カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
長きにわたる私の友よ。
そして、愛する者よ。
聞け、地球を故郷とする全ての命よ。
こんな風に話し始めると、緊張されてしまいそうだね。
ぼくは、かつてソルジャーと呼ばれた男。
とはいえ、今は「ただのブルー」だ。
仲間たちが、君に「元気が出るメッセージ」を伝えたいそうだから、聞いてくれたまえ。
どういう順で紹介しようか、少し困ってしまったけれど…。
先にミュウから、次に人類のみんな、といった順番で進めてゆこう。
それぞれのグループ毎での順序は、もう本当に難しすぎて…。
相談して決めて貰ったけれども、それで納得して貰えるかは、正直な所、分からない。
本人たちが「いい」と思った順番なのだし、そうしておくしかないのだろうね。
では、始めようか。
「俯くな、仲間たち!」
こう言ったなら、ぼくが誰だか分かるかな。
ジョミーだよ、ジョミー・マーキス・シンで、ソルジャー・シン。
なんだか色々あったらしいね、大丈夫?
あのさ、俯いて膝を抱えていたんじゃ、前には進めないって知っていた?
そうして座ってみれば分かるよ、その状態でも「前に進める」んなら、君は凄いよ。
いつも鍛えている、アスリートかもしれないね。
でも、「普通に前に進んでゆく」のは無理だろう?
まずはね、俯くのをやめるといいよ。
抱え込んでた膝も放して、大きく伸びをしたら、深呼吸。
その後は、君の好みでどうぞ。
よかったら、オレンジスカッシュでも、どう?
『すみません。思念波で許して下さいね』
これで分かって貰えたでしょうか、リオですよ。
ご気分の方は、如何ですか?
落ち込んでいても、何も始まりませんから、顔を上げることをお勧めします。
ほら、顔を上げたら、視線も一緒に上がったでしょう?
今、そこに何が見えていますか、ちょっと見回してみて下さいね。
それだけで、首の運動になったわけなんですけど、気付いてました?
気分転換にもなっていますよ、意識していなかった「何か」が見えたでしょう?
少しばかり視野も広がりましたし、一休みすればいいんです。
休憩するのは、悪いことではありませんしね。
お好きな方法で休んで下さい、ひと眠りなさるのなら、ぼくが目覚ましの係をしますよ。
「あんた、ぼくより大人だろ。ぼくは、これでも子供なんだよ」
大人に見えるのは身体だけさ、と言ったら、ぼくが分かるだろう。
トォニィだっていうのがね。
あんた、立派な大人じゃないか、どっちかと言えば励ます方だろ、ぼくの方をさ。
まあ、それが出来ないのが分かってるから、こうして出て来たわけなんだけど…。
子供のぼくが何か言っても、生意気な奴って思われるかな?
面と向かって言いはしなくても、心の中で、ちょっと舌打ちするとかね。
えっ、そんなことはしない、って?
いいじゃないか、今、君は、ぼくに「そう言った」だろ?
落ち込んだままじゃ、今の台詞は出て来ないんだよ、そうだろう?
オッケー、ちょっぴり浮上したなら、その勢いで浮かび上がろうか。
はい、ぼくが三歳の頃に描いた、ジョミーとブルーの肖像画。
才能あるだろ、画家になるべきだったかな…?
「生まれて初めて、やりたいようにやっただけだ」
やりたいようにやるというのも、大切なのだが…。
私がどういう風に生きたか、全く知らない者が聞いたら、悪事を働いたと誤解するかもな。
キース・アニアンだ。
今のお前は、やりたいことさえ、思い付かなくなっていないか?
私は「やりたいこと」を思い付いても、それが「やれない」人生だった。
幾つかは出来たこともあったが、恐らく、片手で数えられるほどしかないだろう。
何が出来たか、と尋ねるのか?
最大のものは「マツカを側近にしていた」ことだな、規律違反どころの騒ぎではない。
事実が知れたら、軍法会議くらいで済んではいないし、記憶処理もされていたことだろうな。
グランド・マザー直々に、だ。
他には、どんなことをやったのか、だと?
興味が湧いて来たのだったら、いいことだ。
「やりたいこと」が一つ、たった今、お前の中に生まれた。
では、「私が何をやらかしたのか」を、自分で想像してみるがいい。
その好奇心が他のことにも向き始めるまで、付き合ってやろう。
お前が本当に「やりたかったこと」を思い付くまで、思い出すまで、幾らでもな…。
「どうしたんです? あなたは、あなたのままでしょう?」
ぼくと違って、機械に記憶を消されてなんかは、いないんですから。
こう言えば、もう分かりますよね、シロエですよ。
落ち込んでしまったみたいですけど、そう心配は要りませんってば、記憶さえあれば。
今は周りが闇に見えても、闇さえ晴れれば、ちゃんと色々、鮮やかに見えてくるんです。
景色はもちろん、あなたの心の中だって、全部。
そうやって闇が晴れて来たなら、何もかも思い出せますよ。
落ち込む前に「好きだったもの」も、「好きだったこと」も、一つも欠けてしまわずに。
心の中にしか残っていない思い出だって、持っていられるだけで幸せですってば。
ぼくには、それが「無かった」んです。
どんなに必死に探ってみたって、パパもママも、家も、ぼやけて思い出せないままでしたっけ。
あの頃の辛さを思い出すとね、「覚えている」ってことの「強さ」を実感出来ますよ。
そう、あなたは何一つ「忘れちゃいない」。
それがどれほど「強い」ことなのか、あなたにも気付いて欲しいんですけど…。
何でもいいです、楽しかったことを一つだけ、試しに「思い出して」みませんか?
欲張らずに、まずは一つからです。
知ってましたか、キースが「元気でチューか?」って、あの顔で言ったことがあるのを…?
「何かあったんですか、落ち込んでらっしゃるようですけれど…」
すみません、ぼくが勝手にそう思っただけです、心なんかは読んでいません。
キースに厳しく言われてますから、そんな無作法な真似はしませんよ。
でも、そういうのは分かるんですよね、ぼくの性分なんでしょうか。
ジョナ・マツカです、みんなには「マツカ」と呼ばれてますけど。
こういった時は、キースにはコーヒーを淹れていました。
もっとも、キースが落ち込んでいても、気付いていたのは、多分、ぼくだけでしょう。
キースにさえも、自分の本当の心は、分かっていなかったかもしれません。
あの人は、自分を厳しく律し続けることで「自分を強く保ち続けた」人でした。
誰にも弱みを見せないことがキースの「強さ」で、自分自身を守る方法だったんでしょうね。
けれど、強く生き抜くことは出来ても、あの生き方は辛いです。
誰よりも優しい心を持っていたのに、それを押し殺して生きるだなんて、辛すぎるんです。
それをキースに面と向かって言ったら、叱られてしまいましたけど…。
でもね、あなたは「違う」でしょう?
落ち込んだ時は、素直に落ち込んでしまえるんです、それは「いいこと」だと思いますよ。
あなたの心が自由だからこそ、落ち込んだままでいられるんです。
「浮上しろ」なんて、誰も言いませんから、気を張らないようにして下さいね。
コーヒー、お飲みになりますか?
それとも紅茶が良かったでしょうか、あなたのお好きな飲み物をどうぞ。
どうだったろう、これで全員分だが、君の心に届いたろうか?
ぼくからのメッセージは、もう、必要ないと思うけれども、やはり結びは欠かせないし…。
あえて言うなら、こんな具合にしておこうかな。
「自分を信じることから道は開ける。事の良し悪しは、全てが終わってみないと分からないさ」
ぼくがジョミーに贈った言葉だ、これをそっくり、君に贈ろう。
落ち込んでいる自分を嫌いにならずに、全て受け入れてやりたまえ。
周りに誰もいなくなっても、自分だけは自分の味方なんだよ。
そんな気持ちがして来ないかい?
君自身が君の「一番、強い味方」で、「信頼できる仲間」というわけだ。
その「君」が落ち込んでしまっているなら、「君が」寄り添ってやるといい。
甘やかすのも、叱り付けるのも、励ますにしても、どれが「一番いい道」なのか、分かるだろう?
それでも「味方が足りない」時には、このぼくを呼んでくれればいい。
「ただのブルー」が役に立つなら、存分に使ってくれたまえ。
ただのブルーをどう使おうとも、誰も文句を言いに来たりはしないのだから、安心だ。
家事は流石に自信が無いから、ぼくに任せる羽目になる前に、再起をお願いしたいけれどね…。
グッドラック。
君の幸運を、皆で心から祈る。
俯くな、仲間たち・了
※元日の地震、被害が拡大し続けているという厳しすぎる現実。東日本大震災が重なります。
落ち込んでしまいそうな自分が「欲しい言葉」を並べてみました、それだけです。
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青の間へようこそ。
落ち着くまで、此処にいてくれていい。
ぼくで良ければ、ただ、側にいよう。
君の心が求めるのならば、聞き役にも、話し相手にもなろう。
けれども、君が話したいのが、ぼくでなければ、ほら、あそこにはジョミーがいる。
そう、そこの灯りの向こう側だよ。
ジョミーに青の間は似合わない、と不思議に思っているのかい?
ならば、あそこへ行ってみたまえ。
すぐそこのように見えているけれど、あそこは「ジョミーの場所」なんだよ。
君が思う「ジョミー」が、あそこに居場所を持っているから、そこを訪ねてゆくといい。
もしかすると、アタラクシアにあったジョミーの部屋かもしれないね。
シャングリラにあった部屋かもしれない。
それとも、ナスカの頃のものかな?
行ってみれば分かるよ、君が一番会いたい「ジョミー」が、君が来るのを待っているから。
おや、君が会いたいのは、ぼくでも、ジョミーでもないと?
なるほと、ミュウの誰かではなくて、キースに会いたかったのか…。
かまわないとも、そこの灯りの向こうに扉が見えるだろう?
扉の向こうに、きっとキースがいる筈だから、好きに通ってゆけばいい。
君が会いたいキースに会えるよ、ステーション時代のキースでも、国家主席でも。
キースに会ったら、よろしく伝えてくれたまえ。
彼の方でも知っているしね、此処から「キースの所に繋がる」扉があることを。
そして、君は、と…。
ああ、マツカなら、そこの扉だね。
キースの所と同じ扉からも行けるのだけれど、キース抜きなら、そっちの扉を勧めるよ。
ほら、君だって知っているだろう?
キースに「マツカ、お前にお客人だ」などと言われたら最後、マツカは上手く話せなくなる。
だからキースに気付かれないよう、会いに行くのが一番だしね。
大丈夫、ぼくは誰にも話しはしないから。
君が「そちらの扉」を通って、マツカに会いに出掛けたなんて。
ああ、君はシロエに会いに来たのか。
だったら、そっちの扉を通って、あとは朝までずっと真っ直ぐ…。
これはね、シロエが言っていたんだ。
「ぼくに会いたい人が来たなら、そう案内して貰えませんか」と楽しそうにね。
ネバーランドに行く道を真似てあるんだそうだ。
「本当は、二つ目の角を右に曲がるのも、やりたかったんですけどね」とも言っていたっけ。
機械弄りが趣味だからかな、そんなに通路を複雑にしたら、お客さんが困ってしまうのに。
それから君は、と…。
トォニィに会いにゆくなら、その向こう側の灯りだね。
もちろんフィシスにだって会えるよ、グレイブに会える扉もある。
サムも、スウェナも、アルテラだって、誰にだって会いに行けるんだ。
何故、青の間から、何処へでも道が繋がるのか、って?
此処が一番、分かりやすくて、誰でも辿り着けるからだよ。
考えてみたまえ、シャングリラを知らない人は一人もいないだろう?
青の間だって、みんな知っている。
けれど、ジョミーがアタラクシアで住んでいた家を、一瞬で思い出せるかい?
キースの執務室でも同じで、シロエがステーションでいた部屋も同じだ。
「ああ、あそこ!」と、パッと頭に浮かぶ場所なら、この青の間が手っ取り早い。
そういうわけで、ぼくが案内人を兼ねているという所かな。
さあ、好きな灯りを、扉を選んで、会いたい人に会いにゆくといい。
会えたら、君が満足するまで、ゆっくり過ごして、また、何度でも会いに来ればいい。
ぼくはいつでも、案内人を務めてあげるし、ぼくで良ければ話も聞こう。
そのために此処で待っているのが、ぼくの役目というものだから。
ぼくはもう、ソルジャーじゃなくて、ただのブルーで、君の行先を示すだけだよ。
どの灯りでも、どの扉でも、本当に「選ぶ」のは、君だ。
誰に会って何を話したいのか、どういう風に過ごしたいのか、決めるのもね。
会いたい人に会って、君の心が落ち着くのならば、それでいい。
君が会いたい人が誰でも、話したいことが何であっても、全ては君の心次第だ。
どんな時でも、どんな場所でも、此処への扉は開いているから、青の間へ来てくれたまえ。
そこから先へは、君が自由に進むといい。
君が会いたい人に会えたら、きっと間違いなく、心がほどけてゆくだろう。
悩みにしても、悲しみにしても、一人で抱え込んでいるより、誰かに話してみるのがいい。
「聞くだけだぞ」と言い放ちそうなキースにしたって、会えれば君も満足だろう?
一方的に話すだけでも、心は軽くなるものなのだし、好きに話して帰ればいい。
どの扉からでも、どの灯りからでも、君が会いたい人の所へ、真っ直ぐ出掛けて行って…。
心の守り人・了
※羽田で日航機が炎上した後、地震の被害も拡大してゆく1月2日という悪夢のような日。
日付が変わって1月3日になってしまった後、祈るような気持ちで書きました。
書き上げて最終チェックを終えたら、午前2時39分。
夜中にpixiv に投下した後、慌てて寝たからでしょうか、幸か不幸か、初夢は無し。
諸君、今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたい。
とはいえ、今の私の名前は、全く違う。
年にしても……そうだな、かつてのシロエくらいだろうか。
ステーションなら「入学したて」といった所か。
紹介しよう、友人の「ジョミー・マーキス・シン」だ。
「あっ、駄目だよ! ぼくの今の名前は…」
「悪い! だが、今の名前を言っていいのか?」
「あー…。それは困るかも…」
「なら、これしか仕方なかろうが。というわけで…」
「ジョミーです! みんな、元気にしてる? ぼくも、キースも…」
「この通り、とても元気にしていて、今日もこれから公園で…」
「サッカーなんだよ、でもって、ぼくたちだけじゃなくって…」
「どうも、セキ・レイ・シロエと呼んで下さい!」
「えっと…。ジョナ……、マツカでいいです…」
「俺さ、昔は、サム・ヒューストンな!」
「ぼくも名乗らせてくれたまえ…って、偉そうかな…。ブルーです」
「ブルーに遠慮されたら、ぼくはどうすれば…。トォニィです」
「ドサクサ紛れですみませんけど、これでもハーレイです!」
「どうも、ゼルです!」
「ヒルマンです!」
「あのさ、キース…。サッカーの人数、軽く超えるよ、その内に…」
「分かっている。向こうでスウェナたちも手を振ってるしな…」
「自己紹介とか始めるからだよ、キースがさ!」
「お前が他の連中を紹介したんだろうが!」
「だって、つい…。せっかくみんなで、こうして地球にいるんだし…」
「こうなっても仕方ないかもな…」
というわけで、皆、息災で、地球で暮らしている。
ただし、遥かに遠い未来の時代なのだが、地球という星には違いない。
それぞれ、別の名前や家があっても、こうして会えて、話やサッカーも出来る。
その昔、サムが言っていた通り、「みんな、友達」というわけだ。
何故、今頃、それを言いに来たか、と尋ねるのか?
2024年の日本が、正月早々、大変なことになっているからだ。
元日に地震で、二日の夜には、羽田空港で飛行機が炎上したと聞く。
一年で一番、平和でめでたい時の筈なのに、信じられないような非常事態が立て続けだ。
こういった時は、「タイムラインに落ち着く画像を流す」ものなのだろう?
だが生憎と、そういったものを流したくても、私たちの生きた時代には何も無かったのだ。
代わりに、今の日常を流してみたというわけなのだが、苦笑されたかもしれないな。
どうも私には、今も昔も、こういった役回りは向かないようだ。
では、この辺で失礼しよう。
さっきから、ジョミーがうるさいのでな。
すぐ行くと言っているだろう!
なに、遅れた分、後でおごれだと!?
しかも全員分だって!?
何人いると思っているんだ、破産させたいのか、馬鹿野郎ーっ!
遥か地球より・了
※新年早々、なんだかとんでもない年に。元日の能登の地震だけでも仰天でしたが…。
本日、二日の夕方に羽田空港で日航機の炎上事故とか、恐ろしすぎます。
三が日が無事に済みますように、今年はもう、これ以上、何も起こりませんように…!
(どうにも慣れんな…)
此処の水は私には合わん、とキースは一人、溜息を零す。
初の軍人出身の元老として、鳴り物入りで就任してから半月が過ぎた。
そろそろ慣れても良い頃だけれど、一向にその気配さえ無い。
(本当に、引いている水まで違うのではないのか?)
コーヒーまでが不味くて敵わん、と思わず顔を顰めてしまう。
今、机の上にあるカップの中身は、不味いコーヒーではないけども。
(こうして部屋で味わう分には…)
文句無しの味で、及第点ところか、最高の評価をつけられる。
ジルベスター・セブン以来の側近のマツカ、彼が淹れるコーヒーは常に味わい深い。
彼を連れて様々な場所に行ったけれども、何処で飲んでも、味は変わらなかった。
それだけ心を配って淹れて、いいタイミングで出して来るのだろう。
(…だからマツカのだけが美味いのか、水は変わっていないのか…)
まるで謎だな、と思いはしても、わざわざ調べる気にもなれない。
恐らく水源は全く同じで、このノアの、首都とも言える地域は、何処へ行っても同じこと。
首都惑星になるほどの星といえども、水源はさほど多くはない。
一つの地域に一カ所あったら、充分と言える世界なのだし、此処も一つの筈だった。
つまり、パルテノン入りを果たして転居した後も、その前も、居住空間に引かれた水は…。
(全く変わっていないのだろうな)
浄化システムも同じだろうさ、と分かっているのに、何故、コーヒーは不味いのか。
パルテノンで飲んでも、会議で出掛けた先で飲んでも、他の元老の家に招かれても…。
(本当に不味くて、どうにもならん)
他に無いから飲むしかないが、とマツカのコーヒーを口に含むと、また溜息をつきたくなる。
激務をこなして自分の個室に帰って来るまで、これが飲めない日が増えた。
国家騎士団総司令だった頃には、気が向いた時に飲めたのに。
「コーヒーを頼む」と命じさえすれば、マツカが淹れて持って来たのに。
(…此処では、マツカも異端だからな…)
マツカもセルジュもパスカルもだ、と溜息の種は全く尽きない。
なにしろ此処では「キース」までが異端、異色と呼ばれる存在だから。
人類を統べる最高機関が、元老院であり、パルテノン。
聖地、地球の地の底に座す巨大コンピューター、グランド・マザーの意を受けて動く。
その構成員である「元老」は皆、根っからの文官、政治家だった。
(…この私とは、根本からして違うのだ…)
生まれ以前の問題でな、とEー1077で見た光景を思い出す。
シロエが命懸けで暴いた、フロア001と「キース・アニアン」の生まれの秘密。
彼が「ゆりかご」と呼んだ場所では、何人もの「キース」が眠っていた。
標本にされて、二度と覚めない永遠の眠りに就いていた「彼ら」。
(…アレも、私も、全くの無から作り出されて…)
人類を統治するべく「キース」は生まれたけれども、どうして「軍人」だったのか。
Eー1077で「マザー・イライザが作る」必要は、何処にあったのか。
(他のステーションでは、作れないなどということは…)
無いということは、既に知っている。
あそこで目にした「ミュウの女」が気にかかったから、調べてみた。
「アレ」も同じにEー1077で作られたとは、どうしても考えられなくて。
(ミュウどもが、私が作られるよりも前の時代に…)
アルテメシアを出たという記録は全く無いし、存在さえも長く確認されてはいなかった。
ジョミー・マーキス・シンの成人検査に絡んで、雲海から母船が浮上してくるまで。
アルタミラでメギド兵器が使われて以来、彼らは息を潜めていた。
三百年もの長きに渡って、何も起こりはしなかった。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」の名が残ってはいても、見た者はいない。
(…そういう時代に、奴が危険を冒してまで…)
Eー1077に潜入するとは考え難いし、そうする理由も思い付かない。
ならばどうして、「あの女」はミュウの船にいたのか。
自ら逃げ出す筈などは無くて、マザー・イライザが脱走を許すわけもない。
それらを考え合わせてみれば、答えは一つだけしか無かった。
(あの女は恐らく、アルテメシアで…)
作り出されて、ソルジャー・ブルーが見付けて攫って行ったのだろう。
そのせいで研究の場所が移され、Eー1077で続けてゆくことになった。
其処までは理解出来るのだけれど、今もって解けない謎がある。
どうして「Eー1077」が選ばれ、其処で「キース」を作ったのか。
「初の軍人出身の元老」。
キースのパルテノン入りを喜び、讃える者たちなら星の数ほどいる。
一般社会を構成する者や、軍人たちからすれば「希望の星」と言えるだろう。
「軍人でも、やれば頂点に立てる」と証明した上、異色の経歴で未来を切り開きそうだから。
けれども、パルテノンと言ったら、文官と政治家たちの世界で、まるで水が違う。
(…文字通りに、水が合わなくて…)
コーヒーまでが不味いのだ、と幾つ目だか知れない溜息が落ちる。
周りを見たなら、「キース」とは違う人種ばかりが目につき、職員までもが違っていた。
国家騎士団に所属していた頃には、其処で働く職員さえもが「軍人」ばかり。
恐らく、厨房や清掃係といった職種以外は、全員、軍人だったろう。
(…もしかしたら、清掃係までもが…)
かつての「マツカ」のように落ちこぼれてしまった、軍人という可能性もある。
軍人としては無能だけれども、清掃係くらいにはなる、と配属されて来た者たち。
厨房は流石に専門職だし、料理人を育てるステーションから来た者たちだったろうけれど。
(私は、そういう世界で育って…)
Eー1077もまた、「軍人を育てる」ステーションだった。
「エリートを育てる最高学府」には違いなくても、育成するのは政治家ではない。
だから「文官向け」の教育などは全く受けていないし、その逆がパルテノンの構成員たち。
(まるで全く違う世界で育てられ、生きて来たのだからな…)
彼らと「キース」が違いすぎるのは、当然のことと言えるだろう。
水が合わないのも無理はない。
「コーヒーが不味い」と思う理由も、その辺にある。
何処へ行っても落ち着かないから、コーヒーの味が不味くなる。
「此処は私の世界ではない」と、嫌でも認識させられる場所で、真の味など分かりはしない。
同じコーヒーが、国家騎士団で出て来たならば、驚くほどに美味くても。
「マツカの他にも、上手く淹れる者がいるようだな」と、感嘆するほどのコーヒーでも。
(…とことん、私には合わん…)
未だに慣れん、と溜息ばかりが零れるけれども、もう「この道」を行くしかない。
それがグランド・マザーの意向で、「キース・アニアン」の役目だから。
いずれ人類の指導者として、国家主席に就任することになるのだろう。
どうしようもない、自分の未来。
変えることは出来ない、「キース」の生まれ。
Eー1077で「作られた」時から、こうなる未来は決まっていた。
「そういうキース」を作り出すために、サムやスウェナや、シロエまでが選び出されていた。
(そしてシロエは、私のこの手で撃墜されて…)
宇宙に散っていったのだけれど、どうして「そうなった」のだろう。
(パルテノン入りが決まっているなら、私をわざわざ、あそこで作って…)
長い回り道をさせる必要など、本当に何処にあったのか。
政治家を育てるステーションで「キース」を作っていたなら、全ては変わる。
文官は軍事教育などは、受けていないと言っていいほど。
護身用の銃を使える程度で、護身術のような体術の訓練も「受けた」というだけのことらしい。
実際、彼らは皆、隙だらけで、Eー1077の候補生でさえ、彼らよりも腕が上だろう。
(その代わり、彼らは実に狡猾で…)
政治の世界には必須の駆け引きなどには、抜きん出た才能を発揮する。
散々やられた「キース・アニアン暗殺計画」にしても、その才能が生んだ歪みと言える。
(…私を最初から、そういう世界で育てていれば…)
今頃はとうに、国家主席の座に就いていたのだろうな、と自分でも思う。
ライバルを蹴落とし、あらゆる手段を張り巡らせて、誰もが驚く速さで昇進し続けて。
上手く運べば、今の自分が「少佐」で、ジルベスター・セブンに行った年には…。
(最年少の元老として、パルテノンで名を轟かせていて…)
国家主席に就任する日も、目前になっていたかもしれない。
「そのために」生まれて育った以上は、大いに才を発揮するのが「キース」の役目。
シロエが乗った練習艇を追い掛け、撃墜している暇などは無い。
目出度く卒業が決まったのなら、政治の世界に住む人間と接触すべき。
彼らを乗せた宇宙船が、偶然、ステーションに立ち寄るように仕組まれていて。
其処で「キース」が彼らと出会って、目に留まり、未来が開けるように。
「卒業したなら、私の許で働かないか」と、いきなり出て来る「引き抜き話」。
本来、歩むべき道を飛び越え、最初から「ノアで」勤務するとか。
元老の側近に抜擢されて、パルテノン勤務で始まるだとか。
(…グランド・マザーの采配ならば、どうとでも…)
なった筈だ、と分かっているのに、現実は「水の合わない世界」に放り込まれてしまった。
コーヒーまでもが不味くて、やっていられないほど、とことん水の合わない環境。
けれど、「慣れる」しかないだろう。
どういう意図で「こういう育て方をしたか」は、未だに分からないけれど。
グランド・マザーが何を考え、どう計算して、軍人として育てたのかは、謎だけれども。
(…まさか、軍人として育てておいて…)
いざという時、ミュウの長と刺し違えてでも彼らを止めろ、というつもりか、と可笑しくなる。
そんなことなど不可能なことは、もう身をもって知っているから。
もしもマツカがいなかったならば、とうの昔に、メギドで死んでいる身だから。
(…私が助かった本当の理由を、機械は今も知らないからな…)
刺し違えさせるつもりでいるなら、おめでたいことだ、とクックッと笑う。
ジョミー・マーキス・シンと戦ったならば、勝負は一瞬でつくだろう。
オレンジ色の瞳の子供にしたって、恐らく勝ち目は全く無い。
(…まったく、私を何のために…)
軍人に育て上げたのだろうな、と「美味いコーヒー」で喉を潤す。
今の「キース」の癒しといったら、これだけだから。
マツカが淹れるコーヒー以外は、此処では、どれも「不味い」のだから…。
水が違う世界・了
※パルテノン入りして間もない、キースの愚痴。コーヒーまで不味くなる気分らしいです。
けれど実際、軍人として育てる必要は何処にあったのでしょう。政治のプロでは駄目だと?
此処の水は私には合わん、とキースは一人、溜息を零す。
初の軍人出身の元老として、鳴り物入りで就任してから半月が過ぎた。
そろそろ慣れても良い頃だけれど、一向にその気配さえ無い。
(本当に、引いている水まで違うのではないのか?)
コーヒーまでが不味くて敵わん、と思わず顔を顰めてしまう。
今、机の上にあるカップの中身は、不味いコーヒーではないけども。
(こうして部屋で味わう分には…)
文句無しの味で、及第点ところか、最高の評価をつけられる。
ジルベスター・セブン以来の側近のマツカ、彼が淹れるコーヒーは常に味わい深い。
彼を連れて様々な場所に行ったけれども、何処で飲んでも、味は変わらなかった。
それだけ心を配って淹れて、いいタイミングで出して来るのだろう。
(…だからマツカのだけが美味いのか、水は変わっていないのか…)
まるで謎だな、と思いはしても、わざわざ調べる気にもなれない。
恐らく水源は全く同じで、このノアの、首都とも言える地域は、何処へ行っても同じこと。
首都惑星になるほどの星といえども、水源はさほど多くはない。
一つの地域に一カ所あったら、充分と言える世界なのだし、此処も一つの筈だった。
つまり、パルテノン入りを果たして転居した後も、その前も、居住空間に引かれた水は…。
(全く変わっていないのだろうな)
浄化システムも同じだろうさ、と分かっているのに、何故、コーヒーは不味いのか。
パルテノンで飲んでも、会議で出掛けた先で飲んでも、他の元老の家に招かれても…。
(本当に不味くて、どうにもならん)
他に無いから飲むしかないが、とマツカのコーヒーを口に含むと、また溜息をつきたくなる。
激務をこなして自分の個室に帰って来るまで、これが飲めない日が増えた。
国家騎士団総司令だった頃には、気が向いた時に飲めたのに。
「コーヒーを頼む」と命じさえすれば、マツカが淹れて持って来たのに。
(…此処では、マツカも異端だからな…)
マツカもセルジュもパスカルもだ、と溜息の種は全く尽きない。
なにしろ此処では「キース」までが異端、異色と呼ばれる存在だから。
人類を統べる最高機関が、元老院であり、パルテノン。
聖地、地球の地の底に座す巨大コンピューター、グランド・マザーの意を受けて動く。
その構成員である「元老」は皆、根っからの文官、政治家だった。
(…この私とは、根本からして違うのだ…)
生まれ以前の問題でな、とEー1077で見た光景を思い出す。
シロエが命懸けで暴いた、フロア001と「キース・アニアン」の生まれの秘密。
彼が「ゆりかご」と呼んだ場所では、何人もの「キース」が眠っていた。
標本にされて、二度と覚めない永遠の眠りに就いていた「彼ら」。
(…アレも、私も、全くの無から作り出されて…)
人類を統治するべく「キース」は生まれたけれども、どうして「軍人」だったのか。
Eー1077で「マザー・イライザが作る」必要は、何処にあったのか。
(他のステーションでは、作れないなどということは…)
無いということは、既に知っている。
あそこで目にした「ミュウの女」が気にかかったから、調べてみた。
「アレ」も同じにEー1077で作られたとは、どうしても考えられなくて。
(ミュウどもが、私が作られるよりも前の時代に…)
アルテメシアを出たという記録は全く無いし、存在さえも長く確認されてはいなかった。
ジョミー・マーキス・シンの成人検査に絡んで、雲海から母船が浮上してくるまで。
アルタミラでメギド兵器が使われて以来、彼らは息を潜めていた。
三百年もの長きに渡って、何も起こりはしなかった。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」の名が残ってはいても、見た者はいない。
(…そういう時代に、奴が危険を冒してまで…)
Eー1077に潜入するとは考え難いし、そうする理由も思い付かない。
ならばどうして、「あの女」はミュウの船にいたのか。
自ら逃げ出す筈などは無くて、マザー・イライザが脱走を許すわけもない。
それらを考え合わせてみれば、答えは一つだけしか無かった。
(あの女は恐らく、アルテメシアで…)
作り出されて、ソルジャー・ブルーが見付けて攫って行ったのだろう。
そのせいで研究の場所が移され、Eー1077で続けてゆくことになった。
其処までは理解出来るのだけれど、今もって解けない謎がある。
どうして「Eー1077」が選ばれ、其処で「キース」を作ったのか。
「初の軍人出身の元老」。
キースのパルテノン入りを喜び、讃える者たちなら星の数ほどいる。
一般社会を構成する者や、軍人たちからすれば「希望の星」と言えるだろう。
「軍人でも、やれば頂点に立てる」と証明した上、異色の経歴で未来を切り開きそうだから。
けれども、パルテノンと言ったら、文官と政治家たちの世界で、まるで水が違う。
(…文字通りに、水が合わなくて…)
コーヒーまでが不味いのだ、と幾つ目だか知れない溜息が落ちる。
周りを見たなら、「キース」とは違う人種ばかりが目につき、職員までもが違っていた。
国家騎士団に所属していた頃には、其処で働く職員さえもが「軍人」ばかり。
恐らく、厨房や清掃係といった職種以外は、全員、軍人だったろう。
(…もしかしたら、清掃係までもが…)
かつての「マツカ」のように落ちこぼれてしまった、軍人という可能性もある。
軍人としては無能だけれども、清掃係くらいにはなる、と配属されて来た者たち。
厨房は流石に専門職だし、料理人を育てるステーションから来た者たちだったろうけれど。
(私は、そういう世界で育って…)
Eー1077もまた、「軍人を育てる」ステーションだった。
「エリートを育てる最高学府」には違いなくても、育成するのは政治家ではない。
だから「文官向け」の教育などは全く受けていないし、その逆がパルテノンの構成員たち。
(まるで全く違う世界で育てられ、生きて来たのだからな…)
彼らと「キース」が違いすぎるのは、当然のことと言えるだろう。
水が合わないのも無理はない。
「コーヒーが不味い」と思う理由も、その辺にある。
何処へ行っても落ち着かないから、コーヒーの味が不味くなる。
「此処は私の世界ではない」と、嫌でも認識させられる場所で、真の味など分かりはしない。
同じコーヒーが、国家騎士団で出て来たならば、驚くほどに美味くても。
「マツカの他にも、上手く淹れる者がいるようだな」と、感嘆するほどのコーヒーでも。
(…とことん、私には合わん…)
未だに慣れん、と溜息ばかりが零れるけれども、もう「この道」を行くしかない。
それがグランド・マザーの意向で、「キース・アニアン」の役目だから。
いずれ人類の指導者として、国家主席に就任することになるのだろう。
どうしようもない、自分の未来。
変えることは出来ない、「キース」の生まれ。
Eー1077で「作られた」時から、こうなる未来は決まっていた。
「そういうキース」を作り出すために、サムやスウェナや、シロエまでが選び出されていた。
(そしてシロエは、私のこの手で撃墜されて…)
宇宙に散っていったのだけれど、どうして「そうなった」のだろう。
(パルテノン入りが決まっているなら、私をわざわざ、あそこで作って…)
長い回り道をさせる必要など、本当に何処にあったのか。
政治家を育てるステーションで「キース」を作っていたなら、全ては変わる。
文官は軍事教育などは、受けていないと言っていいほど。
護身用の銃を使える程度で、護身術のような体術の訓練も「受けた」というだけのことらしい。
実際、彼らは皆、隙だらけで、Eー1077の候補生でさえ、彼らよりも腕が上だろう。
(その代わり、彼らは実に狡猾で…)
政治の世界には必須の駆け引きなどには、抜きん出た才能を発揮する。
散々やられた「キース・アニアン暗殺計画」にしても、その才能が生んだ歪みと言える。
(…私を最初から、そういう世界で育てていれば…)
今頃はとうに、国家主席の座に就いていたのだろうな、と自分でも思う。
ライバルを蹴落とし、あらゆる手段を張り巡らせて、誰もが驚く速さで昇進し続けて。
上手く運べば、今の自分が「少佐」で、ジルベスター・セブンに行った年には…。
(最年少の元老として、パルテノンで名を轟かせていて…)
国家主席に就任する日も、目前になっていたかもしれない。
「そのために」生まれて育った以上は、大いに才を発揮するのが「キース」の役目。
シロエが乗った練習艇を追い掛け、撃墜している暇などは無い。
目出度く卒業が決まったのなら、政治の世界に住む人間と接触すべき。
彼らを乗せた宇宙船が、偶然、ステーションに立ち寄るように仕組まれていて。
其処で「キース」が彼らと出会って、目に留まり、未来が開けるように。
「卒業したなら、私の許で働かないか」と、いきなり出て来る「引き抜き話」。
本来、歩むべき道を飛び越え、最初から「ノアで」勤務するとか。
元老の側近に抜擢されて、パルテノン勤務で始まるだとか。
(…グランド・マザーの采配ならば、どうとでも…)
なった筈だ、と分かっているのに、現実は「水の合わない世界」に放り込まれてしまった。
コーヒーまでもが不味くて、やっていられないほど、とことん水の合わない環境。
けれど、「慣れる」しかないだろう。
どういう意図で「こういう育て方をしたか」は、未だに分からないけれど。
グランド・マザーが何を考え、どう計算して、軍人として育てたのかは、謎だけれども。
(…まさか、軍人として育てておいて…)
いざという時、ミュウの長と刺し違えてでも彼らを止めろ、というつもりか、と可笑しくなる。
そんなことなど不可能なことは、もう身をもって知っているから。
もしもマツカがいなかったならば、とうの昔に、メギドで死んでいる身だから。
(…私が助かった本当の理由を、機械は今も知らないからな…)
刺し違えさせるつもりでいるなら、おめでたいことだ、とクックッと笑う。
ジョミー・マーキス・シンと戦ったならば、勝負は一瞬でつくだろう。
オレンジ色の瞳の子供にしたって、恐らく勝ち目は全く無い。
(…まったく、私を何のために…)
軍人に育て上げたのだろうな、と「美味いコーヒー」で喉を潤す。
今の「キース」の癒しといったら、これだけだから。
マツカが淹れるコーヒー以外は、此処では、どれも「不味い」のだから…。
水が違う世界・了
※パルテノン入りして間もない、キースの愚痴。コーヒーまで不味くなる気分らしいです。
けれど実際、軍人として育てる必要は何処にあったのでしょう。政治のプロでは駄目だと?
(…キース・アニアン…。おかしな奴…)
本当に、とてもおかしな奴だ、とシロエは首を傾げるしかない。
このEー1077に来てからの月日は、さほど長いとは言えないけれど…。
(子供時代の記憶が、全く残っていないなんて話は…)
ただの一度も、耳にしてはいない。
確かに、子供時代の記憶は「あまり」定かではなく、おぼろではある。
自分はそれで苦しんでいるし、成人検査を呪ってもいる。
とはいえ、記憶は「皆無」ではない。
両親や故郷の家の記憶は薄れたけれども、他の記憶は充分にある。
学校のことや、クラスメイトや先生、そういった「今」に繋がることなら。
(…同級生だとか先生とかは、これから先も…)
人生に関わってくるだろうから、機械は記憶を「消さずにおいた」。
Eー1077には「同級生」が誰もいなくても、先はどうなるか分からない。
何処かでバッタリ出くわした時に、覚えていたなら、プラスになることもあるだろう。
(…エリートにはなっていなくったって…)
優秀な技師に育っているとか、研究者としては一流だとか。
そういう人物の顔や名前を「知っている」のと、「知らない」のとでは…。
(大きく差がつく時だって、きっと…)
人生の中では、出て来るだろう。
自分が目指すのはメンバーズ・エリート、任務は多岐にわたっている。
あちこちの星に出向いて行って、様々なことをせねばならない。
(戦うだけじゃなくて、指揮を執ったり、作戦だって…)
立ててゆかねばならないのだから、当然、周りの協力が必須。
同じメンバーズだけではなくて、基地の職員やら、技術者たちの力も要る。
(そういった時に、技術者の中に、エネルゲイアで一緒だった子が…)
混じっていたなら、仕事は上手く進むだろう。
エリートは敬遠されがちだけれど、知っている顔なら話は別。
快く協力してくれる上に、あちらにもメリットがあるかもしれない。
働きぶりが「シロエ」の目に留まったなら、引き抜かれて昇進出来るだとか。
機械が「記憶を全て消さない」のは、機械なりの計算があってのこと。
それぞれの子供の「先」を考慮し、大切なピースは「残しておく」。
だから「全てを消しはしない」のに、キースには、それが無いという。
本人から直接、聞いたわけではないけれど…。
(あれだけ噂になっているなら、間違いないよ)
噂が「ただの噂」だったら、とうの昔に消えている。
キース本人も、流石に否定するだろう。
「それは違う」と、「ぼくにだって、親はいるんだから」と。
いくらキースが冷血漢でも、それとは違った次元の話が「自分の過去」。
誰でも通って来ている道だし、記憶も「持っている」のが当然。
根も葉もありはしない噂が流れていたなら、キースなら、きっと、こう考える。
「ぼくは全く気にしないけれど、皆の勉強の妨げになっているのでは」と。
噂話に夢中になって、講義に遅れてしまう者やら、課題を忘れてしまう者たちもいそう。
それでは駄目だし、エリート候補生としても好ましいとは、とても言えない。
(…サッサと噂話を鎮めて、「みんな、勉強するべきだ」って…)
説教するのが、「キース」という人間には相応しい。
なにしろエリート中のエリート、マザー・イライザの覚えもめでたい「キース」。
彼が噂の中心になって、Eー1077の秩序を乱すことなど、あってはならない。
(キース自身もそう考えるし、イライザだって…)
早く噂を終わらせなさい、とキースに指導するだろう。
「この状態は良くありません」と、キース・アニアンをコールして。
「あなたがこれを収められないなら、失点になってしまいますよ」と叱咤して。
(…そうなる筈なのに、そうはならなくて…)
今も噂は流れているから、「キースには、過去の記憶が無い」のは明白な事実。
なんとも奇妙な話だけれども、何故、そうなったのかが、大いに気になる。
機械が「残しておくべき」記憶が、キースの中には「残されていない」。
その原因は、何だったのか。
成人検査で機械がミスを仕出かしたのか、それとも逆か。
どちらの可能性もある。
それを「やった」のは、機械だから。
(…ミスだとしたなら、機械の出力の問題で…)
消さなくてもいい記憶までをも、消してしまう結果になったということ。
キースには不幸な事故だけれども、事故は「いい方」に働いた。
過去の記憶が「全く無い」から、キースは過去に左右されたりはしない。
思い出話に花を咲かせたり、懐かしんだりする「過去」が残っていないのだから。
(誰かと一緒にいる時にしても、キースしかいない個室にいても…)
余計な記憶に煩わされることが無いから、常に勉強に集中出来る。
サムとスウェナという友人はいても、キースの交流の輪は、それ以上には広がらない。
彼自身が「広げる必要は無い」と思っていたなら、広がる理由は全く無い。
同郷の者が誰かいないか、探す必要さえ「無い」のだろう。
覚えていない過去のことなど、追い求めるだけ無駄というもの。
そんなことよりも「まずは勉強」で、トレーニングにも余念が無いのだと思う。
(結果的には、凄いメリットがあったってわけで…)
キースの成人検査をやった機械は、イライザに褒められているかもしれない。
「本来、ミスは認められませんが、今回に関しては例外です」と。
「素晴らしい人材が出来ましたから」と、キースの能力を褒めちぎって。
(…何処の星だか知らないけどね…)
まあ、その内に気が向いたなら調べてみよう、と思う程度の「キースの故郷」。
知った所で得はしないし、噂話をしている中に入ってゆく気も、まるで無いから。
(いい仕事をしたとは言えるわけだよ、ミスにしたって)
なんと言っても結果が「アレ」だ、と「キース」の優秀さは認めざるを得ない。
過去を覚えていない分だけ、いい方向に転ぶのは分かる。
(ぼくだって、過去にこだわらなければ…)
もっと勉強時間が増えるだろうし、そうなれば成績も今よりも上がる。
どうしても「削ることが出来ない時間」を、丸ごと削ってしまえるから。
記憶を繋ぎ留めようと足掻く努力も、全く必要無くなるから。
(…それを思うと、ミスじゃなくって…)
わざとだった可能性も出て来るんだよ、とシロエは顎に手を当てる。
「いったい、どっちだったんだろう」と、首を捻って。
機械のミスか、「全て消す」という操作をしたのか、どちらなのだろう、と。
今の時点では、どちらなのかは分からない。
まだ情報が足りなすぎるし、噂だけで判断出来るものでもない。
(…どっちなんだろう…?)
このまま噂が収まらないなら、調べてみるのも一興だろう。
データベースを掘り返したなら、事故か否かは、簡単に分かるかもしれないから。
(…わざとじゃなくて、機械がミスした結果だったなら…)
少しキースが羨ましいな、と、ふと思った。
成人検査を受ける前までは、キースにも両親がいたのは確かで、家だって在った。
キースの故郷は知らないけれども、其処で育って、学校に行って…。
(毎日、「ただいま」って自分の家に帰って、お母さんが作る料理を食べて…)
母親の得意料理の他にも、お菓子だって食べていたのだろう。
「シロエ」の母が得意だったお菓子は、ブラウニー。
キースの母は、何を得意としていたろうか。
パウンドケーキか、シュークリームか、あるいは「シロエ」の母と同じに…。
(…ブラウニーってことも、まるで無いとは言えなくて…)
キースがそれを「覚えていた」なら、今のようにライバルになっていたかは怪しい。
カフェテリアで出て来た「ブラウニー」が縁で、仲良くなっていたかもしれない。
互いの母の思い出話を、それを食べながら話したりして。
「あまり覚えていないというのが、残念なんだが…」と、キースも苦笑したりして。
(そうなっていたら、ぼくは友達が出来るけれども、キースの方は…)
シロエとの競争に励む代わりに、シロエと「過ごして」勉強の時間を無駄にする。
それでは成績は上がりはしないし、機械はガッカリするけれど…。
(普通は、そういうものなんだしね?)
キースの場合が例外なんだ、と分かっているから、羨ましくなる。
何も「覚えていない」キースが。
懐かしむ過去を全く持っていなくて、前だけを見詰めてゆけるキースが。
(…キースが忘れてしまったことが、事故だというなら…)
それと同じ事故が、自分の身にも起こっていたら、とピーターパンの本に目を遣った。
自分は「あの本」を、このステーションまで持って来た。
今も大切にしているけれども、「キースのような」事故に遭っていたなら、事情は変わる。
(成人検査が終わった後で、宇宙船の中で気が付いて…)
膝の上を見たら「知らない本」が一冊、チョコンと乗っかっている。
それがいったい何の本なのか、目覚めた「シロエ」には「分からない」。
(ピーターパンの本で、子供向けの本なんだ、って所までしか…)
過去の記憶を失くした「シロエ」は、把握出来ないことだろう。
どうして「その本」が此処にあるのか、膝の上に置いてあるのかさえも。
(…船に子供は乗っていないだろうし、きっと何かの間違いで…)
自分の所にあるだけなのだ、と「シロエ」は思って、船員に本を届け出る。
「誰かの忘れ物だと思うんですけど」と、「ぼくの本ではありませんから」と。
そうやってピーターパンの本と別れて、Eー1077に着いたなら…。
(メンバーズになれるように、頑張らなくちゃ、って…)
一念発起で、両親も故郷も思い出しもしないで、ただひたすらに勉強する。
先に来ていた「キース」との仲は、どうなるのかは知らないけれど…。
(…思い出す過去が何も無いなら、パパもママも、どうでもいいわけで…)
今よりも楽な毎日だよね、と思うけれども、慌てて首を横に振る。
「それは嫌だよ」と。
どんなに苦しい日々であろうと、自分は「覚えていたい」から。
いくら「キース」が羨ましくても、心の底から「ああなりたい」と思いはしないのだから…。
覚えていなければ・了
※キースには過去の記憶が無い、と聞いたシロエが考えるのは、そうなった原因。
もしも事故なら、シロエにも起きた可能性があるのです。何も覚えていなかったなら…。
本当に、とてもおかしな奴だ、とシロエは首を傾げるしかない。
このEー1077に来てからの月日は、さほど長いとは言えないけれど…。
(子供時代の記憶が、全く残っていないなんて話は…)
ただの一度も、耳にしてはいない。
確かに、子供時代の記憶は「あまり」定かではなく、おぼろではある。
自分はそれで苦しんでいるし、成人検査を呪ってもいる。
とはいえ、記憶は「皆無」ではない。
両親や故郷の家の記憶は薄れたけれども、他の記憶は充分にある。
学校のことや、クラスメイトや先生、そういった「今」に繋がることなら。
(…同級生だとか先生とかは、これから先も…)
人生に関わってくるだろうから、機械は記憶を「消さずにおいた」。
Eー1077には「同級生」が誰もいなくても、先はどうなるか分からない。
何処かでバッタリ出くわした時に、覚えていたなら、プラスになることもあるだろう。
(…エリートにはなっていなくったって…)
優秀な技師に育っているとか、研究者としては一流だとか。
そういう人物の顔や名前を「知っている」のと、「知らない」のとでは…。
(大きく差がつく時だって、きっと…)
人生の中では、出て来るだろう。
自分が目指すのはメンバーズ・エリート、任務は多岐にわたっている。
あちこちの星に出向いて行って、様々なことをせねばならない。
(戦うだけじゃなくて、指揮を執ったり、作戦だって…)
立ててゆかねばならないのだから、当然、周りの協力が必須。
同じメンバーズだけではなくて、基地の職員やら、技術者たちの力も要る。
(そういった時に、技術者の中に、エネルゲイアで一緒だった子が…)
混じっていたなら、仕事は上手く進むだろう。
エリートは敬遠されがちだけれど、知っている顔なら話は別。
快く協力してくれる上に、あちらにもメリットがあるかもしれない。
働きぶりが「シロエ」の目に留まったなら、引き抜かれて昇進出来るだとか。
機械が「記憶を全て消さない」のは、機械なりの計算があってのこと。
それぞれの子供の「先」を考慮し、大切なピースは「残しておく」。
だから「全てを消しはしない」のに、キースには、それが無いという。
本人から直接、聞いたわけではないけれど…。
(あれだけ噂になっているなら、間違いないよ)
噂が「ただの噂」だったら、とうの昔に消えている。
キース本人も、流石に否定するだろう。
「それは違う」と、「ぼくにだって、親はいるんだから」と。
いくらキースが冷血漢でも、それとは違った次元の話が「自分の過去」。
誰でも通って来ている道だし、記憶も「持っている」のが当然。
根も葉もありはしない噂が流れていたなら、キースなら、きっと、こう考える。
「ぼくは全く気にしないけれど、皆の勉強の妨げになっているのでは」と。
噂話に夢中になって、講義に遅れてしまう者やら、課題を忘れてしまう者たちもいそう。
それでは駄目だし、エリート候補生としても好ましいとは、とても言えない。
(…サッサと噂話を鎮めて、「みんな、勉強するべきだ」って…)
説教するのが、「キース」という人間には相応しい。
なにしろエリート中のエリート、マザー・イライザの覚えもめでたい「キース」。
彼が噂の中心になって、Eー1077の秩序を乱すことなど、あってはならない。
(キース自身もそう考えるし、イライザだって…)
早く噂を終わらせなさい、とキースに指導するだろう。
「この状態は良くありません」と、キース・アニアンをコールして。
「あなたがこれを収められないなら、失点になってしまいますよ」と叱咤して。
(…そうなる筈なのに、そうはならなくて…)
今も噂は流れているから、「キースには、過去の記憶が無い」のは明白な事実。
なんとも奇妙な話だけれども、何故、そうなったのかが、大いに気になる。
機械が「残しておくべき」記憶が、キースの中には「残されていない」。
その原因は、何だったのか。
成人検査で機械がミスを仕出かしたのか、それとも逆か。
どちらの可能性もある。
それを「やった」のは、機械だから。
(…ミスだとしたなら、機械の出力の問題で…)
消さなくてもいい記憶までをも、消してしまう結果になったということ。
キースには不幸な事故だけれども、事故は「いい方」に働いた。
過去の記憶が「全く無い」から、キースは過去に左右されたりはしない。
思い出話に花を咲かせたり、懐かしんだりする「過去」が残っていないのだから。
(誰かと一緒にいる時にしても、キースしかいない個室にいても…)
余計な記憶に煩わされることが無いから、常に勉強に集中出来る。
サムとスウェナという友人はいても、キースの交流の輪は、それ以上には広がらない。
彼自身が「広げる必要は無い」と思っていたなら、広がる理由は全く無い。
同郷の者が誰かいないか、探す必要さえ「無い」のだろう。
覚えていない過去のことなど、追い求めるだけ無駄というもの。
そんなことよりも「まずは勉強」で、トレーニングにも余念が無いのだと思う。
(結果的には、凄いメリットがあったってわけで…)
キースの成人検査をやった機械は、イライザに褒められているかもしれない。
「本来、ミスは認められませんが、今回に関しては例外です」と。
「素晴らしい人材が出来ましたから」と、キースの能力を褒めちぎって。
(…何処の星だか知らないけどね…)
まあ、その内に気が向いたなら調べてみよう、と思う程度の「キースの故郷」。
知った所で得はしないし、噂話をしている中に入ってゆく気も、まるで無いから。
(いい仕事をしたとは言えるわけだよ、ミスにしたって)
なんと言っても結果が「アレ」だ、と「キース」の優秀さは認めざるを得ない。
過去を覚えていない分だけ、いい方向に転ぶのは分かる。
(ぼくだって、過去にこだわらなければ…)
もっと勉強時間が増えるだろうし、そうなれば成績も今よりも上がる。
どうしても「削ることが出来ない時間」を、丸ごと削ってしまえるから。
記憶を繋ぎ留めようと足掻く努力も、全く必要無くなるから。
(…それを思うと、ミスじゃなくって…)
わざとだった可能性も出て来るんだよ、とシロエは顎に手を当てる。
「いったい、どっちだったんだろう」と、首を捻って。
機械のミスか、「全て消す」という操作をしたのか、どちらなのだろう、と。
今の時点では、どちらなのかは分からない。
まだ情報が足りなすぎるし、噂だけで判断出来るものでもない。
(…どっちなんだろう…?)
このまま噂が収まらないなら、調べてみるのも一興だろう。
データベースを掘り返したなら、事故か否かは、簡単に分かるかもしれないから。
(…わざとじゃなくて、機械がミスした結果だったなら…)
少しキースが羨ましいな、と、ふと思った。
成人検査を受ける前までは、キースにも両親がいたのは確かで、家だって在った。
キースの故郷は知らないけれども、其処で育って、学校に行って…。
(毎日、「ただいま」って自分の家に帰って、お母さんが作る料理を食べて…)
母親の得意料理の他にも、お菓子だって食べていたのだろう。
「シロエ」の母が得意だったお菓子は、ブラウニー。
キースの母は、何を得意としていたろうか。
パウンドケーキか、シュークリームか、あるいは「シロエ」の母と同じに…。
(…ブラウニーってことも、まるで無いとは言えなくて…)
キースがそれを「覚えていた」なら、今のようにライバルになっていたかは怪しい。
カフェテリアで出て来た「ブラウニー」が縁で、仲良くなっていたかもしれない。
互いの母の思い出話を、それを食べながら話したりして。
「あまり覚えていないというのが、残念なんだが…」と、キースも苦笑したりして。
(そうなっていたら、ぼくは友達が出来るけれども、キースの方は…)
シロエとの競争に励む代わりに、シロエと「過ごして」勉強の時間を無駄にする。
それでは成績は上がりはしないし、機械はガッカリするけれど…。
(普通は、そういうものなんだしね?)
キースの場合が例外なんだ、と分かっているから、羨ましくなる。
何も「覚えていない」キースが。
懐かしむ過去を全く持っていなくて、前だけを見詰めてゆけるキースが。
(…キースが忘れてしまったことが、事故だというなら…)
それと同じ事故が、自分の身にも起こっていたら、とピーターパンの本に目を遣った。
自分は「あの本」を、このステーションまで持って来た。
今も大切にしているけれども、「キースのような」事故に遭っていたなら、事情は変わる。
(成人検査が終わった後で、宇宙船の中で気が付いて…)
膝の上を見たら「知らない本」が一冊、チョコンと乗っかっている。
それがいったい何の本なのか、目覚めた「シロエ」には「分からない」。
(ピーターパンの本で、子供向けの本なんだ、って所までしか…)
過去の記憶を失くした「シロエ」は、把握出来ないことだろう。
どうして「その本」が此処にあるのか、膝の上に置いてあるのかさえも。
(…船に子供は乗っていないだろうし、きっと何かの間違いで…)
自分の所にあるだけなのだ、と「シロエ」は思って、船員に本を届け出る。
「誰かの忘れ物だと思うんですけど」と、「ぼくの本ではありませんから」と。
そうやってピーターパンの本と別れて、Eー1077に着いたなら…。
(メンバーズになれるように、頑張らなくちゃ、って…)
一念発起で、両親も故郷も思い出しもしないで、ただひたすらに勉強する。
先に来ていた「キース」との仲は、どうなるのかは知らないけれど…。
(…思い出す過去が何も無いなら、パパもママも、どうでもいいわけで…)
今よりも楽な毎日だよね、と思うけれども、慌てて首を横に振る。
「それは嫌だよ」と。
どんなに苦しい日々であろうと、自分は「覚えていたい」から。
いくら「キース」が羨ましくても、心の底から「ああなりたい」と思いはしないのだから…。
覚えていなければ・了
※キースには過去の記憶が無い、と聞いたシロエが考えるのは、そうなった原因。
もしも事故なら、シロエにも起きた可能性があるのです。何も覚えていなかったなら…。