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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
(…またか…!)
 なんて機械だ、とシロエは心で舌打ちをした。
 講義があるから出て来たけれども、今日は出なくていいだろう。
 こんな気分で出席するより、部屋で勉強した方がいい。
 体調不良や、マザー・イライザのコールなどなど、出席出来ない生徒も少なくはない。
 そういう場合は届けを出したら、後で講義が配信される。
 部屋で受講し、指示された課題を提出したなら、出席したのと同じになる。
(そっちで充分、間に合うってね)
 質問するほどの講義じゃないし、と教室の方に背を向け、部屋に戻った。
 通路を急ぎ足で歩いて、誰の顔も一つも見ないで済むよう、自分の足だけを見るようにして。
 そうして戻った自分の部屋には、自分の他には誰も居はしない。
 Eー1077での暮らしは、完全に独立している個室と、共同の区画に分かれている。
(でも、此処だって…)
 今、この瞬間さえも、機械が眺めていることだろう。
 あの忌々しいマザー・イライザ、猫なで声で母親面をしている巨大コンピューターが。
(そうやって、いつも覗いているから、ああいうことを簡単に…)
 やらかせるんだ、と、さっきの出来事を思い返して顔を顰める。
 講義に出る気が失せてしまったのは、同級生たちを目にしたからだった。
 元々、馬が合わないけれども、そのせいではない。
 彼らの上に起きた出来事、それがシロエを苛立たせた。
 もっとも、同級生たちの方では、何がシロエの気に障ったかも知らないだろう。
 知らない上に、気付きもしないし、説明したって通じはしない。
 彼らは「忘れている」のだから。


 昨日、訓練中の態度を巡って、訓練の後で喧嘩があった。
 最初に争い始めた者は、二人か三人だったと思う。
 「いつものことか」と、さほど関心を持たなかったし、人数までは覚えていない。
 それがどういう切っ掛けでなのか、周囲を巻き込む騒ぎになった。
(取っ組み合いの喧嘩になって、止めに入った奴も巻き添えで…)
 蹴られたらしくて、もう収集がつかない始末で、最後は教授が止めに入った。
 たまたま通りかかった教授で、訓練を担当していた者ではなかったけれど。
(あれだけ派手に喧嘩をしていたくせに、今日はすっかり…)
 普段の笑顔で、彼らは和やかに談笑していた。
 講義が始まる前の時間に、通路で集まり、講義の後に食堂に行く相談中。
 「今日のメニューは、コレらしいぞ」と一人が言ったら、「美味しそうだ」と楽しそうに。
(殴り合いの喧嘩をしていた相手と、食堂だって?)
 冗談じゃない、と反吐が出そうだけれども、此処では「当たり前」だった。
 よくあることで、周りの者も、誰も不思議に思いはしない。
 何故なら、喧嘩は「無かった」から。
 あったとしたって、せいぜい、ただの言い争いで、とうの昔に解決済みで、仲直り。
(エリート候補生たるもの、感情を乱して争うようでは…)
 話にならない、と教授たちが事あるごとに口にするほどで、鉄則ではある。
 とはいえ、まだまだ候補生の身で、メンバーズ・エリートに選出されたわけではない。
 そうそう上手く、感情のコントロールなど、彼らに出来よう筈がなかった。
(このぼくでさえも、持て余すのに…)
 あんな奴らに出来るものか、と分かっているから、恐ろしくなる。
 彼らは「仲直りした」のではなくて、「喧嘩なんかは、しなかった」。
 殴り合いをした張本人も、止めに入って巻き添えの者も、見ていた者も「何も知らない」。
 喧嘩が起きた原因からして、誰も覚えていないだろう。
 昨日の訓練は平穏無事に終わって、態度が悪い者も一人も居はしなかった。
 終わった後には、担当教授が解散を告げて、各自、思い思いに散って行っただけ。
 食堂へ出掛けて行った者やら、個室に戻って休憩などで。


 つまり、彼らは「忘れてしまった」。
 正確に言えば「忘れさせられて」、もう何一つ覚えていないし、喧嘩は「無かった」。
 だから通路で談笑が出来て、講義の後には食事に行こう、という話になる。
 未来のエリートを目指す者には、他の者との和が欠かせない。
 人の心を掴むためには、喧嘩するより、友情を深める方が遥かに有意義だから。
(だからと言って、記憶を処理してしまうだなんて…)
 もっと違う方に導けないのか、と怒りが沸々と湧いて来るけれど、消すのが一番早いのだろう。
 全部の生徒をフォローしていたら、如何に巨大なコンピューターでも、手を取られる。
 喧嘩したのが、将来有望な生徒だったら、コールや部屋でのカウンセリングで…。
(そうじゃないなら、消しておしまい…)
 多分、そういう所だよね、と見当はとうについている。
 何度も喧嘩を目にしているから、その辺りの加減は分かって来た。
 喧嘩をした中に「キース」がいたなら、事情は違っていただろう。
 たとえ「キース」は見ていただけで、直接、喧嘩を止めることはしていなくても。
 いつも通りのクールな表情、アイスブルーの瞳で冷たく眺めて、何一つしていないとしても。
(…キースが喧嘩を見ていたのなら…)
 彼なりに、思う所もあっただろうし、口に出さずとも、考えることは多いと思う。
 「ぼくが教授なら、こういう時にはどうするべきか」と、頭の中で検討もする。
 キースにとっては「思考を深める」好機で、役に立つのに違いない。
 だから機械は「喧嘩が起こった」事実を消しはしなくて、残しておく。
 当事者だった者に対しては、多少の処理を施すとしても。


 Eー1077に来て、それに気付いた時には「怖かった」。
 成人検査で記憶を消されただけでも、恐ろしくて悲しかったというのに、此処でも消される。
 しかも自分でも気付かない内に、見聞きした筈のことを「忘れさせられる」。
 子供時代の記憶だったら、もうこれ以上は消されまいとして、抵抗だってするけれど…。
(ステーションの中で、目にしたというだけのことだから…)
 余程、印象に残っていない限りは、消されても「気付かない」だろう。
 さっき出会った同級生たちが、まるで全く気付きもしないで、談笑していたのと全く同じで。
(あの喧嘩だって、ぼくは最初は、関心が無くて…)
 そちらを気にしていなかったせいで、喧嘩を始めた者の人数を覚えていない。
 二人だったか、三人だったか、「覚えてないや」と思うけれども、それも怪しいかもしれない。
 実はシロエは「最初から見ていて」、二人だったか、三人だったか、知っていて…。
(なのに機械に忘れさせられて、覚えていないつもりだとか…?)
 その可能性だって有り得るんだ、と考えるだけで背筋がゾクリと冷える。
 自分としては「キースと肩を並べるくらい」のつもりでいても、機械の方は分からない。
 マザー・イライザが見ている「シロエ」が、「キース」ほど重要視されているとは限らない。
 そうだとしたなら、記憶に関する処理のレベルも、自ずと変わる。
 昨日の喧嘩を目撃したのが、「シロエ」ではなくて、「キース」だったなら…。
(喧嘩を始めたのは何人だったか、どんな具合に始まったのかも覚えてて…)
 シロエと同じに舌打ちはしても、講義をサボって帰りはしなくて、出たのだろうか。
 「全て覚えている」キースにとっては、喧嘩を始めた者が「忘れている」のも、自明の理で。
 「またか」と呆れて舌打ちするだけ、舌打ちの相手は機械ではなくて、同級生の方。
(…喧嘩する方が悪いんだ、と呆れながらも割り切って…)
 自分のすべき役目を果たしに、真面目に講義に出席する。
 質問したいことが無くても、その場にいたなら、他に学びがあるかもしれない。
 教授の話に出て来た「何か」が、講義とはまるで関係無くても、他の何かに結び付くとか。
(そういう話を、配信された講義で聞いたって…)
 教授は其処には「いない」のだから、その場で質問などは出来ない。
 次に教授に出会う時まで保留になるか、あるいは問い合わせる以外に無い。
 どちらにしたって、答えを得るのは遅くなるから、学びも遅れることになる。
 講義に出ていて聞いていたなら、直ぐに尋ねて、二歩も三歩も、先へ進めていたのだろうに。


(…まさかね…)
 ぼくの記憶まで処理されたとか、と疑ってみても、答えは出ない。
 喧嘩したのは二人だったか、三人だったか、それもどうにも「思い出せない」。
 これが機械が仕向けたことだったならば、「シロエ」は、さほど「重要ではない」。
 機械の申し子、「キース」だったら忘れないことを、「シロエ」は覚えていないのだから。
(…いったい、どっちか、どうやったなら…)
 分かるんだろう、と思いはしても、分かるのは「そういう係がいるらしい」という所まで。
 Eー1077の仕組みを調べる間に、偶然、知った。
 マザー・イライザの指示で動く「記憶処理の専門機関」が、ステーションの中に存在する。
 候補生たちが眠っている間に、記憶を処理して、喧嘩さえをも無かったことにしてしまう。
(それをやってる係は、怖くはならないのかな?)
 自分たちが記憶を処理するみたいに、自分の記憶も処理する係がいるのでは、という具合に。
 それとも、そうして怖くなる前に、その記憶を消されてしまうのだろうか。
 喧嘩を忘れてしまうのと同じに、「怖い思いなどしてはいない」と記憶を書き換えられて。
(…そういう係と知り合いになれば、ぼくの記憶がどうなってるかも…)
 分かるだろうし、消された部分を取り戻すことも出来そうではある。
 けれど、その日は「来ない」のだろう。
 彼らと知り合い、調べて欲しいと頼み込む前に、この思いは、きっと消されてしまう。
 「シロエ」が機密に近付かないよう、機械は何処かで監視している。
 もしも「シロエ」が「キース」に劣らず優秀だったら、消されないかもしれないけれど。
 いつか係と知り合えたならば、「ぼくは、どうかな?」と訊けそうだけれど…。



            気付かない内に・了


※アニテラに出て来た、Eー1077で生徒の記憶を夜の間に消していた係。
 「自分たちも、こんな風に消されているかも」と話していたのを、シロエで書いたお話。








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(フッ……)
 相変わらず不用心なことだ、とキースは鼻で笑いたくなる。
 深い地の底へ向かうエレベーターには、キースしか乗っていなかった。
 いつも側にいるマツカでさえも、此処までは付いて来られはしない。
 地球の地下深くに座す巨大コンピューター、グランド・マザーは「人を選ぶ」から。
(私よりも前に、この道を降りていた人間が…)
 何人かいたのは確かだけれども、最後は二百年も前のことになる。
 国家主席の地位に就く者は、その後、一人も出なかった。
(相応しい人材がいないのならば、と…)
 グランド・マザーは神の領域に手をつけた。
 遺伝子を操作するならまだしも、生命を無から作り出そうという試み。
(まさに禁断の技なのだがな…)
 機械であるがゆえの決断だったか、あるいは機械の傲慢さなのか。
 SD体制が始まって以来、六百年もの長きにわたって、機械は人を統治して来た。
 逆らう者は全て排除し、機械に都合の悪い記憶や思考の類は、片っ端から消去して。
(そうした挙句に私を作って、見込み通りに育ったからと…)
 グランド・マザーが許したからこそ、今、この道を降りている。
 今のキースは、国家主席の肩書きは持っていないのに。
 パルテノンの元老の中の一人で、特別な役目も称号も何も、まだ手にしてはいないのに。
(…私だったら間違いない、ということか…)
 そうなのだろうな、と分かってはいる。
 自分の生まれを知っているから、グランド・マザーの判断も分かる。
 今の内から慣れさせておけば、国家主席の座に就いた後に、迅速に事が運ぶだろう。
 『グランド・マザー』がある場や姿に臆することなく、いつでも拝謁出来るのだから。


 初めて此処へやって来たのは、パルテノンに入って間もない頃だった。
 人類の聖地、母なる地球。
 其処へ来るよう、グランド・マザーの要請があった。
(誰一人、何も疑いもせず…)
 暗殺計画の一つも立てることなく、キースは無事にノアを飛び立ち、地球へ向かった。
 キース自身も、その時は思いもしなかった。
 まさか直接、グランド・マザーと対面することになろうとは。
(就任した元老が地球に招かれ、視察するのは、よくあることで…)
 さして珍しくもないものだから、足を引っ張る者がいなかったのは当然だろう。
 そうでなくても、元老の地位に就いた後には、暗殺の危機には出会っていない。
(誰もが、保身に懸命だからな…)
 就任前なら必死になっても、就任されたら手を出さないのが一番と言える。
 グランド・マザー直々の人選なのだし、下手をしたなら自分が危うい。
(ある日突然、会議の場から連行されて…)
 そのまま処刑も有り得るのだから、「キース」に構うべきではない。
 嫌味程度に留めておくのが、利口なやり方というものだろう。
(だからこそ、誰も気が付かなくて…)
 キースも全く予想しないまま、地球の宙港に降り立った。
 「人類の聖地」と謳っていながら、まるで再生していない地球。
 地表の多くが砂漠化していて、残った海には毒素が今も貯め込まれている。
(知識としては、知っていたがな…)
 実際、この目で眺めた時には、流石のキースも言葉を失くした。
 機械が「キース」を作り出す時、植え込んでおいた記憶の中には…。
(青く輝く水の星があって、そこまで宇宙を飛んでゆくという、壮大な…)
 それは美しい旅の欠片が、消えることなく煌めいていた。
 何かのはずみに、それが浮かんで、また消えてゆく。
 まるで招いているかのように、地球への道をキースに示して。


 そういう記憶を持っていたから、本物の地球は衝撃だった。
 「何故、此処まで」と驚くと共に、限界を思い知らされた。
 自分自身の限界ではなく、機械とSD体制の。
(どれほど機械が努力しようが、六百年も経って、この有様では…)
 やり方自体が間違いなのだ、と断言するしかないだろう。
 グランド・マザーが何と言おうが、努力して来た道を提示しようが、無駄でしかない。
 今のやり方を続けたところで、何年、何百年と経とうが、青い地球など戻っては来ない。
 何処かで誰かが、全て切り替え、場合によっては、体制ごと倒してしまわない限り…。
(青い星には、けして戻りはしないのだ…)
 しかし…、と懸念は幾らでもある。
 いったい「誰が」、それをするのか。
 グランド・マザーに上申したなら、今のやり方は変わるのか。
(とても、そうとは思えんな…)
 もう何回も、この道を降りて行ったけれども、グランド・マザーは常に高圧的だった。
 広い宇宙で「正しい者」は、グランド・マザー、ただ一人だけ。
 機械を「一人」と数えていいなら、きっと、そういう表現になる。
 グランド・マザーだけが「正しい」以上は、異を唱えるなど許されはしない。
(今のままでは、地球を元には戻せはしない、と…)
 「キース」が直訴してみたとしても、退けられることだろう。
 その場で直ちに「それは正しくありません」と言い返されて、追い返される。
 「ノアに戻って、もう一度、最初から考えなさい」と。
 「あなたの思考が纏まらないなら、私が手を貸してあげますから」と、甘い言葉も添えて。
 その手をウッカリ借りた時には、グランド・マザーのやり方に抱いた疑問は、跡形もなく…。
(消えてしまって、欠片さえも存在しなくなるのだ)
 それが機械のやり口だしな、と嫌というほどよく知っている。
 遠い昔に、キースが「生まれた」、あのステーションで、Eー1077で何度見たことか。
 シロエが乗った船を撃ち落とす前も、それから後も。


 だから機械に意見したことは、一度も無い。
 自分の考えを述べることもしなくて、疑問を向けたことさえも無い。
 ゆえに「キース」は、唯一の「グランド・マザーに期待されている者」。
 いずれは国家主席の座に就き、人類全てを統治してゆくことになる。
 グランド・マザーの代弁者として、理想の代理人として。
(私は、そういう存在だから…)
 こうして地下へ降りてゆく道が開かれ、グランド・マザーの許へと向かう。
 まだ公にはなっていなくて、「キース」を此処へと導いた者は、今日の内にも記憶を消される。
 「キース・アニアンを案内した」ことを、すっかり忘れ去るように。
 直接、先導していた者も、それに関わった者たちも、全部。
(…つくづく用心深いことだが…)
 それは非常に結構だがな、とキースは皮肉な笑みを浮かべる。
 「私自身は、疑わないのか?」と、エレベーターの中で喉をクッと鳴らして。
 監視カメラなどありはしないから、グランド・マザーに聞こえはしない。
 そう、「降りてゆけるのは、選ばれた者」の他には無いから、監視カメラの必要は無い。
(ついでに、私のボディーチェックも…)
 まるで全くしてはいないな、と可笑しくて笑い出したくなる。
 もしも「キース」が爆発物でも抱えていたなら、グランド・マザーはどうするのだろう。
 遠い昔の頃ならともかく、今の時代は「服の下に隠してゆける程度」の爆発物でも…。
(この下にある、あの地下空間を…)
 木っ端微塵に吹っ飛ばすくらいは、充分に出来る。
 グランド・マザーの本体が如何に頑丈だろうと、恐らく、無傷でいられはしない。
 更に言うなら、急いで修理しようにも…。
(外部から人を呼べはしなくて、自力で修復するしかなくて…)
 途方もない時間をかけて直すか、諦めて「人間」の手を借りるのか。
 時間をかけて直す場合は、空白の期間が生まれる可能性がある。
 グランド・マザーが修理で不在で、代理の者が統治するしかない期間。
(…唯一、期待される私は、爆発を起こした張本人で…)
 地下空間と共に微塵に砕けて、グランド・マザーの代理は務まらない。
 第一、反逆者を代理にするなど、人類の長い歴史の中でも、一度も無かったことだろう。
(他を探して立てるしかないが、無能だったら、どうにもならんな)
 クーデターでも起こりそうだ、と容易に想像することが出来る。
 「人間」の手を借りて修理となったら、それに乗じて、何が起きるか分かりはしない。
 グランド・マザーを倒したい者が、キースに続いて、よからぬことを企てる。
 手動で回路を組み替えていって、今とは全く違う思考のグランド・マザーに変えてしまうとか。


(…第二、第三のシロエというのも…)
 実は大勢いるのだろうさ、と思うものだから、もう可笑しくて堪らない。
 「私が爆発物を持っていたなら、何もかも、全て終わりだろうに」と。
 今は従順に見えている者が、牙を剥いたら恐ろしい。
 「キース」がグランド・マザーの側で自爆し、修理が必要になった時には、世界が変わる。
 クーデターで体制が崩壊することもあれば、グランド・マザーが別の思考を始めることも。
(もしも私が、やる時が来たら…)
 手動で回路を組み替える方は、よろしく頼む、と「シロエ」の後継者を頭に描く。
 「上手くやれよ」と、「そうでもしないと、青い地球には戻らんからな」と声援も送る。
 とはいえ、「キース」が自爆しようと企てる前に…。
(ミュウどもが、やって来るのだろうな…)
 奴らなら、きっと上手くやるさ、と期待している「キース」がいる。
 地球の地の底へ降りられる存在のくせに、グランド・マザーを、とうに見放している者が。
 自分の生まれにも愛想を尽かして、全てを自然に返したいと願う、機械に作られた生命体が…。



            期待される者・了


※アニテラのキースも原作同様、ただ一人だけの「グランド・マザーに会える」人間。
 けれど、いつから会えたかが謎。それを考える内に出来たお話、実際の設定が気になります。







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(…パパ、ママ…。会いたいよ…)
 帰りたいよ、とシロエは心の中で繰り返す。
 Eー1077の夜はとうに更け、候補生たちは皆、寝ているだろう。
 明日も講義があるわけだから、眠って明日に備えるべきだ、と此処では誰もが心得ている。
 よほど課題に詰まっているとか、試験勉強が出来ていないとか、そんな者しか起きてはいない。
(…ぼくも寝なくちゃ…)
 でないとキースに勝てやしない、と分かってはいても、眠れない。
 ベッドの上で膝を抱えて、ついつい、思いは故郷へと飛ぶ。
 「帰りたいよ」と、もう顔さえも霞んでしまった、両親に会いに行きたくて。
(もう、何度目になるんだろう…)
 こんな夜は、と数えてみても、とても両手の指では足りない。
 両足の指を足してみたって、それでも足りるわけがない。
(…此処へ来た頃は、毎晩、家に帰りたくって…)
 泣いていたから、それだけで指が足りなくなるよ、と胸に悲しみが満ちて来る。
 前ほど泣かなくなった自分は、故郷への思いが薄れたろうか。
 機械の魔手から逃げたつもりでも、少しずつ身体に毒が回ってゆくのだろうか。
(……まさかね……)
 きっと目標が出来たからだよ、と自分自身に言い聞かせる。
 優秀なメンバーズ・エリートになって、いつかは国家主席の座に就くことが今の目標。
 実現したなら、「シロエ」が世界のトップに立てる。
 機械に「止まれ」と命じることも、出来るようになるに違いない。
(そしたらシステムは全部崩れて、機械が奪った、ぼくの記憶も…)
 取り戻せると信じているから、それに向かって努力する。
 キースと成績を激しく競い合うのも、その一環と言えるだろう。
 「機械の申し子」と呼ばれるキースを蹴落とせたならば、当然、シロエの評価も上がる。
 マザー・イライザが何と言おうと、結果が全てで、メンバーズとしても「シロエ」の方が上。
(だから今夜も、早く眠って…)
 講義に差し支えないようにしなくちゃ、と思いはしても、今夜は難しいらしい。
 どうしても心が故郷に囚われ、両親と暮らした頃へと思いが飛んでゆくから。


 昼間、偶然、寄ったポートで、新入生たちの群れを見掛けた。
 何処かの育英都市から運ばれて来て、Eー1077に降り立った子たち。
(みんな、怯えたような目をして…)
 ポートの中を眺め回して、見知った顔が無いかどうかと、懸命に探しているようだった。
 身体は動いていなかったけれど、視線だけをあちこち、キョロキョロとさせて。
(…ぼくも、初めて此処へ来た時…)
 ああいう感じだったんだろうな、と胸の何処かがツキンと痛んだ。
 そう、「あの時」には、周りの仲間と「変わらなかった」。
 誰もが此処への不安で一杯、どうすればいいのか何もかも謎で、途惑っていた。
(ぼくはピーターパンの本をしっかり、抱え込んではいたけれど…)
 それが「特別なこと」とは思わず、「あって良かった」という気持ちがあっただけ。
 「他のみんなは、やっぱり何も持ってないんだ」と、手ぶらの仲間を確認して。
(成人検査の日には、荷物は持たずに行くのが決まりで…)
 他の子たちは規則を守って、何も持たずに出て来たのだろう。
 荷物を持っていなかったのなら、此処へも、手ぶらで来ることになる。
 ただそれだけのことなのだ、と「あの日のシロエ」は考えた。
 「宝物の本を持って来られた自分は、うんと頭が良かったのだ」と、自画自賛して。
 「本当に大事な宝物なら、こうして持って来られるんだよ」と得意になって。
(…でも、それは…)
 どうやら勘違いだったらしい、と日が経つにつれて痛烈に思い知らされた。
 仲間たちは「何も持っては来られなかった」けれども、それを少しも悔いてはいない。
 故郷で大切にしていた「何か」も、両親のことも、彼らの心の、ほんの一部に過ぎないらしい。
 過ぎ去った子供時代のことより、これから先の未来が大切、それから「今」という時も。
(此処で新しい友達が出来たり、故郷の友達と再会したり…)
 彼らは「今を生きてゆく」ことに夢中で、過去など少しも振り返らない。
 思い出話に語る程度で、その話だって、瞬く間に「今」に結び付く。
 「今、此処にいる」友と語らい、「ぼくの故郷は…」だの、「君の故郷は?」といった具合に。
(…故郷と言ったら、自分が育った場所、ってだけで…)
 それ以上の意味は持っていなくて、両親も同じ扱いになる。
 「自分を育てた人」というだけ、特別な感情も、「シロエ」ほどには…。
(…誰も持ってはいないんだよね…)
 今日、見た、あの子たちもそう、と唇を噛む。
 「これが機械のやり方なんだ」と、「パパもママも故郷も、大切なのに」と。
 成人検査を受けた子たちは、そういったことを忘れてしまう。
 そうして思い出しもしないで、育って、またしても「それ」が繰り返される。
 Eー1077とは違う何処かで、養父母としての教育を受けた子たちが社会に出て行って。


(SD体制で育った子供は、みんな、親から引き離されて…)
 教育ステーションに連れてゆかれて、其処で新たな教育を受けて、社会の中に散ってゆく。
 Eー1077なら、メンバーズ・エリートを筆頭にして、殆どが軍人の道へと進む。
 一般人向けの教育ステーションだと、専門職やら、仕事をしながら養父母になるコースやら。
(何処に行くかは、機械が成人検査で決めて…)
 勝手に振り分けてゆくのだけれども、何処へ進んでも、故郷の家へは帰れない。
 養父母の家へ帰って「一緒に暮らす」というコースは無い。
(…誰かの養子になる、ってヤツも…)
 あるそうだけれど、一種の契約、仕事のようなものらしい。
 故郷の両親とは違う「誰か」の家に雇われ、「息子」や「娘」として暮らす。
 契約期間が切れるまでの間の関係、気に入られたなら再契約で「親子」が続いてゆくけれど…。
(合わなかったら、まだ契約の期間中でも…)
 もう要りません、と切られてしまって、家から追い出されて終わり。
 「息子」や「娘」の仕事は無くなり、新しい両親と契約するか、別の仕事を始めるか。
(…そんなの、親子とは違うと思うよ…)
 まるで全く違うじゃないか、と解せないけれども、世の中、それで成り立っている。
 社会に出てから「子供が欲しい」と思うのだったら、養父母になるか、養子を迎えるか。
 養父母になると、暮らせる場所は育英都市に限られるから、それが嫌なら養子を取る。
 養子だったら、大人ばかりの社会の中でも、立派に通用する「子供」だから。
(…契約を交わして、親子になって…)
 合わなかったら解消だなんて、どう考えても「狂っている」。
 親子というのは、そういうものではないだろう。
 親は子供に愛情を注ぎ、子供は親に守られて暮らして、幸せに生きて育ってゆくもの。
 愛情を受けて育ったからこそ、次の世代へも愛情を注ぐ。
 血が繋がってはいない子供でも、養父母として。
 機械が「この子を育てなさい」と選んで、配って来た子であろうとも。
(ぼくのパパとママも、うんと優しくて、温かくって…)
 ホントに幸せだったよね、と心は「あの頃」を忘れない。
 両親の顔がおぼろになっても、故郷の家への道筋が思い出せなくなっても。
(やっぱり親子は、そうでなくっちゃ…)
 契約なんかは絶対違う、とキッパリと否定したくなる。
 いくら機械が認めた制度で、この世界には「そういう親子」が、あちこちの星にいようとも。
 きっと「地球」にも、そうした親子が何組も暮らしているのだろう。
 選ばれた者だけが行ける場所だけに、エリート同士の親子限定だろうけれども。


 何かおかしい、という気がする。
 「親子は、そういうものじゃないよ」と、機械に向かって怒鳴りたい。
 契約で親子になるなんて、と拳をギュッと握ったはずみに、違う考えが浮かんで来た。
 「だったら、何故…?」と。
 親が子供に愛情を注いで育てるものなら、何故、その親子を「引き裂く」のか。
 成人検査で「無理やり、離して」、引き離した子を新しく教育し直すのか。
(…みんなは疑問に思っていないし、それでいいのかもしれないけれど…)
 中には「シロエ」のような子もいて、辛い思いをするかもしれない。
 「帰りたいよ」と故郷の家を思い出しては、毎晩のように涙を流す子供たち。
 そういう子供を生み出すよりかは、最初から…。
(引き裂くのとは違う、別れ方をする方向に…)
 持って行ったらいいのでは、と生物の講義を思い出した。
 地球が滅びへと向かう前には、野生の動物が沢山生息していたという。
 彼らは自然の中で育って、次の世代を育てたけれども、その育て方は厳しいもの。
 子供が幼く、自分で餌を取れない間は、愛情をこめて世話をしていた。
 冷えないように温めてやって、餌を運んで、小さい間は親が食べさせたりもした。
 ところが、子供が立派に育って、一人前になったなら…。
(種族によっては、ある日突然、自分の子供を…)
 酷く苛めて、自分たちの縄張りの外へ追い出してしまい、それっきり。
 追われた子供が泣き叫ぼうとも、親は子供を顧みはしない。
 縄張りから追われてしまった子供は、まだ幼くて、親ほど上手に生きられないのに。
 餌を取る技も、生き延びる技も、充分にあるとは言えない子供の間に、放り出される。
 「後は自分で何とかしろ」と、容赦なく。
 「もう一人でも生きてゆける」と、「そのための技は教えた筈だ」と。
(…だけど技術は、うんと未熟で、自然は、とても厳しくて…)
 子供は一人で生きてゆけなくて、命を落とすことも多かったらしい。
 生き延びられた「強い子」だけが大人になって、新しい命を紡いでいった。
 強い遺伝子を子供に伝えて、種族の未来が強固なものになるように。
(…人間だって、同じ仕組みでいい気がするよ…)
 引き裂かれるように別れるよりかは、追い出された方がマシだろう。
 此処でこうして泣き暮らすよりも、「頑張ってやる」という気分になれそう。
 「追い出されたって、ぼくは生きる」と、「絶対、死にやしないんだから」と。


(その方が絶対、前向きになれると思うんだけどな…)
 みんな必死に生きるからね、と思うけれども、機械は、きっと認めはしない。
 それをやったら、SD体制は崩壊の道を辿るから。
 人間には「強く生きられる」道でも、機械にとっては望ましいものとは言えない生き方。
 今の社会のシステムだったら、養父母から引き離された後には…。
(マザー・イライザみたいな機械が、代わりに入り込んで来て…)
 新しい親として心を掴んで、そのまま依存させてゆく。
 「機械」という名の親に縋って、システムに頼り切りになるように。
 けしてシステムに疑問を持たずに、従順に生きてゆくように、と。
(…親が追い出してしまった子供じゃ、独立心が芽生えるだけで…)
 ぼくみたいな子が増えるだけだ、と溜息をついて、「でも…」と心は故郷へと飛ぶ。
 両親と暮らした懐かしい家へ、温かな思い出があった場所へと。
(…引き離されてしまったわけじゃなくって、追い出されてたら…)
 ある日、父から「シロエは立派に大人だからな」と告げられ、放り出されていたら。
 「二度と家へは戻って来るな」と、ピーターパンの本だけを持たされ、蹴り出されたら…。
(こんな本なんか、もう要らない、って…)
 何処かのゴミ箱にポンと投げ込み、成人検査を受けに出掛けていたのだろう。
 「絶対、エリートになってやるんだ」と、自分を捨てた父を見返すために。
 いつの日か、父を鼻で笑って、顎で使える立場になろう、と。
(それはシロエじゃないんだけれども、その方が…)
 きっと人生、楽だったよね、と心から思う。
 「引き裂かれるように別れるよりかは、追い出された方がマシだよ、きっと」と…。



             親との別れ方・了


※SD体制の成人検査って、何かが変。親と無理やり引き離すのは何故なんだろう、と。
 「親の代わりに、機械が入り込むためなのかも?」と考えた所から出来たお話。真相は謎。








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(…子供時代の記憶か…)
 私には何もありはしないのだ、とキースは深い溜息をつく。
 首都惑星ノアの国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
 マツカが淹れていったコーヒー、それが机の上で微かな湯気を立てている。
(…コーヒーにしても、サムが見たなら…)
 目を輝かせて、「おじちゃん、コーヒー、大好きなの?」と訊くのだろうか。
 「ぼくの父さんも、よく飲んでるよ」だとか、「ママも飲むんだ」などと嬉しそうに。
(サムから直接、聞いたことは一度も無いのだが…)
 そもそも、サムの見舞いに行った時には、コーヒーを飲む機会は無い。
 サムと会うのは食堂ではなく、病室だったり、外の庭だったりすることが多い。
 病院の中の休憩スペース、其処で会うこともあるのだけれども、見舞客には飲み物は出ない。
 あくまで患者のための施設で、来客用ではない場所だから。
(だから私も、サムの前では…)
 コーヒーを飲んだことなどは無くて、サムの主治医と会う時に運ばれて来るだけだった。
 係の者がトレイに載せて持って来るそれは、マツカのコーヒーには敵わない。
 とはいえ、サムが目にしていたなら、コーヒーについての思い出話が聞けそうではある。
 サムにとっては思い出ではなく、「今、生きている世界」の話なのだけれども。
(…カップ一杯のコーヒーだけでも、サムならば、きっと…)
 豊かな記憶を持ち合わせていて、あれこれ語ってくれるのだろう。
 コーヒーが入ったカップを倒して叱られたとか、カップを落として割ったとか。
 あるいは「飲んでみたけど、苦いよね」と、子供時代のサムの味覚のままで顔を顰めるとか。
(Eー1077では、サムもコーヒーが好きで頼んでいたが…)
 子供時代も好きだったとは限らないことは、キース自身も知っている。
 機械が与えた膨大な知識、その中には「子供時代」に関するデータも充分、含まれていた。
 子供と大人では味覚が異なるとか、成長するにつれて好みが変わってゆくとか、様々なことが。
(…しかし私は、「知っている」だけで…)
 本物の「それ」を全く知りはしない、とフロア001で見た光景が頭の中に蘇って来る。
 「キース・アニアン」は、其処で育った。
 強化ガラスの水槽の中に浮かんで、外の世界には、ただの一度も触れてはいない。
 機械が無から作った生命、養父母さえもいなかった。
 そうすることが「キース」を育て上げるためには、最良だと機械が決めたから。
 養父母も教師も、幼馴染も、優秀な人材を育てる上では、不要なものだと切り捨てて。
(だから、私は…)
 全てを機械から学んで育って、子供時代を持ってはいない。
 「子供時代」と呼ばれる時代は、人工羊水の中に漂うだけで、何一つ、経験しなかったから。


 それが果たして正しかったか、どうなのか。
 外の世界に触れることなく、知識だけを得て育った生命、「それ」は本当に優れた者なのか。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも…)
 そうだと信じているのだけれども、沸々と疑問が湧き上がって来る。
 「私は本当に、正しい判断が出来るのか?」と。
 いずれ人類の指導者として立つべき人材、そのように作られ、生まれて来た。
 正確に言えば「作られ、外の世界に出された」。
 フロア001を目にして、自分自身の生まれを知るまで、キース自身も信じていた。
 自分は誰よりも優れていると、疑いもせずに思い込んでいた。
 「機械の申し子」と異名を取るほど、優秀な頭脳と能力を持った「人間」だと。
(…だが、本当の私自身は…)
 真の意味では「人間」と言えず、シロエが揶揄した言葉通りに「人形」でしかない。
 機械が作って、機械が育てた「まがいもの」の人間。
(その上、子供時代の記憶が全く無くて…)
 経験さえもしていないのだ、とサムに会う度、痛烈に思い知らされる。
 サムが懐かしそうに語る「故郷」は、キースには無い。
 水槽の中しか知らずに育って、景色も人も見てはいないし、故郷の星の空気も知らない。
 サムが今でも会いたい両親、それもキースには、いはしなかった。
 育ての親は機械だったし、全てを機械から学んで育って、誰一人、目にすることもなかった。
(…こんな私に、ヒトのことなど…)
 正しく理解出来るのか、と自問自答し、「否」と自分で答えたくなる。
 どう考えても、それは「無理だろう」としか思えない。
 「キース」には「ヒトの想い」は分からず、推測でしか推し量れない。
 機械が与えた知識に基づき、「こういう場合は、この人間の心の中は…」と答えを弾き出す。
 恐らく「キース」は、そうした「精巧な人形」なのだろう。
 お蔭で誰にも怪しまれずに、此処までは巧くやって来た。
 これから先も「そうあるべきだ」と、機械は考えているに違いない。
 自分たちが与えた知識を正しく使って、人類を導いてゆくのが「キース」の使命なのだ、と。
(グランド・マザーは、そう信じていて…)
 マザー・イライザも、最後まで「そのつもり」だったろう。
 自分が作った「キース」は道を誤らない、と。
 誰よりも正しく真実を見極め、人類の指導者として立派に歩んでゆくものだと。


(…なのに、私は…)
 とうの昔に、道を外れつつあるのでは…、とキース自身も自覚している。
 子供時代の記憶を持たないことが「正しいかどうか」自問するのが、既におかしい。
 本当に機械に忠実ならば、そんな疑問は持たないだろう。
 過去の記憶が全く無くても、それを不思議に思いもしない。
(ついでに言うなら、自分の生まれを目にしたところで…)
 そういうものか、と思う程度で、驚きさえもしない気がする。
 「私は此処で育ったのか」と納得するだけ、「知識が一つ増える」だけで。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも…)
 実際の「キース」が「どう思ったか」は、気にしていないに違いない。
 現に探りを入れられもせずに、「前と変わりなく」生きている。
 フロア001を見た後、グランド・マザーに「呼ばれてはいない」。
 何度も「会ってはいる」のだけれども、それは報告や任務のための機会に過ぎない。
(マザー・イライザのコールのように…)
 心を探られることなどは無くて、「キース」の心や記憶を弄られてはいない。
 ならば、機械は「疑ってさえもいない」のだろう。
 キースが「与えられた」道を外れて、外へ踏み出しつつあることを。
 踏み外した先で「ミュウのマツカ」を救って、側近として側に置いていることも。
(…私がマツカを救ったのは…)
 シロエの面影を見たからだけれど、シロエも「過去」にこだわっていた。
 サムと違って、シロエの場合は「忘れさせられた」過去だったけれど、中身は似ている。
 シロエは故郷を、両親のことを忘れ難くて、機械に抗い、宇宙に散った。
 最後までピーターパンの本を抱き締め、自由を求めて飛び立って行って。
(…シロエは最後に、両親を思い出せたのだろうか…?)
 サムのように心が壊れていたなら、きっとシロエも「会えた」のだろう。
 飛んで行った先には、「いる筈もない」両親に。
 遠い日にシロエを育てた養父母、懐かしい父と母とに出会って、幸せの中で逝ったと思う。
 傍目には不幸な最期のように見えても、シロエにとっては最高のハッピーエンド。
 「パパ、ママ、ぼくだよ!」と、両手を広げて。
 「会いたかったよ、帰って来たよ!」と、懸命に駆けて、両親と固く抱き合って。
(…きっとそうだな…)
 会えたのだろう、と心の何処かに確信に満ちた思いがある。
 シロエは幸せの中で旅立ち、両親の許へ帰ったのだ、と。
 サムが「今でも」両親がいる世界で生きているように、シロエも同じ世界へと飛んで。


 見舞いで病院を訪れた時に、サムがよく言う「ママのオムレツ」。
 サムの母が作るオムレツ、それは美味しいものらしい。
 シロエの母はどうだったろうか、やはりオムレツが得意だったのだろうか。
(それとも、他に得意料理があって…)
 飛び去ったシロエは、母が作る「それ」を再び口にし、「美味しい!」と喜んだだろうか。
 「また、これが食べたかったんだ」と。
 「やっぱりママのが最高だよね」と、「ステーションのとは大違いだよ」などと。
(ヒトの想いは、きっとそういうものなのだろうな…)
 私には「それ」が全く無いが、と悔しく、虚しく、寂しくもある。
 この感情も、機械が与えた知識の中には「無かった」だろう。
 過去の記憶を持たないことを、「寂しい」と思う感情など。
 ましてや「悔しい」、「虚しい」だとかは、多分、「あってはならない」感情。
 知識として持ち、駆使することは必要だけれど、こういう場面で用いることは許されない。
 「自分の生まれ」に、疑問や不満を持つことなどは。
 子供時代を持たない「自分」を、欠陥品のように考えることも。
(…そうだな、私は、とうの昔に…)
 道を外れてしまっているな、と自嘲めいた笑みが浮かんで来る。
 今の「キース」は「余計な感情」だらけで、その感情を懸命に隠しているのだけれど…。
(…マツカを側に置いているのも、シロエの面影を見ている他に…)
 「ヒトの想い」に触れるためかもしれないな、と可笑しくなる。
 実際の「キース」は、当のマツカに接する時には、人間扱いしていないのに。
 「化け物」と呼び、道具のように使うばかりで、話すことさえしないのに。
(…それでもマツカは、ただ懸命に…)
 側に仕えて、一途に「キース」を守り続けるから、その「想い」が心地よいのだろう。
 「キース」を人間扱いしていて、同じ「ヒト」として慕い、接してくれるから。
(…私自身は、機械が作った人形なのにな…)
 過去も持たない人形なのだ、と思うけれども、その「過去」を学びつつあるのだと思う。
 もういなくなった「シロエ」から。
 会いに行く度、昔語りを熱心に聞かせてくれるサムから。
(…そしてマツカも、直接、語りはしなくても…)
 どういう風に育って来たのか、何故、あそこまで健気なのか、と気に掛かる「過去」。
 あえて調べるつもりなど無いし、知ろうと思いもしないけれども、マツカにも子供時代はある。
 それがどういうものだったのかと、たまに気になることもあるから、彼からも「学ぶ」。
 こうして「学んで」、「ヒトの想い」を知ったキースは、いつの日か、飛んでゆくのだろうか。
 シロエが飛び去って行った彼方へ、自由という名の翼を広げて。
 行きつく先は死であろうとも、きっと後悔などはしないで…。



             過去が無くても・了


※キースには過去の記憶が無いどころか、子供時代そのものを経験していないわけですが。
 そんなキースは、人類の指導者として相応しいのか、と思った所から生まれたお話。







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 あの日から、もう十七年も経ったようだね、この世界では。
 そう、十七年前の今日、ぼくが逝ったと、君たちは記憶している筈だ。
 ぼくが暮らしていた世界でも、あれから長い歳月が過ぎて、今では地球も、すっかり青い。
 けれども、そうなるよりも前の時代も、十七年と言えば長かったろう。
 ミュウと人類の間の壁が消えて無くなり、何もかもが急激に変化したから、尚更だ。
 それに、ナスカの悲劇の後には、ジョミーたちまでが、地球で命を落とした。
 燃え上がる地球から去ったシャングリラに、ぼくを昔から知る者は、どれだけ残っていただろう。
 その時点でさえ、そうなのだから、十七年が経った船だと、どうだったのか…。
 ぼくを直接、知らない仲間が、あの懐かしい白い船にも、多かったかもしれないね。
 「ソルジャー・ブルー」がいなくなってから、生まれた子たちが何人も増えて。
 でも、その方が、ぼくは嬉しい。
 いつまでも、ぼくの思い出に縛られるよりも、「今」を見詰めていて欲しいから。


 君たちにしても、この瞬間まで、ぼくを忘れていた人が多いと思う。
 十七年前の七月の末に、テレビ画面の向こうに何を見たのか、そのことさえも。
 今日の日付も、言われて初めて「そういえば…」と気付くくらいに、遠い記憶になったろう。
 十七年が流れる間に、新しい「何か」の記念日が出来て、置き換わった人もいるのだろうね。
 あの日、小学生だった子供たちでも、立派な大人だ。
 七月二十八日という日が、結婚記念日になったりもすれば、子供が生まれた日になりもする。
 今日が、そういう「嬉しい記念日」に変わっているなら、ぼくの、心からの祝福を。
 逆に「悲しい日になってしまった」人がいたなら、その悲しみに寄り添おう。
 今日という日を忘れたままで、何処かで暮らしている人たちにも、ぼくは感謝の言葉を贈る。
 「あの日、ぼくの最期を見届けてくれて、ありがとう」と。
 シャングリラの仲間たちの中の誰一人として、居合わせた者はいなかったからね。


 十七年の月日は、とても長くて、ぼくを忘れるのも不思議ではないし、むしろ当然とも言える。
 君たちは、ぼくと同じ世界に住んではいなくて、今だって、そうだ。
 だから「忘れてた…!」と慌てるよりかは、「そうか、今日だったんだっけ…」の方がいい。
 今、ほんの少しだけ、あの日に戻って、じきに忘れてしまう方がね。
 君たちにも、ミュウの仲間と同じで、「今」という時を生きて欲しいし、それを望むよ。
 見ている画面を閉じた途端に、ぼくのことなど、もう二度と思い出さなくても。


 けれど、今でも忘れていない人がいるなら、「忘れて欲しい」と言ったりはしない。
 思い出を詰めた箱の中身は、それこそ人の数だけあるんだ。
 何を入れるか、いつ取り出して眺めるのかは、誰に強いられるものでもない。
 「ソルジャー・ブルー」を、思い出の箱に仕舞っておきたいのならば、止めはしないよ。
 ただ、一つだけ、注文をしてもいいなら、箱に仕舞うのは「ただのブルー」にしてくれないかな。
 「ただのブルー」なら、いつも、何処ででも、取り出して、そこに置けるから。
 居酒屋で「ブルー」を思い出しても、違和感など、ありはしないしね。
 青い地球の上で、ぼくを連れ歩いて貰えるのならば、嬉しいし、きっと楽しいだろう。
 ぼくは何処へでも、お供するから、思い出の箱の中には、「ただのブルー」を。
 「ソルジャー・ブルー」を入れる代わりに、「ただのブルー」にしてくれたまえ。
 衣装ばかりは、仕方ないけれど。
 「着替えたいから、服も頼めないかな」なんて、そこまで我儘を言えはしないし、今のでいい。
 「ただのブルー」になれるのならば、もうそれだけで、充分だ。
 大袈裟な「ソルジャー」のままでいるより、居酒屋にも入れる「ぼく」でいられればね…。



               青い星の君へ・了


※ブルー追悼、17年目も書きました。もう追悼でもないだろう、と「ただのブルー」です。
 自分でも呆れるほどの歳月、アニテラで走っているわけですけど、もう明らかに少数派。
 今年はテイスト変えてみました、「居酒屋に入るブルー」は、見てみたいかも…。







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