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期待される者
(フッ……)
 相変わらず不用心なことだ、とキースは鼻で笑いたくなる。
 深い地の底へ向かうエレベーターには、キースしか乗っていなかった。
 いつも側にいるマツカでさえも、此処までは付いて来られはしない。
 地球の地下深くに座す巨大コンピューター、グランド・マザーは「人を選ぶ」から。
(私よりも前に、この道を降りていた人間が…)
 何人かいたのは確かだけれども、最後は二百年も前のことになる。
 国家主席の地位に就く者は、その後、一人も出なかった。
(相応しい人材がいないのならば、と…)
 グランド・マザーは神の領域に手をつけた。
 遺伝子を操作するならまだしも、生命を無から作り出そうという試み。
(まさに禁断の技なのだがな…)
 機械であるがゆえの決断だったか、あるいは機械の傲慢さなのか。
 SD体制が始まって以来、六百年もの長きにわたって、機械は人を統治して来た。
 逆らう者は全て排除し、機械に都合の悪い記憶や思考の類は、片っ端から消去して。
(そうした挙句に私を作って、見込み通りに育ったからと…)
 グランド・マザーが許したからこそ、今、この道を降りている。
 今のキースは、国家主席の肩書きは持っていないのに。
 パルテノンの元老の中の一人で、特別な役目も称号も何も、まだ手にしてはいないのに。
(…私だったら間違いない、ということか…)
 そうなのだろうな、と分かってはいる。
 自分の生まれを知っているから、グランド・マザーの判断も分かる。
 今の内から慣れさせておけば、国家主席の座に就いた後に、迅速に事が運ぶだろう。
 『グランド・マザー』がある場や姿に臆することなく、いつでも拝謁出来るのだから。


 初めて此処へやって来たのは、パルテノンに入って間もない頃だった。
 人類の聖地、母なる地球。
 其処へ来るよう、グランド・マザーの要請があった。
(誰一人、何も疑いもせず…)
 暗殺計画の一つも立てることなく、キースは無事にノアを飛び立ち、地球へ向かった。
 キース自身も、その時は思いもしなかった。
 まさか直接、グランド・マザーと対面することになろうとは。
(就任した元老が地球に招かれ、視察するのは、よくあることで…)
 さして珍しくもないものだから、足を引っ張る者がいなかったのは当然だろう。
 そうでなくても、元老の地位に就いた後には、暗殺の危機には出会っていない。
(誰もが、保身に懸命だからな…)
 就任前なら必死になっても、就任されたら手を出さないのが一番と言える。
 グランド・マザー直々の人選なのだし、下手をしたなら自分が危うい。
(ある日突然、会議の場から連行されて…)
 そのまま処刑も有り得るのだから、「キース」に構うべきではない。
 嫌味程度に留めておくのが、利口なやり方というものだろう。
(だからこそ、誰も気が付かなくて…)
 キースも全く予想しないまま、地球の宙港に降り立った。
 「人類の聖地」と謳っていながら、まるで再生していない地球。
 地表の多くが砂漠化していて、残った海には毒素が今も貯め込まれている。
(知識としては、知っていたがな…)
 実際、この目で眺めた時には、流石のキースも言葉を失くした。
 機械が「キース」を作り出す時、植え込んでおいた記憶の中には…。
(青く輝く水の星があって、そこまで宇宙を飛んでゆくという、壮大な…)
 それは美しい旅の欠片が、消えることなく煌めいていた。
 何かのはずみに、それが浮かんで、また消えてゆく。
 まるで招いているかのように、地球への道をキースに示して。


 そういう記憶を持っていたから、本物の地球は衝撃だった。
 「何故、此処まで」と驚くと共に、限界を思い知らされた。
 自分自身の限界ではなく、機械とSD体制の。
(どれほど機械が努力しようが、六百年も経って、この有様では…)
 やり方自体が間違いなのだ、と断言するしかないだろう。
 グランド・マザーが何と言おうが、努力して来た道を提示しようが、無駄でしかない。
 今のやり方を続けたところで、何年、何百年と経とうが、青い地球など戻っては来ない。
 何処かで誰かが、全て切り替え、場合によっては、体制ごと倒してしまわない限り…。
(青い星には、けして戻りはしないのだ…)
 しかし…、と懸念は幾らでもある。
 いったい「誰が」、それをするのか。
 グランド・マザーに上申したなら、今のやり方は変わるのか。
(とても、そうとは思えんな…)
 もう何回も、この道を降りて行ったけれども、グランド・マザーは常に高圧的だった。
 広い宇宙で「正しい者」は、グランド・マザー、ただ一人だけ。
 機械を「一人」と数えていいなら、きっと、そういう表現になる。
 グランド・マザーだけが「正しい」以上は、異を唱えるなど許されはしない。
(今のままでは、地球を元には戻せはしない、と…)
 「キース」が直訴してみたとしても、退けられることだろう。
 その場で直ちに「それは正しくありません」と言い返されて、追い返される。
 「ノアに戻って、もう一度、最初から考えなさい」と。
 「あなたの思考が纏まらないなら、私が手を貸してあげますから」と、甘い言葉も添えて。
 その手をウッカリ借りた時には、グランド・マザーのやり方に抱いた疑問は、跡形もなく…。
(消えてしまって、欠片さえも存在しなくなるのだ)
 それが機械のやり口だしな、と嫌というほどよく知っている。
 遠い昔に、キースが「生まれた」、あのステーションで、Eー1077で何度見たことか。
 シロエが乗った船を撃ち落とす前も、それから後も。


 だから機械に意見したことは、一度も無い。
 自分の考えを述べることもしなくて、疑問を向けたことさえも無い。
 ゆえに「キース」は、唯一の「グランド・マザーに期待されている者」。
 いずれは国家主席の座に就き、人類全てを統治してゆくことになる。
 グランド・マザーの代弁者として、理想の代理人として。
(私は、そういう存在だから…)
 こうして地下へ降りてゆく道が開かれ、グランド・マザーの許へと向かう。
 まだ公にはなっていなくて、「キース」を此処へと導いた者は、今日の内にも記憶を消される。
 「キース・アニアンを案内した」ことを、すっかり忘れ去るように。
 直接、先導していた者も、それに関わった者たちも、全部。
(…つくづく用心深いことだが…)
 それは非常に結構だがな、とキースは皮肉な笑みを浮かべる。
 「私自身は、疑わないのか?」と、エレベーターの中で喉をクッと鳴らして。
 監視カメラなどありはしないから、グランド・マザーに聞こえはしない。
 そう、「降りてゆけるのは、選ばれた者」の他には無いから、監視カメラの必要は無い。
(ついでに、私のボディーチェックも…)
 まるで全くしてはいないな、と可笑しくて笑い出したくなる。
 もしも「キース」が爆発物でも抱えていたなら、グランド・マザーはどうするのだろう。
 遠い昔の頃ならともかく、今の時代は「服の下に隠してゆける程度」の爆発物でも…。
(この下にある、あの地下空間を…)
 木っ端微塵に吹っ飛ばすくらいは、充分に出来る。
 グランド・マザーの本体が如何に頑丈だろうと、恐らく、無傷でいられはしない。
 更に言うなら、急いで修理しようにも…。
(外部から人を呼べはしなくて、自力で修復するしかなくて…)
 途方もない時間をかけて直すか、諦めて「人間」の手を借りるのか。
 時間をかけて直す場合は、空白の期間が生まれる可能性がある。
 グランド・マザーが修理で不在で、代理の者が統治するしかない期間。
(…唯一、期待される私は、爆発を起こした張本人で…)
 地下空間と共に微塵に砕けて、グランド・マザーの代理は務まらない。
 第一、反逆者を代理にするなど、人類の長い歴史の中でも、一度も無かったことだろう。
(他を探して立てるしかないが、無能だったら、どうにもならんな)
 クーデターでも起こりそうだ、と容易に想像することが出来る。
 「人間」の手を借りて修理となったら、それに乗じて、何が起きるか分かりはしない。
 グランド・マザーを倒したい者が、キースに続いて、よからぬことを企てる。
 手動で回路を組み替えていって、今とは全く違う思考のグランド・マザーに変えてしまうとか。


(…第二、第三のシロエというのも…)
 実は大勢いるのだろうさ、と思うものだから、もう可笑しくて堪らない。
 「私が爆発物を持っていたなら、何もかも、全て終わりだろうに」と。
 今は従順に見えている者が、牙を剥いたら恐ろしい。
 「キース」がグランド・マザーの側で自爆し、修理が必要になった時には、世界が変わる。
 クーデターで体制が崩壊することもあれば、グランド・マザーが別の思考を始めることも。
(もしも私が、やる時が来たら…)
 手動で回路を組み替える方は、よろしく頼む、と「シロエ」の後継者を頭に描く。
 「上手くやれよ」と、「そうでもしないと、青い地球には戻らんからな」と声援も送る。
 とはいえ、「キース」が自爆しようと企てる前に…。
(ミュウどもが、やって来るのだろうな…)
 奴らなら、きっと上手くやるさ、と期待している「キース」がいる。
 地球の地の底へ降りられる存在のくせに、グランド・マザーを、とうに見放している者が。
 自分の生まれにも愛想を尽かして、全てを自然に返したいと願う、機械に作られた生命体が…。



            期待される者・了


※アニテラのキースも原作同様、ただ一人だけの「グランド・マザーに会える」人間。
 けれど、いつから会えたかが謎。それを考える内に出来たお話、実際の設定が気になります。







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