てくれない。
(それまでの間、必死に勉強し続けて…)
機械に素直に従い続けて、「授業を受けさせて貰わなければ」、その先の道も開けない。
まずは「メンバーズ・エリート」に選ばれ、支配している機械の傘下に入らなければ。
(その先もずっと、機械の指示に従い続けて…)
相当な年数と経験を積まない限りは、最終の目標には辿り着けない。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻すという「やらねばならない」大仕事。
多分、「シロエにしか出来ない」ことで、ピーターパンにも期待されていることだろう。
だから必ずメンバーズになって、国家主席の座に昇り詰めて…。
(機械に、「止まれ」と命令するんだ)
SD体制の世界を牛耳る、地球にある巨大コンピューターを停止させれば、それでいい。
グランド・マザーが「停止する」ことは、SD体制の終わりを意味する。
機械による「人間の統治」も終わって、何もかもが皆、「人間」の手に戻って来る。
成人検査で記憶を消されることもなくなり、人生を機械に決められることもなくなって。
(…頑張らないといけないってことは、分かるんだけど…)
本当に先が長すぎるよ、と愚痴を言っても、道を縮めることは出来ない。
どんなに優秀な者であろうと、教育ステーションでの期間中には…。
(飛び越して先に進むというのは、駄目らしいしね…)
それが出来るのは卒業した後、と授業で習った。
メンバーズに選ばれ、軍人としての道を歩み始めたら、成果を上げれば出世してゆける。
本来だったら「その年齢では無理」と言われる階級にだって、いくらでもなれる。
(二階級特進を繰り返していけば、アッと言う間に…)
大佐になれて、トントン拍子に国家騎士団元帥の座にも就けるだろう。
(そこまで行ったら、国家主席になれるように、と…)
未だ一人もいないと噂の、「軍人出身の元老」に選ばれるように努力する。
政治的手腕などを認められたら、道は必ず開けるから。
(頑張らないと…)
メンバーズになって、此処を卒業して…、と算段していて、ふと思い出した。
その「メンバーズ」が選ばれるのは卒業の前で、選ばれてからも暫くはステーションにいる。
Eー1077の生徒のままだけれども、選ばれた以上、その権限は…。
(教授たちを超えて、マザー・イライザじゃなくて、グランド・マザーの直轄で…)
生徒でありながら「メンバーズとして」、決定権などを持つらしい。
教授が「右だ」と指示していても、彼らが「左だ」と言ったら「左」。
全ての者がそれに従い、右ではなくて左へと動く。
(…そういう権限を持つわけだから…)
彼らは当然、ステーションに在籍していても…。
(地球を統治する機械に従う、外の世界のメンバーズたちと…)
連絡が取れて、直接、話も出来るのだという。
もちろん実際に会うのではなくて、通信画面を通しての会話になるけれど。
(とはいえ、いわゆるホットラインで…)
メンバーズの誰かを名指しで呼び出し、あれこれ相談出来たりもする。
今の局面をどうするべきか、自分の判断を話した上で、アドバイスを仰いだりもして。
(…つまりEー1077は、監獄みたいに孤立しているように見えても…)
外の世界と繋がっていて、条件が揃えば、生徒と外とを繋ぐ回路が開けるのだろう。
メンバーズに選出された者なら、外の世界で活躍しているメンバーズたちと話が出来る。
(ということは、メンバーズとして選び出される前だって…)
ある程度までの教育課程を終えたら、「外」と繋がれるのかもしれない。
メンバーズと連絡を取るのは無理でも、現役の軍人たちなどと。
(机の上の講義と、教授がついてくる実習だけでは…)
学べないものも多いことだろう。
そうした場合に、「外の世界」の者の知識や、体験談などは大いに役立つ。
彼らの話を聞ける機会が、まるで無いとは言い切れない。
(…多分、そういう人の話を聞くための…)
時間が何処かで設けられていて、必要とあらば、ホットラインが開設される可能性もある。
「相談するなら、この人に」と機械が決めて、割り振るのかもしれないけれど。
(それでも、外と繋がるのなら…)
外の知識を「仕入れる」ことが出来るのならば、此処がEー1077ではなくて…。
(技術者を育てるステーションだったら、もしかして、パパと…)
繋がる機会があったろうか、と消えたままの端末の暗い画面の向こうを見詰めた。
この端末は、Eー1077の中だけで「完結している」システムだけれど、機能は高い。
(ぼくがメンバーズに選ばれた時は、これを通して…)
外の世界にいるメンバーズと、「会話する」日も来るだろう。
選ばれる前にも、外の世界の軍人たちと連絡を取るなら、この端末を通すことになる。
(ぼくが技術者向けのステーションにいて、パパと同じ道に進んでいたら…)
教育課程を順調に進めて、外の世界の研究者の見解を聞きたくなることもあるかもしれない。
その研究の第一人者が「セキ博士」になるというのだったら、優秀な生徒だったなら…。
(セキ博士に質問したいんですが、って申告したら…)
ステーションを支配している機械は、許可するしかない。
「シロエが聞きたい質問の答え」を持っているのは、「セキ博士しかいない」から。
他の研究者では答えられなくて、「シロエの疑問」を解くことは出来ない。
それでは「シロエの研究」は先へ進まないから、「セキ博士」がシロエの何であろうと…。
(繋ぐしか道は無い、ってね…?)
そうなるよね、と気付いて愕然とした。
自分は「間違えた」のだろうか、と。
技術者の道を歩んでいたなら、父とも「繋がれた」だろうか。
メンバーズになっても、いつか出張などの機会があったら、会えそうだけれど…。
(技術者だったら、もっと早くにパパと繋がる道が開けて…)
面識があれば何かと便利だ、と機械は「父の記憶」を多めに残していたかもしれない。
「セキ博士」と繋がり、意見交換をする立場になったら、その方が話が円滑に運ぶ。
(はじめまして、じゃないんだし…)
父の記憶が消されていないのだったら、「久しぶりだな、シロエ」と笑んでくれるだろう。
そして「研究の方はどうだ?」と尋ねて、「パパの研究所に来るか?」と誘ってくれもして。
(機械の方でも、そのつもりで準備しているだろうし…)
セキ・レイ・シロエは研究者として、故郷に戻っていたろうか。
ステーションを卒業したなら、父の研究所に配属されて。
「住まいも近い方がいいだろうから」と、懐かしい家の近くに新しく家を貰って。
(…もしかして、そういう道だって、あった…?)
ぼくは間違えちゃったのかな、と思うけれども、今の自分が歩んでいる道は…。
(やっぱり機械が決めた道だし、技術者になるっていう道は…)
機械が「駄目だ」と判断したのに違いない。
けれども、機械が「選ぶ」基準は…。
(…あくまで子供の資質と、成績…)
ならばやっぱり、自分は「間違えてしまった」ろうか。
父の研究所に入れそうな道を、自分自身の手で「潰して」。
技術者に選ばれる可能性の芽を、知らずにプツリと摘んでしまって。
(そうだった…?)
「パパ、もしかして、そうだったの?」と尋ねたくても、父と繋がることは出来ない。
違う道へ来てしまったから。
此処から「繋がれる」外の世界は、メンバーズと軍人の世界だから…。
端末の向こうに・了
※学生のシロエが「セキ博士」に質問してもいい、技術者を育てる教育ステーション。
そういうのもあったかもしれません。原作キースは、学生でも地球の代理人になれたので…。
とりあえず、今の目標はそれ、とシロエは机をトンと叩いた。
Eー1077の講義の数はとても多くて、内容も高度で難解なものばかり。
日々の授業の復習は必須、予習の方も欠かせない。
(本日分のお仕事終了、っと…)
使っていた端末の画面を消して、椅子に腰掛けたままで伸びをする。
キーボードを叩き続けていたから、少々、身体が固くなっているのは否めない。
(後は寝る前に、軽くストレッチ…)
身体のメンテも大切だしね、と大きく頷き、寝るまでの時間に何をするかを考え始めた。
つい先日から作り始めた、新しいバイクの組み立てを少し進めてもいい。
同じく手をつけたばかりで得意分野の、新作の小型コンピューターも…。
(まだまだ先は長いしね…)
どっちの作業をやるべきだろうか、と時間配分をザッと頭の中で図にしてみた。
今日、寝るまでに出来そうな方はどちらなのか、と。
(うーん…)
どっちも出来そうではあるんだけれど、と顎に手を当て、暗くなった端末の画面を眺める。
この向こうには、明日の授業や、そのまた次の授業に繋がる世界があって…。
(…明日も明後日も、そのまた次も…)
機械に追われて仕事だよね、と溜息が零れそうになる。
講義をするのは人間だけれど、受講するべき科目を決めて来るのは機械。
成績をつけて評価するのも、人間の仕事に見えるけれども…。
(最終的には、マザー・イライザ…)
あのコンピューターが決めて来るんだ、と嫌というほど分かっている。
SD体制の世界においては、人間は全て、駒でしかない。
機械が何もかも決めて動かし、人生さえもが機械に左右されてゆく。
なんと言っても、生まれた時から…。
(機械が管理する、人工子宮の中で育って…)
外に出られるほど大きくなったら、機械が選んだ養父母の許へ送り出される。
子供の方にも、養父母の方にも、選択権などは全く無い。
全ては機械の意向のままで、機械にとって最良の場所を決定しているだけなのだから。
そういう世界で生きている以上、機械の支配からは逃れられない。
此処での受講科目にしたって、ヘマをしたなら、たちまち変更されておしまい。
(メンバーズ・エリートを目指す、精鋭のために設けられたコースは…)
ごく少数の優秀な者しか、最終的には受講出来なくなると聞く。
一度、コースを外れてしまえば、元のコースに戻りたくても、機会は殆ど無いのだ、とも。
(エリート用の授業を聴講させて貰って、試験を受けて…)
編入する以外に「戻る」方法は無くて、そのための試験は滅多に合格出来ないらしい。
死に物狂いで勉強したって、その間にも、エリートコースの授業は進んでゆくのだから。
(試験の時点で、彼らに負けない成績を叩き出せないと…)
編入試験には合格出来ずに、負け犬のままで終わってしまう。
それが嫌なら、どんなに機械を嫌っていようと、指示される通りに授業を受けて…。
(言われるままに予習復習、自主学習も怠りなく、ってね)
ああ、嫌だ、と口に出してみて、「嫌だ、嫌だ」と重ねてぼやく。
いつまでこういう日々を続けたら、ステーションから出てゆけるのか。
(全部で四年もあるんだものね…)
まだ候補生の制服も着られない自分は、卒業までの年数も長い。
制服を着られる年になっても、そこから二年は勉強しないと、卒業の時期は来てくれない。
(それまでの間、必死に勉強し続けて…)
機械に素直に従い続けて、「授業を受けさせて貰わなければ」、その先の道も開けない。
まずは「メンバーズ・エリート」に選ばれ、支配している機械の傘下に入らなければ。
(その先もずっと、機械の指示に従い続けて…)
相当な年数と経験を積まない限りは、最終の目標には辿り着けない。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻すという「やらねばならない」大仕事。
多分、「シロエにしか出来ない」ことで、ピーターパンにも期待されていることだろう。
だから必ずメンバーズになって、国家主席の座に昇り詰めて…。
(機械に、「止まれ」と命令するんだ)
SD体制の世界を牛耳る、地球にある巨大コンピューターを停止させれば、それでいい。
グランド・マザーが「停止する」ことは、SD体制の終わりを意味する。
機械による「人間の統治」も終わって、何もかもが皆、「人間」の手に戻って来る。
成人検査で記憶を消されることもなくなり、人生を機械に決められることもなくなって。
(…頑張らないといけないってことは、分かるんだけど…)
本当に先が長すぎるよ、と愚痴を言っても、道を縮めることは出来ない。
どんなに優秀な者であろうと、教育ステーションでの期間中には…。
(飛び越して先に進むというのは、駄目らしいしね…)
それが出来るのは卒業した後、と授業で習った。
メンバーズに選ばれ、軍人としての道を歩み始めたら、成果を上げれば出世してゆける。
本来だったら「その年齢では無理」と言われる階級にだって、いくらでもなれる。
(二階級特進を繰り返していけば、アッと言う間に…)
大佐になれて、トントン拍子に国家騎士団元帥の座にも就けるだろう。
(そこまで行ったら、国家主席になれるように、と…)
未だ一人もいないと噂の、「軍人出身の元老」に選ばれるように努力する。
政治的手腕などを認められたら、道は必ず開けるから。
(頑張らないと…)
メンバーズになって、此処を卒業して…、と算段していて、ふと思い出した。
その「メンバーズ」が選ばれるのは卒業の前で、選ばれてからも暫くはステーションにいる。
Eー1077の生徒のままだけれども、選ばれた以上、その権限は…。
(教授たちを超えて、マザー・イライザじゃなくて、グランド・マザーの直轄で…)
生徒でありながら「メンバーズとして」、決定権などを持つらしい。
教授が「右だ」と指示していても、彼らが「左だ」と言ったら「左」。
全ての者がそれに従い、右ではなくて左へと動く。
(…そういう権限を持つわけだから…)
彼らは当然、ステーションに在籍していても…。
(地球を統治する機械に従う、外の世界のメンバーズたちと…)
連絡が取れて、直接、話も出来るのだという。
もちろん実際に会うのではなくて、通信画面を通しての会話になるけれど。
(とはいえ、いわゆるホットラインで…)
メンバーズの誰かを名指しで呼び出し、あれこれ相談出来たりもする。
今の局面をどうするべきか、自分の判断を話した上で、アドバイスを仰いだりもして。
(…つまりEー1077は、監獄みたいに孤立しているように見えても…)
外の世界と繋がっていて、条件が揃えば、生徒と外とを繋ぐ回路が開けるのだろう。
メンバーズに選出された者なら、外の世界で活躍しているメンバーズたちと話が出来る。
(ということは、メンバーズとして選び出される前だって…)
ある程度までの教育課程を終えたら、「外」と繋がれるのかもしれない。
メンバーズと連絡を取るのは無理でも、現役の軍人たちなどと。
(机の上の講義と、教授がついてくる実習だけでは…)
学べないものも多いことだろう。
そうした場合に、「外の世界」の者の知識や、体験談などは大いに役立つ。
彼らの話を聞ける機会が、まるで無いとは言い切れない。
(…多分、そういう人の話を聞くための…)
時間が何処かで設けられていて、必要とあらば、ホットラインが開設される可能性もある。
「相談するなら、この人に」と機械が決めて、割り振るのかもしれないけれど。
(それでも、外と繋がるのなら…)
外の知識を「仕入れる」ことが出来るのならば、此処がEー1077ではなくて…。
(技術者を育てるステーションだったら、もしかして、パパと…)
繋がる機会があったろうか、と消えたままの端末の暗い画面の向こうを見詰めた。
この端末は、Eー1077の中だけで「完結している」システムだけれど、機能は高い。
(ぼくがメンバーズに選ばれた時は、これを通して…)
外の世界にいるメンバーズと、「会話する」日も来るだろう。
選ばれる前にも、外の世界の軍人たちと連絡を取るなら、この端末を通すことになる。
(ぼくが技術者向けのステーションにいて、パパと同じ道に進んでいたら…)
教育課程を順調に進めて、外の世界の研究者の見解を聞きたくなることもあるかもしれない。
その研究の第一人者が「セキ博士」になるというのだったら、優秀な生徒だったなら…。
(セキ博士に質問したいんですが、って申告したら…)
ステーションを支配している機械は、許可するしかない。
「シロエが聞きたい質問の答え」を持っているのは、「セキ博士しかいない」から。
他の研究者では答えられなくて、「シロエの疑問」を解くことは出来ない。
それでは「シロエの研究」は先へ進まないから、「セキ博士」がシロエの何であろうと…。
(繋ぐしか道は無い、ってね…?)
そうなるよね、と気付いて愕然とした。
自分は「間違えた」のだろうか、と。
技術者の道を歩んでいたなら、父とも「繋がれた」だろうか。
メンバーズになっても、いつか出張などの機会があったら、会えそうだけれど…。
(技術者だったら、もっと早くにパパと繋がる道が開けて…)
面識があれば何かと便利だ、と機械は「父の記憶」を多めに残していたかもしれない。
「セキ博士」と繋がり、意見交換をする立場になったら、その方が話が円滑に運ぶ。
(はじめまして、じゃないんだし…)
父の記憶が消されていないのだったら、「久しぶりだな、シロエ」と笑んでくれるだろう。
そして「研究の方はどうだ?」と尋ねて、「パパの研究所に来るか?」と誘ってくれもして。
(機械の方でも、そのつもりで準備しているだろうし…)
セキ・レイ・シロエは研究者として、故郷に戻っていたろうか。
ステーションを卒業したなら、父の研究所に配属されて。
「住まいも近い方がいいだろうから」と、懐かしい家の近くに新しく家を貰って。
(…もしかして、そういう道だって、あった…?)
ぼくは間違えちゃったのかな、と思うけれども、今の自分が歩んでいる道は…。
(やっぱり機械が決めた道だし、技術者になるっていう道は…)
機械が「駄目だ」と判断したのに違いない。
けれども、機械が「選ぶ」基準は…。
(…あくまで子供の資質と、成績…)
ならばやっぱり、自分は「間違えてしまった」ろうか。
父の研究所に入れそうな道を、自分自身の手で「潰して」。
技術者に選ばれる可能性の芽を、知らずにプツリと摘んでしまって。
(そうだった…?)
「パパ、もしかして、そうだったの?」と尋ねたくても、父と繋がることは出来ない。
違う道へ来てしまったから。
此処から「繋がれる」外の世界は、メンバーズと軍人の世界だから…。
端末の向こうに・了
※学生のシロエが「セキ博士」に質問してもいい、技術者を育てる教育ステーション。
そういうのもあったかもしれません。原作キースは、学生でも地球の代理人になれたので…。